「ねえ孔明。貴女にとって王とは何なのかしら?」
「……事、この漢王朝にとって、王とは霊帝様のことです」
「私が言いたいのはそう言うことじゃないのは分かっているでしょう? 貴女、実は官位を与えられる機会を躱し続けてるって話じゃない。貴女にとって仕えるべき王、というものがもしかしたらあるんじゃないかと思ったのだけれど?」
曹操は言っている。孔明、貴女は漢王朝に仕える気はないのだろうと。
それは事実である。
仕えるべき王。それが劉備であれば孔明の中の孔明達は王と認める。
たとえこの世界の劉備がどの世界の劉備と似ても似つかぬ、としてもそれでも劉備玄徳であればと大半の孔明の妥協点である。
まあ孔明として現世に呼ばれ、こいつなら良いかと依代の中で見てサボってただけであるはずの孔明が、その依代に感化されたのかそれとも依代と少し混ざってるのか、征服王こそが主みたいな謎の主張をする孔明みたいなのもいるが。
しかし脳内で色々な主張をする孔明達を他所に、『朱里』としてはかなりドライである。曹操を今のうちに消せと主張する孔明もかなりの数いるが、それをちゃんと抑えて笑顔で会話するくらいの胆力も身に付けた朱里としては、別に曹操でも孫策でも将来平和なら仕えても良いと思っていたくらいだ。
思っていた、くらいだ。
もしこの世界が漢ルートで、外史の管理者達が『北郷一刀』を見ているとしても、気まぐれで何処かの陣営に管理者の誰かが解き放てばその陣営が最終的に天下を取ることとなるだろう。いや、孫堅が管理者と共にその場にいるのであれば、孫呉が一番勝ち馬に乗る可能性が高いかも知れない。
いまのところ歴史の流れに沿って、世界は動いているがこの先はおそらく分からないと思われる。分からないなら自分で流れを動かしてしまえば良いというのが『朱里』の結論である。
例えば漢王朝を維持する。それは出来るだろう。孔明としては董卓の代わりにコントロールしやすそうな袁紹を立てても良い。宦官が腐っていようが董卓達のように清廉潔白ではなく、飴と鞭を正しく使い分ければむしろ動かしやすい連中だとさえ思っていた。
だがやめた。
孔明一代だけ良くしても無駄だ。どれだけ整えようが数代だろう。そして多少延命しようが漢王朝は同じ結末を辿る。それはどの国でも結局は一緒? それはそうだが違う。時代を停滞させるのと進めるのはまったく違う。
故に。
「孔明、改めて聞くけど私の元へ来ない?」
「何度も曹操さんに言われるのは光栄ですね」
朱里は曹操にニコリと笑う。複数の記憶の孔明が曹操に中指を立てている。というか「ここでやっちゃおうぜ」と心の中で言っているが朱里は全部無視している。
「ですが、今、雛里ちゃんから離れる気はないんですよ」
「あら。私は士元も歓迎するわよ?」
「雛里ちゃんは今が充実してそうなので」
「そのうち力尽くでも手に入れてみせると言ったら?」
「その時はその時ですね」
「そう。楽しみにしておくわ」
それだけ言って曹操は孔明の元から去った。内心で唾を吐き捨てる数名の孔明を無視して朱里は空を見る。もちろん星見が出来る朱里が見ても星の行方が分からない。
「乱世は確定なんだけど……」
「諸葛亮だな」
曹操と話す為に陣から離れ二人きりになっていた孔明。曹操が離れ二人きりになった途端に孔明の命を狙う刺客に囲まれた。
茶券で儲けた者がいれば損した者も当然いる。故に『諸葛茶家』は多くの諸侯に恨みを買っている。私怨である。
「まったく……」
スキル 時計塔の奇宝 EX
スキル 軍師の忠言 A+
スキル 軍師の指揮 A+
「なるべくは避けたい行為だが、仕方あるまい」
陣が近い為に派手に暴れることはない。静かに、刺客を孔明は処理した。
「あーあ。あっきれた。こんなのに付き合わされる身にもなりなさいよ。早く帰りたいわ」
孫策伯符こと雪蓮はあくびをしながら悪態をついた。三国一と言われる呂布と剣を交えることを楽しみにこの戦に参加した彼女からすれば想定外のお遊戯会に参加させられたのだから仕方なかったのかも知れない。
対して彼女の親友、周瑜公瑾こと冥琳は悔しそうな顔をして戦場を眺めていた。
「どうしたの冥琳」
「雪蓮。この戦、良く見ておいたほうが良い」
「はあ? どこを見ろってのよ。もう皆やる気なんてないわよ?」
ダラダラと談笑すらしながら動く袁紹軍を筆頭とする軍隊を見て雪蓮は呆れ返る。この戦場には緊張感が欠片もない。もし、この状況が示し合わされたものだとしてもどちらかが裏切ればどうするのだ。と、雪蓮は考えていた。冥琳から両軍ともに同じ人物の手のひらで動かされていることを指摘されるまでではあるが。故に雪蓮もやる気を手放した。呂布と剣を交える機会を伺っていた雪蓮はその機会が来そうにないことを嘆いていた。
「……『故に上兵は謀を伐つ』。最上の戦争での勝ち方は、敵の陰謀を陰謀のうちに破ること」
「何? どうしたの。いきなり『孫子』?」
孫家に生まれた者として、『孫子』も当然学んだ雪蓮は親友の呟く『孫子』の一節を、何故今ここでと考える。
「『是の故に百戦百勝は善の善なる者に非ざるなり。戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり。凡その用兵の方は、国を全うするを上となし、国を破るはこれに次ぐ』。敵を傷付けることなく、その国力を保持したまま勝つことこそが上策。この戦場は『孫子』の教え、理想そのものだ」
「まあ確かにそう言われるとね」
「……私ではこの絵図を描けない」
冥琳の握る拳が震える。冥琳は軍師として敗北感を感じ、ある種の尊敬すらしてしまった自分が悔しかった。そんな冥琳を理解し、そんなことはないと雪蓮は言う。
「……冥琳。ごめんなさい。それはまだ私達に力が無いからよ。これを作り出した人間がいるっていうなら、それと同じ力があれば冥琳なら」
雪蓮は本気でそう思っている。冥琳ならば、と。しかし親友はそれに返事をしなかった。少しの沈黙の後に苦々しく口を開いた。
「……『諸葛茶家』の諸葛亮だ。袁紹を今動かしているのは。ならば董卓側とも噛んでいるのは間違いあるまい。知っているか? 諸葛亮は小蓮様と齢がさほど変わらんぞ。……怪物だ」
「シャオと!? あの諸葛亮が!? ……ウチの雷火みたいな見た目と年齢が掛け離れてるって訳じゃなくて?」
「雷火様のような者であれば良かったと私も思うがな」
「嘘でしょ……」
雪蓮は呆気に取られた。だがすぐに頭を回転させる。要は味方になるか敵になるか。もし、敵になるのであれば。
「……ねえ冥琳」
「無理だ」
「まだ何も言ってないけど?」
「諸葛亮は『諸葛茶家』の茶券で大損をした諸侯からは大層な恨みを買っている。それこそ命を狙われている立場だ。私達とて明命に動向を探らせたこともあるが……」
「ある……が?」
「明命がただ直線を走っているだけの諸葛亮に振り切られ見失った、と」
「追い付かない、だけじゃなく見失った? 真っ直ぐ走っていただけで? 明命なら相手が馬に乗っていようが追えるはず……」
「ああ、明命はそう言った。身体能力が違い過ぎる、ともな」
周泰幼平、こと明命は運動能力に優れ俊足であり隠密行動の達人である。その周泰を振り切るどころか、見失うほどぶっちぎったという。しかもただ真っ直ぐに走っただけで。孫家の末妹と年も変わらぬ身で。
「戦っているところを見た訳ではないから武勇については分からん。が、常識から外れた身体能力と知謀の持ち主ということは間違いあるまい。ただ、一つ朗報がある。その諸葛亮の妹が蓮華様の部下になった、とのことだ。なんでも優秀な姉と比べられるのが嫌で飛び出したその妹に、蓮華様が共感したらしいぞ?」
「蓮華と私はただ得意なことが違うだけなのにね。でもそう、諸葛亮の妹ね。どうなのその娘は?」
「優秀な文官になりそうとのことだ」
「あらいいじゃない」
「それと諸葛亮をその娘に望むな、と蓮華様からの伝言だ」
「ふふ、はいはい。それは蓮華の情の熱さで火傷しちゃいそうね。その娘に関しては蓮華に任せるわよ」
「蓮華様も孫家の人間らしさが出てきたということだな」
大抵の諸侯のやる気が皆無となった、まさに茶番と言える戦だが、全ての諸侯の意思が統一出来ている訳では無かった。
犠牲は出なくとも金は飛ぶ。兵装や糧食、戦と言うのは大きく金が飛ぶ。少しでも利を得ようとする者が現れるのは必然と言う訳で。
「宝具、
英霊の際は依代の魔力の影響か、そこまでの数を捕捉出来る訳ではなかった宝具だが、現在の朱里であれば数十万を同時に捕捉することが出来る。
「大人しくしていて下さいね」
『地形把握』地の理を把握し進軍・撤退の有利を読み、『地形利用』地形を利用して敵軍の進軍・撤退を阻み、『情報処理』現在・過去・未来の三点をつぶさに予測し次なる手を打ち出し、『天候予測』風と雲の流れを読んで天候を予測して利用し、『人心掌握』人間の思考と心理に精通してその心と考えを操作する『五重操作』からなる軍略の奥義にして最終形態というべき閉鎖空間を朱里が生み出した。
数百という数の兵士が何処かに消えた。それは暴走し一足先に洛陽で略奪を行おうとした一団である。勿論諸侯はその一団を確認し、止めようと動こうとした。軍を整え走らせようした矢先に一団が謎の逸走を始めて何処かに消えた。全員が狐につままれたような心境となった。
「まさか孔明が……?」
と考えるものもいたが、どのように目の前の現象が起こったのか説明出来るものがいない。故に誰が行ったか問えるものではない。
ひとつだけ言えるのは、恐らくこの戦を無傷で終わらせたかったのは孔明であるということだけだ。馬超にも話は通してある。
「馬超さん。董卓さん達は宜しくお願いしますね?」
「おう。母様の代からの付き合いだからな。うちで預かるさ。……それで、いいのか? あの条件で」
「もちろんです。董卓さん達にも話は付けてあります。対姜族との防波堤になって頂く代わりに董卓さん達や涼州を『諸葛茶家』は支援します」
「まあ元々そういう土地だし、いつも通りっちゃいつも通りだけどな」
「そうかも知れませんが、馬超さん、一族を率いるのであればもう少し腹芸を覚えたほうが宜しいかと。交渉下手は馬超さんだけでなく州全体が損しますよ?」
「まあそうだけどさ。孔明はあたしに悪意は向けてないだろ? それくらいは分かるぞ」
「ふふ、そうですね」
しれっと行方不明になる予定の帝も董卓軍に押し付けるので、涼州はバレたら大変なことになるんですけどね。と孔明は大事なことを黙っていた。
孔明に悪意は一切ないので馬超は間違ってない。ただ良心もないだけである。