のんのんびより ― ある田舎男子の日常 ―   作:NIZI

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大変お待たせしました。少し熱中症でダウンしてしまい更新が遅れました……。
今回はアニメ三期・第六話のキャンプ回です。


第9話 みんなでキャンプに行った

 八月も半ば。夏休みも折り返しを過ぎ、残りの日数を数え始める頃、今日は分校生全員で、前から予定していたキャンプ場へ来ている。

 途中には色とりどりのテントが並び、ソロキャンパーもいれば家族連れもいて、キャンプ場は夏休みらしい賑わいを見せていた。

 

 先生が運転する車から器材を降ろして、みんなで予約していた場所まで運んでいく。

 

「ここ! ここにテント立てるん!?」

 

 れんげが我先にと走り出し、予約していた場所で大きく手を振った。

 

「それじゃあみんな、テント張るの手伝って」

「「「はーい!」」」

「あ、男の子二人は、隣に自分達用のテントも張ってね」

「了解です」

 

 先生の言葉にオレは軽く返事をして、卓も隣で小さく頷いた。

 

――――――――――――――――――――――――

 

 まずは先生を含めた女子達が泊まる大型テントから設営することになった。

 みんなで骨組みを組み、テントを立ち上げていく。

 みるみる形になっていく大きなテントを見上げ、れんげは口をぽかんと開けたまま目を輝かせていた。

 

「れんちょん、れんちょん! こっち来て手伝って!」

「手伝う手伝うーん! 何したらいいん?」

 

 なっちゃんが手持ち無沙汰になっていたれんげを呼び、れんげも自分にできることがあるのが嬉しいのか、ウキウキしながら駆け寄っていく。

 

「えっとね、ここに"ペグ"刺して、テントが飛ばないように引っかけるやつ」

「これ、ペグって言うのん?」

「そうそう、これをハンマー使って地面に刺すの」

「ほうほう……」

 

 れんげはペグを両手に取り、じっと見つめる。

 

 そして――

 

「は!」

 

 何かを思いついたらしく、腰を落として両手のペグをトンファーのように構えると、その切っ先をオレへ向けてきた。

 

「んな!? むむむ……」

 

 オレもそんなれんげに対抗するように、持っていた金槌を盾のように持ち変えて片膝をつく。

 なっちゃんもそれを見るとゴクリと唾を飲んで、どちらにも対応できるよう立ち位置を変え、両手を広げて片足立ちの構えを取った。

 気づけばオレとれんげとなっちゃんの三人は、円を描くように向かい合っている。

 まさに膠着状態。三つ巴になった。

 果たして最初に動くのは誰か。いっそのこと、こっちから仕掛けるか……。

 しかしこの勝負、最初に動いた方が不利だ。

 オレは構えていた金槌をそっと持ち替えて――

 

「三人とも遊んでないで手伝って!!」

 

 三つ巴の勝負は、小鞠ちゃんのツッコミで幕を閉じるのであった。

 

 その後、オレは持っていた金槌をれんげに渡し、ペグが倒れないよう軽く地面へ差し込んで位置を決める。それをオレが押さえ、なっちゃんが危なくないようにれんげの背後から手を添えながら、一緒に金槌を振った。

 

 コン、コン、と乾いた音がキャンプ場に響く。

 れんげが一打一打打ち込むたび、ペグは少しずつ地面へ沈んでいった。

 

「できたん!」

 

 最後まで打ち終えると、れんげは満面の笑みで胸を張る。

 

 たかが一本のペグでも、自分の手で打ち込めたのがよほど嬉しかったらしい。その得意げな顔を見ていると、こっちまで嬉しくなってくる。

 

 女子用の大型テントが完成すると、今度はオレと卓で男子用の小さなテントを組み立てる。

 その間に女子達はテーブルを広げ、ランプや蚊取り線香などを手際よく並べていく。

 

 ざっとこんなもんか。

 

 大小二つのテントにテーブル、折り畳み式のイスまで並ぶと、さっきまで何もなかった場所が、すっかりオレ達だけのキャンプサイトになっていた。

 

「テント、出来たーん! ウチ、一番乗りなーん!」

 

 完成するなり、れんげが一目散にテントへ駆け出す。

 

「あ、ウチも中見てみたい!」

「あ、オレもオレも!」

 

 思わずオレまで便乗してしまった。

 

 オレ達男子は、隣の小さいテントを使うことになっている。だからこそ女子達が使う大きい方のテントの中が少し気になった。

 

 れんげ達の後に続いてオレも中へ入る。

 

「おー! 思ったより広いな!」

 

 中は思っていたより広い。新品の布の匂いがして、秘密基地に入り込んだみたいだった。。

 感心して辺りを見回していると、れんげがテントの真ん中まで歩き、くるりとこちらを振り返る。

 

「ここならいっぱい遊べるん!」

「よし来た!」

「どんとこい!」

 

 その一言で、オレとなっちゃんも完全にスイッチが入ってしまった。

 せっかくのキャンプだ。少しくらいはしゃいだって誰も文句は言わないだろう。

 オレ達はれんげに釣られるように、それぞれ思い思いの構えを取る。

 

「グレートマンパーンチ!」

「パーンチ!」

「グレートマンキーック!」

「キーック!」

 

「ほら、暴れてないで行くよー」

 

 三人で狭いテントの中を駆け回っていると、入口の方から小鞠ちゃんの呆れた声が飛んできた。

 

「夕方くらいからバーベキューするからね」

 

 先生の声も続けて聞こえてくる。

 

――――――――――――――――――――――――

 

 その後は、それぞれ思い思いにキャンプの時間を楽しんだ。

 

 オレは卓となっちゃんの三人で、夕飯のおかずを増やそうと近くの川へ魚釣りに向かう。

 水面を眺めながら糸を垂らしていると、時折ウキがぴくりと沈み、そのたびに三人で一喜一憂した。

 大漁とはいかなかったものの、夕飯には十分なくらいの魚は確保できた。

 

 釣果を手にキャンプ場へ戻ると、みんなもバーベキューの準備を始めていた。

 オレ達は釣った魚を捌き、女子達は野菜を切る。誰もが自然と役割を見つけ、夕飯の支度はあっという間に進んでいく。

 

 やがて網の上では野菜や魚、そして大量の肉が香ばしい音を立て始める。立ち上る煙だけで腹が減ってきた。

 

「それでは!」

 

「「「「いただきまーす!」」」」

 

 待ちに待った夕食が始まる。

 

「んな!?」

 

 肉を一口食べたれんげが目を丸くする。

 

「おいしーい!」

 

 蛍ちゃんも思わず笑顔になる。

 

「ねー!」

 

 小鞠ちゃんも大きく頷き、

 

「んー!!」

 

 なっちゃんは幸せそうに自分で釣った魚へかぶりついていた。

 

 オレも焼きたての肉を頬張る。

 

「やっぱバーベキューは"レア"に限る!」

 

 本当はちゃんと焼いた方がいいんだろうけど、この多少赤みが混ざる位の絶妙な火の入り具合が美味い。

 魚も野菜も肉も、外で食べるだけで普段の何倍もうまく感じる。

 先生はある程度紙皿へ料理を取り分けると、椅子へ深く腰掛け、満足そうにビールを飲み始めた。

 

 自分達の手で食材を焼いて食べる。

 そんな当たり前じゃない体験も、キャンプだからこそ味わえる贅沢なんだろう。

 

 賑やかな笑い声。

 

 炭の弾ける音。

 

 夏の夜風。

 

 どれもが心地よくて、この時間がずっと続けばいいのにと思った。

 こうしてみんなで囲むバーベキューは、きっと忘れられない思い出になるだろう。

 

――――――――――――――――――――――――

 

 みんなのお腹が満たされる頃には、空はすっかり夜の色へと変わっていた。

 

 ランタンの明かりがキャンプサイトを優しく照らし、遠くでは虫の鳴き声が絶え間なく響いている。炭火の上ではまだ赤い熾火が静かに揺れ、さっきまで賑やかだったバーベキューの余韻が辺りに残っていた。

 

「はー、お腹いっぱい……」

 

 小鞠ちゃんが満足そうにお腹をさする。

 

「かず姉、この紙皿捨てるの、こっちの袋でいいの?」

 

 なっちゃんが片付けをしながら先生へ声を掛けた。

 

「なんなろー、なんか飲み過ぎてもうら……ふくろは……」

 

 返事は途中で途切れ、そのまま静かになってしまう。

 見ると、先生はテーブルに突っ伏したまま完全に夢の中だった。

 そこに一匹の蚊が「ぶーん」と羽音を立てながら先生の頬へ止まった。

 

 ――バシーンッ!!

 

 乾いた音が夜のキャンプ場に響く。

 

「蚊なん」

 

 れんげが迷いなく先生の頬へ平手打ちを決めていた。

 しかし蚊は逃げてしまった上に、先生は頬を真っ赤にしたまま微動だにしない。

 ここまでくると酔いつぶれているというより、人間蚊取り線香である。

 このまま外に放置して蚊のエサにするのも流石に気の毒だ。

 

「運ぶか……、卓、そっち持ってくれ」

 

 卓は頷き、反対側へ回る。二人で先生の両脇を抱えて持ち上げた。

 

 ――ずしり。

 

 予想以上の重さに思わず顔を顰める。

 

 酔っ払いって、どうしてこうも重く感じるんだろう。

 

 ふらつく先生を引きずるようにして、ようやく大きい方のテントまで運び込む。

 先生は寝返りを打つこともなく、そのまま豪快ないびきをかき続けた。

 

――――――――――――――――――――――――

 

 女子用のテントへ一穂を運び込む二人を尻目に、れんげは夏海に話しかけた。

 

「なっつんなっつん、明日は何して遊ぶん?」

「あれ? れんちょん、もう寝るの?」

 

 夏海はそう言うと、いたずらを思いついた子どものように口元を緩め、ポケットから小さなボトル容器を取り出した。

 

 中には、とろりとした黒蜜が入っている。

 

「この後、この黒蜜でカブトムシ捕まえるんだけど、本当に寝ちゃうのー?」

「かっ! かぶっ!? まだ寝ないん! 早く捕まえにいくん!」

 

 さっきまで眠そうだったれんげの目が、一瞬で輝きを取り戻す。

 その反応が面白くてたまらないのか、夏海は満足そうに頷いた。

 

「まあ待て待て、まだ時間的に早い。とりあえず丁度いい時間になるまで、テントでトランプをするぞ、用意はいいか?れんちょん!」

「おっけーなーん!!」

「おっし! れんちょん、テントへ突撃!!」

「あーい!!」

 

 二人はそのまま、勢いよくテントへ駆け出して、その中へ飛び込もうとした――が、その動きがぴたりと止まる。

 

「かず姉、邪魔……」

 

 テントの中央では、一穂が大の字になって豪快ないびきを響かせていた。

 その姿を前に、れんげと夏海は、しばらく無言で立ち尽くした。

 

――――――――――――――――――――――――

 

 テントの中で行われたトランプ大会は、思いのほか白熱していた。

 

 ランタンの柔らかな明かりに照らされたテントは、まるで秘密基地みたいだ。外では虫の鳴き声が絶え間なく響いているが、中は笑い声でいっぱいだった。

 

「はい! あがり!」

 

 小鞠ちゃんが最後の一枚を場に置く。くそ、また負けた!

 

「次なにやる?」

「そうですね、七並べとか?」

 

「なーなーなっつん、カブトムシの蜜、まだ塗りにいかないのん?」

 

 みんなでトランプを集め始めたところで、れんげが思い出したように声を上げた。

 

「あ、忘れてた! 行こうか、れんちょん」

「今からか? もう外、大分暗いんだが……」

 

 テントの外へ目を向けると、辺りはすっかり夜の色だった。

 

「なんで夕方に行っとかなかったんだ?」

「ご飯食べた後だと、まだ早いってなっつん言ってたん」

「あー、あれは嘘です」

「なっ! なんでそんなウソついたん!?」

「お腹いっぱいで動きたくなかったからです! まぁ夜で歩くのも冒険みたいで良いじゃん」

 

 それを聞いた小鞠ちゃんが呆れたように笑う。

 

「とか言って、怖がって帰ってくるんじゃないのー?」

「いや、姉ちゃんじゃあるまいし」

「その、もう夜ですし、一応先生連れて行った方がいいんじゃ……」

 

 みんなが笑う中、蛍ちゃんだけは少し心配そうだった。

 

「えー、かず姉酔い潰れてんじゃん」

 

 確かに、あの状態じゃ連れて行くどころか介護が必要だな。

 

「しゃーねーなー、オレが一緒に行ってやるよ」

 

 そう言った瞬間、みんなの視線が一斉にオレへ集まった。

 

「……みんなしてなんだよその顔は?」

「いえ、その……」

「よっくんがついていく方が安心できないというか……」

「まさか暗闇のドサクサに紛れて……」

「んな事するか!」

 

 みんなして人の事を何だと思ってるんだ。……でも、そう言われるとなんか妙な気分になってくるな。

 

「暗いし人通りも少ないから、多少の悲鳴くらいなら、気づかれないよな!」

「……よっくんはお留守番してるん」

 

 結局れんげにまで戦力外通告を受けてしまったオレは留守番組になった。少し納得はいかなかったけど、気にしない事にする。

 

「まぁすぐ戻るし、大丈夫っしょ。ほいじゃー行ってきまーす!」

「かっぶかっぶかっぶとー♪ かっぶ、かぶとー♪」

 

 二人は懐中電灯と黒蜜を持ち、夜のキャンプ場を後にする。それを見送ったあと、テントの中には少しだけ静けさが戻った。

 

「んー、どうする? 七並べする?」

「すぐ戻ってくるって言ってましたし、待ってます?」

 

 改めてトランプを手にした小鞠ちゃんがみんなを見回す。蛍ちゃんもカードを揃えながら返事をした。

 

「だな、とりあえずジュースでも買ってこよっと。卓も行くか?」

 

 オレが隣に座る卓へ声を掛けると、いつものように短く頷きが返ってくる。

 それじゃあ行くか。と腰を浮かせた、その時だった。

 

 

「んーむ……なんか寝ちゃってたなぁ……」

 

 テントの奥から聞こえてきた気の抜けた声に、全員が振り向いた。

 

「あ、かず姉起きたんだ」

「あれー? れんりょんはー……?」

 

 まだ半分夢の中にいるような顔で先生がきょろきょろ辺りを見回す。

 

「その、夏海先輩とカブトムシ用の蜜を塗りに行くって外に……」

 

 蛍ちゃんが事情を説明すると、先生はゆっくり立ち上がった。

 

「えー? 子供達だけじゃ危ないから、ウチ見てくるよーヒック……」

「え、でもかず姉大丈夫? 大分酔ってるみたいだけど……」

「らいじょーぶらいじょーぶ! これくらいへーきへーkうぶぅっ!!」

 

 突然、先生は両手で口を押さえて俯いた。

 顔色は真っ青。肩を上下させながら「ふー……ふー……」と荒い息を繰り返している。

 

「ほ、ほら……。大きい声出すと、やばいけど、大丈夫らろー?」

「やばいんだったら大丈夫じゃないじゃん……」

 

「んじゃいっちょ、旅に行ってくらー」

「いや旅立っちゃ駄目だからね! 二人を見つけて来て……」

 

「あるぇ? テントから出られにゃーい?」

 

 立ち上がると、テントの出口とは反対側へ向かって歩き出して布にぶつかる先生。

 

「わわ! かず姉! 出口こっち! テントこわれる!!」

 

 布に阻まれながらも無理やり進もうとする先生の腕を小鞠ちゃんが慌てて引っ張り、出口の方向へ誘導した。

 

「ううーん……、ちょっとふりゃふりゃするらー……」

 

 ふらつきながらも先生はようやくテントを出ると、そのまま二人が向かった方向へ歩いていった。

 残されたテントの中に、少しだけ気まずい沈黙が流れる。

 

「大丈夫かな……」

 

 心配そうに呟く小鞠ちゃん。正直、オレも同感だ。……しゃーない!

 

「オレがついていってやるか……」

 

 酔っ払いを一人で夜道を歩かせた方がよっぽど危ない。

 そう思って立ち上がると、小鞠ちゃんがジト目でこちらを見た。

 

「よっくん、わかってると思うけどかず姉に――」

「流石にあんな酔っ払いを女として見たら負けだ」

 

 言いたいことは最後まで聞かなくても分かる。なのでキッパリ否定すると、小鞠ちゃんは「ならいいけど……」とつぶやいた。

 

 信用ないなぁ、オレ……。ため息をつきながら、先生を追って夜のキャンプ場へ足を踏み出した。

 

――――――――――――――――――――――――

 

 森の中を少し歩くと、道の真ん中で四つん這いになっている先生を見つけた。

 

「……大丈夫ですか?」

「あ、よっきゅん。だいじょーぶだぁよ♪ ただこの体勢の方が楽なだけ……」

 

 そう言いながら、そのままハイハイで進んでいく先生。

 先生としての威厳なんて欠片もない。……いや普段から、そんなものはないか。

 でも、このまま放っておくわけにもいかない。

 

「オレが肩を支えますから、先生はこの懐中電灯で道を照らしててください」

「よっくん……」

 

 先生は少しだけ嬉しそうにオレを見る。

 けれど次の瞬間、顔色を変えて口元を押さえた。

 

「うっぷ……、身体を揺らされると逆に苦しいからおんぶして……」

「そんな苦しいならテントで大人しく寝ててくださいよ……」

 

 呆れながら言うと、先生は「えへへー」と力なく笑う。

 

 それでも、教師として、生徒が心配で出てきたんだろう。……何かあったら雪子おばさんに怒られるから。なんて後ろ向きな理由じゃないと思いたい。

 

「しょうがないですね、今回だけですよー……」

「わーい、ありがとー♪」

 

 先生は遠慮なんて言葉を知らないかのように、ぽんっと背中へ飛び乗ってきた。

 

「よっと……」

 

 思わず踏ん張る。寝ていた時よりは軽い気がするけど、それでも大の大人を背負うのは十分重かった。

 

――――――――――――――――――――――――

 

 山道をゆっくり歩く。

 虫の鳴き声が静かな夜道に響いていた。

 しばらくオレ達は何も話さなかった。

 先生も珍しく静かで、背中越しに規則正しい呼吸だけが伝わってくる。

 

「あの小っちゃかったよっくんが、こんなに大きく立派になるなんてなぁ……、私は嬉しくて嬉しくて……」

 

 しばらく歩くと、背中から少し震えた声が聞こえてきた。

 振り返れないけど、きっと泣いてる。

 ……泣き上戸か、この人。

 

「先生、泣いてるんですか?」

「だってぇ……よっくん、小っちゃい頃は、このみにいつもベッタリだったのにぃ……」

 

 ……そんな昔のことまで思い出してるのか。

 

「ひかげも、よっくんが同じ学校を受験するって知ったら、きっと大喜びだよ! いやぁ青春だねぇ!」

 

 さっきまで泣いていたくせに、今度は急に声が弾みだす。なんか照れくさいな……。

 

「まだ合格するって決まったわけじゃないですよ?」

「まぁ確かに、よっくんがひかげの学校に合格するには、まだまだ相当頑張らないとだねぇ♪ 先生も毎日宿題を考えるのがすっごく楽しいんらよ♪」

 

 本当に楽しそうだ。憎らしいくらいに……。――とはいえ。

 

「オレひとりだったら、何から勉強して良いか分からなかったし、感謝してるよ、かずちゃん……」

 

 これは本心だった。

 高校受験なんて初めてだし、何をどこまでやればいいのかなんて全然分からない。

 

 この人が問題を選んで宿題を作ってくれていなかったら、多分、何となく教科書を眺めて途方に暮れていただけだったと思う。

 

「でも、宿題の量が殺しに来てるんじゃないかってくらい多いんだよなぁ……」

「えへへぇ♪ そりゃあもう、愛情たっぷりらからねぇ♪」

「その愛情、もうちょっと控えめでも良いんですよ?」

「らめらよぉ、好きな子と同じ学校へ行きたいんれしょぉ?」

 

「……だから、そういう言い方しないでくださいって……」

 

 先生は、呂律の回らない口調でくすくす笑う。

 

 オレも思わず苦笑する。

 

 夜風が二人の間をゆっくり吹き抜けた。

 

 酔っ払っていても、この人はちゃんと教師なんだ。

 

 オレ達のことを見て、応援して、少しでも力になろうとしてくれている。

 

 その気持ちだけは、背中越しでもちゃんと伝わってきた。

 

 ……宿題は多すぎるけどな!

 

 

 夜風が頬を撫でる。

 

 背中は重いのに、不思議と足取りは少し軽かった。

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 それはそれとして、先生をおんぶしながら森の中を歩くのは凄く大変だった。

 

「先生、少し休憩したいので降りてくれますか?」

 

 返事はない。

 

 ……寝てる。

 

 マジかよこのアマ……。

 

 

『あそこの窪みの所に塗ろう。れんちょんが塗って良いよー!』

『あーい!』

 

 オレがうんざりした気分になっていると、生い茂った道の先からなっちゃんとれんげの声が聞こえてきた。良かった、見つかった……。けど声のする方向に道はない、合流するにはこの木々の間を突っ切るしかない。

 

 他に道を探して回り込むことも考えた。

 

 ……でも、こんな荷物(先生)を背負ったままじゃ、それだけでも一苦労だ。

 

 声もすぐ近くだし、このくらいなら突っ切った方がずっと早い。

 

「よし!」

 

 オレはガサガサと木々を押し倒すように入って行き、二人の声がする方へ一直線に向かった。

 

 懐中電灯が照らす範囲はほんの数メートル。

 

 その先は真っ黒。

 

 木々の隙間が、人影みたいにも見えた。

 

――――――――――――――――――――――――

 

「れんちょん、届く?」

「ちょっと高いん」

 

 夏海は、木の窪みのある場所の近くまでれんげをだっこして近づける。

 れんげは、木に直接ボトルをくっ付けて黒蜜を塗っていた。

 すると、二人は、ガサガサ音がするのに気づいてその方向に懐中電灯を向けた。

 

「おっす! 二人とも、様子を見に来たぜ!」

 

「なんだ、よっくんも来たんだ……って、あばーっ!? う、後ろ! うしろーっ!?」

「なーっ!! お、おばけなんっ!?」

「へっ? おばけって……」

 

 夏海に抱えられたれんげは、悲鳴を上げながら反射的に手に持っていた黒蜜のボトルを投げつける。

 

「うおっ! あぶなっ!?」

 

 よしおはそれを間一髪で避けた。

 

「や、やや、ヤバい! マジもんだこれ!! と、とりあえず逃げるぞれんちょん!!」

 

 夏海はれんげを抱えたまま、一目散にその場から走り出した。

 

「おーい! どこ行くんだよ!? ってかおばけって、そんなもん何処に居んだよー!」

 

 よしおは訳も分からないまま、二人の後を追った。

 

 

 この時のよしおは知る由もなかった。

 

 木々を無理やり掻き分けたせいで、背負っていた一穂の髪留めがいつの間にか外れ、

 

 長い黒髪が顔を隠すように乱れ、月明かりの下では、山姥そのものの姿になっていたことを。

 

 そして一穂にれんげが投げた黒蜜入りボトルが命中して、頭から血塗れみたいになっていた事を……。

 

――――――――――――――――――――――――

 

「はい、あがりー!」

「あ、負けちゃった」

 

 その頃、テントでは、残っていた小鞠、蛍、卓の三人は、トランプを再開していた。

 

「次は、七並べする?」

「そうですね」

 

「出たー!!!」

 

 その最中、叫び声と共に、血相を変えながら走ってきた夏海とれんげがテントに入ってくる。

 

「な、なに? どうかしたの?」

「よ、よっくんの背中に、か、髪の長いオバケがいたん!!」

「えっ!? お、おばっ……!?」

 

 思わず恐れを抱きかける小鞠に対して、蛍は遠慮がちに手を上げた。

 

「あの……、それってもしかして先生じゃ……?」

「「えっ?」」

「さっき、よしお先輩と先生が、先輩達を追いかけていきましたけど……」

「なーんだ! かず姉を見間違えたんだね!」

 

 蛍の言葉に場の空気が一時的に和らいだ。小鞠も安心した様子で息を吐く。

 

「夏海ー! オバケなんていないんだよー?」

「姉ちゃんにそんなこと言われるとは……」

 

 小鞠のからかうような笑顔に夏海は苦い顔をする。

 

「ぜぇ、ぜぇ……、やっとついた……。おーい、開けてくれや―……」

「って言ってたらよっくんの声だ」

 

 テントの出口からよしおの声が聞こえ、小鞠がそれを笑顔で出迎えに行く。

 

「よっくんさー、夏海とれんげが、かず姉をオバケと間違えて怖がってたよ? 一体何して――!?」

「小鞠ちゃんありがと♪ すぐにコレ(先生)、ここに置きたいんだけど……」

 

 心底疲れた顔をしたよしおが背負っていたのは、

 

 頭から血まみれ*1になった、ボーボーの髪の毛で顔が見えないバケモノ*2だった。

 

「――――――――」

 

 ――かくん。――どさ……。

 

「……小鞠ちゃん? 小鞠ちゃああああん!!」

 

 小鞠は、あまりの恐怖で物も言えないまま、倒れてしまうのであった。

*1
黒蜜です。

*2
一穂です。




夜のシーンは、最初は何も考えずによしおを夏海とれんげに同行させる予定でした。

ですが、しっくりこなかったので一穂と一緒に行動する形へ変更したところ、受験勉強の設定を思いつきました。

アニメ第六話を見返していたら、夏海が「成績が悪いからって、他のみんなより宿題の量を増やされた!」と言っていたので、一穂は生徒一人一人をちゃんと見ている先生なんだなと感じました。

なので、よしおの受験対策も考えて宿題を作ってくれていても不思議じゃないかな、と解釈しています。
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