のんのんびより ― ある田舎男子の日常 ― 【ばけーしょん編更新中】   作:NIZI

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劇場版編。いよいよクライマックス。


第11話 満天の星空の下で思い出を作った

 

 夕食後、四人部屋『サンダンカの間』

 

 ベッドに寝転がったひかげが、天井を見上げながら大きく息を吐く。

 

「もう最後の夜かー……」

 

 その声には、楽しかった時間が終わってしまう寂しさが滲んでいた。

 

「ひかげちゃん、やっぱり名残惜しい?」

 

 このみがくすりと笑いながら聞くと、ひかげはむくりと身体を起こし、不満そうに口を尖らせた。

 

「飛行機での耳閉感から波酔い、酸欠を乗り越えてやっと体調が万全になったのにもう明日帰るんだと思うとな……」

 

「なんか、それだけ聞くと災難続きに聞こえるね」

 

「"聞こえる"じゃなくて災難続きだったんだよ! それと最後の酸欠はお前のせいでもあるんだからな! 今からでも楽しい思い出作らないと気が済まん! なんでもいいから楽しい事よこせ!」

 

 そう言って、ひかげはベッドをドンドンと叩きながら駄々を捏ね始めた。

 

「あーもう……、子供みたいな事言うなよ……」

 

 楓は呆れたように肩を竦める。このみは、昨夜に自分が起こした騒動を思い出して、少し罪悪感を抱えた表情をしていた。

 

 そんなやり取りをしていると、不意に襖が開く。

 

「たっだいまー」

 

 のんびりした声と共に入ってきたのは一穂だった。両腕いっぱいに抱えているのは、色とりどりのカップ麺だ。

 

「先輩? 何処行ってたんですか?」

 

「いやあ、食堂で売ってたカップラーメンが目に入っちゃって、つい買っちゃった!」

 

 得意げに積み上げられたカップ麺を見せる一穂に、このみが「あー!」と声を上げる。

 

「そんなラーメン食ってるなんて、子供達にバレたらうるさいですよ?」

 

「ふふん、いいのいいの! ……子供達に隠れて食うラーメンは、美味いぞ?」

 

 一穂は悪戯っぽく笑いながら、小声で囁いた。

 

 その甘美な響きに、全員の視線が自然とカップ麺へ吸い寄せられる。

 

 ごくり、と喉が鳴った。

 

「……で、どんなのがあるんです?」

 

「えっとね、こっちが醤油で、こっちが味噌、あ、うどんもあったわ。後せっかくだから沖縄そばも買ってみた」

 

「夜食べたら太っちゃうなー! でも今日くらいいいか♪」

 

「おい、私にも寄越せ! 朝食えなかった分食いまくってやる!」

 

 すっかりカップ麺に興味が移る一同の会話に、ひかげはさっきまでの不満も忘れたように身を乗り出す。

 

 どうやら大人になっても、旅先でこっそり食べる夜食の誘惑には勝てないらしい。

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 同時刻、四人部屋『ブーゲンビリアの間』

 

 明日の帰宅前に向けて、荷物の整理を始めている蛍と小鞠。部屋のあちこちには、お土産の袋や畳み途中の服が散らばっていた。

 

「ああーもう荷物入り切らない!」

 

「私もです。そんなにおみやげ買ってないんですけど……」

 

 そんな二人を尻目に、れんげは座布団の上でスケッチブックを開いている。

 

「そういえばれんちゃん。イルカ、見れなかったね……」

 

「あともう一つないと絵が完成しないん」

 

 れんげは表情を変えないまま、顎に手を当てて考え込む。

 

「でも、いっぱい描けたね!」

 

「うん。沖縄はキラキラしてたん」

 

 その言葉に、蛍と小鞠は自然と顔を見合わせ、小さく笑った。

 

 ――明日には、この景色ともお別れなのだ。

 

 そんな実感が、少しずつ胸に染み込み始めていた。

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 やど家にいざと、その中庭。

 

 昼間は眩しいくらいだった空も、今はすっかり夜の色に染まっていた。庭先を抜ける潮風が心地良く、遠くからは静かな波の音が聞こえてくる。

 

 オレがふらりと外へ出ると、ブランコに座るなっちゃんの姿が目に入った。

 

 昼間に集めていた星砂の瓶を眺めながら、ぼんやりと夜空を見上げている。

 

 その横顔は、どこか寂しそうだった。

 

「あ、なっちゃん」

 

「よっくん……か」

 

 オレの姿に気付いた夏海が、小さく声を返す。

 

 ちなみに昼間の水着騒動については、オレが気絶した後、姉ちゃん自ら事情説明があったらしく、誤解は既に解けていた。正直あの時は死んだかと思ったわ。いろいろと……。

 

 なっちゃんは、無言のままブランコの端へ少し身体を寄せた。一人分空いたその隙間を見て、オレは少しだけ目を瞬かせる。

 

「隣……座る?」

 

「いいのか?」

 

「うん」

 

 隣へ腰を下ろすと、二人分の重みを乗せたブランコが、ぎぃ……と小さく揺れた。

 

 夜風が吹き抜ける。静かな中庭には、波の音だけがゆっくり響いていた。

 

「明日、帰るんだよね……」

 

「そうだな……」

 

 ぽつりと零れた言葉に、オレも小さく頷く。その一言で、胸の奥が少し締め付けられた。

 

 ついこの前来たばかりだと思っていたのに、もう最後の夜だなんて、全然実感が湧かない。

 

 しばらく、沈黙が続く。

 

 でも、不思議と気まずさは無かった。

 

 むしろ、この静かな時間が心地良かった。

 

 なっちゃんは少しずつ、身体を寄せてくる。オレはその温もりを感じつつ、空を眺め続けた。

 

「なんで……こんなに時間経つの……早いの……?」

 

 掠れた声と同時に、なっちゃんはオレの胸へ顔を埋める。まるで涙を隠すみたいに。

 

「まだ……、もっと、いたいよ……」

 

 胸元から伝わってくる声に、オレの胸まで苦しくなる。

 

 オレはそっと夏海の背中を撫でながら、夜空を見上げた。

 

 遠くで波の音が聞こえる。

 

 初日と何も変わらないはずの宿の灯りも、今はどこか寂しく見えた。

 

 みんなで笑って、遊んで、騒いで。

 

 そんな時間が、明日には終わってしまう。

 

 ――帰りたくない。

 

 ふと浮かんだその気持ちに、自分でも少し驚いた。

 

 こんな風に、この時間が終わるのを寂しいと思う旅行なんて、初めてだった。

 

「オレも寂しいよ。でも、だからこそ、楽しかったって、笑って帰りたいんだ」

 

 自分でも驚くくらい、静かな声だった。

 

 なっちゃんはオレの胸に顔を埋めたまま、小さく肩を震わせる。

 

「……うん」

 

 胸元から聞こえた声は、少し震えていた。

 

 でも、さっきよりほんの少しだけ、柔らかく聞こえた。

 

「また来ようぜ。今度はもっと長くさ!」

 

 そう言うと、なっちゃんはゆっくり顔を上げた。

 

 少し赤くなった目で、まっすぐオレを見る。

 

「そうだね! また来ようよ! 一緒に!」

 

 泣きそうだった顔に、いつもの明るい笑顔が戻る。

 

 その笑顔が眩しくて、少し照れ臭くなって視線を逸らす。

 

 するとなっちゃんは、そんなオレの反応が可笑しかったのか、くすっと小さく笑った。

 

 揺れるブランコ。

 

 潮風。

 

 静かな夜。

 

 波の音を聞きながら、オレはしばらく空を見上げていた。

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

「うっぷ……ちょっと食い過ぎたか……」

 

「今度はお腹を壊さないでよー」

 

 カップ麺を食べ終えたひかげとこのみは、腹ごなしに、散歩をしていた。

 

「あれ? あおいちゃんだ」

 

「本当だ、何してんだろ?」

 

 二人は茂みに身を隠すあおいを見つけた。

 

「何してんの?」

 

「ひゃっ!」

 

「ごめん、脅かしちゃった?」

 

「あ、いえいえ、こちらこそ怪しい真似をしてごめんなさい! その……、あちらを……」

 

 そう言ながら気まずそうに中庭を指を差すあおい。

 

 その先には、ブランコに乗って身を寄せ合う二人の男女の後ろ姿が見える。ひかげとこのみの二人は、そこから何やら甘い空気を感じて興味が湧いてくる。

 

「夏海と、よしお? ……あれ? なんかいい感じの空気? えっ!? まさかあの二人……!?」

 

「ほほう……、青春ってやつかな? やるねぇ♪」

 

「ちょっと素敵な場所に誘おうと思って探してたんですけど、声をかけづらくて……」

 

 あおいは苦笑いしながら口を開いた。

 

「素敵な場所か……、それ、私達も一緒に行っていいかな?」

 

「あ、はい、もちろんです!」

 

「ひかげちゃん、良かったね。思い出、出来るよ♪」

 

「素敵な場所ねぇ……、写真を撮れば自慢できるかな?」

 

 ワクワクしだすひかげを余所に、このみが夏海達の元へと歩いて行く。

 

「っておい、ちょっと待てって! 空気読んでそっとしといてやれよ!」

 

「でも、せっかくの景色を見逃したら後悔するでしょ?」

 

 このみが中庭に入ろうとするのを慌てて止めるひかげ。それに対してこのみは悪戯っぽく笑って答えた。

 

「……ついでに、ちょっとした仕返しも込みだけど♪」

 

「仕返し?」

 

「初日の部屋決めの時に、なっちゃんが口挟まなかったら、よっくんと二人部屋だったかもしれないし?」

 

「うわ、根に持ってるのかよお前……」

 

「ふふっ、冗談冗談♪ じゃあ呼んでくるから♪」

 

 今度こそ笑顔で中庭へと足を運ぶこのみ。ひかげは黙って見送る事しか出来なかった。

 

「えっと、その……頑張ってくださいね!」

 

 このみが中庭に入った後、あおいはひかげに励ましの言葉を贈る。

 

「お? おう、ありがとな!」

 

 ひかげは何に対しての応援かは分からないが、とりあえずお礼の言葉を返した。

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

「二人とも、少し良いかな?」

 

 このみが二人に声をかけると夏海は慌てて姿勢を正した。

 

「お取込み中の所ごめんね♪」

 

「姉ちゃん? 別に何も取り組んでないけど……」

 

「な、なんか用かな? このちゃん!」

 

 訝し気なよしおと慌てて取り繕う夏海を見て、このみは楽しそうに笑う。

 

「あおいちゃんが、見せたい物があるって探してたよ」

 

「「あおいちゃんが!?」」

 

 その名前を聞いた瞬間、二人は揃って立ち上がった。

 

「行こうぜ!」

「う、うん!」

 

 そんな二人を、このみは優しく微笑みながら見送った。

 

「青春だねぇ♪」

 

 このみは静かに呟いて、更に楽しそうに笑った。

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 よしおと夏海、このみの三人は、ひかげと一緒にいたあおいと合流。後から小鞠、れんげ、蛍呼び出して宿を離れる。ちょっとした大所帯となった一行は、あおいの案内で夜の森を歩いていた。

 

「私達に見せたい物ってなんですか?」

 

「着くまで内緒!」

 

「夜の道って怖いけどワクワクするんな!」

 

「だねー!」

 

 あおいの案内で楽しそうに話す夏海とれんげ。小鞠は暗闇の中で響く虫の羽音に身体を震わせ、蛍のすぐ隣へぴったり張り付いていた。

 

 

 

「何が見れるんだろうな」

 

「楽しみだねー!」

 

 少し離れた後方では、このみとひかげが楽しそうに話している。しかし、その隣を歩くよしおだけは、少し上の空だった。

 

「よっくん? 大丈夫?」

 

「あ、うん! 大丈夫大丈夫!」

 

 心配そうに覗き込むこのみに、よしおは慌てて笑顔を作った。

 

「楽しみだな!」

 

 そう笑いながらも、胸の奥は少しだけ落ち着かなかった。

 

 楽しい時間ほど、終わりが来るのが早い。

 

 そんな事を、考えたくもないのに考えてしまう。

 

 

 やがて前方から、あおいの声が響く。

 

「こっちこっちー!」

 

 あおいが懐中電灯を消した瞬間、世界から音が消えた気がした。

 

 

 

 全員が顔を上げる。

 

 

 

 目の前に広がったのは、息を呑むほどの満天の星空。

 

 

 空いっぱいに散りばめられた無数の星々が、まるで手を伸ばせば届きそうなほど近くに輝いている。

 

 

「――わぁ……」

 

 誰かが小さく漏らした声さえ、夜に吸い込まれていく。

 

 海もまた、星空を映したように淡く光っていた。

 

 波が揺れるたび、水面の青い光が静かに瞬く。

 

 空と海の境界が分からなくなる。

 

 まるで、自分達まで星空の中に立っているみたいだった。

 

「すごい……星。海も……」

「光ってるん……」

「これって……?」

 

「“夜光虫”だよ!」

 

 あおいは嬉しそうに笑いながら、海へ駆け寄った。

 

「今日はよく見えるって、お母ちゃんに聞いたから!」

 

 そして、そのまま水へ手を入れる。

 

 ――バシャン。

 

 跳ねた水飛沫が、青白く輝いた。

 

「すご……」

 

 よしおは思わず言葉を失う。

 

 光る波。

 

 きらきら舞う水。

 

 頭上には、吸い込まれそうなほど大きな星空。

 

 沖縄へ来てから見た景色の全部が綺麗だった。

 

 海も。

 

 空も。

 

 風も。

 

 でも今見ている景色は、その全部が一緒になったみたいだった。

 

「今日はね、星もすごく綺麗だから!」

 

 あおいはそう言って、空を見上げる。

 

 その横顔は、本当に嬉しそうで。

 

 “この景色を見せたかった”

 

 その気持ちが、言葉にしなくても伝わってきた。

 

「きれい……」

 

 蛍が思わず声を漏らす。

 

 

 みんな次々と海へ入っていく。

 

「うおっ、すげー!」

「うわあ……」

「ほおお……」

 

 足を動かすたび、水が光る。

 

 幻想的な景色に、誰もが目を奪われていた。

 

 最初に動き出したのは夏海だった。

 

「うおおーっ!」

 

 感動のまま、夏海は思い切り水を蹴る。

 

 バシャッ、と弾けた光が夜空へ散った。

 

 まるで星を撒き散らしたみたいに。

 

「なーん!」

 

「あははっ!」

 

 自然と笑い声が零れる。

 

 れんげが光る水を空へ放り投げ、小鞠がそれを真似して、蛍が楽しそうに避ける。

 

「それっ♪」

 

 このみがよしおへ光る水をかけた。

 

「うわっ!? やったな姉ちゃん!」

 

 よしおが反撃をしようと追いかけた瞬間。

 

「隙あり!」

 

 ひかげがその足を引っ掛ける。

 

「うおっ――!?」

 

 盛大に前へ倒れ込んだよしおは、そのまま顔面から海へダイブした。

 

 ――バシャアッ!

 

 青白い水飛沫が、キラキラと夜空へ舞い上がる。

 

 このみの笑い声。

 

 ひかげの悪戯っぽい顔。

 

 よしおの叫び。

 

 全部が波の音と混ざり合って、夜の海へ溶けていった。

 

 

 

 その後は、もう誰も止まらなかった。

 

 水を掛け合って、追いかけ回って、笑い合って。

 

 星空の下、光る海の中で、子供みたいに遊び続けた。

 

 夏海は、ふと立ち止まる。

 

 胸の奥が、じんわり熱かった。

 

 笑ってるのに、少し泣きそうで。

 

 この時間がずっと続けばいいのにと、夏海は本気で思った。

 

 今だけは、明日帰る事なんて忘れていたかった。

 

 でも――。

 

 夏海は振り返る。

 

 そこには、少し照れ臭そうに笑うあおいがいた。

 

 この景色を見せたくて、みんなをここまで連れて来てくれた女の子。

 

 夏海は思い切り息を吸い込む。

 

 

「あおいちゃん!」

 

 夏海が声を張る。

 

 

「ありがとう!」

 

 振り返ったあおいへ向かって、夏海は精一杯の笑顔を浮かべた。

 

 

「うん!」

 

 その笑顔の向こうで、星空がどこまでも広がっていた。

 

 

 波が揺れる。

 

 光が瞬く。

 

 笑い声が響く。

 

 旅行最後の夜。

 

 みんなで一緒に過ごした、この夜を絶対に忘れない。

 

 




次回、ばけーしょん編、最終回!
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