盤上のアルゴノゥト   作:ぬこすけ

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ルルーシュ・ランペルージ=L.L.(エルツー)

作者は、アニメ勢なので設定や世界観を間違えることがありますが、その時は指摘してくださると助かります。m(_ _)m


1.

状況は、最悪だ。

 

肌にまとわりつく湿気と血の匂い。滑らかな壁面は、ここが自然の洞窟ではなく、悪意を持って作られた地下迷宮であることを告げている。

 

「……ハァ、ハァ……ッ、くそっ」

 

岩陰で膝をつき、俺は肺を焦がすような呼吸を整える。

今の俺は「コード」によって不老不死だ。死ぬことはない。だが──体力が無限というわけではないのだ。

 

「はぁ……相変わらず、貧弱なスペックだ……」

 

自嘲が漏れる。

先ほど遭遇した、緑色の小鬼の群れ。あんな低知能の怪物を撒くだけで、俺のスタミナは限界に近い。

石を投げて気を逸らし、死角へ滑り込む。やっていることはただの泥臭い逃走劇だ。

 

「世界を統べた果てが、迷宮で迷子か……。C.C.(シーツー)が見たら、ピザを喉に詰まらせて大笑いするところだ」

 

まったく、笑えない冗談だ。

その時、通路の奥から重い地響きが伝わってきた。

 

ズズゥゥゥン……!

 

「……チッ、お出ましが早いな」

 

腹の底に響く振動。近い。

巻き込まれればタダでは済まない。俺はフードを目深に被り直し、振動源とは逆の方向へ足を向けた。賢明な撤退だ。

 

だが──視界の端を掠めた光景に、足が止まる。

 

そこは袋小路だった。

逃げ場のない行き止まりで、一人の少年が死神に見下ろされていた。

 

白髪に、あどけなさを残した顔立ち。装備は軽装で、とても熟練の戦士には見えない。

対するは、牛の頭部を持つ巨漢の怪物。

武器は持っていないようだが、あの丸太のような腕と岩塊のごとき拳があれば十分だろう。その質量だけで、人間を圧殺できる。

 

「くっ……う、あぁ……!」

 

少年の喉から、悲鳴にも似た音が漏れる。

腰が抜けているのか、地面を這うように後ずさっている。目からは涙が溢れ、指先は痙攣したように震えていた。

誰が見ても詰み(チェックメイト)だ。あとは殺されるのを待つだけの獲物。

 

──そう、見えた。

 

「嫌だ……嫌だ……死にたくない……!」

 

少年は泣いていた。けれど、目は閉じていない。

歯が砕けそうなほど食いしばり、目の前に迫る暴力を睨みつけている。

その瞳にあるのは諦めではない。泥にまみれながらも消えていない、強烈な「生」への執着だ。

 

(……ほう)

 

俺の中で、思考の優先順位が切り替わる。

 

合理的に判断するなら、無視の一手だ。

怪物の注意が彼に向いている間に逃げる。それが正解であり、余計なトラブルを避ける鉄則でもある。見ず知らずの他人のために、無力な自分がリスクを背負う義理はない。

 

だが──あんな目を見せられては、無視もできない。

 

怪物が、太い鼻息を吐き出す。

その風圧だけで少年の前髪が揺れるのが見えた。次の一撃が放たれれば、少年は肉片になる。

 

「フッ。柄にもないが、手を貸すか」

 

乾いた唇で呟く。

こんな感情的な判断を下すとは、俺も焼きが回ったものだ。あるいは、あの真っ直ぐすぎる瞳に、かつての自分を重ねてしまったか。

 

「……やれやれ。俺自身の行動が、一番の計算外だ」

 

俺は震えそうになる膝に力を込め、死神と少年の間へ、その一歩を踏み出した。

 

 

***

 

ベル・クラネルの視界は、怪物(モンスター)の巨体で埋め尽くされていた。

逃げ場はない。武器も手放した。

目の前の怪物が、荒い鼻息を噴き出しながら、丸太のような剛腕を振り上げている。

死ぬ。ここで、何ひとつ成せないまま潰される。

 

(嫌だ……嫌だ……死にたくない……!)

 

脳が警鐘を鳴らしているのに、足が凍りついて動かない。

ミノタウロスの拳が、空気を圧縮する音と共に動き出す。

直撃すれば、頭蓋骨など熟れた果実のように弾け飛ぶだろう。

 

「──終わりか?」

 

「え……?」

 

唐突な声に、ベルの思考が現実に引き戻された。

 

いつの間にか、ベルとミノタウロスの間に、黒いローブの男が割り込んでいた。

魔法のように現れたわけではない。

怪物の意識が獲物である少年に釘付けになっている死角を突き、気配を断って滑り込んだのだ。

 

男は、背後の怪物になど興味がないという態度で、ベルだけを見下ろしている。

フードの奥、闇の中で紫色の瞳だけが、冷たく光っていた。

男は距離を詰めると、ベルの額へと、その蒼白く細い指先を伸ばした。触れられた場所が、氷を押し当てられたように冷たい。

 

キュイイイィィン……!

 

指先が触れた瞬間、ベルの脳内を鋭い駆動音が貫いた。

物理的な音ではない。神経に直接干渉する、不快かつ強烈なシグナルだ。

視界にノイズが走る。ほんの一瞬が、永遠にも似た長さに引き伸ばされていく。

 

そこで、男の声が──鼓膜ではなく、脳の神経網に直接響いてきた。

 

『──力が、欲しいか?』

 

一切の感情を削ぎ落とした、純粋な問いかけ。

ベルの魂が、その声に激しく呼応する。

力。それは今のベルが最も渇望し、そして最も自分に欠けていると痛感しているもの。

生きるための力が。この理不尽を覆す力が。

 

『……欲しい』

 

ベルの心が叫ぶ。

涙と鼻水で汚れた顔のまま、ベルは男を睨み返すように見上げ、心の中で叫んだ。

 

『欲しい! 僕は、力が欲しい……! 強くなりたい!』

 

それを聞いた男──L.L.(エルツー)の口元が、三日月のように歪んだ。

 

『いいだろう。・・・ならば契約だ』

 

脳内に響く声が、低く、重くなる。

現実の時間は凍りついていた。振り上げられた怪物の剛腕も、空中に舞う砂埃も、すべてが写真のように静止している。ここだけが物理法則から切り離された、精神の狭間だ。

 

『だが、契約には代償が伴う。王の力はお前を孤独にし、善意や常識とは違う道を歩ませるかもしれない。……その覚悟はあるか?』

 

ベルは喉を鳴らして唾を飲み込み、それでも力強く頷いた。

孤独でもいい。茨の道でもいい。

ここで死んで、何も残せないまま終わるよりはずっといい。

 

『あります。僕は……強くなりたいんだ!』

 

その答えを聞き、L.L.(エルツー)は短く鼻を鳴らした。

 

『いい返事だ』

 

L.L.(エルツー)の両目が、フードの陰で一瞬だけ妖しく赤く輝いた。

額に触れた指先から、冷たくて、でも焼けるように熱い何かがベルの神経網へと流れ込んでいく。

 

『行け』

 

L.L.(エルツー)が指をベルの額から離した、その瞬間。

停止していた世界が、枷が外れたように動き出した。

 

「ブモォオオオオッ!!」

 

硬直が解けたミノタウロスが咆哮する。

眼前の異物と獲物をまとめて粉砕すべく、溜め込んでいた筋力を一気に解放した。極太の腕が風を切り裂き、ベルの頭上へと迫る。

 

ベルの意識が「避ける」と判断するよりも早く、肉体が弾かれたように動いた。

恐怖で腰が抜けていたはずの足が、爆発的な力で地面を蹴る。

 

ズガァァァン!!

 

轟音と共に、さっきまでベルがいた空間を剛腕が叩き潰した。

硬い岩盤が豆腐のように砕け散り、鋭利な瓦礫となって周囲へ飛び散る。

 

だが、それだけでは終わらなかった。

ベルの体は止まらず、本人の意思すら置き去りにして加速する。

懐へ飛び込み、振り下ろされた腕を足場にして跳躍する。

 

「う、おおおおおっ!?」

 

ベルの手が、ミノタウロスの太い角を鷲掴みにしていた。

全身の筋肉が軋むほどの過負荷。ベルは自身の身体能力の限界を超え、腕を振り抜く。

 

バキィィィッ!!

 

乾いた破砕音が響いた。

ベルの手の中で、鋼鉄よりも硬いはずの怪物の角がへし折れていた。

 

「ブ、モォォォォオオッ!?」

 

怪物が苦痛と困惑の咆哮を上げる。

巨体がよろめき、衝撃で壁の一部が崩落した。

 

「え……僕、なんで……? 体が勝手に……」

 

着地したベルは、自分の手に握られた折れた角を見て呆然とする。

体中に力が湧き上がる感覚。恐怖が薄れ、未知の自信が芽生える。だが、それ以上に混乱が勝っていた。

 

「これ、何の力……? あの人がくれたの?」

 

ベルは震える手を見つめ、自身の内側で何かが決定的に書き換わったことを自覚していた。

 

 

***

 

「ちっ……! 威力が強すぎる、制御できていないのか!」

 

俺は舌打ちし、反射的に身を捻った。

ギアスによるリミッター解除。それ自体は成功した。だが、少年の貧弱な肉体が、引き出した馬鹿力に耐えきれず、衝撃を周囲に撒き散らしたのだ。

 

結果──壁面が崩落し、その余波が俺の頭上へと降り注ぐ。

 

ドスッ、ガガッ!

 

「ぐぅっ……! ……くそ、なんて無様だ」

 

回避行動が遅れた。

砕け散った岩塊に退路を塞がれ、バランスを崩した背中に、別の瓦礫が覆いかぶさる。

肺が圧迫され、苦悶の声が漏れる。肋骨が数本逝った感触がある。

痛みで思考が白濁しかけるのを、理性で必死に繋ぎ止める。

 

砂煙の向こうでは、少年が異変に見舞われていた。

 

「──あ、がぁっ!?」

 

角をへし折った直後、少年の身体が操り人形の糸が切れたように硬直した。

限界を超えた筋出力に、骨と筋肉が悲鳴を上げたのだ。激痛による強制停止。

少年は動かない腕を押さえ、膝から崩れ落ちる。

 

「ガ、アァァ……ッ!」

 

完全に無防備だ。

そして、目の前には片角を失い、痛みに狂った怪物がいる。

 

「ブ、モォォォォォッ!!」

 

怪物が、血走った目で咆哮する。

その殺気は衰えるどころか、より濃く、重くなっている。

怪物の赤い瞳に、瓦礫に埋もれた俺の姿は映っていない。奴にとって、動けなくなった獲物など路傍の石と同じだ。その憎悪は、自分を傷つけ、今は動けなくなっている白い獲物──少年だけに向けられていた。

 

「ひっ……!」

 

少年は震える足で後ずさろうとするが、激痛に顔を歪めて動けない。

一撃入れた代償は大きすぎた。今の彼に、追撃を避ける力は残っていない。

 

まだだ。まだ、終わっていない。

 

「ブモォオオオッ!!」

 

怪物の怒号が、死刑宣告のように轟く。

巨大な蹄が地面を削る。怪物が突進の構えを見せ、残った狂暴な角を少年へと突き立てようとした、その刹那。

 

ヒュンッ──!

 

風が、吹いた。

 

「──ッ!?」

 

瓦礫の隙間で身動きが取れない俺の視界を、金色の閃光が横切った。

速い。俺の動体視力では、その残像を捉えるのですら困難だ。

 

「え……?」

 

少年が呆けたような声を漏らす。

突進しようとしていた怪物の巨体が、不自然に停止していた。

その背後には、いつの間にか一人の少女が立っている。

流れるような金色の髪。精巧な銀の軽鎧。そして手には、細身の剣。

 

ズバァァァッ!!

 

遅れて響く、肉が裂ける音。

怪物の上半身から、噴水のように鮮血が吹き上がった。

一撃。あの巨体を、たった一太刀で両断してみせる少女。

少年が借り物の力と引き換えに角を折るのが精一杯だった相手を、彼女は息をするように葬り去った。圧倒的な「強者」の乱入だった。

 

「あ、あ……」

 

少年の顔に、大量の返り血が降り注ぐ。

赤く染まる視界の中で、どうと倒れ伏す怪物の死骸と、血濡れの剣を振るって血糊を払う美しい少女の姿が焼き付く。

 

「大丈夫?」

 

少女が振り返り、少年に声をかけた。

感情の読めない、金色の瞳。

そのあまりの美しさと、隔絶した強さに、少年の中で何かが許容量を超えた。

 

恥ずかしさと、惨めさと、安堵。

そして、自分とは住む世界が違う「英雄」への強烈な憧憬。

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

少年は悲鳴を上げると、激痛も忘れて脱兎のごとくその場から逃げ出した。

助けてくれた少女に礼を言うことも忘れ、ただただ自分の惨めさを隠すように、全力疾走で通路の奥へと消えていく。

 

「あ……」

 

取り残された少女は、少しだけ目を丸くして、走り去る少年の背中を見送っていた。

 

「逃げられちゃった……」

 

彼女は小さく呟くと、剣を鞘に納めようとした。

その時、ふと違和感を覚えたように動きを止める。

 

「…………」

 

彼女は鋭い視線を瓦礫の山へと向けた。

少年とミノタウロスの間に割って入った影。そして、攻撃余波で崩れた瓦礫の下。確かに、誰かが巻き込まれた気配があったはずだ。

彼女は瓦礫に近づき、隙間を覗き込んだ。

 

「…………いない?」

 

そこには、砕けた岩と、僅かに付着した血痕が残っているだけだった。

人の姿はない。気配も、完全に消えている。

 

「気のせい……?」

 

彼女は小首を傾げた。

遠くから、彼女を呼ぶ仲間の声が聞こえる。彼女はもう一度だけ瓦礫の山を振り返ると、金色の髪を翻し、仲間の方へと歩き去っていった。

 

***

 

「……なんとかなったな」

 

少女──「アイズ」と仲間に呼ばれていた人物の気配が完全に消えたことを確認し、俺は暗闇の中から姿を現した。場所は、戦闘現場から二つほど通路を隔てた岩陰だ。

 

アイズが怪物を斬り伏せ、少年に声をかけている一瞬の隙。

俺は瓦礫の下から身体を引き抜き、全力で死角へ滑り込み、この場所まで退避していた。

隠密行動だけは、かつてブリタニア軍との鬼ごっこで嫌というほど磨かれている。

 

「ぐっ……」

 

壁に背を預け、自分の身体を見下ろす。

左腕は不自然な方向に曲がり、あばら骨も何本かやられてしまっている。瓦礫に挟まれた代償だ。普通の人間なら紛れもなく重傷である。

 

俺は痛みに耐えながら、先ほどの光景を思い返す。

あの少女の身体能力。一撃で巨大生物を両断する腕力と速度は、俺の知る人間の限界を遥かに超えていた。さらに、倒された怪物の死骸が、塵のように崩れて消滅していく様も確認した。

あんな生物は、俺の知る世界には存在しない。

 

「結論が出たな。……ここは、俺の知る地球ではない」

 

薄々気づいてはいたが、改めて見ると証拠が揃いすぎている。

俺は何らかの干渉により、異界へ飛ばされたのだ。

そう結論づけた瞬間、身体の痛みが徐々に引いていくことに気づいた。

 

ボキリ、グチャ。

 

体内で湿った音が響く。

折れた骨が勝手に繋がり、裂けた筋肉が繊維を編み直していく。

俺は、勝手に修復されていく自分の左手をニギニギと動かし、治ったことを確認する。

異世界に来てなお、この肉体に刻まれた「コード」は健在らしい。

 

「…………『Cの世界』との繋がりは途絶えていないようだな」

 

神の如き力、あるいはシステムの根幹。

それがこの世界にも及んでいるという事実は、俺にとって最大の武器であり、同時に最大の謎でもある。だが、今はその不死性に感謝すべきだろう。

 

痛みは引いた。

俺はフードを目深に被り直し、先ほどの戦闘現場へと戻る。

巨大な怪物の死骸は既に崩れ去り、黒い灰の跡となっていた。

そこに近づくと、灰の中に埋もれていた、折れた角の破片を見つけた。

怪物の巨体が消滅した後も、これだけは質量を持って残っている。

何らかの希少素材、あるいは換金可能な部位と見て間違いないだろう。

俺はその角を拾い上げ、懐にしまう。これがこの世界における俺の最初の軍資金だ。

 

当面の目標は定まった。

まずは「資金の確保」。

次に、この世界の常識や勢力図を知るための「情報収集」。

そして、安心して身体を休め、策を練るための「拠点の確保」。

衣食住と金。どのような世界であれ、生存戦略の基礎は変わらない。

 

「さて……問題は、出口がどこかということだが」

 

普通なら遭難して終わるところだが、今の俺には確かな道しるべがある。

俺は両目を軽く閉じ、意識を集中させた。脳の奥底、神経のネットワークの彼方に、微かだが確実な「熱」を感じる。

 

あの少年だ。

契約によって俺のコードと繋がった、新たなギアスユーザー。

彼はあのアイズたちから逃げ出し、全力で安全圏へと走っていった。ならば、その反応を辿れば必然的に出口へと行き着くはずだ。

 

「……案内してもらおうか、少年。お前の力が、この世界を変えるかもな」

 

俺はフードの縁を直すと、頭の中に響く微弱なシグナルに従って歩き出した。

そうして、数刻にも満たない時間を歩いたあたりで、出口らしきものが見えてくる。

カビや鉄錆の臭いが薄れ、代わりに新鮮な外気が流れ込んでくるのを感じる。

 

俺の推論は正しかった。

少年とのパスは、正確に地上へのルートを指し示していたのだ。

光の出口へと足を踏み出す。

視界が一気に開け、眩しさに焼かれた瞳の先に、新しい世界の全貌が広がっていた。

 

 

 




L.L.(エルツー)
映画「復活のルルーシュ」後、C.C.(シーツー)と共に永遠を生きる魔王。コード(不老不死)とギアス(能力)を併せ持つ特異点。

▼ギアス(王の力)
コード保持者との契約により与えられる異能。能力は契約者の願望や資質が反映されたものとなる。

▼コード
コード保持者は、不老不死になり、ギアスを譲渡できるようになる。
肉体は「Cの世界」と呼ばれる精神世界みたいな場から、正常な身体データを傷ついた身体に上書きするような仕組みで再生される。
通常、コードとギアスは同時に保持できない。
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