PSYCHO-Archive 透き通る世界に落ちた猟犬 作:elimin
今回は史上最大の悪ふざけ回です
なんせ例の格好をした縢が色々と怒られそうなこと口に出しちゃうんで
「申し訳ございませんが、お客様のご希望には添いかねます」
「そ、そんな……! そこをなんとか!」
「当行の融資審査基準に満たないお客様に対して、特例を設けることはできませんので」
「で、でも! 私たちはこれから大きな仕事を――」
「でしたら、そのお仕事で実績を積んでから改めてお越しください」
カイザー銀行の窓口で、陸八魔アルはすっかり肩を落としていた。
せっかく大きな仕事を請け負う機会が巡ってきたというのに、そのための資金を調達できない。事業を始めるにしても、何をするにしても、先立つものが必要になる。だからこそ、わざわざ銀行まで足を運んだのだが、結果はこの有様だった。
窓口の職員は終始にこやかな表情を崩さない。言葉遣いこそ丁寧だが、その対応には取り付く島もなかった。アルが何を説明しようとも、最初から審査を覆すつもりなどないのだろう。
「……わかったわ。今日はこの辺にしといてあげる」
「はい。またのご利用をお待ちしております」
アルは最後まで食い下がることなく、窓口を離れた。
背後では、職員が何事もなかったかのように次の業務へ戻っている。銀行の中は静かで、時折聞こえる端末の操作音や、客と職員の話し声が妙に耳についた。
結局、何の成果も得られなかった。
せめて格好だけでも取り繕おうと背筋を伸ばすが、足取りはどうにも重い。アルは小さく息を吐き、泥のように待機席で眠るムツキ・カヨコ・ハルカの3人の元へ向かった。
その背中を見送る職員の笑顔は、最後まで変わらなかった。
そして。
「動かないで」
銀行内に、少女の声が響いた。
「えっ?」
出入口に視線を向けていたアルが、驚いて顔を上げる。
そこには色とりどりの覆面を被った少女が立っていた。手には銃。隣にも同じように覆面を被った少女たちが並び、その後ろには銀白色の髪をした細身の青年がいる。
突然の出来事に、銀行内にいた客も職員も動きを止めた。何が起きたのか理解するまでに、ほんのわずかな間があった。
「銀行強盗……?」
アルが呆然と呟く。
「ん。全員、手を上げて」
シロコが淡々と告げた。
「な、なんだお前たちは!?」
「覆面水着団。銀行を襲撃しに来た」
「覆面水着団!?」
銀行内が騒然となる。
銀行強盗という言葉に反応した客が悲鳴を上げ、職員の一人が慌ててカウンターの下へ身を隠した。何人かはその場で固まり、何をすればいいのかもわからない様子だった。
その中で、縢秀星(最後のシ者)は周囲の反応を静かに見ていた。
銀白色の髪に赤い瞳。白い肌に、細身の体つき。普段の姿とはまるで違う、どこか浮世離れした雰囲気を纏っている。
用意した衣装は、以前にも着たことのあるものだった。もっとも、今回は単なる仮装ではない。顔を隠し、声や振る舞いまで変えることで、自分の素性を知られないようにする必要がある。
「皆さん、どうか落ち着いて。僕たちは必要以上に騒ぎを大きくするつもりはないんだ」
柔らかな声でそう告げる。普段の軽薄さは影も形もない。穏やかで、どこか不思議な響きを持った声だった。
「……ふふ。驚かせてしまったかな?」
(いや、十分驚いてるだろこれ、手遅れだと思うけどな……)
思わず漏れそうになった本音を、縢は胸の内に押し込めた。
今はこの格好に合わせた振る舞いをする必要がある。見た目だけでなく、声まで含めて別人を演じる。慣れないことを引き受けたものだと、内心で苦笑した。
それにしても、銀行強盗の現場でこの格好をしているというのは、冷静に考えると相当妙な光景だ。もっとも、今さらそんなことを気にしても仕方がない。まずは職員や客を刺激せず、必要な資料を確保すること。余計な騒ぎを起こさず、全員を無事に連れ出す。それが今の自分の役割だった。
「シロコちゃん。銀行の職員さんたちをお願いできるかな。できるだけ穏便にね」
「ん。わかった」
「セリカちゃんたちも、周囲を警戒していてほしい。何かあればすぐに知らせてね」
「わかってるわよ!」
「ノノミちゃん、ホシノちゃん。ヒフミちゃんのこともよろしくね」
「はーい♪」
「んー、了解だよ~」
「えっ? あの、私もですか!?」
ヒフミが紙袋の覆面越しに声を上げる。その声はどこか震えていた。
「もちろんだよ、ファウストちゃん」
「その名前で呼ばないでください!」
「さあファウストさん、指示よろしく~」
ホシノがのんびりとした口調で促した。
「ええっ!?わ、私が指示を出すんですか!?そんな、リーダーになった覚えはありませんよ!」
「ふふ、さっきお話したようにヒフミさ…ファウストさんがリーダーです☆ちなみに私は……クリスティーナだお♣︎」
ノノミが楽しそうに名乗る。
「ノノミさんまで!?」
「ちょっと!今そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
セリカが呆れた声を上げた。
「ん。ファウストはリーダー。だから指示を出す」
「シロコさんまで……!」
「ふふ……頼もしい仲間がいてよかったね、ファウストちゃん」
縢が微笑みながら言うと、ヒフミはますます困ったように肩を落とした。紙袋の覆面で表情は見えないが、声の調子だけでも彼女がどれほど困惑しているかは十分に伝わってくる。
そもそも、彼女は銀行強盗に参加するつもりでここに来たわけではない。覆面を渡され、ファウストという名前まで付けられ、気がつけば作戦の中心人物に祭り上げられている。本人にとっては、まさに災難としか言いようがなかった。
縢は少しばかり気の毒に思いつつも、今はそのやり取りを止めなかった。緊張しきっていた空気が、ほんの少しだけ和らいだのも事実だったからだ。
『先生、聞こえますか?』
耳元の通信機から、アヤネの声が聞こえた。
「おや、アヤネちゃんからだね」
『はい。銀行の外に警備ロボットが集まり始めています。周囲の道路にも何台か確認できました』
「そうかい。ありがとう。引き続き外の様子を見ていてくれるかな」
『わかりました。ただ、警備ロボットの数が増えています。あまり時間はかけられないと思います』
「うん。こちらも急ぐよ」
通信を切り、縢は銀行内を見渡した。
外の状況はアヤネに任せられる。こちらは内部の情報を確保しなければならない。銀行のシステムに直接アクセスする手段は自分にはないが、その点については心強い協力者がいる。
「さて……目的のものを探そうか」
『先生、銀行の内部システムに接続できました!』
アロナの声が、縢にだけ聞こえる。
「お、仕事が早いねぇ。さすがアロナちゃん」
『えへへ!頑張りました!』
「それで、何かわかりそう?」
『はい。融資記録や契約書のデータが保管されている場所を探しています。少し待ってくださいね』
「うん。お願いするよ」
縢は何食わぬ顔で周囲を警戒する。銀行の中には、まだ職員たちがいる。こちらに怯えた視線を向けている者もいれば、状況を把握しようと遠巻きに様子をうかがっている者もいた。
彼らを必要以上に刺激するつもりはない。今回の目的は金を奪うことではなく、アビドスが抱える借金の実態を調べることだ。
毎月の返済額は、元金どころか利息を支払うだけでも相当な金額になる。生徒たちがどれだけ働いても、現状のままでは完済など夢のまた夢だろう。
カイザーが提示している契約内容は本当に正当なものなのか。利息の計算に不正はないのか。そもそも、あの法外な借金がどのようにして成立したのか。
今の段階では、まだ何もわかっていない。カイザーのやり方に疑問を抱いているのは確かだが、疑わしいというだけで不正の証拠になるわけではない。だからこそ、まずは資料が必要だった。
『見つかりました!融資契約に関するデータが保存されている端末です!』
「ありがとう。場所を教えてくれるかな」
『はい!』
縢はアロナから聞いた情報をもとに、シロコたちへ視線を向ける。
「シロコちゃん。奥にある端末を調べたいんだ。手伝ってくれるかな」
「ん。わかった」
「私たちも行くわ」
「じゃあ、あたしも一緒に行こうかな~」
「私も行きます!」
「うん。みんなで行こう」
ホシノの声に、全員が頷く。
縢は職員たちの様子を確認しながら、少女たちの後を追った。シロコが先頭に立ち、ホシノがその後ろにつく。ノノミとセリカは周囲に気を配り、ヒフミは少し遅れながらも一行についてきていた。
それぞれが自分にできることをしようとしている。こういうときの連携は、思っていたよりも悪くない。もっとも、覆面を被った少女たちが銀行の通路を進んでいるという光景そのものは、どうにも奇妙だったが。
端末の前にたどり着くと、アロナが再び声を上げる。
『ここからなら、必要なデータを確認できそうです!』
「助かるよ。契約書と返済履歴、それから利息の計算に関する資料も探してほしい」
『わかりました!』
縢は端末の画面を確認するふりをしながら、アロナの作業を待つ。
その間も、意識の一部は周囲に向けていた。銀行の奥から聞こえる機械音。遠くで動く職員の気配。外から響く車両の走行音。ひとつひとつは些細なものだが、現場ではそうした情報の積み重ねが判断材料になる。
「どう?」
シロコが尋ねる。
「もう少し時間が必要みたいだね。焦らずにいこう」
「ん」
シロコは短く返事をすると、銃を構えたまま周囲を警戒する。
そのときだった。
『先生!外の警備ロボットが銀行の入口に集まっています!』
アヤネの声が通信機から響く。
「おや……思ったより早いね」
『このままだと、出入口を塞がれてしまうかもしれません!』
「わかった。ありがとう、アヤネちゃん」
縢は一度だけ息を吐いた。警備ロボットが入口を固めれば、正面からの脱出は難しくなる。別の経路を探すにしても、いつまでもここに留まっているわけにはいかない。
「みんな、少し急いだ方がよさそうだ。アロナちゃん、あとどれくらいかな?」
『もう少しです!必要なデータをまとめています!』
「わかった。できる範囲で構わないよ。あまり無理はしないでね」
『はいっ!』
「……何か来るの?」
セリカが小声で尋ねた。
「銀行の外に警備ロボットが集まっているそうだよ。そろそろ移動した方がいいかもしれない」
「やっぱりね……!」
「ん。データは?」
シロコの問いに、縢が答えるより早く、アロナの声が届いた。
『完了しました!』
「ありがとう。助かったよ、アロナちゃん」
縢は端末から離れ、少女たちに頷いた。
「必要な資料は確保できた。あとはここから出るだけだね」
「よし。撤収するよ~」
ホシノの言葉に、シロコが先頭へ出る。しかし、銀行の出入口へ向かおうとしたところで、外から複数の機械音が聞こえてきた。
規則的な駆動音が、少しずつ近づいてくる。警備ロボットが接近しているのだろう。先ほどまで遠くに聞こえていた音が、今では建物のすぐ外から響いている。
「……数が多いわね」
「どうするの?」
ノノミが尋ねる。
「正面から突破するしかない」
シロコが銃を構えた。
「待って。正面に集まっているなら、無理に突破する必要はないかもしれない」
縢は周囲を確認する。このまま正面から出れば、警備ロボットの射線に飛び込むことになる。シロコたちなら突破できるかもしれないが、ヒフミもいる以上、無理をさせるわけにはいかなかった。
「別の出口がないか、探してみよう。シロコちゃんは先行して確認を。セリカちゃんとノノm…クリスティーナちゃんはファウストちゃんをお願い。ホシノちゃんは後方を見ていてくれるかな」
「ん。了解」
「わかったわ」
「はーい♪」
「うんうん。任せて~」
「えっ、あの、私も何か……!」
「ヒフミちゃんはみんなと一緒にいてくれれば大丈夫だよ」
「そ、そうですか……?」
「ふふ。頼りにしているよ」
「うう……!」
ヒフミは複雑そうに頷いた。
シロコは一人で先へ進み、通路の先を確認する。残った面々は互いの位置を確かめながら、その後に続いた。
しばらくして、シロコが別の通路を見つけた。
「ん。こっちから出られる」
「よし、行こう」
一行が移動を始めた、その直後。
通路の向こうから警備ロボットが姿を現した。
「見つかった!」
セリカが声を上げる。ロボットのセンサーがこちらを捉え、銃口が一斉に向けられる。通路は狭く、左右に大きく避ける余裕もない。後ろには少女たちがいる。このまま撃ち合いになれば、逃げ場を失う可能性があった。
「シロコちゃん、無理はしないで。ノノミちゃんたちはヒフミちゃんを守って!」
「ん!」
「わかりました!」
縢は一歩前に出ると、ロボットの照準がこちらを向いた。
銃声が響く。
縢は発砲の瞬間に身体をひねり、壁際へと身を寄せた。弾丸がすぐ脇を通り過ぎ、背後の壁に火花を散らす。
間髪入れずに距離を詰める。先頭のロボットが銃口を戻すより早く、その銃身を蹴り上げた。狙いを逸らされたロボットの側面に銃弾を撃ち込み、動きを止める。
「先生、右!」
シロコの声に反応して、すぐさま身体を低くする。頭上を弾丸が通過した。
「ありがとう、シロコちゃん」
「ん。まだ来る」
「そうみたいだね」
後続のロボットが通路を塞ぐように現れる。
縢は一瞬だけ状況を確認した。数が多い。ここで時間をかければ、さらに増援が来る可能性もある。かといって、すべてを相手にする必要はない。
必要なのは、少女たちが通り抜けるための時間を作ることだ。
「みんな、先へ!ここは僕が引き受けるよ」
「でも!」
「大丈夫。すぐに追いつくから」
「……ん。わかった」
シロコたちが先へ進む。
縢は残ったロボットの動きを見極め、遮蔽物を利用しながら応戦した。無駄弾を撃つ余裕はない。相手の照準が向く瞬間を見て、身体を動かす。ロボットの動きは人間より単純な分、予測もしやすい。だが、銃弾を受ければこちらも無事では済まない。
一体の脚部を撃ち抜き、転倒したところへもう一発。続いて横から迫った機体を蹴り飛ばし、通路の壁へぶつける。
一体、二体。
動きを止めたところで、縢は残弾を確認した。長居は無用だ。少女たちが先へ進んだ今、ここで敵を全滅させる必要はない。
縢は最後に一度だけ背後を確認すると、通路の先へ走った。
「お待たせ」
「遅いよ~」
「悪いね。少し手間取ってしまった」
「ふふ。無事ならいいよ」
ホシノが笑う。
縢は軽く手を振って応じた。身体に大きな傷はない。だが、銃撃を避けながら狭い通路を走り回ったせいで、息は少し上がっていた。
そのまま一行は出口へ向かった。
だが、出口の向こうにも警備ロボットが待ち構えていた。
「……こっちも駄目か」
シロコが呟く。
「どうするんですか!?」
ヒフミが不安そうに声を上げる。
縢は周囲を確認した。正面には複数の警備ロボット。背後からも追手が迫っている。これ以上、逃走経路を探している時間はない。
「アロナちゃん。少し手を貸してもらえるかな」
『はい! シッテムの箱の機能を使いますね!』
「お願いするよ」
縢はシッテムの箱を操作した。次の瞬間、彼らの前方にオレンジ色の八角形の障壁が展開する。
「えっ!?な、何ですかこれ!?」
ヒフミが目を丸くした。
「ふふ。ちょっとした防御装置だよ……A○フィールド全開」
「やっぱり先生にこれ着せて正解だったね~」
ホシノが呑気に呟く。
「ホシノちゃん、今はそこを気にするところじゃないと思うよ」
「えへへ。ごめんごめん」
障壁に警備ロボットの銃弾が次々と弾かれる。着弾するたびに表面が揺らぎ、オレンジ色の光が一瞬だけ強くなる。
「今のうちに進もう。長くは持たないからね」
「ん。みんな、行く」
シロコを先頭に、少女たちが駆け出す。縢は最後尾につき、全員が障壁の向こうへ抜けたのを確認してから、自分もその場を離れた。背後で障壁が消え、再び銃声が響き始める。
「急いで!」
「わかってるわよ!」
出口を抜け、建物の外へ出る。待ち構えていた警備ロボットの追撃をかわしながら、一行は路地へと駆け込んだ。壁に身を寄せ、通りの向こうから聞こえる機械音が遠ざかるのを待つ。
「はぁ……はぁ……。な、なんとか逃げられましたね……」
ヒフミが息を切らしている。
「ん。成功」
「まだ終わってないわよ! 早く離れましょう!」
セリカが急かす。
「そうだね。アヤネちゃん、外の様子は?」
『はい! 銀行周辺の警備ロボットは、まだこちらを捜索しています。今のところ、路地の奥までは来ていません!』
「ありがとう。もう少しだけ周囲を警戒していてくれるかな」
『わかりました!』
一行は人目につかない場所まで移動し、ようやく足を止めた。
ここまで来れば、ひとまず追跡を振り切れたと考えてよさそうだ。もっとも、銀行の警備体制を考えれば、いつまでも同じ場所に留まっているわけにはいかない。
それでも、全員が無事に逃げられたことに変わりはなかった。
「ふぅ~。いやぁ、疲れたねぇ」
ホシノが肩を回す。
「何をのんびりしてるのよ。まだ安心できないでしょ!」
「まあまあ。ここまで来れば少しは落ち着けるよ~」
ホシノが笑う。そのとき、ヒフミが手元の大きなバッグに気づいた。
「あれ……?これって……」
「どうしたの、ヒフミちゃん?」
「い、いえ。このバッグ、いつの間にか持っていたみたいで……」
ヒフミが手にしていたのは、銀行から持ち出してしまったらしい大きなバッグだった。彼女自身もいつ手にしたのか、はっきり覚えていないらしい。恐る恐る中を確認すると、そこには大量の現金が詰め込まれていた。
「……え?」
セリカが固まる。
「わぁ……すごい金額ですねぇ」
ノノミが目を丸くする。
「ん。銀行のお金」
「そりゃそうでしょ!」
セリカが思わず突っ込んだ。
「もしかして、持ち出すつもりはなかったのに、間違えて持ってきちゃったのかな~?」
ホシノがバッグを覗き込む。
「ど、どうしましょう……!」
ヒフミが慌てる。縢はバッグの中身を確認し、少しだけ眉を寄せた。
紙幣がぎっしり詰まっている。金額を正確に数えるまでもない。アビドスが抱えている借金のことを考えれば、これだけの現金がどれほど魅力的に映るかは想像に難くなかった。
しかし、これを持ち帰るわけにはいかない。
「……これは困ったね」
「どうするの?」
シロコが尋ねる。
「そうだね。僕たちがここに来た目的は、お金を手に入れることじゃない。必要なのは、アビドスの借金に関する資料だ」
「でも、こんなにたくさんあるのよ?これだけあれば……」
「セリカちゃん」
魔が差したセリカを窘めるように、ホシノが穏やかな声で呼びかけた。
「気持ちはわかるよ。でも、これを持って帰ってしまったら、私たちは本当に銀行強盗になってしまう」
「……っ」
セリカは口をつぐんだ。
彼女が何を考えているのか、縢にもわかる。毎月の返済に追われ、少しでも生活を楽にしたいと願っている。目の前にある大金を見て、何も思わないはずがない。
それでも、ここで持ち帰ってしまえば、今回の目的は変わってしまう。そこを縢は最後のシ者を連想させる優しい声で指摘した。
「今回、僕たちが持ち出したものには意味がある。アビドスの借金が正当なものなのか、それを調べるための資料だからね」
縢はバッグから目を離し、ホシノへ視線を向けた。
「どうするかは、ホシノちゃんたちで決めてほしい」
「……うん」
ホシノは少しの間、黙っていた。いつもの眠たげな表情は変わらない。けれど、バッグの中身を見つめる目は真剣だった。
やがて、バッグの口を閉じる。
「これは置いていこう。私たちが欲しいのは、お金じゃないからね」
「でも、ホシノ先輩……」
「セリカちゃん。ここでお金を持って帰ったら、私たちは困ったときにまた同じことをするかもしれない。それじゃ駄目だよ」
「……わかったわよ」
セリカは不満そうにしながらも、頷いた。
「ん。書類があればいい」
シロコも短く同意する。
「そうだね。僕もそれでいいと思う」
縢は小さく頷いた。
今回の行動が正しかったのかどうか、簡単には言い切れない。教師としては、生徒たちが銀行を襲撃したこと自体を褒められるはずもない。
それでも、彼女たちが何を目的にここへ来たのかは知っている。借金に苦しむ学校をどうにかしたい。自分たちの居場所を守りたい。そのために、危険を承知で動いたのだ。
だからこそ、せめてその目的を見失わないでいてほしかった。
縢はバッグをその場に置くと、もう一度周囲を確認した。警備ロボットの音は聞こえない。今のところ、こちらに気づいている様子もなかった。
「……あれ?」
そのとき、路地の入口から声がした。
「あなたたち、さっきの……!」
振り返ると、そこには先ほど銀行で融資を断られていた少女が立っていた。
「銀行強盗をしていた人たちよね?」
アルは一行を見回す。どうやら、銀行での一件を目撃していたらしい。彼女の視線は覆面姿の少女たちを順番にたどり、最後に縢のところで止まった。
「それにしても、すごいわね。あの銀行を相手にして、あんなに鮮やかに逃げ切るなんて……!」
「ん?」
覆面を被ったままのシロコが首を傾げる。
「あなたたち、本物のアウトローだったのね……!」
アルの目が輝いていた。銀行で融資を断られたばかりだというのに、彼女の表情には先ほどまでの落胆がほとんど残っていない。目の前の一団に、何か強い憧れを抱いているようだった。
「いや、あの……」
ヒフミが困惑した声を上げる。
「ふふ。そう見えたのなら、光栄だね」
縢は微笑んだ。
「あなたたちは一体何者なの? その名前を聞かせて!」
「私達は覆面水着団ですよ〜☆」
名前の発案者であるノノミが答える。
「覆面水着団……!」
アルは感動したようにその名前を繰り返した。
「ん。私たちは覆面水着団」
シロコが胸を張る。真顔ながらどこか誇らしげである。しかしほんとにこの名前で通すつもりなのか。
「ふふ、いい名前だね」
疑問を押し殺しながら縢もそれに合わせて微笑む。
「あなたも、その一員なのね?」
アルが縢を見上げた。今の彼はどこか繊細で謎に満ちたフィフスチルドレンの格好をしていたため気づかれていない。このまま演技を押し通すことにした。
「そうだよ。僕も彼女たちの仲間さ」
「素晴らしいわ……!」
アルは感極まった様子で拳を握る。
「いつか私も、あなたたちのような立派なアウトローになってみせる!」
「えっ!?」
ヒフミが声を上げる。
「ふふ。君ならきっとなれるよ」
縢はそう答えた。その言葉に、アルはますます感激したようだった。
「ありがとう! 私、あなたたちのことは忘れないわ!」
アルはそう言い残し、勢いよくその場を去っていった。その背中を見送りながら、縢は小さく息を吐く。どうやら、こちらの正体を疑われることはなかったらしい。少なくとも、アルの目には覆面水着団の一員として映っていたようだ。
それにしても、銀行強盗を目撃した相手が、あそこまで感激するとは思わなかった。彼女自身も何か事情を抱えているようだったが、今は詳しく聞いている余裕はない。
「……面白い子だったね」
「そうかな?」
シロコが首を傾げた。
「うん。なんだか、少し前の自分たちを見ているような気分になったよ」
「え~?私たちってあんな感じだったかな~?」
ホシノが笑う。
「少なくとも、ヒフミちゃんは似たような顔をしていたと思うよ」
「わ、私ですか!?」
「ふふ。冗談だよ」
縢は笑ってみせた。アルの姿が完全に見えなくなったところで、ようやく肩の力を抜く。
「……いやぁ、疲れた。慣れない喋り方ってのも大変だねぇ」
いつもの声に戻った縢を見て、セリカが目を丸くした。
「えっ、急にどうしたの?」
「いや、さっきまでのはちょっとした演技。あの子の前で素性を知られるわけにもいかねぇしね…つーかマジで声帯の無駄遣いすぎんだろ」
「だからずっとあんな喋り方だったんですね……」
ヒフミが納得したように頷く。
「ん、でも似合ってたと思う」
「そりゃどうも。褒め言葉として受け取っておくわ」
縢は苦笑した。普段なら、あそこまで丁寧な口調で話すこともない。ましてや、あの独特の間を保ちながら会話するなど、なかなか骨が折れる。衣装を着るだけならまだしも、声や仕草まで意識し続けるとなると話は別だった。
もっとも、アルに正体を悟られずに済んだのだから、苦労した甲斐はあったということだろう。
「さて。そろそろ戻るか。アヤネちゃんにも連絡しねーとね」
『先生!皆さん、ご無事ですか!?』
通信機からアヤネの声が響く。
「おうよ、全員無事だ。必要な資料も確保できた」
『よかった……!本当に心配したんですよ!』
「ごめんごめん。あとでちゃんと説明すっから」
『もう……!』
通信の向こうから、アヤネの安堵した声が聞こえた。
縢は少女たちを見渡す。覆面を被ったままの者もいれば、少し疲れた様子で肩を落としている者もいる。ヒフミは相変わらず自分の置かれた状況に納得しきれていないようだったが、ひとまず全員無事だ。
何より、今回の目的だった資料は確保できた。これでアビドスの借金について、もう少し具体的なことがわかるかもしれない。
「みんなもお疲れぇ、今日は大変だったわな」
「ん。成功」
「成功って言っていいのかしら……」
セリカが呆れたように呟く。
「まあまあ。少なくとも、手掛かりは手に入ったんだからね」
ホシノが笑う。
「そうだね。あとは持ち帰った資料を調べてみよう。今回の件で、何か見えてくるかもしれない」
「うん。帰ろう」
シロコが頷く。ヒフミは少しだけ俯き、手元の紙袋を見つめた。
「……私、本当に何をしているんでしょう」
「今さらかよ」
「先生まで!?」
その場に、小さな笑い声が広がった。銀行から持ち帰ったのは、大金ではない。アビドスの未来を変えるかもしれない、ほんのわずかな手掛かりだ。
それが本当に役に立つのか、まだわからない。資料を調べたところで、すぐに借金問題が解決するとも限らない。それでも、何も知らないまま返済を続けるしかなかった頃とは違う。
少なくとも、彼女たちは自分たちの手で次の一歩を踏み出した。
縢は少女たちの後ろ姿を眺めながら、静かに歩き出す。
覆面水着団の騒がしい一日は、まだ終わらない。
こりゃやりすぎたかも( ᐡ. ̫ .ᐡ )
でもまあ筋通ってれば多分問題はないかと思って…
ただこっから本編なぞりながらの展開が続くのでオリジナル要素入れられるまでだいぶ先にはなるかな…