のんのんびより ― ある田舎男子の日常 ― 【ばけーしょん編更新中】 作:NIZI
アニメ一期十一話後半のスキー回。
学校に泊まる話は、男子のよしおは保健室のベッドで卓と一緒に寝るだけの話(意味深)になるのでカットします。
「「「「スキーだ!!!!」」」」
一面、白。
視界の端から端まで、余すところなく雪に覆われた山の頂上に、オレたち旭丘分校の面々は立っていた。吐く息は白く、足元ではスキー板がきし、と小さく鳴る。
――正直、スキーは初体験だ。
「わぁ! 私、スキーなんて初めて!」
両手にポールを持って、ぴょこぴょこと跳ねるように動き回る蛍ちゃん。
雪景色の中でもひときわ明るいその笑顔に、思わず視線が引き寄せられる。……かわいい。
「ほたるん、雪好きなんな!」
れんげの問いかけに、蛍ちゃんは間髪入れずに大きく頷いた。
「うん! 大好きだよ!」
その無邪気なやり取りを眺めながら、オレは足元のスキー板を見下ろす。
オレとしても、ついこの前見たデザインの板である。
「よく人数分のスキー板、ありましたね」
蛍ちゃんがそんな疑問を口にすると、
「レンタルしたからね!」
一穂さんが、あっさりと答えた。
それとと同時に「ういーす」と軽い返事をしたのは、今回の"道具提供者"である駄菓子屋の楓ちゃんだった。
「駄菓子屋さんなのに、スキー用具のレンタルまでしてるんですか?」
「流石に駄菓子屋だけじゃ食っていけないからね。
スキーは私の趣味でもあるけど、生活必需品はだいたい揃えてるよ。
急な親戚の来訪に備えて布団のレンタルも行っている」
さらっと言ったけど、改めて聞くと凄い話だ。
ちなみに、今みんなが使っているスキー用具の半分以上は、オレが駄菓子屋の裏にある倉庫から運び出したものだったりする。
スポーツ用品に布団、その他諸々。オレは定期的に倉庫を確認して、在庫チェックやメンテナンスまで手伝っている。
……我ながら、いいように使われてる気がしないでもない。
まあ、嫌いじゃないからいいけど。(自画自賛)
「それから、もし通販とかするなら、私に依頼してくれたら相場より安く取り寄せるからさ。その辺、お母さんにも言っといて?」
営業スマイル全開で蛍ちゃんの手を取り、顔を近づける楓ちゃん。
「おーい、生徒に営業かけないでくれるかな?」
一穂さんの冷静なツッコミが入り、蛍ちゃんは苦笑い。
楓ちゃんの強引な営業活動は、先生の一言でぴたりと止まった。
「とはいえ、子供用のスキー板は無かったから……れんげはソリになっちゃったが」
「ウチ、ソリのがいいん! サンタさんみたいなん!」
「なら良かった」
赤いソリの紐を握りしめ、嬉しそうに雪の上を歩き回るれんげ。
本人が満足そうなら、問題ないだろう。
「ねえ、スキーしたことない人、手あげてみて?」
なっちゃんが自分の手を上げながら呼びかける。
小鞠ちゃんが恐る恐る手を上げ、それに続いて、次々と挙手が増えていく。
……オレも、そっと手を上げた。
「あらら、みんなしたことないんか……」
「仕方ないな! じゃあここは、夏海ちゃん直々にスキー講義を始めたいと思いまーす!」
大船に乗ったつもりでよろしく!
と胸を張って講義を始めるなっちゃんに、
「大丈夫なの……?」
「泥船なん! 泥船禁止なーん!」
小鞠ちゃんとれんげから、即座に抗議が飛ぶ。
「抗議はスルーさせていただいて……」
なっちゃんは気にせず話を進めた。
「とりあえず、感覚掴むには一回滑った方が早いよ。止まりたい時は、尻もちつけば止まるから」
「じゃあ、兄ちゃんから滑ってみようか?」
指名された卓は、こくりと頷いて斜面へ出る。
最初はゆっくり――だが、次第にスピードが増していく。
「はい兄ちゃん! そこで尻もちついて止まってー!」
言われた通り、卓は腰を落として雪に尻もちをついた。
……が、止まらない。
そのままの姿勢で、ずるずると斜面の下まで滑っていった。
「えー……」
なっちゃんは一瞬だけ目を泳がせた後、何事もなかったように講義を再開する。
「止まりたい時は、足を内股にして、板をハの字にしてください」
「これはスキーの基本だから、絶対覚えてねー」
全員が「はーい!」と返事をする中、オレは心の中で深く頷いた。
――尻もちは、稀によく止まらない事があるから最終手段。よし覚えた。
「それじゃあ今の説明を頭に入れて……次は、よっくん行ってみますか!」
「おっけー!」
この場に残った唯一の男。
ここでビビるわけにはいかない。
スキー板の先を意識して、足をハの字に。
なっちゃんの言葉を思い出しながら、ゆっくりと体重を前に預ける。
きし、と雪を噛む音。
冷たい風が頬を撫で、視界が静かに流れ始めた。
――よし。
オレは慎重にブレーキを利かせながら、白い坂道を滑り降りていった。
――順調。
少なくとも、滑り出すまでは。
「お、意外といけるんじゃ――」
次の瞬間。
ガクッ。
「……あ?」
左足が言うことを聞かない。いや、正確には右足も聞いてない。
というか両足が真逆の主張を始めた。
「ちょ、ちょっと待っ――」
ハの字が、ハの字じゃない。もはやカタカナですらない。
「わっ!? うわわわわわ!!」
バランスを取ろうとしてポールを突き出す。
が、ポールは雪に刺さるどころか、空を切る。
――あ、これダメなやつだ。
そう悟った瞬間にはもう遅く、
「ぶべっ!!」
前のめりに転倒。顔面から雪にダイブ。
だがそれでも止まらない。うつ伏せのまま、スキー板を引きずって腹ばい滑走開始。
「ちょっ、ばっ……! 止ばれぇぇ!!」
両手をばたばたさせるが、ブレーキにはならない。
雪が口に入る。冷てぇ!視界は真っ白。前が見えない。
最終的に、徐々にスピードが落ちて、ようやく停止。
雪の上に、大の字。
――オレ、今たぶん、すごい顔してる。
「うーん……、重心の位置取りを工夫する必要ありか……」
「わぁ、痛そう……」
「すごいん! よっくん、伏せたまま滑ってるん!」
「新しい滑り方だなぁ……」
「大丈夫ですか!?」
上から聞こえる皆の声。オレの心配してるの蛍ちゃん一人だけなのはどういうことだ。全く薄情な奴らめ。
卓? アイツは別に心配いらないだろ。
「……スキーって、思ってたより攻撃力高くない!?」
「ドンマイ! 最初はそんなもんだ!」
「よっくん、雪と一体化してたよ!」
ヤケクソ気味なオレの叫びに、励ましなのか追い打ちなのかわからない声が飛んできた。
仰向けになりながら、しみじみと思う。
――これは、明日筋肉痛確定だな。
「ダメだ怖い! わわわ!! ぎゃああ助けてええ!!!」
……って、うるさ!?
オレは止まった場所から、ゆっくり身体を起こして上を見る。
そこにはオレの次の走者となった小鞠ちゃんが滑り始めていた。
が、初めてのスキーで上手くいかず、右へ左へ蛇行運転。進行方向も定まらず、完全にパニック状態だ。
……って、危なっ!?
「小鞠ちゃん! 捕まれ!」
「わわわ!!」
ぱしっ! よし、掴めた! ……と思った次の瞬間。
「って、うわ! 引っ張られる!!」
「「ぎゃあああ!!」」
二人まとめて、見事なシンクロ蛇行。スキー板は勝手に踊り、重力は容赦なく仕事をする。
――いやこれ、さっきと同じパターンじゃ!?
だが、オレは違った。先程の失敗は、無駄じゃなかった。
必死に板を立て、内股、ハの字、全神経集中――!
ずざっ……。
……止まった。転ばずに、止まれた。
「……よし!」
内心でガッツポーズを決めた、――がしかし。
「わわわ! 後ろ見えない! 怖い怖い……!」
身体の向きが山の麓とは真逆。完全に後ろ向きで停止している。
下が見えない。オレも怖い。
だが目に見えて慌てている小鞠ちゃんを見て、オレは逆に冷静になれた。
とりあえず――。オレは小鞠ちゃんを、後ろから覆いかぶさるように抱きしめた。
「よっくん……?」
「落ち着いた? とりあえずこの体勢なら転んでも怪我しないと思うから大丈夫だよ……!」
実際、かなりギリギリな状況だが、これでオレが下敷きになれば、小鞠ちゃんは助かるだろう。
「ありがと……、でもこの体勢だと私はともかく、よっくんが……」
……この状況でオレの心配をしてくれるとは……。
その優しさに、胸がじんとして息苦しくなったオレは、つい――ほんとについ。
小鞠ちゃんを、さらに胸の中に引き寄せてしまった。
「ありがとう小鞠ちゃん……、ごめんね、ちょっと心臓がうるさくて……」
「……へ?」
完全に意味が分からない、という顔。
「これが吊り橋効果ってヤツなのかな……?」
凄く息が苦しい。なんか好きになっちゃいそう!
小鞠ちゃんは理解が追いつかず、目が点になる。
…………ゾゾゾゾゾッ!*1
「にゃああああ!! 放せえぇぇ!!!」
「わわ! 暴れないでぇ!!」
小鞠ちゃんが暴れた瞬間、前後逆のまま、再び板が動き出す。
じり……じり……。
そして、ずるっと。
――そのまま、坂道を下り始めた。
「「ぎゃああああああ!!」」
後ろ向き。視界ゼロ。超怖い。
……完全に、ふざけたオレが悪い。
――ごめん! 心の底から反省してます!! だから助けて下さい!!!
「大丈夫ですか!? 私に捕まってください!」
そうこうしているうちに、上から蛍ちゃんの声が飛んできた。
かなりのスピードで滑りながら、こちらへ手を伸ばしている。
……すごいな。
これなら、小鞠ちゃんを任せても大丈夫かもしれない。
「よし蛍ちゃん! 小鞠ちゃんは任せた!」
オレは小鞠ちゃんの手を取り、近づいてきた蛍ちゃんの伸ばした手へと掴ませた。
これなら大丈夫――そう思った、その瞬間。
「蛍ストップストップ!!」
「足、どうしたらいいんでしたっけ? "ミ"の形でしたっけ?」
「"ミ"ぃ!? ミとか無理だから!? 待って、後ろ向きはやめて! せめて前向かせて! あっあっあああ!!」
小鞠ちゃんは叫び声を残し、そのまま消えていった。
……無理だったか。
せめて頭だけでも守れるよう、ヘルメットでもしておけばよかったのだろうか……。
マモレナカッタ……。
すまん。オレもすぐに後を追うから……。
――後ろ向きで滑りながらそんな覚悟を決めかけた、その時。
いち早く麓にいた卓が、何とかしてくれた。
ありがとう卓。
お前は命の恩人だ。一生忘れない。
……さっきまで忘れてたけど。
気づけば、山頂には二人だけが残っていた。
雪を踏みしめる音も途切れ、遠く下の方から、分校生たちの騒がしい声だけがかすかに聞こえてくる。
「結局、誰も滑れなかったか……」
夏海は斜面を見下ろしながら、ぽつりと呟いた。
「まぁ、すぐに出来たら苦労もないしな……」
隣では楓が、ストックを肩に担いだまま、気楽そうに返す。
しばらくして、楓がふと思い立ったように口を開いた。
「みんな行ったことだし、麓まで競争してみるか?」
「えぇ……、どうしようかな?」
歯切れの悪い返事をする夏海。楓はちらりと横目で見て、イタズラっぽく口角を上げた。
「なんだ、負けるのが怖いのか?」
「いや、そうじゃなくて……」
一拍置いてから、夏海はにこっと笑った。
「ウチ、スキーしたことないもん」
「……は?」
間の抜けた声が、雪原に溶ける。
「いやだって、さっきウチが“スキーしたことない人”って聞いた時、ウチも手、上げたし!」
楓の顔に、理解が追いついていない色がはっきりと浮かぶ。
「レクチャーは、なんとなく聞いたことある事、言ってみただけだし……」
思い返すように言いながら、夏海は肩をすくめた。
「誰も上手くいかなかったし……」
だからね! そう言って、くるっと楓の方を向く。
「滑り方! 教えてくださーい!」
楓は深く一息ついた。ため息というより、諦観に近い。
半眼になったまま、淡々と語り出す。
「……足をハの字にして、止まらなかったら尻もちついて――」
次の瞬間。楓の蹴りが、見事に夏海の背中に入る。
「それで無理なら諦めろ!!」
「ワーオ! すぱるたぁっ!!」
夏海は、そのまま勢いよく、斜面を滑り出していった。
ここは山の麓。
小鞠ちゃんは、さっきの一件ですっかり怖がってしまい、スキーは一時中断となった。
今はというと――。
「すごいすごい! これだけ積んでもまだ沢山! どんどん大きくして行きましょう!」
テンションが落ちるどころか、むしろ加速していく蛍ちゃん主導のもと、女子たちは一か所に雪を集め、せっせと山を作っていた。
蛍ちゃんの話によると、東京ではここまで雪が積もることは滅多にないらしい。
だからこそ、せっかくの大量の雪を前にして、
――かまくらを作りたい。
そう目を輝かせて宣言し、みんなでスコップを手に雪を積み上げている。
「かまくら! 私、かまくら作るのが昔から夢で! だからみんなに手伝って貰ってるんです!」
「お、おう……」
あまりの熱量に、オレも楓ちゃんも思わず圧倒された。
今の蛍ちゃんに、誰も勝てる気がしない。
そんな流れで、急きょ荷台に積まれていたスコップを、楓ちゃんからレンタルすることになった。
その一方で、オレと卓は楓ちゃんと一緒に料理担当。
といっても、楓ちゃんがすでにカット済みの冷凍食材を用意してきてくれていたので、包丁は使わず、鍋一つで作れる豚汁だ。
「もうちょっと炒めよう。せめて冷凍食材が全部溶けてるのを確認して、里芋はちゃんと中まで火が通ってるのを確認してから――」
楓ちゃんの指示に頷きながら、オレは鍋をかき混ぜる。
……よし、そろそろ出汁と水を加えても良さそうだ。
あとは沸騰するのを待つだけ。
「手は足りてるみたいだし、ウチ、車内で昼寝してきてもいいかい?」
一穂さんが、のんびりした声でそう言ってきた。
確かに、豚汁はもう佳境。オレと卓の二人で十分回せる。
「別にいいですけど……」
と答えつつ、楓ちゃんが思い出したように声をかける。
「そうだ、先輩。豚汁の具材もレンタル料に含まれますんで、よろしくお願いします」
「え、マジで?」
「マジです」
そのやり取りに、一穂さんは少し考え込んでから、
「じゃあ今度、家でご馳走出すってことでいいかな?」
「……物にもよりますね」
即座に返す楓ちゃん。
さすが商売人、まったく引く気がない。
そんなやり取りをしていると、向こうから、身体を丸めてスキー板を担いだなっちゃんが、ようやく麓まで降りてきた。
「無理無理……、スキー滅茶苦茶こわいんですけど……」
「お、やっと降りてきたか。みんなもう到着してるよ」
一穂さんは、そんななっちゃんを優しく迎え入れる。
「ていうかウチ! スキーで転けない方法わかったよ!」
なっちゃんは、さも名案を思いついたかのように胸を張る。
「スキー板を外せばいいって事をね!」
……それはもはやスキーじゃなくて散歩だ。
「それより、なんかいい匂いじゃん! 何作ってんの!?」
なっちゃんの視線が、湯気を立てている鍋に釘付けになる。
「豚汁だ。今アク取ってる。出来たら呼ぶから、蛍ちゃんたちの方へ行ってて」
「よっしゃー! へへへ……」
そこまで楽しみにされると、こっちも気合が入る。
……よし、少しだけ出汁を多めに足しておこう。
蛍ちゃんたちの元へ合流したなっちゃんは、すでに“山”と呼べるくらい積み上げられた雪を見て、目を輝かせる。
そして、蛍ちゃんからスコップを受け取ると、嬉々として、かまくら作りに加わっていった。
少し後。
雪を積み上げていた努力の結晶――かまくらは、ついに完成した。
中では、女子たちが七輪を持ち込み、網の上で餅を焼いていた。
「ねぇ! 豚汁あとどれくらいで出来そう!?」
かまくらの入口から、なっちゃんの声が飛んでくる。
「豚汁なら、もうとっくに出来てるぞ」
楓ちゃんが、何でもないことのように答えると、
「んな!? もう豚汁出来てたん!?」
「なんだよ、なら早く言ってよ……」
れんげとなっちゃんの反応は、分かりやすいくらいに大袈裟だった。
そして、次の瞬間。
「「「「とんじる! とんじる! とんじる! とんじる!」」」」
かまくらの中にいる女子達による、豚汁の催促が始まった。
雪山に反響して、やかましいくらい耳に届く。
「……向こうの豚汁コール、黙らせてこい」
「わかったわかった……」
楓ちゃんに言われ、オレは餅を食べる手を止める。
鍋から湯気を立てる豚汁を、四つのお椀に丁寧によそい、慎重にかまくらまで運んだ。
「へい、豚汁お待ち! まだいっぱいあるから、おかわりしてね!」
「はーい!」
「やった! 絶対おかわりしよ!」
「お餅! 豚汁に入れるん!」
「ウチも!」
お椀を差し出すと、元気な返事が返ってきて、れんげとなっちゃんは迷いなく餅を豚汁に投入した。
その横で、小鞠ちゃんは静かに蛍ちゃんへお椀を手渡す。
蛍ちゃんは、丁寧に受け取ってから、嬉しそうに湯気を覗き込んだ。
「では!」
「「「「いただきまーす!」」」」
声を揃えて、四人は豚汁を口に運んだ。
湯気の向こうで、みんなが一斉に頬を緩める。
その様子を、オレはかまくらの外から、なんとなく見守っていた。
――ああ、作って良かったな……。
雪の冷たさも、スキーの失敗も、
今は全部、この湯気の中に溶けていく気がした。
ほどなくして、ほぼ同時におかわりを求める声が上がり、思わず笑ってしまう。
オレは空になったお椀を受け取り、再び鍋のある方へと歩いていった。
こうして――
雪山で過ごした、少し騒がしくて、少し温かい冬の一日は、
ゆっくりと、穏やかに終わっていった。
スキーの描写が死ぬほど苦労しました。
アニメ一期も残すところ後一話。 長いようで短かったです。