のんのんびより ― ある田舎男子の日常 ― 【ばけーしょん編更新中】   作:NIZI

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お待たせしました。アニメ二期 第三話の話になります。
第二話後半の小鞠と蛍の天体観測は、よしおを混ぜて原作の雰囲気を汚したく無かったのでお蔵入りになりました。


第4話 テストで勝負した

 

 今日は、分校の中間テスト当日である。

 

「いやぁ、明日からゴールデンウィークだねぇ。なのにテストなんて面倒いなぁって思ったけど、傍観できる立場だとおもろいわぁ……。みんな、がんばれ、がんばれ」

 

(((((うるさい……)))))

 

 教卓に頬杖をつきながら、満面の笑みを浮かべて穏やかに煽ってくる担任教師の一穂。

 その様子に対するクラス全員の感情は、驚くほど一致していた。

 

 さらに一穂が「じっとしてると眠くなるわぁ……」と大きな欠伸をすると、

 

(((((いつも寝てるくせに……)))))

 

 今度こそ、クラス全員の心が完全に一つになる。

 

 そんな調子で始まった一限目の国語のテストは、そのまま静かに終了した。

 

 

 一穂が教室を出ていった直後、ふぅっと息を吐いたのは小鞠だった。

 

 その様子を見て、近くの席に座る蛍がそっと声をかける。

 

「先輩、テスト出来ました?」

「微妙、国語あんまり得意じゃないから……、夏海はどうだっ――」

 

 言葉の途中で、小鞠は前の席に視線を向けた。

 

 そこには、顔を両手で覆い、誰が見ても分かるほど沈んでいる夏海の姿があった。

 

「うわ、ヘコみすぎ……」

「国語はアカン、国語はアカンでしょ……」

「そんなに出来なかったの?」

「出来なかったってか……、あれ問題悪すぎ! 何なの! "この時の作者の気持ちを答えなさい"って問題はぁぁ!!」

 

 夏海はついに頭を抱え、教室に響く勢いで叫びだす。

 

「そんなの作者じゃないんだし! 分かる訳ないじゃん! 「カレー喰いてぇ」とか思ってるかもしんないし!」

「そんな事言われても……」

「一番考えられるのは「締め切りやべぇな!」とかじゃないでしょうかねぇ!?」

「しつこいな……」

「もう……、なんかモヤモヤする……。やるせないなあ! 姉ちゃんも、そう思うでしょ?」

「私のテストには、そういう問題無かったし……」

 

 熱量全開で訴える夏海に対し、小鞠はどこか面倒そうに受け流す。

 その温度差に、夏海は「ぐぬぬ……」と言いたげな表情を浮かべた。

 

「なっつん、なっつん」

 

 そこへ、れんげが声をかける。

 夏海が振り向くと、れんげは両手を広げ、どこか達観したような「やれやれポーズ」を取った。

 

 そして、口を尖らせて一言。

 

 

 

「スコー」

 

 

 

 妙な沈黙が落ちる。

 

「なっつんの気持ち。今こんな感じ?」

「意味がよく分かりません!!」

 

 全力でツッコミを入れた後、夏海はれんげに抱きついた。

 

「けど大体そんな感じ! 国語なんか"スコー"だよぉ……」

「おーぅ、よしよし……」

 

 れんげはそう言いながらも、泣きながらしがみつく夏海の顔を、うっとおしそうに両手で押しのける。

 

「ヘコんでも仕方ない! 夏海ちゃんのテストはこれからだ!」

「何か、そのセリフが不安を煽るなぁ……」

 

 連載打ち切り漫画の最終回のような台詞に、小鞠はため息混じりに突っ込んだ。

 

「次のテストは何だっけ?」

「えっと、理科だね」

「理科は捨て教科だわ……、その次は?」

「英語」

「英語はちょっと……、ウチ日本人だし……。その次は?」

「それでテスト終了」

 

 教室の空気が、再び凍りつく。

 

「だからね、夏海ちゃんのテストはこれまでなんだよ!」

「そうなるなぁ……」

 

「うっし! 潔く諦めよう!」

「はや!」

 

 あまりにも潔すぎる開き直りに、小鞠はもう何も言えなかった。

 

 

「やっぱ問題は出されるより出す方が良いよ!」

 

 夏海はそう言って気持ちを切り替え、問題集を眺めているよしおの方へ身を乗り出した。

 

「よっくんよっくん! ピザって十回言ってみて!」

「んあ? ああ、ピザ、ピザ、ピザ――」

 

 よしおは半ば反射的に、言われるがまま十回「ピザ」を繰り返す。

 

 満足そうに頷いた夏海は、右足をひょいと椅子に乗せ、自分の右膝を指さした。

 

「じゃあここは?」

「しろ!」

 

 一瞬の沈黙。

 

「あれ? 想定した答えと違う……?」

 

 その間抜けな声に、横から鋭い指摘が飛ぶ。

 

「夏海! 足! 足!!」

「へっ? わわっ!」

 

 よしおの目線と小鞠の言葉で、ようやく自分の状況を理解した夏海は、顔を赤くして慌ててスカートを押さえ、右足を椅子から降ろした。

 

「……まぁなんだ、その、うん……」

 

 よしおは気まずそうに視線を逸らし、一度咳払いをしてから言葉を続ける。

 

「なっちゃん、もう中学生なんだし! もっとオシャレなの履いた方が――」

 

 ゴンっ!

 

 次の瞬間、夏海の拳骨がよしおの頭に落ちた。

 

「ぐっ、間違った。"慎みを覚えた方が"だった……うぅ……」

「冗談だとしてもデリカシーが無さすぎだよ……夏海も無防備だったけどさ……」

 

 頭を押さえてうずくまるよしおに、小鞠はジト目で容赦なくツッコミを入れる。

 

「ってて……、とりあえず次の理科は、オレも気合を入れないといけないから、今日だけは話しかけんなよな

 

「!! どうしたのさ、一体……」

 

 突き放すようなよしおの言葉に、夏海は思わず息を呑む。

 いつもの軽口とは明らかに違う雰囲気だった。

 

「実はだな……」

 

 

 

――時を遡って、昨日の朝の富士宮家にて――――

 

 

 台所でマグカップを手にしたこのみが、居間で身支度をしている弟をちらりと見やる。

 

「さてと……遂に待ちに待った定期テストだね。よっくん、覚悟はできてるかな?」

「ふん! 言ったろ。オレの決意は揺らがないって!」

 

 胸を張るよしおに、このみはくすっと笑い、軽く肩をすくめた。

 

「"一科目でも五〇点未満だったら、東京の学校は諦めてもらう"かぁ……。八〇点くらいにしなかった辺り、お父さんも優しいよね」

「ふん! 舐められたもんだ。オレがどれだけ力を付けたか、知らないらしい」

「まぁ、得意の文系はともかく。今までの理数系の惨状を見たら、正直絶対に無理だと思うけど」

 

 その言葉にカチンと来たよしおは声を荒げる。

 

「言ったな!? 六〇点くらい取って、吠え面かかせてやる! じゃあいってきます!」

 

 そう言い捨てて鞄を掴み、勢いよく玄関を飛び出していった。

 

 その背中を見送りながら、このみは小さく息を吐く。

 

「六〇点も、威張れる点数じゃないけど……、頑張ってね。いってらっしゃい」

 

 呆れを含みつつも、どこか優しい声だった。

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

「というわけだ」

「そうなんだ……。よっくん、東京に行けなくなったんだね……」

 

「話聞いてたか!? 一科目でも五〇点を下回ったらの話だよ!」

 

 思わず声を荒げるよしおに、夏海は容赦なく現実を突きつける。

 

「いやだって無理じゃん……。よっくんの前回の学年末テスト。理科と数学の点数、"六点"と"七点"で両方共ウチに負けてたし……」

「"八点"と"十点"の分際で偉そうに言うな! それから小六と中二のテストの難易度が一緒だと思うなよ!」

 

 言い争う二人を見て、れんげは首を傾げた。

 

「学年末テストって、十点満点だったのん……?」

「ちゃんと百点満点だったよ。正直、五十歩百歩だよね……」

 

 小鞠が苦笑いでれんげの疑問に答える。

 二人の成績を思い返すと、「目クソ鼻クソ」という表現の方が的確かもしれない。

 

「そんなわけだから……、今回のテストには、オレの将来が掛かってる……。なっちゃんのバカなノリには付き合えないんだよ。今回ばかりは……」

「バカって、何を偉そうに!! じゃあ勝負しようよ!! 次の理科の点数で負けた方は、勝った方の言う事をなんでも聞くっていうのはどうさ!?」

 

 よしおの"バカ"という言葉にカチンときた夏海は、反射的に言い返す。

 教室の空気が一気に張り詰めた。

 

「何? 今、"なんでも"って言ったか? 本気なんだな?」

 

 剣呑な雰囲気で、よしおと夏海が睨み合う中、小鞠と蛍は慌てて声を上げる。

 

「ちょ、ちょっと二人とも! 何を言ってんのさ……」

「そうですよ夏海先輩……。すいません、よしお先輩、お邪魔してしまったようで……」

 

「蛍ちゃんが謝る事じゃないさ。……なっちゃん、後で無しは通さないぜ? 首……じゃなくて、身体をしっかり洗って待ってな?」

 

「ふん! よっくんごときに負ける気はないから! よっくんの方こそ、ウチの下僕になる準備は出来てる?」

 

 二人は同時に、不敵な笑みを浮かべる。

 

「聞いたな、卓! 今回はオレとなっちゃんの間での話だからな!」

 

 よしおは念を押すように、すぐ後ろの席にいる卓へ振り返った。

 

「だからそんな殺気込めてオレを睨まないで下さい! いや本当に"なんでも"って聞いて変な興奮しちゃっただけで、冗談だからさ。そこまで酷い命令するつもりは無いって、いや、ほんとほんと……

 

 決意表明のはずが、卓の無言の圧にビビって、一気に日和ってしまうよしおであった。

 

「なんか逃げ腰になってるんな……」

「とりあえず酷い事にはならなそうで良かったです……」

「まぁ、よっくんだしね。そのあたりは心配してないけど」

 

 夏海以外の女子三人は、よしおと卓のやり取りに苦笑いを浮かべて、すっかり緊迫した空気は和らいでいた。

 

 

 そんな声を背に受けながら、夏海はくるりと踵を返す。

 

 向かう先は、卓の席だ。夏海はその場にしゃがみ込み、机の上を覗き込む。

 

 卓は静かに机に向かい、問題集を開いていた。

 だが、そこに広がっている内容は――理科ではない。

 

「あれ? 兄ちゃん、次は理科だけど、もう英語の勉強してる? もしかして理科は完璧だったり?」

 

 卓は顔を上げることなく、ただ一度だけ、無言でこくりと頷いた。

 

 その瞬間、夏海の表情がぱっと明るくなる。

 

「ねぇ、兄ちゃん♥ ウチに理科教えてー?」

 

 満面の笑み。

 猫がすり寄るような仕草と声色で、夏海は上目遣いに卓を見上げる。

 今にも「ゴロにゃーん」と擬音が聞こえてきそうな勢いだ。

 

 卓は頬杖をついたまま、そんな妹の顔をしばらく無表情で眺めていたが、やがて――

 

 ――ふう、と短く溜息をつき、視線を逸らした。

 

「わーい! イラっとしたから眼鏡取ってきた!」

「わーい! じゃない! もうすぐ休み時間終わるってのに、何してるの!?」

 

 卓の眼鏡を手にして小鞠の所へ戻る夏海。

 近視の卓は、眼鏡を奪われたせいで、仕方なく教科書に顔を近づける。

 文字を追おうとしても、姿勢はどこか不格好だ。

 

 そんな様子を他所に、夏海は奪った眼鏡を額に乗せて、小鞠へと向き直る。

 

「こうなったら姉ちゃんが、ウチに何か問題出してよ!」

「えぇ……、私だって勉強したいんだけど……」

 

 小鞠は困ったように眉を下げながらも、問題集を抱えたまま動かない。

 

「ウチの貞操が懸かってんだよ? 頼むよ……」

「夏海の方から言い出した事でしょ? それに、よっくんなら、そこまで酷い事は言ってこないだろうし……」

 

 呆れたような口調ではあったが、その言葉には、よしおへの信頼が滲んでいた。

 だからこそ、夏海の自分勝手な要求にも、はっきりと線を引く。

 

 しかし夏海も負けじと言葉を重ねた。

 

「それだけじゃないよ? ウチが酷い点取ったらさ? 母ちゃんの怒りの、とばっちりが姉ちゃんにも行くかもしれないよ?」

 

「……うぅ……」

 

 怒りに満ちた母の顔を想像したのか、小鞠の顔色がさっと青くなる。

 その様子を見て、夏海はにやりと口角を上げ、自分の教科書を差し出した。

 

「って事で! ここからテストに出そうな問題おねがーい!」

「全く、しょうがないなぁ……テスト範囲はどこなの?」

「え? えーっと、どこだったっけ? 適当に出して!」

「は? もうテスト直前なんだけど! 範囲くらい把握しておきなよ!」

「そんな怒んなくてもいいじゃんか……」

「はぁ……、そんなんで良く勝負とか言えたよね……」

 

 半ば呆れ、半ば諦めたように、小鞠は問題集を開いた。

 

 その一連のやり取りを、少し離れた場所から眺めていた二人――

 小学生の蛍とれんげは、顔を見合わせ、ぽつりと呟く。

 

「中学生って大変なんなぁ……」

「そうだね……」

 

 

 

 中学一年の理科の教科書を開きながら、小鞠は深く息を吸ってから夏海に声をかけた。

 

「じゃあいくよ」

「どんとこい!」

 

 そのやり取りを、よしおは自分の席から横目で眺めていた。

 

「Q植物の双子葉類の根っこの部分はどうなってる?」

 

 一瞬、夏海は顎に指を当て、真剣な顔になる。

 

「いつもは動かず。そっけないけど、根っこは優しい!」

 

 ……違う。

 よしおの頭の中で、即座に復習した答えが浮かぶ。

 

 A.主根と側根。

 

「ばっかじゃないの?」

「え? だってあいつら、花を咲かせて、虫に蜜をあげるし、根は優しいんだよ……」

 

 小鞠の指摘に、夏海はどこかしみじみとした口調で語るが、もちろん不正解だ。

 

「なっちゃんだって優しいよ?」

「え? もう、よっくんってば、照れるなぁ……」

 

「……ばっかじゃないの?」

 

 気になって、つい口を挟んだよしおの言葉に頭を掻く夏海。小鞠は、コイツらさっきまで勝負だなんだと騒いでいたの忘れてんのか? と内心ツッコミを入れて呆れ出した。

 

「いいじゃん、とりあえず浮かんだんだから……。そんな事より早く次の問題!」

「もう、うるさいなぁ……」

 

 小鞠はうんざりした表情で教科書に目を落とし、次の設問を探す。

 

「Q細菌は細胞が二つに分かれて増殖していく。これを何と言うか?」

「赤色サンバ!」

 

 A.細胞分裂。

 

「Q有機物が燃えると、出る気体は?」

「のろし!」

 

 A.二酸化炭素。

 

「Qアンモニアの匂いをかぐときはどうする?」

「命乞い!」

 

 A.手であおぐようにかぐ。

 

「Q魚類の呼吸方法は?」

「全集中! 水の呼吸!」

 

 A.エラ呼吸。

 

「Qこの写真の微生物の名称は?」

「笹中さんちのおじいちゃん!」

 

 A.ミジンコ。

 

 

 

「よし! いける!」

「何なの、その自信? 最後ら辺、適当でしょ……」

 

 当然のツッコミを入れる小鞠。

 そんなことをしている間に、教室の戸が開いた。

 

「はい、みんな席について」

 

 一穂の声で、ざわついていた空気が一気に引き締まる。そんな空気も構わず夏海は一穂に宣言する。

 

「かず姉! もう勢いで行くから、早くテストを!」

「おぉ、やる気あるなぁ。じゃあ早速始めるよ」

 

 その一言で、よしおの心臓が跳ねた。

 

(五〇点未満はアウト……。マズい、心臓がバクバクしてきやがった……)

 

(夏海ちゃんは出来る夏海ちゃんは出来る夏海ちゃんは――)

 

 緊張しているのは、どうやらよしおだけではないらしい。

 夏海も、自己暗示をかけながら机に向かっている。

 

「みんな、テストは届いたかな? では……、始め!」

 

 

「よっしゃあ! ウチは出来る! 夏海ちゃんファイッ!」

 

 開始早々、夏海は飛ばす。

 

「うわ! これさっきあった問題! 答えは"笹中さんちのおじいちゃん"!」

 

「お! これもさっきやった! これも! これも! やべぇ! 夏海ちゃん天才かも知れん!」

 

(((うるさい……)))

 

(なっちゃんは変わらないな……)

 

 よしおは小さく苦笑し、息を吐いた。

 

(さて……オレも取り掛かりますか!)

 

 夏海の変わらぬ暴走ぶりのおかげで、よしおの胸を締めつけていた緊張は、いつの間にか少しだけ和らいでいた。

 

 そんなこんなで試験は終わった。

 

 

 

 

 

 テスト返却日の夜。

 夕食を終えた富士宮家の居間には、テレビの音だけが控えめに流れていた。

 

 よしおは、少し胸を張るようにして理科の答案用紙を拡げた。

 

「五十二点! なんとか生き延びたぜ!」

 

 キッチンで後片付けをしていたこのみは、振り返りもせずに軽く応じる。

 

「とりあえずおめでと。でも分かってる? あくまで受験する事が認められたってだけだよ?」

 

「当たり前だろ。オレの第一志望はひか姉と同じ高校なんだから、気を抜くつもりは無いさ……」

 

 その言葉に、このみの手が一瞬だけ止まる。

 だが、このみはすぐに何事もなかったかのように手を動かし続ける。

 

「本当に……、本気で東京に行くつもりなの? ひかげちゃんの事を抜きに考えても?」

 

 少しだけ、声が低くなる。

 よしおはそれに気づきつつも、目を逸らさず答えた。

 

「くどいな……、言ったろ? オレはこの村で終わるような人間になるつもりは無いってさ!」

 

「そう……、まぁいいか。それで、なっちゃんとの勝負はどうなったのかな?」

 

 話題を切り替えたこのみに、よしおはにやりと笑う。

 

「ふっ、なっちゃんの奴、しっかりと“0点”を取りやがってさ……。宿題たっぷり出された上に、全員纏めて追試決定だ! 畜生め!」

 

 結局もう一度試験を受ける羽目になったことを思い出して、よしおは、相当カッカした。

 その様子が可笑しかったのか、このみは小さく笑った。

 

「まぁ、よっくんも褒められた点数じゃないし、丁度良かったんじゃない? それと分かってる? 五〇点未満の条件は今回だけじゃなくて、今年の試験全てが対象だって事を?」

「他人事だと思って面白がってんな……? こっちは気が気じゃないってのに……」

 

「どの道、五〇点を下回るような頭じゃあ、ひかげちゃんの高校に合格なんて無理だよ。しっかり勉強は続けないと」

「わかってるって……ったく……」

 

 軽口を叩き合いながらも、二人の間にはどこか拭いきれない静けさが残る。

 

「それで、”負けた方は勝った方のいう事をなんでも聞く”だったっけ? なっちゃんに、何をさせるつもりなのかな?」

「うぐっ……、そう睨むなよ……。それなんだが……」

 

 よしおは視線を泳がせ、言葉を濁した。

 

 

―――時は少し前に遡り、放課後の出来事。

 

 

 よしおと夏海は、二人きりで空き教室にいた。

 

「ごめん! あの時は言い過ぎた! “バカ”って言っちゃってゴメン!」

「いや、何謝ってんのさ? 別に気にしてないから……」

 

 よしおの突然の謝罪に、夏海は目を丸くする。

 

「オレ……、あの日はピリピリしててさ……。なっちゃんにもキツく当たっちゃった……」

「えっと……、ウチの方こそゴメン……。よっくんが一生懸命頑張ってたのを、邪魔しちゃったみたいで……」

 

 二人の間に、短い沈黙が落ちる。

 しばらくしてから、よしおは照れくさそうに頭をかく。

 

「あ、そうだ! 勝負の条件なんだけどさ! “あの日のオレの態度を許す”でどうかな?」

「いや、だから気にしてないって……」

「正直あの時は、その場のノリで言っちゃったけど……いざ考えたら、何も浮かばなかったし……」

 

 気まずそうにするよしおに対して、夏海は顎に手を当てて、少し考える。それから口の端をわずかに上げた。

 

「それじゃあさ、よっくんが何か面白い事を思いつくまで、保留って事にしよう!」

「そう言われても、正直何も思いつかないんだが……」

「それならそれでいいから! 夏海ちゃんの予定は、いつでも空いてます!」

 

 どこかふざけた敬礼を、びしっと決める夏海。

 よしおは思わず苦笑する。

 

「わかった……。なっちゃんがそれで良いなら……」

 

 その言葉を聞いた夏海は、ぱっと何かを思いついたように手を叩いた。

 

「そうだ! これはウチとよっくんの二人だけの秘密って事で! その方が面白いし!」

「わかった。何が面白いのか分からないけど、わかった。内緒にするよ」

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

「……って、なんで姉ちゃんに言わなきゃいけないんだ! 内緒だ内緒!」

 

 回想から我に返り、よしおは慌てて言い訳する。

 

「ふーん、そこまで言われたら余計に気になるなぁ? 今度なっちゃんに教えて貰おっと♪」

「残念! なっちゃんとも口裏を合わせてるから、聞いても無駄だ!」

 

「……本当によからぬ事をさせてないよね……?」

「させるか! オレを信用しろ!」

 

 疑わしげな視線を向けるこのみに、よしおは強く言い切る。

 夏海との約束を、破るつもりはなかった。

 

 テレビの音だけが、変わらず部屋を満たしている。

 

 こうして夜は静かに更けていく。

 よしおにとっての、分校生活最後の年の、最初の試験は幕を下ろした。




この後の宮内家での顛末は原作と変化がないので省略します。
キャラが勝手に動いて伏線っぽい描写を沢山入れてしまった……。
後々回収されるかは、神の味噌汁……。
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