第九話の、こまちゃん回ですが、いつもの如く、よしおを絡ませたネタが思いつかなかったので省略しました。
今回は、宮内家の場面は三人称、それ以外はよしお視点でお送りします。
冬休み。新年になってまもなくの宮内家にて。
「れんちょーん、れんちょーん!」
「なんなのん?」
「れんちょんに電話来てるよ」
居間にいた一穂に呼ばれ、れんげが受話器を受け取る。
「もしもしなん」
受話器を耳に当てた瞬間、れんげの表情が変わった。
一瞬だけ目を見開き、それからみるみるうちに頬が緩んでいく。
そして――。
「はっはっはっ…………」
雪の積もった道を、れんげが一心不乱に走っていた。
吐き出した息が白く煙り、踏みしめた雪が小さな足跡になって後ろへ続いていく。
やがて、前方に小さな人影が見えてきた。
「れんげちゃん! 久しぶり!」
「ほのかちん!」
雪景色の中で、ツーサイドアップの少女が笑顔で手を振っている。
夏休みにれんげと出会った、石川ほのかだ。
れんげも嬉しさを抑えきれない様子で、勢いよく駆け寄っていく。
「いつこっちに来てたん!?」
「昨日だよ! お正月だからおばあちゃんのところに帰ってきたの!」
「じゃあどこかに遊びに行くん! 前よりいろんなところ案内するん!」
「本当!? 行こう行こう!」
二人は顔を見合わせると、さっそくこれからどこへ行こうかと話し始めた。その途中、れんげがふと、ほのかの頭に目を向ける。
「その髪飾りかわいいんな!」
「あ、うん! お気に入りなの!」
ほのかのツーサイドアップの髪、その左右には猫をデフォルメした髪飾りがそれぞれ一つずつ付いている。
冬の陽射しを受けて、小さな髪飾りがちょこんと揺れた。
そして二人は、ごく自然に手をつないだ。そのまま冬の雪道を、並んで歩いていく。
―――同時刻、駄菓子屋にて。
「楓ちゃん! オッスオッス! 久しぶり!」
「いや、年明けに初日の出を見に行っただろ……」
「なんか大分久しぶりの気分だったからつい……」
駄菓子屋に入るなり元気よく挨拶をすると、楓ちゃんから呆れたような返事が返ってくる。
「せっかく来てもらってなんだが、今は特に手伝って欲しい事は無いぞ」
「いや、今日は臨時収入が入ったから豪遊しようかと思ってさ!」
「お年玉の事か? 学生は気楽でいいな……」
「まぁ、お年玉には違いないんだけどね……」
―――新年が明けたばかりのお正月の越谷家。
外は連日の降雪で、辺り一面が真っ白に染まっていた。
みんなでこたつに入りながらのんびりと七並べをしていると、ひか姉とれんげが入ってくる。
「おーっす、皆の衆あけまー!」
「あ、ひかげちゃんおひさー!」
「ひか姉、あけましておめでとう」
新年の挨拶もそこそこに、ひか姉は部屋の中を見渡す。
「あー、早速お年玉貰ってる!」
そして小鞠ちゃんがすぐにひか姉の手に持っているポチ袋の存在に気がついた。
「へへっ、雪子おばさんから貰ったぜ!」
「ひか姉欲張りで大変だったのん……、おばさんどころか、姉々と駄菓子屋にまで催促してたん……」
れんげが、少し疲れたような、呆れたような顔でお年玉を見せびらかしているひか姉を見る。
「このみ姉も、ひか姉の事叱って欲しいん!」
「うーん……大人がお年玉上げるのは普通だし、貰った物を返すのは、それはそれで失礼だしね」
「そうそう! まだれんげには難しいかなー?」
姉ちゃんは穏やかな笑顔を浮かべながら、れんげを諭す。
けれど、弟のオレには分かる。これは何かを企んでいる顔だ。
「それにしても、楓ちゃんもお年玉上げる齢になったんだね! 私もそろそろ上げた方が良いのかなー?」
「えっ!? いただけるなら私は遠慮なくいただきますが!!」
芝居がかったように首を傾げる姉ちゃん。その言葉を聞いた瞬間、ひか姉の目が輝いた。
「ポチ袋とかはないけど、はい! ひかげちゃん!」
「おおー! マジでくれるの!?」
姉ちゃんは、剥き出しの千円札を笑顔でひか姉に手渡した。
「よっしゃー! 予想外のお年玉ゲットー! これで東京ブルジョワ生活満喫だぜー!!」
「あーあ、お年玉あげちゃったー」
「もう返せって言われても返さないからなー」
「うん、それはいいんだけどさー」
大喜びするひか姉に向けて、姉ちゃんが悪い笑みを浮かべる。
「今、大人でもない高校三年生の私から、高校一年生のひかげちゃんにお年玉を上げたよね?」
「……え?」
「それなら、ひかげちゃんも年長者として、年下のみんなにお年玉を上げないとね?」
「……あ、やっぱこのお年玉、返す……」
ひか姉の笑顔が、一瞬で消えた。顔が青ざめ、手に持った千円札を姉ちゃんへ差し出す。
「えー? 人がせっかく渡した物を返すんだ? それって失礼な事だよね?」
「…………」
完全に逃げ道を塞がれている。エグい!
「やったー!」
「ひか姉、お年玉ありがとー!」
「予想外の収入ゲット……だな」
「ああああ……私の東京ブルジョワ生活があああ!!」
オレ達三人が喜ぶ一方で、ひか姉は頭を抱えて絶叫している。
「れんげちゃん、これで良いかな?」
「流石このみ姉なんな!」
姉ちゃんの言葉に満足そうに頷くれんげ。
何はともあれ、お年玉ありがとうひか姉。
せめてものお礼に、頭を抱えて悶絶しているその勇姿をしっかり目に焼き付けておこう。
……とはいえ、ガチ目にショックを受けているのを見ると、少し気の毒になってくるな。
そうだ!
オレはひか姉のすぐ側まで近づき、誰にも聞かれないように、念のため小声で話しかける。
「ひか姉、臨時収入も入った事だし、明日ラーメンでも奢ってあげるよ!」
「臨時収入って、それ私の金じゃねーか!」
「じゃあ行かないの?」
「……行くに決まってんじゃん」
奢りだと言えばひか姉は断らないだろう。渋々ながらも了承してくれた。
……よし、さりげなくデートに誘えたぞ!
―――そして現在。
「ってな事があったんだ! そうだよね! ひか姉!」
「そうだよねって……、ここ駄菓子屋じゃん!」
「ようひかげ、昨日はお年玉をくれてやったんだから感謝しろよ?」
「あ、あーもちろんデス……アリガトウゴザイマス……」
皮肉っぽい笑顔を向けてくる楓ちゃん。それに対してひか姉は、ばつが悪そうに顔を伏せている。
「おいよしお、ラーメンご馳走してくれるんじゃなかったのかよ……」
ひか姉はすっかりご機嫌斜めというか、居心地が悪そうにしている。
しょうがない、別にひか姉を追い詰めたくてここに来た訳じゃないし、さっさとラーメンを用意してあげるとしよう。
「楓ちゃん、ブタ麺二つ!」
「まいどー」
そう言って、オレは楓ちゃんに二人分の代金を手渡した。
「いや、ちょっと待て!!」
「慌てなくても大丈夫だよひか姉。ラーメン屋のノリで注文しただけで、ちゃんと味は選ばせてあげるからさ」
「そっちじゃねぇよ! ラーメン屋に行くんじゃねえのかよ!?」
「え、この近くにそんなもの無いじゃん?」
そもそも、この村には定食屋自体がない。ラーメン屋に行くとなると、一旦電車かバスに乗って街まで出なければならない。時間もかかるし、交通費だって馬鹿にならない。
「なんか凄く騙された気分なんだが?」
「じゃあいらないの?」
「……いらないとは言ってないじゃん……しょうゆ味で!」
「じゃあオレは王道をゆく、とんこつ味で! 楓ちゃん、ポット借りるね!」
「ああ、奥に置いてあるから取ってきて使え」
「おっけー!」
そうして、勝手知ったる楓ちゃん家の台所へ向かう。
ポットはっと……あった!
――ガラガラガラ……。
ポットに水を入れていると、店の入口からドアの開く音が聞こえてきた。誰か来たのか?
そう思って、再び店の方へ顔を出す。
そこには、見慣れたツインテールの少女が立っていた。
「お、れんげか……、ん? 後ろの子は?」
「あ、お兄さん、こんにちは!」
れんげの後ろから、控えめに顔を出す少女。
ツーサイドアップの髪。そして見覚えのある顔。
その姿を認識した瞬間、頭の中が真っ白になった。
「ほっ!? ほーっ、ホアアーッ!! ホアーッ!!」
「おわっ!? どうした急に!? 落ち着けって!!」
「ぐふっ!」
思わず叫んでしまったオレの背中を、ひか姉が叩く。
少し痛かったけど、おかげで落ち着くことができた。
「ほのかちゃん!? ほのかちゃんでしょ!? ほのかちゃんだよね、君!」
「え、あ、その、はい……」
「全然落ち着いてねーじゃねーか!!」
「ぐはぁっ!!」
今度は鳩尾に一撃。軽くトラウマが蘇って吐きそうになるから、その場所を殴るのは止めて欲しい……。
れんげにとって初めてできた同い年の友人、石川ほのかちゃん。
夏休みに一日だけ一緒に遊んだオレも、彼女のカメラで写真を撮ったことを覚えている。
最後は少し悲しい別れ方になったけれど、後日、れんげの家にはオレが撮った写真と、「来年も来る」と書かれた手紙が届いた。
手紙の内容通りなら、また会えるとしても、次の夏休みになると思っていたので嬉しいサプライズだ。
聞けば、冬休みだからおばあちゃんの家に来ているそうだ。
「わー、お菓子いっぱいだー!」
「ウチ、いつもここでお菓子買ってるのん!」
ほのかちゃんは、珍しそうに店内を見渡している。
そういえば蛍ちゃんが、東京には駄菓子屋は無かったと言っていたな。
「そうだ! オレ達、このラーメンを食べるんだけど、ほのかちゃんもどう? ごちそうするよ!」
「え、いいんですか!? ありがとうございます!」
「ブタ麺!? ウチも食べたいん!!」
「もちろん、れんげにも奢ってやるから! ほれ、好きな味を選べ」
「ありがとなーん!」
ひか姉から貰ったお年玉には、まだ余裕がある。
せっかく再会できたんだ。今日はみんなで楽しむとしよう。
――――――――――――――――――――――――
お湯を入れて三分後。
オレ達四人は駄菓子屋の外にあるベンチに並んで座り、湯気の立つ麺を啜っていた。
「おいしい!」
「そうなんな!」
「もっと量欲しいな……なあ、もう一個買って良いか?」
「もちろん! オレも今度は、タン塩味を食べてみるかな」
ラーメンといっても、六十円で買えるサイズだ。あっという間になくなってしまう。
それでも、雪景色を眺めながら食べる熱い麺は、思った以上に美味かった。
「ほのかちゃん、今回はいつまでこっちにいるのかな?」
「明後日には帰るんです。私はもっと居たいって言ったけど冬休みだからそんなにはいられないんだって」
「そうなんな……結構早く帰っちゃうんな……」
しまった。
何気なく聞いたつもりだったけど、れんげが別れを意識してしまった。
さっきまで楽しそうだったれんげの表情が、少しだけ曇る。
……これはまずい。何か話題を変えなければ。
「ほ、ほのかちゃん、これあげる。れんげも、はいこれ!」
「あ、ありがとうございます」
「これ、すごく酸っぱいから、ウチ苦手なん」
オレはとりあえず店内にあった目についたイカの駄菓子を買い、二人に手渡した。
「オレ、普段は皆から"よっくん"って呼ばれてるんだけどさ、一時期このお菓子に因んで"よっちゃん"とも呼ばれてた事があったんだ!」
「……そんな時期あったか?」
オレの言葉にひか姉は首を傾げた。
もちろん無い。今思いついたからな。
「それをオレだと思って大事にしてくれ!」
「……えっと……」
「こいつの言う事は間に受けるな。お菓子だからさっさと食べると良い」
「はい!」
少し滑ってしまったようだけど、ひか姉がフォローしてくれた。
ありがとう。
――――――――――――――――――――――――
「じゃあ、ウチとほのかちんは次の場所へ行くん!」
「ごちそうさまでした!」
「雪積もってるから気をつけてなー!」
「あーい!」
その後、れんげはほのかちゃんと二人で駄菓子屋を後にした。
二人の姿が雪道の向こうへ消えていくのを見届ける。
さて、オレはというと――。
「せめて私がお前に渡した分を使い切ってやる!」
ひか姉が、そう叫びながら他の駄菓子を物色していた。こうなったら、もう止まらない。オレもその場のテンションに任せて、普段なら買わないような量の駄菓子を買った。
「まいどありー!」
楓ちゃんが満面の笑みを浮かべる。
多分、この日の楓ちゃんの笑顔は、今まで見てきた中でも最大のものだったと思う。
―――翌朝。
「さて、出かけてくるか……」
「よっくん、勉強は?」
「明日から本気出す!」
「そう、頑張ってね♪」
「おうともさ!」
受験勉強も大事だが、今はそれよりも重要なことがある。
姉ちゃんの笑顔を背中に受けながら、オレはカメラを片手に家を飛び出した。
――――――――――――――――――――――――
「おっすれんげ! 待ってたぜ!」
「よっくん? こんな所ですごい偶然なん!」
「偶然じゃないんだよなー! れんげは、ほのかちゃんとここで待ち合わせをしたんだろ?」
「なっ! 昨日駄菓子屋で別れたんに、なんでわかったのん!? よっくん探偵みたいなん!」
れんげが驚いた顔をこちらに向ける。
どうやら、オレの登場は完全に予想外だったらしい。
探偵みたいだと持ち上げられたので、オレは額に人差し指を当て、名探偵気分で得意げに語る。
「ふふん簡単な事だ。昨日家に帰る途中でたまたま二人が歩いていたのが見えたからな。隠れてこっそり後をつけてたのさ! そして明日何処に行くかを聞き耳を立てて聞いてたんだ!」
「……推理じゃなかったんな……探偵だと思って感心して損したのん……」
れんげが呆れた目を向けてくる。
いやいや、尾行と情報収集だって立派な探偵の仕事なんだぞ!
そう抗議しようと思っていたら、ほのかちゃんがこちらへ駆け寄ってきた。
「れんげちゃーん! あ、お兄さん! おはようございます!」
「おはよう、ほのかちゃん! 今日も冷えるね!」
「そういえばよっくんも一緒に遊びたいん?」
「まあな、これを見てくれ!」
れんげの疑問に、オレは懐からデジカメを取り出して答える。これは昨日、姉ちゃんに頼んで今日一日だけ借りることができた物だ。
「それ、キャメラなん?」
「ああ、二人の邪魔はしないから、夏休みの時みたいに写真を撮らせてくれ!」
そう言うと、二人は顔を見合わせて嬉しそうに了承してくれた。
――その後
雪が積もった河原で、三人で雪だるまを作った。
雪の坂道を見つければ、今度は滑り台代わりにして遊ぶ。
「うわーっ! ぐふっ……!」
勢いよく滑ったオレは、そのまま雪に顔から突っ込んだ。
かっこいいところを見せようとしたけど失敗した……。
神社では昼寝している猫を見つけ、二人でそっと撫でた。
最後は山に登り、雪に覆われた景色を眺めた。
雪の上を駆け回り、笑い、転び、また笑う。
何をしても、二人は楽しそうだった。
その間、オレは黒子に徹した。
カメラを構え、遊んでいる二人の姿を写真に収め続ける。
夏休みの時と同じように。
シャッターを切るたび、画面の中に楽しそうな二人の姿が残っていった。
―――その日の夕方。
「家まで送ってくれてありがとー!」
「どういたしましてなのん」
オレ達は、ほのかちゃんを石川のお婆さんの家まで送り、その玄関にいた。
「……ほのかちん、明日帰るんな?」
「あ、うん」
ほのかちゃんの返事を聞いた瞬間、れんげの表情が寂しそうに曇った。
「……あっ」
ほのかちゃんも、それに気づいたらしい。
「はっ! ウ、ウチ! 遅いからもう帰るん……!」
「れんげちゃん!!」
れんげは、ほのかちゃんの顔を見るのが耐えられない様子で、その場から走り出した。雪を踏みしめる音が遠ざかっていく。
「それじゃあほのかちゃん、オレも今日の所は帰るわ」
「あ、はい、さようなら……」
オレは軽く手を振って別れの挨拶をすると、ほのかちゃんは軽くお辞儀をして応えた。
友達との別れは辛い。
オレも同じ思いをしたから分かる。
夏休みの時は、ほのかちゃんの親の仕事の都合で突然帰ってしまって、サヨナラも言えないままお別れになった。
今回は明日帰ると分かっている。だから、心の準備はできる。それでも、寂しいものは寂しい。
……どうしよう。
オレに何か出来ることはあるのだろうか。
――――――――――――――――――――――――
「おはようれんちょん、おせちでも食べる?」
翌朝の宮内家の居間にて。一穂が声をかけるが、れんげはぼんやりとしていた。
「おい、れんげ」
「……駄菓子屋、来てたのん?」
宮内家を訪れてこたつに入っていた楓が、れんげに声をかけた。
「福袋、持って来てやったぞ。ほれ!」
「なにが福袋だよ、昨日のお菓子の売れ残りじゃんか……」
「あ? 文句あんならお前は食うなよ?」
「いやいや、いらないとは言ってないんでいただきますけど……」
楓とひかげがじゃれ合う横で、れんげは渡されたお菓子の詰め合わせをじっと見つめている。
しばらく考え込んだ後、れんげは顔を上げた。
「……駄菓子屋、これ誰かにあげて良いん?」
「もうれんげにやったんだし、好きにしろよ」
その言葉を聞くと、れんげは何も言わずに袋を抱えて家を飛び出した。
――――――――――――――――――――――――
石川家前。ほのかちゃんは既に帰る準備を終えて、車の近くに立っていた。
「ほのかちゃん、短い間だったけど楽しかったよ……」
「お兄さん、ありがとう!」
「また今度、会える日を楽しみにしてるから!」
オレも笑顔で見送ろうとする。けれど、心の中では落ち着かなかった。
「ほのかー、もういくよー!」
「……あ……」
お母さんが呼ぶ声に、ほのかちゃんが振り返る。
もう時間か……。
「……すいません、ちょっと、もう少しだけ待ってくれませんか……!?」
「その、言いづらいんですけど、これ以上遅くなったら道が混んでしまって……」
「そ、そうですか……すいません……でも、その……もう少しだけ……」
オレは思わず、ほのかちゃんのお母さんの言葉に食い下がる。
分かっている。これ以上引き留めて良い理由なんてない。
でも、あと少しだけ。
せめてれんげが来るまで。
そんなことを考えていると――。
「お兄さん! ごめんなさい! ありがとうございました!」
ほのかちゃんがお辞儀をして、車へ向かっていく。時間稼ぎも限界だ。
(れんげ、本当に来ないつもりかよ……時間稼ぎも限界だぞ……)
心の中で思わずれんげに問いかけたその時だった。
「ほのかちーん!」
雪道の向こうから、れんげが走ってくる。
「れんげちゃん!」
ほのかちゃんの顔がぱっと明るくなった。
「来てくれたの!?」
「これ! 渡しに来たのん!」
れんげが両手で抱えているのは、大きな袋。お菓子の詰め合わせだった。
「あ、お菓子! こんなに沢山! 本当に貰って良いの!?」
「うん! あげるん!」
「ありがとう! ……あ、そうだ! じゃあこれ!」
ほのかちゃんは少し考えるようにしてから、自分の髪に手を伸ばした。
左右につけていた猫の髪飾り。そのうち左側の一つを外した。
「これあげる!」
「なっ!? それ、ほのかちんの大事な髪飾りなん! ウチ、貰えないん!!」
「んーん、いいの、あげる!」
れんげは戸惑いながらも、差し出された髪飾りをそっと受け取った。
そして、自分のツインテールの左側に付けてみる。
ほのかちゃんと同じ場所に、同じ髪飾り。
「おそろいだね!」
「うん、おそろいなのん!」
二人は顔を見合わせた。
そして、どちらからともなく笑った。
「ほのか、そろそろ……」
「あ、うん!」
再び、ほのかちゃんの母親から声がかかる。
今度こそ、本当に時間だ。
れんげはゆっくりと手を上げた。
「ほのかちん、バイバイなのん!」
「うん! れんげちゃん、バイバイ! また来るね!」
ほのかちゃんは車へ乗り込む。
車が動き出しても、後部座席からほのかちゃんは笑顔で手を振り続けていた。
れんげも手を振る。
オレも、その隣で手を振った。
車が見えなくなるまで、二人で手を振り続けた。
やがて、車が完全に見えなくなる。
静かになった雪道の上で、れんげとオレは二人で雲一つ無い冬の青空を見上げた。
寂しい。
やっぱり、寂しい。
でも――。
「今度は、サヨナラ言えたのん」
「だな…………」
今度は、ちゃんと見送ることができた。それだけで心が軽くなった気がした。
この文章を小説サイトに投稿するに当たって、よりおもしろくなるような演出(ルビ振り、大文字や小文字、太文字や震え文字等)
はありますか?
原作でもアニメでも、この後の話で、れんげがほのかの髪飾りをしている場面があったのが良かった(小並感)
同じアニメ第十話に収録されている、吹雪の中で漫才をする話は、りぴーと編の第13話「吹雪の中であそんだ」をご覧ください。
あの話を書いた当時は、まさかここまで辿り着けるとは自分でも思っておらず、書きたかった話を前倒しで入れていました。
こうしてここまで続けてこられたのも、感想や評価、お気に入り登録をしてくださった読者の皆様のおかげです。改めて、ありがとうございました。
どうか最後まで、よろしくお願いします。