灰色の空に中指をおっ立てて生きる   作:四葉マーク

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010 冷たい身体に怒りを焚べろ

奏が鎮静剤によって眠ってから数時間後のこと。

 

「うっそだろ……映画みたいなことをやるなんて……」

 

ドクは自室で奏が眠っていたはずのベッドを見てつぶやく。

そこには誰もおらず、代わりに室内の換気扇が外されて、

無理矢理に人が通って行ったかのような跡が残っていた。

 

トイレに行って戻ってきたところで、

奏がいないベッドを三度見してから現実を受け止めたところだ。

 

「というか……ここの建物って、そんな通気口広いんだ。

 ネズミとかは通れるとは思ってたけど、いやはや……冗談でしょ」

 

ぷらぷらと通気口のそばで揺れる外された換気扇。

そもそも外にどう続いてるかもわからない通気口をよく行けるなと思いつつ、

ドクはしばらく考えた末に室外へと出ていく。

 

「ほっとけないし、エレクトラたちにも探してもらおう」

 

そう呟いたあとに扉を開いて出て行ったあと、

誰もいなくなったはずの室内で動くものがあった。

ベッドの下に並ぶ段ボール、その隙間から伸びた腕が、

並んでいた段ボールをどけて奏が出てくる。

 

「ドク……映画の見過ぎだよ。

 通気口なんて人が通れるわけないじゃん」

 

まさか本当に引っかかるとは思わず、

呆れた表情でつぶやいてしまう。

多少の小細工はしてみたもののバレると思っていたからだ。

 

とはいえエレクトラのもとへと行ったのなら、

その間に出なければいけない。

 

(ここを出て、それでどこに行くんだ?)

 

脳裏によぎる問いかけ。

足は、動かない。

 

行く先などもともとなかった。

なかったから過去に縋っていただけにすぎない。

そんなことを今更に思う。

 

(……考えても意味ないな。とりあえず外に出よ)

 

足を動かして閉じられた扉へと向かう。

一度、扉に耳をあてて物音がしないことを確認し、

ゆっくりと開いて廊下を見てから、奏はひとり外へと歩いて行った。

 

いまはただ、一人になりたい、それだけだった。

 

  ●  ●  ●

 

ガレージに置いてあったジャケットとハンドガンを手に取り、

外へと出てみれば曇天模様が見えた。

 

嫌な天気だなと思いながらも、ジャケットを着て歩き出す。

ハンドガンは腰裏に挿して、いつでも取り出せるようにして。

 

100mほど歩いたところで物陰に隠れながら、

ガレージのある建物を眺めてみたが誰かが出てくる様子はなかった。

ドクがエレクトラのところへ行ったにしては、遅いなと。

 

てっきりドローンが飛んだり機生体の誰かが飛び出すかと思ったが、

そんな様子もなかったので奏は息を吐いて再び歩き出す。

あまり離れていない無人のマンションへと入り、

封鎖してある鉄格子を登って誰もいない屋上へと辿り着けば、寝転ぶ。

 

曇天模様の空を見上げて、ただただじっとする。

耳に入るのは風が建物を通り過ぎていく風切り音だけ。

人の声も車の通る音もなにも聞こえてこない。

 

「…………」

 

寒空を見上げていても思考がまとまらない。

目を背けていた現実を、記憶を引きずり出され、

今までの自分がどれだけクソ野郎だったかを自覚してしまった。

 

好きな女の子を助けられず、

助けてくれたことを忘れて機生体を嫌悪し、

それどころか食われた後を追いかけることもできなかった。

 

一緒に食われていればよかったな、なんて思う自分を殴る。

 

「いってー……」

 

思わず反射的にやってしまったせいで、

右手と右のほほが痛い。

一人でなにやってんだろうと思いつつ、

むしろ今なんで自分を殴ったのかと奏は首を捻る。

 

「一緒に食われてたら、少なくとも……

 こうして苦しむこともなかっただろうけど」

 

一緒に死ねたら良かったのかと考えると、

それは違うだろうなとは思う。

同時に今の自分がセツカが死んでいることを受け入れてると気づき、

強烈な喪失感が胸を襲ってきた。

 

ずっと記憶を、思考を、意識を誤魔化してきた。

歌声が聞こえるなんて口にして幻聴があるかのように振る舞ってきた。

自分自身にずっと嘘をついてきた。

そうしなければ立っていられなかったから。

 

セツカが生きているというありもしない希望に縋っていた。

どう考えたってありえないというのに、一番自分が認めてなかった。

だが、記憶を掘り起こされたことで認めてしまった。

 

「…………痛い」

 

殴ったあとではなく、胸が痛かった。

抉り取られたような言葉にしがたい痛みのようなものがある。

もうどこを探してもいないという事実が、胸を締め付けてくる。

 

風が、いやに冷たく感じられた。

 

ひどい脱力感までもが体を襲ってきたところで、

再び寒空を見上げてだす。

ドクたちが探しに来ないのならこのままどこかへ行こうかと。

 

「どこに行っても、セツカはいないんだけどな……」

 

あの黄金を見ることはもうできない。二度とだ。

せめて自室の写真ぐらいは回収してから出ていくべきでは?

そのほうが後腐れもないし、後悔もないような気がしてきた。

 

かといって自室に戻れば見つかる可能性はある。

数日後の作戦に参加するよう言われるだろう。

だが、もう戦う理由を、失ってしまった。

 

「……どうしたらいいんだろう」

 

大事な人を失うのは、初めてではない。

ただ、最初はどうしようもなかった。

母親は病気で、奏にできることなど何もなかった。

 

けれど、別れの日が近づくまでの間に、

母親とともに過ごし、会話を重ね、これからを頼まれた。

“お父さんをよろしくね”と。

 

それに何て返答したのかはもう覚えていない。

それぐらい当時の奏は悲しみを抑え込んでいたからだ。

 

「…………」

 

上半身を起こして、無人の街を眺める。

 

二度目の喪失は、奏の心を折るのに十分だった。

この10ヶ月、折れなかったのは誤魔化していたからであり、

その誤魔化しが看破されてしまえば、残るのはぼろぼろの意思だった。

 

セツカという黄金によって、火が灯っていた。

失われた黄金を追い求めていくことで、

消えそうになっていた火を絶やさないでいられた。

しかし、火は消えてしまった。

 

冷えた風が、体へと吹き付けてくる。

体どころか心までもが冷え込むような気分であった。

 

街を眺める眼に、力がなくなっていく。

次第に、活力が体が失せていくようだった。

このまま、ここで瞼を閉じれば、セツカのもとへ行けるだろうか。

 

そんなことを考えたとき、

目の前に降り立つ影が、いた。

 

  ●  ●  ●

 

その影は別のマンションから奏のいる屋上へと飛び移ってきた。

八本脚を器用に動かして加速し、タイミングを合わせて飛び上がり、

見事な足捌きをもって着地してきたのだ。

 

「……はっ?」

 

思わず目が点となった奏が見たのは、

全身から紅いラインを点滅させて新ボディを駆動させるヴィニシスであった。

 

ただし、その頭部からは鮮やかな紅色のケーブルが何本も生え、

まるでドレッドヘアーのような様相をしており、

顔面には人のようなパーツが付いて荒い呼吸を繰り返してた。

 

獰猛な獣がごとき様子を見せるヴィニシスに対して、

奏はとっさの動きでハンドガンを取り出して構える。

 

「……なにしにきた、バカ野郎」

 

問いかけに対して、両腕をだらりと下げていたヴィニシスは、

右腕をあげて奏を指差した。

 

『お前を、連れ戻しにきたに決まっている』

 

その言葉に、奏の表情が歪む。

よりによってなんでお前がと思いながら。

 

「俺は……」

 

と言いかけたところで顔を左右に振って言い直す。

 

「……今はほっといてくれ」

 

わかるだろ、お前ならと視線に込めて言う。

目の前にいる相手は、奏と同じ状況であり、同じ苦しみを味わっていた。

だからこそ、ヴィニシスは言う。

 

『断る。お前は言ったはずだ、オレに手を貸せと。

 そのお前が、いなくなるのはオレが許さん』

 

ヴィニシスは知っていた。

傷ついたときにキートとカーラが常にいてくれたことを。

バカだアホだと罵りながらも、あの二人は結局一緒にいてくれたと。

 

だからこいつにも、目の前でぼろぼろになってしまった奏にも、

誰かが一緒にいなくてはいけない。

 

だがしかし、ヴィニシスは口が上手くない。

毎回口喧嘩で負かされる方だったぐらいなので、

誰かを諭したり慰めたりするのもド下手だった。

 

ゆえに行動で示そうとした。

 

『それでもほっといてくれと言うのであれば……』

「……あれば?」

『このオレから逃げ切ってみせろ!!!』

 

人間と機生体の追いかけっこの開始である。

 

  ●  ●  ●

 

冗談だろと思った瞬間に、奏へと掴み掛かる紅い機生体。

両腕の軌跡が紅い光とともに描かれるものの、

とっさに後ろへと飛び退いた奏を捉えることは叶わなかった。

 

『大人しく捕まれ!』

「男に抱かれる趣味はないんだよ!」

『オレだってそうだ!』

「気が合うね!」

 

などと言いながらも逃げ道を探す奏。

登ってきた屋上への道は、相手の後ろ、使えない。

ならば左右を見れば、相手が飛び移ってきた別のマンション。

 

そっちに向かって駆け出す、命綱もなにもないまま。

躊躇いも恐怖心もあった、だがそれ以上に捕まりたくない、

ただただそれだけの思いで脚を動かして加速。

 

隣のマンションまでの距離は目視で数m。

今いるところよりかは低い位置だから、

飛び移れるはずだと自分を納得させながら屋上の縁を蹴って跳ぶ。

 

『本気かッ!?』

 

本気だった。

こんな危険な真似、今までの一度もしたことがない。

ゲイターと戦う時だって丸腰で挑んだことはない。

 

ひとつのミスで命を失いかねないときだってあった。

そのときはひどく慎重に行動をしていたはずだ。

なのに今は、この瞬間だけは、

自暴自棄にも似たヤケとも言えるメンタルが奏を支配していた。

 

「本気でッ!逃げてやるって、言ってんだよ!!!」

 

生きる理由も目的も失ってしまった。

今の奏に残されているのは、どうしようもない虚無感であり、

その虚無感を晴らせるのであれば追いかけっこぐらい、

本気でやってやろうじゃないかという意地だ。

 

跳躍と同時に、浮遊感に襲われる。

同時にマンションの間にある隙間から上空へと、

噴き上げる強風に奏は晒される。

 

「うっぐ……!」

 

強風に乱される姿勢、それでもと耐えて隣の屋上へと、

着地はできなかったものの受け身を取りながら転がり込む。

あちこち打ったものの、耐えれると判断して立ち上がり、

呆然としていたヴィニシスに向かって奏は口を開く。

 

「捕まえてみせろよ、バーカ!」

 

悪い笑みを浮かべて叫んでみせれば、

全身を紅に発光させた機生体が八本脚をフル活用して動き出す。

その動きを最後まで見ることなく、

奏は咄嗟に周囲を見回して下に降りる階段へと駆け込む。

 

(あのボディだと動きはそこまで早くはない!

 ついでに横幅があるから狭い通路だと入ってはこれない!)

 

降り階段を二段三段と跳んでいき、

手すりを掴んで速度を落としながら着地しては次の通路へ。

 

しかし次の通路へと向かおうとしたところで、

屋外に開けた通路の外から音が響く。

 

「なっ!?」

 

予想外の位置から聞こえた音に目を向ければ、

そこにいたのは壁に脚を刺して立っているヴィニシスだ。

 

「おまえ、マンション破壊するなよ!」

『誰も住んでいないのだから構わんだろうが!』

「あとでドクに怒られるんだよ!」

『……エレクトラ様に怒られるのは避けたい!」

「手遅れって言っといてやる!」

 

外から通路へ入ろうとしたヴィニシスと、

入れ替わるようにして通路から外へと跳ぶ奏。

目的はちらりと見えたマンションの駐輪場、その屋根。

 

が、跳んでから気づく。

 

(やっべ、思ったより下だ……!)

 

三階ぐらいだろうと考えていたが、実際は四階から跳んでいた。

焦ったあまりにどうするかを思考し、

視界に入った街路樹へと手を伸ばして掴んだものの、無慈悲に折れる。

 

それでも少しは落下速度を落とせたからか、

派手な音ともに駐輪場の屋根へと着地する奏。

 

「あ、あ、あああ、いったー……」

 

屋根をぶちやぶって落下する事態は避けれたが、

それでも無理のある距離だったため脚を痛める結果となる。

 

『馬鹿野郎が、無茶をしすぎだ!』

「バカが追いかけてくるんだ、馬鹿もやるさ」

『強がりを言ってないで、さっさと捕まれ!

 作戦まであと数日、やることはいくらでもある!』

 

すぐ近くへと八本脚が落下してきたが、

奏と違って堪えた様子はない。

舌打ちをしながら痛む脚を動かして、

屋根から飛び降りて駆け出す奏。

 

「うるさい!俺がいなくたってお前らだけで行けばいいだろ!

 俺は、俺はもう、戦う理由が、ないんだよ!」

『…………』

 

ヴィニシスは、その場から動かなかった。

頭から生える紅いケーブルをゆらゆらとさせながら、

その視線だけをまっすぐ奏へと向けていた。

 

そして、口を開く。

 

『だからどうした。

 戦う理由がないなら戦わない?

 そんなことを戦士が言うか!』

「……だから俺は戦士じゃないって言ってるだろ。

 ただの人間で、わかんないだろけど学生なんだ。

 戦うこととなんて、無関係な人生だったんだよ」

『嘘をつくな、生きることは戦いだ』

 

ヴィニシスの言葉は、嫌に奏への耳へと響いた。

 

『おまえの星が、人類が、どうだったかはオレは知らん。

 だが少なくとも、オレは、オレたちはずっと戦っていた。

 戦わなければ、居場所を、家族を、未来を、奪われるからだ』

「それは……地球に来るまでいた船のなかでも?」

『ああ、そうだ。

 ……オレとセニアは、両親の代わりに船へと乗り込めたが、

 それは両親の代わりに働くことも条件だった』

 

足を止めて振り返った奏へと、

ヴィニシスは言う。

 

『船のなかに余裕なんてものはなかった。

 物資の節約をするため熱を摂れるのは数日に1度。

 下手すれば一週間に1度の有様だった』

「……」

『何体も活動できなくなって倒れる同胞がいた。

 倒れた同胞を船の動力として運ぶこともやらされた。

 時には導師たちへと反抗する同胞を、手に掛けた』

 

右手を、震えながら強く握るヴィニシス。

 

『それも生きるためだとオレは納得した。

 いいや、セニアを活かすためだとオレは、言い訳していた!』

「かっこ悪いな」

『ああ、ああかっこ悪いとも。

 かっこ悪くても生きたかったのさ、セニアがいたから』

 

そして、と続け様に言う。

 

『聞いたぞ、戦士ソー。

 お前はセニアに命を救われたと。

 だったら、だったらオレに貸しがひとつあるだろ!』

「……あれは向こうが勝手に助けただけだ、

 お前と同じ、同じだよ」

『そうだろうな、ああそうだとも。

 きっとセニアが勝手にやったことだろう。

 でもオレは、そんなセニアを誇らしく思う』

 

ガシャンと音を立てて、ヴィニシスは屋根から降りる。

 

『あいつは、最後の最後まで優しさを捨てなかった。

 人類という異星人相手でも、だ。

 戦士ソー、お前は恥ずかしくないのか。

 助けられて生き延びて、それでこのまま逃げて!』

「…………」

『お前は、お前自身に納得できるのか!』

 

ほかでもないヴィニシスからの言葉であるからこそ、

その言葉は奏の意識へと強く刺さる。

足が、動かない。

 

「……お前は、いいよな。

 まだ妹さん、生きてる可能性があるんだから。

 俺は、俺には、さ。もういないんだセツカは」

 

弱音がこぼれる。

 

「どこに行ってもセツカはいなくて、巨大ワームから吐かせても、

 そこにセツカはいなくて、きっと見たくもない現実を見るはめになる」

 

体から力が抜ける。

 

「それでもお前は俺に手を貸せっていうのか?

 それでもお前は俺に生きろと言うのか?

 残酷すぎると思わないのかよ」

『ああ、残酷なことだとは思わない。

 それどころかお前のほうがひどい』

「なに?」

『お前は、大事に思っている相手を巨大ワームに食わせたままにするのか?

 あのゲイターどもがいる場所に放置しておくのか?

 それでお前は、いいと本気で考えてるのか』

「…………」

 

答えれなかった。

 

考えたくないと目を逸らしていた部分を指摘された。

だからこそ腹の底から怒りがたぎってきた。

自身へと理不尽をもたらした存在への怒りが。

 

「……いいわけないだろ。いいわけ、ないだろが!」

『だったら、手を貸せ。戦士ソー。

 オレたちは、あの巨大ワームに返してやらないといけない貸しがある』

「利子つけて十倍返しぐらいはしてやらないと済まない貸しだ」

『そういうところだけは気が合うな』

「俺はあんたのこと嫌いだけどね」

 

ヴィニシスが右手を握って突き出してきた。

苦笑しながら同じように右手を握って、相手の拳に突き合わせる奏。

 

『いいやつぶって近づいてくるやつより、ずっと信用できる』

「気色悪いこと言わないでくれない?」

『本当に口が減らないやつだなお前は……!』

「よく言われるよ、ヴィニシス」

 

そう言って、一人と一体は夕暮れのなかを歩き出す。

彼らの拠点へと向かって。

 

  ●  ●  ●

 

ガレージへと戻った一人と一体は、

冷えた床を正座で味わっていた。

 

「冷たい……」

『ぐうぅ……脚が、脚が冷える……』

 

彼らを見るのはドクとエレクトラ、そして二体の機生体。

 

「僕としては戻ってきてくれただけでいいと思うんだけど……」

『ドクトル、懲罰というものは必要なもの。

 特に戦士であるならば余計に』

「矢車くんは戦士じゃないって……」

『バカにはお灸が必要なのでやって損はありませんドクトル』

『あたしも同意です。というかまだ動くなって言われてたのに、

 勝手に一人で行くなって何度言ったらわかるのこのバカ????』

 

ひょっとしてまとめて馬鹿扱いされてない?と思う奏。

しかし、今余計なこと言うとさらに正座時間が伸びるだろうなと思い、

黙っておくことを選んだ。

 

「仕方ない、か……ひとまず全員集まったことだし、

 ここで作戦について軽く打ち合わせしておこうか」

 

反対1に賛成3では止められないと思い、

ドクは彼らの正座が続行されるのを見守るしかなかった。

ガラガラとガレージの隅に置かれていたホワイトボードを引っ張り、

皆の前へと移動させたあとドクは口を開く。

 

「さて、今日が四日目だから、作戦は三日後だね。

 その作戦についてブリーフィングを始めよう」

 

全員が頷いてドクを見る。

エレクトラがその隣に立つ、当たり前のように。

 

『では、作戦概要からね。

 私たちの目的は巨大ワームが飲み込んでいるケラセーニオス、

 その信号を発しているマーカーを吐き出させること。

 吐き出させたのちは、速やかに確保、その後は撤収する』

「吐き出させる手段については色々と検討した結果、

 爆破させることにした」

 

正座させられている奏は手を伸ばした。

 

「はい、矢車くんどうぞ」

「ドク、爆薬ってここにあったっけ」

「もっともな疑問だね。

 実を言うと爆薬については大きなものはない。

 あっても簡易的なものばかりで巨大ワームに対しては足りないだろう」

 

しかしと続く。

 

「ここで役立つのが矢車くんが見つけてきた小麦粉」

「えっ、小麦粉が?」

「そう、小麦粉が役立つんだ。粉塵爆破って知ってる?」

「漫画でなら見たことあるけど……小麦粉でできるのそれって」

「一応はね、とはいえ小麦粉以外にも金属物資があれば、

 代用可能ではある。なので小麦粉と合わせて爆破させやすい物資を、

 混合させたタンクを用意して、着火するというわけだ」

 

ホワイトボードに図を描いていく。

巨大ワームの中央部、その付近へと置かれたタンクが数個、

 

「このタンクには酸素と小麦粉や金属粉を入れておく。

 そして着火させれば……爆破して強い衝撃を巨大ワームに与えるだろう」

『その衝撃で巨大ワームが飲み込んでる物体を吐き出させるというわけ』

「……ドク、エレクトラさん。だいぶん博打すぎない、それ?」

「あははは……はっきり言ってくれるね矢車くん」

 

奏の指摘に苦笑いを浮かべてみせるドクだった。

 

「正直、巨大ワームの生態がわかっていないいま、

 この手段で吐き出すかどうかはわからない。

 ただ、人間を例にすると腹部への強い衝撃を受けたとき、

 食べていたものを吐き出すという生理現象が起こる」

 

ボードに人間の簡単な絵が描かれ、説明が続く。

 

「巨大ワームも生命体と仮定するならば、

 同様の生理現象を起こしてもおかしくはない。

 このやり方の根拠はそんなところだね」

『その根拠が弱いことは私も認めるわ。

 なにせデータがない生き物だから。

 ただ、この爆破によって巨大ワームの外郭を破壊できれば、

 飲み込んでいるものを私たちで取り出すこともできるかもしれない』

 

おお、という声が三体の機生体からあがる。

 

『とはいえ、巨大ワームの外郭を構成する物質の密度を考えると、

 これも希望的観測としか言えない以上、期待はできないわ』

 

今度は気落ちした声が三体の機生体からあがった。

そんななか、紅い機生体が手を伸ばす。

 

『ヴィニシス、なにかしら』

『その……巨大ワームのなかへと、入り込むのは、ダメでしょうか』

『……考えなかったわけではないわ。

 ただ、非常にリスクが高いと言わざるを得ない』

 

今度は尻尾のアームを使って、

エレクトラがボードに絵を描き出す。

巨大ワームの口から人が入り込む絵だ。

 

『建物などを粉砕して飲み込む構造をしているあたり、

 口元は非常に頑丈だと考えていい。

 そして粉砕した物体を飲み込み消化する食道に当たる部分も、

 同様に頑丈だと想定できるわ』

「内側からの破壊が可能であれば……いっそ、

 入り込んでマーカーを回収したのち、外郭を破壊して脱出もできるだろうけど」

『巨大ワームが生きている以上、その手段は取れないわね。

 マーカーを回収したところで、そのまま飲み込まれるでしょうから』

 

エレクトラの言葉にドクが頷いて返す。

すでに検討されていたことを知って、ヴィニシスは肩を落とす。

 

『一番手っ取り早いとは思ったが……』

「巨大ワームに食われる趣味でもないならやめといたら」

『オレまで食われたら、兄妹揃ってあの世で笑いものだ』

「あの世って概念あるんだ、そっちにも」

『そこ、無駄口叩かない』

 

正座組が一緒にはーいと言うなか、説明が続く。

 

「作戦開始の時刻についてはまたあとで知らせるよ。

 その日の天候次第では延期もありえるからね。

 あとは……ゲイターの邪魔がどれだけあるかだ」

『厄介なことに巨大ワームはやつらにとっても獲物である以上、

 私たちが衝突するのはおそらく避けられない』

「できるだけエレクトラのドローンで、

 いないタイミングを測りたいところだけど、

 爆破用のタンクを設置するには時間が掛かる」

『巨大ワームが大人しくしてくれている保証もないわ』

 

つまり。

 

「現場では臨機応変で対応する、各人それを心がけてほしい」

 

   ●  ●  ●

 

そして作戦決行の当日。

霧深い219番地区にて奏はおもわずぼやいてしまう。

 

「臨機応変って言ってたけどさ。

 いやこれ……どうしろって言うの……」

 

それは、立ち込める霧を割いて突き進む、

何体も連結したゲイターが巨大な輪っかとなって、

廃墟を爆走している光景だった。




絶望してもヒーローが立ち上がる姿が作者は大好きです。
みんなもアメイジング・スパイダーマン2を観よう。
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