のんのんびより ― ある田舎男子の日常 ― 【ばけーしょん編更新中】   作:NIZI

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今回で旅行二日目終了です。

三日目に向けた仕込み回になります。

※お酒は20歳になってから


第7話 姉があまえんぼになった

 

 どうにか宿まで車を運転しきった先生は、車を降りた途端、糸が切れたみたいにその場で動けなくなった。

 

「もう一歩も無理……」

 

 その一言を遺して力尽き、楓ちゃんとオレで両脇を抱えて、半ば担ぐようにして宿の中まで運び込んだ。

 

 

 ――そして、夕食の時間。

 

 

 昼間のドタバタが嘘みたいに、食堂は穏やかだった。料理の湯気と、どこか安心する匂いが広がっていた。

 

「でなー! 海の中は、サンゴいっぱいだったのん!」

 

 れんげが身を乗り出して、楽しそうに話し始める。昼間の興奮がそのまま残っているみたいだ。

 

「へぇ、良かったね」

 

 蛍ちゃんが柔らかく相槌を打つ。

 

「あと、マンタもいたん!」

 

「あの、でっかくて平べったいやつ?」

 

「そうなん!」

 

 姉ちゃんの確認に、れんげは力強く頷いた。

 

「よっくんも見たんだよね? どうだった?」

 

 隣から姉ちゃんに話を振られて、オレは一瞬言葉に詰まる。

 

「その話は、あまりしたくない……」

 

「???」

 

 キョトンとする姉ちゃん。見てないんだよ、マンタ……。波酔いでダウンしたひか姉の介抱に追われて、海中どころじゃなかったし……。

 

 ……というか、よりによって今、あの光景を思い出したくない。食事中だぞ! 今! オレは無言でお茶を啜る。海中を漂うあの芳ばしい光景を振り払う為に。

 

 

「でもイルカは見れなかったん……。やっぱりイルカ見たいん。じゃないと絵が完成しないん」

 

 少しだけトーンを落として、れんげが呟く。そういえばイルカの絵が描きたいって言ってたっけ。

 

「でも明後日には帰るし、見られるかな?」

 

「明後日……か……」

 

 小鞠ちゃんの言葉を聞いたなっちゃんがぽつりと呟いた。その声が、やけに静かで。オレは思わずそっちを見る。

 

「あ、明後日には、帰っちゃうんですね」

 

 いつの間にか近くにいたあおいちゃんが、少し寂しそうに声をかけてくる。なっちゃんは一瞬だけこっちを見た後、すぐにいつもの笑顔に戻った。

 

「うん、当たった旅行、三泊四日だったからね。デパートの福引でこの旅行当てたんだ! ……兄ちゃんが!」

 

 なっちゃんが卓を指さす。突然話を振られた卓は、あおいちゃんの方を見て、軽く一礼した。

 

「へぇ、いいなぁ。うちはそういうの当たらないから……あ、……当たらない。ですから……」

 

「別に敬語使う必要ないって」

 

「あ、うん!」

 

 途中で言い直して、少しだけ照れたように笑うあおいちゃん。なっちゃんが気にしないように諭すと、ぎこちなさがほどけていく。

 

「でも、デパートが近くにあるなんていいね! この辺デパートとか無いから」

 

「うちの方も、車が無いとデパートには行けないん」

 

「山とか川とか、畑ばっかだよ」

 

 オレたちの田舎話に、あおいちゃんは興味津々といった顔をする。

 

「へえ、どんな所なんだろ?」

 

「見せてあげるん! 部屋にスケッチブックあるん!」

 

「れんちゃん、いろいろ絵を描いてたもんね!」

 

「じゃあさ! 後でウチらの部屋に遊びにおいでよ!」

 

「えーっと、じゃあ、お母さんが良いって言ったらちょっとだけ!」

 

 そのやり取りを聞きながら、オレも自然と口を開く。

 

「あおいちゃん! お仕事頑張ってね!」

 

「はい!」

 

 ぱっと花が咲いたみたいに、あおいちゃんが嬉しそうに笑う。そのまま、ぺこりと頭を下げて、厨房の方へと戻っていく。

 

 残された食堂には、どこかあたたかい空気が残った。

 

 

 ――明後日……か。

 

 

 楽しい時間って、どうしてこうもあっという間なんだろうな……。

 

 

 

 

 一通り食事が進んで、場の空気もすっかり和んできた頃だった。

 

「よっくん、にゃんか宿の娘さんと仲良くなってる?」

 

 コップを片手に持った姉ちゃんが不意にそんなことを言ってきて、オレは箸を止めた。

 

「まーなー! 今朝ちょっと話をしてな! 早起きは三文の得ってやつだ!」

 

「ほーほー、お寝坊なよっくんが珍しい♪」

 

 胸を張って答えると、姉ちゃんは面白そうに目を細めた。からかうような声に、少しだけむっとする。

 

「それはそうと、姉ちゃん。……なんか距離近くね?」

 

 気づけば姉ちゃんは、オレの方に身を乗り出している。妙な圧を感じて、思わず身を引きそうになる。

 

「しょうかな? 別に普通だと思うよ♪」

 

 姉ちゃんが、いつも通りの笑顔でそう言って、そのままふわりと距離を詰めてきた。

 

「ちょ、姉ちゃん――」

 

 言い終わる前に、視界が、近づく。

 

 

 

 

 ほんの一瞬。口に何かが触れた気がする。

 

 その時間が、やけに長く感じた。

 

 

 

 

「はぁぁ!?」

 

「え、ちょ、なにしてんの二人とも!?」

 

「おいお前らやめろ! こんな場所で!!」

 

 次の瞬間、一斉に飛び込んでくる周囲の声。そこでようやく、自分の状況を理解する。

 

(……今の、まさか……)

 

 口元に残るわずかな熱。それと同時に、ゴクリと唾を飲み込むと、ほんのりとした苦味が広がった。

 

「に、苦っ……!? なんだこれ……!?」

 

 慌てて離れようとするが、姉ちゃんの左腕がオレの肩にしっかりと絡みついて離れない。

 

「ふふ……沖縄のお水は特別なんだよ?」

 

 姉ちゃんは笑顔で、右手に持っているコップを見せつけてくる。

 

「いやいや!? 絶対水じゃないだろこれ!? なんか苦かったし! 変なの混ざってるって!!」

 

「お前ら! いいから離れろ!」

 

「よしお! 無理やりでも引き剥がせ!」

 

 周囲が一斉に動こうとする中、姉ちゃんの身体がふらりと揺れる。

 

「あれぇ……? なんかクラクラしてきたかも……?」

 

「うおっ!? ちょ、危ないって!」

 

 さらにこちらに体重が預けられた。

 

 

 

 

「このみ……、それ、ウチが頼んだ地酒……」

 

「「「えっ!?」」」

 

 先生の言葉に全員の声が重なる。

 

「飲んじまったのか!? おいこのみ! さっさとそれ寄越せ!!」

 

「やだよぉ、楓ちゃんこわーい♪」

 

 完全に出来上がっている様子の姉ちゃん。

 

 けど、肩に絡みつく左腕の力だけは、やけにしっかりしていて、オレを逃がす気配がない。

 

「ま、待て待て……え、酒!? オレも飲まされた!? なんか身体が熱くなって来たんだけど!?」

 

 ファーストキスは酒の味でしたってか? ……よりによってこんな形でかよ。口の中に残る苦味と、じわじわと上がる体温。頭が少し軽くなってくる。

 

 

 

 これが――

 

 

 酔いか――

 

 

 

「何現実逃避してんだお前! はやくこのみを止めろ!!」

 

 ひか姉のツッコミでオレの意識は戻った。

 

「うわっ! よっくんもこのちゃんも顔真っ赤っか!」

 

「あわわわ……!」

 

「ほぉー……」

 

「れんちょんにはまだ早い! 見ちゃダメだ!」

 

 小鞠ちゃんと蛍ちゃんは慌てふためき、れんげは興味深そうに見つめ、それをなっちゃんが全力で遮る。

 

 完全に収拾がつかない。

 

 

 その中心で――

 

「よっくーん……なんか動けにゃい……」

 

「姉ちゃん、とりあえず離れよう! な!」

 

「やだよぉ……」

 

 指先だけが、少し強く食い込む。

 

 

 

「……ひとりにしないで

 

 

 一瞬だけ、一言だけ声の温度が変わる。呼吸が止まりかけた。

 

(……今のは)

 

 考えるより先に、その温度だけが残った。

 

 

 けれど――

 

 

「なーんてね♪」

 

 すぐに軽い調子に戻って、空気は何事もなかったかのように流れていく。

 

「と、とにかく! ここに置いとくわけにもいかん! 部屋行くぞ部屋!!」

 

「さんせーい……♪」

 

 軽い返事と同時に、覚悟を決める。そのまま、姉ちゃんを抱き上げた。

 

 ――いわゆる、お姫様抱っこ。

 

「そんなに重くはないけど! 精神的にめちゃくちゃ重い!!」

 

「失礼だなぁ……♪」

 

「おい待て! お前らだけで行くな!!」

 

「確かに! 絶対なんかやらかすぞ、こいつら!!」

 

 楓ちゃんとひか姉は心配した様子でオレ達の後をついてきた。

 

 

「いいかよしお! 変なことしたら――」

 

「マジで説教だからな!!」

 

 

「いや、しないって!! …………たぶん」

 

 

「そこはしっかり否定しろ! シスコン野郎!」

 

 

 背中に飛んでくるツッコミを受けながら、オレはそのまま食堂を後にする。ざわついた視線と声の中で、、腕の中の体温だけが、やけに生々しく残った。

 

 

 ――さっきの言葉が、離れない。

 

『……ひとりにしないで』

 

 あれが冗談なのかどうか、まだ分からなかった。

 

 

 

 

 四人部屋・サンダンカの間

 

 

「とりあえずこんなもんかな?」

 

 酔いでフラフラになった姉ちゃんをベッドに入れて掛け布団をかけたオレ。

 

 当初は女性の部屋に無断で入る事に遠慮して、一時的にオレと卓の二人部屋に運ぶつもりでいたが、楓ちゃんが直接姉ちゃんのベッドまで連れていけ。との許可を貰ったので、オレは今、姉ちゃん、ひか姉、楓ちゃん、先生の四人部屋に来ている。

 

 なっちゃん達子供部屋の四人も心配して様子を見に来たが、姉ちゃんをベッドに運ぶと安心した様子で、全員部屋へと戻っていった。あおいちゃんと会う約束もしていたし、後でみんなで話をするんだろうな。

 

「さて、それじゃあオレもお暇しますか」

 

 姉ちゃんをベッドに運べたし、役目は終わった。長居は無用。オレも自分の部屋に帰るとしよう。

 

「いかないで……」

 

 その声に思わず足を止めてしまう。

 

「ずっと一緒にいたい……」

 

 気づけば掛け布団の端から手が伸びて、オレのシャツを掴んでいた。

 

「ええっと……」

 

 どうしよう? ひか姉、どうしたらいいと思う?

 

「いや、こっちみんなって……。えっと……、このみ、よしおの奴を部屋に帰してやれ。な?」

 

 オレが無言で助けを求めると、ひか姉は諭すような口調で姉ちゃんのベッドに近づく。

 

 

「ヒィッ!?」

 

 しかしひか姉は、姉ちゃんの顔を見たと思ったら、小さく悲鳴を上げて、速攻で自分のベッドに逃げるように潜り込んでしまう。そのまま頭から布団をかけて、あっという間にその姿が見えなくなってしまった。

 

「ひか姉? どしたん?」

 

 声をかけるが返事が返ってこない。盛り上がったベッドは、分かりやすくブルブル震えていた。

 

 ……いや、本当にどうした!?

 

「こっちおいで、よっくん。怖くないから♪」

 

 疑問に思ってると姉ちゃんから優しい言葉が返ってきた。少し圧が強くなってる気がする。そんな穏やかな姉ちゃんのセリフとは裏腹に、ひか姉の入ったベッドは、今も震え続けている。

 

 ……なんか怖くなってきたんですけど!?

 

「こっちに来いって言われても、そこはベッドの中なんだが? ……一緒に寝ろって事か?」

 

「ずっと一緒に居よう?」

 

 いつの間にか、姉ちゃんの身体はベッドの右端に寄っていた。確かにこれなら、もう一人分入れなくも無いが……、ひか姉は尚も掛け布団を被って震えてる。……楓ちゃん、どうしよう?

 

「……とりあえず入ってみれば良いんじゃないか?」

 

 オレと目が合った楓ちゃんは困ったように答えた。

 

「良いのかな? オレ、この部屋で一晩過ごしちゃって……」

 

「このみが寝付いたらコッソリ帰れ」

 

 オレが冗談交じりで疑問を口にすると、楓ちゃんは一言で切り捨てた。まぁ、そうするのが妥当だな。

 

「よっくんと一緒♪ よっくんと一緒♪」

 

 でもなんかこの人ウキウキしだしてて、すぐに寝そうにないんですけど……。

 

 

 

 

 あれからどれだけの時間がたったのだろうか。当初は暑苦しいと思った姉ちゃんの体温にもすっかり慣れて、むしろ安らぎを感じてきてしまっている。

 

 周りを見渡すと、楓ちゃんはベランダにいてベッドにはいない。ひか姉は相変わらず布団を被って震え続けている。

 

 先生は我関せずで布団を蹴とばして、大きなイビキをかいて爆睡してる様子だ。浴衣がはだけているのに全然興奮してこないのは何故だろう……。初日の水着姿でも、出る所は出てたし、スタイルだって悪くない。しかしなんかときめかない。……単純に、この人を女として見たら負けな気がするからだろうな。

 

 

「よっくん……行かないで……ずっと一緒……だよ……」

 

 布団に入ってからの姉ちゃんは大人しく、時々寝言の様に、オレから離れたくない趣旨の言葉を呟いている。

 

 

「あむ……」

 

 時々首筋に軽く噛みついてきたりする事を除けば大人しい物だ。

 

 

 ――スリスリスリ……

 

「大きくなったね……」

 

 そして時々、女性陣がいる場では口に出せない部分を撫でてくる。ひか姉のベッドから「このシスコンが!」という声が聞こえた気がした。しかしどうやらオレは正常みたいで、実姉では大きくならなかったようだ。そこだけは安心した。

 

 

 どうしよう……。当初は楓ちゃんの提案通りに、姉ちゃんが寝ついたらこっそり部屋を出ていくつもりだったのに、両腕で身体をガッシリホールドされていて身動き出来ない。手詰まりだ。いっそこのままオレも寝てしまった方が楽になれる気がしてくる。

 

 

「ひとりにしないで……」

 

 眠るみたいな声が、胸のすぐ近くで落ちる。

 

 触れ合ったままの体温が、じんわりと熱い。

 

「姉ちゃんを一人になんてするかよ……。ずっと一緒だ」

 

 小さく息を吐く。

 

 暗い部屋の中、聞こえるのは先生のイビキと、規則正しい寝息だけ。

 

 オレも目を瞑って寝てしまおう。……酔いが冷めれば、きっと明日にはいつもの姉ちゃんに戻ってる。

 

 だから、今だけだ。

 

 

 

 

 

 

……うそつき

 

 

 

 

 

 

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