のんのんびより ― ある田舎男子の日常 ― 【ばけーしょん編更新中】   作:NIZI

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※「ある田舎男子の日常」無印編の続きとなりますが、ここからでもお読みいただけます。

お待たせしました。アニメ第二期「りぴーと」編開始です。
再び今作をよろしくお願いします。




のんのんびより りぴーと(アニメ第二期)
第1話 新しい春が来た


 四月。

 進級と入学の季節だ。学生にとっては、期待と不安が入り混じる、環境の変わり目でもある。

 

 そんな四月のある朝。

 この春から高校一年生になる宮内ひかげは、まだ眠気の残る目をこすりながら布団を抜け出し、洗面所へと向かった。

 

 顔を洗おうと扉を開けた瞬間――

 ピカピカの赤いランドセルを背負い、真剣な表情で洗面台に向かう妹の姿が目に飛び込んできた。

 

「あれ? れんげもう起きてたんだ? ……ランドセルも背負っちゃって……」

「ランドセルは背負うものなん! 頭に被るのはマナー違反なん!」

「いや、そういう意味で言ったんじゃないから……」

 

 れんげは、新しいランドセルが届いてからというもの、まさに肌身離さずだった。

 布団に持ち込んで一緒に寝たり、背負ったまま散歩に出かけたりしていた。

 今日も例に漏れず、その小さな背中には新品特有の光沢を放つランドセルがあった。

 

 新生活への期待を全身で表現している妹の様子に、ひかげは乾いた笑いを漏らしながらも、自然と頬が緩むのを感じていた。

 

 

 

「行ってきまーす!!」

「姉ちゃんは今日も遅刻ギリギリか……」

 

 分校の教師をしている姉の一穂が、慌ただしく家を飛び出していく。その様子を横目に、ひかげはたっぷりとジャムを塗ったパンを齧る。

 

「ごちそうさまでした……。じゃあ行ってくるん!」

 

 れんげは牛乳を飲み干し、きちんと手を合わせてから、勢いよく玄関へと駆け出した。

 

「行ってくるんって何処へ?」

「学校なん!」

「入学式は今日じゃないよ?」

「学校へ通う練習なん!」

 

 当然のように言い切る妹の背中を見て、ひかげは小さく溜息をついた。

 面倒そうな顔をしながらも、放っておけないのが姉というものだ。

 

 結局ひかげは靴を履いて、れんげの後を追って家を出ることにした。

 

 

 

 道の途中。

 れんげは足を止めると、道端に落ちていた少し大きめの木の枝を拾い上げ、誇らしげにひかげへ差し出した。

 

「ひか姉、伝説の剣拾ったん!」

「え? 棒じゃん……」

「棒じゃないのん! ……この大きさといい枝っぷりといい、完璧に伝説の剣なん!」

「自分で"枝"って言ってんじゃん……」

 

 れんげは納得していない様子で、剣――もとい枝を地面に引きずりながら歩き始めた。

 道に一本の線が延々と描かれていく。

 

「何やってんの?」

「道しるべ付けてるのん」

「ここならまだ一人で帰れるでしょ?」

「ひか姉わかってないんな……、世の中どうなるか分かんないのん!」

 

 妙に意味深な言葉を残しつつ線を引き続けるれんげ。

 そうこうしているうちに、二人は学校へ向かうバス停に辿り着いた。

 

 そこにはすでに、三人の子供達がベンチに腰掛けてバスを待っていた。

 

「ちーっす」

 

 ひかげが軽く手を上げて三人に声をかける。

 

「あれ? 二人ともどうしたの?」

 私服姿の小学六年生。この春から中学一年生になる越谷夏海が不思議そうに首を傾げる。

 

「今日何かあったけ?」

 夏海の姉で、この春から中学二年生になる越谷小鞠もそれに続く。

 

「ひか姉!? おはよう!!」

 そしてひかげを見るなり勢いよく駆け寄ってきたのは、この春から中学三年生になる男子、富士宮よしおだった。

 

「とと……、朝からヘビーな事させんな!」

「よっくん! おはようなん!」

「おう! れんげもおはようさん! 今日は何をしてるんだ?」

 

 ひかげに勢いよく飛びつこうとしたよしおは、伸ばされた手で額を押さえられて停止する。

 そのまま軽くアイアンクローを食らいながらも、れんげには爽やかに挨拶を返していた。

 

「なんか、れんげが入学式の前に学校を見ときたいんだって」

「予行演習なのん!」

「ほう、だからランドセルも背負ってるのか」

 

 よしおは納得したように頷く。

 れんげは満足げに、手に持った枝を夏海へと差し出した。

 

「なっつん! これ!」

「うわっ! 伝説の剣じゃん!」

「これで道しるべ付けてきたん!」

 

 ひかげは目を丸くして夏海に話しかける。

 

「良くその枝の名前分かったな?」

「だってウチが教えたんだもん」

「お前発信かよ……」

 

 ひかげは呆れた視線を夏海へ向けた。

 

「私達も今から学校行く所だけど……」

「じゃあれんげ連れてって貰える? 私支度しなきゃだからさ! 東京へ行く為の!」

「いいなぁ、ひか姉……。東京の高校か……」

 

 自慢げに東京の事を話すひかげを、小鞠は羨ましそうに見つめる。

 

「ひか姉……、帰っちゃうの……?」

 

 捨てられた犬のような目で見上げてくるよしおに、ひかげは肩をすくめた。

 

「私もう卒業したんだし、学校は休みなんだって……」

「そうか……、でもさ、ひか姉が東京行ったら、オレ達気軽に会えなくなるんだよなぁ……」

「そのやりとりは、もう散々やったろ……」

「うん、オレも男だし、今更泣いたりしないよ! でも……」

「なんだよ……男だっていうならハッキリ言えって」

 

「ハッキリ言って良いの? それじゃあ……、抱きしめさせて!! 最後の思い出に念入りに! 熱烈に!!」

「急に何言ってんだよ! 嫌だよ!」

 

「そうか……、じゃあ、キスしても良い!?」

「嫌だって……、ってか"じゃあ"でハードル上げんなよ!」

 

「え? じゃあキス以上の事していいの!?」

「……殴っていいか?」

「ひか姉との思い出になるなら何でも大丈夫! さあ来い!」

「無敵か! ……ったく、……バスが来たか。れんげ、手をだしな」

 

 よしおとのじゃれ合いを適当に切り上げたひかげは、れんげに小銭を手渡した。

 

「おこづかいなのん?」

「バス代。四月から子供料金を払わないと」

「ほおー……」

 

 バスのドアが開き、れんげが真っ先に乗り込む。

 続いて小鞠、夏海も中へ入っていく。

 

 よしおも、それに続いてバスに乗ろうとして、何かを思いついたようにひかげへ向き直り、照れたように笑った。

 

「ひか姉! へへ……」

「…………」

「いや、何で握り拳を作ってんの!?」

「今のお前、何かを企んでる顔してるからな?」

 

「前に姉ちゃんに借りた恋愛漫画で、ヒロインが別れ際にさらっと恋人にキスしてから、電車に飛び乗るシーンがあったから。

 オレも真似しようと思ったんだけどなぁ……」

 

「本当に碌でも無い事企んでやがったな……。

 ほら、運転手さん待たせんな、はよ乗れ」

 

「うん……」

 

 そして再びバスに乗り込もうとしたよしおだったが、また足を止める。

 

「ひか姉……」

「……はぁ、しょうがないな……」

 

 ひかげは一歩近づき、そっとよしおの頭に手を置いた。

 

「ひか姉?」

「元気で過ごせよ。あんま無理すんな……」

 

 優しく撫でられ、よしおの表情は一気に明るくなる。

 

「ひか姉!」

「じゃあな!」

 

 ――しかし、まだ動かない。

 

「なんだ? まだ何か用があんのか?」

「いや、去り際にキスとかしてくれないかなぁって……」

「恋愛漫画から離れろ!」

 

「よっくん! 運転手さんが、乗らないなら置いていくって言ってるのん! 待たせちゃ駄目なん!」

 

「ああ! ごめんなさい! 乗ります! すいません!! じゃあひか姉も頑張って! オレも頑張るから!!」

 

 車内かられんげの咎めるような声がすると、よしおは慌てて車内へ駆け込んだ。

 

「本当に騒がしい奴だな……」

 

 走り去るバスを見送りながら、ひかげは小さく息をついた。

 エンジン音が遠ざかるにつれ、辺りは朝の静けさを取り戻していく。

 

 

 ――思ったより、音が少ない。

 

 

 呆れたようなその表情は、家を出た時よりもどこか柔らいでいた。

 

 

 

 ひかげとのじゃれ合いで発車が遅れた事を運転手に謝ったよしおは、軽く頭を下げてから、最後尾の席に座る越谷姉妹の元へ向かう。

 

「悪い悪い、待たせた!」

「はぁ……、まあ別にいいけど」

 

 息を切らして笑うよしおに、小鞠は半目で溜息をついた。

 

「よっくんは、ひか姉大好きだからなぁ」

 

 夏海の言葉に、よしおは肩をすくめる。

 

「なっちゃんだって好きだろ? ひか姉の事……」

「まあ、好きではあるけど。よっくんには負けるかな?」

 

 にやにやと笑う夏海を横目に、よしおは前方を見る。

 

「あれ? 卓の奴、いつの間に乗ってたんだ?」

 

 越谷姉妹の兄、よしおと同い年の越谷卓が前の席に静かに座っている。

 バス停では見かけなかったはずだ。

 

「ドアの前には、ずっとオレとひか姉が立っていた筈……。

 一体何処から入った?」

 

 卓は振り向かない。

 窓の外を見たまま、動かない。

 

 一方、れんげは車内の会話には加わらず、窓の外を眺めていた。

 

 一面の田んぼ。

 朝露を残した木々。

 山の稜線に沿って差し込む朝日。

 

 バスが進むたび、景色が流れていく。

 れんげにとっては、どれも初めて見る通学路だった。

 

 しばらくして、その瞼が閉じる。

 小さな寝息が、規則正しく続いた。

 

「あらら、落ちたか……」

「いい天気だしね……」

「れんげ、着いたぞ!」

 

 声をかけられ、れんげはびくりと肩を揺らす。

 

「とうっ!」

 

 勢いよく立ち上がり、そのままバスを降りた。

 

「明日から乗り過ごさないように気を付けなよ」

「まあ、この時間はオレ達くらいしか乗ってないからさ。運転手さんも気を利かせて起こしてくれるだろ」

「よっくん、バスの中で騒いだり寝たりしてたから、すっかり顔覚えられてるもんね……」

 

 小鞠の言葉に、よしおは苦笑する。

 卓は何も言わずに降りる。

 

 バスは次の停留所へと向かっていった。

 

「れんげも、明日から定期買って貰わないとね」

「ウチも買ってもらえるん!? 定期!!」

 

 れんげは目を輝かせながら歩く。

 手にした木の枝で地面に線を引いていた。

 

 

 

 小高い丘の上に建つ学校。

 坂道を上りきったところで、れんげは足を止めた。

 

 大きく息を吸い、深く頭を下げる。

 

「明日から、よろしくなん!」

 

 その拍子に、ランドセルの蓋が開いた。

 

「ちゃんと金具は止めときなよ」

「教科書入ってたら大変だったよ」

「よいしょっと……」

 

 よしおがしゃがみ込み、蓋を閉める。れんげは顔を上げ、三人の後を追った。

 

「これから通うって思うと……なんか違うのんな。三人とも慣れてるん!」

「私は小学校と合わせて、もう七年目だからね」

「ウチは六年か……」

「まあ、夏海はまた一年生に逆戻りだけどね」

「“中学”のね……」

「オレと卓は最上級生か……、なんか実感が湧かないな……」

 

 そんな他愛もない会話をしながら、四人は校舎の中へ入っていった。

 

 

 

 校舎に入り、下駄箱の前で足を止める。

 靴を脱ぎかけたところで、れんげが小鞠の袖を引いた。

 

「こまちゃん」

「こら、こまちゃんって呼ばない! なに?」

「入学式って何するん?」

 

 少し考えてから、小鞠は答える。

 

「えっと……、校長先生とかの挨拶を聞いて……、新入生の名前を呼んで……、校歌を歌って終わりかな?」

 

「ウチ、名前呼ばれるん?」

「うん」

「なんて?」

「え? “宮内れんげさん”?」

 

 自分の名前がさん付けで呼ばれた途端、れんげの目がきらりと輝いた。

 

「“れんげ”!……“さん”!!」

「凄いん! なんか大人の名前みたいなん! 呼ばれたらどうしたらいいのん!?」

 

「……返事すればいいんだよ」

 

 一拍置いてから、れんげは勢いよく頷いた。

 

「そうなん! 返事の予行演習するん!」

 

 そう言うなり、今度は夏海の方を向く。

 

「なっつん! ウチの名前読んでみて下さいん!」

「れんちょん」

「そうじゃないん! もっと大人っぽく呼んでほしいん!」

「宮内れんげさん?」

「もっとビシッとした感じで!」

「宮内れんげ様?」

「もっと堅苦しい感じで!」

「うーん……?」

 

 夏海は考え込んだ後ぱっと目を見開いた。

 

「宮内れんげどの!!」

 

 次の瞬間、れんげは黙って背筋を伸ばし、敬礼する。

 それを見た夏海も、何も言わずに敬礼で応じた。

 

 言葉はない。

 だが二人とも、やけにきりっとした表情で見つめ合っている。

 

 少し離れた場所で、その光景を眺めていたよしおは、靴を手にしたまま固まっていた。

 

「……なにあれ?」

 

 誰に聞くでもなく呟く。当然、答えは返ってこない。

 れんげと夏海は、まだ無言で向かい合ったままだ。

 

「……入学式って、あんな感じだったっけ?」

 

 首を傾げながら、よしおは視線を外し、とりあえず教室を目指して歩き出した。

 

 

 

 れんげを連れた一行は分校の教室前に辿り着いた。

 

「知ってると思うけど、ここが教室」

 

 夏海はれんげの目を見て言う。

 教室前に吊るされた札には「2年1組」。

 その右端に、小さな手書きで「+小1」「+中1」「+中3」と書き添えられている。

 いかにも仮設的な、この学校らしい表記だった。

 

「足し算してあるん」

 れんげが札を見て、ぽつりと言う。

 

「私が中二で、夏海が中一で、お兄ちゃんとよっくんが中三」

 小鞠が補足した。

 

「あれ、れんちょんも来たんだ」

 段ボールを抱えた分校教師の一穂が、廊下の向こうから近づいてくる。

 

「来ましたん!」

「おはよう」

「「おはようございます」」

 れんげの返事に続いて、皆が一穂へ挨拶を返した。

 

「おはよう。あ、れんちょんは教室に入っちゃダメだからね?」

「なんでダメなん?」

「それは入学式でのお楽しみ♪」

 

 教室内は入学式の準備中だ。中の様子は、当日まで秘密らしい。

 

「帰る時呼びに行くから遊んでて。それまでランドセルは重いから置いてきなよ」

 

 小鞠が、れんげの背負っているランドセルを受け取る。

 

「あ、そうだれんげ。廊下中にあるバケツは、雨漏り防止用だから。湿ってる床は腐ってて、踏むと危ないから気を付けな」

「わかったん!」

 

 よしおが念を押す。

 

「まぁ、今まで床にハマったおまぬけさんなんていないけどね」

 

 それを夏海が茶化す様に補足を加えた。

 

「……、ま、まあバケツが置いてあるし、ぶつからない様に歩けば大丈夫だよ。うん……」

 

 夏海と小鞠が入学するよりも前。一穂が赴任する、ずっと前のことだ。

 よしおは小学一年生の時、実際に床にハマって落ち、足を挫いた痛みで大泣きした記憶を思い出して言葉に詰まった。

 

 この場で、その出来事を見ていたのは卓だけだ。

 当時を思い出したのか、卓は無言でよしおを見て鼻で笑う。

 

 よしおは、その視線に気づいたのか、きっと睨み返しながら教室へと入った。

 

 

 

 みんなが教室へ入っていく中で、れんげだけが廊下に残った。

 一人になって校舎の中が少し広くなった気がした。

 

 よしおに気を付けるよう言われたバケツを避けながら、れんげは一人で廊下を歩く。

 床はところどころ湿っていたり、開いた穴が別の木板で補強された跡がある。確かに注意すれば大丈夫だろう。

 

 理科準備室では、白い人体模型がこちらを向いて立っていた。

 一瞬、息が止まり、すぐにその場から離れる。

 

 音楽室では、壁いっぱいに開いた穴に手を当ててみる。

 ぼこぼことした感触が、少しだけ面白かった。

 

 保健室では、誰もいないのを確かめてから、ベッドに横になる。

 天井を見上げていると、時間が止まったみたいだった。

 

 薬品の棚が並ぶ部屋や、コンロのある家庭科室は、きちんと鍵がかかっていた。

 危ないところには入れない。けれど学校が始まったら見てみたい。とれんげは思った。

 

 

 一通り校舎を歩いたあと、れんげは外へ出た。

 途中で拾った枝を手に、校庭の土へ線を引く。

 

 走りながら、また線を引く。

 足は動いているのに、胸の奥が少し落ち着かない。

 

 ふと立ち止まり、校舎を振り返る。

 さっきまでいたはずの場所が、遠くに感じた。

 

「向こうまで道しるべ見えないん……」

 

 れんげは空を見上げた。

 雲が、ゆっくりと流れていく。

 あの雲は、どこまで行くのだろう。

 

「ウチ、ちゃんと一年生になれるのん……?」

 

 その言葉は、答えを求めるというより、胸の中からこぼれ落ちただけだった。

 れんげはしばらく、その場に立ったまま、空をじっくり見つめていた。

 





とりあえず二期第一話の前半部分まで。

後半部分も書くと、文化祭の時の様に一万字を超える分量になってしまう為、キリの良い所で区切ります。

入学式準備話と入学式本番となる後編は、また近日中に更新します。

アニメ第二期も、よしおが絡めない、ネタが浮かばないエピソードを飛ばす形になります。

アニメ未収録エピソードや、一度飛ばしたものの、後でネタが浮かんだ話は、番外編「りめんばー」といった形で載せようと考えてます。
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