のんのんびより ― ある田舎男子の日常 ― 【ばけーしょん編更新中】 作:NIZI
アニメ二期・第六話の話です。
作者の独り言
そういえば、よっくんとほたるんが二人きりになることって、
ほとんど無かったな。
……あれ? どんな会話にすれば良いんだろ?
そんなわけで、今回はほたるん回です。
全編よしお視点の一人称でお送りします。
夏休みを目前に控えた学校は、どこか浮ついた空気に包まれていた。
雲ひとつない空から容赦なく降り注ぐ陽射しが、校庭の土を乾かし、草の匂いを強くする。
今日は夏休み前の大掃除。
くじ引きの結果、俺が引き当てたのは外の草むしりと菜園の水やりだった。
このクソ暑い炎天下で、だ。
「今日も暑いな……」
「天気予報では、しばらくは夏日が続くそうですよ」
「マジかぁ……、オレの部屋クーラー無いんだよなぁ……」
同じ作業を引いた蛍ちゃんと二人、ポンプを押してじょうろに水を汲む。
ぎい、ぎい、と軋む音が、やけに耳に残る。
「でも明後日から夏休みじゃないですか!」
「確かに夏休みは楽しみだけど、暑いのは嫌だ……。ついでに明日もらう通知表も嫌だ……」
「あ、あはは……、とりあえず水やりと草むしりして、さっさと帰りましょうか?」
「そうだね、さっさと終わらせよう!」
トマトの根元に水を注ぎながら、ふと隣を見る。
――そういえば、蛍ちゃんと二人きりになることって、ほとんどなかったな……。
……あれ?
一体なにを話せばいいんだ?
年長者で、男である俺が率先して話しかけるべきか?
そう思えば思うほど、頭の中は真っ白になっていく。
……沈黙。
じょうろから水が落ちる音だけが、妙に大きい。
蛍ちゃんは普段通りの表情で作業を続けていて、特に気まずそうにも見えない。
それが、逆につらかった。
俺だけが勝手に緊張して、勝手に追い詰められている。
姉ちゃんなら何を話す……。くそ、オレにも巧みな話術があれば……!
このままじゃダメだ。こんな時の為に、卓とも作戦会議をしたじゃないか……。
……何も思い浮かんでなかったな! そういえば!
なんでもいい、何か話題……、話題……。
――そうだ、東京の話だ!
「そういえばさ、東京の学校って、大掃除とかどうかな?」
「え? えっと……、普通に、みんなで掃除してましたよ」
……普通だった。
「ほら、もっとこう……都会だから、大きな業者とかが来て、全部やってくれるのかと思って……」
「業者さんは、来なかったですね」
笑顔は柔らかい。
けれど声は完全に作業モードだ。
会話は続いているのに、手応えがない。
「そ、そっか……」
じょうろを持ち替えた蛍ちゃんは、再び黙々と水をやり始める。
やばい。完全に俺だけ空回ってる。
もう一言、何か付け足そうとした――その瞬間。
耳元で、嫌な羽音がした。
目の前を飛び回る蚊に反射的にパンッ! と手を叩いて潰そうとするが、逃げられる。
そしてくるくると、おちょくるように、オレの周囲を飛び回り続けた。
――……この虫野郎!
「よしお先輩? どうしたんですか?」
「あ、ごめん。ちょっと目の前に蚊が飛んでてさ、中々仕留められなくて……」
「確かに、今日は蚊が多いですね」
「だろ? 田舎の蚊は遠慮ってもんを知らん。都会の蚊は、その辺りの距離感ちゃんとしてそうだよな」
「距離感、ですか?」
「ほら、刺す前に一応様子見る感じ。『この人、今忙しそうだから後にしよう』みたいな?」
「そんなこと考えてたら、蚊も大変ですね」
「田舎の蚊は違うぞ。考える前に来る。この村は、人も虫も、大体遠慮というものを知らんからな」
「ふふ、確かに凄い勢いで飛んでますね。先輩の周囲を……」
「だよなぁ……、なんでオレの方ばかり飛んでんだ? 蛍ちゃんの血の方がおいしいと思うんだが……」
「え?」
蛍ちゃんの反応を聞いた瞬間、背筋が凍った。
――しまった……! ちょっと気持ち悪い事言っちゃったかも……。
「えっと、そちらへ行くって事は、先輩の血の方がおいしいって事ではないでしょうか?」
「あ! 確かに……。待てよ、そうだ! 案外蛍ちゃんみたいな高級そうな血は、蚊も気後れするのかもしれん……。オレくらいの方が気軽に吸えるとか?」
「あはは、高級そうな血って、なんですかそれ、ふふ」
そうして自然な笑顔を浮かべる蛍ちゃん。
……あれ?
意外と、うまくいってる?
さっきまで感じてた息苦しさが、いつの間にか消えていた。
オレ、だいぶ肩の力が抜けた気がする。
――サンキュー、虫野郎。
そう思ったのも束の間だった。
口元を抑えて笑っている蛍ちゃんの背中を、一匹のヤモリが這い上がっているのが目に入った。
マズい……。
しかもちょっと大きい。
例えばの話だが、これが姉ちゃんだったら、悲鳴を上げて大暴れし、じょうろを振り回して、近くにいる俺を殴り倒している事だろう。
そうなったら、話どころじゃない。
なんでこんな時に……、勘弁してくれぇ……。
とりあえず、蛍ちゃんが気づかないうちに、手で払って身体から離さないと。
――そーっと、そーっと……。
「どうしたんですか?」
「い、いやぁ! こう暑いと川に飛び込みたくなるなぁって……」
こっちを向いた蛍ちゃんに対して、両腕を伸ばし、水泳のスタートで飛び込むような姿勢を取りながらごまかすオレ。
「そうですね。……、でも私、飛び込みって、なんか怖くて……」
「そ、そっか……、確かに最初はおっかないかもだね……」
蛍ちゃんは作業に戻った。再び、その背中にいるヤモリに視線を向けるオレ。
――そーっと、そーっと……。
よし、あと少し……。
「へっ? 先輩!? 顔、近いです……!」
あと少しの所で蛍ちゃんは、こちらに振り向いてしまう。
「あ! ごめん、少しの間でいいから目をつぶってくれるかな?」
(その間にヤモリを払い落すから……!)
「へっ!? いきなりどうしたんですか!?」
「ほんの少しの間だけで良いから! ね!?」
キョトンとした顔をする蛍ちゃん。本当に、後ちょっとで追い払えるから、頼む……!
「そ、そんな……! こんな場所で……、どうして急に……」
「ご、ごめんね……、そのままじっとしてればすぐに終わるから……」
あれ……、なんか蛍ちゃん引いてないか?
変な空気になってしまった……。どうしよう……。そう思ったのも束の間。
――サササッ。
あ……。
ヤモリが蛍ちゃんの背中から正面へ回った。
よりによって、胸の辺りに現れる。
これ、完全に視界に入っちゃったな――。
――終わった……。
「わぁっ! かわいい!!」
…………えっ?
「蛍ちゃん、大丈夫なの?」
「え? 何がですか?」
「いや、そういうの苦手だと思ってたから……」
「可愛くないですか? よしお先輩、トカゲ苦手だったりします?」
「いやまぁ、オレは大丈夫だけど、姉ちゃんや小鞠ちゃんが、そういうのダメでさ……」
蛍ちゃんは、自らの身体を這っていたヤモリを手の平に乗せて、目を輝かせながら眺めている。
――これは、もしや……。
「蛍ちゃん、ひょっとして、イモリも大丈夫だったり?」
「イモリ、ですか……、聞いたことはありますけど、どんな感じの生き物なんでしょうか?」
「えっと、トカゲとか、そのヤモリみたいな見た目なんだけど、主に水の中に棲んでるんだ」
「へぇ、水の中ですか!? 凄いです! "コモドオオトカゲ"みたい! あ、小さいから"コドモチイトカゲ"ですね!」
「あ、あはは……」
尚もヤモリを手の平で撫でまわしながらのハイテンションに、愛想笑いしか出ない。
多分これが、なっちゃんが時々話題に出す“アグレッシブほたるん”なんだろう。
確かに、これは圧倒される。
……かわいいけど。
何はともあれまたとないチャンスだ。
「オレさ、イモリがいる池知ってるんだけど、今度一緒に行く?」
「え? 本当ですか!? 行きたいです!」
よし! 超自然な流れでデートに誘えた!
池の場所を教えてくれたひか姉には、今度会ったら全力で礼を言おう。
「それじゃあ、いつ行こうか? 蛍ちゃん、予定開いてる日は、あるかな?」
「今日は無理ですか!? 早く見てみたいです!」
……いくらなんでも早すぎる。
本当はもう少し準備したかったが、このはしゃぎようでお預けにするのも忍びないな。
仕方ない。
「おっけー、それじゃあ一度家に帰ってから、何処かで待ち合わせをしよう」
「はい!」
そうして作業を終え、浮かれ気分で教室に戻ったオレだったが――。
あまりの嬉しさから秘密にする事を忘れていた為、蛍ちゃんが速攻で話題に出して、なっちゃんとれんげも興味津々になる。
結局、みんなで一緒に行くことになってしまった。
……ちくせう。
……楽しかったけどな!
夏休み序盤の、ある日の越谷家。
今日は分校生全員が集まっての勉強会。夏休みの宿題を片付けるため、みんなでテーブルを囲んでいる。
開始早々、既に一名が限界を迎えていた。
「あーあ、せっかくみんな集まってんのに勉強会とかつまんなーい……! もう宿題なんか止めてあそびましょーや……!」
なっちゃんはそう言いながら、畳に身体を倒し、そのまま大の字になる。
「なっちゃんや、今の内にやっておかないと、また最後の方で地獄をみるぞ……」
忠告してみたが、本人の耳には半分も届いていないだろう。
「まだ始めて十分くらいしか経ってないじゃん……」
小鞠ちゃんの正論が、空しく部屋に落ちる。
その空気を変えたのは、蛍ちゃんだった。
「そうだ! 遊ぶなら、今日親が買い物に行ってて、花火を買ってきてくれるみたいなんですけど、一緒にどうですか?」
その一言で、空気が一変する。
「六尺玉!?」
「それはデカすぎ……」
「おお! 花火花火!!」
「いいね! 夏のはじまりって感じで!」
オレも含めたこの場にいる全員の頭の中が、一瞬で「花火」に塗り替えられる。
卓も、持ってるペンを手の中で忙しなく回しながら、浮き立つ気持ちを抑えきれていなかった。
「なっつん! 花火までにキリの良い所まで終わらすん!」
「よっしゃあ!」
「じゃあまだ早いから、勉強会終わったら、夕飯食べた後に、みんなで蛍の家に行くって事で良いかな?」
「はい、じゃあ家で待ってますね」
こうして今夜の予定はあっさり決まった。
そして、気がつけばもう夜。
夕飯を済ませた後、家を出る……が。
「姉ちゃんまで来る事ないじゃん……」
「別にいいじゃない! 花火、私もやりたいし!」
「明日も、部活の朝練あるんだろ? ……あんまり遅くなると寝坊するぞ」
「ご心配ありがと! でもよっくんじゃないんだし、少し遅くなったからって、寝過ごす事はないから♪」
「へいへい、いらぬ心配でしたね……」
オレがみんなで花火をしに行く事を伝えると、姉ちゃんは自分も行くと言い出してついてきた。
「みんな! こんばんわー!」
「あれ? このちゃんも来たんだ!」
「うん、ヒマだったし、夜遅くによっくんを出かけさせるのも心配だからね!」
「オレ、もうそんな心配されるような子供じゃないんだがな……」
「いや、よっくんじゃなくて、他のみんなの心配だけど?」
「へいへい、いろんな意味で信用ない弟で悪うござんしたね……」
「ははは、けど晴れて良かった! 絶好の花火びよりだ!」
なっちゃんが空を見上げて、満足そうに呟いた。
れんげに合流する為に、宮内家へと向かう道の途中。
「なっつーん!」
声の方を見ると、れんげが手を振っていた。その後ろには、懐中電灯を持った一穂先生の姿。
「お、れんちょん! それにかず姉も来たんだ!」
「うん、保護者役だよ」
「ウチ! 打ち上げ花火見たいん!」
「いいねぇ!」
「打ち上げじゃなくても、シャワーみたいなのでもいいのん!」
「そういうのもいいねぇ!」
顔を合わせるなり、花火の話題で盛り上がる女子達の横で、姉ちゃんと先生も話し始めた。
「久しぶりだねぇ、このみ」
「こんばんわ、かずちゃん。今夜は監督役ヨロシク! 何かあったら責任取ってね♪」
「あはは、何も起こらない事を願うよ……」
そんな和やかな空気のまま蛍ちゃんの家に着き、小鞠ちゃんが呼び鈴を鳴らす。
ゆっくりと扉が開くと。
「うう……、ひっく……」
その先にいたのは――顔を手で押さえながら、大粒の涙を流す蛍ちゃんだった。
「ほ、ほたるん!? 一体どうしたの……?」
ただならない様子に、心配したなっちゃんが声をかける。
「じっ……、実は……、買い物に行ったデパートで花火が売り切れてて……、ほとんど買えなかったんです……」
その言葉に、全員が固まった。
「すみませええん!! 皆さん凄く楽しみにしてくれてたのに……!! れんちゃんも小鞠先輩も夏海先輩もよしお先輩もっ!! みんな花火したいって言ってたのにいい!!!」
「い、いやぁ……、全然大丈夫だから!」
「う、うんうん……、大丈夫大丈夫!」
「ほたるん、ウチも大丈夫なのん……」
「蛍ちゃん、オレも大丈夫だから、あまり気にしないで……」
みんなの必死のフォローも、涙の勢いを止めるには足りない。
「先生も、このみさんもっ!! わざわざ来てくださったのにいいいっ!!!」
「い、いや……、私の事は気にしないで、蛍ちゃん! 暇だったから、顔を出しただけだから……、ね!」
「あ、うん、ほたるんが悪いわけじゃないから、そんな謝んなさんな……」
姉ちゃんと先生も慰めてはいるが、効果は薄いようだ。
そこで、なっちゃんが何かに気づいたように言った。
「……あ、でも"ほとんど買えなかった"って事は、何か買えたの?」
「……この筒みたいなのしか残ってなかったみたいで……」
そう言いながら、大きめの筒状の花火を見せる蛍ちゃん。
「お、おお! 豪華なやつじゃん……! これ、みんなでやろうよ! うん!」
「そ、そうですか……」
何はともあれ、全員で庭に出て、筒の花火の周りを囲んだ。
「よ、よーし……! じゃあ火をつけるよー!」
なっちゃんが着火ライターを手にして、音頭を取る。
そして火がつき、少しして――
筒からポン、と小さな音。
空中でパン、と弾けて。
……落ちてきたのは、パラシュート付きの安っぽい小さな人形だった。
音もなく人形が地面に落ちて静まり返る中。小鞠ちゃんが絞り出すように尋ねた。
「え、えーっと、蛍……? ……他に花火は……?」
「……その一本だけで……」
――沈黙。
花火なのに、火花の一つも見る事が出来ず。正直なんと言っていいのか、わからなかった。
「あっ、いや、でも……、思ったよりその……、楽しかった……なあ、なんて……、ね! 夏海!」
「えっ? あ、ああうん! 楽しかった! すっごく楽しかったよ……! 誘ってくれてありがとね! ね! よっくん!」
「おっ? お、おう! ……まさに夏のはじまりを告げる祝砲ってやつ? ……うん! いい景気づけになったなぁ……! な! 姉ちゃん!」
「へっ? え、ええっと……、そうだね! 私、パラシュート花火なんて初めてだったから! ……とても新鮮でよかったよ! ……ありがとう! すーくんも、そう思うよね!」
「…………………………」(コクリッ!)*1
誰もが無理をしていた。それは、互いが互いに助けを求めるように会話を繋いでいる事からも、はっきり分かる。
「う、ウチも……! ……ウチも楽しかったのん! 花火もすごく楽しみにしてたん! 聞いた時からワクワクだったのん! だから今日! みんなと花火出来て……! たの、し、か……」
そしてれんげは、最後まで言葉を言えずに膝から崩れ落ちた。
「……ほたるんは、なにもわるくないのん……」
「……ごめんなさああい! みなさんごめんなさああい!! うわああああ……!!!」
「うわあっ! ほたるん! 大丈夫だからっ! ね!? ね!?」
完全に収拾がつかなくなった、その時。
「えーっと……、なんか思ったより早く終わったみたいだねぇ……。まだ時間あるし、散歩でもしよっか? このみ、あそこに行こうと思うんだけど、どうかな?」
「……あ! あそこね! 今日はよく晴れてるし、いいと思う!」
二人は顔を見合わせ、何かを理解したように歩き出す。
「ちょっと二人とも! こんな時にどこ行くのさ!?」
「ん? そこらへん」
「みんなも付いておいで! いい場所に案内してあげる!」
「ほ、ほら! 散歩するってさ! ほたるんも一緒に行こうよ!」
なっちゃんが尚も泣き続ける蛍ちゃんを励ましながら、その手を優しく引いた。
こうしてオレ達は、先生と姉ちゃんの背中を追いかけることになった。
一行は、先頭を歩く二人に導かれるまま、森の奥へと足を踏み入れていった。
街灯の光はすぐに途切れ、闇の濃さが一段深くなる。足元の土は湿り、草の匂いと夜気が混じって鼻をくすぐった。
「ねぇ、何処まで行くの? こっち森の方だよ?」
なっちゃんの声が、不安と好奇心の中間みたいな調子で響く。
「いいからいいから」
先生は振り返りもせず、軽い足取りで進んでいく。
「どこに向かってんだ?」
「よっくんは覚えてないかな? よっくんが小学校に上がってすぐの夏休みに、みんなで一緒に行ったんだけど……」
俺が尋ねると、隣を歩く姉ちゃんが少しだけ懐かしそうに微笑んだ。
――オレが小学校に上がってすぐ。
八年くらい前か……。そりゃ、覚えてないな。
カエルの低い鳴き声と、虫の羽音が重なり合い、森は生き物の気配で満ちていた。
懐中電灯の円の外では、闇が静かに揺れている。
「お、あったあった。ここ!」
先生の声と同時に、足が止まる。
「おおっ!」
「わぁっ!」
「こりゃすげぇ……」
「人魂!?」
「ホタルだ!」
一斉に上がる声。
オレの視界にも、無数の淡い光が映り込んだ。
それは一つ二つじゃない。
森の奥、川辺を中心に、ふわり、ふわりと浮かぶ光の群れ。明滅しながら、空気に溶けるように漂っている。
「かず姉、なんでこんな所知ってるの!?」
「あれ、みんなも知ってると思ってたんだけど……」
「まぁ、こんな場所、夜遅くに来ないだろうしね」
確かにそうだ。
昼間でも薄暗い場所なのに、夜に森の奥に行こうなんて普通は思わない。
「ほ、ほたるんがいっぱいなのん!? ほたるん! もっと近くに見に行くのん!」
「う、うん……!」
「こまちゃんも来るのーん!」
「ま、待ってよ……!」
れんげは二人の手を引き、光の方へと駆けていく。
その背中を見た瞬間、頭の中の記憶が、不意にほどけた。
『おいよしお! ついてこいよ! 一緒にホタル捕まえよーぜ!』
『えっ? 待ってよ! ひか姉……!』
『ちょっとふたりとも! 明かりも持たずに進んだら危ないよ!』
――そうだ。確か、この先に川があった。
「みんなー! この先は川があるから、うっかり入るなよー!」
思わず声を張り上げる。
「よっくん、思い出したみたいだね!」
「あぁ……、川に落ちた事はな……」
真っ暗な中で、手を引かれたまま走って、二人仲良く足を踏み外した。
あの時の冷たさと、ひか姉の悲鳴は、今でも妙に鮮明に思い出せる。
「よっくんは昔からドジなんだね!」
「うるさいな……、あの時は、ひか姉に引っ張られてたから、避けようがなかったんだよ……」
小学校に上がったばかりの頃、当時のひか姉は完全にガキ大将だった。
俺も卓も、気づけば子分みたいな扱いで、毎日のように引きずり回されていたっけな。
そんな昔を思い返していると、なっちゃんと卓が細長い笹の葉を複数抱えて戻ってきた。
「二人とも、何持ってるの?」
「ああこれ? この葉っぱをこうして水につけたら、ホタルが水を飲みに来ないかと思ってさ!」
「ウチ、それやりたいん!」
「私もやる!」
れんげと小鞠ちゃんが駆け寄り、葉っぱを受け取る。
「どーぞどーぞ! よっくんもホラ、おひとつ」
「お、ありがとう」
俺も一束もらい、そっと川の水に浸した。
冷たい水音の向こうで、光が揺れている。
「こっちに来るかな……?」
「来るまでウチ、がんばるのん……」
「ほらほら、来た!」
「あ、うわぁ……」
蛍ちゃんの葉に、一つの光が静かに止まった。
まるで小さな灯りが、羽を休めたみたいに。
その瞬間、蛍ちゃんの表情がぱっと明るくなる。
それを見て、みんなが自然と息を潜めた。
「お、きたきた……」
「こっちも……」
「きれい……」
次々と、光が葉っぱに降りてくる。
淡く、柔らかく、夜を染める光。
森も川も、静かにそれを見守っているようだった。
その様子を見て、姉ちゃんが、オレの近くに寄って、小さな声で呟く。
「……ね。ここに来て正解だったでしょ」
「……そうだな」
そう答えると、姉ちゃんは少しだけ肩をすくめた。
「よっくんさ、昔はすぐ私の後ろに隠れてたよね」
「どんだけ昔の話だよ、それ……」
「ふふ、けど今はこうしてちゃんと横にいるじゃん」
そう言われて、少しだけ言葉に詰まる。
「横にいる」か……。
姉ちゃんは、無数に漂う光を見つめながら、ゆっくり続けた。
「こういう時間、最近あんまり無かったなって思って……」
「……姉ちゃん、部活で忙しいもんな」
「まぁね、でも」
姉ちゃんは一度言葉を切ってから、少しだけ照れたように笑った。
「今日は、来て良かったって思ってる」
その声は、さっきよりも柔らかかった。
ホタルの光が、葉っぱの上で小さく瞬く。
それに合わせるみたいに、川の水面も揺れている。
俺は、何と返していいか分からず、葉っぱを持つ手に視線を落とした。
「別に、オレはついてきただけだけどな……」
「それでいいんだよ」
姉ちゃんは、即答だった。
「一緒に見て、一緒に驚いて、同じタイミングで綺麗だなって思える。それだけで……」
それ以上は言わなかったけど、その沈黙が、妙に心地よかった。
「あ、ほたるんがホタルと仲良くしてる!」
オレがそんな空気に浸る傍らで、なっちゃんが、蛍ちゃんの頭に止まった光を見て笑う。
その一言に、場の空気がふっと和らぐ。
姉ちゃんは、くすっと笑って、俺の方を見た。
「ね、こういう夜。嫌いじゃないでしょ?」
「……まぁな」
オレが短く答えると、姉ちゃんは満足そうに頷いた。
こうして夏のある一日は、
爆音も、火花もない、
静かな光に包まれて、幻想的に過ぎていった。
そのひぐらしさんは、天へと飛び立ちました。※ネタが浮かびませんでした。
ここ最近、このみちゃんとひか姉をロクに出せていなかったので、
このままだとタグ詐欺になりそうで内心ヒヤヒヤしてました。
今回、ほんの少しでも登場させられて一安心です。
次回は原作でもひか姉がガッツリ登場するので、
今度こそちゃんと描いていきたい所……(フラグ)