今回はアニメ三期・第六話後半のお話です。
個人的にのんすとっぷ編の中でも、一番書きたかったエピソードになります。
「先生、今日はよろしくお願いします」
「よっくんいらっしゃい、夏海はもう来てるよ。二階でひかげと一緒に宿題やってると思う」
「そうですか、ではオレもお邪魔します」
夏休みも最終盤にさしかかった日の午後、よしおは宮内家に訪れた。
一穂に挨拶した後、二階の部屋へと向かう。そしてドアを開けるとそこには、
「よし、あがり!」
「また負けたー!」
トランプで遊んでいるひかげと夏海の姿があった。
更に二人の頭には『断固反対!』と書かれた鉢巻きが巻かれていた。
「よっくん遅かったじゃん! こっちに来て一緒にトランプやろう!」
「おかしいな? オレの記憶では、今日は宿題を終わらせる為に集まる約束だったと思ってたんだが……?」
「宿題? そういえばそんなのもあったなー」
「まあ、堅苦しいこと言わずにこっち来なよ」
――――時を遡る事、約三十分前
「いやー夏休みだよ夏休み。SummerのVacationだよなぁオイ」
「すっごい夏休み押し出して来たな……」
「そりゃ押し出すだろ、夏休みなんだから。時に夏海クン、"Vacation"って意味わかるかな?」
「英語」
「まぁ、夏休みって言うくらいだから休暇って意味の単語だ。そんな甘美な響きをした言葉なんだが、ひとつ問題がある。……お前も、同じ問題を抱えてるみたいじゃないか」
「うん、ウチも今日は、それをひか姉に相談しに来たんだ……」
二人はちゃぶ台を挟んで無言でお互いを見つめ合う。その目線はそのままちゃぶ台の上に置かれたテキストの山に落とされた。
「「夏休みの宿題多すぎィ!!」」
「こんな量出されてどうしろっていうの!? 紙を主食にして焼き鮭食えってか!?」
「そうだそうだ!!」
「なにが夏休みだ! 夏の青空より私の顔の方が真っ青なんだよなぁ!!」
「そうだそうだ!!」
「しかもウチなんて、ちょっと他の子より成績悪いからって宿題多く出されたし!!」
「マジかよ最悪じゃん! そんな事するのは、どこのどいつだ! 出てこいよ、その教師!!」
二人の会話が熱を帯びる中、一穂は、いつもののんびりとした表情で、コップを二つ乗せたお盆を持って部屋の戸を開ける。
「ふたりとも、ジュース持ってきたよー」
「「はい! 出たよその教師!!」」
「なになに? どしたの?」
一穂は、二人の高いテンションに、首を傾げた。
「ちょっとかず姉! 宿題多すぎて、このままだと、ひか姉と合宿状態になりそうなんですけど!?」
「へぇ、そりゃまた、夏海は合宿大好きなんだなぁ、――宿題だけに」
夏海とひかげは、一穂から放たれた一言で凍り付いた。そんな二人を尻目に、持ってきたジュースの入ったコップをちゃぶ台に置く。
「なんてな」
そしてそのまま部屋を去って行くのだった。
「……なんだろう、テンション下がり過ぎて逆にアガッてきた……。なんだろう? この気持ち……」
「憎悪だ憎悪」
「くっそーかず姉め、他人事だと思って……そうだ、良い事考えた!」
夏海は悪態をつくと、ひかげに向かってある提案をする。
「ひか姉、ウチと一緒に、あえて宿題をやらずにボイコットしない?」
「は、はい? お前何言ってんの!?」
ひかげは、身を乗り出して宣言をする夏海に対して疑問を浮かべたが、夏海は気が収まらない様子で熱弁を開始した。
「このままいいようにされてたら、今後さらに宿題を増やされる可能性がある! それだけは断固阻止せねばならない!!」
「い、いや、そのカバンに入ってんの夏海の宿題でしょ? 一緒にやりにきたんじゃないの?」
「そのつもりだったけど、もう我慢できなくなった! こうなったら宿題放棄して遊びまくろう!」
「いやいやいや、待て待て! お前は生徒数少ないから抗議も通るかもしんないけど、こっちは学校の人数が多いから、一人だけでやっても抗議にならないんだよ! ってかもう、今から宿題やり始めないと、どうやっても間に合わないんだよ!!」
「は? それはウチも一緒だし。っていうかボイコットするんだから、間に合わなくても良いじゃん」
「誰がするかバカ! とにかく! 私は絶対にボイコットとか、しねーからな!!」
――――そして現在。
「いやー、宿題やらないって決めたら後は早かったわー。今の私、すんごい解脱してる、もう何も怖くない!」
最初は夏海の提案に拒否していたひかげも、あまりの宿題の多さに即陥落。朗らかな顔を浮かべていた。まさに即落ち二コマである。
「けど丁度良かった。二人でトランプも微妙だったし、よっくんも一緒にやろうよ!」
「いや、悪いけど今はやらないよ? だってオレ、今日は宿題の仕上げをしに来たんだし」
「は? 仕上げって?」
「終わった宿題を先生に採点してもらって、今日改めて復習するんだ」
「な!? なんだよよっくん! 真面目ちゃんか!? 似合わないぞ!!」
「そうだそうだ! お前も明らかにこっち側だろ!?」
心の中で仲間だと思っていたよしおの裏切りに動揺する二人を見て、よしおは溜め息をついて答える。
「まあ、去年までなら喜んで二人と一緒に遊び倒してたんだろうけど、オレは今年受験生だしさ」
「だからどうした!? 今更頑張ったところで、どうなるってんだよ!?」
よしおは、尚も堕落の道に引きずり込もうとするひかげの言葉を聞いて、改めて深呼吸して口を開く。
「オレさ……、ひか姉と同じ高校を受験するつもりでいるんだ」
「……えっ!? それってお前も東京の学校に来るつもり……なのか?」
ひかげはよしおの言葉に驚愕する。
「え、あれ? ひか姉、もしかして知らなかった?」
「あ、ああ、初耳なんだが……」
そんなひかげの様子に、夏海も疑問を口にした。
「……ちょうどいいし、今言っとく。ひか姉と一緒なら、オレ、もっと頑張れる気がするんだ」
よしおは一度言葉を切る。
「……だから」
深く息を吸い、真っ直ぐひかげを見つめた。
「もう、追いかけるだけじゃなくて、ちゃんと隣に立てるようになりたい!」
「……え」
ひかげの頬が一気に赤く染まる。よしおは自分の言葉に耐えきれなくなったように目を逸らした。
「……この部屋は勉強する空気じゃなさそうだし、オレはリビングの方に行ってるから!」
二人の顔も見ずに、「じゃあな、」と一言添えたよしおは、そのまま逃げるように部屋を去った。
「…………」
ひかげは顔を真っ赤にして、上の空といった様子だ。
「……ひか姉? もしかして、ときめいちゃってたりしてる……?」
「はっ? い、いやいや、別にときめいてねえよ! あのよしおだぞ!? 全然ぜんぜん……」
怪訝そうな顔で問い詰める夏海に、惚けたように返しながらも、ひかげはしどろもどろになる。夏海はそんなひかげを見て、更に険しい表情をする。
「よっくんの事だし、どうせ変な思いつきでしょ? いちいち気にする事無いって!」
ひかげは夏海の様子を見ているうちに、沖縄旅行三日目の夜の出来事が頭の中をよぎった。
「そういえばお前、沖縄旅行の時に……」
「何? なんかウチに気になる事でも?」
「えっ? い、いや、なんでもないぞ?」
しかしその事を言及する勇気はひかげには無かった。
ひかげは改めて険しい顔で、手付かずの問題集の山をぼんやり見つめた。
「……ひか姉? こんな事なら、宿題しておけば良かったって思ってる……?」
「は? いやいや、思ってねえし……」
夏海は、尚も落ち着かないひかげの様子に呆れた表情を浮かべた。
「そもそも夏休みの終わりにきて一切手を付けてないんだし、どっちみち間に合わないって」
「ま、まあな……、そうだ! トランプにも飽きたし、ゲームやらないか?」
「おー、やろうやろう! ……あれ? でもこの家でゲームできる場所って……」
「……リビングだな」
二人は、よしおが今しがた勉強しに行ったリビングへ向かった。先ほどの出来事の気まずさを感じながら。
――――宮内家のリビング
教師である一穂は、テーブルで宿題をするれんげとよしおの二人を見守っていた。
その数メートル先にあるテレビで、ひかげと夏海はゲームをしていた。
「なんかさ、これ結構ドキドキしない……?」
「ああ、妹と教師と受験生の目の前で宿題をボイコットしてゲーム……、背徳感ヤバすぎだろ……」
冷や汗を掻きながらコントローラーを動かす二人。
「……アイツ、あんなこと言う奴だったっけ」
「ひか姉?」
「いや、なんでもない……」
「……ひか姉、何かさっきからよっくんの事ばっか気にしてない?」
「は!? し、してねーよ!」
「ふーん……」
もはや二人は純粋にゲームを楽しめる心境ではない。
「なぁ、いっその事、ここでボイコットするって言っちゃえよ。鉢巻きも取る必要無かったんだって……」
「えぇ……、さすがに心の準備が……」
「何言ってんだ、言えよ……」
「やーめーろーよー」
ひかげと夏海は肘を付き合いながら話し続ける。
「言ーえーよー」
「やーめーろーよー」
「言ーえーよー」
「やーめーろーよー」
(なんだ? あのガールズトークの成り損ないみたいなノリは)
一穂は肘を突き出し合う二人を怪訝な顔で見つめていた。
「宿題終わったん!」
「れんちょんお疲れ様、よくがんばったね」
その会話に、ゲームをしてる二人は、後ろめたさからか、思わず身を固くした。
「遊んでくるーん」
れんげは、その声とともに、ゲームをしている二人のところへ向かった。
「ひか姉たちは、もう宿題やったん?」
「お、おう、宿題とか、そりゃあするよ、当たり前じゃん?」
「ぶふっ!」
ひかげの誤魔化すような返事に、二階の部屋でボイコットの話を知っているよしおは思わず吹き出す。ひかげは顔を隠して笑いを堪えているよしおを思わず睨み付けた。
「じゃあウチも遊ぶん!」
「あ、ウチ、トイレ行くから代わりにやっていいよ」
夏海は、れんげにコントローラーを渡して部屋を出て行った。
「ひか姉、ウチ負けないーん!」
「おう、こっちだって負けないぜ……」
――――そして更に時間は過ぎていく。
「うん、全問正解! よくできました!」
「ふー、思ったより時間かかっちゃったな……」
「いやいや、夏休み前と比べたらすごい進歩だよ、その調子でがんばって行こー!」
「ありがとうございます……」
よしおは一穂の褒め言葉に一息ついて返事をした。
「……終わったみたいだな、よしお。私の代わりにゲームするか?」
「ひか姉、良いのか?」
「私、ちょっと夏海のやつ探してくるから」
「おーけー、れんげ! 勝負だ!」
「かかってくるーん!」
そうしてひかげは、よしおにコントローラーを渡して部屋を出て行った。
――――トイレ前
しかしそこに夏海の姿は無かった。
「あれ? アイツ、トイレに行くって言ってた癖に、いないな」
トイレを後にして、しらみつぶしに夏海を探すひかげ。とうとう二階の部屋に向かった。そこで、物音を聞き、夏海がいることを確信すると中を覗く。
「おい、夏海、お前一体何して――なっ!?」
部屋の中には、必死の形相で問題集に向き合って、カリカリと一心不乱に鉛筆を動かしている夏海の姿があった。
「おいてめぇ! なに抜け駆けしてんだ!!」
「ひか姉放して! マジで間に合わない!!」
「何言ってんだ! お前がボイコットするって言い出したんだろうが!!」
ひかげは先程とは別の意味で顔を真っ赤にしながら夏海に飛びかかり、その身体を引っ張り上げた。
「プレッシャーに耐えられなかったんだ! 許せひか姉ー!」
「誰が許すか! 人を散々巻き込んでおいて!」
そのまま取っ組み合いになり、二人の身体がちゃぶ台にぶつかって、コップが倒れた。
「「あっ!?」」
夏海の問題集の上に、ジュースがこぼれて水浸しになってしまう。
「ウチの……しゅくだい……」
「え、あー、その、夏海……」
夏海がショックを受けて放心する。ひかげは、ガチ目に落ち込んでいる夏海を見てばつが悪くなり、慰めるように肩に手を置く。
「今からでも、ボイコットをボイコットしないか?」
そして笑顔で提案をした。
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その後の二人の行動は素早かった。
「れんちょん! ドライヤーを持ってきて!」
「あと、夜食はつまんで食べられるものをヨロシク!」
夏休み最終盤の夜。二人は修羅と化して大量に残した宿題に向き合うのであった。
――――そしてすっかり日が落ちた頃。
「よっくん、そろそろ家の人が心配するから帰った方が良いんじゃないかな?」
「そうですね、けどもう少し……」
よしおは一穂の言葉に軽く返事をした後、ちゃぶ台に突っ伏して眠っているひかげに、毛布を掛けながら小さく笑った。
「……ひか姉、オレ、頑張るから。だから待ってろよ」
誰にも聞こえない声で小さく呟くよしお。
ひかげの指先が、ほんの少しだけ毛布を握った。
向かい側で同じように突っ伏している夏海は、寝付いておらず、目を瞑りながらよしおの言葉を聞いていた。
(……)
夏海の胸がまた少しだけざわつく。さっき部屋で見た、照れたひかげの横顔が頭から離れなかった。
(なんなんだろ、この感じ……、なんか……モヤモヤしてくる。)
自分でも名前の付けられない感情。夏海はそれを振り払うように強く目を瞑る。
(何考えてんだろう、ウチ。疲れてるのかな……)
夏海は、そう自分に言い聞かせて、何事もなかったように意識を手放して熟睡するのであった。
れんげは、クレヨンを片手に、そんな光景を熱心にスケッチしていた。
今回の話は、時系列的には『ばけーしょん編』の沖縄旅行後で、『無印編』第3話で、ひかげが東京へ戻る場面の前夜になります。
原作の出来事が、すべて同じ一年の間に起きていると仮定すると、海に行ったり、肝試しをしたり、キャンプに行ったり、かと思えば沖縄旅行にも行ったりと、分校生達の夏休みのスケジュール密度がとんでもないことになりますね。