のんのんびより ― ある田舎男子の日常 ― 【ばけーしょん編更新中】 作:NIZI
アニメ一期九話後編。
主によしお視点でお送りします。
個人的に一番書きたかった話です。
ある日の越谷家の居間。
姉ちゃんの部活がたまたま休みだったので、姉弟二人で越谷家に遊びに来ていた。
畳の上にはゲーム機とコントローラー。
テレビの前では、小鞠ちゃんと姉ちゃんが肩を並べて、真剣な顔で画面を睨んでいる。
オレはというと、少し離れた場所に座って、その様子を眺めていた。
「はい、これで五連勝!」
「もう、このちゃん強すぎ、他のゲームにしようよ……」
勝利宣言をする姉ちゃんと、がっくり肩を落とす小鞠ちゃん。先程から対戦で負けたら入れ替わる勝ち抜き戦をしているが、オレも小鞠ちゃんも姉ちゃんに勝てていない。
「じゃあ次はオレの番! このレースゲームやりたい!」
そう言うと、小鞠ちゃんは素直にゲーム機の電源を落とし、オレが差し出したカセットを受け取った。
そして、慣れた手つきで端子部分にふーっと息を吹きかける。
「というか、小鞠ちゃんの家って物持ち良いよね。このゲーム機もかなり昔のだし、DVDデッキも、ビデオが見れるやつでしょ?」
姉ちゃんがふと、そんなことを口にする。
確かに越谷家は、時間がゆっくり流れているみたいな家電ばかりだ。
オレの家では、VHSなんてとっくに姿を消しているし、そもそもゲーム機自体がなかった。
だから一時期、どうしてもやりたいゲームがあると、こうして越谷家に入り浸っていた。
横スクロールのアクションゲームが特に好きで、対戦系だと小鞠ちゃんとの戦績は五分五分。卓やなっちゃん、姉ちゃんには、はっきり負け越している。
自分ではそこそこやれてるつもりなんだけどな……。
高校生になったら、バイトして、まずはゲーム機を買いたい。
RPGとか、部屋でじっくり時間をかけて遊ぶのが夢だ。
「みんな、ちょっとこっち来てもらって良い?」
そのとき、なっちゃんが居間の入口から顔を出した。
……いや、まだゲーム始めて間もないんだけど。
「なっちゃんもゲームやろうよ! 次はレースのヤツやるから!」
「いやぁ、やりたいのは山々なんだけどさ……。ちょっと頼み事があって、こっちに来て欲しいんだ……」
頭を掻きながら言うなっちゃん。嫌な予感がする。
こういう時の「頼み事」は、だいたい面倒なやつだ。
ゲームに誘って誤魔化そうとしたけど……。
この言い方、たぶんガチで困ってる。
仕方なく、オレたちはゲームを中断して、なっちゃんの部屋へ向かった。
……ドアを開けた瞬間、言葉を失う。
クソ散らかった部屋。足の踏み場も微妙に怪しい。
「部屋の片付け手伝ってくれませんか?」
なっちゃんが、笑顔で両手を合わせてお願いポーズ。
いや、ふざけてるだろそれ。
「ないない」
「自分の部屋は自分で片付けないとね」
「オレはゲームで忙しいから」
三人そろって即答。
「むーりー! 母ちゃんに今日中に片付けないとご飯無しって言われたの! 助けてよー!!」
そう言って、なっちゃんが背後からオレに抱きついてきた。
……久しぶりだな、こういう距離感。
中学に上がる前までは、割と普通だったけど、最近はほとんどなかった。
そんなことをぼんやり考えていると、小鞠ちゃんがため息混じりに言う。
「まぁ、私達も文化祭の準備にアンタの部屋使わせて貰ったしね……」
「しゃあないな……貸しひとつだ……」
「二人がやるなら私も手伝うかな。遊び相手いなくなるし……」
「あさーっす!」
こうして、全員でなっちゃんの部屋を掃除することになった。
とりあえず、ゴミ袋を広げて、お菓子の空き箱や画用紙や布の切れ端、明らかに捨てていい物を放り込んでいく。
「文化祭終わってもう一週間は経つでしょ? ずっと散らかしっぱなしだったわけ?」
「えへへ…、ずっとこうだと慣れちゃって……」
「せめて制服くらい、ハンガーに掛けなよ……」
小鞠ちゃんが、セーターを持ったまま呆れたように呟く。
流石に、オレが服類に手を出すのは気が引ける。下着が散乱していないのが、せめてもの救いだ。
さて、次は雑誌をまとめるか……。
「ねぇ、工作道具とか押し入れに仕舞って良い?」
「そうそう、お願い」
「ん? なにコレ?」
「うっ……、0点の答案とかじゃないよね……」
「いや、これだけど……」
小鞠ちゃんが押し入れから、半球型の物を取り出した。
「あぁそれか! これはこうして裏返して地面に置くと……」
ーーポンッ。
小気味いい音と一緒に跳ね上がる。小鞠ちゃんが、少しだけ驚いた様子で肩を跳ねさせた。
「懐かしいな。それ、よく指にはめて遊んでたっけ……」
「母ちゃんに危ないから止めろって言われてたよね……」
自然と、昔話になる。
「こういうの他にもあるかも……ちょっと見てみよっと……」
「私から言っておいてなんだけど、これって掃除から脱線する流れなんじゃないの……?」
「まぁまぁ、ウチのおもちゃ箱は思い出箱だから、みんなと共有したいって言うか?」
「まぁ、いいけど……、サッサとしてね」
小鞠ちゃんの冷静なツッコミをよそに、なっちゃんは次のおもちゃを取り出す。
「コレ知ってる?」
「あ、それは知ってる! 階段とか下りてくヤツだよね」
「それ、確か神社の階段とかで、ひか姉とも一緒に遊んでたっけなぁ……」
「誰が最初に一番下まで辿り着けるかで競争してたよね……」
……懐かしい。でも、いつからだろう。
そのバネの動きより、階段下から、みんなのスカートの中を覗く方に意識が向くようになったのは……。
我ながら、汚れてしまったものだ……。
「さっきから思ってたんだけど、それウチらの時代に流行ったおもちゃじゃないよね?」
姉ちゃんの一言が、妙に刺さる。
「え? いや、流行ってたじゃん!」
「うんうん、五年くらい前、全校生徒の半分以上はハマってたし!」
「五年くらい前の全校生徒って、楓ちゃんを入れても七人だけじゃない……。それ、駄菓子屋さんで買ったおもちゃでしょう?」
やや呆れた顔で姉ちゃんが言う。
「確か五年前は、まだ楓ちゃんのお婆ちゃんが店やってたから、二十年くらい品揃えが変わってなかったって噂だよ」
「マジで?」
なっちゃんも驚いた顔をする。
そんな中、オレは糸で吊るされた毛虫のおもちゃを見つけて、つい弄ってしまう。
「ちょっとよっくん!? なに毛虫と遊んでるの!? 逃してよ!!」
「えっ!? なにしてんの、よっくん!?」
「ははは、落ち着きなってホラ!」
オレは毛虫から伸びる糸を見せつける。種明かしをすると、二人ともほっとした顔をする。
これ、忘れた頃に近づけると女子達の反応が面白くて、よくやってたな。
「因みにこれはいつくらいのおもちゃ?」
「少なくとも、私らが産まれた時より、ずっと前なのは確実だと思う……」
「そうかぁ……、他のはどうかなぁ? スライムとか、ミニカーとか……」
「お、ルービックキューブ発見! コレやり方見ても一列しか揃わないんだよな……」
次から次へと出てくるおもちゃ。掃除中のはずなのに、楽しい。童心が刺激されまくりだ。
「ホラ、やっぱり脱線した……」
「二人とも? 遊んでるなら手伝わないよ……」
「待って待って! もう少しみんなで思い出共有しようよ……、お、姉ちゃんが小一の時の感想文見つけた!」
小鞠ちゃんの顔が、一瞬で凍りつく。
「なになに……、"わたしはこまりといいます。わたしは大きくなったらお花さんになりたいです。わたしはチューリップさんが大すきでsーー」
「ちょっとちょっと! 声出して読まないでよ! 返してよ!」
「まぁまぁ恥ずかしがらなくても……、小一ってこんなもんでしょ?」
「なんで夏海の部屋にあるんだよ! いいからこっち渡して! どうせ心の中で笑ってるんでしょ!?」
「笑ってない、笑ってないって」
……口元、完全にニヤついてる。
「笑ってんじゃん! 返せ!!」
「ちょっと待って! 笑わないから全部読ませて!」
「だから読むなって言ってんだろ! 返せって!」
小鞠ちゃんがなっちゃんに飛びかかり、大騒ぎ。
それを見かねた姉ちゃんが、慌てて声を上げる。
「ちょっと二人とも! そんなに暴れたらおばさんに怒られるよ……」
――その瞬間。
廊下から、確かに聞こえた足音。
……やばい。
「ちょっと夏海! 部屋の片付けちゃんとやってんの!?」
――間一髪だった。姉ちゃんと目配せを交わし、ほぼ反射的に行動に出る。
オレと姉ちゃんは同時に動き、もみ合っていた二人を床に押さえつけるようにして黙らせた。
その直後、襖の向こうから顔を覗かせたのは、雪子おばさんだった。
「あら、このちゃんによっくん。二人とも、夏海の手伝いしてくれてるの?」
「丁度暇だったので……」
なるべく自然な笑顔を作る。心臓の音がうるさい。
「そこの二人はなにしてんの?」
「何かで滑って転んだみたいで……、夕飯までには片付けるよう見張っておきます……」
床にうつ伏せのまま動かないなっちゃんと小鞠ちゃん。状況説明としてはかなり苦しいが……。
「ごめんね、そうだ! どうせなら、その後夕飯食べてく?」
「はーい、すいません……」
「ありがとうございます……」
オレたちは揃って頭を下げ、おばさんを見送った。
足音が遠ざかるのを確認してから――
「「ぷはっ……!」」
床に伏せていた二人が、一斉に顔を上げる。
「いやぁ、危なかったね……。もう少しでおばさんの雷が落ちてたよ」
「このちゃん、アイアンクローはやめてよ……」
「まぁまぁ、おばさんに怒られるよりはマシでしょ?」
「なんで私まで……」
……正直、オレも巻き添え感はあった。
「じゃあ気を取り直して、さっさと掃除するよ!」
一同はーい、と気のない返事。 そこからは不思議なほど真面目に、黙々と作業が進んだ。さっきまでの脱線が嘘みたいだ。
片付けが終わる頃には、窓の外がすっかり夕方の色に染まっていた。
「まぁ、こんなもんかな……」
「やっと終わった……」
「疲れた……貸しだからね、コレ」
「みなさん! あざっした!」
部屋は見違えるほどすっきりしている。
「もう四時か……夕飯までどうする?」
「またゲームでもしよう」
「やろうやろう!」
「実はさっきいい物見つけたんだけど」
なっちゃんがそう言って、一本のビデオテープを掲げた。
「ジャーン! プリティキュット録画したビデオテープ発見しました!」
「うわぁ懐かしい! 十年くらい前のアニメじゃん?」
「私もみてたなぁ……、ってかその頃でもテープで録画って……」
「ゲームは……?」
「まぁまぁ、今日はとことん昔の思い出に浸って貰います」
そんな流れで、オレたちは再び居間へ移動した。
「よく覚えてないんだけど、そのテープって間違えて上書きしちゃったんじゃなかったっけ?」
小鞠ちゃんが、ふと思い出したように言う。
「嘘? マジで? まぁ見たらわかるっしょ」
再生された映像に映ったのは、昔の越谷家の庭。少し色褪せた画面の中で、転がるボールを拾う幼い女の子。
『夏海ー!』
雪子おばさんの、今よりも少し若い声。
「昔のなっちゃんだ!」
姉ちゃんが、ぱっと表情を明るくする。
『わぁい! よっくんだ!』
『なっちゃん! おはよっ!』
……え。
映像の中に、オレがいた。
馬鹿みたいにニコニコしていて、隣には小さい頃の姉ちゃんもいる。
これ、多分……オレが小学校に上がる前だ。
「よっくん、この頃は本当に可愛かったな……」
姉ちゃんがしみじみ言う。
正直、聞いてるこっちが恥ずかしい。
そして映像の中の幼いなっちゃんが、こちらへ駆け寄ってきて――
『よっくんだーいすき! ウチ、おっきくなったらね! よっくんのお嫁さんになるの!』
バチィッ……
一瞬だった。なっちゃんが、信じられない速さでビデオを消した。
……なにこれ? オレ、どう反応すればいいんだ?
ビデオデッキの前でボタンを押したまま固まっているなっちゃんを見る。
表情は読み取れないけど、耳は真っ赤だ。
いや、なんか言って!
なんか言ってくれないと、オレも困るんですが!?
「……姉ちゃん、どうしよう……」
「ちょっと待ってて……」
どうしたらいいか分からず、姉ちゃんに耳打ちして相談すると、姉ちゃんは考え込むような様子を見せた。
「これってもしかして……、あっ!思い出した!」
そんな沈黙を破るように、姉ちゃんが声を上げた。
「よっくん、とりあえず続きを再生してみて、なっちゃんは私達で抑えるから! 小鞠ちゃんも手伝って!」
えっ? この空気で!?
姉ちゃんは有無を言わさず、なっちゃんをビデオデッキから引き剥がす。
「ちょちょちょっとやめて! もう見るのやめるから!」
「ほらほら、暴れないでよ夏海! 私も続きが気になるし!」
「見なくていいから!」
本気で嫌がるなっちゃん。姉ちゃんと小鞠ちゃんに取り押さえられながら、必死に抵抗している。
「よっくんは覚えてないかな? この後のこと」
「この後? いや、全く……」
「そう……、まぁとりあえず再生ボタンを押してみて♪」
……いいのか? 正直、めちゃくちゃ嫌な予感がする。
でも、ここまで来たら後戻りもできない。
オレは意を決して、再生ボタンを押した。
再び映る、昔の越谷家の庭。
幼いなっちゃんが、オレに抱きついている。
『なっちゃん、ごめんね!』
――!? 断った!? 昔のオレがなっちゃんをフった!?
映像の中のなっちゃんは、明らかにショックを受けている。
一方のオレは……なぜかニヤけている。
なんでだ? 理由が全く思い出せない。
――そして。
『だってオレ……、大きくなったら、お姉ちゃんと結婚するから!』
映像内のオレは、曇り一つない満面の笑みで、そう言ってから、
隣にいた昔の姉ちゃんに向き直り、嬉しそうに抱きついて、その頬に口付けをして――
ーーバチィッ!!
今度は、オレがビデオを消した。
……後ろ、見たくない……。
恐る恐る振り返ると。
生暖かい視線×3
――あ、あああ……、ああああああ!!!
その日、忘れていた黒歴史が白日の元に晒されてしまった。
居間には、すっかり日が落ちた後の柔らかな照明が灯っていた。
空気は落ち着いている――少なくとも、表面上は。
「まぁ子供の頃の事だし、気にする事ないって。今日は思い出共有出来て良かったね♪」
「二人とも、ゲームやろう。好きなソフト選んで良いよ♪」
このみは穏やかな笑顔でコントローラーを握る。小鞠もまた朗らかな顔をしていた。
しかし、畳の上には、膝を抱えてうずくまる男の姿があった。
「あああ、あああああ……」
「その……、よっくん……、今日の事は、全部忘れよう……。それが良いよ……」
顔を伏せ、未だ正気に戻れず悶え続けるよしお。
夏海は死んだような目をして、気遣うように、それを宥めていた。
「……忘れてた方が良かったかも……」
「このちゃん、なんか言った?」
「なんでもないよ、小鞠ちゃん♪」
――こうして、越谷家の夕方は、なんとも言えない余韻だけを残して、静かに過ぎていった。
卓くん出番奪っちゃってごめん。
だって、よっくんに一番ショックを与える展開を思いついちゃったから(暗黒微笑)