大変お待たせしました。アニメ三期・第五話その2です。
今回は前話の続きになります。まだお読みでない方は、ぜひ前話から続けてお楽しみください。
しばらくすると、ひか姉がれんげを連れて居間へ戻ってきた。
障子が開くなり、れんげは座っていたあかねさんを見つけると、ぱっと顔を輝かせて駆け寄る。
「"あかちゃん"なん! いらっしゃいなのん!」
「れんげちゃん、またその名前で呼んでる……私の名前は"あかね"だよ?」
「ダメなん? かわいいんに」
本人は親しみを込めて呼んでいるだけなんだろうけど、オレからすると完全に"赤ん坊"の意味に聞こえる。さすがにそのあだ名はどうなんだ。
どうやられんげは、なっちゃんの家へ遊びに行ったけど、当のなっちゃんは、雪子おばさんに盛大なお説教を食らっている真っ最中だったそうで、空気を読んだれんげは静かに退散してきたらしい。
オレ達が家の前でもう少し立ち話をしていたら鉢合わせになっていたかもしれない。今日はほんの少しタイミングが悪かったようだ。
「そういえば明日は、よっくんの家で、このみ姉と一緒にリコーダーの練習するん! あかねちんも来るんな?」
「うっ、うん……もちろん、よろしくね、れんげちゃん……」
「へー、今日は練習もないのに、わざわざこんな所まで来たんだ? すごいね」
「えっ!? えーっと……」
ひか姉の何気ない一言は、今のあかねさんにとって一番触れられたくない話題だった。
"練習日を勘違いして来てしまった"その事実を姉ちゃんに知られるのが恥ずかしい、とさっきまで真っ赤になっていたのを思い出す。このままじゃ困りそうだし、ここはオレが助け船を出すしかない。
「今日はあかねさん、わざわざオレに会いに来てくれたんだ! そうでしょ?」
「えっ!? ち、違うよ!」
「……違うって言ってんだが?」
すかさず否定された。ひか姉は「また始まった」とでも言いたげな目でオレを見て、小さく肩をすくめる。せっかくフォローしたのに、秒で切り捨てられた。……普通にショックなんだけど。
「あ、あう……、その、練習日、今日だと勘違いして来ちゃったんだ……。このみ先輩にバレたら恥ずかしくて、帰ろうと思ったら、よしおくんに会って……」
「そうなんなー。でもこのみ姉なら今日でも遊んでくれると思うんに」
「うう……でも……」
「れんげ、あかねさんなりに、姉ちゃんと会い辛いんだよ。だから無理して行く事もないって」
「まあ確かに、わざわざアイツのオモチャにされに行く事もないわな。まぁ今日は家でゆっくりしてきなよ」
「あ、ありがとう……」
「じゃあ今日はウチと一緒に、水を得たサカナの様に遊ぶーん!」
「水を得た、さかな……?」
れんげは両手を大きく広げ、今にも飛び跳ねそうな勢いで身体を揺らしている。
遊ぶこと自体には賛成だ。もともと今日は、あかねさんとれんげを会わせようと思ってここへ来たんだから。
「えっと、遊ぶのは良いけど、どういう遊びをするの?」
あかねさんが首をかしげる。
すると、れんげは突然床へうつ伏せになり、手足をぴんと伸ばした。
「にょろーん、塩を得たナメクジごっこ」
「……さっき魚って言ってたよね?」
恐る恐るれんげに対してさっきの言葉を指摘するあかねさん。この人、人見知りではあるけどツッコミのスキルは高いよね。
「あんまりお気に召さなかったみたいなんなー」
「え、あー、うん」
「あかねちんは、お外ではどういう遊びするん?」
「子供の頃は、けんけんぱとか、ゴム飛びとかはしたなぁ……」
「けんけんぱってなんなのん?」
「え、知らない? 地面に丸を書いて、その中を飛ぶ遊びなんだけど……」
「おー、おもしろそうなん! それやるん! 早速お外に行くん!」
目をきらきら輝かせるれんげに押し切られ、そのまま全員で外へ出ることになった。
もちろん、家でゴロゴロしていたひか姉も例外じゃない。「たまにはお外に出るのん!」とのれんげの一喝で、半ば引きずられるように家の中から連れ出された。
――――――――――――――――――――――――
「こんな暑い中、わざわざ外に出る事ないのに……」
「まあまあ、たまにはこういうのも悪くないじゃん」
照りつける夏の日差しに、ひか姉は露骨に顔をしかめる。それでも、この人は遊び始めてしまえば夢中になるタイプだ。だから強引にでも外へ連れ出したれんげの判断は、正しいと言える。
庭先では、あかねさんがしゃがみ込み、小枝で地面に丸を書いていた。
「こうやって丸を書いて、はみ出ない様に、けん、けん、ぱって移動していくの」
「じゃあウチやってみるん、ウチの勇姿、見といてくださいん!」
「うん、わかった」
れんげは真剣な表情で丸の前に立つ。
そして――
そのままゆっくりと両膝をつき、構え始めた。
「けん! けん!」
掛け声と同時に、丸の中へ両手を置く。
「違うよれんげちゃん、それは足を使って――」
「ぱー!!」
そして勢いよく逆立ちをした。
「!!!!」
あかねさんは目を丸くしたかと思うと、一瞬でれんげの隣へ飛び込み、その身体を両手で支える。危うく倒れそうだったれんげは、そのまま見事に静止した。……反応、速っ!
「ち、ちちち違うからね! そういうやり方じゃないよ……!」
「でも足使えって言ったん」
「そういう足の使い方じゃないから……」
毎度のことながら、れんげの発想力は予測不能だ。
……ん?あの逆立ちの角度って。
「よしお、どうした? お前まで地面に両手をついて」
「いや、オレも逆立ちできるかなって思ったけど、無理そうだ。昔は出来たと思うんだけどな……」
身体が大きくなると、それだけ腕で支える力も必要になるってことか。うーん、厳しいな。
「れんげに対抗心でも湧いたか?」
「いやあれ、れんげからあかねさんのスカートの中見えるよなって思って……、出来たらオレも――」
「思った以上にくだらない理由だったな」
「その為なら、割となんだって出来ちゃうんだよ、男なら。ひか姉には分からないか……」
「分かりたくねーわ」
結局その後は、あかねさんが改めて正しい遊び方を教え、みんなで順番に丸を飛び始めた。
最初は暑い暑いと文句を言っていたひか姉も、気づけば一番真剣な顔で飛び跳ねている。
れんげはもちろん大はしゃぎ。そして、その様子を見ていたあかねさんも、当初の緊張を忘れ、楽しそうに笑っていた。
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「少し休憩するか。それじゃあ今回ビリのお前が、家から飲み物持ってこい!」
「はいはい」
けんけんぱで思いのほか白熱した勝負もひと段落し、額に汗を浮かべたひか姉が得意げに胸を張る。
今回はオレが最下位だったし、雑用くらいは仕方ない。オレは肩をすくめながら家へ向かって歩き出した。
その時だった。
視界の先、木陰からこちらへ歩いてくる人影が目に入る。
見覚えのある歩き方。
見覚えのある服装。
肩まで伸びた髪。
……姉ちゃんだ。
(やばっ!?)
脳が状況を理解するより先に体が動いていた。
「えっ!? なになに!?」
「とにかくこっちへ!」
オレは反射的にあかねさんの手を取り、そのまま近くのビニールハウスの中へ駆け込んだ。
「きゃっ……!」
そして近くのトマトの葉をかき分けるように奥へ入り込み、一緒に身を低くした。
一方、外に残されたひかげとれんげは、突然のよしおの行動に呆気に取られていた。
「こんにちは、今日も暑いね」
その直後、二人の目に、このみが笑顔で手を振ってるのが見えた。
「あれ、このみ? 急に来てどうしたんだ?」
「いやー、家によっくんがいなかったから、もしかしたらここに来てるんじゃないかと思ってさ」
「えっ!? あいつを探してんの?」
「最近勉強に身が入ってないみたいで、よく外を出歩いてるからさー……。ところで何してたの?」
「けんけんぱで遊んでたん!」
案の定、姉ちゃんだった。危なかった。
もしさっき立ったままだったら、間違いなく鉢合わせしていた。
ビニールハウスの中は、外よりさらに蒸し暑い。
熟れ始めたトマトの匂いと湿った土の香りが混ざり合い、空気が少し重く感じる。
オレは何が起きたのか分からないまま目を丸くしているあかねさんにゆっくりと状況の説明をした。
「すみません、たまたま姉ちゃんの姿が目に入って咄嗟に……」
「よしおくん、ありがとう、助かったよ……でもごめん、凄く近い……」
そう言われて初めて気付いた。狭い通路へ飛び込んだせいで、あかねさんとの距離はほとんどゼロ。
肩と肩が触れ、吐息すら感じられる近さだった。狭いビニールハウスの熱気まで重なって、胸の鼓動だけがやけに大きく聞こえる。
あかねさんは耳まで真っ赤に染め、視線を泳がせている。オレも意識した途端、落ち着かなくなってしまった。
「すいません、少し離れますね」
少しだけ身体を動かした、その瞬間。
――ガサッ。
トマトの葉が揺れた。
「あれ、なんかあそこから音が聞こえたような?」
「いや、気のせいじゃね!?」
「う、ウチも聞こえなかったん……」
ビニールハウスへ視線を向けるこのみ。
その様子を見たひかげとれんげは、先ほどの会話であかねがこのみにバレたら恥ずかしいと言っていた事を思い出したのか、慌てた様子でごまかそうとしている。
「そうだ! 前によっくんが、みんなでトマト畑とビニールハウスを作ったって聞いたから、少し見たいと思ってたんだ! ちょっと入ってもいい?」
「えっ? あそこに行くのか……?」
「れんげちゃん、この前はトマト美味しかったよ、ありがとう♪」
「ど、どういたしましてなん、でも今はちょっと危ないかもしれないのん……」
「え、どうして?」
「それは――」
一方ビニールハウスの中では――
「なんで!? このみ先輩、なんかこっち見てない!?」
「気づかれたか? どっちにしても下手に動くわけにはいかないな。すみません、窮屈でしょうけど、我慢して下さい」
「あうう、恥ずかしいけど、見つかったら絶対もっと恥ずかしいし……、わかった……」
あかねは小さくうなずく。
けれど、その胸はさっきから落ち着かないくらい高鳴っていた。
(近い……)
こんな至近距離で男の子と一緒になるなんて、生まれて初めてだった。
狭いビニールハウスの中は外よりずっと蒸し暑く、熟れ始めたトマトの甘い香りが漂っている。
肩が少し触れるたびに、胸がどきっと跳ねる。
よしおの服がこすれる音や、小さな息遣いまで聞こえてきそうで、落ち着かない。
(どうしよう……)
恥ずかしくて顔を上げられない。
それなのに、少し身体を動かせばもっと触れてしまいそうで、動くこともできなかった。
(でも……動いたら、もっと近付いちゃう……)
鼓動だけがどんどん速くなっていく。
またまたビニールハウスの外では、
「おーい! れんちょーん、ひか姉ー!」
「なっつん!?」
「お前までどうした?」
「さっき、れんちょんが家に来てたって聞いたからさ、母ちゃんを撒いてここまで来た!」
今度は夏海が笑顔で手を振って近づいてくる。
「あれ、このちゃんも来てたんだ、何して遊んでたの?」
「お、なっちゃん! いやーみんなで作ったっていうこのトマト畑が気になっちゃって、見せて貰おうと思ってたんだ」
「ああ、あそこね! ウチも土を掘ったり、ビニールハウスの柱とか組み立てるの手伝ったんだよね、行こ行こ!」
「あ!? お、おい……」
ひかげが止める暇もなく、二人はビニールハウスの扉を開けて入っていった。
(まずい、中に入ってくる! あかねさん、息を止めて!)
(えっ!? きゃうっ……!?)
咄嗟にオレはあかねさんへ覆いかぶさり、自分の身体で姿を隠す。少しでも死角へ入ろうと身体を縮める。
「へぇ、中はこんなふうになってるんだねー」
「お、こっちのトマトもそろそろ食べ頃じゃん!」
そんなオレの胸中とは裏腹に二人は談笑しながら奥へ進んでくる。
「ちょっと待てってお前ら……」
「多分"具"が隠れているん、驚かしたらかわいそうなのん!」
ひか姉とれんげも慌てて入ってきたが、止める事は出来なかったようだ。
二人の足音が一歩、また一歩とこちらに近付いてくる。
トマトの葉が揺れるたび、心臓まで跳ねそうになる。
(頼む……そのまま帰ってくれ……!)
しかし必死の思いもむなしく、近くまで来てしまう。
(こっちに来た! あかねさん、ゆっくりでいいので、奥の方に寄ってくだs……あかねさん?)
返事がない。そっと顔を覗くと、あかねさんは真っ赤な顔のまま、目を回して完全にノビていた。
「きゅう…………」
「あ、あかねさん!」
「……なにしてんの? よっくん?」
「あ、ここまでか……」
思わず叫んでしまったことで居場所がバレた事を悟り、観念して顔を上げると、
「「「じー…………」」」
みんなが、これまでの人生で一番と言っても過言ではないくらい冷たい目をこちらに向けていたのを見て、思わず息が詰まった。
「よっくん……、ウチ、よっくんの事見損なったよ……。よっくんがスケベな事は知ってたけど、女の子に酷い事はしないと思ってたのに……」
なっちゃんの言葉で、自分の体勢を改めて確認する。
……。
気絶しているあかねさん。
その上に覆いかぶさるオレ。
……どう見ても現行犯だった。
「あ! いや、その……! 違うんだ!」
必死に否定する。しかし、日頃の行いが悪すぎたせいか、全く信じてくれる様子はない。
「よっくん、悲しいけど罪は償わなくちゃ……、警察署に行こ? お姉ちゃんも一緒に付き添ってあげるからさ♪」
「とうとう年貢の納め時か……。まぁ、お前の事、時々で良いなら思い出してやるよ……」
「いやいやいやいやいや!? ちょっと待って! 誤解! 誤解だから! お願いだからオレの話を聞いてえええ!」
夏のビニールハウスに、悲痛な叫びが響き渡った。
――なお、その後。
気を失っていたあかねさんが目を覚まし、一部始終を必死に説明してくれたことで、オレはどうにか冤罪から解放された。
寿命が縮む思いをしたが、あと一歩、あかねさんが目を覚ますのが遅かったら、オレの人生は本当に終わっていたかもしれない。
あの時ほど、あかねさんが女神に見えた事はなかった。
――――――――――――――――――――――――
帰り道。
今日は、本当にいろんなことがあった。すっかり夕暮れの道を歩きながら一つ一つ思い出す。
練習日を勘違いしてしまったこと。
ひかげちゃんと出会ったこと。
れんげちゃんと遊んだこと。
けんけんぱをしていたら、よしおくんと一緒にビニールハウスへ隠れる事になったこと。
とはいえ結局は先輩に見つかって、れんげちゃんには「塩をかけたナメクジ」みたいになっちゃったと言われちゃったし……。
「はぁ……」
思い返すだけで、また顔が熱くなる。
あの後何とか誤解も解けて、よしおくんが刑務所送りにならずに済んだし、このみ先輩もリコーダーの練習に付き合ってくれた。
結果だけ見れば良かったはずなのに、普通に見つかるより、ずっと恥ずかしい思いをした気がする。
「よしおくん、か……」
自然と、その名前が口をついて出る。
すると、不意に昼間の光景が頭によみがえった。
『あー、実はさ、ひか姉……』
『ん、どうした急に?』
『えっと、その……』
あの時のよしおくんは、何か大事なことを伝えようとしていた。でも、最後までは言えなかった。
(よしおくん……やっぱり、ひかげちゃんのこと、好きなのかな……)
そんな考えが頭をよぎる。
なぜだろう。少しだけ気になってしまった。
その理由までは、自分でもよく分からない。
だけど、確かなことがある。
よしおくんは、先輩に見つからないように、とっさに手を引いてくれた。
あんなに苦しい体勢でも、前に立って守ってくれた。
最後には、私をかばったまま誤解されてしまった。
少しスケベで、お調子者で。変なことばかり言う人だと思っていたけれど。
そんな一面だけじゃないんだ。
「……優しい人、なんだな」
次の練習に来るのが、少しだけ楽しみになっていた。気付けば、頬は自然と緩んでいた。
※この後メカこまぐるみと遭遇しました。
のんすとっぷを見返しているうちに、あかねとよしおが距離を縮めるなら、このタイミングしかないと思い、筆が乗ってしまいました。今回の出来事が、これからの二人のやり取りに少しでも彩りを添えられていたら嬉しいです。