のんのんびより ― ある田舎男子の日常 ― 【ばけーしょん編更新中】   作:NIZI

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お待たせしました。
『ある田舎少年の日常。りぴーと編』最終話です。

これまでの話を振り返りながら、読んでいただけたら嬉しいです。
最後まで、どうぞお楽しみください。


第16話 桜の木の下で思い出を作った

 タケノコ採りの翌日。

 山奥にある秘密基地へ、オレ達はいつもの顔ぶれで集まっていた。

 

 踏みしめる土の感触や、木々の隙間からこぼれる柔らかな光が、どこか懐かしい。

 

 夏休みの中頃、ひか姉とここに来た日のことが、ふと脳裏をよぎる。蛍ちゃんの写真を探すため、バス会社まで長い道のりをみんなで歩いた、あの一日だ。

 あの時と同じ場所なのに、季節が違うだけで、こうも空気が変わるものかと少し不思議に思う。

 

「ここに置いておくん」

 

 れんげが古びた棚にひょいと足をかけ、小鞠ちゃんが家から持ってきたらしき古いドールハウスの脇へ、昨日学校から持ち帰った命名“伝説の剣”(木の棒)を、丁寧に立てかけた。

 

「封印完了って所か?」

 

 軽く声をかけると、れんげは満足そうに頷く。こうして秘密基地は、またひとつ“それらしく”なった。

 

 

 

 しばらくして、小鞠ちゃんが周囲を見渡しながら口を開く。

 

「ねぇ、何して遊ぶ?」

 

「昼寝」

 

 即答したなっちゃんに、小鞠ちゃんが呆れたように眉を寄せる。

 

「それ、遊びじゃないじゃん……」

 

「ゴロ寝」

 

「同じでしょ」

 

 そんなやり取りをしながら、なっちゃんは小さく欠伸をひとつ。簡易ベンチに腰かけている蛍ちゃんの隣へ行くと、そのまま自分の肘と頭を預けて、ぐったりと体重を乗せた。

 

 昨日、あまり眠れなかったのかもしれない。

 

「じゃあ、"ひなたぼっこ"しませんか?」

 

 蛍ちゃんが、そんな様子のなっちゃんを思いやったのか、柔らかく提案した。

 

 その一言で、なんとなく全員の行き先が決まる。オレ達は連れ立って、毎年夏になると飛び込んで遊ぶ、あの川へ向かった。

 

 

 

 橋の上に腰を下ろすと、春の日差しがじんわりと体を温めてくる。水面は穏やかにきらめき、時折、虫の羽音が風に混じって耳に届いた。

 

 今年の夏、蛍ちゃんが勇気を出して川へ飛び込んだことを思い出す。

 

 飛び込んだ瞬間を撮った写真を東京の友達に送って、「すごい」と褒められたと嬉しそうに話していた姿が印象に残っている。

 

 あの時の蛍ちゃんの笑顔を思い出すと、こっちまで少し誇らしい気分になった。

 

「ポカポカして気持ちいい」

 

 小鞠ちゃんが目を細める。

 

「光合成なん」

 

 れんげが、いつもの調子でぽつりと言う。

 

「こういう時間も悪くないな」

 

 思わず本音が漏れると、隣でなっちゃんがふと顔を上げた。

 

「ところでさ、"ひなたぼっこ"の"ぼっこ"って何の事かな?」

 

「なんでしょう? "ほっこり"が訛ったんでしょうかね?」

 

 蛍ちゃんが首をかしげる。

 

 

 少し考えたふりをしてから、オレは口を開いた。

 

 

ひなたで敵を"ボッコボコ"にする所から来たらしいよ

 

 

 その場の空気が一瞬だけ止まる。

 

 

 小鞠ちゃんとれんげが、ぱちぱちと目を瞬かせながらこちらを見てきた。その反応が面白くて、つい調子に乗る。

 

「昔の侍が、ボコって倒した敵が太陽光に照らされる所を見て、こう呼んだんだ」

 

 わざとらしく決めポーズをとりながら、

 

 

"ひなた"、"ボッコ"って……!

 

 

 と締めてみせる。

 

 

「えっと……」

 

 蛍ちゃんが困ったように笑い、

 

「それ、絶対違うと思う……」

 

 なっちゃんが即座にツッコミを入れる。

 

 まあ、当然の反応だ。

 

「今思いついたからね。本当の由来は、オレも分からん」

 

 あっさりネタばらしをすると、

 

「え!? 違うの!?」

 

「んなー!? 嘘は駄目なん!」

 

 案の定、小鞠ちゃんとれんげが大きく反応した。

 

「ごめんごめん、れんげはともかく、まさか小鞠ちゃんまで信じるとは思わなかったよ」

 

 そう言うと、小鞠ちゃんは少しむっとした顔を見せる。

 

 こういうところ、やっぱり反応がいい。だから姉ちゃんも、ついからかいたくなるんだろうなと妙に納得する。同じようにからかわれている身としては、複雑だけど……。

 

 そんなやり取りの後も、特別なことは何もせず、ただ並んで座り、春の陽だまりに身を委ねる。

 

 川のせせらぎと、風に揺れる草の音。誰かが小さく欠伸をする気配。

 

 それだけで、十分だった。

 

 ゆっくりと、穏やかな時間が流れていく。

 

 

 ――そして、明日は。

 

 いよいよ、待ちに待ったお花見だ。

 

 

 

 

 花見当日。

 オレは弁当を作ってから行くと伝えていたので、みんなとは別行動になった。

 

 雪子おばさんが、先日採れたタケノコを使った料理と桜餅を用意してくれるらしい。だからオレは、それと被らないように、姉ちゃんと一緒にサンドイッチを作って持っていくことにした。

 

 本当はそのまま姉ちゃんと一緒に出るつもりだったけど、「少し準備があるから先に行ってて」と言われてしまった。

 その結果――

 

 一人でサンドイッチの入ったバスケットを抱えながら、バスに揺られることになった。

 

 窓の外に流れていく春の景色をぼんやり眺めながら、なんとも言えない寂しさを感じる。まあ、後でみんな集まるんだし、一人の時間があってもいいか、と自分を納得させて目的地へ向かった。

 

 

 

 バスを降り、山道を登る。

 みんなが待っている山頂の大きな桜の木へ向かう途中――中腹あたりで、ふと足が止まった。

 

 

 小さな桜の木の下に、ひか姉がぽつんと立っていた。

 

 

 その姿を見た瞬間、三年前の記憶が蘇る。

 

 思わず腹を押さえてしまった。

 

「……よしおか、どうした? お腹でも痛いのか?」

 

「三年前に、誰かさんから、キツイのを貰った時の事を思い出してね……」

 

 あの時の一撃は、今思い出しても洒落にならない威力だった。

 

「……悪かったよ、あの時はこっちも一杯一杯だったからな。誰かさんが、いきなり訳の分からない事を言い出したおかげでな」

 

 ひか姉が少しだけ気まずそうに視線を逸らす。

 

「……はて? 誰が、何を言ったのかな?」

 

 とりあえずとぼけてみるが――

 

「お前が白昼堂々す、"好きだ"とか言った事だ!」

 

 言っちまったよ……せっかく濁したのに……。

 

「よりによって、このみ達が見てる前で言い出しやがって……、あの後、夏海から揶揄われるわ、小鞠から根掘り葉掘り聞かれるわ、このみから無言で睨まれるわで、大変だったんだぞ!」

 

 ひか姉は一気にまくし立ててから、大きく息を吐いた。

 当時のことを思い出しているのか、顔がほんのり赤い。

 

 ……そういえば、オレはその直後に腹パンで沈んだんだったな。

 だからその後の惨状は、ほとんど知らない。

 

「今思えば、もっとボッコボコにしてやるべきだったと後悔してるわ……」

 

「それ以上はいけない! 死んでしまいます!」

 

 あれ以上とか本気で命にかかわる。保健室じゃ済まなくなるわ!

 

「まぁ、今、それはどうでも良いんだ……。どうでも良くはないが、えっと……」

 

 ひか姉は一度だけ、言いかけてやめるように口を閉じた。

 

 何かを確かめるように、指先がわずかに揺れる。

 

 それでも――小さく息を吸って、決めたようにこちらを見た。

 

「誰も見てないな、丁度いい。おい、こっち来い」

 

「どしたの? ひか姉?」

 

 ひか姉は周囲を見回してからこちらへ手招きをする。

 

 風の音に混じって、どこかで小さく枝が鳴った気がした。

 

 何気なく近づいた、その瞬間――

 

 

 

 ――チュッ

 

 

 

「えっ?」

 

 頬に、柔らかくて温かい感触が触れた。

 

 一瞬、何が起きたのか理解できなかった。

 

 

 

「合格祝いだ」

 

 そう言った声は、いつもより少しだけ早口だった。

 

 目も、こちらをまっすぐ見ようとしていない。

 

「…………はっ!?」

 

 遅れて思考が再起動する。

 目の前を見ると、ひか姉は耳まで真っ赤になっていた。

 

「ひか姉、今の……?」

 

「その、なんだ、一年前、私が東京に行く日に、お前、欲しがっていたろ。だから今やった」

 

 確かに、あの時そんな事を言った気がしないでもない。

 

「…………」

 

「言っとくが、これ以上はする気ねえぞ! 今はな!」

 

「…………」

 

「まあ、なんだ……、この一年よく頑張ったな。ハッキリ言って見直したよ……」

 

 照れ隠しのように視線を逸らしながら、それでもちゃんと伝えてくる。

 

 ……これは、ずるい。

 

「…………」

 

「なんか、言えよ!!」

 

「えっ、いや、その、ええっと……」

 

 頭が追いつかない。

 でも何か返事しないと――

 

 

「……今はする気ないって事は、ここから先は今夜、家のベッドでって事で良いのかな?」

 

「……早ぇよ! 段階踏めよ! いろいろ台無しだよ! てめぇ!!」

 

 即座にツッコミが飛んできた。

 ……うん、いつものひか姉だ。

 

「ひか姉が、何か言えって言ったんじゃないか! オレに情緒とか求めんなよ! 小出しにすんなよ! 全部寄越せよ!」

 

「お前、本当にそういうとこだぞ……、あーあ、見直して損した! このみも心配するわけだ」

 

「それは言い過ぎだろ! えっと……東京で何かあったら助けて下さい! お願いします!」

 

 冗談半分、本音半分。

 これからの生活に不安がないわけじゃない。

 

「お前な……、これじゃあ、ずっと悩んでた私がバカみたいじゃんか……」

 

 ため息をつきながらも、その声はどこか柔らかかった。

 

 

 ――その時。

 

「あれ? 二人とも、こんな所で何してるの?」

 

 振り返ると、姉ちゃんがこちらに歩いてきていた。

 

「このみか、いや、少しくだらない話をな……」

 

「姉ちゃん……、なんか随分とオシャレな格好をしてきたじゃん……。どうしたの?」

 

 白のミニスカートに黒のニーソックス。春の空気に映える、いかにも“お出かけ”という格好だ。

 

 思わず見とれてしまう。特に太もも辺りを……。

 

「よっくん、足見すぎ……。私だから良いけど、他の娘にそれやったら一発で不審者だよ……」

 

「不審者とはなんだ!? 姉ちゃんがそんな短いスカート履いてるのが悪いんだろ……」

 

「別にいいじゃない。今日はお花見なんだから♪」

 

 くるりと一回転してみせる姉ちゃん。

 やっぱり、ちょっと楽しそうだ。

 

「もしかしてとは思うけど、卓に見せる為じゃないだろうな……」

 

「おや、嫉妬してるの? よっくん♪」

 

「べ、別に? まぁ、姉ちゃんが何着ようと自由だったな。悪かったよ……」

 

 視線を逸らす。

 ……なんか、少しだけ面白くない。

 

「拗ねない拗ねない♪」

 

「……結局よしおはシスコンか。ここまで分かりやすいと、むしろ安心するわ」

 

 ひか姉が呆れたように呟く。

 なんか目が生暖かいのは気のせいじゃないと思う。

 

 

 

 

「そうだ! よっくんに、これを渡そうと思ってたんだ。はい!」

 

「そ、それは……! まさか……!」

 

 差し出されたのは、ライトブルーの携帯電話だった。

 

「お、すげぇな。新品じゃん」

 

 ひか姉もオレの携帯電話を興味津々に眺める。

 

 

 ついに、オレも携帯持ちか――。

 

「これで東京に行っても、いつでも連絡を取り合えるね♪」

 

「確かに! ありがとう姉ちゃん! ええっと、ちょっといじっても良い?」

 

「もちろん! もうよっくんの物だから♪」

 

 胸が高鳴る。

 指先が少し震えるのを感じながら、操作を始めた。

 

「えへへ……、なんかオレも高校生になるんだって実感させられるぅ♪ ええっと写真とかは、ここで撮れるのかな……?」

 

 夢中になってボタンを触っていると、データフォルダに何か入っていることに気づく。

 

 なんだこれ――と思って開いた瞬間。

 

 

「!!!!!」

 

 

 思考が止まった。

 

 

 そこに映っていたのは――

 

 

 さっきの、あの瞬間。

 

 桜の下で、ひか姉がオレに口づけをする場面。

 

 

「姉ちゃん!? これ、どういうこと!?」

 

「おや? もう見つけるとは、よっくんやるねぇ♪」

 

「やるねぇじゃねぇよ! どういうことだよこれ!?」

 

 どうやら撮られていたらしい。しかもご丁寧に拡大されてバッチリと。

 

 オレには覗き見を咎めておいて、自分はもっとえげつない事すんなや……。

 

「嫌だった? だったらすぐに消してあげるけど?」

 

「嫌じゃありません、家宝にします! なんならトップ画面にしたいです! 設定方法教えて下さい!!」

 

「それはやめた方が良いかな? 万が一ひかげちゃんにバレたら消されちゃうだろうし」

 

 た、確かに……、危なかった、そんな勿体ない事出来ないな……。それに、もし誰かに見られでもしたら、絶対恥ずかしい事になるし、やめておこう。

 

 

「二人とも、何こそこそしてんの? なんかあった?」

 

 ひか姉が怪しそうに覗き込んでくる。

 

「な、なんでもない……! なにもなかったぞ……!」

 

 写真だけはバレない様に、手で隠しながら、慌てて話を切り上げた。

 

 

 

「おやおや、三人共お揃いで」

 

「なんだ、お前らこんな所で何してんだ?」

 

 そんな話の途中、後ろから足音と声が近づいてきた。

 

 振り向くと、先生と楓ちゃんが山道を登ってきていた。楓ちゃんはお菓子の入った袋を抱え、先生は大きな買い物袋を提げている。

 

「あ、駄菓子屋、ちーっす!」

 

「かずちゃんもこんにちは、今日はよろしくね!」

 

「それじゃあ、みんな待ってるだろうし、山頂に向かいますか!」

 

 軽い挨拶も終わると自然と足並みが揃う。

 

 このまま合流したオレ達は、山頂の大桜――みんなが待つ場所へと歩き出した。

 

 胸の奥に、さっきの感触を残したまま。

 

 

 

 

 山頂の大桜のもとに辿り着くと、すでにみんながシートを広げて待っていた。

 

 満開の花が空を覆い、風が吹くたびに花びらがひらひらと舞い落ちる。その光景は、どこか現実感が薄くて、少しだけ夢の中みたいだった。

 

「お、いたいた!」

 

 ひか姉が手を振る。

 

「みんな、お待たせ!」

 

 声を張ると、すぐに周囲が賑やかになる。

 

「サンドイッチ作ってきたよー」

 

 姉ちゃんがバスケットを掲げ、

 

「海苔巻きと焼きそばと玉子焼きも持ってきたよー」

 

 一穂先生がのんびりと続く。

 

「菓子も持ってきてやったぞ」

 

 楓ちゃんも袋をどさっと置いた。

 

「やった!」

 

「食べ物が一気に増えた!」

 

「ぱーちー! ぱーちー!」

 

 なっちゃん、小鞠ちゃん、れんげがそれぞれに声を上げる。その様子に、思わず笑みがこぼれた。

 

 食べ物の匂いと、春の風と、みんなの声。全部が混ざって、胸の奥がじんわりと温かくなる。

 

 

 

「それじゃあ食べる前にみんなで写真撮らない? よっくん、ほら、携帯出して」

 

「お、成程、いいなそれ!」

 

 姉ちゃんの提案に頷きながら、ポケットから携帯を取り出す。

 

「よっくん!? それ、よっくんの携帯!?」

 

「カッコいいのん!」

 

「いいないいなー……」

 

 一気に注目が集まる。

 

「ふふふ……、今はお花見だ。オレの携帯の話は、また後でな!」

 

 少しもったいぶってから、カメラを起動する。

 

 みんなが自然と集まり、桜を背に並んだ。

 

「それじゃあ、いくぞー!」

 

「はーい!」

 

「はい、笑って笑って! はい、せーの!」

 

 ――パシャッ

 

 小気味いいシャッター音が響く。

 

「よし、ありがとう、みんな!」

 

 画面の中には、満開の桜と、思いきり笑っているみんなの姿が収まっていた。

 

 

 

「私も撮ろうっと……」

 

 ひか姉もシートから距離をとり、自分のカメラを取り出す。

 

 

「じゃあ食べるかー」

 

「いただきまーす」

 

「ウチもいただきますん」

 

 一穂先生の一声で、自然と宴が始まった。

 

 

「みんな、こっち向いてー……」

 

 ひか姉がカメラを構えるが――

 

 

「お、筍のおむすび! 流石雪子おばさん! 美味そう!」

 

「私もいただきまーす♪」

 

「こっちに菓子おいとくぞ」

 

 すでに全員、食べ物に夢中だった。

 

 

「……おーい……」

 

 小さく抗議の声が上がる。

 

 

「ひかげ、みんなが食べてる所とれば良いんじゃないか?」

 

 楓ちゃんが助け舟を出す。

 

「ひか姉、後でさっき撮った写真送ってあげるからさ」

 

「よっくん、私にも送信お願いね」

 

「しゃあない、それでいいか……」

 

 しぶしぶといった様子で、ひか姉もカメラを下ろした。

 

「ひか姉、後で私にも撮らせて!」

 

「ウチもウチも! よっくん! よっくんの携帯で撮って良い!?」

 

「もちろん!」

 

「おっけー!」

 

 次々と声が飛び交う。

 

 食べて、笑って、撮って、また笑う。

 

 気づけば、場の空気はすっかり“いつも通り”の賑やかさに包まれていた。

 

 

 そんな中、ふと蛍ちゃんの様子が目に入る。

 

 優しい笑顔で桜とみんなを見渡すように

 

 その横顔は、どこかしみじみとしていて――

 

「蛍ちゃん?」

 

 声をかけると、ゆっくりとこちらを向いた。

 

「なんだか、すごく賑やかなお花見になりましたね」

 

「そうだな……」

 

 それだけしか言えなかった。

 

 でも、それで十分だった気がする。

 

 

 賑やかな声が、絶えず周りに響いている。

 

 桜の花びらが舞い、笑い声が重なり、時間がゆっくりと流れていく。

 

 その全部が、ちゃんとここにあって――

 

 

 気づけば、携帯の中のデータフォルダには、写真がどんどん増えていた。

 

 笑っている顔。食べている姿。ふざけている瞬間。

 

 どれもこれも、どうでもいいようで、でも絶対に忘れたくないものばかりだった。

 

 

 ――そして、思う。

 

 来年、同じ場所に同じようにいられるかは分からない。

 

 この何気ない一日が、きっと。

 

 これから先、何度も思い出す“特別な日”になるんだろうと。

 

 あの秘密基地に置いてきた“伝説の剣”みたいに、形に残るものもあれば、今みたいに、残しておかないと消えてしまうものもある。

 

 だからオレは、もう一度だけカメラを構えた。

 

 今、この瞬間を、ちゃんと残すために。

 

 未来の自分が、今日を思い出せるように。

 

 風が吹いて、桜の花びらが一枚、画面の中に紛れ込んだ。

 

 ――パシャッ。

 

 その音だけが、やけに長く、耳に残った。




ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

長かったようで、あっという間の時間でした。

変わらないように見える日常の中で、
少しずつ変わっていくもの。
それでも、変わらずそこにあるもの。

そんな時間を、この二期編では描いてきました。

よしおたちの過ごした日々が、
どんな風に見えたかは、読んでくださった皆さんに委ねたいと思います。

本当に、ありがとうございました。

もしよければ、これまでの話の中で
「このシーンが良かった」「このやりとりが好きだった」など、
ふと感じたことを教えていただけると今後の励みになります。
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