欠損奴隷は愛されたい 作:白髪ロリの権化
そんなこんなで、私は迷宮に潜っていた。
既に誰かに荒らされた後の迷宮という物は実に進むのが楽だ。こりゃあ、死肉喰らいのハイエナ冒険者が増えるわけだ。
魔物は軒並み刈り尽くされ、付近には紫色の液体と切り捨てられた魔物の肉片が散らばっている。見た感じ、いくらAレートといえども第三階層までは比較的弱い魔物が主なようだった。
「気を付けるべきはトラップだけか」
なぜ見つけた魔物を全て狩りながら進んでいくのか。答えは簡単。
罠をよけるためだ。
迷宮にはそこらかしこに多種多様な罠がある。
例えば床に設置されていて、踏んだら起動するタイプの踏み抜け罠とか、その場所を通ったら天井から毒の矢だったり巨大な魔物が落ちてくるタイプの漫才罠とか。
名付けてるのは主に私だが、言い得て妙だと自負している。
前者に関しては、気を付ける必要があるが、後者に関しては気を付ける必要がない。
この場合、魔物の死骸を見れば先に通った者がどこを通って進んだかがわかるからだ。
といっても、罠の位置が変わっている可能性もあるために、一応は慎重に進んでいく。
「第五階層……」
思ったより先へと進んでいたみたいだった。
道中に魔物の死骸しか見当たらなかったことから、おそらくは誰一人として欠けることなく。
流石のチームワークだ。
かなり統率が取れていないと、Aレートの第五階層までは到達できないはず。
と、考えているうちに、不自然に歪んだ地形の部屋へと出た。
迷宮あるある、物理法則無視回廊。
砂漠を歩いていると見えるという蜃気楼のような物で、一種の幻覚魔法だといわれている。
一見近くに出口があるように見えるが、実際はかなりの距離があるという構造をしている細長い回廊。
マイ〇ラの炭鉱のような物を想像してもらえばいい。あれの先に、吹き抜けになった広く天井の高い空間が見える、といった具合だ。
蜃気楼の中で、その出口だけがはっきりと、あるいはゆらゆらとして見えている。意識障害にでもなってしまいそうなほどに気持ちの悪い空間だ。
そうじゃなくても、一生立ち眩みの眩暈状態みたいでかなり気持ち悪い。
だがしかし、この狭い道にはトラップを置くことはできない。ある場合もあるのだが、Aレートの迷宮には大抵の場合存在していない。
そんなこんなで難なくその道を抜けると、王都の広間ほどの面積の空間に出た。
今までも通路とは違い、一際魔力濃度の濃い場所だった。戦闘でもあったのだろうか。
通常、迷宮の中は一定の魔力で満ちている。その濃度が高ければ高いほど、内部に存在する魔物も比例するように強くなり、罠の類も同じように気づきにくく、かつ危険度が増す。
それは第一階層でも最下層でも一定で、新しい迷宮が現れた時は専門の冒険者が難易度のレートを確認するために入り口付近に寝泊まりするように規定が定められていたりもする。
それに、魔力というのは本来人体に有害だから、長時間い続けると発狂して仲間内で殺し合いが始まることも少なくない。
レートが1段階上がるだけでも、踏破難易度は格段に変わるのはそういう理由だ。
それにしても暗い。
迷宮なのだから当然なのだが、ここまで暗いのはなかなかない。さっきまで照明なしでもあんなに明るかったのに。
「……流石Aレートの迷宮か」
Aレートは、全レートの中でも上位に位置するレート帯で、入れる冒険者に制限が付く一番下のランクとなっている。具体的には、レートが示す階級よりも一つ下の階級までの冒険者の中で、Bレートの迷宮を複数踏破していることが条件となっている。
Aレートからは迷宮というより一つの世界という表現の方があっているだろう。
私でも単独では潜りたくないと感じるほどに厄介な場所だ。
「ライト」
壁を叩き、音響から割り出した部屋の中央にめがけて光球を放った。
魔法で編み出した簡易太陽だ。
部屋全体を照らすことくらい造作ない。
私は引き続き、捜索を開始した。
*
「……ここで最後か」
空間をしばらく歩いていると、奇妙な壁画を見つけた。
イノシシのような獣を丸々ちぎる角の生えた仮面の男。
男を囲うようにかがり火のような物が置かれていて、何かの儀式にも見えなくない気色の悪い絵だ。
辺りを歩いてきた感覚では、この部屋で見ていないのはここが最後だった。
なんの収穫もないか。落胆しつつ、念のため壁画の下に向かって岩魔法を放つ。
すると、轟音がして大穴が空いた感覚がした。
土煙と岩の砕ける音がやむと、そこには空間をつなぐ別の回廊が現れていた。
木でできた簡単な通路が床に敷き詰められているのが見える。
まじかよ。さっきまで気配すらしなかったのに。
迷宮あるある、壁の向こう側は別世界。
かがんでのぞき込んでみると、道の先に光が見えた。
さっきまで歩いていた場所と同じ、マイ〇ラの炭鉱みたいな回廊だった。
マイクラというより、マインドクラッシャーなのだが。
「あれは、罠か?」
階層を分けずに、地続きになっていない空間が隣接する場合、そのほとんどは転移罠によるモンスタートラップだ。
おそらく、この回廊の先の空間もそれだろう。
……いや、だとするとなにも聞こえてこないのはおかしいだろう。
魔物の歩く音や雄叫びなどが聞こえないのはあまりにも不自然だ。
あの空間で何かがあったか、トラップを踏んでしまったが運よく生還したか。
何があったかわからないが、どちらにせよ進まなければならないことは確かだった。
私の目的は彼らパーティー捜索と保護だ。
もう生存の望み薄であろうとも、少なくとも遺品くらいは回収したい。彼らが生きていたという証は、死んでしまったとしたら何よりも尊いものになるのだから。
どこに罠があろうとどこに未回収の宝があろうと、全ての場所を進まなければならない。
私は一歩ずつ、いつモンスターに襲い掛かられてもいいように警戒しながら、道の先の光を目指して歩き始めた。
*
「君、名前は?」
私がソレを見つけたのは、迷宮に入ってからざっと5時間ほどがたった頃だった。
柱に寄り掛かるようにして倒れる少女。
瞬き一つせずに、ずっと一点を見詰める虚ろな目をした。
陶器のような滑らかそうな真白の肌はところどころが煤け、赤黒い斑点模様がついていた。すとんと落ちた白髪はくしゃくしゃで、血か泥かわからないが汚れている。これじゃ、髪を手ですくこともできないだろう。
一度だけ、彼女を見たことがあった。
半年ほど前に、あの酒飲みの男がギルドに連れてきた子だ。
何があったかは詳しく聞いていないが、出向いた村で魔物に襲われていた家族を助けた時についてきたらしい。
「……」
私の質問に、少女は答えなかった。
それどころか、私の存在に気付いてすらいないようだった。
どこを見詰めているのかもわからないし、呼んでも返事がない。
部屋は冒険者ギルド程度の広さしかない狭い空間で、その床を、踏み場を選ぶほどの肉片が満たしている。
血生臭い匂い、獣臭、死臭。
普通なら立っているのもやっとであろう濃い瘴気。
ああ、明らかだ。
彼女が属していたパーティーは、ここで全滅した。
その遺体すら残さずに。
いや、遺体は残っているのか。誰のかもわからない肉片を遺体とするのであれば。
という事は、あの酒ぶっかけ冒険者も、きっと。
そこまで考えて、思考を払った。
「なあ、生きてはいるんだろ?」
少女に呼びかけるが、相変わらず返事はない。
生きているかどうかなんて、首元に触れればわかる。
だが、彼女の意識がどこにあるかわからない以上、彼女に触れるのは危険が大きすぎた。
迷宮内には、死体の意識を乗っ取り操る魔物が存在する。
他の冒険者が死んでいて、彼女だけが生き残ったのであれば、それは生き残ったのではなく、生かされたと考えた方が自然だ。
少女の周りには肉片と共に血だまりができていて、それにスカートの丈が軽く沈んでいる。
彼女のパーティーがこの迷宮に入ったのは五日前だ。
そして、私がここにたどり着くまでにかかった時間は大体8時間程度。
道中魔物を倒しつつトラップに警戒しなら進んでいたとすれば、普通にいけば二日から三日でたどりつくであろう深度だ。
もし仮にその通りに彼らがここにたどり着いていたとしたら、彼女がこの状態になってから既に一日、短くとも半日は経過していることになる。
「……魔物の線の方があり得そうだな」
そこまで考えて、私は彼女以外のパーティーメンバーの遺品を探すことにした。
部屋全体に転がる肉片には、人間の物も多分に含まれている。
それは腕だったり頭皮の一部だったり足だったり。だが、それらが綺麗な状態で見つかることは決してない。魔物に引き裂かれた後が生々しく残っているものや、もはや誰なのかわからない程に損傷し歪んだ体だったり。
一応冒険者協会には、定期的に遺体回収の依頼が入る。しかし、高額だが、いつも誰も受けたがらず、数か月放置される事もしばしばあった。
他の冒険者がこの仕事をしたがらないのは、旧友や冒険仲間のこういう無惨な姿を見たくないからか。
あるいは単純に、臭いし汚いからか。多分これが一番だ。
肉片がぐちゃぐちゃと音を立てる。
食事をするときにくちゃくちゃ音を立てるやつがいるだろう?
あれを数倍気色悪くした音だとでも思ってくれれば解釈は合っている。
ともあれ。
「遺品の類は見つからなかったな」
誰かが持ち去ったのだろうか。
仮にも冒険者が散った後なら、彼らの武器は鎧など、何かしらの装備が転がってるはずなのだが。
「まあ、無い物はどうしようもないか」
少々気が引けるが、ギルドのお姉さんには銀狼は迷宮第6層のモンスタートラップにて全滅。遺品の類は皆無、と報告するしかないか。
いや、待て。
遺品って、死人の持ち物、あるいは死人を表す何かであれば何でもいいんだったよな。
ふと、少女に目をやった。
「……彼女、遺品になるかな」
少女は先ほどまでと一つも変わらない様相で、一点を見詰めていた。
ここで何があったかはわからないし、なぜ少女だけが生き残ったのかもわからない。
というより、この状況なら少女が人であることすら疑わしくなってくる。
「大丈夫か?」
正直なところ、彼女には触れたくなかった。
Aレートの迷宮の中で仲間が全滅しながらも一日飲まず食わずで生き延びれる人間なんてほぼほぼ存在しない。それに、見た限りでは10代半ばに見える少女が屈強な男たちが即死したであろう攻撃を繰り出す魔物相手に勝てるとは思えない。
さらに言えば、今この空間は瘴気で満ちている。私ですら持ってあと数時間という程に濃い瘴気に。
きっとこの迷宮は探索者の持ち物を奪い宝物として保管する機能を有しているのだろう。自浄作用というものだ。これも、B以下の迷宮には存在しない、A以上の迷宮が危険といわれる所以の一つだ。
いや、まて。
なにかがおかしい。
だとすれば、少女の持っている杖は真っ先に奪うはずだ。
魔石はそのものが魔力と同期していてかなりレアな鉱石なのだから、自浄に含まれないのはおかしい。
「……な、」
そこで、私は一つ重大な見落としに気付いた。
この少女には、足が片方と左腕がなかった。
かっぽりと抜け落ちたかのような空白が体の本来あるべき場所に二つ存在していた。
まるで、そこだけ別世界につながっているかのような果てしない虚無と、半分固まった血液。
私はおもむろに彼女の魔杖を取った。力なくもはや触れているだけでつかんですらいないようで、魔杖はあっさりと彼女の手をすり抜けた。彼女が放置された理由はこれだ。この魔杖は、神聖魔法の結界が張られた、対魔族用の魔杖だ。
迷宮内のアンデッドたち魔族は彼女の杖の結界を恐れて彼女だけを獲物から除外した。そのせいでここに放置されたのか。
「——エリクシール」
彼女に浄化の魔法をかける。
私が使える神聖魔法は中級までだが、全くの効果なしというわけではないだろう。
彼女の体が淡く青緑色に光る。
もし仮に魔物なら、完全な浄化はできないとしてもこの時点で暴れだし、襲い掛かってくるだろう。
「……」
だが、予想に反して少女は黙ったままだった。
「良かった。まだ生きてる」
早く彼女に治療を受けさせないと、瘴気にやられて最悪死ぬかもしれない。
私は彼女を背負い、急いで迷宮を後にした。