のんのんびより ― ある田舎男子の日常 ―   作:NIZI

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アニメ三期・第四話のお話です。しおりちゃん初登場回になります。


第6話 れんげがお姉さんになった

 勉強に煮詰まったオレは、気分転換でもしようと村の中をぶらぶら歩いていた。夏の日差しは相変わらず強いけど、木陰に入ると吹き抜ける風が心地いい。セミの鳴き声があちこちから響き、田んぼの稲は青々と風に揺れている。こんな景色を眺めていると、不思議と頭の中のモヤモヤも少しずつ晴れていく。

 

 ――お、あれは!

 

 道の先に、小さな女の子が一人。淡い桜色のツインテールが風に揺れているのを見て、すぐに誰だかわかった。

 

「しおりちゃん、こんにちは!」

「あ、よしおお兄ちゃんだ!」

 

 オレが声をかけた少女は、ぱっとこちらを振り向き、顔いっぱいに笑顔を咲かせてこちらに駆け寄ってきた。

 しおりちゃんは、つい最近この村へ赴任してきた駐在さんの娘さんだ。散歩の途中で何度か顔を合わせるうち、出会えば一緒に遊ぶのがいつの間にか定番になっていた。

 

「何をしてたんだい?」

「うーんとね、セミが飛んでてね! あっちの方に飛んでってね! そのままいなくなっちゃって――」

 

 身振り手振りを交えながら一生懸命説明するしおりちゃん。……なるほど。結論だけ言えば、セミを見失ったってことか。

 

「なるほどなるほど……よし! じゃあ虫が沢山いる所に行こうか!」

「いくいくー!」

 

 元気よく返事をすると、しおりちゃんはオレの隣へ並んで歩き出した。木々の多い林へ向かうと、セミやチョウがあちこちを飛び回っている。

 

「あっ! ちょうちょー!」

「お、あっち行ったぞ! 待て待てー!」

 

 しおりちゃんが夢中で追いかける。オレもそれにつられて追いかけると、チョウはふわりふわりとオレ達をからかうように飛び回り、そのまま高い木の上へ逃げてしまった。

 

「あー、にげちゃったー」

「一本取られたなー」

 

 二人で顔を見合わせると、どちらからともなく笑い声がこぼれる。

 その後は、四つ葉のクローバーを探したり、小さなバッタを追いかけたりした。

 しおりちゃんは天真爛漫を絵に描いたような子だ。一緒に遊んでいると、こちらまで子どもに戻ったような気分になってくる。勉強で凝り固まっていた頭も、いつの間にかすっかり軽くなっていた。

 

「あ、もうすぐお昼寝の時間だ!」

「じゃあそろそろ帰るか」

「うん!」

 

 オレはしおりちゃんの手を引きながら、いつものように警察署まで送り届けた。

 

「駐在さーん、いますか?」

「おや、よしおくんかい?」

 

 中からしおりちゃんの父親、駐在さんが顔を出した。

 

「あ、パパ! ただいま!」

「おかえり! 楽しかったかい?」

「うん!」

 

 満面の笑みで答えるしおりちゃんを見て、駐在さんもほっとしたように笑う。

 

「よしおくん、今日もありがとね」

「いえいえ、オレも楽しかったですから!」

 

 すると、しおりちゃんが何かを思い出したように目を輝かせた。

 

「よしおお兄ちゃん! 今度、あの"わしゃわしゃー"っていうの、またやってね!」

「わしゃわしゃ? それは一体なんなんだい?」

 

 ……しまった。よりにもよって、その話か。以前、蛍ちゃんが愛犬のペチを「わしゃわしゃー」と全身撫で回して可愛がっているのを見て、なんとなくのノリでしおりちゃんにもやってみた所、本人は大喜びだった。しかし保護者に説明するとなると、なんというか……語弊しかない。

 

「あ、す、すいません! 用事を思い出したんで帰りまーす!!」

「あ、ちょっと……」

 

 これ以上ここにいたらマズイ。危険察知センサーが全力で警報を鳴らしている。思わずスタコラサッサと交番を飛び出した。

 オレは新しく赴任してきた駐在さん一家とも、こうして気軽に話せるくらいには仲良くなっていたのだった。

 

 

 よしおが飛び出した後の親子の会話。

 

「パパ、わしゃわしゃっていうのはね――」

「…………ほう」

 

――――――――――――――――――――――――

 

 今日も今日とて、村の中をのんびり散歩中。勉強ばかりしていると息が詰まる。こうして外を歩いていると、自然と頭が軽くなるから不思議だ。

 ……ん?

 なんだか今日は、この辺りが妙に騒がしい。近所の人たちが何人も慌ただしく歩き回っている。その中に見覚えのある姿を見つけた。しおりちゃんのお母さんだ。

 

「こんにちは、今日も暑いですね!」

「あ、こんにちは、よしおくん」

 

 いつもなら穏やかに笑う人なのに、今日は明らかに表情が硬い。

 

「何か慌ててるみたいですけど、どうしましたか?」

「しおりが……しおりがいなくなっちゃって……」

「えっ!?」

 

 一瞬、頭の中が真っ白になった。しおりちゃんが迷子?

 

「今、ご近所の人たちに声をかけて手分けして探してるの……」

「分かりました! オレも手伝います!」

「ごめんね、ありがとう!」

 

 返事をすると同時に駆け出した。しおりちゃんが好きそうな場所ならだいたい分かる。

 この前遊んだ林や田んぼ道、神社まで心当たりを片っ端から探した。

 

 ――いない。

 

 汗が額からぽたぽた落ちる。何度も名前を呼びながら歩き回るが、返事は聞こえてこない。困ったな……どこにもいないぞ。

 すると、聞き慣れた声が飛んできた。

 

「あ、よっくんなん。よっくーん!」

 

 その声に振り向くと、大きなバスケットを両手で抱えたれんげが立っていた。

 

「れんげ? こんな所で凄い偶然だな」

「メリークリスマス夏ー」

「めりー……、なんだって?」

 

 真夏なのにクリスマス。……れんげだし気にしないことにしよう。

 

「よっくん汗びっしょりなん」

「ああ、走り回ってたからな」

「そんなよっくんに真夏のサンタクロースとして、これを上げますん!」

 

 そう言って、バスケットの中から真っ赤で大きなトマトを差し出してくる。

 

「これウチが手塩にかけて育てたトマトなん!」

「お、かなりデカいな! これ、もしかして春にみんなで植えたやつか?」

「あの時はありがとなん! 冷たいうちにどうぞおひとつ!」

「さんきゅっ!」

 

 言われるままにひと口、ガブリとかじりつく。

 

「んん!? これは……!」

 

 冷えた果肉が口いっぱいに広がる。汗で火照った身体へ甘さが染み渡る。

 

「うまい……!」

「この味、まさしく太陽の"えぐみ"なん!」

「……"恵み"だろ?」

 

 ツッコミを入れながらも手は止まらない。シャリ、シャリ、と夢中でかじり続け、あっという間に一玉平らげてしまった。ふぅ、生き返ったぜ!

 

「美味かった……! ありがとな、小さいサンタさん!」

「いえいえ、ではウチは別の場所へ向かいますん!」

 

 そうだ。今はのんびりしている場合じゃなかった。

 

「そうだれんげ! オレ、今女の子を探しててな! れんげより少し小さいくらいの女の子なんだけど、もし歩いてるのを見かけたら、交番に連れて来て貰えるか?」

「ウチより小さい女の子……、分かったん!」

「見かけたらで良いからな! じゃあトマトありがと! れんげも気をつけてなー!」

「バイバイなーん!」

 

 手を振って別れる。れんげはサンタクロースとして、他の人にもおいしいトマトを届けにいった。

 オレは再びしおりちゃんを探して走り出す。

 

 だけど――。結局、どこにも見つからなかった。手がかりを失ったオレは一旦警察署へ戻る事にする。

 

――――――――――――――――――――――――

 

「以前遊んだ場所をしらみつぶしに探しましたけど、いませんでした……」

「そうか、苦労をかけたね……」

「いや、労いの言葉は無事に見つかってからでしょう」

「そうだね……」

 

 警察署の中で、駐在さんの表情にも疲れが見えていた。場に重たい空気が流れる。

 

 すると――。

 

「パパ―、ただいまー!」

 

 元気いっぱいの声が響く。

 

「しおりちゃん!?」

「しおり!? 一体どこに行ってたんだ!?」

 

 入口から、探し回っていた当人が、何事もなかったかのように笑顔で駆け寄ってくる。

 

「あ、よしおお兄ちゃん、来てたんだ! えっとね、迷子になってたから案内してもらったの!」

 

 しおりちゃんが笑顔で指を差す先には驚いた表情を浮かべるれんげがいた。

 

「おまわりなさん家がおうちなのん?」

「うん、パパ、駐在さん!」

 

 どうやられんげがしおりちゃんを見つけて、ここに送り届けてくれたようだ。良かった……。

 

「れんげ、さっきぶり! しおりちゃん、見つけてくれてありがとな!」

「あ、よっくん! ……ついに警察に捕まっちゃったんな!

「おいコラ、どういう意味だ!」

 

 お礼を言ったっていうのに、その第一声はなんだ! 駐在さんも思わず苦笑いしてるし……。

 

「あはは……、本当にありがとうね、送ってきてもらって」

「お、おまわりさんに褒められたん……」

「外暑かったでしょ? ジュース、ごちそうするよ」

「ごちそうするー!」

「ジュース……、あ、そうなん! ウチ、サンタさんとして駄菓子屋にトマト届けないといけないん!」

「え、サンタ……?」

 

 駐在さんがれんげにおもてなしの言葉をかけるが、れんげは楓ちゃんへの配達を優先する様子。見上げた使命感だ。尊敬する。

 

「そういうわけで、ウチはお仕事しなきゃいけないですん、ご厄介かけましたん」

「いや、厄介掛けたのは、こっちの方だから……」

「それじゃ、バイバイなのん」

お姉ちゃん! トマトありがとう!」

「おねっ!?」

 

 しおりちゃんのお礼の言葉に、れんげの目が丸くなる。次の瞬間には頬を赤く染めて、照れくさそうに、それでも嬉しそうな表情をしていた。

 

 

「バイバーイ」

「ばいばいなーん」

「またなー」

 

 こうしてオレとれんげは交番を後にした。

 次の目的地は駄菓子屋。

 れんげのバスケットを見ると、真っ赤なトマトは残りわずかしか入っていない。

 今日一日で、たくさんの人へ届け歩いた証だった。

 

「バイバーイ」

「ばいばいなーん」

「またなー」

 

 後ろからまた声が飛んでくる。赤信号で横断歩道の前に止まると、交番の前でしおりちゃんが両手を大きく振っていた。オレ達もそれに応えた。

 

 そして信号が青になり、横断歩道を渡る。

 角を曲がる。

 また目が合った。

 

「バイバーイ」

「ばいばいなーん」

「またなー」

 

 結局、交番が見えなくなるまで、お互い何度も何度も手を振り合うことになった。こういう別れ方も、悪くない。

 

――――――――――――――――――――――――

 

 その後、駄菓子屋へ立ち寄ると、楓ちゃんがれんげから受け取ったトマトを豪快にかじった。

 

「うんま! これ本当にれんげが作ったのか!?」

「本当にウチが育てたん!」

 

 春からみんなで育ててきたトマトだ。美味いと言ってもらえると、オレまで嬉しくなる。

 

「みんなで苗を植えたし、オレもビニールハウス作りで大活躍だったんだぜ!」

「へー、そうか、それは良かったな」

 

 オレの言葉に適当な返事を返す楓ちゃん。雑な扱いにもだいぶ慣れてきた自分がいる。

 

「でな! ここに来る途中、迷子の子がいたから、トマトあげて、家まで送ってあげたん!」

「ほう偉いな、その子も喜んでたんじゃないか?」

「そうなん! お姉ちゃんありがとうって言ってくれたん!」

「ん? へー、だれが、なんだって?」

「なんなん!? その顔は!? ウチがお姉さんだったん!!」

「冗談だよ、冗談!」

 

 楓ちゃんは意地悪そうに笑いながらも、どこか嬉しそうだった。

 

「れんげがお姉さんか……」

 

 しみじみとトマトを眺める楓ちゃん。そしてぽつりと言う。

 

「おし、れんげ! 来年は私とトマト作るか!」

「おー! 作るん作るん!!」

 

 来年か……。

 その言葉に、ふと胸が静かになる。来年の今頃、オレは高校生になっている。東京の高校を目指しているから、もし合格したら、この村にはもういない。

 れんげと楓ちゃんの楽しそうな会話を聞きながら、オレも柄にもなく、少しだけ未来のことを考えてしまうのだった。

 

――――――――――――――――――――――――

 

 また別の日。

 夏休みの昼下がり。遠くではセミがこれでもかというくらい元気に鳴いている中、特にあてもなく、気分転換にのんびり歩いていた。

 

「あ、よしおお兄ちゃん! おーい!」

 

 そんな時、元気な声が聞こえて振り向く。そこには仲良く並んで歩くれんげとしおりちゃんの姿があった。

 どうやら二人はすっかり仲良くなったようだ。

 

「こんにちは、ふたりで遊んでたのか?」

 

 オレは声をかけたが、返事を待つ間もなく――。

 

「しおりちゃん! そいつは悪い奴なん! 逮捕するん!」

「そうなの? じゃあかくほー!」

「え、え!? 急になにさ!?」

 

 瞬く間に左右から小さな手が伸びてきて、オレの両腕をがっちりと掴んだ。

 

 ちょっ、意外と力強いな!?

 

「ウチらは宇宙の平和を守るコスモスデカなん! よっくん、お縄につくん!」

「いやいやいや!? なんでだよ!?」

「よっくんはいつも嫌がる女の子にイタズラをしている極悪人なん!」

「いや、"いつも"じゃないから! 人聞きの悪い言い方はやめて!?」

 

 誤解を招くにもほどがある。その言葉を真に受けたしおりちゃんが、不思議そうに首をかしげた。

 

「じゃあ、たまにならやってるの?」

「うっ、なんて純粋な目なんだ……、嫌がってたら止めてるよ? ほんとほんと……」

 

 無垢な瞳というのは、時にどんな言葉より鋭い。変に言い訳をすればするほど怪しく聞こえてしまう気がして、冷や汗が流れる。

 

「詳しい話は牢屋の中で聞くん! れんこー!!」

「早いよ!? いきなりブタ箱行きにしないで!? その前に公平な裁判を要求する!!」

 

 オレは必死の抗議をはじめた。

 どうやら二人は、おまわりさんごっこの真っ最中だったらしい。

 しばらく事情を聞き、なんとか交渉をした結果――。

 

「じゃあよしおお兄ちゃんは長官役ね!」

「パトロールを続けるん!」

 

 ……罪人から一気に長官へ昇進した。履歴書には絶対書けない大出世である。

 今日は特に予定もない。せっかくだし、この小さな刑事さん達のパトロールに付き合うことにした。

 

「それじゃあ、長官のオレも同行させてもらおう!」

「わかったーん!」

「りょうかーい!」

 

 二人は元気よくうなずくと、元気よく歩き始める。その後ろを、オレは少し苦笑しながらついていった。向かった先は、れんげの家だった。

 

――――――――――――――――――――――――

 

「ほーい、最後のカードもゲット♪ これで私の三連勝♪」

「ひか姉、神経衰弱強いなー」

「記憶力が違いますわな! よし、もう一回やるか」

「えー、またー?」

 

 れんげに案内されてやって来たのは宮内家。庭をのぞくと、縁側ではひか姉となっちゃんがトランプを広げて遊んでいた。オレ達は植え込みの陰へ身を隠してこっそりと、その様子を眺めていた。

 すると、れんげが刑事ドラマのベテラン捜査員みたいな顔で小声で呟く。

 

「よく見ておくん。あの二人は、いつも悪いことして怒られてるん。よっくんも含めてイタズラトリオと呼ばれてるん」

「えっ、オレも!?」

「たいほだ!」

「いや待った、今は長官だから!」

「そうだったねー」

 

 しおりちゃんは笑顔のまま掴んだ腕を放してくれた。何も悪いことをしていないのに、また逮捕されるところだった……。

 

「まだあの二人には逮捕状が出てないん」

「そっかー」

「おい、オレの時は令状無しだったんだが……?」

「しーっ、見張るん」

 

 オレの遠回しな抗議は華麗にスルーされた。まあいい、ここまで来たらオレも長官として最後まで付き合おう。

 そう思ってると、しおりちゃんが地面に落ちていた小さな葉っぱを拾い上げた。

 

「れんげちゃん、逮捕状落ちてた!」

「なっつん、ひか姉確保なん!」

 

 れんげはそれを聞いて、勢いよく飛び出していった。……そこは適当なのね。

 

「なになに、どうしたのれんちょん?」

「ウチ達は宇宙の平和を守るコスモスデカなん!」

「さあ、観念するんだな! 二人とも!」

 

 ひか姉となっちゃんの二人は首を傾げてる。突然出てきたオレ達のノリについていけない様子だ。

 

「いやよしおまでなにやってんのさ……、観念とか急に言われても……」

「ところでよっくん、そこにいる子は?」

「この子はしおりちゃんだよ。ほら、今年の初め頃に赴任した駐在さん所の子!」

「あー、あそこの……」

 

 そこでしおりちゃんが一歩前へ出る。胸を張って、堂々と名乗りを上げた。

 

「私しおり! しかしそれは仮の姿!その隠された真の姿は!」

 

 れんげが横へ並ぶ。

 オレもそれに合わせて立ち位置を変えて、せーの――

 

「「「コスモスデカ!!!」」」

 

 三人そろって決めポーズ。

 ……うん、恥ずかしいけど、結構楽しい!

 

「というわけでイタズラコンビを逮捕なん! 大人しくお縄につくん!」

「いや、私ら何もしてないし……」

「ウチ知ってるん! 植木鉢割ってなっつんのおばちゃんに怒られた事を!」

 

 うっ、れんげさんや、その話はやめよう……。

 ほら、ひか姉となっちゃんも、あの時怒られたの、お前も一緒だったじゃないか「なんでお前だけ正義側なんだ」と言わんばかりにこっちを睨んできているし。

 けど悪いな。今のオレは長官なんだ。最高権力者なのだよ!

 

「「へへっ……」」

 

 二人は意味深に笑う。

 

「さすがれんちょん、もうその情報を掴んでいるとは……!」

「コスモスデカ、これは見逃せないなぁ……!」

 

 二人もれんげの事は、大切らしい。なっちゃんがひか姉を肩車し始める。こちらのノリに乗ってきてくれた。

 

「や、やはり!? 正体現したんな!」

「そう、れんげの姉というのは仮の姿……、しかしてその正体は!」

 

 ひか姉はなっちゃんの肩の上で不敵な笑みを浮かべて

 

「怪人トーテムポール星人だ!」

 

 声色を変えて名乗った。

 

「まさか……、そんな……、ひか姉が……!?」

「ふふふ……、どうした、怖いか?れんげ!!」

 

 緊迫した空気が流れ――

 

「ひか姉が……、高校生にもなって肩車されて喜んでるなんて……、これは現行犯逮捕なん!!」

「いやまて、その解釈はやめろ。そっちに合わせてやってんだよ」

 

 検討外れの方向から逮捕理由が飛んできた。

 

「肩車なら、オレがいくらでもしてあげるのに……」

「だからそっちに合わせてるって言ってんだろ! よしおはその気持ち悪い手つきやめろ!」

「ぐへへ……、捕まえたら長官直々に、手取り足取りタップリ尋問してあげるからね!」

「うわぁ、なんかそっちに真の悪がいるし……」

 

 そんななっちゃんのツッコミもそこそこに、ひか姉は声を上げた。

 

「ええい、私らの怖さを思い知らせてやる! 行くぞ夏海!」

「おっけー!」

 

 なっちゃんがひか姉を肩車したままこちらに向かってくる。

 

「む、来たか!」

「とりあえず逃げるん!」

「きゃーきゃー!」

 

 役になりきってるオレ達三人は、一斉に裏庭へ駆け出した。

 しかし、後ろを振り返ると――

 

「ちょっと待つん、ひか姉となっつん、全然動けてないん」

「うん、ゆっくりだな」

 

 なっちゃんの追跡速度は拍子抜けするくらい遅かった。

 

「ちょっと夏海、何してんだよ、走れって!」

「いや、高校生を肩車して速く動けるわけないじゃん。まぁちょっと構うだけだし、そんなにムキになる必要もないっしょ」

「……まぁそうだな」

 

 本人たちものんびりしていた。

 

「あ、れんげちゃん! 良い武器見つけた!」

 

 そんな中、しおりちゃんが庭の水道につながった長いホースを見つける。

 

「お、でかしたん! これで水をかければ、ひか姉達を撃退出来るん!」

 

「「えっ?」」

 

 ひか姉となっちゃんの表情が同時に固まる中、れんげがホースの先をビシッと構えた。

 

「二人とも動くな! 動くと撃つん!」

「おいおいれんげ! なにしてんだ!? そのホースこっちに向けるな! お、おい、夏海も何か言ってやれ!」

「え、えー……」

 

 なっちゃんは少しだけ考え込むと、ひか姉の両足をがっちり押さえ込んだ。

 

「れんちょん! 実はウチもコスモスデカなのだ! ひか姉の仲間の振りをして監視していたのだ!」

「なぬーっ!?」

「ひか姉の動きは止めた! さあ、ひか姉だけを、しっかり狙って撃つんだ!!」

「ええ!? ふざけんな! 裏切ってんじゃねえよ! わ、わたしも! コスモスデカだから!!」

 

 なんと、この場の全員がコスモスデカだったらしい。

 

「うーん、どうするん?」

「仲間は、裏切れない……」

 

 れんげの言葉にしおりちゃんは真剣な表情で答えた。

 

「じゃあ二人もパトロールに行くん」

「二人とも、しおりちゃんの恩情に感謝する事だな!」

「お前は何様なんだよ! それはともかく、そういう事だから、そのホース、こっちにむけるのやめろよな……」

「あ、いけない! ホース踏んでた」

 

 しおりちゃんが、その言葉と共に足をどけると、せき止められていた水が一気にホースの中を駆け抜けて――

 

 ――じゃああああああああああああ!!!!

 

 勢いよく噴き出した水が、ひか姉となっちゃんへ一直線に襲いかかった。

 

――――――――――――――――――――――――

 

 ホースから勢いよく噴き出した水を全身に浴びたひかげは、縁側に腰を下ろし、びしょ濡れになった髪をタオルでごしごしと拭いていた。

 

「ぶへー、酷い目にあった……」

 

 服の裾からはまだぽたぽたと水滴が落ちている。

 

「なーなー、コスモスデカブラックー」

「誰がブラックだよ、もう続きはしないぞ」

 

 悪びれることもなく声をかけてくるれんげに呆れた様子のひかげ。

 

「そうじゃないん、あれ」

 

 首を振って答えるれんげの視線の先には、縁側に横になって寝息を立てるしおりの姿があった。

 

「しおりちゃん寝ちゃったのん」

「えぇ、マジかよ……」

 

 さっきまで元気いっぱいに走り回っていた反動だろう。しおりは満足そうな顔で小さく寝息を立てている。

 

「駐在さんの所なら電話番号知ってるよ、電話して来てもらう?」

「そうだな、それがいいや」

「じゃあ、それまでこの子は寝室で寝かしとくか。よしお、布団敷いといてくれや」

「りょうかーい!」

 

 よしおはひかげの言葉に元気よく返事をして寝室へ向かった。その背中を見送りながら、ひかげは隣に立つれんげの視線に気づく。

 

「どうしたんだれんげ?」

「なんか、ひか姉となっつんがお姉さんみたいなのん」

「え、そりゃまあ年上だし……」

 

 れんげは少しだけ考えるようにしおりを見つめ、それから胸を張った。

 

「ウチもしおりちゃんよりお姉さんなん! ウチが、お布団の部屋までおんぶしてあげるん!」

「いやいや、流石にれんげがおんぶするのは……」

「おんぶくらい大丈夫なん!」

 

 そう言うと、れんげは眠るしおりの前へしゃがみ込んだ。できるだけ優しい声で話しかける。

 

「しおりちゃん、こんなところで寝てたら風邪ひくん。おんぶしてあげるから、お布団の部屋まで行くんなー」

「ん……、うん……、はーい……」

 

 寝ぼけ眼のまま、しおりはれんげの背中へ腕を回す。れんげはぐっと足に力を入れ、小さな身体を支えながら立ち上がった。

 

「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ……」

 

 一歩。

 また一歩。

 小さな身体には決して軽くない重さだ。

 

「れんげ、無理そうならコケる前に言えよ」

 

 ひかげが心配そうに声を掛ける。ちょうどその時、寝室からよしおが笑顔で顔を出した。

 

「布団敷き終えました! ……ってれんげ、大丈夫か? フラフラじゃん、オレと交代しよ?」

「これくらい何ともないん……! ウチだってお姉さんなのん!」

「お、おうわかった、頑張れよ……」

 

 れんげは息を弾ませながらも、その言葉だけは力強かった。よしおは一瞬だけ驚き、それから感心した表情で応える。

 しかしひかげは、尚も気が気ではない。

 

「いや、だから無理すんなって、大人しく替わって貰えよ……」

「だから大丈夫だって言ってるん! ひか姉は心配しすぎなのん!」

「一応れんげの姉だし……、ああ! ホラ、ちゃんと前見ろって! もう、私がおんぶするぞ!」

「ウチがお姉さんなのん!」

 

 その一言に、ひかげは思わず苦笑した。

 れんげは本気なのだ。しおりに「お姉ちゃん」と呼ばれたことが、よほど嬉しかったのだろう。

 少しふらつきながらも、一歩ずつ、一歩ずつ。誰の手も借りず、自分の力でしおりを寝室まで運んでいく。その背中は、小さいながらもどこか頼もしく見えた。

 

 窓の外には、夏の日差しをいっぱいに浴びたトマト畑があるビニールハウスが見える。春、みんなで植えた小さな苗は、今では真っ赤な実をたくさんつけていた。

 庭の隅には、まだ補助輪の付いた小さな自転車が静かに立っている。

 水遊びの名残を残す水たまりには青空が映り、吹き抜ける風がその水面をやさしく揺らした。

 そして、その向こうには、大きな入道雲。

 ゆっくりと流れる夏の空は、今日も変わらず穏やかだった。





駄菓子屋での『おもちゃの手錠』エピソードは何度リテイクしても、よっくんがラインを飛び越える暴走を始めて最終的に駄菓子屋の壁の染みになってしまうので、泣く泣くお蔵入りになりました。
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