のんのんびより ― ある田舎男子の日常 ― 【ばけーしょん編更新中】 作:NIZI
旅行三日目。
今回はよっくん達以外にも、それぞれの沖縄時間を少しだけ。
桟橋を後にしたオレ達は、そのまま南へと歩き、初日にみんなで泳いだビーチまでやって来ていた。
白い砂浜と、どこまでも透き通った海。陽射しは相変わらず強いけど、海から吹いてくる風は心地良くて、大きな屋根付きの休憩スペースに腰を下ろすと、自然と肩の力が抜けていく。
波の音をぼんやり聞いていると、隣で海を眺めていたひか姉が、ふと思い出したように口を開いた。
「水着、持ってくるべきだったかな?」
「ん? ひか姉、もしかして泳ぎたくなった?」
「いや、別にそういう訳じゃないけど、大した荷物じゃないから持ってくるべきだったかなって」
そう言いながら、ひか姉は遠くの海面へ視線を向けたまま、小さく肩をすくめる。
……まあ、素直に「泳ぎたい」と言うのは少し照れ臭いんだろうな。
すると、そんな空気を待っていたかのように、姉ちゃんが得意げに胸を張る。
「ふふん、実はこんな事もあろうかと、私は持ってきたんだよね! 水着♪」
「えー、なんかズルいな……」
やけに準備が良いな、病み上がりのくせに変な所だけ抜かりがない。
苦笑しながら何気なく姉ちゃんの方へ目を向け――そして、オレは固まった。
姉ちゃんの手には、旅行前に全力で却下した、あの布面積の少ない赤い水着が、これ見よがしに握られていた。
「ちょい待てや!」
「わわっ!」
オレは反射的に立ち上がり、慌てて姉ちゃんの元へ駆け寄る。
そのまま素早く水着をバッグの中へ押し込み、周囲を確認。
「おいおいなんだよ急に叫んで……」
こっちを見ながらキョトンとするひか姉。……よし、見られてないな!
「何で持ってきてんだよそれ……」
オレはそのまま小声で姉ちゃんに問い詰める。
「いやぁ、別に大した荷物じゃないし。持ってきてもいいかなぁって♪」
「やめてよね! オレ、ただでさえ姉ちゃんの水着を選んだ男だって認定されてんのに……」
もしこの水着を見られたら終わる。絶対にオレが選んだって思われる。初日の前科のおかげで弁解の余地がない。
そんなオレ達の様子を、不思議そうにひか姉が眺めていた。
「二人とも何コソコソしてんだよ?」
「あ、ごめんごめん! 少し姉ちゃんがふらついたのが見えてね! あはは……」
「はぁ……、はいはいシスコンシスコン……」
呆れたような目を向けられる。
けど、あの水着を見られるダメージに比べたら、シスコン扱いなんて蚊に刺された程度のものだ。
「それは絶対に出すな! オーケー?」
「おっけーおっけー♪」
オレは小さく安堵の息を吐きつつ、姉ちゃんには絶対に誰にも見せないよう、念入りに釘を刺しておいた。
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船から降りた一穂と楓の二人は、石垣島にある景勝地へと足を運んでいた。
陽射しを受けた海面が、穏やかに揺れている。慌ただしい日常から切り離されたみたいな静けさに、一穂はそっと目を細めた。
「おー、これは確かに綺麗っすねぇ」
楓が思わず感嘆の声を漏らす。普段は駄菓子屋でぼんやりしている事の多い彼女だが、流石にこの景色には少し心を動かされたらしい。
一方、一穂は海風に髪を揺らしながら、穏やかな表情で湾を眺めていた。
そんな時だった。
「お、このみからメールだ。ふーん、あいつら外に出られるようになったか……」
楓がスマホを取り出して軽く目を細める。
「こっちもひかげから連絡が来た。よっくんとこのみの写真と一緒に。なんかこのみ、吹っ切れたような感じがするね」
一穂はそう言いながら、送られてきた写真へ視線を落とした。
そこには、強い陽射しの下で並んで立つ、このみとよしおの姿。二人とも自然な笑顔を浮かべていて、特にこのみの表情は、いつも以上に晴れやかだった。
一穂の口元に、ふっと柔らかな笑みが浮かぶ。
「開き直ったの間違いじゃないっすかね? 実はまだ酔いが残ってるとか?」
楓が肩をすくめるように笑う。
「どちらにしても、楽しんでるみたいで何よりだ」
そう言って、一穂は再び海へと目を向けた。
エメラルドグリーンの海はどこまでも穏やかで、ゆっくりと流れる時間そのものみたいだった。
「私達も今日は保護者役とか忘れて、思いっきり楽しみましょうよ!」
「そうだねぇ」
一穂は小さく頷く。
潮風が頬を撫で、遠くから観光客達の笑い声が微かに聞こえてくる。
こんな風に何事にも捕われずに景色を眺める時間も、なんだか久しぶりな気がした。
「すーくんも楽しんでるといいけど」
ぽつりと漏れた言葉は、海風に溶けるように静かだった。
「まあ、あいつは昔から掴み所がなかったし、なんだかんだやってんじゃないっすか?」
楓は苦笑しながらそう返す。
二人は卓の事も誘ってはみたのだが、彼には既に先約があるらしく、あっさり断られていた。自由行動の日でもあるし、特に気にする事もなく、そのまま別行動になった。
――もっとも、その“先約”の内容までは流石に知らない。
青い海を眺めながら、一穂はふと小さく目を細めた。
子供達も、それぞれ自分達なりに沖縄を楽しんでいる。
だったら今日は、自分達も少しくらいは羽を伸ばしてもいいのかもしれない。
そんな事を思いながら、一穂は静かに潮風を吸い込んだ。
――――――――――――――――――――――――
同じ頃、――竹富島のとある山奥。
宿敵同士であった二体の獣、ハブとマングースは睨み合っていた。一人の男、越谷卓は、この三日間で、それぞれと絆を深め合っており、何としてもこれを止めたかった。
卓は二体の間に割って入り、戦いを止めようと奮闘。しかし彼の努力も空しく決闘は始まってしまった。卓は膝から崩れ落ちて、拳を地面を叩きつけながら、己の無力を噛み締めるのであった。
――――――――――――――――――――――――
あおいに案内されながら島を回っていた夏海達は、赤瓦屋根の小さな土産物屋へと立ち寄っていた。
店内には沖縄の守り神・シーサーの模型や人形、玩具に貝殻細工や色鮮やかなアクセサリーが並んでいる。
観光客達の話し声と、どこかゆったりした島の空気が混ざり合い、店の中には穏やかな時間が流れていた。
「うーん…………」
そんな中、夏海はアクセサリー棚の前で足を止めていた。
視線の先にあるのは、小さな水色のイヤリング。海を閉じ込めたみたいに透き通った色が、光を受けて静かに揺れている。
「どうしたの夏海? それはあめ玉じゃないけど」
「流石に間違えんわ! ただ何となく見てただけだよ」
すかさず返しながらも、夏海の視線はイヤリングから離れない。
そんな妹の様子に、小鞠は少し意外そうに目を丸くした。
「へぇ、夏海がこういうのに興味持つなんて珍しいね」
「確かにきれいな水色ですね!」
蛍も興味深そうに覗き込む。
すると、れんげが何気なく口を開いた。
「そういえばよっくん、青とか水色が好きだって言ってたん!」
その言葉に、夏海の肩がぴくりと揺れる。
「そういえば、このちゃんの着てた水着も青かったよね……」
小鞠があさっての方向へ、じとっとした目を向ける。
「あ、あはは……」
蛍は苦笑いを浮かべながら、初日の騒動を思い返していた。
「迷ってるなら買った方が良いと思うな!」
そんな空気の中でも、あおいはにこにこと楽しそうだ。
「えっ? でもウチはこういうの詳しくないし……」
夏海は少し気まずそうに頭をかく。
アクセサリーなんて、自分には似合わない気もするし、どう選べばいいのかも分からない。
けれど、蛍は優しく微笑んだ。
「だったら猶更買うべきです。一目でピンと来たって事ですから!」
「そ、そう? それじゃあ……って、あ……」
財布を開いた瞬間、夏海の動きが止まる。
中を覗き込んだまま、表情がじわじわと曇っていった。
「お菓子とか食べ物とか買い過ぎてお金ないや。やめとく……」
しょんぼりと肩を落とす夏海。その姿に、一同から揃ってため息が漏れた。
「全くしょうがないな……、それじゃあ、これは私が買おうかな?」
「え? 何で姉ちゃんが?」
「珍しく夏海が興味を持ったアクセサリーだから記念にね!」
「えー……」
夏海の嫌そうな顔をよそに、小鞠はどこか嬉しそうにイヤリングを手に取った。
「もし身に着けたくなったらいつでも声かけてよ! 貸してあげるから!」
「いやいやないから……」
夏海は呆れたように手を振って返す。けれど、その視線は最後まで、水色のイヤリングから離れなかった。彼女の胸の奥に、小さなしこりのような感情だけが、静かに残り続けていた。
――――――――――――――――――――――――
皆治(カイジ)浜――別名星砂浜。
白い砂浜と所々ある岩場。そして透き通った明るい海が広がるその場所へ辿り着いた瞬間、オレは思わず両手を広げた。
「へへ…きたぜ。ぬるりと……」
「それはカイジじゃなくてアカギだ」
即座にひか姉からツッコミが飛んでくる。
「相変わらず海、綺麗だね」
姉ちゃんはそんなやり取りを気にせず、穏やかな笑みを浮かべながら海を眺めていた。
ビーチで一休みした後、オレ達はこの砂浜へ来ていた。ここに来た目的は、泳ぐ事じゃない。
――そう思っていた矢先だった。
「あれ? よっくん?」
「このちゃんにひか姉も! 元気になったんだね! 良かった!」
聞き慣れた声に振り向くと、そこにはなっちゃん達の姿があった。
「あおいちゃん! この場所を教えてくれてありがとう! オレ達も楽しんでるよ!」
「いえいえどういたしまして。楽しんで頂けて良かったです」
オレは忘れずにお礼を言う。どうやら向こうも、あおいちゃんに案内されてここまで来ていたらしい。
自然と全員が合流し、砂浜には和気藹々とした空気が流れ始める。
波の音を聞きながら並んで海を眺めていると、蛍ちゃんがぽつりと呟いた。
「何度見ても、綺麗な海ですね」
「だねー」
「でも今日は水着持ってきてないん。泳げないんな」
れんげが少し残念そうに肩を落とす。
「私は水着、持ってきてるんだけどなぁ」
「うわっ、午前中寝込んでたのに用意良いな」
姉ちゃんの言葉に驚いた表情のなっちゃん。――いやいやいやいや。さっき「あの水着を出すな」って釘を刺したばっかりだろ!?
この人、絶対わざとだ! とりあえず今は、何としても水着を出させない方向に持っていかないと……。
「ね、姉ちゃん。みんな水着持ってきてないんだし、一人だけ泳いでも虚しくならない?」
「え? みんなが泳げない時に一人だけ泳ぐの気持ち良さそうだけど?」
「性格悪っ!? そもそもこの場所は遊泳禁止! 後、病み上がりなんだから無理すんな!」
「はーい♪」
返事だけは素直だ。絶対反省してないけど。
「このちゃんがよっくんに注意されてる……。なんか珍しいね」
小鞠ちゃんが目を丸くしてこっちを見てくる。
そんなに珍しい事なんだろうか。
確かに今日の姉ちゃん、妙にテンション高い気はするけど。
そんな中、あおいちゃんがにこっと笑って手を叩いた。
「水着は無くても大丈夫だよ、泳ぎに来たわけじゃないから」
「じゃあ何するん?」
「ふふん!」
得意げに胸を張ったあおいちゃんは、そのまましゃがみ込むと、砂浜に手を押し付けた。
「こうやって砂浜に手をギューって押し付けて見て!」
みんな顔に「?」を浮かべながらも、言われた通りに手を砂へ押し当てる。
オレもやってみようっと!
「手に何か付いてない?」
「砂しか付いてないん」
「もっと良く見てみて」
あおいちゃんに促され、れんげが自分の手に顔をぐっと近づける。
「なっ!? ウチの手に小っさい星くっ付いてるん!」
なんじゃこりゃああ!! とでも言いそうな表情を浮かべるれんげ
「お! ウチの手にも付いてる!」
「私も見つけました!」
「可愛い!」
次々に歓声が上がる。
オレも自分の手のひらを見下ろす。そこには、小さな白い星みたいな砂粒がいくつも付いていた。
これが――星砂。今日、ここへ来た本当の目的だ。
「はい! この瓶に星砂詰めて、持って帰ってね!」
あおいちゃんはそう言って、小さなガラス瓶を両手いっぱいに取り出した。
数は七つ。
ちゃんとオレ達全員分ある。
「え、良いの? 貰っちゃって?」
「悪いね、オレ達の分まで」
「ありがとね♪」
みんなで礼を言うと、あおいちゃんは嬉しそうに笑った。
この小さな星砂は、きっと沖縄の思い出としてずっと残り続ける事だろう。
――そんな風に、ちょっと良い感じに締まりかけた、その時だった。
「あっ! あっちにヤドカリいるん!」
れんげが突然走り出す。
そして、その勢いのまま。
「――あっ」
どんっ、と姉ちゃんの足元にぶつかった。
姉ちゃんは肩に掛けていたバッグを砂浜へ落として、その衝撃で中身がばさっと飛び出した。
そして――
「あ…………」
オレの喉から、思わず声が漏れる。
「ん? これ、初日に着てたあの青いビキニじゃないな。赤い水着? ……てなんじゃこりゃあ!?」
ひか姉が何気なく拾い上げた赤い水着を見て、目を見開いた。
…………終わった。
「隠せる場所、少ないんな?」
「そういえばこのちゃんの水着、よっくんが選んだんだっけ……」
「えっと、……流石にこれは、その……」
「よっくんのすけべ……」
みんなの視線が、一斉にオレへ突き刺さる。
いや違う。
違うんだ。
思えばここで咄嗟に言い返せば誤魔化せたかもしれないが、人間、本当に追い込まれると頭が真っ白になるらしい。
オレは動揺から何一つ言葉が出てこなかった。
結果――沈黙が、何より雄弁な肯定になってしまう。
一方その頃、事情が分かっていないあおいちゃんだけは、困ったように苦笑いしていた。……かわいい。思わず現実逃避してしまった。
「ていうかこのみ。お前本気でこれ着るつもりだったのか?」
「うっ……そ、それは……」
姉ちゃんの顔がほんのり赤くなる。珍しく言葉に詰まり、視線を逸らした。
いや待て! そこで照れるなよ! 何でもいいから弁明しろよ!
みんなの目がどんどん冷たくなってきてるんですけど!?
「あ、あああああああああ…………」
視界がぐにゃりと歪む。目の前がまっくらになった。
一穂&楓パートの場所モデルは石垣島の川平湾。
舞台の竹富島から自由行動の範囲で行ける場所を調べながら組みました。
卓パートのハブとマングースは、原作の柱コメントネタです。
なお本人は大真面目。
メイン四人組は基本的に劇場版準拠。
午前中はあおいちゃんの学校でバドミントンしてました。
よっくん、もはや見慣れた社会的な死。なお夜には復活してる模様。
ばけーしょん編もいよいよ佳境。あとは満天の星空シーンと、帰るだけです。
……後二回くらいで終わるかな?(フラグ)