のんのんびより ― ある田舎男子の日常 ― 【ばけーしょん編更新中】   作:NIZI

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アニメ二期・第九話の前編の話です。

池のぬし釣りと、夏海のオシャレの二本立てです。

二期の中で最初に浮かんだネタでもあったので、こうして形にできて、ほっとしています。


第11話 夏海がお洒落をした

 ある秋の日

 越谷家の主婦・雪子は、魚一匹いない庭の池を眺めて腕を組んでいた。

 すると、廊下を欠伸しながら歩く末っ子・夏海が目に入る。

 

「夏海、ちょうど良かった。ちょっとこっち来な」

 

「うっ!?」

 

 呼ばれた瞬間、夏海は反射的に身構え、その場から逃走する。

 

「ちょっと、何逃げてるの!?」

 

 ししおどしが、カコン、と鳴った。

 

 

 

「なーんだ、怒んないのね? ウチはてっきり……」

 

「てっきり……何なの? また何かしたんじゃないよね?」

 

「い、いやぁ別に……」

 

 目を泳がせる娘に、ため息をつきつつ、雪子は池を指差した。

 

「この池なんだけどさ。生き物いないのは寂しくてね……ちょっと何か捕まえてきてくれない?」

 

 アンタこういうの好きでしょ? と付け加える。

 

「今、そんな気分じゃないんだけどな……」

 

「おこづかい上げるから」

 

「おっしゃあ!!」

 

 一瞬で態度を変えた夏海は、勢いよく母親に抱きついた。

 

「ねえねえママ、いくらくれるの!? 千円がいいな! でも諭吉さん*1の方がもっと好きぃ!」

 

「そんなに出さないよ……、五百円」

 

「よーし! みんな誘って行ってくる!」

 

「あ、ちょっと待ちな。これ貸してあげるから、門限までには帰ってくるんだよ」

 

 そう言って雪子は腕時計を差し出した。

 

「へーい!」

 

 夏海は、ウキウキしながら釣竿を用意しにいく。

 

 池にあるカエルの置物に紅葉が落ちる。そんな季節の出来事であった。

 

 

 

 

「と、いうわけで! この池で、第一回わくわくフィッシング大会を開催したいと思います!」

 

 手を大きく振り上げ、いかにも主催者らしい顔で宣言する夏海。

 

 参加者は、釣竿を持ちながら各々会話を始める。

 

「このみさんも呼ばれたんですね」

 

「急にね。でも何かな、これ?」

 

 蛍の問いかけに、このみは首をかしげながらも、どこか楽しそうだ。

 

「なんでも、夏海がお小遣いが出るからって、急に言い出してさ」

 

「遊ぶ金欲しさってヤツね、成程……」

 

 小鞠が呆れたように言うと、よしおは、まるで短絡的な犯人の動機のようなセリフを口走る。

 

「人聞きの悪い事言わないで下さい! みんなで釣りした方がおもしろいでしょ?」

 

「ま、息抜きに丁度良いか」

 

 夏海の言葉を聞いたよしおは、竿を手に取り、肩をすくめた。

 

 チーム分けは、自然と二手に分かれた。蛍、小鞠、このみの三人。

 よしお、夏海、れんげの三人。卓だけは少し離れた場所で、我が道を行く構えだ。

 

 釣り糸を垂らしながら、このみがぽつりと呟く。

 

「久々にこういう感じ悪くないかも」

 

「このみさん釣りお好きなんですか?」

 

「好きって程でもないけど、昔よっくん連れてって楓ちゃんやひかげちゃんと、たまにやったよ」

 

 蛍が尋ねると、当時を思い出したのか、懐かしそうに笑った。

 

 

 

 

 もう一方の組も、のんびりした空気に包まれていた。

 

「なっつん! よっくん! 何釣るん? ウチ、めでタイのタイ釣りたいん!」

 

 れんげが目を輝かせる。

 

「流石に池だからタイは無理かな?」

 

「うそん……タイいないんなぁ…ウチ取りたかったんに……」

 

 よしおが苦笑交じりに諭すと、れんげは分かりやすく肩を落とした。

 

「ショック受け過ぎ! れんちょんは、たまに常識抜けるな……」

 

 夏海が即座に突っ込む。だが、れんげはすぐに顔を上げた。

 

「ハッ! でも貝が釣れたら目がデカいって意味になるんな! (めで+かい=目デカい)」

 

「おお! 確かに!」

 

「そんな意味になるからってなんなん?」

 

 思わず感心するよしおに夏海が冷静に返した。

 

 

 竿先はぴくりとも動かない。

 

「しっかし掛からんなぁ……、ルアー変えるか?」

 

「大きい魚自体がいないんじゃないかな? ルアーより、食パンとかの方が良いのかもしれない……」

 

 二人による作戦会議が始まると、れんげが首を傾げた。

 

「ルアーって作り物なんな、何で作り物を食べにくるん?」

 

「形は餌に似てるから、騙された魚が食いつくんだ」

 

「匂いとかついてるのもあるし、魚には美味そうに見えるんじゃない?」

 

「姉々が、良い匂いする消しゴムかじってたんと同じ原理なん?」

 

「ウチの担任、いい歳して何してんだよ!」

 

「よっくんも、たまにかじってるの見るん。なっつんは、かじったりしてないんな?」

 

「……よっくん?」

 

「いや、問題が解けなくてイライラした時に無意識にやってるだけで、決して食べようとしてる訳じゃないから!」

 

 若干引いた目を向ける夏海によしおは必死に弁解するが、どちらにしても行儀が悪いのでやめたほうが良いだろう。

 

 

 そんなやり取りの最中だった。

 

 

 ぐい、とよしおの竿が強く引き込まれる。

 

 

「んな! かかった! ってデカい! デカ過ぎて引きあがらねぇ!」

 

「いやぁ流石に、そんな大きな魚がいるとは思えないし、根っこに引っかかったんじゃない?」

 

「いや、動いてるし! 池に引きずり込まれそうだし、根掛かりじゃない!! オレ一人じゃ無理だ! なっちゃん、手伝って!」

 

「わかった! って何コレ、デカ過ぎぃ! よっくん! 離さないでぇ!!」

 

「もちろん! きみの事は一生離さないよぉ! なっちゃん!」

 

「よっくん、案外余裕あんなぁ!!」

 

 

 軽口を叩きあいながらも、二人の足はじりじりと前へ滑る。

 水面の下で何かがうねる気配がする。まるで池そのものが息をしたかのようだ。

 

 もしかすると、本当にヌシかもしれない。

 

 そんな予感が背筋を走る。だが気合とは裏腹に、二人がかりでも引き寄せるどころか、逆に池へ引きずられそうになっていた。

 

 

 

 

 騒ぎを聞きつけた他の三人も近くに駆け寄ってくる。

 

「夏海? 何よっくんに抱きついてんのさ!?」

 

「あらあら、お熱い事で♪」

 

 竿を引く二人の体勢を見て、小鞠は目をむく。このみは頬に手を当て、楽しそうに茶化した。

 

「冗談言ってる場合じゃなくて! 大物が掛かってんだよ! 姉ちゃん達も手伝えや!」

 

 つい先ほど、自分でふざけたセリフを言った事は棚に上げて、切羽詰まった様子で助けを求める。

 

 竿は悲鳴を上げ、糸は今にも弾けそうだ。

 

「れんちょん! 誰でも良いから応援を呼んできて! 後デカくてバケツに入らないかもだから、入れ物も用意して!」

 

「(めで+助け=maydey)"メーデー"!! "メーデー"って事なんな!!」

 

「「いいから速く!!」」

 

 見えない大物と綱引きを始める一同を背に、れんげはその場から走り出した。

 

 

 

 

 

「「「「「おーえす! おーえす!!」」」」」

 

 掛け声を揃えて全員で引っぱり続けるが、まるで大岩にでも縫い付けられているかのように動かない。

 

 そこへ、れんげが呼んできた楓と一穂が駆けつける。

 

「よっくん! なっつん! 応援呼んで来たん!」

 

「れんちょんナイス!」

 

 駆け付けた楓は、水面としなった竿を見比べ、目を見開く。

 

「思ってた以上にデカそうだな!?」

 

「さっきからずっと格闘してるけど、めっちゃタフなんだよ!」

 

「どれ、竿貸してみ!」

 

 楓も加勢する。だが、手応えは変わらない。糸の先で何かが強烈に踏ん張っている。

 

「鴨網とかはないの?」

 

 一穂が大きなプラ箱を抱えたまま尋ねる。

 

「虫取り網と変わらないチャチな網しかない……」

 

「網がないって……! この大きさじゃ、水から出た瞬間に糸切れるぞ!」

 

 楓の指摘はもっともだ。竿は限界近くまでしなり、今にも悲鳴を上げそうである。

 

「うぅ、ここまで来て……! そうだ!」

 

 

 夏海が不意に竿から手を離し、池から距離を取る。その動きで、よしおも意図を悟った。

 

 

「……成程な! 卓、この場は任せた! なっちゃん! オレは左側からいくぜ!」

 

「よっくん? 一体何を!?」

 

 よしおも同じように池から距離を取った。卓は無言で頷き、竿を支える。このみの声には、わずかな不安が混じっていた。

 

「じゃあウチは右! 頼んだよ、よっくん!」

 

 二人は同時に助走を取って勢いよく飛び込む。

 

 

「「どりゃぁー!!」」

 

 

 ザバーンッ! と盛大な水柱が上がった。

 

 

 数秒後、水面が大きく割れる。

 

 

 

「「池の主! とったったー!」」

 

 二人は水面から顔を出すと、尚も暴れ続ける大きな鯉を協力して抱えていた。

 

 

 

 

 舞台は、越谷家へと移る。

 

「見てみて、母ちゃん! 鯉取ってきた!」

 

「いやぁ、池の主は強敵でしたよ!」

 

 満面の笑みで成果を誇る夏海とよしお。二人どころか、全員で抱えるほどの大きな箱。

 

 その中では、巨大な鯉がなおも尾びれを打ちつけていた。

 

 雪子はしばらく言葉を失った。視線が鯉とびしょ濡れの二人を往復する。

 

「あ、あはは……、皆ごめんね、付き合わせて……」

 

「いえいえお構いなく」

 

「とりあえずコイツ、庭の池に放して来ますんで」

 

 年長者の一穂と楓が、雪子に挨拶した後、全員でプラ箱を運び出す。池へ向かう足取りは慎重だ。

 

「悪いわね……、ちょっと夏海。よっくんも、服が随分濡れてるみたいだけど……」

 

「あ、そうだお小遣い! どう? めちゃくちゃデカいっしょ! 褒めて褒めて!」

 

「ちょっと大き過ぎない? 後、その濡れた服は何?」

 

「あ、これっすか? あの大きさでしょう? 網がなかったから直接池に飛び込んで捕まえたんすよ!」

 

「うんうん! 正に死闘ってヤツ! 凄いっしょ!」

 

 ズブ濡れの恰好を意も介さずに胸を張る二人に、雪子は額へ手を当てる。

 

「夏海、腕時計はどうしたの?」

 

 夏海が手首を見る。

 

 

 ――沈黙。

 

 

 液晶画面は、なにも写していない。どうやら耐水性ではなかったらしい。

 

「着けてたの忘れてた! 壊しちゃったけど、もっと褒めて♥」

 

 

 

「池に飛び込んだら危ないでしょうが! 全く二人して無茶な事をして……、ちょっとこっち来な!!」

 

 当然の様に雷が落ちて、二人は仲良く襟首を掴まれ、奥へと引きずられていった。

 

「あぁ、おばさん! どうか! どうか御慈悲を! あ、アァーッ!!」

 

「メーデー! メーデー!! メーデーッ!!!」

 

 助難信号が家の中にこだまする。

 

 庭では、放たれた鯉が何事もなかったかのように水面を揺らしていた。

 そして残された面々は、その波紋を眺めながら苦笑するしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 雪子に叱られ、汚れた体を洗って濡れた服を着替えるよう言われた夏海は、ひとりシャワーを浴びに行った。その背中を見送りながら、このみがしみじみと呟く。

 

「しっかし、もう中学生になるのに、全然女の子らしくならないね、なっちゃん……」

 

「夏海の場合、中学生とか、そういうの関係ないと思うけどね……」

 

 小鞠も小さく補足を入れつつ、概ね同意するように頷いた。

 

 ちなみに、夏海と同じく全身ずぶ濡れだったよしおも、雪子によって、まとめて同じ風呂へ放り込まれそうになった。

 

 しかし流石に年齢が年齢だと、夏海と二人で全力拒否。

 

 雪子も「昔の感覚でつい」とうっかりを認めて、よしおは改めて自宅に戻って身支度を整えることで話は落ち着いた、という経緯がある。

 

 

「あ、ちょっと良い事考えちゃった!」

 

 このみはぽんと手を打つと、すぐ隣の自宅へ駆け出した。

 

 あまりの行動の早さに、小鞠は唖然とした表情でその背中を見送った。

 

 

 

 

 富士宮家のリビングでは、風呂上がりのラフな格好をしたよしおがくつろいでいた。そこへ、大きな袋を抱えたこのみが現れる。

 

「よっくん? もうお風呂から出たの? 身体、ちゃんと石鹸で洗った?」

 

「ガキじゃあるまいし、ちゃんとやったって……、姉ちゃんこそ、随分早い帰宅じゃん」

 

「ちょっと物を取りにね……。そうだ! この後、なっちゃんの家に来る時は、カッコいい服に着替えてから来てよ!」

 

「カッコいい服……、恐竜のデザインが入ったやつとか?」

 

 よしおの"カッコいい"の基準は、まだどこか幼い。

 

「そういうのじゃなくて、かしこまった場にも出られそうな、しっかりしたやつが良いかな?」

 

「難しいな……、一体なんで?」 

 

「とにかく、ちゃんとした服で来る事! 後悔はさせないから!」

 

「ふむ、よく分からんが、分かったよ……」

 

 大きな袋を抱えて去っていくこのみを見送りながら、よしおは首を傾げる。

 

 それでも一応言われた通りにするかと、渋々自室へ向かった。

 

 

 

 

「ふぃー、さっぱり……」

 

 越谷家の廊下を、タオルで髪を拭きながら夏海が歩く。

 

 ふと居間を覗くと、テーブルの上に何着もの服を広げているこのみと小鞠の姿が目に入った。

 

「二人とも、何してんの?」

 

「これ、私が中学の時に着てた服なんだけどね」

 

「このちゃん、わざわざ家に戻って持ってきてくれたんだよ」

 

「これでなっちゃんを女の子らしくしてあげる♪」

 

「はぁ? 良いって、そんなの……。そういうのは姉ちゃんとすれば良いじゃん……」

 

 夏海は露骨に面倒くさそうな顔で腰を下ろす。

 

 

「確かに可愛い服だし、私も着てみたいかも!」

 

「うーん……、小鞠ちゃんが着れそうな、小学生の時に着てた服は残ってないかな?」

 

「んなっ!!」

 

 このみの一言に、小鞠の頬がぴくりと震える。

 

 思わず反論しかけるが、ぐっと飲み込んだ。内心ではしっかり怒っている。

 

 

「それじゃあ、なっちゃん! こっちおいで! まずは、そのボサボサの髪を整えようか?」

 

「えぇ? 髪の毛までやるの……?」

 

「当たり前でしょう、女子力は髪に宿るんだよ!」

 

 そう言うと、このみは夏海の耳元に顔を寄せる。

 

 

それに、可愛くなったら、よっくんも喜ぶと思うよ

 

 

 囁かれた瞬間、夏海は目を見開き、みるみる顔を赤くした。

 

 その反応を見て、このみは満足げににやりと笑う。

 

「小鞠ちゃん、ドライヤーはどこかな?」

 

「脱衣所にあるよ」

 

「それじゃあ、行こうなっちゃん! 服も持って行って着替えもしちゃおう!」

 

「……、まぁ、とりあえずやってみる……」

 

 先に立って歩き出すこのみ。

 

 夏海は少しだけ考え込んだあと、結局しぶしぶその後を追った。

 

 

 

 

「よし! 出来あがりー♪」

 

 このみによる夏海のおめかしが、完成した。

 

 鎖骨あたりまで伸びたやわらかなセミロング。毛先は内側にふわりと丸まり、前髪は小さなピンで留められている。

 ついさっきまで池に飛び込み、鯉と取っ組み合いをしていた人物とは、とても思えない。

 

「これがウチ……」

 

 鏡をのぞき込んだ夏海が、思わず声を漏らす。

 

 身にまとっているのは、やわらかな黄色を基調にしたチェック柄のワンピース。

 日だまりのように穏やかな黄色が全体を包み、細かな格子模様がさりげない可憐さを添えている。

 胸元には小さなリボンが結ばれ、控えめながらも視線を引くアクセントになっていた。

 

 黒の差し色が全体を引き締め、甘さの中に凛とした芯を感じさせる装い。

 

 少女らしい可憐さと、どこか静かな気品をあわせ持つ佇まいだった。

 

「これがウチ……」

 

 もう一度つぶやきながら、夏海は鏡の前で両手を頭の上に合わせる。

 まるでタケノコがにょきっと伸びたような、ポーズだ。

 

「こら、変なポーズとらないの」

 

 このみの即座のツッコミが飛ぶ。

 

「なんていうか、この服動きにくいな。無駄に重ね着だし……」

 

 少し肩を回しながら、落ち着かなそうにぼやく夏海。

 

「かわいいじゃない。お嬢様みたいで」

 

 なだめるように言いながら、このみはそばで見ている小鞠へ視線を向ける。

 

「ね、小鞠ちゃんもそう思わない?」

 

「え? うーん……まぁ可愛いとは思うけど、なんというか……」

 

 言葉を濁す小鞠。

 

 その様子を見た夏海の目が、にやりと細められる。

 

「あれれー? もしかして姉ちゃん、ウチだけオシャレして悔しがってる?」

 

「は、はあ!? してないし! なんでそんな……」

 

「ウチが小学生の時のお上がりあげるから、機嫌直しなよ♪」

 

「機嫌損ねること言わないでくれる!?」

 

 即座に返る抗議に、場の空気が一気にいつもの調子へ戻る。

 

「いやぁ、確かにかわいいって褒められるのは気分いいね! オシャレも良いかもしんない!」

 

「お、やる気出てきたね!」

 

「すぐ調子に乗るから褒めたくなかったのに……」

 

 得意げに胸を張る夏海。

 してやったりと笑うこのみ。

 そして、深いため息をつく小鞠。

 

 ――結局、いつも通りである。

 

 

 一同は脱衣所を後にし、居間へと戻った。

 

「服も着替えたし、これでオッケー?」

 

「ここまでやったんだから、仕草も女の子らしくしよう!」

 

 夏海の問いかけに、すかさずこのみが追加注文を出す。

 

「仕草とか、よくわかんないんだけど……」

 

 首をかしげながら、夏海は何気なく座布団へ腰を下ろした。

 

「なっちゃん、ストップ!」

 

 ぴしゃり、と声が飛ぶ。

 

「胡坐かかないの。正座だよ、正座」

 

「えー? 足しびれるじゃん……」

 

 ぶつぶつ言いながらも、渋々足を崩して正座に直す夏海。

 そのまま隣の小鞠へ視線を向ける。

 

「姉ちゃんって、いつもどんな感じで座ってたっけ? 蹲踞(そんきょ)*2?」

 

「なにそれ? 普通に女の子座りが多いけど?」

 

「その座り方も苦手なんだよなぁ……」

 

 小鞠の座り方を見て肩を落とし、うんざりしたように頭へ手をやる。

 

「なっちゃん、ストップ!」

 

「えっ? ウチなんかした?」

 

「頭かかないの! あと、喋り方も男の子っぽい」

 

「喋り方まで気を付けなきゃダメなの!?」

 

「当たり前でしょ」

 

 びしっと言い切られ、夏海はがくりと肩を落とす。

 

「やっぱ女の子らしくとか、ウチには無理なんだって……」

 

「あきらめたな……」

 

 とうとう面倒になったのか、夏海はテーブルに突っ伏して大きなため息をついた。

 

 その様子を見下ろしながら、小鞠はやれやれと言いたげに目を細めた。

 

 

 

 

「みんなー、なにしてるん?」

 

 部屋の戸が開き、蛍とれんげが顔をのぞかせた。

 夏海が何気なくそちらへ顔を向けると、れんげが目を丸くする。

 

「んな!? 知らない人がいるん! はじめましてなん!!」

 

「いやいや、それなっちゃんだからね? 私がオシャレさせてみたの」

 

「おしゃれ!? なっつんがオシャレ!!」

 

 驚きがさらに深まるれんげ。

 

「その服、すごく似合ってますよ」

 

 蛍はにこりと微笑み、素直に褒めた。

 

「すごいのん! なっつん、かわいくなったん!!」

 

「そ、そうかなぁ? なんか照れるなぁ……」

 

 次々と飛んでくる称賛に、夏海は頬をかく。

 

「そうなん! なっつん、写真とるん!」

 

「いや、さすがに写真までは……」

 

「写真ね。たしかに折角だし、残しといたほうが面白いかも」

 

 れんげの提案に、このみも乗り気だ。

 夏海がたじろぐ一方で、小鞠は「たしかテレビの近くにあったはず」とカメラを探し始める。

 

「うえ、マジで撮る気なの?」

 

「当たり前じゃん! ほら夏海、こっち向いてー」

 

「いいねー、かわいいよ!」

 

「本当、素敵ですよー」

 

「あ、いや、ちょっと……」

 

 周囲の高いテンションに置いていかれ、夏海はしどろもどろになる。

 

「ほら、はやくしてって」

 

「ポーズもかわいい感じにするん!」

 

「う、うう、ううう……」

 

 恥ずかしさに耐えきれず、夏海が部屋を飛び出そうとした、そのとき。

 

 

 廊下からよしおが顔を出した。

 

「みんな揃ってどうした?」

 

「よっくん、やっと来た! 何それ、学校の制服? もっとオシャレなの着てこなかったの?」

 

「"しっかりした服"って言われたから、制服が無難かと思ったんだよ……。姉ちゃんこそ、なっちゃんを着せ替え人形にして遊んでたのか?」

 

「なんか人聞き悪い言い方だなぁ……。可愛くない?」

 

 このみは眉をひそめつつも、すぐに本題へ戻すように夏海を指さす。

 

「そりゃ、まぁ……かわいいっちゃかわいいよ。けど本人嫌がってるし、無理やりは良くないんじゃ……」

 

 よしおは夏海を気遣うように言った。

 

 そのとき、カメラを手にした小鞠が口を挟む。

 

「そんなことより、今ちょうど写真を撮るところだったんだ! よっくんも一緒にどう? せっかく畏まった格好してるみたいだし」

 

「うぇっ!?」

 

「一緒に写真!? もしかして、オレにしっかりした服を着てこいって言ったのは……」

 

「普段見られない二人を見たかったからに決まってるじゃない。ほら、そこに立って!」

 

 このみはしてやったりといった表情で笑う。

 

「急に何言ってんだよ……」

 

「よっくんは嫌かな?」

 

「うーん、写真か……」

 

 少し考えたあと、よしおは夏海を見る。

 

「……なっちゃん、ちょっとだけ、お願いできるか?」

 

「えっ!? でも……」

 

 一瞬だけ、目が合う。

 いつものふざけた笑顔じゃなくて、少しだけ真面目な顔だった。

 

「テストの時の約束、覚えてるかな? ここで使うことにするよ」

 

 それはそれとして――。

 オシャレをした夏海とのツーショットと聞き、よしおの内心は少しだけ弾んでいた。

 

 以前、テストの点数勝負で、売り言葉に買い言葉から「負けた方は勝った方の言うことを何でも一つ聞く」という約束を交わしたことがある。

 

 あの時、勝ったのはよしおだったが、結局今日まで何も思いつかず、そのままうやむやになっていた。

 

 よしおとしても、今の夏海をちゃんと目に焼き付けておきたかったので、使い時だと思った次第だ。

 

「それは覚えてるよ……。まったく、しょうがないなぁ……。よし! 写真どんとこい!」

 

 一度は逃げ出しかけた夏海も、観念してその場に踏みとどまる。

 

 こうして、にわかに撮影会が始まった。

 

 

 

 

「はいはい、二人とも、そこに立ってね!」

 

「もっと身体を寄せあうん!」

 

「こ、こうかな……」

 

「ちょっと近すぎない……?」

 

「うんうん、そのままそのまま♪」

 

「こうして見ると、なんかドキドキしてきますね……」

 

「よっくん、見た目は悪くないんだし、普段からちゃんとしてればねぇ……」

 

 蛍が、二人の様子に頬を染めながらつぶやく。その言葉に小鞠がぼやくように相槌を打つ。

 

「えっ? 今、オレのことカッコいいって言った? 小鞠ちゃん?」

 

「そこまでは言ってない! 調子乗んな!」

 

 小鞠の言葉を聞き逃さなかったよしおは即座に食いつき、しっかりツッコミを食らった。

 

「ほらほら、よそ見しないの! 目移りしたから、なっちゃん拗ねてるよ?」

 

「……別に拗ねてないから!」

 

「そうだった、ごめんごめん。今はなっちゃんが一番だよ!」

 

 このみの指摘にハッとしたよしおは、慌てて姿勢と表情を正し、夏海に向き直る。

 

「うん……ありがと……」

 

 小さくうなずく夏海。その頬は、さっきよりも赤い。

 

「なんか浮気男みたいなセリフだけど、本人が納得してるみたいだし、別にいっか。とりあえず一枚いくよ!」

 

 

 ――カシャッ。

 

 シャッター音が部屋に響いた。

 

 

「あああ……、なんかやっちゃった……」

 

 夏海は両手で顔を覆う。

 まるで一線を越えてしまったかのような気分だ。

 

「なっちゃん、頼んでおいてなんだけど……大丈夫か?」

 

 よしおは少しだけ罪悪感を覚えながら声をかける。

 

 

「それじゃあ今度は……、そうねぇ、二人で向かい合って立ってみて♪」

 

「えっ!? まだ撮るの!?」

 

「折角の機会だし。一枚だけじゃ勿体ないじゃん」

 

 このみの追加オーダー。

 小鞠もすっかり乗り気で、カメラを構え直す。

 

「……しゃあない! こうなったら、とことんまでいこうか!」

 

「ええっ!?」

 

 よしおは覚悟を決めたように言うが、夏海は完全に翻弄されっぱなしだ。

 

「二人で手を繋いでみるとか、どうなん?」

 

 れんげの無邪気な一言が爆弾のように落ちる。

 

「ちょっと、れんちょん!?」

 

「いいなそれ! ナイスだ、れんげ! なっちゃん、毒を食らわば皿までってやつだ! ほら、やろう!」

 

「あ、うう、あああ……、だぁっ!!」

 

 限界だった。

 

 夏海は勢いよく廊下へ飛び出していく。よしおも含めた全員はその勢いに声も出なかった。

 

「結局、褒められすぎてもダメなんだね……」

 

 苦笑しながら、このみがつぶやく。

 

 

 その日、彼女が部屋から出てきたのは夕飯の時間になってからだった。

 

 

 

 

 

 ――写真は後日、現像されてそれぞれに手渡される。

 

 写っていたのは、真っ赤な顔でぎこちなく寄り添う二人。

 

「うわ、なんか恥ずっ……」

 

「とりあえず封印だな……」

 

 写真はそれぞれの引き出しにしまわれた。

 けれど――時々思い出したように取り出されることになる。

*1
現在の一万円札は渋沢栄一だが、未だに福沢諭吉のイメージの方が強いのは何故だろうか。

*2
剣道や相撲などで試合前に行う姿勢の事




夏海の服装は、個人的な好みで、アニメではなく、原作準拠にしています。

テスト回の「なんでも言うことを聞かせる権利」
使いどころを迷っているうちに、うっかりラストエリクサー化しそうだったので、ここで切りました。
よっくんが本気を出せば押し切れたのかもしれませんが、彼にそこまで踏み込む勇気は、まだないようです。
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