英雄と女王の子
~Re-make~
第七話
「闇の福音」
アリスが教師となって最初の昼休み、教師達も昼食時という事で職員室で弁当を食べる者や食堂へ行く者、近くの喫茶店に行く者が居る中、アリスは一人で屋上へ向かっていた。
本来であればアリスも近くに見つけておいた喫茶店にでも向かう筈だったのだが、“誘われて”しまった以上、待ち合わせ場所に向かわない訳にはいかない。
そして、屋上への扉を開くと、アリスを待っていたのは二人の生徒。一人は長身でライトグリーンの髪をストレートに伸ばした少女で、もう一人は金色の美しい髪を同じくストレートに伸ばした小柄な、それでいて西洋人形の様な美しさと可憐さを兼ね備えた少女だ。
「待っていたぞ、アリス先生……いや、黄昏の王アリス・スプリングフィールド」
「ああ、お招き頂き光栄の至りだマクダウェル……いや、闇の福音エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル」
そう、こうして集まったのは生徒と教師が仲良く食事をする為ではない。互いに魔法世界で名が知られた最上級の、最強クラスの魔法使いである闇の福音と黄昏の王として“色々”と話があるから集まったのだ。
「まさか貴様の様な魔法世界のVIPがこの様な辺境の地で教師とはな…随分と教師の姿が似合うではないか、黄昏の王」
「何、それはお互い様さ…まさかこんな辺境の学園で生徒をしているとは思わなかったよ…本当に学生の姿が良くお似合いだな、闇の福音」
互いに構えているわけではないのに、二人の間の空間が歪む。エヴァンジェリンからは漏れ出た魔力が漆黒に染まった吹雪の渦となり、アリスからは同じく洩れ出た魔力が漆黒の炎となり紫電を奔らせながら渦となる。
「ほう、闇の属性か…アイツの息子にしては随分と私側の気配を感じるぞ?」
「父さんは父さん、私は私だ…それよりも、随分と闇の気配が薄いじゃないか、15年もぬるま湯に浸かって浄化でもされたか?」
「「……フ、ふふふ、あはははははははっ!」」
更に二人の間の空間が歪んだ様に傍に控えている少女は感じられた。センサーでは異常は無いのに、視覚情報からは明らかに歪んだ様に見えているのだ。
「さて、挨拶はこの辺にしないか? 闇の福音」
「ふん、まぁ良いだろう」
ピタリと、二人から洩れ出ていた魔力がストップして吹雪と炎が消えた。
「さて、今日貴様を呼んだのは他でもない、ナギ・スプリングフィールドの息子であるアリス・スプリングフィールド、貴様に用があるからだ」
「へぇ…さしずめ、登校地獄の呪いを解くのに血を提供しろ、って所かな?」
「…まぁ、それもあった」
「…“あった”?」
あった。つまりは過去形であり、今は必要としていないという事で、今回アリスを呼び出したのは他の用事があるからであるという事を意味している。
「血は貴様の弟、ネギ・スプリングフィールドから貰うから構わん…今日、貴様を呼んだのは貴様を我が配下にする為だ」
「……」
「魔法世界でも名高い、最強クラスに僅か13歳で到達した天才魔法使いと呼ばれる貴様を、是非とも我が配下に加えたいと思った…私は貴様という存在が欲しい、そう思ったのだ」
「……これはこれは、最強クラスでも最上級に位置する闇の福音からのお誘いとは、私も捨てたものではないな」
最も、普通の魔法使いとしての感覚だと闇の福音に声を掛けられただけで腰を抜かして命乞いをしながら逃げ惑うのだが、アリスは良くも悪くも感覚が普通ではない。この辺はあの父にしてこの息子ありと言った所なのだろうか。
「して、答えは如何に?」
「悪いがNOだ、私は…私を含む二代目・紅き翼は如何な相手、如何な組織だろうと尻尾を振る気は無い」
「ほう、二代目の翼は何処の組織にも属さぬという噂は本当だったか…ヘラス帝国やメガロメセンブリアが欲していると聞いているが?」
「ヘラスとは仕事の依頼を受けるだけのビジネス関係であり、忠誠を誓った覚えは無い。メガロなどそもそもビジネスをする気も杖を預ける気も無い」
ヘラス帝国、アリアドネーからの依頼は二代目・紅き翼としても、アリス個人としても何度も受けているが、メガロメセンブリアからの依頼は一切を断り、そもそも門前払いしている。
稀にヘラスからもアリアドネーからもメガロメセンブリアからも所属して欲しいと言われるが、あくまで二代目・紅き翼はフリーランスの一団として活動しているので、所属の要請は全てを断っているのだ。
「しかし解せんな、何故そこまで徹底してフリーランスを望む? 貴様等の戦力を考えればいつまでもフリーランスでいれば抹殺対象になるだろうに」
「…抹殺対象になったのなら向かってきた敵は消せばいい。そもそもヘラス帝国とアリアドネーから命を狙われる事は在り得ない」
「コネ、か? 随分と狡いな」
「何とでも言え、世の中は綺麗事で生きていけるほど甘くは無い…特に、私達が生きるこの世界は」
「ああ、そうだ。貴様の言う事は正しいし、それが正解だ……ふん、ますます私好みではないか」
今の時代、魔法使いが嫌うのは卑怯、悪事、陰謀、策謀であり、アリスの持つコネを利用した世渡りは卑怯に部類する。
だが、今の魔法使いの様に世の中は正々堂々、正しい行いだけで生きていけるほど優しいものではない。時には卑怯と罵られる事を行わなければ生き残れないのが裏社会というものだ。
「ハッ、次期“
「勝手に言わせておけば良い。そもそも、私はそんな称号に興味は無い、なるつもりも無いのだからな……」
「成る程、貴様の事だ…何かもっと大きな称号を目指しているという事か?」
「称号ではないが、な」
「面白い…聞かせろ」
流石にそれは断った。アリスも仲間しか知らない自身の夢、目的を語るつもりは欠片も無い。
「良いから聞かせろ、まさか貴様、この闇の福音たる私が貴様程の男の望みを軽々しくそこらの馬鹿共に語り聞かせるとでも思っているのか?」
「…まぁ、思わないな」
「ならば聞かせろ…茶々丸、お前もこれからアリスが語る内容を記録から消しておけ」
「イエス・マスター」
「…はぁ」
仕方が無い、此処で話さないと言えば更に食い下がるか、下手したら戦闘になりかねない。今の明らかに弱体化したエヴァンジェリンなら勝てる自信はあるけども、まさか赴任一日目で目立つような真似はしたくもない。
仕方が無く語りだしたアリスの夢、目的、全てを語り、そして語り終えた所でアリスを見つめるエヴァンジェリンの目が真剣で、それでいて冷たい瞳である事に気付いた。
「なるほど、無謀だな…無謀過ぎて笑いすら込み上げて来るが…貴様の事だ、入念な準備をして実行に移すのであろう?」
「勿論、そのつもりだ」
「ふん……ますます貴様が欲しくなるではないか」
アリスが無鉄砲に語ったのではなく、プランを立てていて、入念な準備を何年も前から行っており、今現在も進行形で準備をしている上で語っているのだというのはエヴァンジェリンにも理解出来る。
だからだろう、アリスがその辺の有象無象とは明らかに違うが故に強い関心を抱いてしまい、そして同時に是が非でも自身の配下に欲しくなってしまった。
「(いや、何よりも欲しいと思った理由は…こいつ自身が気付いていない歪みの存在故に、だな)」
エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、600年を生きる吸血鬼たる彼女には様々な人間を見てきたが故に鍛え上げられた常人を逸脱する人間観察眼がある。
彼女の目にはアリスの心の内に潜む闇と、本人が気付いていない明確な歪みという物が映っていた。
アリスの弟、ネギにも闇の存在と歪みが存在しているのを確認しているが、兄はそれ以上の闇と歪みがある。だからこそ余計に彼女にはその存在が欲しくて仕方が無いのだ。
「まぁ、構わんか…ゆっくり、焦らずに貴様を我が物としてくれる」
「何がそこまで気に入られたのかは理解に苦しむけど、まぁ簡単にいくと思わない事だ」
「ああ、元よりそのつもりで欲しいと思ったのだから、当然だとも」
お互い、不敵な笑みを浮かべると、丁度昼休み終了のチャイムが鳴ったので、エヴァンジェリンは傍に居た茶々丸と呼ばれた少女を引き連れて屋上から立ち去る。
残されたアリスは午後一番の授業が無いのを確認してから柵の所まで歩み寄り柵を握り締めた。その手は大量の汗に濡れ、ガタガタと思い出したかの様に震え出して止まらない。
「……っ! はぁっ、はぁっ、はぁっ……くそ、今頃になって震えが来るとは…まだまだ、だね、私も」
ずっと我慢をしていたが、エヴァンジェリンが立ち去った事で漸くアリスの心に最強の魔法使いと対峙した恐怖が圧し掛かってきたのだ。
如何にアリスが最強クラスの魔法使いに名を連ねていようと、上には上が存在する。
「…ク、はははは…こんな様じゃ、まだまだ夢なんて、目的なんて程遠いよ……父さん、母さん、まだ、あなた達が遠いです……私は、全然弱い」
柵から手を離したアリスは懐から取り出した手鏡で自分の顔を見ると、あまりにも情けない顔をしていると思い、顔を洗ってこようとお手洗い場に向かって屋上から去る。
後には、アリスに握られていた部分が高温で溶けたかの様に手形が付けられた柵が残されているのであった。
次回はアリスの警備員としての腕試し。学園の魔法先生、魔法生徒との顔合わせとなります。