のんのんびより ― ある田舎男子の日常 ― 【ばけーしょん編更新中】   作:NIZI

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アニメ一期五話後半。
海のシーンです。前半よしお視点の一人称。後半は小鞠中心の三人称です。


第5話 水着を忘れたふりをした

 真夏の太陽が、砂浜を白く照り返している。

 波打ち際では子どもたちがぎゃあぎゃあと、はしゃいでる。

 遠くでは波の音が延々とざわんざわん……まぁいつもの夏の海だ。

 

 家族連れとカップルで賑わうビーチ。その内の一角をパラソルで陣取る。その下に採れ立てのきゅうりにトマトの入ったクーラーボックスと麦茶の入った水筒をおいてから服を脱いで下に着込んだ海パン姿になる。

 すると、準備を手伝わずに、いち早く更衣室に行って水着に着替えていたわんぱく女子二人が近づいてくる。

 

「じゃーん! よっくん、どうかな?」

 

 そう言いながら、幼馴染、越谷夏海が赤いビキニタイプの水着姿で胸を張ってみせた。

 お腹もへそも大胆に出して、太陽みたいな笑顔でポーズを決める。

 

 ……いやちょっと待て、なんだこれ。なっちゃんや、君そんな攻めた衣装着る子だったっけ?

 

 いや落ち着け! なっちゃんで興奮してんじゃねぇオレ! 冷静に、冷静に……。

 

「いいじゃん、なっちゃん! また一段と成長したな! 最高!」

 

 冷静に開き直って褒めてみた。

 

「え? えへへっ、そんな褒められると照れちゃいますなー!」

 

 右手で頭をかきながら豪快に笑うなっちゃん。

 ……これは、イケるか?(悪い顔)

 

「なっちゃん、あっち! 波打ち際行こうぜ!」

 

「いいけど、行ってどうすんの?」

 

 顔を斜め45度にして、出来る限りのイケメン声を出してみる。

 

「抱きしめても良いかい? こう"ぎゅっ"て……映画のワンシーンみたいにさ!」

 

「う? うーん……ちょーっと恥ずかしいかなぁ……」

 

 少し苦笑いしている。だが拒否はしてない。

 

 ――イケるッ!(悪い顔、再び)

 

「れんげ! 先生の所からカメラ取ってきてくれ!」

 

「はいなのん!」

 

 いつものツインテールをお団子にして、児童用のピンクフリル水着を着たれんげは全力ダッシュ。

 姉々ー! と叫びながらパラソルの方へ走っていく。よし、邪魔者はいなくなった! (ゲス顔)

 

「いいかい?これもひと夏の思い出ってヤツだ……」

 

「よっくん……。まったく、しょうがないなぁ……」

 

 照れた様に頬を書くなっちゃんの手を優しく取って波打ち際へ。足元の海水がぬるくて気持ちいい。

 

 ――その時。

 

「夏海先輩! よしお先輩! お待たせしました!」

 

 蛍ちゃんの声が聞こえ、振り向くと――目に飛び込んできた。

 まず視界に飛び込んできたのは、なんかこう……色々すごい蛍ちゃんだった。

 ブルーのビキニにパレオまで巻いてて、なにその小五とは思えん完成度。

 極めつけには胸、胸、胸!

 

 その瞬間――

 

 下半身に電流走る―――!

 

「はうっ!!」

 

 思わず悲鳴が漏れて、反射的にしゃがみ込んでしまった。

 

「よっくん!?どうしたの!?」

「よしお先輩!?だ、大丈夫ですか!?」

 

 二人の焦った声。とりあえず――何が原因かは気づかれていない。セーフ……!

 ……しかし。

 

「よしお先輩、大丈夫ですか……無理はしないでください……」

 

 蛍ちゃんがオレの背中をさすってくれた。優しい。天使だ。

 蛍ちゃんの手、ふわふわしてて、少し冷たくて――

 

 オレの理性ゲージが一瞬で限界突破した。

 

「おほぉ……」

 

 やばい。これはやばい。

 ここで立ち上がったら――終わる。

 オレの男としての尊厳は砂になる。新しい黒歴史が追加されてしまう。

 立てない。立てるか。いや立てない。物理的にも精神的にも。

 

 絶望の中、シュノーケルをつけた卓が近づいてきた。

 何だその顔は。悟りを開いた仙人か?

 卓は海を指さすと、オレの見える位置で手を 5 → 4 → 3 とカウントし始めた。

 ……ああ、そういうことか。さすが卓。オレの相棒。右脳と左脳。陰と陽。我が半身。

 

 そして指が 2 → 1 → 0!!

 卓が思いきりオレの背中を蹴り飛ばした。その勢いを利用して、オレは海へダイブ。

 ざっばーーーーん!

 

「よっくん!?」「よしお先輩!?」

 

 二人の叫び声が遠くに聞こえる。

 よし……海の中なら誤魔化せる……!

 

「ちょっとこのままトイレまで泳いでくー……」

 

「いや、歩いたほうが絶対早いって!」

 

 なっちゃんのツッコミを受けながら、オレは波に身を任せて漂っていった。

 助かったぜ、卓。蹴られた背中はめちゃくちゃ痛かったけどな!

 

 

 

 

 パラソルの影の中、色褪せたレジャーシートの上で、小鞠と一穂が並んで腰を下ろしていた。

 クーラーボックスを開けると、冷えたキュウリが氷の中でつん、と跳ね、表面から透明な水滴がつうっと滴る。二人はそれを丸かじりしながら、だらりと海を眺めていた。

 

「海、来たねぇ」

 

 雪子の制裁からようやく回復した一穂が、のんびりした声で呟く。

 

「海、ですねぇ」

 

 小鞠の視線は波間を彷徨い、どこか上の空だった。

 砂浜には家族連れやカップルがぎっしりと並び、歓声と水しぶきの音が途切れることなく響いてくる。

 

「田舎だってのになんで海はこんな人が多いのかな?」

 

 こんな田舎の海に来たって何もないのにねぇ。と一穂はキュウリをぽりぽりとかじりながら、気だるげに首を傾げた。

 

「里帰りの人とかじゃないですか?」

 

 小鞠は気のない返事を返すだけ。会話を楽しむ気配はまるでなかった。

 その様子に気づいた一穂が、身を寄せて小鞠の表情を覗き込む。

 

「せっかく来たのに、こまちゃんは泳がんの?」

 

「別にいいです。海眺めるのが好きなんで……」

 

 小鞠は視線を落としたままか細く答える。一穂はわざとらしくニヤリと笑い、肘で軽くつついた。

 

「とか言いつつ、本当は水着だと中学生に見られないのがイヤなんでしょ?」

 

「そーですよ! せっかくその事忘れて海満喫しようとしてたのにィ!! もぐもぐもぐもぐ!!!」

 

 小鞠は怒りに任せてキュウリへ噛みつく。

 ぽりぽりぽりぽりっ――やけ食いそのものの勢いだった。

 

「あーごめんごめん……」

 

 一穂が慌てて手を振る。

 推定身長百四十未満の中学二年生、越谷小鞠。

 彼女の目が少し赤くなってきて、あ、これ危ないやつだと一穂はすぐ気づいた。

 じわっと滲んでくるのを、小鞠は必死に誤魔化すようにキュウリをかじった。

 

「まー落ち着きなって、まだ中学二年生だし! これから伸びるかもしれないからさ……」

 

 

「小鞠先輩ー!」

 

 一穂が必死に慰めていたその時、明るい声が届いた。

 眩しい日差しの中、ビーチボールを抱えて歩いてくるのは一条蛍。砂浜の光を受けたその整った体つきは、まるで年齢を超えた完成されたシルエットだった。

 

 その姿が、小鞠の胸にさらに深い影を落とす。

 

「喉乾いたー」

「ジュースー」

 

 遊び疲れた夏海とれんげも一緒に戻ってくる。その言葉をきっかけに、小鞠は限界まで沈んでいた感情を押し殺したまま、静かに立ち上がった。

 

「ジュースなら、私が買ってきます……」

 

「いや、すぐそこだし、ウチがいくよ……」

 

「いいんです、一人にしてください……」

 

 一穂が何とか声をかけようとするが、取り付く島もない。

 うつむいたまま砂を踏みしめ、小鞠はパラソルの影から離れていく。

 小さな背中がゆっくりと遠ざかっていった。

 

「先輩……どうしたんだろう……?」

 

「それは自分の"胸"に聞いてみなよ……」

 

 心配そうに見送る蛍の横顔と、そのスタイルに、(それより君は本当に小五ですか!?)と一穂は内心戦慄したのであった。

 

 

 

 

「これだから海は嫌だったのに……」

 

 自販機の前でジュースを買いながら、小鞠はぼそりと不満を零した。

 街へ遊びに行った方が絶対に良かった――そう愚痴りつつ、皆の分の飲み物を適当に選んでいく。

 

 最後に、自分が飲みたいフルーツミックスのボタンへ手を伸ばす。しかし肝心なそのボタンだけ、やけに高い位置にあった。小鞠の背では指先が届かない。ジャンプしても、かすりもしない。

 

「この自販機無駄に土台高くない?」

 

 自販機まで私を馬鹿にしてんのか。とそんな苛立ちが胸に広がる。

 

「そこのかわいいお嬢さん」

 

 どこか気取った聞きなれた声と同時に、背後から伸びた手が小鞠の狙っていたフルーツミックスのボタンを押した。

 振り向くと、まるで覆いかぶさるように立っていたのは、幼馴染の富士宮よしおだった。

 

「ちょっと抱きしめても良いかい?」

 

「……また大声だすよ……」

 

「それはそれはご勘弁を……、今度こそ卓に殺されちゃうからヤメて!」

 

 過去、変質者みたいに彼女に絡んでしまった黒歴史がトラウマになっているのだろう。

 キザな態度が崩れて顔を青くして震えるよしお。

 

 じゃあやらなきゃいいのに――と小鞠はため息をつく。

 

 よしおは自販機の取り出し口に手を入れ、飲み物を取り出した。

 

「半分持つよ」

「ありがと」

 

 二人でジュースを抱え、浜辺へと戻る砂の道を並んで歩く。

 足元の細かい砂がサンダルに入り込んで、歩くたびにじゃり、と音が鳴った。

 さっきまで騒がしく聞こえていた波の音も、今はやけに遠く感じられる。

 

「なあ、泳がんでいいの?」

 

 よしおが横目で小鞠を見る。小鞠は伏し目がちな表情を隠すように影を落としていた。

 

「別に、海眺める方が好きだから……」

 

 視線は海ではなく、手に持ったジュースのラベルに落ちている。

 

「本当は泳ぎたいんだろ?」

 

 小鞠の足取りが一瞬だけ止まる。遠くで子どもたちが歓声を上げ、海水の跳ねる音が聞こえた。

 

「水着を忘れてきたの……」

 

 短く、吐き捨てるように。

 

「海行くってわかってたのに?」

 

 よしおの言葉に、肩がぴくりと跳ねる。

 

「さっきから何なんだよもう! やめてよ、そういうの! よっくんも私を馬鹿にするの!?」

 

 振り返った小鞠の瞳は、悔しさと不安が混ざった濡れた光を帯びていた。

 波の反射で光ったのか、それとも——。

 

「そんな気はないって、ただ小鞠ちゃんがつまらなそうな顔をしてるのが気になってさ」

 

 よしおの声はいつになく真っ直ぐだった。

 

「……なにそれ、私普通に楽しんでるし」

 

 小鞠は顔をそむけ、唇を強く噛む。

 

「小鞠ちゃん分かりやすいから。オレじゃなくても分かるよ」

 

 二人の間に少し沈黙の時間が落ちる。

 

「絶対笑わないでね……こっち来て」

 

 小鞠は小さく絞り出すような声でそう告げ、ジュースを抱えたまま踵を返す。

 

 そして、売店の裏の、日陰で人のいない場所へとよしおを導いていった。

 

 いつものよしおなら「こんな人気のないところに連れ込むなんて、小鞠ちゃんってば大胆!」と軽口を叩くところだ。

 

 しかし、今の小鞠の表情は真剣そのもの。さすがに冗談を言う気にはなれない。

 

 小鞠は無言で上着を脱いだ。

 

 いつものよしおなら「いきなり脱ぐなんて、小鞠ちゃんってば大胆!」とセクハラ発言でもしてるところだ。

 

 しかし、今の小鞠の表情は以下同文。

 

 服の下から現れたのは、胸に油性マジックで「5-1」と書かれたゼッケンが縫い付けられたスクール水着だった。

 

「身長伸びないから新しい水着も買ってもらえないし、今の私に合う水着はこれしかないの……」

 

 夏海なら、からかうだろうし、年下なのに大人っぽい蛍に見せるのは小鞠のプライドが許さない。それが容易に想像できる。

 

「笑わないんだね……」

 

「笑わないって約束したし……」

 

 よしおは静かに答える。そして心の中で考える。

 

 ――この空気をどう変えればいい?小鞠が心から海を楽しめるようにするには?

 

 茶化す雰囲気ではない。しかし、このしんみりした空気は自分らしくない。

 よしおは、そんなことを考えながら必死に頭を悩ませていた。

 小鞠の告白を受け止めた後、よしおはしばらく空を見上げて考え込んだ。

 夏の太陽が容赦なく照りつける音まで聞こえそうな静けさの中、ふと何かを思いつき、小さく息を吸った。

 

「……ちょっとだけ、待ってろ」

 

 そう言い残すと、よしおは売店の裏をそっと離れ、人混みの中へ駆けていった。

 一人取り残された小鞠は、抱えた上着の端をぎゅっと掴み、不安そうに足元の砂を見つめる。

 

 

 

 数分後。

 

 

 

「こまちゃん、こまちゃん!」

 

 弾む声と共に駆けて来たのは、水鉄砲片手に全力で走るれんげだった。

 よしおが後ろから息を切らしながらついてくる。

 

「今からみんなで遊ぶん! こまちゃんも来るん!」

 

「え、ちょ、れんげ!? 急になに……!?」

 

 れんげは小鞠の手首をぎゅっと握る。小鞠は引っ張られるままに歩き出すしかなかった。

 

 砂浜へ戻ると、夏海と蛍、そして一穂まで揃っていた。

 四人は波打ち際に並んで、色とりどりの水鉄砲を手に笑っている。

 

「よっくんが、こまちゃんが水着で泳げるよう協力してほしいって言ってきたからね。ウチが思いついたんだ」

 

 一穂は胸を張って言った。

 

「そんなわけで今から、みんなで水合戦だ! びしょびしょになれば、誰の水着がどーとか関係ないし!」

 

「そーそー!濡れれば全部同じ! ほたるんもやるってさ!」

 

「はい、小鞠先輩のためなら!」

 

 よしおの言葉に夏海、蛍も笑顔で肩をすくめた。

 

「どうせなら、思いっきり濡らしてやるからねー?」

 

 夏海が挑発するように水鉄砲を構え、海水を勢いよく撃ち出した。飛び散った水しぶきが小鞠の肩にかかる。

 

「ひゃっ……!」

 

 驚いた小鞠の表情が、ほんの少し緩む。

 周りを見渡しても、誰も彼女を笑っていない。視線にあるのは、ただ「一緒に楽しく遊びたい」という気持ちだけ。

 

 よしおはそっと耳元で囁いた。

 

「誰も笑わねぇって。小鞠ちゃんが楽しんだなら、それでいいんだ」

 

 小鞠は唇を噛み、少しの沈黙のあと――

 

「……負けないから!」

 

 タオルを投げ捨て、波打ち際へと駆け出した。

 太陽の下で、胸に「5-1」と書かれた水着が眩しく光る。

 

「こまちゃん、参戦なん!」

 

 れんげが跳ねるように喜び、皆が一斉に水鉄砲を構えた瞬間――

 弾ける水しぶきと笑い声が、白い砂浜に広がっていく。

 

 その笑顔は、きっと今日一番輝いていた。




この後の帰宅場面は蛇足(よしお絡みのネタが思いつかなかった)なのでカットしました。
散々悩んだ末に別に無理にギャグにしなくてもいいかと開き直ってこまちゃん救済展開。
のんのんびよりの雰囲気に合うかどうかは考えないものとする。
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