のんのんびより ― ある田舎男子の日常 ― 【ばけーしょん編更新中】   作:NIZI

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アニメ二期 第四話の話になります。
ひらたいらさんの話は、殆どアニメ原作と変化が無いので泣く泣く省略しました。


第5話 てるてる坊主になった

 灰色の雲が低く垂れ込め、屋根を叩く雨音が一定のリズムを刻んでいた。そんな雨の日の出来事である。

 

 宮内れんげは、雨を晴らす為の大事な準備に取りかかっていた。

 ――“てるてる坊主”作りである。

 

 姉の一穂に頼んで紙皿を一枚貰うと、ペンを握りしめて真剣な表情で顔を描いた。

 簡易的に線を引いた目に、にっこり笑った口。描き終えると今度は、目の部分と端に切り込みを入れ、両側に輪ゴムを取り付ける。

 

 それを顔に当て、最後に真っ白なレインコートに身を包めば、準備は完了だ。

 

「ウチが“てるてる坊主”なのん!」

 

 胸を張るれんげの姿は、まさに自信作そのものだった。

 

 天気を晴れにする最上の手段――それは、自分自身がてるてる坊主になることだ。

 

「れんちょんは、てるてる坊主に対しても全力だねぇ」

 

 年の離れた妹の情熱を、一穂はどこか眩しそうに眺めている。

 

「今からお日様が出るよう、お天道様にお願いしてくるのん!」

 

「え? その恰好で外に行くの!? ……えーっと、天気悪くて危ないから、家の周りまでにしておきなよ……」

 

 一穂は玄関へ向かうれんげを見て一瞬言葉に詰まりつつも、できるだけ穏やかな声で釘を刺した。

 

「わかったのん!」

 

 れんげは素直に頷く。一穂は少しだけ引きつった表情を浮かべながらも、その背中を見送った。

 

 かくして――てるてる坊主になったれんげは、雨を晴らすため、お天道様の下へと繰り出すのであった。

 

 

 

 

「かーえる、かっえる♪ かーえるは、おっとっな♪ おーたまは、こっどっも♪  後ろ足生えたらスネかじりー♪ 前足生えたら反抗期ー♪」

 

 白いレインコートが、庭の緑の中をちょこちょこと動き回る。  雨粒を弾きながら、れんげは元気よく歌い、家の敷地内を歩き回っていた。

 

 ふと足を止めると、水道のそばに置かれたバケツと、小さなスコップが目に入る。

 

「おぉ! 雨で土が柔らかくなってて掘りやすいんな!」

 

 しゃがみ込んだれんげは、スコップを手に取り、土を掬っては一か所に集め始める。  頭の中には、山と川を作る楽しい想像が広がっていた。

 

 だが、次の瞬間――

 

「はっ! ……ウチとした事が、スコップの誘惑に負ける所だったのん……」

 

 れんげは我に返り、ぴょんと立ち上がる。  スコップを持った手と、目の前のバケツを交互に見つめ、しばし考え込む。

 

 そして、ぱっと表情が明るくなった。

 

「そうなん! このバケツとスコップで音を出せば、お天道様に見つけて貰いやすくなるん!」

 

 ――カンっ! カンっ! カンっ!

 

 スコップでバケツを叩くたび、乾いた音が雨音に混じって響く。

 

「おひさまー! おてんとさまー! 晴れるのーん!」

 

 れんげは声を張り上げ、庭をぐるりと歩き始めた。

 

「中々止みそうにないん。これは長期戦になりそうなんな……」

 

 空を見上げるが、雲は相変わらず分厚い。

 歩き続けるうち、額にじんわり汗が滲み、無意識に右手で拭った。

 

「あ、レインコートに黒いのついちゃったん……、ても、ちゃんとお仕事しないと……」

 

 白いレインコートには、紙皿のお面から移った黒いマジックの跡。それでも、れんげは気にする様子もなく、バケツを握り直す。

 雨を晴らすという大切な使命のために――  てるてる坊主れんげは、再び歩き出すのだった。

 

 

 

 

 

「はぁ……、まさかこんな急に大雨になるなんて……」

 

「オレに会わなかったらズブ濡れだったんだから、感謝しろよな!」

 

「ありがとう。けど良いの? れんげの家まで送って貰っちゃってさ……」

 

「いいっていいって! 別に後は帰るだけだったし、急いでる訳でもないから」

 

 現在オレは、小鞠ちゃんと相合傘で宮内家への道を歩いている。

 雨脚はさっきよりも強く、土を蹴る音が耳に残る。

 同じ傘の下に入った小鞠ちゃんは、少しだけ肩をすぼめて歩いていた。

 

 ――カンっカンっカンっ

 

 半ば日課の様になっている駄菓子屋の手伝いの帰り道。雨がパラつき始めたところで、れんげが忘れた漫画を届けに行く途中の小鞠ちゃんと出会った。

 

 ――カンっカンっカンっ

 

 オレは念のために折り畳み傘を持ってきていたが、小鞠ちゃんは傘を持っていなかった。だからこうして、同じ傘に入って歩いているというわけだ。

 

 ――カンっカンっカンっ

 

 ……なんだ? さっきから聞こえてくる、この妙に乾いた音は……。

 

「何の音?」

 

 小鞠ちゃんにも聞こえているらしい。  オレたちは足を止め、音のする方角へ視線を向けた。

 

 辺りは雨の影響で霧が立ちこめ、視界がひどく悪い。数メートル先すら、ぼんやりと白く滲んでいる。

 

 ――カンっカンっカンっ

 

 霧の向こうに、影が浮かび上がった。

 次の瞬間、それははっきりと“姿”を現す。

 

 

 全身真っ白な装い。  目からは黒い涙、口元からは黒い涎。  それが、こちらへ――ゆっくりと近づいてくる。

 

「ヒィッ!!」 「にゃにゃああああ!!」

 

 オレたちは反射的に悲鳴を上げ、近くの草むらへと飛び込んだ。 心臓がうるさいくらいに跳ね上がる。

 

「なな……、何アレ……? 妖怪!?」

 

「いや、まさかそんな……、けどアレって、どう見ても……」

 

「よっくん!? 何か知ってるの……?」

 

 喉がひくりと鳴る。

 

「何年か前かな……? ほら、ニュースになってたじゃん! 悪い電波を塞ぐとか言って、白い布を張って土地を不法占拠してた白装束の集団……*1

 

「え!? でもアレってここから大分離れた場所だった筈だよ!?」

 

「しーっ……、静かに……、辺りを見回し始めた……、見つかったらヤバそうだ……」

 

 全国ニュースになる出来事とはいえ、所詮は対岸の火事。当時は別世界の出来事みたいに思っていた。

 話題にされなくなって、すっかり記憶の奥に追いやられていたのに……。

 

 目の前の光景が、それを一気に“現実”の出来事に引き戻す。

 現地民や警察と衝突し、怪我人が出たというニュースの映像が、頭の中で蘇った。

 

 どうしてこうなった! ここは、のどかで平和な村だったはずなのに……。

 

「ねぇ、よっくん……、遠くてよく見えないけど何か武器を持ってるよ……、どうしよう……」

 

 確かに、白い影は何かを手にしているように見える。

 

「あんな得体のしれないのと戦うなんて無理だ……。逃げるしかない……」

 

「逃げるって何処に……?」

 

 オレは一瞬だけ考え、すぐに答えを出した。

 

「小鞠ちゃん、その漫画は何処へ届けるつもりだったかな……?」

 

「あっ、れんげの家に行って、かず姉に助けて貰うんだね!」

 

「それと、どれだけの集団が来てるのか分からないし、電話を借りて警察にも通報しないとだな……」

 

 方針は決まった。

 

 だが、白装束の怪物は足を止め、ゆっくりと辺りを見回している。  このままやり過ごすのは、どう考えても無理だ。

 

 ……仕方ない。

 

「小鞠ちゃん……、タイミングを合わせて、一緒にれんげの家まで走ろう……。しっかり手を握って離さないようにね……」

 

「う、うん、わかった……」

 

 全力で走れば、オレ一人の方が速い。  でも、こんな場所に小鞠ちゃんを一人だけ置いていくわけにはいかない。

 

 逃げるなら――二人一緒だ。

 

「よし、今だ!」

 

 オレたちは手を繋ぎ、雨音に紛れるように走り出した。

 

 

 

 

 霧の向こうに見えた二つの影を見て、れんげは目を丸くした。

 

「あれ? よっくんと、こまちゃんなん!」

 

 白装束の怪物――その正体は、てるてる坊主に扮したれんげである。  だが二人がそれに気づける筈もない。

 

 目から流れている黒い涙も、口元の黒い涎も、先ほど汗を拭ったときに滲んだマジックの跡だった。

 

「よっくーん! こまちゃーん! みんなで晴れるようお願いするのーん!」

 

 二人の切迫した内心など露知らず。知り合いを見つけた喜びそのままに、れんげはスコップとバケツを抱え、ぱたぱたと走り出す。

 

 

 

 

「やべぇっ!! 追ってきやがった!!」

「武器を振り回してる!? 闘争心剝き出しだぁ!!」

 

 れんげだと気づかない二人は、目に涙を浮かべて叫びながら――

 

 脇目もふらず、必死に逃げ続けるのであった。

 

 

 

 

 

 その頃の宮内家。

 

 屋根を叩く雨音は、先ほどよりも明らかに勢いを増していた。

 

「雨、随分強くなってきたなぁ。そろそろ、れんちょんを迎えに行かないとだねぇ……」

 

 一穂は縁側から空を見上げ、ぽつりと呟いた。

 胸の奥に、ほんの小さな心配が芽生える。

 

 あの子なら、雨の中でも元気にやっていそうだが――それでも、姉として放ってはおけない。

 

 一穂は腰を上げ、迎えに行こうと玄関へ向かって歩き出した。

 

「あ、そうだ!」

 

 ふと足を止め、何かを思いついたように声を上げる。

 

 そのまま棚に手を伸ばし、紙皿を一つ取り出した。  口元には、どこか楽しそうな笑みが浮かんでいる。

 

 どうやら、ただ迎えに行くだけで終わらせるつもりは、最初から無かったらしい。

 

 

 

 

「あぐっ!」

 

「小鞠ちゃん!?」

 

 全速力で走り続けたせいか、小鞠は足をもつれさせ、そのまま前のめりに地面へ倒れ込んだ。  雨でぬかるんだ土が、容赦なくその体を受け止める。

 

 白装束の怪物は、見た目ほど俊敏ではないらしく、まだある程度の距離は保たれていた。  だが――それでも、立ち止まっている余裕など、どこにもない。

 

 よしおは即座にしゃがみ込み、小鞠を背中へ引き上げた。

 

「よいしょっと! オレも抱え続ける余裕ないから、肩でも首でも良いからしっかり掴んで離すなよ……!」

 

「よっくん!? ごめん! 私のせいで……!!」

 

 小鞠は声を震わせ、涙ぐみながら必死によしおの肩へ腕を回す。

 よしおはそんな小鞠を見て歯を食いしばり、覚悟を決めて再び走り出した。

 

 ――絶対に、見捨てないぞ! と決意を込めて。

 

 しかし、人一人を背負った状態では、どうしても速度は落ちてしまう。

 白装束の怪物との距離が、少しずつ、しかし確実に縮まっていく。

 

 ――くそったれぇ……、絶対に、逃げ切ってやる!

 

 そんな時だった。

 視界の先に、見慣れた家屋が飛び込んでくる。

 

 ――れんげの家だ。

 

 だが、小鞠を背負っているせいで、よしおの両手は塞がっている。

 この状態では、玄関に触れることすらできない。

 

 行儀が悪いのは百も承知。

 だが、そんなことを気にしている場合ではなかった。

 

 よしおは片足を振り上げ、玄関のドアを蹴りつける。

 

 ――ガンッ! ガンッ! ガンッ!

 

「先生! 開けて下さい!」

 

 背後から、否応なく気配が迫る。

恐る恐る振り返ると、白装束の怪物は、すでに目に見えて距離を詰めていた。

 

「かず姉! 助けて!!」

 

 今度は、よしおの背中にいる小鞠が声を張り上げる。

 雨音に混じり、二人の荒い呼吸と、激しく打つ心臓の音だけがやけに大きく響く。

 

 ――怪物は、もう目と鼻の先だった。

 もはや、なりふり構っていられない。

 

「かずちゃぁん!! はやくあけてよぉ!!!」

 

 よしおは、腹の底から声を絞り出した。

 

 ――ガラガラガラ……

 

 そんなよしおの必死の叫びが届いたのか、宮内家の玄関の戸が音を立てて開いた。

 

(良かった……!)

 

 その瞬間、二人の頭の中で「助かった」という文字が浮かびかけ――

 

「ひっ……!!」

 

 一瞬で消し飛んだ。

 

 玄関に立っていたのは一穂。

 

 ――いや、一穂の身体をした。怪物だった。

 

「へっ……? かず……ちゃん……?」

 

 よしおの声が裏返る。

 

 目の前に立つ女性の顔は、白一色のお面。

 

 ついさっきまで背後にいた白装束の怪物と、まったく同じ顔。

 

 理解が追いつかず、小鞠はよしおの背中で完全に固まった。

 声も出ない。思考も止まる。指先が震えるだけだ。

 

 一方のよしおは、現実を受け止めきれなかった。

 口を開けたまま、膝から力が抜け、その場に崩れ落ちる。

 

「「たたたたすけてぇぇぇ!! 神様仏様お天道さまあああ!!!」」

 

 二人分の悲鳴が、玄関先に見事なハモリで響き渡った。

 

 

 

 

 

 宮内家の居間。

 先ほどまで激しく屋根を叩いていた雨は、いつの間にかすっかり止み、障子越しにやわらかな光が差し込み始めていた。

 湿った空気の中には、雨上がり特有の土の匂いがほんのりと混じっている。

 

「良かった……、悪い妖怪じゃなくて……」

 

 小鞠は湯呑みを両手で包み込みながら、心底ほっとした様子で息を吐いた。

 その声には、まだかすかに緊張の余韻が残っている。

 

「オレも……、白装束集団が、この村を侵略しにきたと思って焦ったわ……」

 

 よしおも深く背もたれに体を預け、力の抜けた声で同意した。

 今となっては笑い話だが、ほんの少し前までは、本気で命の危機を感じていたのだ。

 

「ごめんごめん。ウチもてるてる坊主になったら、れんちょん喜んでくれるかなって思って……」

 

 一穂は頭をかきながら、悪びれた様子もなく言う。

 白装束にお面という姿が、あれほどの恐怖を生むとは、さすがに想定外だったらしい。

 

「二人とも、泣くほど怖かったんな!」

 

 れんげは楽し気に、二人を見上げる。

 

「「泣いてない!!」」

 

 反射的に声を揃える小鞠とよしお。

 小鞠に至っては、すぐに視線を逸らし、

 

 雨だから!

 

 と、妙に力のこもった言い訳を付け足した。

 

「しかし“かずちゃん”か、久々によっくんにそう呼ばれたなぁ」

 

 一穂はどこか感慨深そうに、ふっと微笑む。

 

「そこ言いますか……、別にいいでしょう。忘れて下さいよ……」

 

 よしおは照れ隠しのように顔をしかめた。

 

「私も夏海も、関係なく昔と同じように、かず姉と接してるけど、よっくん変な所で真面目だからね」

 

 小鞠は肩をすくめつつ、少し呆れたように言う。

 

「別にいいだろ。一人くらいちゃんと先生として接さないと、かずちゃん、威厳もクソもなくなりそうだしさ……」

 

「尊敬してるのか、馬鹿にしてるのか、どっちなんだね君は?」

 

 一穂は苦笑しながらも、その律儀さを少し嬉しく、そして少し寂しく感じていた。

 

 一穂はこの村で生まれ育ち、分校にも通っていた。

 よしおの姉・このみとは同じ校舎で学んでいた仲だ。

 

 一穂が分校を卒業して高校に進んでからも、よしおは、このみと一緒に、もう一人の妹・ひかげを訪ねて宮内家へ遊びに来たことが何度もある。

 そのため、幼い頃のよしおの姿も、今でもはっきりと覚えていた。

 

 当時、このみが一穂を「かずちゃん」と呼ぶのに倣い、よしおも自然と同じ呼び方をしていた。

 だが教師として分校に赴任してからは、よしおは自分なりに一線を引き、呼び方も態度も改めたのだ。

 

 その不器用な誠実さに感心しつつ、一穂は胸の奥に、懐かしさのようなものを感じていた。

 

「もう晴れたん!」

 

 れんげの声に、全員が窓の方を見る。

 

「おお! てるてる坊主の効果があったかな?」

 

「ウチ、自転車の練習するん!」

 

「私もつきあうよ!」

 

「じゃあオレも!」

 

 そう言って一同は立ち上がり、揃って外へ向かう。

 濡れた地面に反射する陽射しが眩しい、雨上がりの午後。

 

 そんな、少し騒がしくて、どこか温かな一幕であった。

*1
現実の某集団とは一切関係ありません。念のために。




今回、よしおの一穂への言葉遣いについての設定を保管をしました。

一穂は当初、ひかげと同じように東京の高校だと思ってたけど、原作読み返したら多分高校は自宅から通って、大学からは実家から離れて通ったんだろうなと推測。
分校から卒業して即東京だと、越谷姉妹との接点が無くなるからね。

夏海と小鞠は、ひかげを訪ねて宮内家で遊んだ時に知り合って、ひかげ=ひか姉呼びだから、一穂=かず姉呼びになったんだろうなと推測。
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