のんのんびより ― ある田舎男子の日常 ― 【ばけーしょん編更新中】 作:NIZI
今回はこのみ視点、カヤック組の一日です。
よしお不在の、少し静かな回になります。
木々が頭上を覆い、日差しがまだらに差し込む道は、まるで小さなジャングルみたいだった。湿った空気と、どこからともなく聞こえる羽音が、普段の田舎とは違う気配を運んでくる。
「なんか変な虫とかいないよね……」
「大丈夫ですよ」
「きゃっ!」
小鞠ちゃんが羽音に反応して小さく悲鳴を上げて蛍ちゃんにしがみついた。蛍ちゃんはいつもの優しい笑顔でそれを受け止めている。……一体どちらが年上なのだろうかと思っちゃう。
私も虫は得意じゃないけれど、自分より怖がってる人がいると、逆に落ち着ける。
「ほれ、二人とも立ち止まらない。他の人の邪魔にならないようになー」
「おお! 何か、かずちゃんが先生っぽい!」
「いやまあ先生ですし……」
雑談をしながら進んでいくと、やがて視界が開けてカヤック乗り場に辿り着いた。
インストラクターさんが、パドルは両肘が直角になるように持つことや、カヤックには一人乗りと二人乗りがあるので、希望を伝えてから乗るようにと説明してくれた。
「カヤックは二種類あるんだね。一人乗りの方が小さくてバランスとりやすいし、一人乗りにする?」
「二人乗りが良い」
小鞠ちゃんはぴたりと即答。かずちゃんが視線を向ける。
「二人乗りが良い!」
「二回言わなくても聞こえてるよ……」
ちょっと必死な声音に、思わず笑いそうになる。
「だって、一人だと怖いというか……、ひっくり返った時助けて貰えないし……」
「二人乗りでも、ひっくり返った時は、もう一人も水に落ちちゃってるんだけど……」
それでも小鞠ちゃんは気にしない。すぐに蛍ちゃんを誘って二人乗りを選んでいた。
私もせっかくだし、一人より二人で乗ろうかなと思って、すーくんを誘うと、彼は穏やかに頷いてくれた。
――よっくんがいないと、なんか静かだな。落ち着くはずなのに、何処か物足りない。
その理由を考える前に、私はカヤックに乗り込んだ。
「わわっ! ぎゃーっ!」
その直後。
ばしゃん、と小さな水音。
振り返ると、小鞠ちゃんが川に落ちていた。まだ出発もしてないのに。
「先輩! 今助けます!」
「あーあ……、大丈夫かねぇ……」
急いで駆け寄る蛍ちゃんとそれを呆れた表情で眺めるかずちゃん。……少し先が思いやられるかも。
初めてのカヤックで少し不安だったけど、すーくんが黙って前の席に座ってくれたおかげで、大分気が楽になった。こういうさり気ない気配り、よっくんも見習って欲しい。
ゆっくりとパドルを動かし、私たちは川を進む。
「良い景色だね」
私が呟くと、前の席のすーくんも同意したのか、静かに頷いた。
視界いっぱいに広がる緑。水を切る音と、穏やかな風。
「あ、あのカニ、ハサミが片方だけ大きい!」
私が指さすと、すーくんはすぐに「シオマネキ」だと教えてくれた。近くにいた魚は「トビハゼ」というらしい。
さらに進むと、水の中に張り出す根が特徴的な木々のエリアに入る。
木々の名はマングローブ。
すーくんは、それが「海のゆりかご」と呼ばれることや、「緑の防波堤」としての役割まで教えてくれた。静かな語り口なのに、私の興味に合わせて話してくれている。
「あ! お兄ちゃん! このちゃーん! 引っかかっちゃった! 助けに来てー!!」
後ろから慌てた声。振り返ると、小鞠ちゃんたちのカヤックが根に引っかかって動けなくなって助けを求めているのが見えた。が、既に通り過ぎてるコースを逆走するのはとてもじゃないけど難しい。
「流れのせいでそっちには行けないって……」
「えー、そんな……どうしよう……」
「パドルで枝を押しても無理ですか?」
「枝を掴まないと難しそう……。でも手が届かない……」
ごめん、これは私達にはどうにも出来ない。流れに任せて先へ進むしかなかった。
下流の停留所に着いた頃には、腕が少し疲れていた。すーくんと並んで、後続を待つ。
二人で待っている間、すーくんと昨日の夜の出来事を話し合った。すると、すーくんが私に気があるんじゃないかと、よっくんに言われて、言い争いになった後にトランプで勝負した事も話してくれた。
その話を聞いて、二人が幼い頃に、私を取り合って喧嘩していたことを思い出す。『仲良く出来ないのなら、どちらとも遊ばない』と言ったら、お互い慌てて握手していたっけ。
すーくんは、昔から何でも卒なくこなす。少しだけ感心する。お嫁さんに貰いたいくらいだ。
……お婿さんには別にいいけどね。
しばらく二人で会話を続けていたらかずちゃんと小鞠ちゃんと蛍ちゃんの三人の姿が見えたので声をかける事にした。
「おーい! 二人とも、大丈夫だった?」
「はい! 先生に助けて貰いました」
どうやらあの後無事に脱出できたようで安心した。助けてくれたかずちゃんにも感謝だ。みんな無事に合流できたことに、ほっと胸をなで下ろす。
「ここから山登りするんだっけ?」
「滝がある場所まで登るみたい。インストラクターさんがご飯用意してくれるって」
「あ、そういえば私、車の中にお水忘れて来ちゃった……」
私が会話中に喉が渇いたので水を一口飲むと、小鞠ちゃんがはっとした顔をする。
「え? 長丁場になるから飲み物持ってくるように言われてたじゃん……」
「えっと……実は私もお茶忘れてきちゃいました……」
蛍ちゃんまで……、この暑さで水無しは少しまずいかもしれない。
「お茶かい? それなら二人とも忘れてたのに気づいたから、私が持ってきたよ」
「ほんと!?」
「それと、疲れた時様に、飴と冷却シートも」
「おー! 用意良い!」
今日のかずちゃんは、やけに頼りになるな。
「お待たせしました! 今から出発しまーす!」
「お、出発みたいだね。じゃあ行こうか!」
そんないつもより少しだけ頼もしい背中を見ながら、私たちは再び歩き出した。
ジャングルみたいな道を進みながら、ふとよっくんのことを思い出す。
――ここにいたら、絶対はしゃいでるだろうな。
……いや、でも最近は落ち着いてきてるし。
……たぶん。
……うん、たぶん。
やがて辿り着いた滝は、思わず息を呑むほどの迫力だった。
「すごーい! ここまでしぶき飛んできてますよ!」
「あれだ! マイナスイオン! マイナスイオンってやつだ!」
高さ五十五メートル。沖縄最大の落差。光を受けて、水しぶきの向こうに虹がかかっている。
「お疲れさまでした! ご飯の用意が出来るまで、泳いでいただいても構いませんよー!」
「だって! 蛍、行こ!」
「はい!」
元気だなぁ、二人とも。
「私は滝の麓の方に行ってみようかな? すーくんはどうする?」
すーくんは少し目を輝かせて頷いた。珍しく積極的だ。
「水、結構冷たいね」
足先からゆっくり慣らしていこうと思った、その時。
――ザバーンッ!!
「ぷはーっ、冷たくて気持ちいい!」
「なんだ、かずちゃんか、びっくりさせないで……」
「あはは、ごめんごめん」
ほんとに、今日はよく動くな。そう思ってると、小鞠ちゃんがいつもよりアクティブなかずちゃんに話しかけた。
「でもあれだね。今日のかず姉、なんだかいつもと違うね」
「え? そう?」
少しキョトンとしながら答えるかずちゃん。珍しい光景に、思わず笑みがこぼれる。
「いやぁ、なんだろうなぁ。こういう陽気な気候の中にいると、こっちも陽気になるっていうか、童心に戻ってはしゃいじゃうのかなぁ?」
「とか言って、帰り道でへばらないでよ?」
「大丈夫大丈夫! 今のウチはパワーが溢れてるから!」
そうだ、普段見られない、かずちゃんの勇姿を残しておいて、後でひかげちゃんとれんげちゃんにも見せてあげると良いかもしれない。
「かずちゃーん! 写真! 写真撮ってあげるから! こっちむいてー!」
「お、さんきゅー!」
「じゃあいくよー! ポーズとってー! はい!」
――カシャッ。
サムズアップを決めるかずちゃん。
普段とは違う、ちょっとだけ特別な一枚が撮れた。
かずちゃんも旅の空気にあてられてるのかな。ふと、そんな考えが浮かぶ。
よっくんも「旅の恥はかき捨て」なんて言ってたし。今夜は、少しだけ羽目を外してみても良いかもね。
――――その日の夕方、シュノーケリング組の車内にて
ひかげの携帯電話が鳴る。
着信を見たら、現在別行動をしているこのみからの連絡だった。
「あ、このみからだ」
「姉ちゃんから? なんだろ?」
このみの名前が出た事で、よしおも反応を示した。
「はいはい、出たよ。どした?」
ひかげは電話に出た後、見る見るうちに、呆れたような顔つきになっていく。
「あー……、そう……。うんうん。きつく言ってやっていいよ。……なんなら尻蹴とばすくらいしないと、動かないかも……。うん了解、それじゃあ、また後でね……」
そう言ってひかげは携帯電話から顔を離す。
「このみは、なんだって?」
運転中の楓は、会話内容が気になって話しかけた。
「なんか、うちの姉ちゃんがバテて、『もう運転出来ない! ここで寝る!』って駄々こねてるってさ……」
「えぇ……」
「なんか写真も送られて来ててさ。姉ちゃんのビフォーと」
携帯の画面に映し出される元気よく笑顔でサムズアップする一穂の写真と、
「アフターみたいな写真……」
次の画面は十ラウンド以上戦い抜いたボクサーのように、グロッキー状態で頭にタオルをかけられてベンチに項垂れている一穂の写真だった。
「勘弁してくれよ……」
楓は、かつてないほど深いため息をついた。
原作にあったこのみの台詞。
「お嫁に貰いたいくらいだよ。お婿さんには別にいいけど」を回収しました。
このみらしい距離感がよく出ている一言だと思います。