のんのんびより ― ある田舎男子の日常 ― 【ばけーしょん編更新中】 作:NIZI
アニメ一期最終話。山菜採りの話です。
前半の弁当の話は、こまちゃんとほたるんの話なのでカットします。
冬が過ぎて、雪解け水が用水路を満たす頃になると、この村には毎年恒例の行事がある。
雪の影響で手つかずとなり荒れてしまった山道。傷んだ道路や、落ち葉や土砂が詰まった用水路を、近隣住民総出で点検して整備をする日だ。
放っておくと、雪の重みで曲がった木や、伸びすぎた枝が道路にせり出してくる。山沿いの道なんかは土が緩んで土砂崩れの危険もあったりして特に危ない。
用水路も、田んぼや畑に水を引く大事な場所だから、農家にとっては死活問題だ。
去年は、オレと卓も「男手」として普通に駆り出された。
だけど今年は違う。
――受験、お疲れ様。
その一言で、オレたち二人は子供組として作業免除。代わりに自由時間を過ごしていい、という話になった。
そんなわけで、分校生全員で山に集まって、山菜採りをすることになった。
春先の山は、にぎやかだ。名前も知らない草が、そこら中から元気よく顔を出している。
「お、来た来た。おはよう!」
小鞠ちゃんの声に振り向くと、少し遅れて蛍ちゃんがやって来た。
「おはようございます」
「ほたるん、にゃんぱすー」
「にゃんぱすー」
蛍ちゃんは少し息を切らしながら合流した。足元を気にしつつも、周りを見回す目は楽しそうだ。
「みなさん、何してるんですか?」
「食べられる野草や山菜を採ろうって話になって、蛍を待ってたんだ」
「あ、すいません。お待たせして……」
「いいっていいって。あっちの方にいろいろあるから、散歩しながら取ってこう」
そう言って、なっちゃんはさっさと先へ行く。卓もすぐ後を追っていった。
オレはというと、残った三人と一緒に、のんびり歩くことにした。
少し進んだところで、蛍ちゃんが急に立ち止まった。視線の先には、見慣れた看板。
【この先 私有地につき 部外者立入禁止】
それを見て、蛍ちゃんが不安そうに言う。
「あの、私有地って書いてますけど、入ったらマズくないですか?」
「ああ、平気平気」
「心配いらないよ蛍ちゃん」
小鞠ちゃんとオレは、ほぼ同時に答えた。
正直、気にしたこともなかった。
「大丈夫なん、ほたるん。ここの山、全部ウチん家の土地なん」
れんげの一言に、蛍ちゃんの目が一気に大きくなる。
「えっ!? ここの山って、どこからどこまでが……?」
「ウチもよくわからないん。大体ここら辺の山全部なん」
「……もしかしてれんちゃんの家って、物凄いお金持ちなの?」
「普通なん。ただ山持ってるだけなのん」
蛍ちゃんは驚くが、この辺りではそこまで珍しい話でもない。
「山持ってる人ってそんなに珍しくないよ。うちのお爺ちゃんも小さい山持ってるし」
「うちも、ひい爺ちゃんの頃は、ここと同じくらいの山を二つ持ってたらしい。もう管理できなくなって国に寄付したって聞いたけど」
昔は、山そのものが財産だったようだ。
「ほたるんは東京にいた時は山持ってなかったん?」
「持ってるどころか、家の周りに山自体無かったし、土とか砂も学校や公園に行かないと無かったよ……」
その答えに、れんげが少し首をかしげた。
「砂も山もない、やっぱりここと東京は随分違うのんな……」
「確かに。受験で東京に行った時も、木は道の端っこにちょっと植えてあるだけでさ。後はコンクリートばっかだったな」
ビルだらけで、空はやたら狭い。便利だけど、なんとなく落ち着かなかった。
「よっくんも四月からは東京だっけ? いいなぁ」
「ああ。楽しみではあるけど、負けない様に気を引き締めなきゃと思って……」
新しい場所、新しい生活。今までと同じじゃ通用しない。
「負けない様に……、勉強とかですか?」
「それもあるけどさ。オレが東京に行って一番驚いたのは、悪魔がいた事かな?*1」
「「「悪魔?」」」
三人の声がきれいに揃った。
「まぁ、そういう反応になるよな。ここから東京まで日帰りはキツいから、ひか姉の下宿先に一泊させてもらったんだけどさ。そこにいたんだよ。世界征服を企んでる悪魔が二人ほど……」
一瞬、山の中が静かになる。
「見た目は小さい女の子なんだけど、コウモリみたいな羽が生えててさ。姉の方はまだ話が通じそうだったけど、妹の方が腹黒くて、油断して取り込まれそうになったんだよ。危ない危ない……」
「ええっと……、よしお先輩の、いつもの冗談なんでしょうか……?」
「勉強のし過ぎで、気でも狂っちゃったかな……?」
「東京って恐ろしい所なんな……」
三人はそろって、心配そうな目でオレを見るがオレは至って真面目だ。どうやら、信じてもらえなかったらしい。
……まぁ、仕方ないか。"本当に悪魔がいた"なんて話。オレもこの目で見なければ三人のような反応をしていただろうし。
「おーい! 山菜ゲットしたー!」
「あ! 先越されたん! なっつん何採ったん!?」
「タラの芽!」
そんな中、先行していたなっちゃんが、手に持ったタラの芽を全員に見せつけると、一同も山菜採りの方に興味が移った様子。
「私達も探そうか!」
「はい!」
さて、オレも探すか。
「うーん、この辺りにはないのか……?」
腰を落として地面を覗き込みながら、思わずそんな独り言が漏れた。
山菜採りに乗り出したのはいいものの、思った以上に成果は出ない。見つかるのは見覚えのない草ばかりで、肝心の山菜らしきものは影も形もなかった。
隣を見ると、卓も同じようにしゃがみ込み、真剣な顔で地面を探している。
どうやら、あいつも戦果ゼロらしい。
一度立ち上がって周囲を見渡す。
木々の間から差し込む春の光。鳥の声。風に揺れる葉音。
――そして、人の気配はない。
場所を変えた方がよさそうだが、さて、どこへ行くべきか。
「おや、よっくんに兄ちゃん。どう? 何か見つけた?」
不意に、なっちゃんの声が飛んできた。
振り向くと、腰に手を当て、余裕そうな顔でこちらを見ている。
「何も見つからない……」
オレがそう答えると、卓も小さく首を振って同意した。
「思ってたより少ないな……、ちょっと時期が早かったかな?」
「既に取りつくされてるって線はありそう?」
「だったられんちょんが何か覚えてると思うけど……。お! 兄ちゃんの足元に"カタバミ"生えてんじゃん!」
言われて足元を見ると、確かに見覚えのある草が生えている。
「それ噛むと、"すかんぽ"みたいな味がするんだよね」
なっちゃんがそう言うと、卓は迷いなくそれを摘み、口に放り込んだ。それを見て、オレもつられて同じことをする。
「うお! すっぺっ!」
一気に口の中に広がる酸味。
思わず顔をしかめると、なっちゃんが腹を抱えて笑い出した。
「あはは、まさかその場で口に入れるとは! それじゃウチ、他の所探してくる!」
そう言い残し、なっちゃんは軽やかに去っていった。残されたオレは、口の中に広がる渋みと酸味に顔を歪める。
……水、欲しい。
目の前では、卓が再びしゃがみ込み、黙々と山菜を探している。
その背中を見ているうちに、ふと、話しておきたいことが浮かんだ。
「そういえば、四月からオレ達別々の高校になるんだよな……」
口に出してみると、思った以上に実感がこもってしまった。
思い返せば、五年前。
楓ちゃんが卒業して分校に来なくなり、毎日顔を合わせていた人がいなくなる寂しさを、初めて味わった。
その二年後、姉ちゃんが卒業して、離れた高校に通うようになった。
家に帰ればいるけれど、自然と話す時間は減っていった。
さらに二年後、ひか姉が卒業した。
楓ちゃんも姉ちゃんも、この村にいたから、会いたいと思えば会えた。
でも、ひか姉の行き先は、ここから遥かに遠い場所だった。
――気軽には、会えない。
それが嫌で、オレは東京のことを調べ始めた。
街へ出るたびに本屋に寄り、普段なら手に取らないような本まで買って、少ない小遣いをつぎ込んで勉強もした。
気づけば、東京への想いは本気になっていた。
親に頼み込み、東京の高校を受験したいと言った。
最初は反対された。当然だ。十五歳で家を出るなんて、簡単な話じゃない。
姉ちゃんにも言われた。
一時の熱で進路を決める事はない。家から通える高校の方がいい、と。
確かに、その通りかもしれない。
東京に行くということは、この村から離れるということ。
みんなと、気軽に会えなくなるということ。
生まれた時から一緒の、目の前にいるこいつともだ。
「なぁ、卓……、オレ達、離れ離れになっても親友だよな……」
卓は何も言わず、ただ静かに頷いた。
ひか姉と会えなくなるだけで、泣きたくなるほど寂しかった。
それ以上の想いをしてまで、東京に行きたいのか。
――行きたいに決まってる。
この機会を逃したら、臆病なオレは、この村に留まり続ける気がする。
この村は大好きだ。でも、それだけで終わりたくはなかった。
目的がはっきりしたら、勉強も前ほど苦じゃなくなった。
楽ではないけど、頑張れる理由があった。
「ありがとう……。オレ、頑張るからさ。お前も頑張れよ」
卓は少しだけ微笑むと、さっきのカタバミを口に入れ、もしゃもしゃと食べ始めた。
月並みな言葉だけど、オレ達にはそれで十分だった。
オレも近くにあったカタバミを摘んで口に入れ、ゆっくり噛みしめる。
……やっぱ、酸っぱいな……これ……。
「んん!?」
その時、ふと視線を感じた。見ると、袋を持ったれんげが、黙ったままこちらをじっと見ている。
……なんだ?
口の中にカタバミが入っていて、こっちは喋れない。
早く飲み込もうとしたが、調子に乗って沢山入れすぎたせいで、なかなか口が空かない。
「んあ!?」
そうしている間に、れんげは何かに思い至ったように、突然背を向けて走り出した。
それも、ものすごい勢いで。
嫌な予感がする。
(まさか……!? 今の話、聞かれてたか……!)
夏休みにあった、れんげとほのかちゃんの出会いと別れが頭をよぎる。
居ても立ってもいられず、口の中に残るカタバミをぺっと吐き出して、オレはれんげを追いかけた。
息を切らして追いつくと、れんげはなっちゃんの背中に抱きついていた。
……やっぱり、オレと別れるのが寂しいのか。
その気持ちは嬉しいが、あまり湿っぽくなるのもな……。
そう思い、声をかけようとした、その時。
「あれはやりすぎなん! あんなん現代じゃないん!」
……ん?
予想外の言葉に、オレは完全に固まった。
「どうしたの? れんちゃん?」
「ほたるん……、やっぱりここって田舎なんな……、都会には山も砂も山菜もないのに、ここには一杯あるのん……」
蛍ちゃんは一瞬ぽかんとした表情を見せた後、優しく微笑んだ。
「都会と違う所がいっぱいあって、山も砂も山菜もあって、私ここが大好きだよ」
……そうか。よかった。
東京から来た蛍ちゃんが、この村を好きだと言ってくれた。それだけで、胸の奥がじんわり温かくなる。
――そう思った、次の瞬間。
「じゃあ……、草をもさもさ食べてる人がいても良いのんな!?」
「……いや、そっちかよ!!」
オレのしんみりを返せ!
思わず飛び出したツッコミに、全員の視線が一斉に集まる。
……気まずい。さっきとは別方向で、ものすごく気まずい。
何か言わなきゃ……。
「あ、えっと……いいんじゃないかな? 例えば雨の日に傘を差さずに踊る人がいても良いと思う……」
「風邪引いちゃうからやめた方がいいよ?」
「……はい、左様ですな……」
ゲーテ先生も泣いているだろう。
苦し紛れの詩的表現は、なっちゃんの正論で一刀両断された。
「その……、良くわからないですけど……、一緒に山菜採りましょうか?」
蛍ちゃんが苦笑しながら提案してくる。……完全に気を使わせてしまった。
本当に、しまらない奴だな。オレって……。そう思いながら、再び地面に目を向けた。
山菜採りを終えて、少し早めの昼時。袋の中身を確認しながら、みんなは木陰に腰を下ろしていた。
風はまだ少し冷たいけど、日差しはもう春そのものだ。
「ご飯食べたら、みんなで何かして遊ぼうよ!」
なっちゃんが、思いついたように声を上げる。その声に釣られて、場の空気が一段明るくなった。
「いいな。それなら、ちょっと遊んだあとで駄菓子屋に行くのもアリかもな」
オレがそう言うと、れんげがすぐに目を輝かせる。
「ウチ、妖精ごっこしたいん! こまちゃんも妖精になっていいん!」
「えっ……? いや、私は妖精じゃなくて、人間役がいいんだけど……」
小鞠ちゃんは困ったように視線を逸らしながら、小さく首を振った。
「しょうがないんな……」
れんげは少し考える素振りを見せてから、ぱっと顔を上げる。
「じゃあ、ウチとよっくんが妖精役なん!」
「いや、なんでオレが妖精なんだよ……」
思わず突っ込むと、れんげはすっと両手を前に突き出した。
「こうやって、前かがみになって……“ウッワワーン”って言いながら走るん!」
……何その妖精。
「ったく……」
呆れつつも、立ち上がって言われた通りの格好をする。
「"うっわわーん!!"」
「よっくん、ノリノリじゃん!」
なっちゃんが腹を抱えて笑い、小鞠ちゃんも思わず吹き出しそうになって顔を背けた。
れんげはというと、満足そうに何度も頷いている。
――平和だな。
そう思いながら、オレは少し照れくさくなって頭をかいた。
「そうだ!」
その時、小鞠ちゃんがぱっと顔を上げる。
「桜が咲いたら、お花見をやろう!」
「いいですね」
蛍ちゃんが柔らかく微笑んで答える。
「じゃあ、その時はオレが、みんなの分の弁当作るよ」
何気なく言った一言だったけど、みんなが一瞬きょとんとしてから、少し嬉しそうに笑ったのが印象に残った。
こうして、春の予定がまた一つ増える。
特別じゃないけど、確かに楽しい、そんないつもの時間。
――オレは、まだまだこんな日々が続いていく事を願った。
アニメ無印編、完結です。
ひとまず一区切りまで更新することが出来ました。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
この後、アニメ二期「りぴーと」編も近々更新予定です。
物語は、まだまだ続きます。
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・のんのんびより 1〜7巻
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私もこの機会に、「りめんばー」と「こあくまメレンゲ」を購入しました!