欠損奴隷は愛されたい 作:非検体No.007
大人たちの叫ぶ声が聞こえた時、少女は狭い自室に監禁されていた。
部屋にはベッドが一つと、本棚が一つ。ベッドには辛うじて薄い布が敷かれていたが、本棚には本はおろか、何も収納されていない。
大人たちの声を聞きながら、この声はあの人で、あの声はあの人、と心の中で考える。
長い時間この狭苦しい部屋から出してもらえなかったせいで、次第に、時折聞こえてくる声と話し方で、誰が誰なのかを当てられるようになった。
しかし、声までは聞こえても、何を言っているのかはわからない。
抑揚やトーンで人を判断できるというだけで、特別耳がいいわけではなかった。
だがその日は違った。
魔物が出た。と、隣の家のガウディの声で、確かにそう聞こえたのだ。
魔物。魔物ってなんだろう。灯り一つない薄暗い部屋で、少女は少しの間考えて、
「やい悪魔!」
と村の子供たちに何度も揶揄われたことを思い出す。子供たちは、寄ってたかっては少女をそう揶揄した。
両親が自分を狭い部屋に閉じ込めるのも、そこからほとんど出すことが無いことも、全ては自分が彼らにからかわれる事の無いようにするものだと思っていた。
両親の愛なのだと信じていたのだ。
でも、それであるなら、悪魔とは何だろう。悪魔と魔物とは、一体何が違うのだろう。
少女の頭の中に、いくつもの疑問が浮かぶ。
その間にも、部屋の外から聞こえる騒ぎは徐々に規模を増していく。聞こえてくる声も、誰が誰なのか判別のしようがないほどに入り乱れ、ついには悲鳴のような物まで響き始めた。
何が起きているのかを、少女に知る術はない。
少女にとって、魔物とは悪魔の事だった。そして、悪魔とは自分の事だった。
白い髪を持って生まれた自分は、生まれつきその身に悪魔が宿っているらしい。
「お前は悪魔の子だ」
両親にはそう教えられた。
それなら、村に現れたという魔物は、自分の事を知っているのかもしれない。自分と仲良くしてくれるかもしれない。自分を愛してくれるかもしれない。
やがてしばらくして、少女は部屋の扉をゆっくりと開けた。
閉じ込められてから、一度も鍵はかけられていなかった。それでも自分から外に出たことはなく、出られても、決まって眼帯を付けられ、父親に背負われていた。
ことはなく、出れても、決まって眼帯を付けられ、父親に背負われていた。
外の世界を見せず、悪魔が顕現する可能性を限りなく低いものにする。
それが、悪魔憑きである自分たちの娘に向けることの出来る、両親からの最低限の敬意だったのだ。
この時数年ぶりに、少女は部屋の外を見た。そこには、部屋と同じく、薄暗い廊下が広がっていた。おぼつかない足取りで、一歩ずつゆっくりと、自分に足がついていることを忘れないように。
曖昧な家の構造の記憶を頼りに歩き出す。
突き当たりは父の、その隣は母の部屋。二つ年上の兄は向かい側で、その奥を抜けた先に居間がある。
昔のまま、何も変わっていなかった。けれども、家には誰もいなかった。
少女はそのことに少し安心して、胸の高鳴りを押さえる事が出来ずに、玄関へと向かう。
連れて徐々に、外から響く悲鳴が大きくなっていく。この先に、みんながいる。
取っ手に指を掛け、期待に突き動かされるがままに、その扉を開いた。
彼女の目に飛び込んできたのは、阿鼻叫喚の地獄だった。黒い体毛に覆われた狼のような獣に、生きたまま喰われている女。その女を見て泣き叫んでいる子供。子供を抱きかかえて獣から守ろうとする男。血の中に倒れている、もはや性別もわからない肉の塊。
その地獄の中で、少女は父親の姿を見つけた。すぐそばには兄もいて、探したが母親はいなかった。
少女は名前を呼び、剣を構える父の元に走り出す。そして、振り向いた父が言う。
「——来るな、あ、悪魔め!!」
父は少女を腕で払い、少女はその場に尻もちをついた。
少女は、父の酷く怯えたようなその声と、彼が自分を拒絶したことに絶望した。
誰も自分を愛してなどいなかった。子供らの言う通り、やはり自分は悪魔で、今目の前で人を貪り食っているこの獣たちと同じ、愛されない存在なのだ。
誰も自分を愛さない。誰も自分を好かない。
わたしは、悪魔だから。しょうがないことなのだ。
そして気付いたときには、少女の周りに人はいなかった。
あるのは血だまりと、食い散らかされた誰かの肉塊。それから、少女に恭しく頭を垂れくぅんと甘えた声で鳴く、生き残った数匹の獣だけ。
それから少女は悟る。
やっぱり、悪魔と魔物は同じ存在だったんだ、と。