のんのんびより ― ある田舎男子の日常 ― 【ばけーしょん編更新中】   作:NIZI

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アニメ一期九話前半部分。
アニメ八話部分は、ネタが浮かばなかったので飛ばします。大部分の話でよしおが活躍出来る余地が無かった。蛍とこのみの初顔合わせは前倒しでやったし、干し柿作りも私の貧弱な発想力では原作に+α出来るネタが浮かばなかった。一期でこのみが登場する数少ない話だったのに……。

そんな訳で文化祭回です。切り所が無かったので、一万文字超えで過去最長になりました。
時間のある時にお楽しみください。
冒頭はよしお視点の一人称。その後は主に三人称です。


第10話 文化祭をやってみた

「ぬーりぬりー♪ ぬーりぬりー♪」


「真っ黒にぬーりぬりー♪」

「あの日の事もーぬーりぬりー♪」

 

 れんげが鼻歌まじりに、ダンボールを黒マジックで塗りつぶしていく。
段ボールの表面は、みるみるうちに黒に染まっていった。

 オレの黒歴史も、ああやって塗りつぶせたらいいのにな。

 いや、既に真っ黒だから無理か。

 

 

 今日は分校生全員で、越谷家のなっちゃんの部屋に集まって、文化祭の準備作業中だ。

 なっちゃんの思いつきを先生が許可したことで、今週末の開催が正式に決まった。

 文化祭をやるのは、オレが分校に入学してから九年間で初めての事。

 漫画やアニメの中でしか知らない行事だから、正直かなり楽しみにしている。

 既に学校からおりた予算で、文化祭用の材料を調達していた。

 

「よっくん。メニューは何にするの?」


「果物をたくさん貰ったから、それを使ったケーキとタルトかな」

「よしお先輩、お菓子も作れるんですね」

「まぁね、家で何回か作ってるし。当日楽しみにしててよ」

 蛍ちゃんにも、いいところを見せるチャンスだ。
自然と、気合いが入る。

 

「ところで招待客とかは、どうしますか?」

 蛍ちゃんの問いかけに、小鞠ちゃんが少し考えてから答えた。

「普通に、親とかでいいんじゃない?」

 しかし、その案はすぐに却下される。

「はぁ!? 親はありえないでしょ! 母ちゃんなんか来たら、文化祭が地獄絵図になるよ。
奴は地獄からの使者ですよ」

 

 そう言い切ったなっちゃんの背後に――
いつの間にか、雪子おばさんが笑顔で立っていた。

 手には、果物を盛った皿。

 ……あ、雪子さん、チーッス。今日もお美しいですね。

 

 次の瞬間、その皿がなっちゃんの頭の上に置かれた。


 ゴン、といい音がした。

 

「二人ともゆっくりして行ってね」

「「はーい」」

 れんげと蛍ちゃんが声を揃えて返事をする。

 

 その時、雪子おばさんの背後から姉ちゃんが顔を出した。

「おいっす! みんな頑張ってるね」


「あ、このちゃん。来てたの?」

「果物剥くの手伝ってくれたのよ。ありがとう、このちゃんもゆっくりしてってね」


「はーい!」

 姉ちゃんは元気よく返事をすると、雪子おばさんは満足そうに部屋を後にした。

 

「それにしても文化祭か。あの学校、そんな小洒落た事してなかったよね」

「夏海がやりたいって言い出してさ……。許可出したかず姉もかず姉だけど……」

「何をするの?」


「工作物の展示と、それから喫茶店をしようって事になってる」

 

 文化祭の出し物は、展示と喫茶店。
喫茶店は“動物が店員”というテーマの動物喫茶。今現在、全員で頭に付ける為の動物の耳を作っている。

 
展示は、これまでの授業で作ってきた作品や、今年の自由研究で作ったぬいぐるみが中心になる予定だ。
れんげは文化祭用の新作を作ると、ダンボール相手にやたらと気合が入っていた。

 

「ヒラメ王!」

 そんな中、なっちゃんが突然右手を高く掲げて叫んだ。


 意味がわからず、部屋の空気が一瞬凍る。

「いや……、“ひらめいた!”をヒラメキングって言おうとしたんだけど……
キングは王様だから、ヒラメ王でも意味通じるかなって……」

「解説するくらいなら言うなや……」


「頭に皿をくらっておかしくなった?」


 ネタは盛大にスベったが、なっちゃんはすぐに気を取り直す。

 

「卒業生を呼ぼう!」

「お、私も呼んでくれるの?」


「もち! 後ひか姉と駄菓子屋も!」

「「おー!」」

 一同の声が揃う。
確かに、それは素晴らしい提案だ。

 ……だけど。
ひか姉、東京にいるんだけど……来てくれるかな?

 

 

 

 

 

 

 東京某所。
人の流れが絶えない駅構内で、宮内ひかげの携帯電話が鳴った。

「もしもし。お、れんげから電話なんて珍しいな!
 そっちの様子はどうよ?


 いやこっちは今、友達と散髪に行った所なんだけどさ! やっぱ東京って凄いや! スタイリストとか着いちゃってさ!


 金はいっぱい取られたけどーーえ、そんな事どうでも良い? なんなの文化祭って?」

 

 受話器の向こう、越谷家では、れんげが少し胸を張って答える。

 

「学校で文化祭するん! ひか姉来れるん?」

 その瞬間、横からよしおと夏海が勢いよく割り込んだ。

「「来い来い! 絶対来ーい!」」

『無理だって、そっち行く金ないもん』

 ひかげは、間を置かず即答する。

「ひか姉ダメダメなのん、付き合い悪いのんな……」

 れんげの声が、しゅんと沈む。
それを聞いて、よしおも小さく息を吐いた。

 ――やっぱ無理か……。
来てくれたら嬉しかったけど、こればっかりは仕方ない。そう諦めかけた、その時だった。

 

「私に任せて! 巧みな話術で説得してあげる!」

 このみは自信満々に宣言すると、れんげの手から受話器を奪い取る。


 一度大きく息を整え、次の瞬間には電話口へ一気にまくしたてた。

 

「ひかげちゃん? 文化祭一緒に行くでしょ?」

『誰だ!? その声はこのみか?』

「待ち合わせは私の家で良いよね?」

『無理だって、お金ないんだって!』

「無くたって良いじゃない!」

『いや良くねーよ!』

「一穂さんに、お金出して貰えるよう頼んでおくから」

『姉ちゃん、お金出してくれるかな?』

「出されなかったら、その時はその時で!」

『帰れねーじゃねぇか!』

「安心して! そうなったらこっちで、よっくんが面倒見てくれるって!」

『安心出来る要素ゼロなんだが!?』

「とにかく、そういう事だから絶対来てね!」

 一方的に言い切ると、このみは勢いそのままに受話器を切った。

 

「巧みな話術で勧誘成功♪」

 

「どこに話術あったのん?」

 れんげが首を傾げる。

 

「勢いはあったよ。話術は無かったけど」

 夏海が、やけに冷静な感想を述べた。

 

「ひか姉の面倒を見る用意しとかないとな!」

 よしおは拳を握り、なぜか覚悟を決める。

 

「念の為聞くけど、文化祭の話だよね……?」

 夏海は、明後日の方向を見て決意を固めたよしおに、静かにツッコミを入れた。

 

 

 

 

 ひかげの勧誘が、半ば強引な形で成功した後。
一同は次のターゲットについて話し合っていた。

 

「ひか姉は押しに弱い所あるし、これで良いとして、次は駄菓子屋かな?」

 夏海が腕を組みながら言うと、れんげがぱっと顔を上げる。

「駄菓子屋呼ぶん! 言いに行くん!」

「楓ちゃんの事だし、駄菓子買わなきゃ門前払いくらいそうだけどな……」

 よしおの予感は、外れなかった。

 

 そのまま向かった駄菓子屋。
戸を開けた瞬間から、相変わらずの圧が飛んでくる。

 

「駄菓子買ってさっさと帰れ。買わないなら今すぐ帰れ」

「ほらな……」

 よしおが小声でぼやくと、隣のれんげがこくりと頷いた。

「よっくんの言ったとおりなん……」

「何がだ?指さすな」

 

 楓は眉をひそめながら、四人を一瞥する。

「どう? 文化祭来れそう?」

 このみが軽い調子で切り出すと、楓は即答だった。

「無理だな、店あるから」

「えー!? 良いじゃん! どうせこの店ウチら以外来ないんだしさ……。駄菓子いっぱい持って来てよ!」

 夏海の無茶振りに、楓は軽くため息をつく。

「アホか……、その田んぼにタニシいるだろ?

 そのタニシ食えよ。お前タニシとか食うだろ?」

「食ってたまるか!」

 即座に返す夏海。その横で、れんげが不安そうに楓を見上げた。

 

「駄菓子屋、文化祭来れないん?」

「言ったろ?無理だって」

 それでも、れんげは引き下がらない。

「ウチな、今文化祭に出す物作ってるん! 喫茶店も手伝うのん! お遊戯もするん!」

 

 少し間を置き、れんげは言葉を探すように視線を落とす。

「後なー! 後……、駄菓子屋……、本当に来れないん……?」

「えっ?……しょうがないだろ……仕事なんだし……」

 楓の歯切れの悪い返事に、れんげの喉が小さく鳴った。

 

「……うぅっ……」

「おい?そんな顔すんな!?」

「あーあ、駄菓子屋がれんちょん泣ーかした」

「ちょっと!何してるの楓ちゃん!」

「大丈夫か?れんげ……、楓ちゃんさぁ……」

「私は悪くないだろ!? 文化祭なんて絶対行かないからな!」

 れんげ以外の三人から一気に責め立てられ、楓は思わず声を荒げる。
その言葉が決定打だった。

 れんげは完全にショックを受けた様子で、とうとう涙ぐむ。

 

「……駄菓子屋来ないんな……」

「いや……、さっきのは、れんげに言ったんじゃなくてだな……」

 楓は言葉に詰まり、少しだけ視線を逸らす。
そして頭を掻きながら、吐き出すように言った。

「あぁもうわかったよ! 行くからその顔やめろ!」

「駄菓子屋来るん!」

ぱっと表情が晴れるれんげ。

 

「最初からそう言えば良かったのにね」

「流石の駄菓子屋もれんちょんには弱かったか」

「ここまでわかりやすいと微笑ましいな」

 三人は揃ってニヤニヤする。

 

「うるっせぇ! タニシ食わすぞ!」

 店内には、いつもの騒がしくて、どこか温かい空気が広がっていた。

 

 

 

 

 文化祭当日。分校の校庭には、懐かしい顔ぶれが集まっていた。

 担任教師であり、同時にこの分校の卒業生でもある宮内一穂。

 その妹で、東京から一時帰郷してきた宮内ひかげ。

 駄菓子屋の店主・加賀山楓。

 そして、よしおの姉である富士宮このみ。

 四人は、校舎を前に並んで立っていた。

 

「やぁやぁ、よく来てくれたねぇ」

「先輩、おはようございます」

 全員を出迎える一穂に対して、代表で楓が挨拶をした。

 

「ここに来るのも久しぶりだなぁ」

「私は去年までいたから、そんな気はしないな」

「今思えば、よくこんなボロ屋に毎日来ていたもんだ」

 それぞれが思い思いの感慨を口にしながら、卒業生たちは校舎の中へ足を踏み入れた。

 

 教室の前に来ると、元気な声が迎えてくれる。

「いらっしゃいませ!わざわざ足を運んでくださり、ありがとうございます。」

「らっしゃいーん!」

 蛍とれんげだ。二人とも、いつもと違う姿をしている。

 

「その耳はなんだい?」

「あ、これですか? みんなで動物の格好をして喫茶店しようって事になりまして」

「ほたるんはにゃんこなのん!」

「ほうほう、猫さん」

 一穂は目を細めて蛍を見る。

 れんげは満足そうにうなずくと、楓の前に立った。

 

「なぁなぁ、駄菓子屋。ウチ、何の格好だと思うん?」

「なんだそれ? 虫の触覚か?」

「のんのん、わかってないのんな。これはみなさんご存知のー、キリンさんです!」

「わかりにくっ! もっと強調する所あるだろう……」

 

「私はロボットかと思った……」

「キリンさんなーん!」

 若干の強弁を押し通すれんげをよそに、蛍が丁寧にこのみへパンフレットを差し出した。

「あ、こちらメニューとパンフレットになります」

 

「お、ありがと。凄いね、こういうのも、しっかり作ったんだ」

「夏海主催って聞いてたから不安だったが、案外ちゃんとしてるな」

「まぁ、わざわざ戻ってきたんだし、ちゃんとしてくれないと……」

 

「それでは中へどうぞ」

 教室のドアが開く。その正面に立っていたのは――


 シュールにデザインされた買い物袋を被り、四つ足の“犬”と“猿”をリードで引き連れた、謎の生物だった。

 

「ンンンンン!ラッシャイ!」

「ウキャキャ!」

「…………」

 

 騒がしい猿(よしお)と、寡黙な犬(卓)。そしてそれを従える謎生物(夏海)。

 三者三様の歓迎を受け、一同は当然のように不安な気持ちになった。

 

 

「なんだよそれ……」

 ひかげが、呆れた顔でぽつりと尋ねた。三人が揃って答える。

 

「いらっしゃい!みな様ご存知の"UMA"です!」

「ウキャキャ!おサルの"ゆうま"くんです!」

「…………」

 

「犬も何か言え! "ゆうま"が続いてんだから、なんでも良いからボケろよ!」

「ひかげちゃん……、ツッコミ所が違う気がする……」

 

「夏海だよな……」

「夏海ではございません! かの有名な未確認生物! UMAです!」

 ――未確認なのに有名とはこれいかに。

 

 おや、お猿さんのようすが……!

 うずうず……。

 

「ごめん……、もう自分の身体を抑えられない!」

 お猿さんは、ひかげをまっすぐ見つめ――

「ウッキー!」

 四つ足のまま、ダイブ!

 

「今回は大人しいと思ったらコイツ……!どりぁっ!!」

 ひかげは飛びかかってきたよしお猿の両肩を掴み、勢いに逆らわずに、そのまま真後ろへ倒れ込みながら腹を蹴り上げた。

 

 ――見事な巴投げ。投げ飛ばされた先は、廊下の、ぬかるんだ床だった。

 

 衝撃で床が抜け、盛りのついた猿は、そのまま地面へ落ちていった。

 

「あ……」

 一同、言葉を失う。

 

「おーい! よしお! 生きてるかー!?」

 床下へ落ちたよしお猿を、皆で協力して引き上げる。

 このみは屈み込み、耳をよしお猿の顔に当てた。

 

「大丈夫。息はあるから心配ないよ♪」

「心配しないの!?」

 あっけらかんとするこのみにひかげは唖然とする。

 

「すーくん、こっちおいでー」

 このみが笑顔で手招きすると、大人しく待機していた卓犬が、忠犬のごとく四つ足で駆け寄ってきた。

 そして動かないよしお猿をその背中に乗せる。

「それじゃあ、保健室まで頼んだ。いってらっしゃい!」

 卓犬は、よしお猿を背に乗せたまま、一直線に保健室へと走っていったのだった。

 

 

 

 

 教室の中は、いつもの授業風景とは別物だった。

 机をいくつも寄せ集め、その上に大きなテーブルクロスを広げ、即席の“レストランのホール”が作られている。

 椅子だけは見慣れた木製の学習用椅子で、そこが分校らしいご愛嬌だった。

 

 その席に腰を下ろしているのは、今日の客――卒業生の四人。

 先ほどまでの騒動が嘘のように、場はひとまず落ち着きを取り戻していた。

 

「いやぁ、さかりの付いたサルがご迷惑をかけました!」

 明るい声で仕切り直したのは夏海だ。

「では気を取り直して、ご注文をどうぞ!」

 

「私、アップルケーキとレモンティーにしよ」

「じゃあ私も同じのにしようかなぁ」

 このみはメニューを軽く眺め、迷いなく答える。一穂はそれに、いつもの緩い調子で続いた。

 

「私はアップルティーで」

「私はぶどうのタルト」

 楓は短く告げ、ひかげも淡々と注文を口にする。

 

「はいよー!」

 夏海は威勢よく返事をし、満足そうに頷いた。

 

 そのとき、一穂がテーブル脇に置かれた黒い物体に目を留める。

「ところで……何だい? あの黒いの?」

 

「これ、ウチが作ったのん! 流石ねぇねぇ! 目の付け所が違うん!」

 待ってましたと言わんばかりに、れんげが胸を張った。

 

 嬉しそうに黒い板の前へ立ち、れんげは説明を始める。

「これはウチが考えた最新のオモチャなん!」

 

 板には、不自然な穴が一つ、ぽっかりと開いていた。

 れんげはその裏に回り込み、ひょいと顔を出す。

 

「こうやって、この穴の裏から顔を出して……」

 一拍置き、妙に情けない声を作る。

 

「『とほほ……、もうイタズラはこりごりなん……』」

 

 そして顔を引っ込め、満足そうに頷いた。

「こんな感じで遊ぶん! 漫画の最後みたいな感じなん!」

 

 一穂は思わず苦笑する。

「いやまた……ずいぶん難易度の高い遊び、覚えちゃったねぇ……」

 

「一人でやっても、二人でやっても面白いん! 駄菓子屋も一緒にやるん!」

「いや、マジ勘弁……」

 さらに勢いづいたれんげは楓を見上げ、楓は即座に視線を逸らした。

 

 そのタイミングで、蛍が静かに近づいてくる。

「お水、お持ちしました!」

 

 一穂は礼を言って受け取りながら、ふと思い出したように尋ねた。

「ところで、こまちゃんはどうしてるの?」

 

 クラスで唯一、まだ姿を見せていない名前だった。

 

「先輩は待機中です」

 蛍はにこやかに答える。

 

「先輩の耳とか、私が作ったんですけど。一番出来が良かったんで、楽しみにしててください!」

 

 その自信満々な笑顔に、場の空気が少し和らぐ。

 

「じゃあ、注文も聞きましたし、家庭科室に行って、料理始めますか」

「はーい!」

 夏海の声掛けに、蛍は元気よく返事をし、れんげを振り返った。

 

「れんちゃん! 後はよろしくね!」

「わかったのん!」

 れんげも力強く頷く。

 

「れんげは料理作りに行かないのか?」

「ウチはお遊戯するん!」

 楓が意外そうに聞くと、迷いのない答えが返ってきた。

 

「お、リコーダー吹いてくれるの?」

「ウチだけじゃないん」

 このみが楽しげに聞くと、れんげは首を振る。

 

「こまちゃんもやるん。こまちゃん! お遊戯やるのん!」

 

 れんげが呼びかけると、教室の外からかすかに震えた声が返ってきた。

「うう……やっぱり、やるの嫌なんだけど……」

 

「何言ってるのん、早く来るん!」

 れんげが即座に言い切る。

 

 次の瞬間、教室のドアがゆっくりと開いた。

 現れたのは――全身を覆う、立派なタヌキの着ぐるみ。

 

 その中の小鞠は、重苦しい表情のまま、微動だにしていなかった。

 

 そんな全身タヌキの着ぐるみに身を包んだ小鞠を、楓はじっと見つめ――率直な感想を零した。

 

「なんだそれ……?」

 

 その一言に、小鞠の肩がびくりと跳ねる。

 

「えっと、これは、ジャンケンに負けてむりやり夏海に着せられただけで……」

 

 言い訳めいた声は次第に小さくなり、視線が床に落ちる。

 

「……というか、お遊戯もれんげ一人でやった方が良いと思うんだけど……」

 

 しかし、その弱気な提案は即座に切り捨てられた。

 

「こまちゃん、ブツブツ言ってないでみんなにお遊戯披露するん」

 

 れんげは悪気なく、ただ当然のことのように言う。

 逃げ場を失い、小鞠はぎこちなく笑った。

 

「ほ、ホントにやるの……?」

 

 その瞬間、教室中の視線が一斉に集まる。

 小鞠は身を固くし、唇をきゅっと結んだ。

 

 一瞬の沈黙。

 だが、次の瞬間――小鞠は覚悟を決めたように顔を上げ、大きく深呼吸をする。

 

 ――そして。

 

「はらだいこ! やります!!」

 

 宣言と同時に、れんげのリコーダーが甲高く鳴った。

 

 ピーッ!

 

「ぽん! ぽん! ぽこ! ぽん!

   ぽん! ぽん! ぽこ! ぽん!」

 

 小鞠は両手で自分の腹を叩きながら、必死に声を張り上げる。

 その動きに合わせて、れんげが囃子立てるようにリコーダーを吹く。

 

「ぽん! ぽん! ぽん! ぽこ!

    ぽん! ぽこ! ぽん! ぽこ!」

 

 滑稽な動きとは裏腹に、小鞠の顔は羞恥心で真っ赤だった。

 目には涙が浮かび、今にも零れ落ちそうになっている。

 

 観客――卒業生たちは、あまりの光景に言葉を失い、無表情のまま固まっていた。

 

「ぽん! ぽこ……、ぽん、ぽん……」

 

 次第に声は弱まり、腹を叩く腕にも力がなくなっていく。

 

「ぽこ……、ぽん……ぽん……」

 

 ついに、小鞠は両手を下ろし、深く項垂れた。

 

「もうヤダ……」

 

 そのまま踵を返し、逃げるように教室のドアへ歩いていく。

 

 ――パチパチパチッ!

 

 その背中に、突然拍手が送られた。

 

「小鞠ちゃん! 良かったよ! 私には絶対に出来ないもの! よく頑張ったね!」

 

 このみの、心からの称賛だった。

 

 だが、それが最後の一押しだった。

 小鞠の目から、ああっと涙が噴き出し、今度こそ教室から飛び出していく。

 

「こまちゃん!? まだおわってないん!!」

 

 れんげも慌てて後を追い、二人の姿は廊下の向こうへ消えた。

 残された教室に、微妙な沈黙が落ちる。

 

「わざわざトドメを刺さんでも……」

 一穂が、半ば呆れたように呟く。

 

「? どうして? あんなに頑張ってたし、褒めてあげないと……」

 このみは本気で不思議そうだった。

 

「いや、あそこは何も言わずに、送り出してやれって……」

 楓が頭を抱える。

 

「よっくんの教育も“がんばったら褒める。悪い事をしたら叱る”でやってきたしね」

 このみは胸を張る。

 

「それでアレとか……、育成失敗してねぇか……?」

 ひかげの冷静すぎるツッコミが、静かに教室内に響いた。

 

 

 

 小鞠とれんげが教室を飛び出してから、少し後。

 がらりと教室のドアが開き、何事もなかったかのような顔で夏海が戻ってくる。

 

「いやぁ、すいません。うちのこまちゃんがやらかしたみたいで……」

 軽すぎる口調に、誰も突っ込めない。

 気まずい空気を誤魔化すように、夏海は咳払いを一つした。

 

「かくなる上は、責任者のウチが、ちょっとした余興をお見せします」

「え? また何かやるの?」

「ひか姉、種も仕掛けもないよね」

「ああ、確かに何もないな」

 

 ――次の瞬間。

 夏海は、四人が囲んでいる大きなテーブルへ歩み寄り、ためらいなくテーブルクロスの端に手を掛けた。

 

「それでは行きます!」

 

 ――バッ!

 思い切り引かれたクロスと同時に、コップが宙を舞い、中の水が派手に床へと飛び散る。

 

 びしゃあっ。

 一瞬の静寂。

 

「……如何でしたでしょう? お楽しみ頂けましたか?」

「頂けねぇよ! 床ビショビショじゃん!

 絶対テーブルクロス引きとかやった事ねぇだろ!」

 ひかげの心からのツッコミが炸裂する。

 

「でも出来そうな気がしたんだなぁ……」

「"したんだな"じゃねーよ! 大失敗だし頂けねぇよ!」

「でも種も仕掛けもなかったでしょ?」

「仕掛けろよ! 種でも良いから花咲かせろ!」

 

 その時――

 ゴキッ……と低い音が鳴った。

 拳を鳴らしながら、楓が夏海を見据える。

 

「よし夏海、怒らないからこっち来い。間接決めてやるからこっち来い」

「やったれ! 駄菓子屋!」

 ひかげの煽りに、夏海は一歩引いた。

 

「何なんすか!? こりゃとんだクレーマーですな!

 じゃっ! 料理の方に取り組むのでこれで!」

 言うが早いか、夏海は足早に教室を出ていく。

 

「おい待て! せめて床くらい拭いてけ!」

 虚しく声だけが響いた。

 

「雑巾、雑巾……ったく。小鞠は凹んで引っ込むし、夏海はいらん事するし……越谷家どうなってんだよ……!」

 ぶつぶつと文句を言いながら、ひかげは掃除ロッカーを開け、バケツと雑巾を引っ張り出す。

「何でも良いから挽回してくれよ、越谷家……」

 

 その様子を、教室の隅でじっと見ている影があった。

 猿*1を、保健室に置いて戻ってきた犬*2

 犬は何も言わず、ただ黙ってその光景を眺めていた。

 

 

 

 

 夏海が逃げるように教室を出ていった後、室内には静けさが残った。

 

「ねぇ、あれから何分経った?」


 ひかげが壁の時計を見上げる。

 

「三十分は過ぎてるな……」


 楓は腕を組んだまま答えた。

 

「いくらなんでも遅いかもね……」


 このみは苦笑するが、嫌な予感は拭えない。

 

 一穂はそのやり取りを聞く間もなく、机に突っ伏して眠っていた。

 

「黙ってたら何出されるかわからんし、様子見に行くか」


 楓の声を皮切りに三人が立ち上がって家庭科室へ向かった。

 

 

 家庭科室のドアを開けるなり、楓が声を投げる。

「注文した料理、今どうなってんだ?」

 しかし、目に入った光景は想像の斜め下だった。

 

 床には、ぐでっと寝転がる夏海。


 その腕を引っ張りながら、れんげが眉を吊り上げている。

「なっつん、ちゃんとするん!」

 

 その横で、蛍が小鞠の前にしゃがみ込んでいた。

「先輩……大丈夫です……。すごく頑張ってましたから……」

 小鞠は余興のショックが抜けきらず、視線を落としたままだ。

 

「なんだ、このやる気のなさは……」


 楓の声が低くなる。


「注文した料理は、作ってんのか?」

 

「いやぁ、それがさ」
 

 夏海は寝転がったまま間の抜けた声を出す。


 

「料理担当のよっくんが起きなくてさ。

 レシピ見ても作り方よく分かんなくて……、こまちゃんもヘコんで、てんやわんやで……」

 ――つまり、まだ作り始めてもいなかった。

 三人は言葉を失う。

 

「もうギブアップ!!」


 夏海は被り物を脱ぎ捨て、両手を上げた。


「喫茶店って難しいね……勢いでやるもんじゃないわ。

 あ、材料はあるから、好きなの作って食べていいよ!」

 悪びれない態度に、空気がじわりと険しくなる。

 

「そういえば駄菓子屋!」


 夏海は立ち上がり、脱いだ被り物を楓の頭に被せた。


「この仮面、似合うんじゃない? ほら! うん、思った通り似合ってるよ! 駄菓子屋!」

 煽りにしか聞こえない言動に、家庭科室の気が一瞬で張り詰める。

 

 

 ――その時。

 

 

「悪りぃ! 寝てた! 文化祭は!? 料理は!?」

 扉が勢いよく開き、よしおが飛び込んできた。

 

「あ、よっくん。起きた?」


 このみが声をかける。

 

「えっと……この状況は?」


 よしおは家庭科室内を見渡す。

 

「頼んだ物が来てないんだよ」


 ひかげが端的に答えた。

 

「なる程……これから作る訳か。こうしちゃいられないな」


 よしおは一度息を吸って表情を切り替える。

 

「蛍ちゃん、注文を見せて」


「あ、はい。こちらです」

「タルトにケーキか……まずは生地からだな」

 

 腕をまくり、一気に指示を飛ばしていく。

「れんげ、薄力粉をザルで"こ"して!」

「わかったのん!」

「小鞠ちゃん、ここに書いてある調味料と分量、全部分けて!」


「あっ……うん、了解!」

「蛍ちゃんは果物を剥いて、塩水につけて置いといて!」


「はい、わかりました!」

 空気が一変する。

 

「えーっと……よっくん、ウチは?」


 夏海が遠慮がちに聞く。

 

「卓を連れて来い! この状況で家庭科室にすらいないとか、ありえないだろ……!」

 文句を言いながら、よしおはオーブンのスイッチを入れる。

 

「は、はいっ! すぐ連れてきます!」

 その気迫に、夏海は背筋を伸ばして一目散に飛び出していく。

 

「すいませんお客様!」
 

 よしおは振り返り、頭を下げた。


 

「今から作ります。少しお時間をください」

「お、おう……」
 

 楓は真面目なよしおを見て呆気に取られる。

「任せた」


 ひかげは安心したように手を振った。

「待ってるのも退屈だし、手伝うよ」


 このみも笑顔で応える。

 

「今日はお客さんなんだし、のんびりしてて。

 もうだいぶ待たせてるみたいだけど」

 よしおは苦笑しつつ答えた。

 そうこうしてるうちに夏海が卓を連れて戻ってきた。

 

「よっくん! お兄ちゃん連れてきた!」

「来たか卓。ここにある卵の白身と黄身を片っ端から分けろ」

 卓はよしおの言葉に黙って頷き、作業に入る。

「よっくん! 次は何をしましょう!?」


 夏海の口調には、妙に丁寧さが混じっていた。

 

「お客さんを待たせっぱなしなのもな……。」


 よしおは考える。そして……。

「一時間で仕上げる。それまで何でもいいから場を繋いでくれ。時間を稼いでほしい」

 

「えっと……余興のネタ、もうないんだけど……」

 困り顔の夏海に対して、このみがにっこり笑って答える。

「大丈夫。なっちゃんに言わなきゃいけない事、いっぱいあるから♪」

 その笑顔には圧があった。

「こ、このちゃん……お手柔らかに……」

 

 ひかげも楽しげに笑う。

「今日お前には散々イラつかされたからな。たっぷり発散させて貰うわ」

 笑顔とは本来攻撃的な意味を持っていると言わんばかりだ。

「ひか姉……どうやって発散するおつもりで……?」

 

 そして楓は拳を鳴らし、首を回した。

「一時間、料理が来るまでコイツでストレス解消をするか……」

 鋭い目をして、右手の指をほぐしながら準備運動を始める。

「駄菓子屋に至っては攻撃性隠す気ゼロじゃないですか!?」

 

「それじゃあみんな、教室で待ってるね!」

「あ、ちょっ……命の危険を感じるんですが……誰か助けて!」

 命乞いする夏海を引きずり、このみ達は家庭科室を後にした。

 三人の背中には、


 ――この場はよしおに任せて大丈夫だという安心と、

 ――一秒でも早く夏海に制裁したいという本音が、同時に滲んでいた。

 そして、先ほどまでのグダグダが嘘のように、家庭科室では息の合った動きが生まれて、お菓子は驚くほどの速さで形になっていくのだった。

 

 

 

 

 教室では、色とりどりのスイーツがテーブルいっぱいに並べられていた。

 

「おいしい! 自分たちで作ったお菓子って、十倍増しでおいしい!」

 フルーツケーキを頬張りながら、小鞠が満面の笑みを浮かべる。

「先輩、元気になってよかったです!」

 その様子を、蛍がほっとした表情で見守っている。

 

「ひか姉、どう? そのタルトの生地、なかなか上手く焼けてるでしょ?」

 得意げによしおが聞く。

「相変わらず、料理だけは上手いのな……」

 そう言いながらも、ひかげのフォークは止まらない。

「よっくん、また腕上げたね!」

 このみは素直にそう言って、弟を褒めた。

 

「駄菓子屋! おいしいのんな!」

 れんげが嬉しそうに声を上げる。

「愉快な余興を見ながらだと、さらに味が増すな」

 楓も笑いながら、ケーキにフォークを入れた。

 

 そして――

 

「この度は、調子に乗りすぎたため、皆様に多大なご迷惑を――」

 

「もうひと声!」

 

「皆様に、多大なご迷惑をおかけしたことを、ここにお詫びします!」

 

 料理が出るまでの一時間。目一杯絞られた末に、れんげが作った黒い板の穴から顔を出して、情けない声で謝罪する夏海。

 その姿は、まさしくれんげの思い描いた漫画キャラの姿だった。

 

「……『文化祭は、もうこりごりです……』」

 教室には、笑いと甘い匂いがゆっくりと広がっていく。

 こうして、分校始めての文化祭は和やかに終わったのだった。

 

*1
猿の格好をしたまま気絶中のよしお

*2
犬の恰好をした越谷卓




肝試し回も前後編つなげたら役一万三千文字になったから途中で分けたけど、今回は最後までやった。
アニメ一期でもこの話はメインキャラ全員集合で楽しかったので、よしおの含まない部分含めてノーカットでお送りしました。
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