今回はアニメ三期・第七話の授業参観の話になります。
二学期になった分校の帰りの会。
いつものように教壇に立つ一穂は、明日の予定を告げた。
「えー、前から言ってたように、明日は授業参観です。今配ったプリント、親に見せといてね」
「そうだった、忘れてた」
「勉強しといて良い所見せないと……」
その言葉を聞いた小鞠と蛍は、配られたプリントを眺めながら明日の授業に向けて気を引き締めている。
「ウチ、毎日が授業参観みたいな物だから、特別な感じしないん」
「姉ちゃんがいつもいるからなー」
一方、れんげは特に緊張した様子もなく、いつもの調子だった。授業参観だからといって急に環境が変わるわけでもない。
「じゃあ駄菓子屋も呼んでもいいん? それなら特別感出るのん!」
「うーん、来てくれるかな?」
れんげの思いつきに一穂が首を傾げる。
そんな和やかなやり取りが続く中
「まあそういうことだから――」
一穂が、ふと教室の一角へ目を向けると
「…………」
夏海は、生気が感じられない表情のまま、微動だにしていなかった。
「いや、まだ授業参観してもないのに、燃え尽きるの早くない?」
「母ちゃんに今の体たらくを見られたらどうなることかと思って……こんな事ならバッチリ授業で答えられるようにしとけば良かった……」
夏海が遠い目をしながら呟く。その斜め後ろの席では、そんな夏海とは正反対に、よしおが妙に晴れやかな顔をしていた。
「オレの両親、明日はどうしても外せない仕事があるから来れないんだよなー!」
その声は、残念がっているというより、喜びがにじみ出ていた。そして、よしおはさらに調子に乗る。
「あーあー、残念だなー! 中学最後の授業参観だから、立派になった所を見せたかったのになー! あっはっはっはっは!」
「あーうぜぇ! コイツうぜぇ!!」
夏海はそんなよしおを見て、頭を抱える。一方は母親の前で恥をかく未来に怯え、もう一方は親が来ないことを喜々として自慢している。あまりにも対照的な二人だった。
そんな二人を横目に、一穂はいつもの調子で肩をすくめた。
「ま、なるようになるでしょ、勉強してなかった夏海が悪いんだし」
教師としてあまりにも身も蓋もない発言だった。
「じゃあ、帰りの会しゅーりょー。みんな、明日は頑張って――」
一穂が話を締めようとしたところで、夏海が何かを思い出したように顔を上げた。
「あ、それとかず姉が自習中いつも居眠りしてるって母ちゃんに言ったら、授業の内容によっては、かず姉にも雷を落とすようなこと言ってた」
「……雪子さんにウチの体たらく見られたらどうなることか……ちゃんと授業しとけば良かった……」
「明日は一蓮托生だね……」
一穂の動きが止まったかと思うと、夏海と同じように顔から生気が失われていく。さっきまで他人事だった教師と生徒が今や完全に同じ穴の狢である。
「かず姉! こうなったら今ここで問題を決めといて、ウチに教えておくって事でどう!?」
「なるほど! それで夏海がちゃんと答えられれば、ウチがちゃんと授業してるって思ってもらえる!」
「「「「…………」」」」
二人のやりとりで教室が静まり返った。
一穂と夏海以外のクラスメイト達が、そろって二人を見る。
その視線は、言葉にせずとも雄弁に語っていた。
「「「「…………」」」」
一穂も、教室内の空気を察して、ようやく自分たちが何を言っているのかを理解したらしい。
「「「「…………」」」」
沈黙。
さらに沈黙。
生徒全員から向けられる視線に耐えきれなくなった一穂が、ついに観念する。
「夏海クン! ウチは仮にも教師! そんな不正みたいな事は出来ない!」
「さっき納得してたじゃん!?」
一穂は夏海の抗議を無視して、話を戻した。
「とりあえず明日に向けて正々堂々勉強しよう! ウチが見てあげるから!」
「よ、よしわかった!!」
「夏海、教科書出して!」
「おっけーい!」
こうして、明日の授業参観に向けた特訓が急遽始まることになった。教師と生徒が並んで教科書を開き、真剣な顔で勉強を始める。
「もう帰っていいのかな?」
「さ、さぁ……」
「いいと思う」
しかし他のクラスメイトの反応は淡泊そのものだった。
――――――――――――――――――――――――
そして翌日の授業参観当日。
いつもなら生徒たちの声で賑やかな旭丘分校も、この日は普段とは少し違った雰囲気に包まれていた。
廊下では、生徒達と一緒に、授業を見に来た保護者も一緒にいる。
れんげは、その中にいる楓の手を引きながら、意気揚々と教室へ案内していた。
「駄菓子屋! 教室はこっちなのん!」
「わかってるって、卒業生なんだし……」
楓は呆れたように言いながらも、れんげに引っ張られるまま歩いていく。そこへ一穂もやって来た。
「いやー、わざわざ来てくれてありがとね」
「別に良いっすよ、代わりに今度ウチの店で何か買っていってくれたら」
「考えとくよ」
相変わらずの二人のやり取り。そんなところへ――
「おはようございます先生……楓ちゃんも……」
どこか元気のない声に一穂が振り返る。
「うおぅ!? よっくん!?」
そこにいたのは、見るからにテンションの低いよしおだった。
昨日、親が来ないことをあれほど嬉しそうに自慢していた男とは思えない。
楓もその姿を見て、眉をひそめる。
「なんか落ち込んでるみたいだが、どうした……? 確か今日お前の両親は来ないって聞いたが?」
「よくご存知で……、誰も来ないと思ってたのに……」
よしおは力なく答えると、そのまま校舎の下駄箱へ視線を向ける。
「こーんにーちわー♪」
「「このみ!?」」
そこから聞き覚えのある声とともに笑顔で登場する少女の顔を見て、一穂と楓の声が綺麗に重なった。
よしおの姉――富士宮このみが、実に楽しそうな顔で近づいてくる。
「さすがに誰も来ないのは可哀想だと思ったから来ちゃった! 別に構わないよね? かずちゃん♪」
「お、おう……それはまぁ、大丈夫だけど……」
一穂が若干戸惑いながら答える。
「お前、今日は平日なんだが、学校の方はどうした?」
楓も、まさかこの場でこのみまで現れるとは思っていなかったのだろう。当然の疑問を尋ねた。
「あれ? 楓ちゃんは覚えてない? 私の高校、今日が創立記念日だからお休みだよ?」
「そういえばそんなのもあったな……」
楓は納得したように頷く。
確かに、このみが今日ここへ来られる理由としては十分だった。
だが、よしおは納得していなかった。
「なんか極めて! 作為的な何かを感じる!!」
「ふふん♪ よっくん今年になってから受験勉強すごく頑張ってるし、今日はよっくんの良い所たくさん見てあげるね♪」
このみは、そう言うなり、当然のようによしおへ身体を寄せた。
「いや、ほんと、そういうの良いから……暑いからひっついてくんなよ……」
「うむ、キミ達は相変わらず仲が良いようで何よりだ」
「いや、別に普通ですよ普通……」
よしおは、一穂の言葉に迷惑そうに顔をしかめながら、呟く。
(とか言いつつ、少しニヤけてんなコイツ……)
楓は、よしおの口元に浮かんだ笑みを見て、呆れたように肩を竦めた。
「そういえば聞きましたよ先輩、今日は雪子さんの監視があるようで……」
「あーそれなら、昨日夏海に猛特訓をしたから大丈夫大丈夫」
「へー」
一穂は、楓の問いかけに自信満々に胸を張る。
「いやー驚いたことに、夏海のヤツ結構暗記力高くてねぇ」
「……まぁ変なことは結構覚えてますからね、アイツ」
「かずちゃんおはよう! かずちゃんの授業見るのなんて初めてね! 今日は楽しみにしてるから!」
「噂をすれば……」
聞き覚えのある声。思わず一穂の顔が引きつる。
「ん? 何か言った?」
「あ、いえいえ……それより雪子さん、夏海の奴すごいんですよー。ちょっと勉強見てやったらスラスラ問題集解いたりして、もしかしたら天才かもしれません!」
一穂はとにかく喋った。喋っていれば、何とかなる気がした。
「あら、本当? じゃあ今日は期待して良いのかしら?」
「も、もちろんです! 夏海のいいとこ見せちゃいますよ! ね、夏海?」
勢いに任せて、すぐ隣にいた夏海へ話を振った。
「……ふぁい……」
ズーンと重苦しい雰囲気の夏海を見て一穂の笑顔が固まった。
(アカン!)
「あ、すいません! ちょっと夏海借りまーす!」
一穂は慌てて夏海の肩を掴んで、そのまま雪子から少し離れたところまで連れていった。
そして、声を潜めて問い詰めた。
「ちょっと夏海、どうしたの!?」
「……朝起きたら、昨日の勉強に関する記憶が、すべて消えてた……」
「えっ!?」
「もしかしたら、昨日の事は、全て夢……?」
「夢じゃない! 夢じゃないぞ!」
一穂が夏海に必死に問いかける中、雪子に視線を向けられてハッとなる一穂。
「と、とりあえず授業はじめまーす!」
一穂は慌ただしく教室に父兄を案内した。
――――――――――――――――――――――――
そして、授業参観が始まる直前の教室。
教室の後方には、授業を見に来た大人たちが並んでいた。
蛍の母親、雪子、楓、そしてこのみ。
楓とこのみは保護者ではないものの、今日はその列にちゃっかり混ざっている。
「保護者の列に並ぶのってなんか緊張するね……」
「お前はまだ学生だしな」
このみが周囲を見回しながら小声で呟くと、隣に立つ楓がもっともなことを返した。
「こういう時ってどんな会話すれば良いのかな?」
「そうさね……、子供達に関する事とか、話してみるかい?」
このみが疑問を口にすると、雪子が二人の会話に自然に加わった。
そして、その言葉を聞いた瞬間――
「つまり、よっくんの事ですか……」
このみの視線が、教室の一番後ろの席へ向いた。その会話が聞こえていたよしおは、嫌な予感を覚えた。
「おい、恥ずかしいことは止めろよ……、どうせオレの失敗談を話すんだろ? 過去は変えられないし、忘れたい事だらけなんだから思い出させんなって……」
「そうやって目を背けてるから、同じような失敗を繰り返すんじゃないのか?」
「楓ちゃん、正論は時として人を傷つけるんだよ?」
「ほんと口だけは達者だよな、お前って……」
このみは、ぽん、と手を叩いた。
「それじゃあ、現在のよっくんに関する事で一つ!」
「だから恥ずかしいから止めろって……(まぁ、今は受験勉強を頑張ってるし、悪いことは無いだろうな……)」
口では嫌がっているものの、内心では少し安心していた。
過去のやらかしに関する話題ならともかく、最近の自分は受験勉強に真面目に取り組んでいる。
これといって人前で暴露されて困るような話は無い。……筈だ。
よしおがそう考えた、その直後。
「最近よっくんのお部屋のティッシュの減りが早くて――」
「おいコラ! 恥ずかしいの次元飛び越えるの止めろ!!」
よしおは思わず叫ぶ。このみはそんな弟の反応を見て、楽しそうに笑っている。
「よっくん、風邪?」
「大丈夫ですか?」
「暖かくすると良いのん」
「よっくんの不潔……」
意味がわからずに純粋に心配をするクラスメイトの女子三人と、意味が分かって汚い物を見る目を向けてくる小鞠。同じ男子の卓は、巻き込まれるのを嫌ったのか、特に反応しなかった。
「しょうがないだろ……、受験勉強のストレスでいろいろ……」とブツブツ独り言を呟き続けるよしお。
楓は呆れたように肩をすくめ、雪子は微笑ましそうに口元を緩めた。
そんな空気の中、授業参観が始まった。
――――――――――――――――――――――――
いきなり恥をかいたけど、切り替えなきゃな……。
授業参観とはいっても、分校は学年がバラバラだ。そのため、授業は学年ごとに区切って行われる。
まずは小学一年生の国語の授業からだ。れんげは席を立ち、教科書を両手で持っている。
「くじらが、そらを、とんで――」
多少たどたどしいところはあるものの、最後までしっかり教科書を読み上げる。
そして読み終わった瞬間、れんげはくるりと身体を後ろへ向けた。
「本読んだーん!」
「おー」
楓ちゃんは、振り返ったれんげに目を細めて頷いた。
続いて、小学五年生の算数。
「一辺が五センチの立方体の――」
蛍ちゃんが黒板の前に立ち、図形の問題を解いていく。
蛍ちゃんは後ろを振り返ると、ぱっと表情を明るくした。蛍ちゃんのお母さんも優しく頷いている。
普段は大人びてるから、こういうちょっとした仕草を見ると年相応に感じて微笑ましかった。
そして次は中学三年生の英語。
卓が黒板に書かれた英文に対して、返答を書いている。英語なら大丈夫だ、問題ない。オレは自分の席で、そんなことを考えていた。
……ところが。
「では今度は中学三年生の数学の授業になりまーす!」
「はぁ!?」
よりによってオレの番で教科を変えやがった。しかも数学。一番苦手な教科である。……やってくれる!
先生が黒板に問題を書き始めた。
x²−5x+6=0
「では、この二次方程式を解いてみましょう!」
これならできる!
x²−5x+6は、二つの数を掛けて6、足して−5になる組み合わせだから――。
「x²−5x+6=(x−2)(x−3)なので、x=2、3です」
「正解! 毎日の勉強の成果、バッチリ出たね!」
「まぁ、初歩の初歩ですよ!」
思ったよりもすんなり答えられた。正解を告げられると自然と胸を張ってしまう。
以前のオレなら、絶対に頭を抱えていただろう。そう考えると、自分でも少し嬉しくなった。
「あのよっくんが方程式を解いてる! すごいすごい! 本当にすごいよ……本当に、立派になって……!」
姉ちゃんはオレ以上に喜んでいる。今にも泣き出しそうな顔をしている。
「恥ずかしいから静かにしてくれや……」
嬉しくないわけではない。が、ここまで大げさだと照れ臭い。
「よしよし、あんた達本当に仲が良いねぇ」
雪子おばさんが、そんな姉ちゃんの背中を優しく摩っている。
……なんだ、上手く答えられたのに、この公開処刑は!?
とはいえ、これで一安心。自分の出番を無事に乗り切れたことで、肩の荷が下りたような気分になる。
オレは、ほっと息を吐きながら、次の授業へ意識を切り替えた。
続いては中学二年生の理科。
「えっと、鉄と硫黄は化合して、硫化鉄になります」
小鞠ちゃんも危なげなく問題を解いた。
そして、いよいよ最後。中学一年生の授業になった。なっちゃんは死んだような表情で席を立つ。
大丈夫か? 昨日先生と一緒にあれだけ勉強していたし、うまくいってほしいけど……。
「そ、それじゃあまず……一ケタの掛け算からいってみようか!」
いや一ケタって……それ、小学校二年生でやる問題じゃね?
大丈夫か? オレは後ろを振り返った。 雪子おばさんの顔が、なんだか険しい。当然だ。中学生がやるような範囲ではない。
斜め前を見ると、さっきまで死んだ魚のような顔をしていたなっちゃんは、目を輝かせていた。
そうか、まずは簡単な問題から始めて、緊張を和らげるつもりだな? それならまあ、分からなくもない。
「よし! じゃあ夏海君! 八の段いってみよー!」
「は、はちいちがはち、はちにじゅうろく、はっさん……、ハッサン、発散……」
……。
あれ?
止まった?
オレは思わずなっちゃんを見る。あ、わかりやすく沈んでる。
いや、中学生にもなるのに九九が出てこないのか?
去年まで数学が壊滅的だったオレでも、ここまで酷くはなかったぞ……。
……いや待て、緊張してると普段出来ることでも出来なくなることはある。
今のなっちゃんは、雪子おばさんという恐怖対象を目の前にしている。
極限状態なのだから、仕方ない。……仕方ない、よな?
ただ、雪子おばさんが何を思っているのかだけは、考えたくなかった。
「24なのーん!!」
オレが現実逃避してると、突然、教室中にれんげの大声が響き渡った。
「こ、こらーれんちょん……今のは夏海の問題だぞー……」
「そ、そうだよー……せっかく答えようとしてたのにー……」
「つ、つい答えてしまったん……」
先生となっちゃんは、口ではれんげを注意している。
だが、二人の顔を見れば分かる。
……めちゃくちゃホッとしてる。
きっと心の中では、れんげに向かって「ナイス!」と喝采でも送っているんだろう。
そんな事を考えながら何気なく後ろを振り返ると――鬼がいた。
雪子おばさんが、ものすごい形相で前を見ている。こーわーいー……。
先生も後ろをちらりと見て、すぐに黒板へ向き直った。
「じゃ、じゃあ音楽の問題! この記号をなんと言う!?」
黒板に書かれたのは、ヘ音記号。
教科まで変えてきた。
しかし――。
「勾玉か!? わかんないです!!」
駄目だった。オレは額を押さえた。先生もすぐさま次の手を繰り出す。
「理科! この手で表される法則は!?」
今度は左手でフレミングの法則の形を作った。
「じゃんけんで絶対勝つヤツですか!? わかりません!!」
不正解! 不正解だが、その発想はなかった。やるな……。
いや、感心してる場合じゃない。
「次の英訳をせよ!!」
先生はヤケクソ気味に黒板へ文字を書き込んだ。
そこに書かれたのは――
"I don't know."
和訳すると、「わからない」になる。成程……、答えを誘導するとは考えたな。
ところが――。
「昔の私は荒れていた――しかしそんな私によっくんが優しく――」
さっきみたいに素直に"わかりません"って答えてたら正解だったのに、なんか物語を語り始めちゃった。
それにオレはどこから出てきたんだ!?
因みに物語の内容は、短いながらも甘酸っぱさのある感動的なラブストーリーだった。
オレ自身が登場していることもあって、つい聞き入ってしまう。……柄にもなく、胸がキュンとしてしまった。
心は温まったけど問題は不正解。……どうなってしまうんだ!?
――――――――――――――――――――――――
教卓に立つ一穂と、その目の前の席の夏海。
二人は授業を続けながらも、時折ちらちらと視線を交わしていた。
大声を出すわけにはいかない。
しかし、二人にとっては共通の死活問題がある。
――後ろにいる雪子の様子である。
夏海が恐る恐る一穂へ視線を送る。
(かず姉、どう? 母ちゃんの様子は……?)
一穂はちらりと後ろを確認する。
(ん、んー……!? わ、わらってる!)
その返事に、夏海の目が見開かれた。
(笑ってる!?)
(うん、笑ってる……)
どうやら、怒ってはいないらしい。
それどころか、雪子は先ほどからずっと笑顔を浮かべている。
夏海は一穂ともう一度視線を交わす。
(笑ってる……か……)
その笑顔が何を意味するのか。二人とも、なんとなく分かっていた。
少しの沈黙の後、一穂が恐る恐る問いかける。
(夏海、どうする……いや、どうしたい?)
夏海はしばらく黙っていた。そして――すべてを諦めたように、ゆっくりと顔を伏せる。
(この勢いのまま介錯を……、ゴングを鳴らしてください……)
その言葉を聞いた一穂は、黙って鉄琴を取り出して、
――カーンッ!!
と澄んだ音を鳴らした。
「あーっと、気づいたらこんな時間だ! ちょっと早いけどお昼ご飯にしまーす!」
一穂は、先程までの授業から目を反らすように話を進めた。
「お昼ご飯は父兄と一緒にカレーをつくりまーす! 家庭科室の方へどうぞー!」
そうして、保護者達はぞろぞろと教室を後にしていく。
張り詰めていた空気も、少しずつ緩んでいった。
「よっくん、一緒に行こっか?」
このみが、いつものようによしおへ声をかける。
「そうだな、カレーはアレンジのし甲斐があるし、楽しみだ!」
「みんな食べるんだから普通に作ろう?」
「わかってるって、冗談だよ」
そんな会話を交わしながら、二人は並んで家庭科室へ向かっていく。
授業参観だということを忘れてしまいそうなほど、いつも通りの富士宮姉弟だった。
そんな和やかな光景を横目に、一穂はある人物へと駆け寄っていた。
「あ、雪子さんお疲れ様です! 今日はご足労かけました!」
何事もなかったかのような笑顔を浮かべて、その勢いのまま雪子の前に立つ。
「今日は夏海の実力を見て頂きましたがどうでしょう!? 良かったんじゃないでしょうか!?」
さらに、夏海の肩を掴むと、目の前へと引き寄せた。
突然引っ張り出された夏海の顔が、強張る。
「……」
雪子は満面の笑みを浮かべたまま、じっと二人を見つめている。
「ダメでしたか?」
一穂の問いかけにも、雪子は笑顔を崩さないまま、何も言わず、ほんの小さく頷いた。
「ダメですか……」
ダメだった。
最近、忙しさとスランプが重なって更新速度が落ちてしまっています。すいません。
のんすとっぷ編もいよいよ折り返しに入るところなので、焦らず、一話一話大事に書いていきたいと思います。
最後までお付き合いいただければ嬉しいです。