量産型闇深系クローン美少女にTS転生した男は、百合に挟まりたい 作:霧夢龍人
「それでは、行ってまいります」
胸を張り、大振りなナイフを腰に差し、ハルヒは堂々と宣言した。
その横でイルゼは眉を寄せ心配そうに、ミレイナはまるで母親のように準備の不備がないかを尋ねる。
「……本当に一人で大丈夫、ハルヒ?」
イルゼが心底不安そうに問う。
彼女からしてみればハルヒは記憶喪失の少女であり、如何に修羅場を潜り抜けて居そうな雰囲気があったとしても、心配なのには変わりない。
「ええ、問題ありません。ナイフの扱いには多少、自信がありますから」
と昏い瞳に笑みを浮かべるハルヒ。
当然嘘である。
心得なんてのはひとつもない。
だがハルヒの持つ隻眼美少女という属性が、まるでその道のプロですとでも言うような説得力を出していた。
ミレイナは腕を組んで、じっと見つめる。
「“多少”って言い方が不安ですが……貴女ならいける気がしてきます、何故でしょうか。ともかく、本当に無理しないでください」
「ご心配なく。天啓を信じてる進んでいきますから」
爽やかな笑顔でハルヒは手を振り、ダンジョンの中へと降りていった。相変わらず目は死んでいたが、二人は現状ハルヒを止める術がない。
天啓とは聖堂所属の生徒において、最上位の価値を持っているからだ。
本当は可哀想な思いを散々味わってきただろうハルヒを守りたいが、天啓を聞いてしまったせいで止められない。
そんな二律背反を感じながら、ハルヒを見送る。
所属している組織とは別の組織を跨ぐ際、少し面倒な処理を踏まないといけないからだ。
しかしハルヒは無所属。
一応は聖堂預りになっているが、所属している訳では無い。つまり、学園都市内で自由に動き回ることが出来るのだ。
ミレイナが小さく呟く。
思い浮かぶのは安心させるような顔で「行ってきます」と聖堂から出て行ったハルヒの姿。
「……何か、あの子ワクワクしてましたよね」
「ちょっと……子供っぽいとこ、ある……」
「えぇ、確かに。そういえば、ハルヒは何歳なんでしょうね」
「同い年じゃ、ないのかな……?」
「無事に帰って来れたら──聞いてみましょう」
それまでは帰ってくるのを祈るしかありません。
そう言ってミレイナは祈りを捧げる。
願わくば、ハルヒという報われない少女に救いの手を。
───
──
─
そんな報われない(と思われている)少女は、学園都市内をAIのナビゲートシステムによって歩き回っていた。
学園都市《マギア》の空気は、澄んでいるのに重い。
天蓋を支える巨大魔力柱《アストラル・スパイン》から滴る光粒子が、常に街並みに薄い後光を差し、路地の祈祷堂では聖歌が響き、高層の魔導学舎からは制御魔力が風のように流れてくる。
その上を空飛ぶ車が行きかい、アンドロイドらしきものが生身の人間と普通に会話をしていた。
ファンタジーとサイバーパンクが入り乱れる世界。
そんな中をハルヒは歩いていた。
「……やはり、何度歩いても慣れない光景ですね」
(うっ、魔力濃度たけぇ。肺がムズムズする……何かタバコ吸いたくなってくるな)
《残念ながら、タバコは高級品です》
(やっぱりそうだよなぁ。にしても、やっぱり若い奴しかいねぇわ)
行き交う人々は、皆学生らしい格好をしている。学園都市と銘打ってるからには違和感がないが、前世の自分と同い年程度の“大人”は見かけない。
蒼銀のローブを纏う魔術科の学生、量子祈祷器を背負う神学科のシスター、武技科の少年たちは試験前なのか、歩きながら殴り合いの型を確認している。
その横を声を掛けながらするりと抜ける。
「こんにちは、すみませんが通らせていただきます」
(ハイ、美少女の声でご挨拶。内心は完全に一般成人男性ですこんにちは……見た目も声も美少女って、凄いね人体♡)
すれ違う学生たちが、ちらりとハルヒを見る。
「……あの子、例の“聖堂預り”だろ?」
「目が死んでるけど……雰囲気が只者じゃないな」
「隻眼の少女……しかも噂じゃ、“天啓”を授かったんじゃないかって言われてるらしいわよ……」
「めっちゃ美少女じゃん。私、あの隻眼にぺろぺろしたい」
どうやらハルヒは完全に注目されているらしい。
(ちゅ、中二ワードのオンパレードだ。外見が強そうなのは否定できねェが、こう噂されるとムズムズするな。美少女って罪だわ)
ハルヒは死んだ魚のような片目でそっと視線を逸らす。
天啓──それは学園都市における“絶対視される判断”。聖堂が下す運命の指針であり、一度示されたら本人は従わなければならない。
勿論、ハルヒに天啓が下ったのはイルゼとミレイナ以外は知らないが、赤錆の外から来た人物が聖堂預りになることは基本的にない。
そもそも赤錆の外から人が来ることなんて、身分が証明できるものがない限り治安自治組織の監獄へと送られるからだ。
つまり、今回のハルヒの件については完全に
(まあ、俺としては「ダンジョン行ってこい」っていう天啓はクソすぎるんだがなァ)
AIが脳内で冷静に告げる。
『魔性遺産《デヴィタス》までの徒歩ルートを提示します。よかったですね、危険地帯は現在封鎖中のようです。市街は安全ですから、どうぞご安心を』
露店が並ぶ区画に差しかかる。
祈祷師が刻印符を売り、錬金工房が薬瓶を並べ、傭兵向け武具屋の前では試し斬りの機械人形が呻いている。
その全てに値段が設けられている訳だが、チラリとその価格を見たハルヒの表情は面白いように変化した。
「……た、高すぎません?」
(何だ、五十万って。何だ百三十万って。イルゼから聖堂にツケて貰える電子チップを渡して貰えなかったら、多分何も買えないぞ)
値段に戦々恐々としながら、初心者向けセットと謳われる防具を露店で買ったハルヒ。
見回っている最中に着いてしまったようだ。
学園都市の外縁区画。行政庁舎を越え、治癒院を越え、さらにその先──光の届きにくい影の帯へ踏み込む。
そこだけ、空気が違う。
普段は天蓋の魔力循環で満ちている光粒子が、ここだけ淀み、垂れ下がり、まるで“都市そのものが触れたくない”と避けているようだった。
(なんだこの空気……肺の奥がざらつく……)
『腐敗魔力濃度、基準値の四十二倍。通常の生態系では存在し得ない領域です──これが魔性遺産《デヴィタス》の周辺です。夢と希望を呑み込む破滅の坩堝、と言われているだけはあります』
何とも恐ろしい説明をハルヒは受けながら、足を進めていく。
そして、ついに“それ”が見えてきた。
───入口と呼ぶには、あまりに禍々しい。
大地の裂け目が、呼吸していた。
本当に、呼吸していた。
深い亀裂が脈打つように膨らんだり縮んだりし、裂け目の縁には、古代言語とも魔術式ともつかない“黒い紋様”が走り、まるで生き物の血管のように淡く赤黒く光っている。
その中心に、巨大な“門のようなもの”があった。
上部には、輪を描くように“眼孔”が並んでいた。数十もの瞳が、開いたり閉じたりを繰り返す。
「……ひぇっ」
思わず漏れた声は少女のものだったが、心の中では完全に汚いおっさんの悲鳴が上がっていた。
(おい待て待て、俺こんなとこ入んのかァ!?
入り口の時点でラスボス前じゃねェかおい!)
『安心してください。まだ“入口”です。』
(安心できるかボケェ!これ入口でしょ?普通は“初心者向けの小部屋”とかあるだろ!?)
『ありません。
デヴィタスに難易度区分は存在しません。
“全域が地獄”です──良かったですね』
(良くねぇよカスが!)
内心で白目を剥きつつも、いよいよもって現実へと目を向けた。
周りで怯えながらも挑む学園生に混じって、入口をの門を潜る。
「……恨みますよ、天啓。それに、私にはまだ使命がある。こんな所で死ぬ訳には行きません」
そう言って、ハルヒは深く目を瞑った。
目の奥にはキャッキャウフフと美少女と戯れる自分の姿。えーいとビーチボールを投げ合い、ちょっとした拍子に身体が触れ合い赤くなる美少女達。
深い集中モードに入っていた。
(そうだ……俺は……百合の間に挟まれるために……!!絶対死ねねぇんだよ!)
その横を学園生が通り過ぎる。
悍ましい門の前で、瞳を閉じて祈る隻眼美少女の姿に周りの学園生たちは釘付けになった。
「よし、行きましょうか」
暫くの瞠目の後、ハルヒは顔を上げた。清々しい表情だ。
どうやら脳内の百合イチャイチャは済んだらしい。
学園都市の喧騒の中、ハルヒの声が
そして───。
「こ、こんな筈では……がはっ!?」
大振りなナイフを構え、意気揚々と
「ギュイ〜〜?」
愛らしい瞳を持つイモムシ型の魔性物に。
「ぐぅっ!?ぅくッッッ!」
「ギュイギュイ!」
ボッコボコにされていた。