PDW。世間一般的には銃のカテゴリーとして扱われるが、ことポケモン界隈においてはある施設の事を指す。
PokémonDreamWorld……このイニシャルを取った略称がPDWというものだ。設定ではマコモという人物が開発し、ポケモンを寝かしつけることでそのポケモンが夢世界に赴けるというもの。
夢世界での動向は連動サイトから行うことができ、そこではきのみを育てたり、ゆめともというエアフレンドの類義語みたいな他人のポケモンの夢にお邪魔したり、お裾分けしたり。
果てにはゆめしまというコンテンツで通常じゃ手に入らない特性持ちのポケモン……所謂"夢特性"をゲットできたりと、当時の連動サイトにしてはかなり至れり尽くせりのラインナップだった。
勿論、そんな使ってるユーザーが大勝利なコンテンツが何回も使えるわけではなく……設定上膨大なエネルギーを消費するため、1日1回という制約が設けられたのだが、これがまた地獄だった。
夢特性のポケモンが手に入るとは言ったものの、完全ランダムな上にポケモンを取得できるためのミニゲームが虚無を極めていた。挙げ句デリバードみたいに夢特性が通常と全く同じ内容というポケモンも中にはいたし、夢特性は♀からしか遺伝しないため、夢特性の厳選を前提に考えた場合「1日1回のみのチャンスで目的のポケモンの♀を確保しなくてはならない」といった頭を抱えたくなる厳選環境が出来上がってしまった。
廃人ユーザーには不評だったのは言うまでもない。
ところで、何故唐突にこの説明をしたのかというと。
「えぇ…………」
「はじめまして」
夢の世界にいるからである。
不思議のダンジョンで主人公ポケモンを決める時の背景みたいな場所に浮かんでいた。視界の前には、サーナイトが。
流暢に人の言葉を喋れているのは夢の中だしこの際気にしない事にした。
「……えっと、あのサーナイト?」
「どのサーナイトかは分かりませんが……きっと、貴方の思っているサーナイトとは少しだけ違うかと」
「……まぁ、そうだよな」
不思議のダンジョンで主人公を支えたサーナイト。
作中での彼女はかなり特殊な境遇に遭っていて、彼女のトレーナーがあるポケモンに絶対やっちゃいけないことをやらかしたせいで彼女は大変な目に遭う事になってしまう。
それが原因で主人公にも一悶着あるのだが……これに関しては実際に原作をプレイしてもらったほうがいいだろう。スピンオフタイトルでも特に名作と名高い救助隊、探検隊シリーズは今でもオススメのタイトルだ。
「それで、何故俺の夢に?こうして現れた以上何か意味があるんだろう?」
「そうですね……あのムーンボールについてと、次の時空の叫びのトリガー地点の二点でしょうか」
「……あ、ここで教えて貰えるのか」
何でムーンボールの中身を知っているのかは知らないが、時空の叫びのトリガーが分かるのは有り難い。誓いの岩場の時みたく急に来られるのはやはり驚くと言うか、メイに余計な心配をかけてしまう。
「まず時空の叫びですが……すみません、地名までは詳しくないので大雑把になりますが……「港町」「船」「映像」の3つがキーワードになってます」
「…………ふむ」
内容からしてタチワキシティは確実だが、映像と船が混同しているのは微妙に分かりづらい。普通に考えればホミカの父に頼んでヒウンに向かう為の船と考えるのが妥当だが……映像のキーワードがそれを邪魔している。
映像のキーワードから恐らくポケウッドも関連しているのだろうが、どういう形で関係しているのかさっぱりわからない。
「……とにかく、当初の目的どおりにタチワキシティへ行けばよさそうだな」
「心当たりがあるのですね、よかった」
「まぁな。それで、ムーンボールの中だが……」
「……出てこないのは……単純に貴方を主と認めていないから、でしょう」
「……分かっちゃいたけど、やはりか。どうすればいい?」
「この場で戦って、認めさせる他ありません」
なるほど夢世界でやりあって認めさせろと。
そんな単純でいいのかと思っていると、俺とサーナイトの間を割り込むように結晶がその場に現れた。
濃い黒色の結晶で、真ん中には人が入れそうな穴が。それだけならまだしも、バチバチと電気の様なエネルギーが結晶の周りで弾けてる。
それを見て思い出した。これはSVの「レイドバトルシステム」だ。しかもその中でも最高難度のレイドを表しているのが、この黒い結晶だ。
「……まさか、これに入れと?」
「はい。大丈夫です。私も陰ながら応援してますから!」
「…………いや、できれば一緒に戦ってほしいのだが」
「瞬殺されちゃいますので」
「……左様で」
「大丈夫、私の応援は百人力ですよ!」
ドヤ顔で胸を張るサーナイト。
俺の中のサーナイトというポケモンのイメージがどんどん変わっていってる気がする。
気を取り直して、穴の中に入ると水晶に覆われた大空洞に出た。あの大きさの何処にこんな広大な空間を保有してるのか謎だが、それよりも目の前にいるポケモン?が未知の存在な事に驚きを隠せない。
(…ああくそ、アイツは何度も見たことがあるのに靄がかかったように思い出せない!!)
「…………」
両手が剣の、騎士のようなポケモン。
ところどころ紫炎が揺らめいてるのを見るに、炎タイプである事は理解できるが、炎単体とは到底思えない。
それに、あのポケモンの頭上には初代ポケモンタワーイベントの幽霊を模した結晶が乗っかっている。
見た目に全く似合っていないせいで、妙に不格好に見える。正直それさえなければカッコいいと思えた。
「ソウブレイズ。この世界より少しだけ未来のポケモンです」
「……あの頭の幽霊は?」
「ええと……後付けなので気にしないでください」
「後付けて……」
そんなパソコンのパーツみたいな扱いでいいのだろうかと困惑していると、こちらを補足したのかソウブレイズが両手の剣を伸ばす。
ゆらゆらと怨念のように紫炎が揺らめき、今にも切り裂かんと身構えている。
「っ、来るか!」
「夢の中であれば貴方のポケモンも使えます!さあ早く!八つ裂きにされますよ!」
「わかってる!ガブリアス、頼むぞっ!」
「グルゥァァッ!!!」
「……!!」
目の前の障害を威嚇せんと雄叫びをあげるガブリアス。それに物怖じせず、勇猛果敢に剣を構えるソウブレイズ。一瞬の睨み合いを経て、両者の得物がぶつかり合った。
続けざまに両者ともに得物を振りかざしては硬いものが何度もぶつかり合う音が空洞内に響き渡る。
「なっ……!!(ガブリアスの刃翼を受け止めている!?コイツ、レベル100相当ってことか!?)」
「…………!!」
「グルッ!!」
得物を振ると見せかけて尻尾を振りかざし、ソウブレイズにフェイントを仕掛けるガブリアス。それを予測していたのか、ソウブレイズは器用に飛び上がって回避したと思えば、落下の勢いに任せて剣を振り下ろした。
すかさず片方の刃翼で剣を受け止め、もう片方の刃翼で切り裂こうとするもソウブレイズは器用に切り払って距離を取ることでそれを回避。そこからまたぶつかり合いと両者一歩も譲らない攻防を繰り広げる。
ガブリアスもやりがいがあると感じているのか、鍔迫り合いの最中でも嬉しそうにニタリと口を吊り上げ、牙をギラつかせていた。
ソウブレイズも口こそないものの、心做しか嬉しそうに見える。見た目通りの武人気質なのだろうか。
そうして長い鍔迫り合いの果てに刃翼と紫炎の剣が弾かれあった事で、再び睨み合いの状態へと移行する。
(…………なるほど、出てこないのも納得だ)
半端な使い手の下に仕える気はない。自身の強さに誇りを持ってるからこその意思の表れだったわけだ。
しかし此方もその強さを見せられてハイそうですかと引き下がるわけには行かない。何が何でも認めさせてやる。その為にも、ガブリアスを勝利に導く!
「ガブリアス。やれるか?」
「グルゥッ!!」
「全く……頼りになるな、相棒!ドラゴンダイブ!」
「グルゥァァッ!!!」
自慢の速度を活かし、ガブリアスが殺意を持ってソウブレイズに飛びかかった。その速さに驚いたのか、若干判断が遅れたソウブレイズは回避よりも受け止めることを優先したのか、剣を交差させて防御の体制を取る。
「……ッ!!」
「グルル……!」
「手応えあった……!」
防御こそ出来たものの、ドラゴンダイブの火力を受け止めきれずに大きく後退るソウブレイズ。僅かに表情が歪んだのを見て確実にダメージが入っているのがわかった。
勿論それで黙っている相手ではなく、反撃と言わんばかりにソウブレイズは高速で紫炎に燃え盛る剣を振りかざす。予備動作もなしに先程よりも明らかに速いスピードで行動してきた事に今度はガブリアスが反応できず、ダメージを喰らってしまう。
「ガブリアスッ!」
「グルゥ……ッ!!」
「……!」
(明らかに速かった!すばやさを上げる様な技を使っていない様子からみるに……そういう特性か?だとすれば、一つだけ心当たりがある!)
ダストダスが持つ特性「くだけるよろい」。物理防御を落とす代わりに素早さを上げるピーキーな特性だ。
内容自体はからをやぶるの下位互換ではあるが、あちらと違って殴られることが発動条件なのでターンを消費しないというのが利点といえる。
また、素早さがあがる=先制を取りやすくなるということなので、剣の舞などのバフ技を積みながらタスキで耐えて全抜きするという速攻アタッカーとしての運用もできなくはない。
ただ、肝心のダストダスでは少々扱いづらい特性だったが……見るからにアタッカーのソウブレイズにはお誂え向きの特性だろう。
(くだけるよろいの弱点は防御の低下。なら……此方も速攻を仕掛けるのみだ!)
「……ッ!!」
「ガブリアス、あなをほる!」
身体をドリルの様に捩らせ、ものすごい速度で地中に潜り、すんでの所でソウブレイズの剣戟を回避する。
その場を飛び退き、周囲の警戒に意識を向ける。
やがて気配を察知したのか再び後ろへ飛ぶも、ガブリアスも逃がすまいと地中から勢いよく飛び出し、空中で身体を一回転。遠心力の加わった尻尾の一撃がソウブレイズの胴体を弾丸の如く弾き飛ばした。
「…………!!!」
結晶の壁に勢いよく叩きつけられ、ソウブレイズが膝をつく。まだやるか?と言わんばかりにガブリアスが身構えていると、唐突にソウブレイズの頭上の水晶が霧散する様に消え、また自身の得物を収める。それは、敵意の喪失を表していた。
やがてガブリアスに近づくと、まるで忠誠を誓う騎士のように膝を付いて頭を垂れる。
「グ?」
「……」
「…………あれ?」
「ええっと……ガブリアスさんのことを自身の仕える主にふさわしいと認めたみたい、ですね」
「……俺は?」
「……」
ソウブレイズが此方を見ると、礼儀良く頭を下げる。まるで「これから同僚だからよろしくな!」と言っているようだ。
「……まぁ、いい、か……?」
「おめでとう、ございます……?」
「グルー」
もう終わりか、と先程の勇猛さはどこへやら。
気の抜けた欠伸をするガブリアス。それを見てそういえば此処が夢の中だったと思い出す。
目的自体は完了したので、もう用は無いのだが……はたして、どうやって起きればいいのだろうか。
「なあ、サーナイト。どうやって出るんだ?」
「でしたら、この洞窟から抜け出せば起きますよ!」
「わかった。今後もこういう夢が?」
「はい。といっても毎日というわけじゃありませんが……必要と判断した時に、またこういった形でお会いできるかと!」
「そうか。サーナイトは……」
「私はここの住人みたいなものなので、残念ながら貴方について行ってあげれません。でも!ここから応援はしていますよ!」
ふぁいとっ!とガッツポーズで応援をするサーナイト。ありきたりではあるが、見た目からは全くしなさそうな仕草に不思議と元気が湧いてきた。
「ああ。ありがとう……それじゃ、また」
「はい、またお待ちしてますね!」
ひらひらと手を振って見送るサーナイトに手を振り返し、洞窟の出口へと足を運ぶ。
ソウブレイズとの激闘を終えて夢から覚める。
驚くほどスッキリとした目覚めを迎えた。サーナイトの気遣いがあったのかもしれない。俺の目覚めに合わせてグレイシアも眠たそうに身体を伸ばし、小さく欠伸をこぼす。
カーテンの隙間から覗き込む陽光がとてもまぶしい。どうやら今日は晴天で再び旅に出るには最高の日のようだ。
「おはよう、グレイシア」
「きゅ!」
可愛く鳴きおって、また愛でてやるからな。
それはそうと夢の中で仲間にしたソウブレイズが入っているであろうムーンボールを放り投げる。
「…………」
どうやら夢で起きたことを覚えていたのか、昨日の頑固ぶりが嘘のようにすんなりとソウブレイズが姿を現す。
「きゅ?」
「新しい仲間だ。改めてよろしくな、ソウブレイズ」
「きゅー!」
「…………」
礼儀正しく一礼する。一応俺に対しても敬意はあるみたいで少し安心した。それでも彼?の中ではガブリアスが最上位なのだろうけど。
「おはようお兄ちゃん、グレイシア!…………あれ、そのポケモンは?」
「ああ、昨日アデクさんから譲り受けたソウブレイズってポケモンだ。なんでも別地方のポケモンらしい」
「へぇー……カッコいいね!」
「ああ。他地方の奴らが羨ましい」
「…………?」
「きゅー」
「まあ、それはさておき……再出発だな」
「うん、今度はしばらく帰ってこれないんだよね……」
「さみしいか?」
「……ちょっとだけ。お兄ちゃんがついて来てくれなかったらもたなかったかも」
力無く笑うメイ。そうかと苦笑して撫でてやると、複雑そうな表情で此方を見ていた。
「……本当だもん」
「それだけ想ってくれてるんだな、ありがとう」
「っ……ずるいよ、お兄ちゃん」
頬を染めて目を反らし、ぼそりと呟く。
グレイシアとソウブレイズが冷めた目で此方を見ている気がするが気にしない。
「ま、何かあっても大丈夫だ。俺が守ってやる」
「〜〜〜っ!!わ、私顔洗ってくるっ!!」
茹でダコ……もとい、茹でオクタンみたいに顔を真赤にしたメイがそそくさと部屋を出ていく。因みに余談ではあるが人は頬を赤らめる事ができる唯一の生き物らしい。少しやり過ぎたかと反省していると、ソウブレイズとグレイシアから小突かれた。
「…………」
「……きゅう」
「わ、分かってる。後で謝るさ」
──────
ずるい。ずるいずるいずるい。
お兄ちゃんはずるい。
あんな笑顔で「守ってやる」なんていわれたら、私がどう思うかってわかっててやってるのだから。
ばくばくと心臓の鼓動がうるさい。好きの気持ちが溢れてくる。抑えなきゃ、鎮めなきゃと意識しても、本能はお兄ちゃんへの好きな想いを止めようとしない。
「私、耐えられるのかなぁ……?」
これからの旅路でお兄ちゃんへの想いがいつか我慢の限界を迎えて大変な事になりそうで少し怖い。
お兄ちゃんと別行動するというのも考えたけど、やっぱり嫌だ。1秒でも多くお兄ちゃんと居たい。
我ながら強欲だとは思う。でも仕方がない位、それほどお兄ちゃんと一緒にいたいと強く思ってしまっている自分がいる。
「…………えへへぇ」
撫でてもらった箇所を触れて、笑みが溢れた。
端から見たらすこし不気味に思われるかもだけど、自宅だし見られたとしてもお母さんかお兄ちゃんだけなので気にしない。
「……よし、頑張ろう!」
気付けとして顔を2度叩き、これから始まる旅路に気合を入れなおす。まずは昨日お兄ちゃんに教えてもらったタチワキシティ。ポケウッドに工業地帯、そしてポケモンジムと気になる施設が多く、今からでも期待でワクワクする。
お兄ちゃん曰く、ポケウッドではいち俳優として撮影も出来るみたいで、中には恋愛ものもあるのだとか。
(それなら、お兄ちゃんとも恋愛できる……よね)
擬似的なものではあるが、お兄ちゃんと恋愛ができる。
100%邪な気持ちだが、私だって女の子なのだからせめてフィクションの中ではそういう体験を許してほしい。
「あー、メイ?」
物思いにふけっていると、お兄ちゃんがおずおずとやってきた。
もしかして、やりすぎたと思ってるのかな……ずるいとは思ったけど、嫌じゃなかったし、何ならもっと欲しいくらいだ。
「お兄ちゃん?」
「その、さっきはちょっとやり過ぎた……ごめん」
「ううん。嫌じゃなかったから大丈夫」
「……それでも気をつけるよ。準備ができたらゲートの前で集合しよう。改めて再出発だ」
「うん!」
また後でな、とお兄ちゃんがその場を離れていく。
正直不安がないと言えば嘘になるけど、お兄ちゃんがいるなら怖くはない。今はまだ守られる側かもしれないけど……いずれはお兄ちゃんの隣に立てるように。
そして、胸を張れるようになったらお兄ちゃんへ想いを伝えるんだ。受け入れてくれるかは分からないし、どちらかといえば拒否されるかもしれないけど……この気持ちに、嘘はつきたくないから。
──────
二匹に謝るべきと急かされ、メイのもとへ向かうと……
「…………えへへぇ」
撫でられた事が嬉しかったのか、頭に手を置きながらトリップしていた。他の人には見せられないくらいのだらしのない表情に呆然としていたが、このまま眺めているわけにもいかないので恐る恐る声を掛ける。
「……メイ?」
「……よし、頑張ろう!」
しかし全く聞こえていなかったようで、気付けに頬を叩いたかと思えば一人で意気込みを示していた。
……と、思うと今度は雌の顔で何か考えている。
十中八九ポケウッドの恋愛で兄とそれっぽい事が出来ると考えているのだろう。だが残念なことに相手役はちゃんと用意されているためその願いが叶うことはない。
元が美少女な事もあって雌の顔のメイはちょっとばかしエロいので好きなのだが、健全な男子には刺激が強過ぎるので現実世界に引き戻すべく、再度声を掛ける。
「あー、メイ?」
「お兄ちゃん?」
二度目で何とか反応してくれたメイ。先程の雌の顔はどこへやら、いつもの元気そうなメイに戻った。
「その、さっきはちょっとやり過ぎた……ごめん」
「ううん。嫌じゃなかったから大丈夫」
案の定な回答だった。良かったと安心する反面、自戒する。今後は意図的に好意を弄ぶ様な行為は控えよう。ただのクズの所業にしかならない。
「……それでも気をつけるよ。準備が出来たら自宅の外で集合しよう。改めて再出発だ」
「うん!」
「また後でな」
まぶしいほどの純粋な笑顔に心が洗われた。
気を取り直して先に自宅を後にする。母さんからは「あんた、いつか刺されるわよ」と言われたがホントに刺されそうだ。100%俺のせいで。
そうならないようにも、気を付けなくては。
(……この景色も見納めかぁ)
まだ2度しか見ていないヒオウギシティの朝。小規模の都市とはいえ人口もそこそこいるヒオウギシティも朝の街並みは静寂に満ちていた。
路上で何かを突っつくマメパトの群れに、路地裏で眠り足りないのか大きく欠伸をするチョロネコ。
ゲートまでの道のりをゆっくり歩いていくなかでも、ポケモン達が街に溶け込んでいる姿に熱い思いが込み上げる。
多分、コレは慣れることは無いのだろう。色んな街に行っては朝のこの景色に感動し、夜は夜でまた違ったポケモン達の生活を見て感動し、旅を続けてゆく。
ポケモン好きな人からすれば、これ程最上の体験は得られないだろう。もし自分に使命がなければ自由気ままな旅を楽しんでいたに違いない。
(かといって、投げ出す気もないが)
今の兄の身体を借りているだけに過ぎない。
きっと全てが終われば俺は元の世界に送り返される。
それに、使命の代金としてこの体験をもらえるのなら十分お釣りが来るというものだ。メイとの会話も楽しいし、何よりポケモンのキャラとこうして交流できたのは一生の宝物として、俺の記憶に残り続ける。
(……いや、何終わった感じを出しているんだ俺。今からが始まりだろうに)
「お兄ちゃーん!!」
自分のエピローグ(偽)に苦笑していると、手を振りながら走ってくるメイ。どこがとは言わないがたわわに実った揺れている箇所が……おっさんか俺は。
「お待たせ、待った?」
「いいや、ゆっくり来ていたから全然」
「そっか。じゃあ……ん!」
メイが手を差し出してきた。何のつもりだろうと首を傾げていると、「手、繋ごっ!」とこれまたまぶしい笑顔であざとい美少女ムーブをかましてきた。
(朝の仕返し……じゃないよな)
「だめ?」
「……いや、いいとも」
そう言って自分より一回り小さいメイの手を握る。冷たいが、心地のよい冷たさだ。自分の熱が彼女の手に伝わっていくのがよくわかる。
ふと、メイを見ると「えへへ」と照れ笑いを溢していた。彼女なりに踏み出したのだろう、邪な気持ちもなく素直に可愛いと思った。
「こうして手を繋ぐのは、いつぶりだろうな?」
「うーん……小さい頃に、私が迷子になったとき?」
「そうだったか?」
「うん。お兄ちゃんがウォーグルに捕まりながら探しに来てくれて……帰りはウォーグルで空を飛ばずに、手を繋いでくれたでしょ?」
「……よく覚えてるな」
「勿論だよ。私にとっては……かけがえのない思い出だから。忘れられない、とっても大事な……」
彼女の手を握る力が少しだけ強くなる。
表情も先程の雌の顔とは違い、一目見て恋する乙女だと分かる優しい顔で、また思い出にふけっている。
やっぱだめだぁ……完全にその一件が恋心を植え付けてると確信してしまった。コレ絶対憧れから恋心へシフトチェンジしちゃった瞬間の物語だ。
「……あっ、ご、ごめんねお兄ちゃん。いこっ」
「ああ……あと、繋ぐのはサンギタウンまでな……その、俺も照れるから」
「……ふふっ、わかった!」
可笑しかったのか、珍しかったのか、はたまたどちらもか……メイがクスリと微笑んで俺の手を引く。メイ自身も冒険に対する逸る気持ちを抑えきれないのか、ほんの少しだけ歩く速度が速くなっていた。
次の目的地はタチワキシティ。
俺達の旅路はまだ始まったばかりだ。