のんのんびより ― ある田舎男子の日常 ― 【ばけーしょん編更新中】 作:NIZI
前半はよしお視点の一人称で原作補完的な内容。
後半は三人称で入学式当日の様子をお送りします。
教室の中は、いつもの授業風景とはちょっと違う空気に包まれていた。
今日は入学式準備。通常授業ではなく、午前だけで終わる半ドンだ。学生にとっては実質ご褒美みたいな日である。
オレと卓は、教室のイスを足場代わりにして、事前に作っておいた紙飾りを窓際にぶら下げていた。
正直、イスの上に立つのは怖い。怖いが、卓が平然としているので弱音も吐けない。
視線を横にやると、小鞠ちゃんとなっちゃんが黒板の端に花飾りを貼っていた。
「れんげも、とうとう小学生かぁ……」
思わず口から零れた。赤ん坊の頃から知ってるあいつが、もう小学生。そりゃオレも年を取るわけだ。
「ウチも中学生になるのかぁ……」
なっちゃんも、しみじみとした声で呟く。
そうだ。彼女もこの春から中学生になる。時の流れ、早すぎないか?
……と、感慨に浸っていた、その次の瞬間。
「ねぇよっくん。ウチが中学の制服着たら、興奮したりする?」
「!?」
足元が、ぐらりと揺れた。物理的にも精神的にも。
「わわっ!? な、何言い出すんだよ急に!?」
イスから落ちそうになりながら必死で体勢を立て直す。心臓に悪いからやめてほしい。
「いやだってさー。よっくんの過去のやらかしって、大体みんなが中学の制服着てる時じゃん?」
なっちゃんは悪びれもせず、指を折り始める。
「駄菓子屋のスカート捲ったのもそうだし、公衆の面前でひか姉に告白した時とか、白昼堂々と姉ちゃんのスカートに顔突っ込んだ時とか……」
「ちょっと夏海! 思い出させないで!!」
視線を向けると、小鞠ちゃんは右手でスカートを押さえながら「うわ……」って顔をしてるし、卓に至っては完全にゴミを見る目だ。
やめろ、オレのライフはとっくにゼロだ。
「春って季節が悪いんだよ。新生活ってやつが、人を前向きに、そして衝動的にするんだ。……だから悪気はなかった」
「悪気がなかったら何しても許されるわけじゃないからね!」
正論が刺さる。グサッと。
「い、いや! そうだ! 姉ちゃんには何もしてないから! 今までの事は間が悪かっただけだから!」
「実の姉にまで何かしてたら、……流石に正気を疑うから……」
「え、そこまで行っちゃう……?」
小鞠ちゃんの冷静な指摘に、さすがのオレも言葉を失った。
このままじゃオレの立場が危うい。そう悟ったオレは、意を決してイスから降り、なっちゃんの前に立った。
「なっちゃん。大事な話がある」
「な、何? 急に改まっちゃって」
真剣な顔で近づき、両肩に手を置く。なっちゃんは身体を硬直させて、ちょっと緊張した様子だ。顔も、気のせいか少し赤い。
オレは深呼吸を一つして、全身全霊で言い切った。
「入学式当日! もし制服姿のなっちゃんを見て、気持ちが抑えきれず何かやらかしても! 嫌いにならないでください! お願いします!!」
勢いよく頭を下げた。予め予防線を張っておけば最悪の事態は防げるだろう。
……と、本気で思っていた。
「…………はぁ」
そう思ったが、返ってきたのは、盛大なため息だった。
なっちゃんは、真面目に話を聞いた自分が馬鹿だった。とでも言いたげな顔をしている。
「あれ? オレ、何か変なこと言った?」
「さっきから変なことしか言ってないでしょ……」
小鞠ちゃんのツッコミが、妙に優しく聞こえた。
「これもまた、青春かねぇ」
背面の黒板で飾り付けをしていた担任の一穂先生が、穏やかな声でぽつりと呟く。
いや先生。
それ青春で片付けていいやつじゃないです。
入学式に向けて、どうにも拭えない不安を抱えてしまったオレは、一人で悩むよりはマシだろうと、卓を家に誘って対策会議を開くことにした。
越谷家に行かなかった理由?
なっちゃんと小鞠ちゃんに聞かれたくないからに決まっている。
オレ達はリビングに腰を落ち着け、テーブルの上に広げたお菓子を適当につまみながら向かい合っていた。
「卓……。流石になっちゃんに嫌われたらオレは生きていけない。どうしよう……?」
同年代の男は、オレと卓だけだ。
こういう話題で頼れる相手は、必然的にコイツしかいない。
今のオレは、まさに藁にも縋る思いだった。
卓はしばらく無言のまま、首を傾げ、顎に手を当てて考え込んでいる。
「お前の妹にも関わる事だぞ。何でもいいから案をくれ……」
言葉を絞り出すようにそう頼むと、卓はようやく動いた。
無言のまま鞄に手を伸ばし、取り出したのは――数珠だった。
それをそっと、テーブルの上に置く。
「オレの問題は煩悩の数じゃない。納める方法を聞いてるんだ。そもそもオレの煩悩の数が百八で済むと思うな。」
間髪入れず、次。
今度はピンク色のアイマスクが差し出される。
「視界を遮れば解決、みたいな顔をするな。入学式で目隠ししてる男の方が危ないからな?」
卓は何も言わない。
だが、その沈黙が次の行動を予告していた。
置かれたのは、アラームが十秒に設定されたストップウォッチ。
「なるほど、衝動を感じたらまずは落ち着いて、じっくり計測しろと。理屈は分かるが、オレの衝動が十秒で収まるなら、今までの人生もっと順風満帆だったわ……」
さらに卓は、小さな防犯ブザーをテーブルに並べる。
「オレはどちらかと言えば鳴らされる側だと思うが……。
何? 変な気持ちになった瞬間自分で鳴らせって? 羞恥プレイにも程があるだろ!」
まだ終わらない。
次に机の上に置かれたのは、首輪。どう見ても犬用だ。
「いやいやいや! 自制心以前に、人権の問題だろ! どこまでオレを信用してないんだ!」
思わず声を張り上げると、卓は最後の切り札とでも言いたげに、封筒を差し出してきた。
中を開けると、二つ折りになった紙が入ってた。
これ、三国志で諸葛孔明がやっていたやつだ。これに何か策でも書かれてるのか?
期待しながら紙を開く。
……白紙。
何も書かれていない、真っ新な紙だった。
「そうか、策は無いのか……」
卓は顔を伏せる。それにつられて、オレも深く溜息をついた。
わざわざ封筒まで用意させて悪かったな、卓。
オレ達二人は、テーブルに向かって項垂れた。
すると、玄関のドアが開く音がした。
「ただいま! あ、すーくん来てたんだ。いらっしゃい!」
姉ちゃんの、やけに明るい声が廊下から響いてくる。
今日は帰りが早いな。もう部活は終わったのか。
足音が近づき、居間に入ってきた姉ちゃんは、俺と卓の並びを見て、一瞬だけ状況を察したような顔をした。
……これ、勘づかれたか?
話の内容が内容だけに、正直言って姉ちゃんに話すのは躊躇われた。
でも――なっちゃんに嫌われるよりはマシだ。
この際だ。一時の恥もプライドも一旦横に置いて、姉ちゃんにも相談してみよう。
そう腹を括って、オレは一連の事情をかいつまんで説明した。
「ふむ、なるほど、よっくんは、"春になるとバカになる"って事ね……」
「言い方ぁ!」
思わず即ツッコミを入れてしまったが、姉ちゃんは気にする様子もなく、くすくすと笑った。
「あはは、でも心配いらないと思うよ? 少なくともこのままじゃいけないって悩んでるわけだからさ。悪い事にはならないんじゃないかな?」
「……でもさ……」
それ以上、言葉が続かなかった。隣に座っていた卓も、無言のまま小さく頷く。
言葉はないが、表情は真剣そのものだ。
妹が関わる事だけに、コイツも本気で考えてくれている。それが分かるから、余計に気が重くなる。
「何か起こったら、すーくんが殴ってでも止めてくれるでしょう? 小鞠ちゃんの時もそうだったじゃない」
「そうだな……、割と本気でボコられて生死の境を彷徨ったような気がするが……」
あの時の事を思い出すだけで、背中の辺りに冷や汗が湧き出てくる。
洒落にならなかった。本当に。
コイツ――卓は、毎朝早く起きて、独学で功夫の稽古をしているらしい。
聞いた時は冗談かと思ったが、あの時の拳の重さで、納得してしまった。
「でもそのおかげで小鞠ちゃんも、逆に怪我をしたよっくんを心配してくれて、そこまで気まずい事にはならなかったでしょう?」
「そうだな……、本気で死ぬかと思ったから感謝はしたくないが、礼は言う」
結果的に丸く収まったのは事実だ。
だからこそ否定もしきれないのが、また腹立たしい。
とはいえ――もう痛いのはコリゴリだ。
二度と味わいたくない。あんな経験一回だけで十分だ。
そんな俺の心情などお構いなしに、姉ちゃんは何かを思いついたように手を叩いた。
「そうだ! 入学式の日は、私も部活休みで一日暇だし。学校までついていってあげようか?」
……え?
突拍子もない提案に、思わず言葉を失う。大丈夫かな、それ。本当に。
俺の不安をよそに、話はそのまま流れていき、気づけば時間だけが過ぎていった。
結局、明確な答えは出ないまま。
入学式前夜の越谷家。
部屋の隅に置かれた鏡の前で、夏海はそわそわと身体を揺らしながら立っていた。
「サイズどう?」
「よくわかんないけど、丁度良いんじゃないかな?」
鏡の中には、新しい制服に身を包んだ新中学一年生の夏海が映っている。
まだ少し生地が硬く、動くたびにかすかな音を立てる。どう見ても“新品”だ。
シャツの襟元をつまんで引っ張り、次はスカートの丈を確かめる。
落ち着きなく鏡を覗き込むその様子に、小鞠は少し羨ましそうな声を漏らした。
「いいなぁ、新しい制服」
「ウチがもっと大きくなって、姉ちゃんがもっと背が伸びたらお下がりあげるよ」
「妹のお下がり!?」
「仕方ないじゃん、ウチの方が大きいんだから」
胸を張る夏海に、小鞠はむっと唇を尖らせる。
中学二年生の小鞠は、身長だけ見れば小学生と間違われかねない。
この手の話題になると、どうしても立場が弱い。
「そういえば、れんちょんが入ってきたら、ウチに後輩が出来るって事だよね」
「そっか。れんげ、私の事先輩って呼んでくれるかな?」
「どうだろうねぇ……」
期待に満ちた小鞠の声に、夏海は曖昧な返事を返すだけ。
視線は鏡の中の自分に向いたままで、意識はどこか遠くに飛んでいる。
ふと彼女は学校での、よしおとの話を思い出していた。
胸の前で軽く手を握り、スカートの裾をつまんで、くるりと回ってみる。
少しぎこちない動きに、自分でも照れたように姿勢を正した。
「よっくん、私の制服姿を見てどんな反応してくれるかな?」
独り言のつもりだったのか、それとも誰かに聞いてほしかったのか。
答えが出ないまま、夏海はもう一度、鏡を見つめる。
小さい頃から家が隣で、気づけば一緒にいるのが当たり前だった幼馴染同士。
お互い笑い合って、時に喧嘩して、呆れられたりして。
それでも、いつの間にか横にいる存在だ。
特別な意味なんて、たぶんない。
ただ、新しい制服を着た自分を見て、少し驚いたり、変な顔をするかどうか。
それが、ほんの少しだけ気になるだけ。
「うーん、とりあえず“かわいい”くらいは言ってくるんじゃないの?」
小鞠はそう言いながらも、夏海の様子を見て、わずかに表情を曇らせた。
以前、よしおの不用意な行動で恥ずかしい思いをしたことがある。
悪気がなかったのは分かっている。それでも、あの日以来、視線には少し敏感になった。
「まぁ、最近姉ちゃんには、よく言ってるよね。ウチはあんま言われないけど……」
夏海はそんな空気に気づかない。
よしおの距離の近さも、だらしなさも、今までずっとそうだったから。
良いとか悪いとか、考えたこともない。
それでも。
制服姿の自分を見て、慌てたり、目を逸らしたりする顔を想像すると、
理由は分からないけれど、なんとなくおかしくて、少しだけ胸が落ち着かない。
その気持ちに、夏海は名前をつけない。
つける程の物でもないと思っている。
ただ、明日の朝が、いつもより少し楽しみなだけ。
そんな夜だった。
入学式の朝の越谷家。
玄関先には、よしおと姉のこのみが並んで立っていた。
「入らないの?」
「まだ心の準備がね……。なっちゃんはまだ寝てるかな?」
「寝てたら起こしてあげなくちゃね」
夏海は昔から朝に弱い。
目覚ましを止めては二度寝し、気づけば遅刻寸前――そんなことも珍しくなかった。
分校に通っていた頃、このみが毎朝のように起こしに行っていた日々が、ふと胸に浮かぶ。
「よっくんは、すっかり一人で起きられるようになったみたいだね。えらいえらい」
「流石に姉ちゃんが朝練行ったら、家はオレ一人だけになるし、寝ていられないだろ……」
もっとも、そのよしお自身も朝は弱い。
かつては夏海と並んで眠そうな顔をして、このみの声に急かされていた側だった。
二人分のそんな朝の光景を、このみはどこか懐かしそうに思い出していた。
その視線をよそに、よしおは小さく息を整え、玄関のドアを開ける。
ガラガラ、と少し大きな音が家の中に響いた。
「おはようございまーす!」
「なっちゃん、起きてる?」
「あ! よっくん! このちゃんも!」
廊下の奥から、いつもと変わらない明るい声が返ってくる。
そして姿を現したのは、分校の中学制服に身を包んだ夏海だった。
よしおは、思わず息を止める。
淡い色のベストに白いシャツ。
胸元のリボンは少し歪んでいて、まだ着慣れていないのが一目で分かる。
紺のスカートの折り目だけが、やけにきれいだった。
夏海は両腕を後ろに回し、落ち着かない様子で立っている。
昔から、緊張するとそうなる。
「……大きくなったな」
それは変な意味じゃない。
ただ、妹分が確かに一歩先へ進んだ――その事実を、受け止めただけだ。
――先ほどまで浮かべていた不安の色は、もうない。
このみは、優しく声をかけるよしおの横顔を、穏やかな表情で見つめていた。
一瞬の静けさを破ったのは、夏海の方だった。
「……なんか思ってた感じと違うな」
首をかしげながら、少し不満そうに続ける。
「もっと、がっついてくる感じかと思ったのに……」
「は?」
よしおは間の抜けた声を上げ、思わず眉をひそめた。
「オレをなんだと思ってんだよ……」
夏海は悪びれた様子もなく、にやりと笑う。
「スケベ」
「ぶっ――くふふっ……」
このみは耐えきれず、口元を押さえたまま吹き出した。
「お前な……」
よしおは、ため息まじりに肩を落とす。
さっきまでの感慨が、見事に霧散した瞬間だった。
その後、小鞠と卓の待つ居間へ移動し、五人は揃って朝食を取る。
このみはもう心配はいらないと、安心した様子で学校へ向かう四人を見送った。
朝の学校。
今日から晴れて、新小学一年生となった宮内れんげは、入学式用の正装に身を包んでいた。
親から「車で送ろうか」と言われたが、それをきっぱりと断った。
予行演習はもう済んでいる。今日は一人で行ける――そう言って家を出た。
バスに揺られ、降車ボタンを押し、見慣れた停留所で降りる。
れんげは足元に目を落とし、以前、自分が木の枝でつけた跡を見つける。
「道しるべ、消えそうなんな……」
小さく呟きながら、そこを踏み越える。
そこから先は、丘の上へと続く坂道だ。
一歩ずつ登るたびに、胸の奥がそわそわと騒ぐ。
校門が見えた、その先。
校庭越しに見える校舎の入口に、見知った顔が並んでいた。
越谷三兄妹に、富士宮よしお。
在校生の四人が、揃ってれんげを待っている。
れんげは表情を変えない。
いつも通り、落ち着いた顔のままだ。
けれど、抑えきれない気持ちが足を速める。
気づけば、小さな身体は駆け出していた。
四人の前に辿り着いた頃には、肩で息をしている。
急に走ったせいだと分かっていても、胸の高鳴りは収まらない。
小鞠がそっと近づき、視線を合わせて微笑んだ。
「おはようれんげ」
その挨拶と同時に、小鞠はれんげの胸元に、ピンクの花飾りを留める。
そこには「入学おめでとう」と書かれていた。
「これ何なん?」
「一年生がつけるお祝いの花だよ」
れんげは少しだけ視線を落とし、花を見つめる。
自分が「一年生」なのだと、ようやく実感が湧いてきた。
「行こう、れんちょん」
夏海が声をかけ、自然な動きで背中を押す。
れんげは一度だけうなずいて、校舎の中へと足を踏み出した。
れんげは教室に足を踏み入れると、ゆっくりと周囲を見渡した。
木の床は朝の光を受け、やわらかく艶を帯びている。
窓から差し込む低い日差しが、紙で作られた花飾りや色とりどりの輪飾りを、そっと照らしていた。
風に揺れるはずもないそれらが、なぜか楽しそうに見える。
黒板いっぱいに描かれた文字。
「入学おめでとう」
チョークの線は少し不揃いで、花や小さな絵が添えられている。
誰かが一生懸命に描いたのだと、ひと目で分かった。
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
ここが、今日から自分の場所なのだ。
そう思うと、れんげは少しだけ背筋を伸ばした。
「ほら、れんげの席だよ! 座って座って!」
小鞠に案内され、教室の中でもひときわ小さな机に腰を下ろす。
座ったばかりの自分の席から、れんげはもう一度黒板を見上げた。
これから始まる授業のことを思い、胸の奥が小さく膨らむ。
「そろそろ入学式、始めるよ」
教室のドアが開き、担任の宮内一穂が声をかけた。
入学式ということもあり、いつもよりきちんとした服装で、ほんのりと化粧もしている。
その声に促され、生徒たちは教室を出る。
自分たちの教室とは別の、職員室の隣にある入学式会場へと向かっていった。
入学式が行われる教室には、すでに保護者たちが静かに腰を下ろしていた。
新中学一年生となる越谷夏海の母、雪子。
そして、新小学一年生になる宮内れんげの両親。
後方の席に並ぶその姿からは、誇らしさと、ほんの少しの緊張が伝わってくる。
在校生の三人は軽く会釈をして挨拶を済ませると、所定の位置についた。
やがて、拍手が起こる。
その音に迎えられながら、新入生である夏海とれんげが、並んで教室へと入ってきた。
わずかな足音が床に響くたび、式場の空気が少しずつ引き締まっていく。
「一年生。宮内れんげさん」
「はい!」
一穂に名を呼ばれ、れんげは少し背伸びをするようにして、元気よく返事をした。
その声は、小さな体からは意外なほどはっきりとしていて、教室の隅々まで届く。
そして――校歌斉唱。
誰かが歌い出すと、それに続くように声が重なっていった。
まだ覚えたての旋律。
少し不揃いな音程。
それでも、一つひとつの声はまっすぐで、教室の中にやさしく広がっていく。
窓から差し込む春の光が、歌う子どもたちの横顔を照らす。
保護者席からは、静かに見守る視線が注がれていた。
――旭丘分校校歌。
歌声は決して大きくはない。
けれど、山に囲まれたこの小さな学び舎には、十分すぎるほどだった。
こうして、れんげの学校生活は、確かにこの瞬間から始まったのだった。
その頃――。
一人の少女が、引っ越し先となる家の前に立ち、じっと建物を見上げていた。
「蛍! ちょっと手伝って!」
「あ、はーい!」
家の中から聞こえてきた母親の声に応え、少女は振り返る。
そして小さく息を整えると、家の中へと駆けていった。
彼女は数日後、旭丘分校の新しい仲間になった。
彼女の転入により、物語は更に動き出す事になる。
後半は、ほぼアニメ沿いの内容だけど、過去最高に文章にするのにエネルギーを使いました。
「りぴーと」の第一話としてカットしたくなかったから仕方ない。
旭丘分校の校歌を聞きながら余韻に浸って貰えたら幸いです。