欠損奴隷は愛されたい   作:非検体No.007

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003 卵黄の甘さが目玉焼きの良さなのにソースで全部消したら意味ないだろ

 迷宮を探索し、その奥に眠る未だ誰も知り得ぬ財宝を追い求める浪漫の職業。

 

 ——ラナキア帝国は冒険者の国だ。

 

 今よりはるか昔の事だ。ラナキアの地で大きな戦があった。魔女を筆頭にした人類と魔族の戦いだ。

 

 人類国家を征服するために魔王が起こしたこの戦争で、ラナキアは国土のほとんどが主戦場になった。

 

 千に近い兵が死に、万を越える人が絶えた。国境に近い村から順に魔族が襲い、ついには古ラナキアの帝都にまで魔族が侵攻した。

 

 このままでは皇帝は死に、国は確実に滅ぶ。そうなれば、大陸も資源も何もかもが魔王の物になり、そして、二度と人類が栄光を輝かせる日は来ない。

 逃げ場など、最初からなかったのだ。そう悟った皇帝は、共に戦った魔女に命じた。魔王ごと、ラナキアの大陸を沈めよ、と。

 

 皇帝の言葉に魔女は頷き、そして、命令通りその超大な魔力で、国も、民も、そして魔王すらをも穿つ破壊を行った。

 

 その跡地には、魔物すら寄り付かぬほどに濃い瘴気が立ち込めていた。軈てそれは長い年月を経て魔力を形成し、件の魔女が開けた大陸の大穴は、未だ誰も踏破できていない、出口無き迷宮になった。

 

 そんなすさまじい迷宮の奥にはどんな財宝があるのだろうか。人々は、宝を求めて迷宮を探索するようになった。徐々に人の往来が増え、迷宮の周辺には探索者用の宿泊施設や武具商人が集まり、商業都市がつくられた。

 

 この商業都市こそが、現在のラナキアの帝都、迷宮都市ボラキア。この冒険者ギルドが位置する、ラナキア最大の都市だ。

 

 そして、ラナキアの冒険者たちは夢を見る。いつか、自分こそがかの迷宮を踏破するのだと。

 

 *

 

 少女の目が覚めた、という報せが届いたのは、私が迷宮から帰還してから一週間後の事だった。

 彼らの遺品を何一つ――銀郎のリーダーの奴隷だった少女以外――持ち帰れなかった私は、仕方なく、受付のお姉さんにその旨を話した。すると、

 

「そうですか……」

 

 とどこか悲し気な営業スマイルを浮かべて、「私としても辛いですが、規則は規則なので」と手元にあった書類を渡された。

 簡単に言えば、譲渡証だ。

 

 迷宮内のあらゆるものは、拾った人間の所有物に数えられる。死んだ冒険者の持っていた武器や防具、落し物のペンダントに至るまで、迷宮においては戦利品という扱いになるらしい。

 

 それらを持ち帰り、自分の物とする事は個人の勝手であり構わない。が、死んだと思われた冒険者がもし迷宮内で奇跡的に生存していて、その上無事に帰還できた時、所有物の権利関係で揉め事が起きるかもしれない。

 それを避けるために、迷宮探査に入る前、こうして事前に、『迷宮内での紛失物は、その一切の権利を拾得者に譲る物とする』という書類を書くのだ。

 

 この書類こそが、迷宮ハイエナが生まれる要因となった物であり、行方不明パーティの捜索という依頼が出され始めた根本的な理由である。

 

「あの子の身元が判明したらもう一回来るから、その時また渡してくれ」

 

 しかし、私が持ち帰った“遺品”は、奴隷らしき少女ただ一人だ。その上、彼女は片手片足を失っている。随分と長い時間瘴気に当てられていたのだから、自我があるかどうかもわからない。

 

 彼女の自己申告以外で、彼女を()()()()()であると証明する方法が無かった。

 

「……ええ、わかりました。目が覚めると、いいですね」

 

 受付嬢はそう言って、書類を手に取り、カウンターの奥へと引っ込んでいった。

 

 銀狼が消えてからのギルドは、どこか寂し気だった。普段は酒ばかり飲む冒険者たちも浮かない顔でテーブルに座り、たまに聞こえてくる笑い声もすぐに止む。

 活気がないというよりは、喪に服しているの方が正しいのだろう。

 

 気を遣っているのではなく、彼らの死を、心から悼んでいる。

 これまでハイエナで生計を立てていたクズ共とは到底思えないが、それもまた銀狼というパーティが彼らから愛されていた証拠なのだろう。

 

 少女の意識が戻った、という話を聞いた後も、私はその静かなギルドの端の席――私の定位置に座り、ギルドの様子を暫く眺めていた。

 

「珍しいね、ミエナ。この時間からギルドにいるなんて」

 

 その私を見かねたのか、背丈ほどの杖を持った青髪の少女が、言いながら向かいの椅子に腰かける。

 

「久しぶり、アオイ。彼に掛けられた酒の染みは落とせた?」

「その話はやめて、悲しくなるから」

 

 彼女は、高級奴隷として闇市で競りにかけられていたところを、銀狼のリーダー、ヴォルフに助け出されて冒険者になった。

 奴隷に落ちる以前の身分が高かったのだろうことは、ここにいる全員がなんとなく把握している。だが、本人が語りたがらないから、誰もその話はしなかった。

 

「すまない、君にとっては恩人のような物だった」

「そんな、恩人なんて大袈裟だよ。ただ競売で競り落とされただけ。感謝はしてるけど、とてもじゃないけど、いい人とは言えなかったでしょ」

 

 喧嘩する程仲が良いという言葉があるように、ここの冒険者連中はその類の単純な人間たちばかりだった。

 先日顔を赤くして大声で暴言を吐きヴォルフに殴られていた男も、それを見て笑っていた奴らもみんな、裏を返せばそれだけ親しかったのだ。

 

 だからこそ、彼らにしてみれば、友人が一気に五人もいなくなってしまったようなものなのだろう。

 

「けど、悪人ではなかった」

「それは、その通りだね」

 

 アオイはそう言って、悲痛な笑みを浮かべた。

 

「そういえば、ユイはどうしたの?」

「ユイ?」

「うん、ミエナが迷宮から連れて帰ってきた子」

「名前、知ってるんだ」

 

 思わず感心してしまった。

 あの少女をここで見たことはあっても、その名前までは知らなかった。

 

「仲良かったから。ほら、こんな場所で女の子なんて、珍しいでしょ?」

 

「確かにな」といいながら、ギルド内を見渡す。

 視界に入るだけで数人。女の冒険者は、指で数えるほどしかいない。

 いくら魔法使いというジョブがあろうとも、結局は体格が物をいう世界なのだ。

 魔法使いには数人いても、ここの剣士職には一人もいないだろう。

 

「……私も一応女なんだけどね」

「それはわかってるけど、ミエナを女の子だと思った事はあんまりないかも」

「へぇ」

 

 思いついたように言って見せると、そう返された。

 仕方のない事だろう。元は男だったのだから。

 

「奴隷の子――ユイは、意識は戻ったらしい」

「え、ほんと!? よかった」

 

 よかった、という言葉を聞いて、私は少し複雑な気持ちになった。

 目が覚めたというだけで、体には瘴気による何かしらの後遺症があってもおかしくない。もしなかったとしても、彼女は片手と片足を失っているのだ。

 その上、パーティメンバーは全滅し、生き残ったのは自分ただ一人。

 

 その重い現実を、あんな幼い女の子が一人で背負いきれる物なのか。

 

「……その、顔出してはあげないの?」

 

 アオイが、何かを気遣うようにそう言った。

 

「ほんとはすぐに会いに行くつもりだったんだけど」

 

 言い淀む。

 彼女の意識がはっきりしていたとして、きっと今の状況は、彼女の面倒を見ていた受付嬢が伝えているはずだった。

 目覚めたばかりのふわふわした意識の中で私が会いに行ってしまえば、聞いたこれまでの話や失った体の事が、全て現実として彼女に圧し掛かるだろう。

 

「一人で考える時間を作ってあげたくて」

 

 というのは、ただの言い訳だった。

 

「そっか。あんまり話したことないんだよね。もしよければだけど、私も一緒に見に行っていい? 知ってる人が一人でもいれば少しは違うと思うんだ」

 

 確かに、その通りだと思った。

 最悪の状況で目が覚めて、知らない奴が押しかけてきたら怖いだろう。

 

「もちろん、むしろ私からお願いするよ」

「やった! それなら、ここでちょっと待ってて! 色々用意してくるから!」

 

 そう言うと、細かいことを語らないまま、アオイはそそくさと去っていった。

 

 *

 

「ただいま、それ何食べてるの?」

 

 一時間くらい適当に飲み食いして待っていると、アオイが帰ってきた。

 その手には大きめの紙袋が握られており、中身はよくわからない。が、なにか重要なアイテムっぽく、ラッピングされている。

 

「謎キノコのパイ。ユウリの新作らしい」

「……へぇ、ユウリの。謎キノコってなに……?」

「分からないから謎なんだよ。メニューに謎なんて書かれてたら食べたくならない?」

「それはそうかもだけど。あの子また変なの作ったんだ……」

 

 ユウリは、このギルドの創設者であるギルドマスターの愛娘らしい。中学生くらいの少女で、普段はここの厨房で料理人として働いている。

 その腕はかなりの物で、彼女の作った何故上手いかわからない謎の創作料理には、一定数のファンがおり、時折冒険者以外も彼女の料理を求めてギルドに足を運ぶほどだ。

 

 ただサボり癖が酷く、たまに厨房から出てきては、暇そうな冒険者たちを揶揄ったりしてギルドマスターに叱られている。まだ早い時間だからか、今日は一度も彼女の顔を見ていないが、彼女しか作れない創作料理がメニューにあるのだから、厨房には居るのだろう。

 

「それで、その荷物は?」

「ああ、これはあれ、ユイが好きそうなの手当たり次第に買ってきたの。飲み物とか、アクセサリーとか、あとは、ぬいぐるみとか」

 

 そう言いながら、紙袋の中からいくつか取り出す。

 フレルのジュース、赤い宝石のネックレス、どこかの森にいるらしいかわいらしい魔物を象った、手のひらサイズのぬいぐるみ。

 どれも、子供が好きそうなものだった。

 ちなみにフレルは赤い果樹で、さくっとした触感と後に引かない甘さが特徴的な、まあ簡単に言えばリンゴみたいな果物だ。

 

「かわいいでしょ?」

 

 言いながらアオイは、ぬいぐるみを掌に乗せて、その頭を撫でている。

 

「君もそういうのが好きなのか?」

「うん。小さい頃は買ってもらえなかったから」

 

 彼女の出自について、私は何も知らない。彼女がどういう経緯で奴隷として売られることになったのかも、それ以前の暮らしについても。私が知っているのは、彼女の名乗るアオイという名前が、後からつけられた偽名である事。それから、彼女が16歳であるという事だけだった。

 

「じゃあ、それ食べ終わったらいこっか」

 

 私の年齢のちょうど半分くらいの歳の少女と同席して、目の前で悠々自適に謎のパイを食べている。言葉にすると、よくわからない状況だと思った。




ミエナ 主人公
アオイ 酒をぶっかけられてた女の子
ユイ  迷宮で拾った奴隷の少女
ユウリ からかい上手な中学生
受付嬢 受付嬢
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