のんのんびより ― ある田舎男子の日常 ― 【ばけーしょん編更新中】   作:NIZI

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旅行二日目。

朝のひと時と、シュノーケリング組の話です。

昨日より少しだけ落ち着いたよっくんの一日を、ゆるくお届けします。


第6話 距離を守って楽しんだ

「知らない天井だ……」

 

 朝、目が覚めた瞬間、わずかな違和感が胸に引っかかった。天井だけじゃない。布団の匂いも、いつもと少し違う。

 

 ――ああ、そうか。

 

 ここは沖縄。民宿に泊まっているんだった。

 

 旅行二日目の朝。時計は見ていないけど、体感では六時くらいだろう。普段のオレなら、まだ夢の中の時間帯だ。それなのに、やけに目が冴えている。

 

 同室の卓のベッドに視線を向けると、すでにもぬけの殻だった。オレも早起きしたつもりだが、それより先に起きてどこかへ行っているらしい。相変わらず、あいつの行動は読めない。

 

 朝食は八時から。まだたっぷり時間がある。せっかくだし、沖縄の朝の空気でも味わってみるか――そう思い、オレは軽く伸びをして外へ出た。

 

 

 外気は少しひんやりとしていて、それでいてどこか柔らかい。深く吸い込むと、肺の奥まで澄んだ空気が満ちていくような気がした。

 

 ふと顔を上げると、向かいの家の屋根に、どっしりと構えたシーサーが目に入る。

 沖縄の守り神、か。せっかくだしオレは軽く手を合わせた。

 

 今日も一日、楽しく過ごせますように――。

 

 ……いや。

 

 昨日みたいに、変な空気にしないようにだけは、気を付けよう。

 せめて今日は、ちゃんとしっかり、みんなの隣にいられるように。オレは柄にもない願いを胸の中で付け足した。

 

 そんな即席の祈りを捧げてから民宿の敷地をぶらりと歩く。すると正門のあたりで、箒を手にしたあおいさんの姿が目に入った。朝の光の中で規則正しく掃き掃除をしている。

 

 どこか絵になる光景だった。

 

「あ、えーっと……、"はいさい"! 朝から精が出るね!」

 

「ふふ、"はいたい"! お早い目覚めですね!」

 

 聞きかじりの沖縄言葉に柔らかな笑顔で返してくれて、少し嬉しくなった。

 

「昨日は大丈夫でしたか? 何か苦しんでたみたいですけど」

 

「一晩寝てスッキリしたよ。君にも迷惑かけちゃってゴメンね」

 

「大丈夫です。よくある事ですから!」

 

 

 ――よくある事!?

 

 まさかあおいさん、よく男子から告白されてるのか……?

 

 ……いや違うな。多分昨日、水をぶちまけた件のことだ。ここでボケても拾う人はいないし、真面目に行こう。

 

 

「オレ、昨日は浮かれすぎてさ。こうして戒める意味でも、あの屋根にいるシーサー様に祈りを捧げていたんだ」

 

「そうなんですか。とても立派だと思います」

 

「そ、そうかな? ありがと……」

 

 素直に褒められると、どうにもむず痒い。最近、こういう言葉を向けられる機会がなかったから、なおさらだ。

 

「今日はシュノーケルに行かれるんでしたよね? 夏海ちゃんも、貴方と一緒に行ける事を楽しみにしてましたよ」

 

「へぇ、なっちゃんがね……」

 

 もし本当なら、昨日の失態を取り返すチャンスだ。頬が緩む。

 

 ――なんて考えていた、その時だった。

 

「あおいちゃん! おはよう!」

「あ、おはよう! 夏海ちゃん」

 

 元気いっぱいの声が響き、なっちゃんが勢いよく会話に割り込んできた。

 

「なっちゃん? 今日はやけに早いな。普段は遅刻ギリギリまで起きないのに」

 

「ちょっと目が覚めちゃってね……。それよりもよっくんは、あおいちゃんに何してたの?」

 

 ……なんだその疑いの目は。

 

「いや、世間話をしてただけだけど……」

 

「大丈夫!? あおいちゃん、何か変な事されてない!?」

 

「え? 特に何も……、普通に話をしてただけだよ」

 

 あおいさんは少し困ったような表情で答えるが、ひどい言われようである。

 

「さっきからなんだ? その反応は……、こんな往来の場で変な事するかよ」

 

「人目がない所だったら、するみたいな言い方だな」

 

 揚げ足取りはやめてほしい。

 

「悲しいな……オレが信用できないのか?」

 

「昨日の行いを自分で思い返してみなって。信用しろっていう方が無理だよ」

 

 昨日の自分を省みたら反論の余地がなかった。いくら記憶力が無いなっちゃんでも一晩で忘れるのは無理か。

 

 

 ……ならば、姉ちゃんを見て学んだ"巧みな話術"で矛先を変えよう。

 

「過去は変えられないんだ。過ぎた事を責めたって仕方ない。未来を見るべきだと思うよ?」

 

「うわっ! 開き直ったよ……」

 

「なっちゃんだって、いつまでも雪子おばさんに0点のテストの事で叱られるのは嫌だろう?」

 

「わーわー! あおいちゃんの前で何言ってくれてんのかな!? このよっくんは!」

 

 よし! 姉ちゃん譲りの"巧みな話術(オレver)"で流れが変わったな。

 

「ふふ、仲、いいんだね!」

 

「もう、そんなんじゃないって……」

 

 オレ達の会話を聞いて楽しそうに笑うあおいさんと照れたように視線を逸らすなっちゃん。

 

 それにしても、この二人。なんか距離が近いな。

 

「二人とも随分仲良くなったみたいだね。一体何があったのかな?」

 

「実は昨日の夕食の後、裏庭でたまたま会って、少し話をしたんです」

 

 すぐにあおいさんが応えてくれた。なるほど、あの後か。オレはあの場の空気にやられて、やらかして、謝り倒した後、逃げるように部屋に戻ったからな。なんか重要なイベントを逃して損をした気分だ。

 

「そうだ。なっちゃんと友達になったなら、オレも君の事、"あおいちゃん"って呼んで良いかい? オレの事もよしおで良いから」

 

「ふふ、かまいませんよ。改めてよろしくお願いします。よしおさん」

 

「ちょっとあおいちゃん……」

 

 軽く頬を膨らませるなっちゃんを横目に、オレは少しだけ真面目なことを考える。

 子供自体が少ないうちの村には、なっちゃんと同い年の子がいない。

 れんげにとってのほのかちゃんと同じく。なっちゃんにとっても、あおいちゃんは特別なのだろう。

 

 だからこそ――。

 

「短い間だけど、なっちゃんと仲良くしてくれたら嬉しいな」

 

「はい、私で良ければ喜んで!」

 

「よっくん……」

 

 一瞬だけ、なっちゃんの表情が柔らいだ気がした。少しは見直してくれたかな?

 

「なんか兄ちゃんみたいな事言ってる。似合わねぇ……」

 

 前言撤回。やっぱり扱いは変わらないらしい。卓と違って血の繋がりは無いけど、似たようなもんだろうに……。

 

 

「さてと、お仕事の邪魔してゴメン。とりあえず一旦部屋に戻るわ」

 

「はい! どうぞごゆるりと! 朝食は八時からになります!」

 

 再び掃除に戻るあおいちゃんの背を後にして、オレたちは部屋へと戻る。

 

 ――その途中での事

 

「なっちゃん! 朝食まで時間もあるし、ゆっくりしっぽり過ごそう!」

 

「……よっくん、頼むからこれ以上失望させないでね」

 

「はっ!? あらやだオレってば、つい無意識で場の空気を和ませるジョークを!」

 

「……本当に昨日の事、反省してる?」

 

「してるしてる! あそこの屋根にいるシーサー様に誓うよ!」

 

「……まあいつもの事だし、これ以上は責めないから。今日はよろしくね!」

 

 差し出された手と、明るい笑顔。

 優しい! 女神か! 抱きしめてキスしたい!

 

 ……なんて口に出そうものなら、せっかくの許された雰囲気が台無しになるな。我慢我慢……。

 

 としあえず軽く握手するだけに留める。

 

「しかし、たった一晩であおいちゃんとあそこまで仲良くなるなんてな。一体どんな手を使ったんだ?」

 

「うーん、詳しくは言えないけど、少し秘密を共有したり、一緒にバドミントンをする約束をしたりしたかな?」

 

 あおいちゃん、バドミントンをやってるのか。それに秘密を共有、か……。それってもしや……!

 

「まさか昨夜は同じベッドで、くんずほぐれつ……」

「何言ってんだ?この人」

 

 

 

 

 朝食を終えた後、オレ達は女将さんとあおいちゃん親子に見送られながら民宿を後にした。

 

 途中で予約していたレンタカーを二台借り、二手に分かれる。オレはシュノーケリング組。運転手は楓ちゃんで、メンバーはオレ、ひか姉、なっちゃん、れんげの計五人だ。

 

 

 目的地に到着すると、ダイビングスーツに着替え、透明なレンズのついたシュノーケル用ゴーグルを首にかける。さらに救命胴衣を装備し、安全確認を済ませてから船へと乗り込む。

 

 エンジンの振動とともに、船は沖へと進んでいき、周囲には遮るものが何もなく、ただひたすらに青い海が広がっていった。

 

 

「おぉー! 全部海なーん!」

 

「そうだな」

 

 目を輝かせて声を上げるれんげ。その無邪気な感動に、楓ちゃんは穏やかな表情で応じる。

 

「いつの間にシュノーケル行く事になってたかわからんけど、やべぇ、楽しみ!」

 

「でしょー? ひか姉、運が良ければマンタ見られるらしいよ!」

 

「マンタか! おーっし! 絶対見るぞー!」

 

 ひか姉となっちゃんの期待に満ちた声が続き、船の上は自然と賑やかな空気に包まれる。オレの胸も静かに高鳴っていく。

 

「イルカにも会えるん?」

 

「運が良かったらな」

 

 れんげは「むん!」と小さく気合いを入れるようにうなずく。その様子につい笑う。

 

 

 

みなさーん! 準備はよろしいですかー?

 

 やがて船はポイントに到着し、順番に海へと入っていくとインストラクターさんの声が響いた。

 

「れんげ。私から離れんなよ」

 

「ほーい」

 

「よっくん! 早速一緒に潜ろうよ!」

 

「おっけー! せーの!」

 

 楓ちゃんとれんげのやり取りを背に、オレとなっちゃんは手を繋いで、共に沖の方へと泳ぎ出した。

 

 水中に顔をつけた瞬間、世界が一変する。

 

 陽の光は水面を通して揺らめきながら差し込み、青の中に幾筋もの輝きを作っていた。足元にはサンゴ礁が広がり、枝のように伸びたものや丸く盛り上がったものが、色とりどりに海底を彩っている。

 

 その間を、小さな魚たちが群れになって泳いでいた。黄色と黒の縞模様、鮮やかな青、橙に白い線――どれも目を奪われるほど美しい。

 

 水はどこまでも透き通っていて、遠くまで見通せる。その奥へと誘われるような感覚に、思わず息を呑んだ。

 

 

「やっべー! すげーな! なっちゃん!」

 

「うん……!」

 

 顔を上げて笑い合う。

 

 その声が、少しだけ近く聞こえた気がした。

 

 波のせいか、それとも――距離が縮まったからか。

 

「次、あっち行こう!」

 

「おう!」

 

 自然に手を引かれる。オレ達はそのまま並んで泳ぐ。ただそれだけで、心が満たされる。

 

 

 

 そんな空気に浸っている時だった。目の前にぷかり、と力なく水面に浮かぶ影が目に入ってくる。

 

 

 ……ひか姉だった。

 

 

「ちょっ!? ひか姉、どうしたの!?」

 

「おぼ……、やばい……、波に酔った……」

 

「はいィ!?」

 

 さっきまでの元気はどこへやら、顔色は悪く、ぐったりと漂っている。

 

「ひか姉! しっかりしろー!!」

 

 周囲を見渡すと、船は思った以上に離れている。二人で運ぶにしても簡単ではなさそうだった。

 

 

 

 

 一方その頃――。

 

「駄菓子屋! 魚いたん!」

 

「おう、一杯いたな! 今度はもう少し遠くまで行ってみるか?」

 

 

こっちにマンタ、出ましたよ!

 

 

「駄菓子屋、何が出たん?」

 

「マンタだよ」

 

「イルカじゃないん?」

 

「イルカじゃないが、でっかい魚だ。見に行くか?」

 

「見に行くん!!」

 

「あ、こらこら、一人で行くな!」

 

 

 水面に顔をつけたれんげの視界に、大きな影が現れた。

 

 それは、翼のように広がるヒレで水の中を飛ぶように進む、マンタだった。ゆったりとした動きなのに、圧倒的な存在感がある。

 光を受けて淡く輝きながら、青の中を静かに滑っていく姿は、どこか空を泳いでいるようにも見えた。

 

 れんげは、その場で動けなくなっていた。

 

 ただ、じっと見つめる。

 

 怖くは、なかった。

 ただ、胸の奥がじんわりとあたたかい。

 なにかが、静かに満ちていく。

 

 それは、いつまでも静かに残り続けた。

 

 

 

「向こうにマンタ出たってさ! みんなで行かない!?」

 

「マジで!? ひか姉ひか姉! マンタ! 出たんだって!」

 

「そう…なんだ……。ぶおっす……、飛行機の時といい今回といい……私の三半規管、ダメかもしんない……」

 

 オレ達二人で必死に呼びかけるも、ひか姉は、それどころではなさそうだった。

 

「はやくしないと! マンタどっかに行っちゃうよ!」

 

「そうだよ! 急ごうよひか姉! マンタ見たいって言ってたじゃんか!」

 

「まんたぁ……? 知らねえよ……。そんなのよりビニール袋とか、流れてこないの……?」

 

「え? ひか姉……?」

 

「ビニール袋って……」

 

「う、うっぷ……」

 

 嫌な予感が頭をよぎった時には既に遅かった。

 

 

「うぶおおお――――」

 

「「うわ、うわあああああ!!」」

 

 

 ――ひか姉の名誉の為に、その後のことは何も語るまい……。

 

 

 

 

「ほぉ……、マンタ、すごかったんなぁ……。あんな大きい魚見たん初めてなん……」

 

 帰りの車内。今も尚、うっとりと感動しているれんげ。

 

 

「三人共、なんで見に来なかったん?」

 

「とんでもない目にあったからなー」

「とんでもない目を見てたからねー」

「とんでもない物見ちゃったからねー」

 

 

 それに対してオレ達三人は、遠い目をしながら答えるしか出来なかった……。

 

 

 

 その後、楓ちゃんの提案で、カヤック組と合流する前の隙間時間で近くの灯台に寄る事に決まる。

 

 車庫入れの際になっちゃんが誘導をミスって、危うくタイヤがパンクしかけるというハプニングに見舞われるも、無事灯台に到着した。

 

 灯台のふもと。白い壁が陽を反射し、周囲の岩場と青い海を明るく照らしている。その一角で、れんげは地面に座り込み、スケッチブックに向かって夢中でペンを走らせていた。

 

 

 

「絵は描き終わるまで絶対見せないん! 見たら"そすんす"するん!」

 

 れんげがどんな絵を描いているのか気になって、そっと後ろから覗こうとしたオレは、その迫力に素直に引き下がった。

 

 ……そすんすって、なんだよ。

 

 

 れんげの絵が描き終わるまで、みんなでのんびり待つことになった。

 

 とりあえずオレは、隣で手すりにもたれかかっているひか姉に声をかける。

 

「ひか姉、波酔いの方はもう大丈夫?」

 

「ああ、大丈夫だ。多少は治まった」

 

 ひか姉は少しだけ顔を上げ、気だるそうに息をつく。

 

 完全に回復したわけじゃなさそうだが、さっきまでの青ざめた様子に比べればずいぶんマシだ。

 

 ふと視線を上げると、夕焼けを背にした灯台がやけに絵になって見えた。こういうの、写真に残したらあとで絶対見返したくなるやつだな。

 

 そう思い、少しだけ気合を入れて誘ってみる事にする。

 

「れんげの絵が描き終わるまで、まだ時間ありそうだし、あの夕焼けの灯台をバックに二人だけの写真を撮ろうよ!」

 

「えー、めんどくさい。別に灯台興味ないし……」

 

 即答だった。迷いも何もない。

 

 まあ、ひか姉だしな……と軽く肩を落としつつ、次の候補へと目を向ける。

 

「そうか、仕方ない。じゃあなっちゃん、一緒に行かない?」

 

「……そんな気分じゃないから良いや」

 

 甲板の反対側で海を眺めていたなっちゃんに声をかけると、こちらをちらりと見てから、そっけなく返された。

 

 珍しくテンションが低い。さっきまでのシュノーケリングで、何か思うところでもあったのかもしれない。

 

 となると、残るは――。

 

「じゃあ楓ちゃん、一緒に行く?」

 

「余り物みたいな言われ方だな……。全員で一緒に撮れば良いだろ」

 

 正論だった。ぐうの音も出ない。

 

 ……とはいえ。

 

 沖縄に来てから、女の子とのツーショット写真が小鞠ちゃんとの検問写真一枚だけっていうのは、正直寂しい。せっかくの旅行なんだし、もう少しそれっぽい思い出が欲しいところだ。

 

 けど、ここまで全員に断られたら無理押しはできない。……無理に踏み込まない。

 

 オレは小さく息を吐いて、その考えを引っ込めた。

 

 

「絵、描けたん!」

 

 少し離れた場所で待っていると、やがてれんげが勢いよく立ち上がった。満面の笑みで差し出されたスケッチブック。そこには、夕焼け空と灯台、そしてさっきまで見ていた景色が、れんげらしい素直な線で描かれていた。

 

「うん、良く描けてるな。流石れんげ!」

 

 素直に感想を伝えると、れんげは誇らしげに胸を張る。

 

「時間も押してるし、最後に灯台の写真二、三枚撮って帰るぞ」

 

 楓ちゃんの一言で、場の空気が切り替わる。そろそろカヤック組との合流の時間らしい。

 

 

「あ、ヤドカリだ」

 

 そんな空気の中、ひか姉がしゃがみ込み、地面を這う小さな生き物をひょいと拾い上げる。

 

「こんな水の無い所にもいるんだな」

 

 手のひらの上で動くそれを、不思議そうに眺めていると――

 

「あれ? ひか姉それ、天然記念物の"オカヤドカリ"じゃない!?」

 

「へっ?」

 

 空気が一瞬止まった。

 

「うわぁ……ひか姉、天然記念物生け捕ってる……」

 

「えっえっ? 天然記念物って……? ダメなの?」

 

 なっちゃんの指摘で途端に顔色を変えるひか姉。

 

「これ私、逮捕されちゃうのかい……?」

 

 その様子を見ていると、オレの頭の中で小鞠ちゃんの声が囁いた。

 

 

 

 ――『バレなきゃ犯罪じゃないんですよ!』

 

 

 

 ……いやいや、小鞠ちゃんが言う訳ないだろそんな事!

 

 自分で自分にツッコミを入れて、頭の中のくだらない発想を振り払う。

 

 

「――しお! よしお! なんとか言えって! お前が黙ってると逆に不気味なんだよ……!」

 

 気づけば、ひか姉が不安そうにこちらを見ていた。手にはしっかり天然記念物を握ったまま。

 

「……差し入れ、カツ丼で良い?」

 

 ひか姉の顔が、みるみる引きつる。

 

「…………」

 

 風の音だけが、やけに大きく聞こえた。

 

 一瞬の沈黙の後――

 

「ちっくしょー! こうなったら天然記念物と灯台前で記念写真撮ったらー!」

 

 半ばやけっぱちの宣言とともに、ひか姉は灯台の前へと走り出した。

 

「ひか姉、待ってよー!」

 

「ウチも行くーん!」

 

「あ、ウチもウチもー!」

 

 気がつけば全員がその流れに乗り、わいわいと灯台の前へ集まっていく。

 

「ったく……、お前ら灯台は興味無いんじゃなかったのかよ……」

 

 呆れた声を上げながらも、楓ちゃんはしっかりカメラを構えていた。

 

「楓ちゃん! こっちこっちー!」

 

「駄菓子屋! カメラカメラー!」

 

「はやくー!」

 

「へいへい、少し待ってろ……時間押してるから手早く済ますぞ!」

 

 レンズの向こうに並ぶオレ達。海と灯台を背に、思い思いに位置を整える。

 

「ちゃんとヤドカリも撮ってよー!」

 

「そんな小さいの入るか……、撮るぞー」

 

 ――パシャッ。

 

 まずは普通に笑顔の一枚。

 

 ――パシャッ。

 

 続いて、れんげがポーズを取り、後ろでオレ達が両手でピースをする一枚。

 

 その勢いのまま、オレはさらに提案した。

 

「それじゃあ次は、あれやる? 野菜戦士に出てくる、某特戦隊のファイティングポーズ!」

 

「やろうやろう! ウチは左手を天に突きだして、れんちょんは一番前で腕をクロスさせる!」

 

「わかったん! びしー!」

 

「じゃあよしおは、片足立ちで両手を大きく広げて、私は――」

 

「尻向けるやつで!」

 

 

「時間押してるって言ってんだろ! いい加減カメラ交代しろ!」

 

 ……ちょっとくらいやりたかった。

 

 結局、ファイティングポーズはお流れになって、そのまま普通にカメラを回して、無難な写真を何枚か撮って宿へ帰る事になった。

 

 

 車に乗り込むと、身体のあちこちにじんわりと疲れが残っているのを感じた。多分、後は夕食を食べるだけという安心感もあるからだろう。

 

「あー、腹減ったな……」

「確かに! 今日の夕食は何が出るのかな? めっちゃ楽しみ!」

 

 なっちゃんがそう言って、にっと笑う。オレはその横顔を、ぼんやりと眺める。

 

 少しだけ距離が近い。――それで、十分だった。

 

 ――今日も楽しかったな。

 

 そんなことを考えながら、オレはゆっくりと目を閉じた。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

少し距離を守った一日でしたが、その分だけ見えたものもあった気がします。

次回は、主にカヤック組の話になります。
こちらもまた少し違った空気になるので、よければ引き続きお付き合いください。
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