量産型闇深系クローン美少女にTS転生した男は、百合に挟まりたい 作:霧夢龍人
通路が震えた。
空気がざわつき、足元の石畳が“呼吸する”みたいに波打つ。
その呼吸が始まるやいなや、いきなりイモムシ型の魔性物が数体現れた。
が、叫ぶ暇もない。
遅れて、壁の亀裂から二体、天井の穴から三体、
まるで“圧力に負けて溢れ出した”みたいに、次々と這い出してくる。
《五体……十体……二十体を突破。配置は三方向からの同時接近!》
「っはぁ!?馬鹿だろマジで……もっとバランスを考えようぜ」
最初の一体が、床を割って飛び出した。
イモムシ型──いや、さっきのより明らかにデカい。
ずんぐりむっくりとした体型で、表面はぬめっと黒光りし、牙のようなものが何本も生えている。
「……きんも」
一体目が飛びかかってきた。
ずしり、と空気が押しのけられる。
咄嗟に身を低くして避け、脚をひねって横薙ぎに蹴り払う。
触れた瞬間、ぶよん、とした弾力が返ってきて弾かれかけるが、さらに力を込めれば容易く潰れた。
やはり強くなっているらしい。
さっきまであんなに苦労していたのが嘘みてェだ。
んだが、油断をしてる暇はない。
二体目が縦に裂けた口を開き、黒い液体を撒き散らしながら迫る。
(っ、クソゲーかよ!)
《注意してください!イモムシ型の中にサナギ型も混じっています!同じく
(……ここって虫の巣窟じゃなくて、学園都市だよな?さっきから虫としか戦ってないが……れっきとしたパンフレット詐欺だぞこれ)
と、おっさんとして培われてきた現実逃避スキルを使って冷静に状況を見つつ、迫り来る虫たちから一度距離を取る。
そして──踏み込み、逆に間合いを詰め、顎下(顎があるかは分からんが、だいたいそこら辺)へ拳を叩き込む。
ナイフで切り込もうと思ったが、やっぱり殴った方がしっくり来るな。この身体能力で前世の上司を殴れたらどれだけ良かったか。
ぼすっ、と鈍い音がして、イモムシの身体が跳ね上がった。
同時に背後。サナギ型が甲高い金属音のような声を出して俺に口を向ける。ビシィッ!!と飛来してきたソレは、白くネバネバした物質。
……いや待てよ、白い物体をかけられている闇深系美少女……閃いた!
《人間ってやっぱりイカれてますよね?何故そのような発送に至るのか理解に苦しみます……どう見ても糸ですよ》
「はっ、失礼な。どう見ても正常だろうが」
粘着力のある糸が、またもや弾丸のような速度でこちらへ射出される。
「くっ──!」
反射的に体をひねり、壁に転がり込む。
糸が通路の石を溶かしながら床に貼り付いたのを見て、背筋が冷えた。
危うく
《あの糸は物体を溶解します。被弾すれば即行動不能に──》
「言われなくても分かってンだよ!つか言うのが遅ェ!」
三方向から群れが迫ってくる。
十、二十、三十……視界の端でうねる影の群れが、距離を詰めてきている。
(こんなん無理ゲーだろォが!つか、普通レベルアップしたら多少楽になる、みてェなお約束があってもいいのによォ……!一切容赦がねェ!!)
踏み込み、跳躍。
壁を蹴って反転し、上空から群れのど真ん中へ降りる。
鞘から引き抜いた刃が閃き、黒い体液が飛び散る。
イモムシが四体、同時に断ち割られた。
着地の瞬間にもサナギ型が糸を射出するが、糸束を靴底で踏んで方向をそらし、逆に距離を詰めて殴り潰す。
「ハァ……ハァ……!」
息が荒い。
腕が重ェ。
んだが、倒していくうちに少しずつ強くなっていく感覚があった。
なるほどな、これが夢を奪うってことか。
こんなヤツらに夢とやらがあるのが分からねェが、サナギから羽化する前に倒してんだから何かしらの目標があんのかね。
《魔性物の目的は不明です。しかし、侵入者の夢を奪い
というのが、近年考えられてる説です》
「はっ、奪えるもんなら奪ってみろって話だな。ま、俺の夢なんて奪ったら変なバグり方しそうだが」
ちょっと試してみたい感はあるが、こんなヤツ相手にして死ぬなんて勘弁だ。せめて美少女になってから出直してこい。
二十体、三十体、四十体──どれだけ倒しても際限なく湧き出てくるが、それ以上に俺の動きは逆に鋭くなっていくのを感じる。
なんか楽しくなってきた。
だがその時、AIが妙なことを言い始める。
《敵密度、低下……異常です。群れが後退しています!》
「んぁ?後退だと?」
魔性物は夢を奪うために侵入者を排除するってのは、さっきAIが言っていたことだ。なのに数を減らす理由がわからない。
だが実際、何十体も居た魔性物達がどんどん退いていく。
怯えてンのか?いや、見た目は確かにデフォルメチックだが、意思があるとは思えねェ。研究所にいたクローン達と同じ目をしてるしなァ。
怖いなんて言う感情もねェだろうさ。
つーことは、数を減らして問題ないナニカがある。
そこから考えられるのは三つ。
一つ、他に強い相手がいてそいつに戦力を割いた。
二つ、本当に怯えて怖がっている。
そして三つ目。
俺程度じゃ倒せない──“もっと強い何かが来る”
そしてどうやらその答えは。
「っち、嫌な予感が的中しちまったか」
さっきまで耳に纏わりついていた蠢動音が一切ない。
空気が、押しつぶされたみたいに重くなった。
《ハルヒ……上を》
天井を見上げた。
そこには果たして──形容しがたい“影”がいた。
ギ……ギチ……ギチ……。
天井部分が波打ち、内側から押されて膨らむ。
何か巨大なものが、ゆっくり、ゆっくりとそこを押し破ろうとしている。
うねうねと蠢きながら奇怪な動きを繰り返す影に、思わず吐き気を催した。
(ヴッ……何だこれ……キメぇ……)
語彙力がなくなる程の光景を見つめていると、影の先端が、にゅるり、と垂れ下がる。
影が染み出し、黒が垂れ下がって地面へと滴り落ちようとしていた。
形も気配もないのに、存在が感じられた。
そのナニカの周りは暗くなっていて、まるで光を喰う“虚”そのものみてェだった。
こいつは、やばい。
《ッ警告します! 今すぐ逃走の準備をしてください!!!》
AIの声は、俺に逃げることを促す。
「わかってんだよ!」
《早く!!》
言うやいなや、走り出そうとした瞬間に黒い影が濡れた布のような音を立てながら、完全に床へ落ちた。
固定の形がないのか、ぐねぐねと揺らめきながら俺の姿を観察?しているように見える。
やがて。
「 G Y A A A A ! ! ! 」
狂ったような咆哮をあげて、影が迫ってきた。
ヤバそうな気配を感じ、今まで通って来た道へ戻ろうと駆け出す。
身体能力が上がった影響か、我ながら凄まじい速度で逃走していた。
「んなっ、は……や……ッ!?」
───だが、目を離した一瞬の間に“影”が目の前に。
(おかしいだろォが!なんでいつの間に目の前にいんだよ!)
走る動揺。
バクバクと脈打つ心臓の音がやけに大きく響いた。
咄嗟に距離を取るが、影の形容しがたい鎌状のナニカが俺に目掛け振りかぶられる。
避け……きれないっ!!
死。
「──伏せなさい、クソ馬鹿者ッ!!!」
「ぐっ」
誰かの耳をつんざく怒声。
言われた通り頭を下げれば、轟音と共に影が弾き飛ばされた。
「クソ危ないわね。何とかギリギリ間に合ったわ」
状況を飲み込めない俺に、誰かが焦りと怒りを滲ませた声をあげる。
暗い道の中を白い閃光が走り、俺を襲おうとした影の触手のような部分が“焼け切れていく” 。
そのあまりの威力のせいか、スパァンッ!と乾いた音が続け様に響いた。
「……は?」
未だに状況が掴めない俺の視界の端に、真っ白な白衣が翻る。やがて白い閃光が収まると、黒髪を後ろで束ねた白衣の女性が姿を表した。
草臥れた姿を裏打ちするように、目元には深い隈が覗く。
「……アンタ、外来者ね?何をどうしたら、この短時間であのクソ化け物を引き寄せられるのか、さっさと説明してくれる?」
「え、えぇと……」
「ちっ、説明ができないなら、黙ってそこに立ってなさい。クソ患者が勝手に動くなっての」
言いながら彼女の手元に浮かぶメス──いや、光の線?
それが空を切るたびに、影が触れた部分が“逆再生”するように切れ戻され、形が崩れて消えていく。
「クソ厄介で面倒臭いわね。さっさと死ね──“
白衣の女が振りかざした“光のメス”が空気を裂く。
その軌跡に触れた瞬間、影の身体はぶつり、と音もなく切断され──切れた部分が、そのまま“存在ごと巻き戻る”みたいに消えていった。
「ギャアアアアアアアアア!!!!」
影が悲鳴をあげる。
耳ではない。脳髄を直接かき乱すような、頭痛を伴う絶叫。
「うるっさいわね……っ!」
白衣の女は苛立ったように舌打ちし、さらに踏み込んだ。
刹那、光が奔る。
三本の線が“同時に”走り、影の巨躯を縦横無尽に刻んだ。
切断された影がバラバラに崩れ、床に触れた瞬間──まるで熱湯に落ちた氷みたいに、じゅわ、と蒸発していく。
「ギ、ィ──ィ……」
断末魔のような声だけを残して、影は消えた。
残ったのは黒い煤のようなものと、焼けた石畳の匂いだけ。
それは戦いと言うよりも蹂躙だった。
女性は振り向きざま、ひく、と眉を寄せて俺に話しかける。
「……てかアンタ。動悸、瞳孔反応、筋肉出力……バランス全部バグってるじゃない。夢芽になったばかりの身体で、クソ無茶しすぎ」
「え、あ、なんか……殴ったら倒せてしまいまして」
「殴った!? あのサイズを!? 初心者が殴んな!!」
彼女は額を押さえ、深いため息をついた。
ボサボサの黒髪が揺れ、白衣の右胸側にあるバッジらしいものが煌めく。
「……一応名乗っておくわ。私は フューリー=ラナ・ミレイス。医療局所属“逆断絶”の治癒師。あなたのようなクソ死亡フラグ量産機の面倒を見るのが、私の仕事」
「クソ死亡フラグ量産機……」
「事実を言っただけよ。反論ある?」
「ないです……」
フューリーは黒手袋を外しながら、冷たい瞳でこちらを見る。
「──外来者ハルヒ。あなた、しばらく私の診察対象としてマークするわ。異常があれば即隔離。理解できた?」
(こっわ!!!)
でもその声の奥には、ほんの少しだけ……心配の色があった。
ほんの少しだけ、だけど。
「……で。クソ魔性物と遭遇した理由、やっぱり“殴った”以外に心当たりは?」
「特にありません。むしろ、魔性物を殴ってしまう事とあの化け物を呼び出された事に、何か関係があるのですか?」
「勿論よ。貴方みたいに外来者で、夢芽で、かつクソ成長速度が異常に速い個体は──例外なく“何か”を引き寄せる」
フューリーの瞳が細まる。ぞくり、と背筋が冷えた気がした。
「あなた、たぶん……長生きできないわよ」
「長生き、ですか?」
フューリーは医療コートの裾を払って、こちらに背を向けた。
「えぇ、覚悟しておきなさい。夢芽の成長は指数関数。あなたみたいな“歪んだ夢”を持つ外来者が、普通の速度で進むとは思えない。
もっとやばい事に巻き込まれるかもね」
歩き去る背中。
白いコートが角を曲がる寸前、ひと言だけ投げられた。
「……死なないでよ。患者に死なれるのはクソ大嫌いなの」
そして、フューリーは廊下の向こうへ消えた。
残された俺は、しばらく呆然と立ち尽くす他ない。
《嵐のような人間でしたね。しかも気になる発言を幾つか……後ほどまた接触することをオススメします》
「わかってるよ。でもありゃあ、相当強いだろうな。あそこまで強くなれたらありがてェんだが」
恐らくかなりの無茶を重ねないと、あそこまで強くはなれない。
だが強くなるに越したことはないのだ。
全ては百合の間に挟まるため。
その言葉を心の中で反芻した俺は、鞘からナイフを引き抜き駆け出した。
無茶はしないが、無理はする。
そしていずれ───。
とっても難産でしたわ〜〜〜!!!
やっぱり小説は難しいですのよ