欠損奴隷は愛されたい 作:白髪ロリの権化
外からでも聞こえてくるほどのけたたましき喧噪。
まだ昼間だというのに騒がしい男どもとむんむんと漂ってくるアルコールのキツイ匂い。
飲み会でもしているのだろうか、赤く照った顔をしている男が、それとは別の理由で真っ赤な顔をした男を殴り飛ばしている。馬面の男がそれを止めようとして「魔族は黙ってろリストラ野郎」と罵倒され泣いている。仲裁に入った少女が一言声をかけると、手にしていた酒をばっしゃーんとぶっかけられ、びしょぬれになった少女を取り巻きみんなで嗤う。
……ここは冒険者ギルドだ。
由緒正しきラナキア王国の伝統ある職業、冒険者。
剣士や魔法使いなどが単独、あるいは徒党を組んでダンジョンや迷宮、魔物なんかを倒して生きていく。街の子供たちからは羨望のまなざしで見られ、王都の貴族からは下賤な物を見る目で嘲笑される。
そんな職業。
そしてここは、そんな 町の子供たちの憧れ、冒険者たちの根城にして一番の実力者が集う冒険者ギルド・ラナキア支部だ。
「お、いたんか嬢ちゃん、久しぶりだなァ。前会ったのいつだっけ? え? 聞こえねえんだもっとはっきり喋ってくれ。こいつらがうるさくってよォ」
しばらくその馬鹿騒ぎを見ていると、先程魔法使いの少女に酒をぶっかけた男が話しかけてきた。
「久しぶり、まだ何も言ってないよ。で、なにしてんの? それ」
「はァ? このガキが突っかかってきたから酒かけてやったんだよ」
「な、ちがいます私は突っかかってなんかなくてただ、」
「その口答えを突っかかってるって言うんだよバカかてめェ」
びっしゃーん。
今度は瓶に入っていたワインのような赤い液体を被せられていた。
白いシャツが徐々に紫色に変わっていく様子は見ていてとても愉快だが、やっている男が男な物で、私にはいじめにしか見えない。
けど、これもこいつらからしたら戯れみたいなものなのだろう。
だって、昨日もこんな感じだったし。
「たす、助けてくださいサト——」
「誰がお前を助けるって? この奴隷野郎が!! 誰が奴隷だったお前を助——」
……ここは冒険者ギルドだ。
由緒正しきラナキア王国が誇る、おそらくもっとも伝統ある職業。
子供たちの憧れの的であり、緊急であれば命をもなげうって国の窮地に駆けつける。
下は賊から上は英雄まで。
幅広い年齢層、幅広い社会的地位。そして幅広い実力差。
ゲロカスの吹き溜まりみたいなこの場所に、私は今日もやってきていた。
なんでそんなところに用があるかだって?
決まっているだろう。私も、ここのゴミどもと同じく、冒険者だからだ。
*
この世界は異世界だ。私がそれに気付いたのは、転生してから三年程経った頃だった。空を飛ぶ見たことのない鳥や、大きい家にしてはテレビ一つない不自然さ。何より、家にメイドが雇われていた。それだけではない。二歳を過ぎて、屋敷の中である程度の自由を認められるようになると、私はすぐに、メイドの目を盗んで屋敷中を探索し始めた。
私には10個年上の兄がいた。兄はよく両親にその才能を褒められていたが、このころ初めて、その兄の姿をはっきりと見た。
自室の窓から見えたのだ。中庭で人の背丈はありそうなほどの杖を持ち、巨大な水の弾を同時に幾つも作り出す兄の姿が。私は、そこで初めて理解した。この世界が異世界であることを。
それから数年がして、自分が貴族の家に生まれたことも知った。令嬢としての作法教育が始まり、10歳になる頃には縁談が始まった。
そして、私は家から逃げだした。せっかく生まれ直したというのに、どっかの貴族の家に嫁がされて、そこで一生を終えるなんて、考えたくもなかった。
「――人助け、ですか?」
受付嬢が怪訝そうな顔で聞いてくる。
「そう、人助け。高尚なやりがいでしょ?」
「それは、そうですけど……」
「わかったらさっさと探索権限委託してよ。もう何日帰ってきてないと思ってるの? あの人達」
「は、はぁ」
私は今、受付嬢に無理を言っている。
というのも、同じギルド内において、最初に探索登録した冒険者以外が、同じ場所を探索することを禁じる、という決まりがあるからだ。
これは、冒険者同士、あるいはパーティー同士の迷宮内での同士討ちを禁じるための物である。
このルールが追加されてからという物、冒険者はギルド内で寝腐る酒飲みが大多数になってしまった。
まったく、どれだけハイエナしたかったんだよ。
しかし、だからこそ迷宮内で行方不明になった冒険者の数も増えることになったという負の側面を持つ規則なのが、解せないところだった。
迷宮内は瘴気が満ちている。瘴気を長時間浴び続けると、肉体が腐り落ち、軈て死に至る病。黒死病を患ってしまう。
一度患えば最後、万能薬を飲むか、最上級神聖魔法による浄化を行わなければ、その致死率は百パーセントといっても過言ではない。
「ですが、この迷宮はAレートですよ? 単独での踏破は危険すぎるかと……」
「だからこそだよ。君はあの人達がAレートの迷宮を踏破できると思ってるの?」
正直、私には到底彼らがこの迷宮をクリアできるとは思わない。
限りなくAプラスに近いAレートの迷宮なんて、踏破目的なら私でも入らないだろう。
それを、単独の私よりも全体の実力が低いパーティーが探索に出たという物だから、無理も無理なのだ。最初から彼らごときがクリアできるレベルではない。
しかも入ってから五日以上が経っているのだから、帰ってこないとしたら中で何かしらの問題が発生したと考えるのが自然という物だろう。
「それは、私も多少は無茶だと思いましたが、」
「ならなおさら、彼らが死んだらその責任が君に降りかかることになるけど」
通常、受付嬢はそのためにいる。冒険者が自らの意思で、あるいは誰かに脅され無茶なクエストを受けないように最後の判を押す審判官として。
「……それは、」
今回この迷宮に探索に入ったパーティーは、通称「銀狼」と呼ばれる5人組パーティーだ。
リーダーは、つい先日頃に少女に酒をかけていた男。他の四人は、正直興味がないから覚えていない。
彼らの実力はこのギルド内ではピカイチで、踏破した迷宮やダンジョンの数は実に100を超える。
だが、彼らは個人の強さはそれほどでもなく、統率の取れたパーティーであるからこその踏破数だと私は考えている。
「どうせ今回も『俺たちならいける』とか言って勇んで入ってったんでしょ?」
あの男の事だから、大概そんなところだろう。
「でも、Aレートからは普通の常識が通用しなくなるのはみんなわかってるじゃん。心配なんだよ、私は」
受付嬢の顔が曇ったのが見えた。
このギルドは、少なからず彼に恩がある。
他にも、この前酒を浴びさせていた少女を奴隷から解放したのも彼だし、ギルドが経営難に陥ったときに資金を出して建て直したのも彼だ。まあこれに関してはアイツらが仕事しないで酒を飲んでいるのが悪いのだが。
その程度でと思うだろうか。
でも、私にはその程度でも助ける価値があると思える。
私は誓ったのだ。前世、両親や友人を蔑ろにして孤独に死んだ自分への戒めとして。自分に良くしてくれた人への恩は忘れないと。
「……もし、助けられなそうなら、あるいはもうすでに手遅れだったなら、すぐに引き返してください。これを約束できるなら、規則の一つくらいなら、破り、ます」
後半にかけて徐々に力がなくなっていったのが心残りだが、まあいいだろう。
「わかった、決まりだ。明日の昼頃までには戻るから、もし戻らなかったら私の名簿をその書類ごと抹消してくれ」
そういうと、受付嬢は曇った顔で頷いた。