のんのんびより ― ある田舎男子の日常 ― 【ばけーしょん編更新中】 作:NIZI
今回は一日目の終了までです。
よっくんの暴走は尚も続きます。
優しく見守ってあげて下さい(切実)
民宿のすぐ近くにある海水浴場は、夕方の柔らかな陽射しに包まれていた。
空はどこまでも高く、海は目が痛くなるほど澄んだ青をしている。足元の砂は白く細かく、踏みしめるたびにさらさらと音を立てた。
今現在。水着に着替えて、みんなでこのビーチに来ている。今日は、夕方まで、思いっきり沖縄の海を満喫する予定だ。
――そんな穏やかな景色の中で。
「ひっか姉ー!」
オレは、水着姿のひか姉を見て、一直線に駆け出した。
「させるかっ!」
「ぐほっ!」
綺麗な一本背負い。無駄のない動きで投げられたオレは、そのまま背中から砂浜に叩きつけられた。
なんだろう……。背中に感じる砂の質が、前に行った海水浴場とは違う!
「砂が綺麗……、これが沖縄。すげー!」
「嫌な実感の仕方だな……。確かに砂は白いけどな」
痛みよりも先に、感動が込み上げてきた。粒が細かくて、柔らかい。まるで粉みたいな砂が背中にまとわりつく感覚は、これまで知っている海とは明らかに違っていた。
ひか姉も呆れた声でつぶやきながら、足元の砂を軽く蹴る。
オレは仰向けのまま空を見上げ、小さく息を吐いた。 胸の奥に、じわりと期待が広がっていく。
「ここからオレの沖縄旅行が始まるんだな」
「既にやらかしまくってると思うんだが?」
気にしない気にしない……。
「そんな事より、ひか姉。耳の方は、もう大丈夫?」
「おう、バッチリだ!」
ひか姉の元気な返事にオレも一安心だ。
そしてふと周りを見渡せば、それぞれの水着姿が目に入る。
なっちゃんは、赤を基調にしたタンクトップ型の水着で、ぴったり体にフィットしている。動きやすさ重視のシンプルなデザインで、いかにも“なっちゃんらしい”。今すぐ海に飛び込んで、そのまま走り回りそうな勢いがある。
蛍ちゃんは淡い水色のビキニに、ふんわりしたフリル付きのトップス。上から重ねた透け感のあるスカートも相まって、全体的にやわらかい雰囲気になっている。派手じゃないのに妙に目を引くというか……ちゃんと“似合ってる”ってこういうのなんだと思う。
小鞠ちゃんは水色のボーダー柄のトップスに、赤いスカート付きのボトム。派手すぎず地味すぎず、ちょうどいいバランスでまとまっている。――これ、確か蛍ちゃんに譲って貰ったやつだよな。背伸びしすぎてないのにちゃんと可愛くて、なんだか妙に納得してしまう組み合わせだった。
みんな以前に海に行った時とは違う水着で、それが新鮮だった。
「おいお前、私の水着はどーよ?」
みんなの水着姿に目移りしてる中で、声をかけられて振り向くと、ひか姉が少しだけ伏し目がちにこちらを見ていた。
ほんのわずかに照れているようにも見えて、オレは一瞬だけ考え込む。
ライトグリーンのビキニは装飾も少なくてシンプルなのに、妙に目を引く。余計なものがない分、そのまんまの格好良さが出てるというか……油断すると普通に見とれそうになるのが悔しい。
そのまま伝えるのも恥ずかしいな……。
しかし、だからといって、気の利いた言葉なんて浮かばない。
結局オレはサムズアップしながら満面の笑みで、いつも通りのノリで答える事にする。
「思わず襲い掛かりたくなるくらい似合ってるよ! ひか姉!」
「そうか、最低の感想をありがとよ」
呆れたような声とともに、ひか姉は肩をすくめる。最低か……。最悪じゃなく良かった。
「よっくーん!」
聞き慣れた声が、波の音をかき分けて届き、思わず振り向く。
そこにいたのは、 旅行前、オレが選んだ青いビキニの水着に身を包んだ姉ちゃんだった。
「……………」
――一瞬、言葉が出なかった。
見慣れてるはずの姉ちゃんが、いつもと違って見える。距離感が、少しだけおかしくなる。どこを見て良いのか、一瞬わからなくなった。自分で選んだはずなのに、こんな風になるなんて思ってなかった。
……いや、別に変な意味じゃないけど!
「おいコラよしお! 明らかに私の時とリアクションが違げぇじゃねえか!」
はっ! やばい、フリーズしてた。
「おやおや? 思わず見とれちゃったってやつ?」
「けっ、このシスコンが!」
姉ちゃんがイタズラっぽく笑う。 ひか姉もそれに続いて吐き捨てるように言った。
どっちも完全にオレをからかってる。
……なんか、ちょっと面白くない。
実の姉だぞ? 邪な感情とか、そんなのあるわけないだろ。でも綺麗だとか認めたら、なんか負けな気がする。
「いや違うから! 姉ちゃんの水着はオレが選んだやつだし! 今更言う事も無いから、何も言わなかっただけだし!」
――あれ? 言い終わった瞬間、妙な沈黙が……。視線が、痛いほど集まってくるな。何だろ?
「おいお前……、今このみの水着を選んだって言ったか?」
…………あっ。
「おやおやおや? まさか自分から話すとは思わなかったナー♪」
「デパートでは否定してたくせに……」
「成程、これがよっくんの趣味か……」
「えっと、良い趣味だと思います……」
笑みを深くする姉ちゃん。そこに小鞠ちゃん、なっちゃん、蛍ちゃんまで加わって、包囲網が完成した。
逃げ場、なし。
「あ、あああ……」
顔が熱い。頭が真っ白になる。
「うわああああああああ!!」
気づけば、オレは全力で駆け出していた。
向かう先は、どこまでも広がる沖縄の海。
この青く、美しい海が、恥を全部洗い流してくれると信じて――。
なんだかんだで、この後、オレ達は、ビーチボールでめちゃくちゃ遊んだ。
民宿での夕食。
テーブルいっぱいに並べられた料理は、どれも見慣れないものばかりだ。色合いも香りも新鮮で、南国らしい空気をそのまま運んできたみたいだった。
「これおいしい! なんて料理?」
早速一口食べたなっちゃんが、目を輝かせて声を上げる。
「それはジーマミー豆腐*1です。」
トレーを持つあおいさんが穏やかに答える。
「で、その横にあるのが車エビ焼きで、その横が、ラフテー*2です。」
「どれもおいしそう!」
小鞠ちゃんも嬉しそうに身を乗り出す。
「あおいさんって、料理のお手伝いもされてるんですか?」
蛍ちゃんがふと顔を上げてあおいさんに話しかけた。
「あ、私は料理、作ったりはしてないんですけど、朝、お客様が外出された後のお部屋のお掃除とか、洗濯を手伝ってる事が多いです」
「へえ、すごいなぁ」
オレも 相槌を打ちながら、料理に手を伸ばす。
どれもこれも旨い。食べるたびに、未知の味との出会いがあり、ついつい箸が進んでいく。
そんな和やかな空気の中だった。
「うわっ、しまった!」
肘がコップに当たり、傾いた水がそのまま服の上へと流れ落ちてしまう。
冷たい感触が一気に広がった。
「なにやってんの、よっくん……」
姉ちゃんの呆れた声が飛んでくる。
「大丈夫ですか? 今お拭きします!」
あおいさんが慌てて布巾を持って駆け寄ってきた。
「あ、ごめん……ほんとドジで……」
「いえいえ、大丈夫です。こういう事、よくありますから」
あおいさんはくすっと笑いながら、濡れたテーブルを丁寧に拭いていく。
濡れた椅子やテーブルを拭くため、自然と距離が近づく。
――近い。
ふと見下ろすと、すぐ目の前に、あおいさんの顔があった。
……やば。なんかいい匂いするし、結構可愛いな、この子。
思わず喉が鳴る。
この距離、この雰囲気……今しかなくないか?
旅の恥はかき捨て……。実は一度はやってみたかったヤツ。
やろう! 男なら!!
(……よし!)
「すいません!」
オレは、出来る限り神妙な顔を作り、あおいさんの手を掴む。
「へっ!? あ、あの……?」
そのまま、彼女をまっすぐ見つめる。
困惑した表情が、更に可愛く見えてくる。
「突然ですけど、オレ……あなたのこと――がっ!?」
言い切る前に、足元に激痛が走った。
「う、うお、おおお…………!!」
あまりの痛みに、テーブルに顔を押し付けるように悶絶。
「あの……、大丈夫、ですか……?」
あおいさんの不安そうな声が降ってくる。
「大丈夫だよ♪ なんかごめんね! 布巾置いてくれたら、こっちで拭くから。他のテーブルの方へ行ってあげて」
姉ちゃんが、にこやかにフォローする声が聞こえる。
「えっと、すいません。失礼します」
あおいさんは小さく一礼して、その場を離れていった。
その背中を見送る余裕もなく、オレは涙目で顔を上げる。
隣を見ると、姉ちゃんが笑顔のままこちらを見ていた。
――目は、笑っていなかった。
それと同時に、足元の痛みがじわりと強くなっていく。ぐりっ、と。
これは……、足を踏まれている……。
「な……、何すんのん!」
「よっくーん?」
姉ちゃんはオレの抗議が聞こえていないみたいに、やけに優しい声で返事をしてきた。
「今、何を言おうとしたのかな? 一応聞いといてあげる♪」
あ、やばい……、これ完全にキレてる……。怖すぎ……。
「い、いや、ちょっと……"好きです"って、言ってみよう、かと……」
「よっくんは、ほとんど初対面で顔以外全然知らない子に告白されたとして、OKするのかな?」
「えっと、……すっごく可愛い子だったら、するかな……」
「ごめん、例えが悪かったね。こんなにバカだとは思わなかった……」
「バカは言い過ぎでしょ……。ホラ! 旅の恥はかき捨てって言うし! オレもダメ元だったし!」
必死の弁明。
だが、周囲の反応は冷ややかだった。
小鞠ちゃんとなっちゃんに至ってはゴミを見る目を向けて来ている。
我関せずで料理に舌鼓を打ってるれんげと、ビールを飲んでる一穂先生だけが救いだった。オレを救う気はこれっぽっちも無さそうだけど……。
「旅とか関係なく、コイツの存在自体が恥だろ」
「ひか姉、それ言い過ぎ……」
「旅の恥であるコイツは、ここに捨てていくか」
「嘘だよな? 楓ちゃん……」
「そうだね♪ さようなら! 私の人生の恥♥」
「なーっ!? ごめんなさい! もうしません! だから捨てないで!」
ひか姉と楓ちゃんの情け容赦ない一言に、姉ちゃんまで笑顔で乗り気になり、オレは思わず身を乗り出す。
その後、オレは必死に謝り倒した。
その甲斐あって、何とか許して貰えましたとさ。めでたしめでたし。
夜の二人部屋。デイゴの間。
窓の外からは、波音がかすかに聞こえてくる。
オレは夕食後、売店で買ったカップ麺を卓と向かい合って食べていた。
湯気の立つカップを手に、ずるずると麺をすする。親の目がない中で食べる夜のカップ麺は、ものすごく美味い。まさに旅行の醍醐味と言っても過言ではない。
今日の出来事を思い返して、ふと息をつく。
移動で半日以上使ったが、それでも沖縄の一日目は凄く充実していた。飛行機に乗って、海風に当たって、海で遊んで、沖縄料理を食べて……。
しかし、しかしだ。
「今日一日でオレのみんなからの評価が、どん底まで落ちたような気がするんだが気のせいかな?」
「…………」
「卓! なんか言って! なんでも良いから慰めて!!」
オレは涙目で食い下がるが、卓は肩をすくめるだけ。
しかしその無言が、「気にするな」と言っているように聞こえてきた。
「そうか……、今が底なら後は上がっていくだけだな! ポジティブポジティブ!」
よし、納得! 切り替えていこう!
「明日、オレはシュノーケリングで、お前はカヤックか」
「……(コクリっ)」
「疑問なんだがお前、なっちゃんと別行動してまで、カヤックに思い入れなんてあったのか?」
問いかけると、卓は視線を逸らして何食わぬ顔で食事を続けた。
――あやしい。もしかすると、もしかするか?
「まさかとは思うが。……狙いは姉ちゃんか?」
卓の箸を持つ腕が、ピクッとわずかに反応した気がする。いや、気のせいじゃないな、これ!
「オイオイオイ! まさかこの旅行で距離を詰めようとか思ってんのか? アーン!?」
「…………」
「沈黙は肯定とみなすぞコラ!」
オレが声を荒げると、卓もゆっくりとカップを置いた。
空気が張り詰める。
「レディー……」
オレの掛け声と共に、じりじりと互いに距離を詰め、
「ファイっ!」
取っ組み合いになりそうになった。その時――
――コンコンッ!
ドアが鳴った。
「開けて良い?」
その声に場の緊張がほどける。
「開いてるよー」
オレの返事で襖が開くと、トランプを持ったなっちゃんが顔を出した。
「今からトランプやるけど、二人もやる?」
オレは思わず卓と目を合わせる。
「丁度良い! トランプで決着をつけるぞ!」
オレの提案に卓も力強く頷く。決まりだな!
「うわ! 二人とも凄い気合いだな……」
なっちゃんが少し引き気味になる。
その後、オレ達は女子達の部屋へ移動した。
いざ! 決戦のバトルフィールドへ!
四人部屋。ブーゲンビリアの間。
オレと卓。なっちゃん、小鞠ちゃん、蛍ちゃん、れんげの六人で畳の上に円になり、トランプ大会が始まった。
ババ抜き、七並べ、神経衰弱等、ありとあらゆるルールで勝負が繰り広げられる。
――カードが配られ、めくられ、声が飛び交う。
「よっくん、そこ違うん!」
「えっマジで?」
「ハートの6止めてるの誰だよ……?」
「あ、上がりです!」
「やったー!」
「おい卓……それ、オレのだろ!」
「……(フッ)」
「あぁん!?」
「はいはい、二人とも子供かー」
みんなでわいわい盛り上がって、時間はあっという間に過ぎていった。
気づけば、れんげが、ウトウトと舟を漕ぎ始めている。
それを見て、自然とお開きになり、オレと卓も自室へと戻ってベッドに入る。
勝負の結果は、お互い一度もトップで上がれず、なんとも締まらない引き分けに終わった。
今日はとっても楽しかったな。
明日は、も〜っと楽しくなるかな。
そんな期待を胸に、オレの意識はゆっくりと眠りへ沈んでいった。
今が底なら、後は上がっていくだけ(特大フラグ)
落ち着いて見返してみると、ばけーしょん編に入ってから、劇場版なのにこの主人公。まるでカッコいい所がない……。
……まぁ今までも特に無かった気もするので、セーフ。