雛里は激怒した。必ず、かの邪智暴虐となってしまった朱里をなんとかしなければならぬと決意した。雛里には朱里がわからぬ。
だから雛里は今日も怠惰に過ごす朱里に挑むのである。
「朱里ちゃん。『雲は竜に従い風は虎に従う(同じ気持ちを持ったものが互いに惹かれともに行動すること)』。私達はそうであったはずだよね」
城の庭にハンモックとかいう謎寝具を自作し勝手に取り付けて、スヤスヤ眠っていた朱里に対して、雛里はぷんぷんである。
朱里が仕事をしないからである。
正確に言おう。
朱里は異民族対策を終えた。
中華外を囲む異民族全てを手中に収めたのだ。これでエンディングを迎えた後の面倒事は片付いた。
つまり朱里の号令一つで中華が滅びかねないことになっているのは置いておいて、『外史』最大の問題はすでに片付けてしまったのだ。最大の仕事は終えてある。もはやもう朱里は何もやる気が出ない。よって後は怠惰に過ごすのみである。
「そうだね。でも私は怠惰に日々を過ごしているからもう『狗尾続貂(優れたものの後に粗悪なものが続く)』かもね」
朱里は何の悪ぶれもなく答える。欠伸すら出る始末である。相手が雛里じゃなかったら無視していたまである。
「狗尾……。朱里ちゃんは私なんかより『麒麟児(将来素晴らしい大物になると期待されること)』とも言われたこともあるしそんな」
「『麒麟も老いぬれば駑馬に劣る』とは良く言ったよね」
「朱里ちゃん私と同じでまだ×歳(自主規制)だよね!? ……私は朱里ちゃんのことを『幾を知るは其れ神か(物事の兆しを見てその後を予知できれば神と同じ水準の高さにいる非凡な人)』とだって思ってるんだから」
「流石にそれは『跼天蹐地(とても恐れつつしんでびくびくする)』かな」
「それどっちかというと私のような……」
「確かに」
「朱里ちゃん!?」
説得し、共に劉備を支えたい雛里だが、どうしても舌戦で朱里に良いようにやられてしまう。いやタダ飯食わずに働けと言えば良いものの、雛里も軍師であり、軍師とはとても面倒な生き物なのである。
「……『未だ生を知らず、焉んぞ死を知らん(まだ人がどのように生きていくべきかを知ってはいない。だから死後のことを知るよしもない)』とは良く言ったものだと思う。雛里ちゃんの言葉を借りれば、私は見え過ぎちゃったのかもね」
「朱里ちゃん……」
「『循環、端無きが如し(物事は常に循環していてその始まりがわからないこと)』。諸葛亮孔明はどこから始まり終わるんだろうね」
朱里がポツリと呟いて、またスヤスヤと眠り始めた。
「私は朱里ちゃんに何が見えたのか、分からないよ……」
雛里は今日も失敗したと思いながらトボトボと執務室に戻った。
正確に言えば朱里は劉備軍の仕事も少しだけしている。それは暗部の仕事であり汚い仕事である。劉備や雛里が触れないうちに処理をしている仕事である。それを知っている関羽や張飛は二人のやり取りをもどかしく見ていた。
袁術が皇帝を名乗る。孫家がどさくさに紛れて袁術のもとから離れる。
自称普通な公孫賛伯珪の幽州軍は騎馬を白馬以外全部劉備軍に盗られ弱体化していたので袁紹にさっくり滅ぼされる。
袁紹軍被害軽微。華北一帯を支配。
董卓軍から流れてくるはずの強化パーツである董卓、賈詡、呂布が劉備軍にこない。呂布裏切らない。放浪しない。でも何故か劉備は陶謙から徐州牧を譲られる。
曹操軍に張遼がこない。
全部涼州に行ってしまったので涼州軍がすごく強い。特に張遼。孫権軍十万に対して城にいた兵七千のうちたった八百の兵で奇襲突撃した化け物。七千の兵で城を守り抜き、孫権軍を撤退させ甘寧や呂蒙が殿を努める呉軍を追い回して孫権にトラウマを植え付けた猛将である。呉では張遼が来るぞと言えば泣く子が黙ると言われたくらいである。
あとサラシがえっち(重要)。
ついでに関羽が曹操の部下になる機会が消滅。でも何故か赤兎馬が関羽の愛馬になる。多分幼女のせい。
そして起こる曹操対袁紹。白馬・延津の戦い。
曹操軍。帝を保護せず関羽もおらず。消耗してない膨大な戦力を持つ袁紹と対峙。史実でも戦力差十倍だったのにこの時の差、二十倍。文醜顔良を討ち取るはずの関羽もおらず曹操軍一万対袁紹軍二十万。いや顔良可愛いから討つのは作者が許さんけど。
しかし曹操。恋姫時空におけるドラえもんこと李典の「こんなこともあろうかと!」炸裂により互角の勝負を繰り広げる。流石マオえもんですわ。
袁紹が「そろそろ収穫の時期ですわね。引きますわよ」とあっさり兵を引いた為、曹操軍が「勝った!」と大声で叫ぶも実質ほぼ負けで終わったという曹操が屈辱にまみれた戦となった。いやボロ負けしてないだけすんごいんだけどね。
一息入ったと思うやいなや、袁紹の「収穫が終わったらもう一戦行きますわよ!」の一言で袁紹軍がすぐさま態勢を整えて百二十万の兵を率いて曹操の拠点である許都へ進軍。官渡城にて再び対峙することになったのである。官渡に籠城する兵士一万。これもう終わったなという空気になったのは仕方ないと思うの。
「……まあなんだかんだ華琳さんが勝つんだろうけどね」
朱里が郊外で一人、夜空の下で集めた情報を整理しながらポツリと呟いた。基本的に歴史通りに進んでいる。歴史の修正力というのは寒気すら覚えるものだった。官渡の戦いは曹操が勝つ。過程はともかく結果が決まっている戦い。
「……少し黙ってて欲しいかな」
脳内で大人数の孔明がどうやって曹操軍が勝つのかあらゆるパターンを提示し議論。勝ち筋も負け筋も、すでに朱里の脳内では出し尽くされていると言っても良い。常に騒がしく、それでいて幼い朱里を孫のように可愛がりつつ鍛えようとする面倒臭いジジイ共孔明ズ。楽しんでいるのも分かるが、結局行き着く先は続かない歴史。
「何かを為しても何も残らない。何にも続かない」
「あら、そんなことはないわよん?」
朱里がポツリと呟いたことに返答するは若本ボイスの筋肉達磨。この朱里でさえも背後に立たれたのに気付けない本物の怪物、『外史』の管理者。
「貂蟬さん」
「朱里ちゃん、なーに黄昏れてるの?」
「一応、私貂蟬さんと話をするの初めてなんですけど真名……まあ今更ですか。私を消しに来ましたか? いつか来るとは思っていましたけど」
「朱里ちゃんがちょーっと特殊な状態になっちゃってるのは分かってるわよん? でも朱里ちゃんをどうこうしようとは思わないん⭐︎」
「どうせ世界ごと消すからですか? それともご主人様を何処かの陣営に連れていきましたか?」
「ご主人様、もういないわよ?」
「……え?」
「漢坂の先に連れて行っちゃったわ⭐︎ でも世界が朱里ちゃんを特異点とみなして続いてるみたいだから後は好きにしていいわよん。私達はこの世界からもう出ていくし閉じておくわ」
「え」
「あともう歴史の修正力効かないと思うから注意してね」
「あの」
「ばいばーい」
それだけ言って筋肉達磨は空に穴を開けて去っていった。そして穴が閉じたことでこの世界は完全に独立した、ということなのだろう。アイツらついに自分達の自由に出来る『北郷一刀』を手に入れやがったのだ。
じゃなくて。
「あれ、華琳さん……まずい?」
そういうことになった。