英雄と女王の子
~Re-make~
第九話
「歓迎会」
「はぁ? 魔法の本?」
アリスが麻帆良学園に就任して何日か経つ。学年末試験期間のこの時期は誰もが勉強に勤しんでいる中、職員室の自分の机で書類整理をしていたアリスの下に5人の生徒がやって来て馬鹿げた事を言い出した。
「綾瀬、神楽坂、古、佐々木、長瀬……馬鹿かお前等は」
「そ、そんな言い方しなくても良いじゃない!」
明日菜がアリスの言葉に反発するが、これは誰が聞いてもアリスと同じ感想を抱く内容だ。何故なら、この5人がアリスに持ちかけた話とは図書館島の何処かに存在するという読むだけで頭が良くなる魔法の本の話なのだから。
「そんなつまらん話をする暇があるのなら試験勉強をして良い点取れるように努力しろ、唯でさえお前達5人は学年最下位なんだ、そんな馬鹿げた話をしている暇があればノートと参考書を開け」
馬鹿レンジャーとかふざけた呼び名で呼ばれるこの5人、始めから勉強する気皆無である。それがアリスの実直な感想だ。
「ですが、魔法の本があれば勉強などしなくとも良い点が取れる様になるです」
「なるか馬鹿、そもそも魔法の本という時点で怪しい、どうせカンニングの教本とかそんな所だろう、そんな事すれば即0点、そんな無駄な事してないで帰って勉強しろ」
聞く耳持たないというアリスの態度に業を煮やしたのか、明日菜がアリスの机に思いっきり手を着いて顔を寄せてくると小声でなにやら聞き捨てなら無い事を言い出す。
「アンタ、ネギのお兄さんなら同じ魔法使いなんでしょ? だったら魔法の本くらい信じなさいよ」
「…おい待て、何故魔法の事を…って、ネギ……」
頭痛がしてきた。まさか魔法や自身の出自に関する全ての記憶を魔法で消しているとタカミチから聞いているのに、その明日菜が魔法の存在を知っているとは。
大方、ネギの不注意で明日菜に魔法の存在がバレてしまったのだろうが、随分と不注意が過ぎる弟だった。魔法学校主席卒業していながら何と言う無様。
「はぁ…で? その魔法の本とやらの噂は何処から?」
「何でも中等部の一部で出回っている噂との事でござる、拙者も夕映殿から聞いたのでござるが」
「…で、綾瀬は何処で?」
「私は実際にその一部の生徒が噂をしているのを聞いたです」
「…はぁ」
噂を鵜呑みにしたらしい。そして試験勉強が嫌、もしくは面倒だから魔法の本を探し出して頭を良くすれば勉強の必要は無いと考えた、そんな所だろう。
「ねぇアリス先生~探すの手伝ってよ~」
「あのなぁ佐々木、さっきから言っているが、そんな噂の域を出ない与太話を信じてないで真面目に勉強しろ、お前の所属する新体操部の部員だって全員真面目に勉強しているだろうが」
「しかし、今さら勉強しても良い点なんて取れないアルよ」
「普段から真面目に勉強しないからだ、それに良い点取れなくても試験勉強するのとしないのでは変わるものだ」
そもそも、教師の仕事が忙しいのに、手伝っている暇など無い。
「諦めて勉強しなさい、ほら話は終わりだ、仕事の邪魔だから出た出た」
強引に話を切り上げるとアリスは5人を職員室から追い出して席に戻ると深い溜息を零す。すると、目の前にお茶の入った湯のみが置かれた。
「お疲れ様です、アリス先生」
「あ、しずな先生、新田先生…」
「お疲れ様です、大変だったでしょう」
お茶を淹れてくれたのはしずな先生らしい。お礼を言って一口飲むと苦笑して新田先生の言葉に返答する。
「まったく困ったものですよ、何処であんな与太話を仕入れてきたのやら」
「まったくですな、しかしアリス先生の態度は良かったですよ、生徒の与太話に耳を貸さず、勉強をするように何度も言う、まあアレであの子達に通じれば我々も苦労はしないのですがね」
「ホントですわね」
「ご迷惑をおかけします」
いえいえ、と笑顔で返してくれる二人が本当にありがたい。もう一度お茶に口をつけると湯飲みを机の片隅に置き、椅子ごと二人の方に向いた。
「それより、どうかしましたか?」
「おおそうでした、試験問題作成も終わった事ですし、どうです? 今夜辺りでも夕飯ご一緒しませんかな?」
「あ…良いんですか?」
「勿論、しずな先生や瀬流彦先生、他の先生方も誘っていますので、我々の行き着けの場所を紹介しますよ…確か、先生はイギリス出身でしたな、ビールは飲めますか?」
「ええ、まぁ…イギリスはビールであれば食事と一緒なら16歳から飲めますので」
最も、アリス自身はビールだけではなくワインやブランデー、日本酒に焼酎など様々な酒を飲みなれているのだが。
「そうですか、本当なら問題あるのですが本日はアリス先生の歓迎会も兼ねてますので無礼講という事で、学園都市内にある良い居酒屋に連れて行きましょう」
「そうですか、楽しみにしてます」
本当は日本に居る以上、日本の法律が適用されるのだが、此処は麻帆良だ、麻帆良では常識など通用しない。
「では放課後に、楽しみにしていますねアリス先生」
「では、仕事の邪魔をしてすまなかったね」
「いえ、それでは」
新田先生としずな先生が自分達の席に戻ったので、アリスも仕事を再開させた。午後は授業があるので、それまでには仕事を減らしておきたいので、この昼休みの間に猛スピードで書類整理を進めるのであった。
放課後になり、アリスは書類仕事を最終下校時刻を少し過ぎる頃に終わらせて急ぎ職員室を後にすると、待ち合わせ場所になっている職員玄関前に来た。
既に職員玄関前にはネギと出張中のタカミチ、学園長を除く麻帆良学園女子中等部の全教員が揃っており、ようやく来たアリスを笑顔で出迎える。
「待ってましたよアリス先生」
「新田先生…すいません、遅くなりました」
アリスが来て全員揃った為、居酒屋へ移動する事になる。路面電車に乗り込み、20分ほどの駅で降りて5分くらい歩いた所にその居酒屋はあった。
「此処が我々の行き着けの店です」
「へぇ」
店の中はカウンターテーブルの向こうはキッチンになっていて、全体的に広くも無く狭くも無くという感じだが、奥の方に少し広めの宴会用の個室があった。
宴会用の個室を予約していたらしいので、新田先生に勧められる形でアリスは中に入ると主役だからという事で上座に座らされる。
「あの、新任なんですし下座の方が…」
「構いません、今日はアリス先生が主役の席なのですから」
「しずな先生…」
しずな先生も他の先生方も、皆が頷いたので、アリスも頷き返して上座の席に座る。そして注文で思い思いの酒を注文して全員にグラスが行き渡ると新田先生が音頭を務めた。
「え~では、本日は新しく我々の仲間となりましたアリス先生の歓迎の席としてこの場を設けさせていただきました。とはいえ、無礼講の席という事でアリス先生も遠慮はしないように」
「えと、はい…」
「では、アリス先生就任を祝って、かんぱ~い!!」
『乾杯!!』
乾杯して直ぐ、アリスは手に持っていたビールの中ジョッキをイッキ飲みする。魔法世界では酒豪のラカンに付き合って飲んでいたので、酒に関しては強い、なのでこの程度は問題無く飲めるのだ。
「お、アリス先生やるねぇ」
「あ、瀬流彦先生、どうも」
「あはは、“あっち”では結構飲んでたのかい?」
「ええ、仲間の一人が酒豪なもので」
「そうか、でも未成年だから日本では自重してくれよ?」
「勿論です」
郷に入り手は郷に従え、今回は特別な席なので遠慮しないが、普段は酒も自重するつもりだ。
「そういえば、ネギは何故呼ばなかったんですか?」
「流石にネギ君は駄目だよ、居酒屋行くのに子供は連れて行けないからね」
「あぁ、そういう事ですか」
確かに考えてみればそうだ。子供でも大人と一緒なら居酒屋に入れ無い事も無いが、流石に宴会の席に子供を連れてくるのは不味い。
「そうだ、おかわり注文するね」
「あ、それくらい私が…」
「遠慮しないの、僕もおかわり注文したかったから丁度良いよ」
見れば瀬流彦の手に持つグラスは空になっている。ならばお言葉に甘える事にして瀬流彦が注文に行っている間、アリスはつまみとして出て来た食べ物に注目した。
「あ、お刺身…」
舟盛で出ていたので小皿に好みの刺身を取ってわさび醤油を付けて食べる。
「おや、アリス先生はお刺身は平気な方でしたか?」
「ええ、日本には何度か来た事がありますが、その度に食べてますので」
英国人のアリスが刺身を食べている事が珍しかったのか新田先生が問いかけてきた。
そう、アリスは英国人の多くが生魚を嫌う傾向にある中、刺身や寿司など生魚を好んで食べている。それは偏に近衛家に行く度に夕食として刺身や寿司などの生魚料理が出て来た為である。
「イギリスでは変人扱いされますけどね」
「やはりイギリスでは生魚の文化は無いのですなぁ」
「私としては日本の文化は好きですけど…まぁ、私自身が英国人とは言え生まれは京都だから日本は身近だったというのもあります」
「ほう、京都でお生まれになられたのですか?」
「はい、父と母が暫く日本に滞在していた時期があって、それが京都だったんです。その時に私が生まれたという話ですね」
京都には父の友人も居るという話をすると新田先生も納得顔をする。その時、丁度アリスの分のビールが運ばれてきたので、持ってきてくれたしずな先生にお礼を言うと今度はイッキ飲みするのではなく、つまみを楽しみながらちびちびと飲む事にした。
「…いいな、こういうの」
自分の歓迎会として開かれた宴会、その空気をアリスは心地よいと感じていた。歓迎されるのはやはり良いものだと、殺伐とした世界で生きるアリスの心を優しく、そして温かなものが満たしてくれるのだった
次回はアリスのクラスで行方不明者が…。
図書館島編の始まりです。