のんのんびより ― ある田舎男子の日常 ― 【ばけーしょん編更新中】 作:NIZI
アニメ二期 第四話の話になります。
ひらたいらさんの話は、殆どアニメ原作と変化が無いので泣く泣く省略しました。
灰色の雲が低く垂れ込め、屋根を叩く雨音が一定のリズムを刻んでいた。そんな雨の日の出来事である。
宮内れんげは、雨を晴らす為の大事な準備に取りかかっていた。
――“てるてる坊主”作りである。
姉の一穂に頼んで紙皿を一枚貰うと、ペンを握りしめて真剣な表情で顔を描いた。
簡易的に線を引いた目に、にっこり笑った口。描き終えると今度は、目の部分と端に切り込みを入れ、両側に輪ゴムを取り付ける。
それを顔に当て、最後に真っ白なレインコートに身を包めば、準備は完了だ。
「ウチが“てるてる坊主”なのん!」
胸を張るれんげの姿は、まさに自信作そのものだった。
天気を晴れにする最上の手段――それは、自分自身がてるてる坊主になることだ。
「れんちょんは、てるてる坊主に対しても全力だねぇ」
年の離れた妹の情熱を、一穂はどこか眩しそうに眺めている。
「今からお日様が出るよう、お天道様にお願いしてくるのん!」
「え? その恰好で外に行くの!? ……えーっと、天気悪くて危ないから、家の周りまでにしておきなよ……」
一穂は玄関へ向かうれんげを見て一瞬言葉に詰まりつつも、できるだけ穏やかな声で釘を刺した。
「わかったのん!」
れんげは素直に頷く。一穂は少しだけ引きつった表情を浮かべながらも、その背中を見送った。
かくして――てるてる坊主になったれんげは、雨を晴らすため、お天道様の下へと繰り出すのであった。
「かーえる、かっえる♪ かーえるは、おっとっな♪ おーたまは、こっどっも♪ 後ろ足生えたらスネかじりー♪ 前足生えたら反抗期ー♪」
白いレインコートが、庭の緑の中をちょこちょこと動き回る。 雨粒を弾きながら、れんげは元気よく歌い、家の敷地内を歩き回っていた。
ふと足を止めると、水道のそばに置かれたバケツと、小さなスコップが目に入る。
「おぉ! 雨で土が柔らかくなってて掘りやすいんな!」
しゃがみ込んだれんげは、スコップを手に取り、土を掬っては一か所に集め始める。 頭の中には、山と川を作る楽しい想像が広がっていた。
だが、次の瞬間――
「はっ! ……ウチとした事が、スコップの誘惑に負ける所だったのん……」
れんげは我に返り、ぴょんと立ち上がる。 スコップを持った手と、目の前のバケツを交互に見つめ、しばし考え込む。
そして、ぱっと表情が明るくなった。
「そうなん! このバケツとスコップで音を出せば、お天道様に見つけて貰いやすくなるん!」
――カンっ! カンっ! カンっ!
スコップでバケツを叩くたび、乾いた音が雨音に混じって響く。
「おひさまー! おてんとさまー! 晴れるのーん!」
れんげは声を張り上げ、庭をぐるりと歩き始めた。
「中々止みそうにないん。これは長期戦になりそうなんな……」
空を見上げるが、雲は相変わらず分厚い。
歩き続けるうち、額にじんわり汗が滲み、無意識に右手で拭った。
「あ、レインコートに黒いのついちゃったん……、ても、ちゃんとお仕事しないと……」
白いレインコートには、紙皿のお面から移った黒いマジックの跡。それでも、れんげは気にする様子もなく、バケツを握り直す。
雨を晴らすという大切な使命のために―― てるてる坊主れんげは、再び歩き出すのだった。
「はぁ……、まさかこんな急に大雨になるなんて……」
「オレに会わなかったらズブ濡れだったんだから、感謝しろよな!」
「ありがとう。けど良いの? れんげの家まで送って貰っちゃってさ……」
「いいっていいって! 別に後は帰るだけだったし、急いでる訳でもないから」
現在オレは、小鞠ちゃんと相合傘で宮内家への道を歩いている。
雨脚はさっきよりも強く、土を蹴る音が耳に残る。
同じ傘の下に入った小鞠ちゃんは、少しだけ肩をすぼめて歩いていた。
――カンっカンっカンっ
半ば日課の様になっている駄菓子屋の手伝いの帰り道。雨がパラつき始めたところで、れんげが忘れた漫画を届けに行く途中の小鞠ちゃんと出会った。
――カンっカンっカンっ
オレは念のために折り畳み傘を持ってきていたが、小鞠ちゃんは傘を持っていなかった。だからこうして、同じ傘に入って歩いているというわけだ。
――カンっカンっカンっ
……なんだ? さっきから聞こえてくる、この妙に乾いた音は……。
「何の音?」
小鞠ちゃんにも聞こえているらしい。 オレたちは足を止め、音のする方角へ視線を向けた。
辺りは雨の影響で霧が立ちこめ、視界がひどく悪い。数メートル先すら、ぼんやりと白く滲んでいる。
――カンっカンっカンっ
霧の向こうに、影が浮かび上がった。
次の瞬間、それははっきりと“姿”を現す。
全身真っ白な装い。 目からは黒い涙、口元からは黒い涎。 それが、こちらへ――ゆっくりと近づいてくる。
「ヒィッ!!」 「にゃにゃああああ!!」
オレたちは反射的に悲鳴を上げ、近くの草むらへと飛び込んだ。 心臓がうるさいくらいに跳ね上がる。
「なな……、何アレ……? 妖怪!?」
「いや、まさかそんな……、けどアレって、どう見ても……」
「よっくん!? 何か知ってるの……?」
喉がひくりと鳴る。
「何年か前かな……? ほら、ニュースになってたじゃん! 悪い電波を塞ぐとか言って、白い布を張って土地を不法占拠してた白装束の集団……*1」
「え!? でもアレってここから大分離れた場所だった筈だよ!?」
「しーっ……、静かに……、辺りを見回し始めた……、見つかったらヤバそうだ……」
全国ニュースになる出来事とはいえ、所詮は対岸の火事。当時は別世界の出来事みたいに思っていた。
話題にされなくなって、すっかり記憶の奥に追いやられていたのに……。
目の前の光景が、それを一気に“現実”の出来事に引き戻す。
現地民や警察と衝突し、怪我人が出たというニュースの映像が、頭の中で蘇った。
どうしてこうなった! ここは、のどかで平和な村だったはずなのに……。
「ねぇ、よっくん……、遠くてよく見えないけど何か武器を持ってるよ……、どうしよう……」
確かに、白い影は何かを手にしているように見える。
「あんな得体のしれないのと戦うなんて無理だ……。逃げるしかない……」
「逃げるって何処に……?」
オレは一瞬だけ考え、すぐに答えを出した。
「小鞠ちゃん、その漫画は何処へ届けるつもりだったかな……?」
「あっ、れんげの家に行って、かず姉に助けて貰うんだね!」
「それと、どれだけの集団が来てるのか分からないし、電話を借りて警察にも通報しないとだな……」
方針は決まった。
だが、白装束の怪物は足を止め、ゆっくりと辺りを見回している。 このままやり過ごすのは、どう考えても無理だ。
……仕方ない。
「小鞠ちゃん……、タイミングを合わせて、一緒にれんげの家まで走ろう……。しっかり手を握って離さないようにね……」
「う、うん、わかった……」
全力で走れば、オレ一人の方が速い。 でも、こんな場所に小鞠ちゃんを一人だけ置いていくわけにはいかない。
逃げるなら――二人一緒だ。
「よし、今だ!」
オレたちは手を繋ぎ、雨音に紛れるように走り出した。
霧の向こうに見えた二つの影を見て、れんげは目を丸くした。
「あれ? よっくんと、こまちゃんなん!」
白装束の怪物――その正体は、てるてる坊主に扮したれんげである。 だが二人がそれに気づける筈もない。
目から流れている黒い涙も、口元の黒い涎も、先ほど汗を拭ったときに滲んだマジックの跡だった。
「よっくーん! こまちゃーん! みんなで晴れるようお願いするのーん!」
二人の切迫した内心など露知らず。知り合いを見つけた喜びそのままに、れんげはスコップとバケツを抱え、ぱたぱたと走り出す。
「やべぇっ!! 追ってきやがった!!」
「武器を振り回してる!? 闘争心剝き出しだぁ!!」
れんげだと気づかない二人は、目に涙を浮かべて叫びながら――
脇目もふらず、必死に逃げ続けるのであった。
その頃の宮内家。
屋根を叩く雨音は、先ほどよりも明らかに勢いを増していた。
「雨、随分強くなってきたなぁ。そろそろ、れんちょんを迎えに行かないとだねぇ……」
一穂は縁側から空を見上げ、ぽつりと呟いた。
胸の奥に、ほんの小さな心配が芽生える。
あの子なら、雨の中でも元気にやっていそうだが――それでも、姉として放ってはおけない。
一穂は腰を上げ、迎えに行こうと玄関へ向かって歩き出した。
「あ、そうだ!」
ふと足を止め、何かを思いついたように声を上げる。
そのまま棚に手を伸ばし、紙皿を一つ取り出した。 口元には、どこか楽しそうな笑みが浮かんでいる。
どうやら、ただ迎えに行くだけで終わらせるつもりは、最初から無かったらしい。
「あぐっ!」
「小鞠ちゃん!?」
全速力で走り続けたせいか、小鞠は足をもつれさせ、そのまま前のめりに地面へ倒れ込んだ。 雨でぬかるんだ土が、容赦なくその体を受け止める。
白装束の怪物は、見た目ほど俊敏ではないらしく、まだある程度の距離は保たれていた。 だが――それでも、立ち止まっている余裕など、どこにもない。
よしおは即座にしゃがみ込み、小鞠を背中へ引き上げた。
「よいしょっと! オレも抱え続ける余裕ないから、肩でも首でも良いからしっかり掴んで離すなよ……!」
「よっくん!? ごめん! 私のせいで……!!」
小鞠は声を震わせ、涙ぐみながら必死によしおの肩へ腕を回す。
よしおはそんな小鞠を見て歯を食いしばり、覚悟を決めて再び走り出した。
――絶対に、見捨てないぞ! と決意を込めて。
しかし、人一人を背負った状態では、どうしても速度は落ちてしまう。
白装束の怪物との距離が、少しずつ、しかし確実に縮まっていく。
――くそったれぇ……、絶対に、逃げ切ってやる!
そんな時だった。
視界の先に、見慣れた家屋が飛び込んでくる。
――れんげの家だ。
だが、小鞠を背負っているせいで、よしおの両手は塞がっている。
この状態では、玄関に触れることすらできない。
行儀が悪いのは百も承知。
だが、そんなことを気にしている場合ではなかった。
よしおは片足を振り上げ、玄関のドアを蹴りつける。
――ガンッ! ガンッ! ガンッ!
「先生! 開けて下さい!」
背後から、否応なく気配が迫る。
恐る恐る振り返ると、白装束の怪物は、すでに目に見えて距離を詰めていた。
「かず姉! 助けて!!」
今度は、よしおの背中にいる小鞠が声を張り上げる。
雨音に混じり、二人の荒い呼吸と、激しく打つ心臓の音だけがやけに大きく響く。
――怪物は、もう目と鼻の先だった。
もはや、なりふり構っていられない。
「かずちゃぁん!! はやくあけてよぉ!!!」
よしおは、腹の底から声を絞り出した。
――ガラガラガラ……
そんなよしおの必死の叫びが届いたのか、宮内家の玄関の戸が音を立てて開いた。
(良かった……!)
その瞬間、二人の頭の中で「助かった」という文字が浮かびかけ――
「ひっ……!!」
一瞬で消し飛んだ。
玄関に立っていたのは一穂。
――いや、一穂の身体をした。怪物だった。
「へっ……? かず……ちゃん……?」
よしおの声が裏返る。
目の前に立つ女性の顔は、白一色のお面。
ついさっきまで背後にいた白装束の怪物と、まったく同じ顔。
理解が追いつかず、小鞠はよしおの背中で完全に固まった。
声も出ない。思考も止まる。指先が震えるだけだ。
一方のよしおは、現実を受け止めきれなかった。
口を開けたまま、膝から力が抜け、その場に崩れ落ちる。
「「たたたたすけてぇぇぇ!! 神様仏様お天道さまあああ!!!」」
二人分の悲鳴が、玄関先に見事なハモリで響き渡った。
宮内家の居間。
先ほどまで激しく屋根を叩いていた雨は、いつの間にかすっかり止み、障子越しにやわらかな光が差し込み始めていた。
湿った空気の中には、雨上がり特有の土の匂いがほんのりと混じっている。
「良かった……、悪い妖怪じゃなくて……」
小鞠は湯呑みを両手で包み込みながら、心底ほっとした様子で息を吐いた。
その声には、まだかすかに緊張の余韻が残っている。
「オレも……、白装束集団が、この村を侵略しにきたと思って焦ったわ……」
よしおも深く背もたれに体を預け、力の抜けた声で同意した。
今となっては笑い話だが、ほんの少し前までは、本気で命の危機を感じていたのだ。
「ごめんごめん。ウチもてるてる坊主になったら、れんちょん喜んでくれるかなって思って……」
一穂は頭をかきながら、悪びれた様子もなく言う。
白装束にお面という姿が、あれほどの恐怖を生むとは、さすがに想定外だったらしい。
「二人とも、泣くほど怖かったんな!」
れんげは楽し気に、二人を見上げる。
「「泣いてない!!」」
反射的に声を揃える小鞠とよしお。
小鞠に至っては、すぐに視線を逸らし、
雨だから!
と、妙に力のこもった言い訳を付け足した。
「しかし“かずちゃん”か、久々によっくんにそう呼ばれたなぁ」
一穂はどこか感慨深そうに、ふっと微笑む。
「そこ言いますか……、別にいいでしょう。忘れて下さいよ……」
よしおは照れ隠しのように顔をしかめた。
「私も夏海も、関係なく昔と同じように、かず姉と接してるけど、よっくん変な所で真面目だからね」
小鞠は肩をすくめつつ、少し呆れたように言う。
「別にいいだろ。一人くらいちゃんと先生として接さないと、かずちゃん、威厳もクソもなくなりそうだしさ……」
「尊敬してるのか、馬鹿にしてるのか、どっちなんだね君は?」
一穂は苦笑しながらも、その律儀さを少し嬉しく、そして少し寂しく感じていた。
一穂はこの村で生まれ育ち、分校にも通っていた。
よしおの姉・このみとは同じ校舎で学んでいた仲だ。
一穂が分校を卒業して高校に進んでからも、よしおは、このみと一緒に、もう一人の妹・ひかげを訪ねて宮内家へ遊びに来たことが何度もある。
そのため、幼い頃のよしおの姿も、今でもはっきりと覚えていた。
当時、このみが一穂を「かずちゃん」と呼ぶのに倣い、よしおも自然と同じ呼び方をしていた。
だが教師として分校に赴任してからは、よしおは自分なりに一線を引き、呼び方も態度も改めたのだ。
その不器用な誠実さに感心しつつ、一穂は胸の奥に、懐かしさのようなものを感じていた。
「もう晴れたん!」
れんげの声に、全員が窓の方を見る。
「おお! てるてる坊主の効果があったかな?」
「ウチ、自転車の練習するん!」
「私もつきあうよ!」
「じゃあオレも!」
そう言って一同は立ち上がり、揃って外へ向かう。
濡れた地面に反射する陽射しが眩しい、雨上がりの午後。
そんな、少し騒がしくて、どこか温かな一幕であった。
今回、よしおの一穂への言葉遣いについての設定を保管をしました。
一穂は当初、ひかげと同じように東京の高校だと思ってたけど、原作読み返したら多分高校は自宅から通って、大学からは実家から離れて通ったんだろうなと推測。
分校から卒業して即東京だと、越谷姉妹との接点が無くなるからね。
夏海と小鞠は、ひかげを訪ねて宮内家で遊んだ時に知り合って、ひかげ=ひか姉呼びだから、一穂=かず姉呼びになったんだろうなと推測。