のんのんびより ― ある田舎男子の日常 ― 【ばけーしょん編更新中】 作:NIZI
沖縄旅行前の、ちょっとした準備回です。
無印版13話(OAD)の内容も取り入れています。
姉弟のやり取りや、いつも通り(?)の騒がしい日常をお楽しみください。
卓が福引で沖縄旅行を引き当てた日の午後。オレは自宅にて、姉ちゃんとのんびり過ごしていた。
窓の外では、夏の陽射しがじわじわと強さを増していて、風鈴の音が、やけにゆったりと時間を引き延ばしている。
――こんな何でもない一日が、特別に感じるのは、さっきの一件のせいだ。
「それにしても、すーくんは凄いね! まさか特賞を引き当てるなんて!」
「卓の奴。一生分の運、使っちまったんじゃないかな?」
「はー、沖縄楽しみ! 行ったら人生観変わるって話だし、みんなで行ったら一生の思い出になるね!」
「姉ちゃんも行けるようになって良かったな」
沖縄旅行。
その言葉だけで、まだ見ぬ景色とか、青すぎる海とか、よく分からない“非日常”が、ぼんやり頭に浮かぶ。
「ホテルは、まだ決まってないの?」
「確か、こっちで選べるんじゃないかな? 後で先生に聞いてみる」
「ありがとう」
……もっとも。
オレにとっては、その先に待つ非日常よりも――今まさに目の前で起こっているイベントの方がよっぽど問題なんだけどな。
「それはそうと、沖縄の海で着ようと思ってる水着だけど、よっくんはどっちが良いと思う?」
姉ちゃんは、先程から、白を基調としたワンピースタイプの水着と、青く縞々のビキニタイプの水着を持っていて、まだオレに意見を求めてくる。
……どうやら、福引の話で話題を逸らすのは失敗したらしい。
「別に深い意味はないよ。ただ単に、よっくんはどっちが良いのか、聞きたかっただけ♪」
そんな一言で、オレはいつの間にか、姉ちゃんの水着を選ぶ事になっていた。
……くそ、小鞠ちゃんがデパートで変な事を言うから、現実になっちまったじゃないか……! 後で文句を言ってやる……。
……落ち着けオレ。これはただの選択だ。
とりあえず、この灰色の脳細胞をフル回転させよう。
まずワンピースタイプ。――無難。実に無難。
全体的に落ち着いた印象で、安心感がある。
守りの布陣としては完璧だ。親御さんも安心設計。
次にビキニタイプ。
――夏。いやもう、概念としての“夏”がそこにある。
解放感。開放政策。南国条約締結。
……待て。今オレは何を分析している?
姉の水着だぞ? もっとこう……あるだろ、人としての距離感ってやつが。
だがしかし。
ここでワンピースを選べば――
「日和ったね〜」とか言われる未来が見える。
かといってビキニを選べば――
「へぇ、そういうのが好きなんだ♪」とニヤつかれる未来も見える。
……詰みでは?
どう転んでも負けイベントでは?
……いや、違う。まだだ。論理で押し切る。機能性。季節感。視覚バランス。
そういう“それっぽい理由”で固めれば――
「……こっち」
オレは青いビキニを指差した。
「お、そっちなんだ。理由は?」
「夏の日差しを考慮すると、開放的なデザインの方が“環境との親和性”が高い。あと色味的にも海とのコントラストが――」
「うんうん、つまり?」
「……夏っぽいから」
「最初からそう言えばいいのに♪」
……くそ、論理が一瞬で圧縮された。
「よっくんならこっちを選ぶと思ってたよ♪」
「だから違うって言ってんだろ!」
なんでこうなるんだ……。
真剣に考えたのに、結果だけ切り取られるの理不尽すぎだろ……。
「じゃあ今度はこっちとこっち。どっちが良いかな?」
そう言って姉ちゃんが出してきたのは、さっきの青いビキニと、さらに布面積の少ない赤いやつ。
……増えた。
勘弁してくれ……。
とはいえ、
「その二択だったら悩むまでもない。そっちの赤い方は行きすぎ。青い方一択だ」
「お、即決! これは意外。てっきり、散々悩んだ後に露出が多い方を選ぶと思ってたけど」
「単純に肌が見えすぎるのは、却って下品だ。オレはデザインのバランスも重視したいからな」
オレは全部見せるより、ちょっと隠れてる方がいいタイプだ。
「へぇ〜」
「……なんでオレ、こんな語ってんだろう?」
自分で言っててちょっと引いた。
「でもさっきはビキニを選んだよね?」
「だからそれは、夏との親和性がだな――」
「はいはい♪」
……もういい。何言っても無駄だこれ。
「なるほどねー、ありがとう。参考になったよ♪」
姉ちゃんは満足そうに頷いた。やっと終わったようだ。こちらも一安心。
……………………あれ?
「ちょっと待て!! なんでそんな際どい水着持ってんだよ!?」
「なんでって、買ったからに決まってんじゃん」
何当たり前のこと聞いてんの? みたいな表情すんなや!
「いやいや! 一体いつ、何のためにそれを買ったかを聞いてんだよ!」
「いやぁ、夏休みに入る前くらいに、今年の夏は少し攻めてみようかと思って、ついね♪」
「……まさかとは思うが、もう誰かに見せたのか?」
「おやおや♪ よっくんはどう思うかな?」
質問に質問で返すなよ……。
「まさか、卓の奴に……」
「今のところは、よっくんを除け者にしてまで、すーくんを誘う理由は無いかな?」
そうか、それは良かった……。危うく無二の親友を失う所だった。……いろんな意味で。
しかし卓じゃないなら、一体誰の為に…………。
まさか!? 高校に意中の男でもいるのか!?
確か、以前あかねさんが、姉ちゃんなら「彼氏いそうだよね……」って言ってた覚えがあるし……。
だとすると、毎朝朝練に行くのも、同じ部活のさわやかな高身長イケメンと、顔を合わせる為とかだったりするのか!?(偏見)
――この水着もそいつに見せる為に……。
「ううぅ…、うぐうぅ……、うぐおぉ……」
まるで脳が破壊されていく様だ……。とてもつらい。これ以上考えたくない。 しかし、考えるのをやめてしまっていいのか……?
「なんか凄くうなされてる……。ちょっと効きすぎたかな……?」
頭を抱えるオレを見て、姉ちゃんがくすっと笑う。
「大丈夫だよ。まだ一回も着てないから」
「……ほんとに?」
「ほんとほんと♪」
ぽんぽん、と軽く頭を撫でられる。
「だから元気出して、よっくん」
「……なら、いいや」
良かった。オレの知らない間にオトナになってる姉ちゃんはいなかったんだな……。安心した……。
翌日、宮内家にて
「ふーん、福引ねぇ……、私がいない間にそんな事があったんだ……」
腕を組み、いかにも興味無さ気に返事をするひかげ。
「ひか姉、世紀の瞬間に立ち会えなくて、残念だったな!」
「んな大袈裟な……」
よしおが大げさに肩をすくめてみせると、ひかげは呆れたように呟く。
どこか気の抜けた空気の中で、先日の出来事を報告する声がぽつぽつと続いた。
「沖縄! みんなで行くん!」
れんげがぱっと顔を輝かせる。その無邪気な声に、部屋の空気が一気に明るくなった。
「みんなって駄菓子屋も?」
「保護者役やるって事で、先輩に旅行費出して貰った!」
楓は胸を張って嬉しそうに答える。
「賞で四人分の旅費は出るから、全員で行っても実質半額だからね」
一穂がビールの入ったコップを揺らしながら、のんびりと補足した。
「もちろん! オレも姉ちゃんも行くぜ!」
得意気な表情のよしおに、ひかげはわずかに視線を逸らす。
「ふーん、本当にみんなで行くんだ……」
「ひか姉は沖縄行きたくないん? 海、すごく青いらしいのん!」
「別に行きたくないし……、向こうは今、めっちゃ暑いっしょ……」
「異国情緒溢れるって言うぜ! 行ったら人生観も変わるんだって!」
れんげの言葉にそっけなく返すひかげに対して、よしおも言葉を重ねる。
「人生観なら、もう東京で変えてきたし! 沖縄より断然東京だよ」
得意げに胸を張るひかげ。彼女は話を打ち切るように、ふと思い出したように言った。
「そうだ! 仏壇に東京土産の饅頭あるから、二人で食べて来なよ」
「お饅頭!? 食べるん!」
「じゃあ、オレもいただいて行こーっと!」
れんげとよしおは顔を見合わせ、すぐに廊下へ向かう。れんげはきちんと戸を閉め、その後ろ姿が消えた。
――その瞬間。
――ドンッ! ピシッ! パァンッ!
畳に叩きつけるような音とともに、ひかげの姿勢が一変する。
「沖縄行きたい沖縄行きたい! お願いします! お願いします! 連れてってください! 沖縄! おきなわ!! オキナワァァ!!!」
さっきまでの余裕はどこへやら。くつろいでいた体勢から一瞬で土下座へ移行し、全力で懇願していた。
「変わり身はやっ! 行きたいなら最初からそう言っとけ……」
「あいつらの前で土下座など出来るかぁ!!」
顔を上げたひかげの叫びは、どこまでも切実だった。妹と弟分の前では、どうしても格好をつけたいらしい。
「この土下座が、私の生涯最後の土下座だ! ここまでしてもダメか!?」
「いや、私金無いから……、先輩に頼め」
「あ、ビール無くなっちゃった……」
温度差のある返答に、一瞬固まるひかげ。
「ビールでございます!」
しかし次の瞬間には、俊敏な動きでビールを注ぎにかかっていた。
「ん、ありがと。でもビールつぐときは土下座は止めな……」
一穂は苦笑しながら受け取り、ひと口飲んでから、さらりと言った。
「ま、そう言うと思って、ひかげの分のチケットも取っておいたよ」
「っしゃああ!! ありがとう! ありがとうございます!!」
ひかげは勢いよく顔を上げ、全力の喜びを爆発させた。その姿に、一穂はほろ酔いのまま「おっけー」と軽く手を振るだけだった。
――そのとき。
すっと戸が開く。
戻ってきたのは、饅頭をもぐもぐと頬張る二人。
「もぐもぐ……、お饅頭、美味しいのん」
「もぐもぐ……、ひか姉、なにしとん?」
口いっぱいに甘味を詰め込みながら、よしおが首をかしげる。
ひかげは一瞬だけ固まり、そして何事もなかったかのように姿勢を整えた。
「ま……まぁ、チケット取っちゃったもんはしょうがないし、行ってやってもいいかなぁ?」
「仏壇の所まで、全部聞こえてたん」
「あ、言っちまった……」
ジト目をするれんげの一言が、静かに突き刺さる。
よしおが小声で呟いた、その直後。
「だったら聞くなぁ!!」
ひかげの叫びが、家中に響き渡った。
その日は、みんなで旅行に持っていくものを買うためにコンビニへ向かった。
今回は徒歩ではなく、一穂先生が車で送ってくれた。
以前、学校帰りにみんなで二時間以上歩いて辿り着いたときは、まさかの定休日。あのときの徒労感はいまだに忘れられない。
コンビニって言うから、年中無休で二十四時間営業してるものだとばかり思ってたのに――田舎ってやつは、ほんと……。
そんなことを思い出しながら店に入ると、
「うはっ……、いい匂い!」
なっちゃんが開口一番。揚げ物の香りにつられて足を運んでいく。オレもその後に続いた。
「チキンにポテトか……、家で作るってなると、油を沢山使うから大変なんだよなぁ……」
つい作る時の事を考えてしまうあたり、ちょっとだけ主婦じみている気もするが――それよりも目の前の誘惑だ。
「ちょっと二人とも! 旅行に必要な物を見に来たんでしょ……?」
レジ横のホットスナックに吸い寄せられるオレたちを、小鞠ちゃんが慌てて止めに入る。
……が。
「でもこの誘惑に負けちゃう……。よっくん、割り勘で!」
「おっけー! 店員さん、フライドチキンとポテト二つずつ!」
あっさりと陥落した。
「後、デザートにソフトクリーム二つ! オレの奢りだ!」
「お、よっくん太っ腹!」
日用品を買うつもりで、少し多めにお金を持ってきていたのが運の尽きだ。ついでにソフトクリームまで買ってしまう。
チキンもポテトも、ソフトクリームも、とても美味かった。
……なお、肝心の日用品は特に買わなかった。別に家にあるもので事足りそうだしな。
帰り道。
先生の車に揺られながら、直射日光の中を進む。蛍ちゃんの家の前で車が止まったとき、
「すみません! 少し取ってきたい物があるので、待ってもらっても良いでしょうか?」
蛍ちゃんが、どこか決意を秘めた顔でそう言った。
「ん? いいよー」
一穂先生が気のない調子で返す。
「小鞠先輩、少し待っててください」
名指しされた小鞠ちゃんは、少し怪訝そうな表情を浮かべていた。
しばらくして、蛍ちゃんが戻ってくる。
「お待たせしました! これ! 先輩にあげます!」
「どれどれ……、え? 水着?」
差し出されたものを見て、小鞠ちゃんが目を丸くする。
「ずっとタンスの奥に仕舞っていて、着ていなかった物です。先輩に受け取って欲しいと思って……」
「すごい! ありがとう蛍!」
その瞬間、小鞠ちゃんの顔がぱっと明るくなった。
そういえば、前にみんなで海へ行ったとき、新しい水着を買ってもらえなかったって、少し落ち込んでたっけ。
そのことを知っているからこそ、今の笑顔は余計に嬉しく感じる。
――こういうの、いいな。
誰にも聞こえないように、オレは心の中で呟いた。
そして、旅行前日。
ひぐらしが鳴く、夕方の時間帯。
オレは姉ちゃんと一緒に近所を散歩していた。昼の暑さが少しだけ和らいで、風が心地いい。
そんな中で、ぽつんと一人で歩いているれんげを見つけた。
「どうしたんだれんげ、何か悩み事か?」
なんとなく、いつもの様子と違う。
「沖縄行ったら、ウチ、変わってしまうのん? よっくん、沖縄に行ったら人生観変わるって言ってたん……」
ぽつりと零れた言葉に、オレは少しだけ考える。
ああ、そういうことか。
れんげなりに、“変わる”ってことが不安なんだろう。
それは――今まさに受験を控えてるオレにとっても、他人事じゃない気がした。
「大丈夫だって! ……多分、大丈夫……だよな、姉ちゃん……」
勢いで言ったものの、れんげに釣られて、こっちまで不安になってきた。オレは無意識の内に姉ちゃんに助けを求める。
「自信ないんだね……。変わらないから大丈夫だよ、れんげちゃん。東京に行ったひかげちゃんは、どこか変わった所あったかな?」
「確かに……」
「なにも変わってなかったのん……」
姉ちゃんの言葉に、オレたちは自然と顔を見合わせた。
――そして、同時に思い出す。
土下座してまで沖縄に行こうとしていた、ひか姉の姿を。
……うん。安心した。
やっぱりひか姉はすごい。反面教師的な意味で。
「れんげ、もう暗くなりそうだし、そろそろ帰ろうぜ」
「れんげちゃん家まで、一緒に行こう!」
「わかったん! でもその前に……」
れんげはそう言うと、その場に立ち止まって、ぐっと息を吸い込んだ。
そして――
「行ってくるのーん!」
山の方へ向かって、思いきり叫ぶ。
「ウチ、沖縄に行ってくるん! だからちょっとだけいないのん!」
その声は、夕焼けに染まった空へと広がっていく。
「でも、すぐに帰ってくるのーん!」
もう一度叫びきると、れんげはどこかすっきりした顔になった。
――なんか、いいな。
そんなことを思っていると、
「オレも、行ってくるぞー!!」
気づけば、オレも同じように叫んでいた。
自分でもよく分からない衝動だったけど、"変わるかもしれない不安"ごと、吐き出せた気がした。
隣で、姉ちゃんがくすっと笑っている。
そんな何気ない時間が、妙に心地よかった。
――そして。
あっという間に旅行当日を迎えることになる。
さりげなく名前だけ登場した、あかねちゃん。
基本的にサザエさん時空なので、よっくんとは既に面識はあるはずですが……その辺りは、のんすとっぷ編(アニメ第三期)で。
次回は出発回。空港から沖縄へ向かう道中の一幕。いよいよ沖縄編、本格スタートです。