量産型闇深系クローン美少女にTS転生した男は、百合に挟まりたい 作:霧夢龍人
「この世界、終わってんな」
空……いや、“空気”自体が緋色に染まっている。
微小な鉄やら金属の粒子やらが空気中に舞っているらしく、酸素と結合して赤錆色になっているらしい。
おかげで人がもしこの環境にいれば、数時間で体調不良になってやがて死に至る。
しかし俺には耐性がある。
長時間赤錆に晒されても涙が出るとか、くしゃみが出る程度なんだと。
過去に何十年と続いた大戦があり、ロボットやアンドロイドが大量に稼働。朽ちた金属の残り滓が、未だに空気中を漂っている。
ちなみにらしいらしいと続けたが、別に誰かから聞いたわけじゃない。
「この世界って人いんの?」
《答……存在はしていますが、先の大戦前と比べて十パーセント程しか生き残っていません。今は各地に散らばり、赤錆の驚異から身を守っています》
「なるほどね」
とまぁ、疑問に思った事は全部、このよく口が回るAIが勝手に答えてくれる。
服はどうしようかね、なんて考えていたら、直接脳内に《当個体は服を必要としておりません。この環境に適応出来るように調整されています》なんて声が響いたから流石にびっくりした。
そしたらこのAIなんて言ったと思う?
《全裸で目が死んでいる片目のない少女が荒野にポツンといる時点で、私よりも驚愕されると思われます》なんて言いやがったんだ。
流石になにも言い返せんかったわ。
でもちょっと嬉しかったね。話し相手がいるって言うのは、少しだけ心強いもんだ。ま、人じゃなくてAIだけど。
どうやら一般クローンにはもれなくAIが標準装備らしい。
つまり、別に俺だけの特別仕様ってわけじゃない。はい残念。
これがなぁ、話し相手がちゃんと肉体のある美少女アンドロイドだったら、百合の波動を感じれてニヤニヤできるんだが……贅沢は言ってられねぇか。
「人が居るんなら僥倖だ。ロボットしか居ないなら百合も糞もねェからな……いや待て、ロボット同士の百合なんていう新しい扉を開くチャンスだったのでは?」
俺は訝しんだ。
兎角、相変わらず服は着れないが、AIが言う人のいる街に向かって今は少しずつ進んでいる。
少しずつとは言っても、時速に換算すると六十五キロ。つまり、前世の競走馬と全く同じスピードで俺は走っている計算になる。このままいけば二時間後には目的地に届くらしい。
いや、バケモンかよ。
だがまぁこれも新しい百合の要素だと考えれば、新しい見方も出来る。
時速六十五キロで走ることが出来るヒロインとか、まだこの世にない概念だから新鮮だ。萌える。
……いや、うん。さすがに無理があったか。
可愛い子から「お兄さん、ちょっといいかな?」って言われるのと、時速六十五キロの奴から「お兄さん、ちょっといいかな?」って言われるのじゃあ迫力が違う。
ヒロインっていうより、敵役が似合うタイプだ。サイコパス味ある笑顔で人殴ってそう。しかも服着てないんだぜ?新手の変態だろ。
もしこの力で人を殴ったらどうなるか、想像したくねェな。
《ぺしゃんこになります》
「オデ、チカラガセイギョデキナイ」
───なんて悲しい怪物ごっこを繰り広げながら、AIと駄べること早二時間。
疲れ知らずの体力に半ば驚愕しながらも、長い道のりを経てようやく到着した。
「でっっっか」
赤錆の中にいても一際目立つメガロポリス。否、国というべきか。
半透明のドーム状の何かに囲われた巨大な建造物からは、雲を突き抜けてしまいそうな程高いタワーやら空飛ぶ車やらが目に映る。
荒廃した世界ではあるが、技術力という面で見れば確実に前世を超えていた。
《到着しました。三大学園都市の一つ、『
なるほど、学園都市か。
年甲斐もなくワクワクさせてくれる響きだ。
願わくばそこに百合が花咲く楽園があってほしいが、ひとまず入ってみるに限るだろう。
と、ここで問題が発生した。
「俺、服着てねぇわ」
AIから服は不必要ですって言われて、ほなええかなんて思っていた過去の俺を殴りたい。
さっきまでは走ってたお陰で身体が火照ってたから寒くはなかったが、止まったせいで段々と外の冷たさを感じてきた。普通に寒い。
このまま学園都市に入ってしまったら、どう考えてもそのまま不審者として通報されかねない。警察がいるかは知らんが、不審者を取り締まる自治組織が存在してもおかしくはない。
かくなる上は……。
「オデ、フシンシャジャナイ」
悲しい化け物設定で行くか。
《──潜入成功率は極めて低いと思われます》
分かっとるわそんなこと。
これは現実逃避というやつだ。
このままなら、間違いなく誤解され───
「止まりなさい」
「……おっと」
──もう手遅れじゃねェか。
いつの間にか、凛とした声の女が背後に立っていた。
ゆっくりと後ろを振り向けば、拳銃らしき武器を持った強気そうな女と、黒いヴェールで顔を隠した少女の二人が並んで此方を見つめている。
少しでも動けば発砲してきそうだ。
「貴女は、何者ですか?服を着ておらず、さらには何か武器を持っている様子もない。その状態で赤錆の外に居るなんてありえません。所属組織、もしくは出生を答えなさい」
「……」
「──答える気がないなら、撃ちますよ?」
チビりそう。
(てか答えようと思っても、唐突に拳銃を突きつけられて普通に喋れる奴がいるかよ)
そもそも所属組織やら出生やら聞かれても、クローンだからそんなの分かるわけがない。
AIに聞いて適当にでまかせを言う事も考えたが、
《非推奨です。全人類には管理プログラムが埋め込まれており、偽りやでまかせを言えばすぐさま虚言がバレます》
との事らしい。
だがここで終わるような生き方はしていない。
大事なのは演技力。真実に嘘を混ぜるのではなく、嘘に真実を混ぜること。
「分かりません」
「なんですって?」
「何も分かりません。所属組織も、何かも。私はどうやら、記憶が曖昧みたいです。気付けば荒野の中に一人で座っていて、ただ目的もなく彷徨って……いつしか、この場所に辿り着いていました」
拳銃の女は眉をわずかに寄せた。
銃口がほんのすこしだけ、俺の眉間へ角度を変える。
信じるか信じまいか迷っている表情だ。
「記憶喪失……? 都市伝説のような話を信じると?」
「信じて欲しいとは言ってません。ただ──それが事実です」
拳銃を持つ女の後ろに立つ、黒いヴェールの少女。
その子が、さっきからじっと俺を凝視していた。
見えているのかさえ分からないほど表情は読めないのに──視線だけが生々しい。
「……なんて、冷たい目」
ヴェールの少女が、ほとんど空気を震わせるような声で言う。
「その片眼……赤錆の風に晒されているのに、生きている……人じゃ、ないみたい」
うーん、正解。
クローンだから人じゃないことはだろうが、人間の出せる出力してないからな。完全に化け物だ。
拳銃の女が少女の方へ振り向いた。
「どういう意味か、分かっているのですか?」
「うん……彼女、たぶん誰かの“外製の人形”。それも──強い」
外製の人形って何だよ。
ロボットみたいな扱いだろうか?あるいはクローンの事を外製の人形と呼称するのか。
俺馬鹿だから分かんねぇけどよ、マジで何もわかんねぇよ。
《説明は後で致します。ボケている暇があるなら、身を守ることを考えた方が宜しいかと》
分かっとるわい!
と脳内で言い合いをしている間に、女は銃を構え直し、俺に問いかけた。
「貴女の体は、どう作られた?遺伝子製造か? 機械体か? あるいは……」
「ごめんなさい、本当に何もかも分からないんです。ただ、研究室みたいなのが近くにあって、そこから逃げ出したのだけはかろうじて覚えています」
「逃げ出した?……では、その片目の傷は研究室から逃げ出した時に出来た傷ですか?」
……え?
いや普通にキャラ付けなんだけど。
ま、まぁでもそっちの方が都合はいいか。
「え、えぇ。恐らくですが。無我夢中だったもので」
そう答えた瞬間、AIが小声で囁く。
《心拍数を解析されています。虚偽判定は恐らく問題ないかと》
(やっぱり解析されてんのか……こえぇよこの都市)
無我夢中で分からないけど、多分その時に怪我しました!って意図だったから多分バレては無いはずだ。
するとヴェールの少女が、すっと女の前に立った。
まるで俺を庇うように。
「撃っちゃだめ」
「どうしてです、イルゼ」
イルゼ──名前だろうか。
少女は俺をじっと見つめた。
その“見ている”という圧だけで、背筋に電気が走るほど強烈だった。
「……この子、泣いてる」
「は?」
女が振り向く。
俺もつられて、頬を触った。
……濡れてる。
気づかない間に、右目の端から涙が一筋だけ伝っていた。
「何で……?」
え、何で泣いてんの?
《赤錆の刺激で涙腺が反応しただけです》
なるほどな?
確かに長時間走ってたから、赤錆の反応があるのは仕方ないか。
でもなんで今?
そんな俺の動揺をものともせず、イルゼと呼ばれた少女は小さく首を振り、さらに俺へ一歩近づく。
「きっと……この子、怖いんだよ」
突然、心臓を掴まれた気がした。
イルゼが伸ばした手が、そっと俺の頬に触れる。
冷たい指先だけど、不思議と優しい。
「……こんな赤錆の外で、一人で。服もなくて、傷だらけで……震えてる」
プルプルと震えている俺を見て、拳銃の女はハッとしたように拳銃を下ろした。
「っ!えぇ、そのようですね。こんなに傷だらけで恐怖で震えてる……ほんな貴方に武器を向けてしまって、申し訳ありません」
「い、いえ」
何故か勘違いが加速してる気がする。
あの……寒いだけなんですけど。
汗かいたのに寒いせいで、震えてるだけなんですけど。
ちなみに怖いか怖くないかで言えば、普通にめっっっちゃ怖い。
やっぱりおしっこチビりそう。
だがもはや何も言うまい。
二人から何故か可哀想で不憫な子、という眼差しを向けられた俺にイルゼは上着を差し出した。
黒いローブ。
彼女が羽織っていたものだ。
「これ……着て」
「……ありがとう。あったかいですね、これ」
袖に腕を通すと、ふわっと温かい匂いがする。人の匂いだ。
少し埃っぽいが、妙な温かみを感じた。
「当然です。外装部隊用の耐赤錆仕様コートですから。それと──胸元、もう少し閉めてください。見えてます」
「あ、はい」
言われて慌てて前を閉じる。
この身体、無駄にスタイルがいいせいで妙なところが強調されるのが困る。
(……ありがてぇけどさ。よりにもよってこんな身体でTS転生する必要あった?なァ神様よ)
《神の存在は確認されていません》
誰がマジレスしろと言った。
拳銃の女は、ようやく警戒を“戦闘態勢”から“監視モード”くらいに下げた様子だった。
「私は、学園都市マギア外装治安部・第三防衛区隊長、ミレイナ=クロフォード。そしてこちらが──」
「イルゼ」
黒いヴェールの少女──イルゼが、俺の言葉を遮るように自分で名乗った。
「マギア中央聖堂所属……ただの学生」
ただの、にしては肩書きが物騒じゃねぇか?
二人ともどう見ても十代後半そこらにしか見えねぇ。なんならイルゼっていう少女の方は、十代前半だろって位幼く見える。
それなのにこんなに偉そうな肩書きってことは、学園都市の内情が関係してるんだろうな。
と、変に納得していると、ミレイナと名乗った女が少しだけ困ったように咳払いした。
「“ただの”は余計です。あなたはこの都市の『
「だって……めんどくさい」
「めんどくさい、で済む肩書きではありませんよ」
疲れを滲ませた声にやれやれと首を振るミレイナに、大変ですね、同調する。が、俺の内心は穏やかじゃない。
完全に厄ネタじゃねぇか。
クローンといい赤錆といい肩書きといい、どうしてこうも厄ネタ揃いなのかね。百合厨に厳しすぎやしないか?
あまりのハードさに、ただでさえ生気を感じさせないほど白い顔色をさらに白くさせていると、イルゼが俺に問いかける。
「あなた……名前は?」
この瞬間、AIがクソタイミングで囁きやがった。
《登録名は“プロトタイプ
(いや絶対言えねぇよそんな名前!!)
てか俺そんな名前だったの!?
なんて仰天しつつ、肝心な時にポンコツを発揮するAIを無視して、俺はじっくり考える。
近藤悠久を女の子らしくするなら、うーんそうだな。
よし、これだ。
「……ハルヒ。コノエ ハルヒ……って呼んでください」
我ながらグッドネーミングセンスだと思う。
イルゼは小さく微笑んだ。
「……ハルヒ。素敵な名前だね。ミレイナもそう思うでしょ?」
「えぇ、陽だまりのような素晴らしい名前だと思いますよ」
どきりと心臓が跳ねた。
もちろん二人の笑顔が可愛らしいから、じゃない。だってイルゼちゃんの顔見えないし。
では何故心臓が跳ねたのか?
それは───感じたからだ。めくるめく、百合の波動を。
ニコニコと笑ってる(雰囲気を出してる)イルゼちゃんと、クールで堅物そうなミレイナちゃん。何せ距離感が近いし、イルゼちゃんはミレイナちゃんに信頼を寄せている感じが堪らん。
ミレイナちゃんは守護対象って感じだが、あれはいずれ百合の芽となる関係性だ。間違いない。
(片目潰して裸で爆走した甲斐があったな)
二人の様子を脳内CPUに激写して、いつでも思い出せるようにしておく。
この出会いこそが、TS百合厨おっさんである俺が、異世界で初めての“百合ヒロイン達”と巡り会った瞬間だった。
失礼、長くなってしまいましたわ。
でも面白ければそれでいいんですのよ。