のんのんびより ― ある田舎男子の日常 ― 【ばけーしょん編更新中】   作:NIZI

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アニメ二期・第十一話にあたるお話です。

前話のあとがきで「次回はアニメ二期最終話」と言ったな。あれは嘘だ。

すいません、最終話を綺麗に納めるため、ここである程度伏線を回収しておく必要が出てしまいました。

アニメ十一話といっても、場面的には最終盤で、ほぼオリジナルの内容です。


第14話 甘酒をのんだ

 新年が明けてしばらくした、冬のある日。

 今日は宮内家の庭で、毎年恒例の餅つきが行われることになっていた。

 

 吐く息が白くなるような冷たい空気の中、オレは石臼と杵を抱えて庭に運び出す。冬の朝は空気が澄んでいて、遠くの山の輪郭までくっきり見えた。

 

「この辺りで良いかな?」

 

 石臼を地面に下ろしながら声をかけると、縁側の方から先生が振り向いた。

 

「ありがとう。まだ餅米蒸しあがってないから、ちょっと待っててな」

 

 そう言って、のんびりした調子で笑う。

 

 庭の隅では、卓がかまどの前にしゃがみ込んでいた。

 餅米の入った釜が乗った竃の火を、火吹き棒でふうふうと吹きながら火加減を調整している。乾いた薪がぱちぱちと音を立て、煙がゆらゆらと冬空に昇っていく。

 

 その少し離れたところでは、越谷姉妹が飯台を置くためのテーブルを広げていた。

 

「このちゃんとひか姉は何してるんだろ?」

 

 なっちゃんが何気なく言うと、小鞠ちゃんが手を止めて答える。

 

「甘酒を温めて持ってきてくれるみたいだよ」

 

 体が冷える冬の作業には、暖かくて甘い物が一番ありがたい。

 

 ……けど。

 

「姉ちゃん達、遅いな。ちょっと様子見てくる」

 

 オレは宮内家の玄関の方へ向かった。

 

 戸を開けると、外とは違う家の中のぬくもりがふわっと頬に当たる。

 台所の方からは、鍋のふつふつとした音と、ほんのり甘い酒粕の匂いが漂ってきていた。

 

 姉ちゃんとひか姉がいるはずの場所だ。

 

 ……まあ、ちょっと覗くだけのつもりだったんだけど。

 

 台所に近づいたとき、ふと二人の会話が耳に入った。

 

 

「ごめんね、よっくんの試験の時は、迷惑かけちゃうと思う」

 

 思わず、足が止まる。

 

 あれ? オレの名前が出てる。思わず気づかれないように、そっと廊下の陰に身を寄せた。

 

 ……ほんの少しだけ。

 ほんの少しだけ、聞いてから戻ればいいだろう。

 

 

「家に泊まりたいんだっけ? まぁ、宿代もバカにならないからな。春風(はるか)……、同居人の都合次第だけど、多分駄目だとは言わないと思う」

 

「ありがとう、助かるよ……、私達、東京(そっち)の事、何も知らないから」

 

 そうか、オレの試験の時の宿の事か……、ここから東京まで片道で六時間くらいかかるみたいだから、試験日前日に現地入りした方が良いって話になったんだよな……。

 

 どうしよう……、なんか入るタイミングを逃したな。心なしか、空気が重たい感じがするし……。

 

「どうした? なんか悩み事でもあるん?」

 

 ひか姉もそれを感じとったのか、姉ちゃんに尋ねた。すると姉ちゃんは意を決した様子で深呼吸して

 

「今だから言うね。……私……実はひかげちゃんの事、少し恨んでたの……」

 

「えっ……、マジで……?」

 

 ひか姉は驚いた様子で姉ちゃんを凝視してる。これ、あれかな? 少し前、姉ちゃんが体調崩した時に、ひか姉に妬いちゃう。みたいな事言ってたけど、それに関係ある話か? 

 

「ごめんごめん、冗談だよ♪」

 

「なんだ……、あんまタチの悪い冗談言うなって」

 

「本当は……、すごく恨んでた……」

 

「っ……!」

 

 ひか姉は完全に沈黙、オレもびっくりだ。どうしよう、何か事件とか起きちゃうのか? 

 とりあえず二人に気づかれないように身を隠して……、あ、ひか姉と目が合っちゃった。

 

 なんか、オレを見ながら表情と身体を忙しなく動かしてる。声を出さず、無言のまま……、なんだろう? オレに何を伝えたいんだ?

 

「どうしたの? ひかげちゃん」

 

「えっ!? いや、なんでも……、ところでその……、これから何がはじまるんです?」

 

「どうしたの? 急に敬語になっちゃって」

 

 ここからだと姉ちゃんの表情は見えないけど、さっきの言葉とは裏腹に声色は穏やかだな。とりあえず今から事件が起こるような感じではなさそうだ。

 ……いや、姉ちゃんの事だし、相手を油断させてから一気に。みたいな事も考えられるな。やっぱり注意して見てよう。

 

 ひか姉は相変わらずオレを睨むように見てる。

 なんだ? オレになんとかして欲しいのか?

 それ無理だから、諦めて欲しい。それよりも、こっちばっか見ていたら、

 

「何? さっきから向こうの方ばっか見て、……なにしてるの? よっくん」

 

 姉ちゃんにバレる。と思ったけど、秒でバレた……。姉ちゃんが後ろを振り返って、こっちを見てくる。

 

 

「あ、どうぞどうぞ……、オレは、いないものだと思って、後は若い者同士で続けて、ね♪」

 

 とぼけてみたけど、どうやら逃げられそうにないな。その証拠に二人ともオレの方から視線を反らさないし。

 

 

「オイ! 盗み聞きしておいて逃げられると思うなよ! ……ってか、ずっと助けを求めてたのに無視しやがったな!」

 

「え? いや、オレに何が出来るのさ!? 精々一部始終を見逃さないように、じっとしてるくらいしか出来ないって!」

 

 

「えっと……」

 

 

「それじゃあ私が犠牲になっちまうだろ! 助けろよ!」

 

「やめてよね! 姉ちゃんが本気になったら、オレが勝てるわけないだろ!」

 

「そこは、何とかして勝てよ! 男としてよぉ!」

 

 

「その……」

 

 

「男である前に弟ですから! 姉ちゃんに勝てるわけないって!」

 

「やる前から諦めんなよ! 勝てるかもしれないだろ!!」

 

「"かも"で命懸けられるか!!」

 

 

「二人とも……」

 

 

「ひか姉こそ! こういう時こそ、無敵の東京パワーで何とかしてくださいよぉ!」

 

「それこそ何が出来んだよ! 東京はそこまで便利じゃねえよ!」

 

「なんだよ! 言うほど凄くないのか!? 東京って!?」

 

「なんだと! お前は全然東京の凄さを分かってないようだな! 上等だ、今からお前に東京って物を一から――」

 

 

二人とも、とりあえず黙ろうか?

 

 

「「……ハイ……」」

 

 笑顔なのに凄く怖かった。

 

 

 

 姉ちゃんは、少しだけ困ったように笑ってから、ゆっくり口を開いた。

 

「……去年の春くらいかな。よっくんが急に“東京の高校に行きたい”って言い出したでしょ?」

 

「……あー、うん」

 

「最初はさ、正直どうせ三日坊主になるだろうなーって思ってたんだよね。なにせ、よっくんだし?」

 

「おい」

 

「まぁ……分からんでもない」

 

「ひか姉まで……」

 

「でしょ? でもさ」

 

 姉ちゃんは少し視線を落とした。

 

「全然止めないんだよね。テスト期間になっても、ずっと勉強してるし、お父さん達にも"本気で東京へ行きたい"って直談判して……」

 

「…………」

 

「成長したなーって、普通は喜ぶところなんだけどさ」

 

 少しだけ間を置いて。

 

「なんか、変にモヤモヤしちゃって」

 

「……なんでだ?」

 

 ひか姉が静かに尋ねる。

 

「多分だけどさ」

 

 姉ちゃんは、ひか姉をちらっと見た。

 

「"誰かさん"の後ろを追ってるんじゃないかって思っちゃったんだよね……」

 

「……あー……」

 

 ひか姉が微妙な顔をする。

 

「まぁ、否定は出来ねえかも」

 

「でしょ?」

 

 姉ちゃんは苦笑した。

 

「別に悪いことじゃないんだよ? むしろ立派だと思う」

 

「…………」

 

「でもさー」

 

 少しだけ、声が小さくなる。

 

「なんかこう……昔から、よっくんってさ」

 

 ちらっとオレを見る。

 

「私より、ひかげちゃんの方に懐いてたフシがあったじゃん?」

 

 ひか姉が目を丸くする。

 

「え、いや、だってそれは、比べるような物じゃないと思う……」

 

「あるよ。」

 

 オレは思わず目を逸らした。

 

「……少なくとも、あの時の私はさ」

 

 姉ちゃんは少し笑った。

 

「よっくんを取られたって思っちゃったんだよね」

 

 少し間が空く。

 

「ひかげちゃんも、よっくんも悪くないのにさ」

 

 姉ちゃんは視線を落とす。

 

「……ほんと、面倒くさいよね。私」

 

 苦笑する姉ちゃんに対して、ひか姉は少し考えてから、ぽつりと言う。

 

「……それで、あの時の喧嘩か。なんか繋がったような……」

 

「うん」

 

 姉ちゃんは頷いた。

 

「あの時は……体調崩してたしさ」

 

 そう言って、姉ちゃんは湯気の立つ鍋をぼんやり見つめた。

 

「色々溜まってたんだよね」

 

 ひか姉が少し顔をしかめる。

 

「……“私の弟になればいい”ってやつか?」

 

「そう、それ」

 

 姉ちゃんは頭を掻いた。

 

「今思うと、最低だよね」

 

「いや……まぁ……びっくりはしたが……」

 

 ひか姉は少し困った顔をした。

 

 姉ちゃんは、ふっと息を吐いた。

 

「よっくんとは、その後ちゃんと話して、一応和解はしたんだけどさ」

 

「うん」

 

「でもさー」

 

 少しだけ笑う。

 

「当人が昔の事何も覚えてないと、こっちの感情も行き場がなくなるんだよね」

 

「……あー……」

 

 ひか姉が納得したように頷く。

 

「だからまぁ」

 

 このみ姉ちゃんは肩をすくめた。

 

「せっかく顔合わせたし、ちょっと吐き出したかっただけ」

 

 ひか姉を見る。

 

「本当に、ひかげちゃんも、よっくんも、何も悪くないよ」

 

 少しだけ、優しく笑う。

 

「ただの私の、ちょっと面倒くさい嫉妬だから」

 

 その場に沈黙が支配する。

 

「……ま、今さら弟取り返そうって訳でもないし、そんな年でもないから♪」

 

 姉ちゃんは、そう自嘲するけど、重苦しい空気は晴れない。

 なんて答えたら良いんだ……。とりあえず、姉ちゃんに聞こえないようにひか姉と相談だ。

 

 

「ひか姉、なんとかしてくれ!」

 

「えっ? なんとかって、何も出来んだろ……。このみも別に、私達の返事が聞きたいとかじゃないんだから、黙ってればいいじゃんか……」

 

「この後どんな顔で姉ちゃんと接したら良いんだよ……、頼むよ……」

 

「ったく、本当に面倒くせぇ姉弟だな! お前らは……」

 

 オレ達の会話が聞こえていたのか、姉ちゃんも苦笑いで答える。

 

「二人とも、なんかゴメンね。今の話。無しで良いかな?」

 

 その言葉に、ひか姉は少しだけ頭を掻いた。

 

「……そこまで言っておいて、それで片付けられるのも、なんかムカつくな……分かった。おい、よしお。あの日の事を言ってやるが、良いな?」

 

「あの日って?」

 

「お前が忘れたって言ってる、家出した日の会話の一部だ。なんかこっちも振り回されてムカついたから暴露してやる」

 

「……嫌な予感がするから、やっぱ無しで……」

 

「それは無しだ。よく聞いとけ!」

 

 

―――――――――――八年前の事

 

 

『姉ちゃんに、ひか姉の弟になればいいって言われた……』

 

『それは酷いな……』

 

『けど、よく考えたら、それも良いかも!』

 

『何!? 私の弟になりたいのか!?』

 

『そうじゃなくてさ、姉ちゃんの弟じゃ無くなるって事は、姉ちゃんと結婚できるって事じゃん!

 

 

――――――――――――

 

 

「――ってあの時、よしおは言ってたな。……聞いてたか? ブラコンにシスコン」

 

 

 

「ああああああああ…………」

 

 もはや頭を抱えるしかない。

 

「……もうっ! ほんっとに、この子は……」

 

 姉ちゃんは顔を赤くしながら、一言。

 

「……それ、少し考えてみる?」

 

 一瞬沈黙。

 

「……いや何言ってんだよ!? ないから!!」

 

「とか言いつつお前、今ちょっと考えただろ?」

 

「考えるかぁ!!」

 

 ひか姉までオレをからかいだした。最悪だ。

 

 こういう事があるから、あの時も思い出したくなかったんだよ……。過去を振り返る時って、毎回オレの心にダメージを入れなきゃいけない決まりでもあんのか!

 

 

「確かに雰囲気変えてくれとは頼んだけどさ! わざわざオレの古傷抉んなよ!」

 

「覚えてないお前が悪いんだろ! あの時、お前が家出した罪を私に押し付けた仕返しだ!」

 

「いや、母さん達にちゃんと説明したんだよ! ひか姉に遊ぼうって言われたって!」

 

「帰りづらいなら帰りたくなるまで遊ぼうって言っただけだろ、私は! 言葉が足りねぇんだよ! おかげでおばさん達から、私がお前を連れだしたみたいに思われたじゃねぇか!」

 

「いいじゃんか少しくらい! ケチケチすんなよ!」

 

「やっぱお前、私を舐めてんな!」

 

 

「ええっと、二人とも、私が言うのもなんだけど、そろそろ……」

 

 

 

 

「甘酒はまだか?」

 

 低い声が背後から落ちてきた。

 

「あ、ごめん、すぐ行く」

 

 姉ちゃんが返事をした方向に振り向くと、いつの間にか楓ちゃんが立っていた。

 

「楓ちゃん……、その……、えっと……、まさかとは思うけど、今の話聞いてたんじゃ……?」

 

 

「大丈夫だ。聞かなかったことにしてやる」

 

「やっぱ聞いてたんじゃないか! やだー!」

 

「そりゃ、あんな大声で叫んでたらなぁ」

 

「頼む! みんなには黙っててくれ! このままじゃオレは実の姉に求婚する重度のシスコン野郎になっちゃう!」

 

「……お前がシスコンなのは、みんな分かってるから安心しろ」

 

 余計安心できなくなった! ちくせう!

 

 

 

 

「ほーい、甘酒どうぞー」

 

「アツアツだよー」

 

 この後、三人で全員分の甘酒を運んで、みんなでそれを味わった。

 

「甘ーい! おいしーい!」

 

 蛍ちゃんが嬉しそうに声を上げる。かわいい。

 

 

 餅米も炊き上がって、いよいよ餅つきが始まる。

 

「よーし、最初はウチが行くぞー!」

 

 なっちゃんが杵を持ち上げると、周りからわいわいと声が上がる。

 楓ちゃんは「つきたては砂糖醤油だろ!」と得意げになり、れんげはその側で「早く食べるん!」と楽しそうにぴょんぴょん跳ねてる。

 

 いつもの、にぎやかな冬の景色だ。

 

 ――ドン。

 

 杵が石臼に落ちる重たい音が、庭に響いた。

 

 その様子を見ながら、オレはふと隣を見た。

 

 姉ちゃんは、さっきまでの話なんてもう忘れたみたいに、普通の顔で笑っている。

 ひか姉と何か話しながら、甘酒を飲んでいた。

 

 

「でもさー、ひかげちゃん」

 

「ん?」

 

「よっくんって私よりひかげちゃんに懐いてるよね」

 

「それまだ気にしてんの!?」

 

 

 ……ほんと、さっきの空気は何だったんだ。

 

 でもまあ。

 

 姉ちゃんが笑ってるなら、それでいいか。

 

 杵の音が、また庭に響く。

 

 冬の空はよく晴れていて、吐く息は相変わらず白かった。

 

 さっきまでの話も、なんだか遠い出来事みたいに思える。

 

 ……まぁ、今日は姉ちゃんの顔、あんまり見ないようにしとこう。

 

 こうして宮内家の餅つきは、いつもの調子で、ゆっくりと始まっていった。




今回のお話は、甘酒を持ってきてくれるこのみちゃんとひか姉の姿を見て、会話が広がっていきました。
次回、今度こそ、アニメ二期の最終回。になるといいなぁ……。
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