灰色の空に中指をおっ立てて生きる   作:四葉マーク

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002 黄金に魅入られたもの

閉じた瞼を開くと、見えたのは教室。

一番後ろの左側、夏と冬は地獄になる窓際の席だ。

 

先生が教壇に立って何かを話しているなか、

生徒たちはそれぞれの席に座って、教科書を開いている。

窓から入り込んでくる風は涼しく、日差しは暖かさを伝えてくる。

 

まどろみにも似たような感覚で揺れる視界のなか、自覚が浮かぶ。

 

──ああ、いつもの夢か──

 

声は出ず、意識のなかだけに浮かび上がる思考。

なら当然、右隣の席にいるのは、と視線の移動を試みれば、

髪の毛を肩の上で切りそろえた夏服の女生徒。

 

半袖、薄着、夏服はいつみても最高だなと意識に浮かべて、

女生徒の様子に集中を試みる。

 

緩いウェーブのかかった髪をした女生徒は、

眠気にやられるてのか握ったシャープペンは、

彼女のノートに幾何学模様を書いていた。

 

そしてうつらうつらと髪で片目が隠れた顔を小さく揺らす。

 

──夕華(セツカ)は変わらないな、いやそのままが最高だ──

 

夢を見ている人物の視線が向くのは、

眠気に負けまいとしている女生徒の顔よりやや下へとずれる。

そう、男子高校生ならば視線を向けずにはいられない、胸元だ。

 

夏服の薄着によって微妙に見えるか見えないかの下着も気になるが、

それ以上に夢の主、奏が意識のなかで目を凝らしているのは、

夕華(セツカ)の豊満、いや豊満というにはやや控えめ、

控えめ以上豊満未満なサイズを主張する胸元へと向けられていた。

 

──黄金比、この言葉を知ったとき俺は天啓を得た思いだったよ。

  自然が作り出した完璧なもの、いやこの場合は人工か?

  まあいいや、俺にとってはこれは黄金のバストだから──

 

視界に捉えられたのは、矢車 奏(ヤグルマ ソウ)にとって理想を体現したバストサイズの胸。

彼曰く、飾 夕華(カザリ セツカ)の胸は黄金比を体現しているという。

当然それを聞かされた友人たちは、慄いた表情を浮かべていた。

 

幼馴染の夕華(セツカ)ちゃんが好きなのはわかるけど、

それを崇めてるような態度なのはこえーよと。

奏はむしろ困惑した、なぜあの美がわからないのかと、

夕華(セツカ)の胸は見事な黄金比を現しており、見ているだけで救われるのだ。

 

──そう、俺はいつだってこの黄金の胸を思い出すことで生きてきた──

 

小学生だったときも中学生だったときも高校生になってからも。

夕華(セツカ)は出会ったときから黄金をその身に宿していた。

そして、俺は幸運にもそれに気づくことができた。

このことがどれほどの幸せであっただろうかと夢のなかで反芻する。

 

だがしかし、夢の終わりは唐突に訪れる。

何かにつまづいたのか、車体が大きく揺れ上がり、

シートに座っていた奏の顔が上下に揺さぶられたからだ。

 

「……ドク、なに轢いたの、いまの」

 

半目を開きながら抱えたアサルトライフルとともに問う。

乗っているのは迷彩塗装が施されたジープ。

日本産のものしてはサイズが大きく、車内も広いものだ。

 

「い、いや轢いてない。轢いてないはずだから!

 矢車くんだって、ぼくの運転は知ってるはずでしょ!?

 これでもゴールドカード、ゴールドカードなんだよ!」

 

奏が座る助手席、その隣にある運転席に座るのは、

丸メガネに無精髭を生やした中年の男性。

ミラーで背後を確認しつつ、その口調には焦りがあった。

 

「……今の日本で役に立たないでしょそれ……

 こんな無人の廃墟なんかじゃ、誰も気にしないだろうし」

 

言いながら幼馴染の黄金の胸を思い起こしながら、ジープの外を見る。

219番地区へと続く道路を走る横には海が見えていた。

 

「立つ、役に立つね!だってぼくは安全運転できることしか取り柄がないんだ!

 それを失ったらぼくはこの免許証で何を誇ればいいんだい!?」

「ドクって思ったよりちっちゃい人だったんだね、

 もっと他に誇れることたくさんあるのにさ」

 

運転席からの声、言語道断 三叉(テクラダ サンサ)に呆れた声を返してしまう奏。

 

「ひっど、ひっどいこと言うね、矢車くん!?

 ……とはいえ、いまの日本じゃ何を誇りにしてもなって思うよ」

「そこは同感……どうなるんだろ、この先」

「そこは……お偉いさんたち次第、でしかないし、

 なによりも──」

 

運転しながら三叉(サンサ)は視線を空の上へと向ける。

見えたのは青空に浮かぶ、いくつもの黒い菱形。

それはSF作品ならばまず出てくる宇宙戦艦であった。

 

「──彼ら、機生体たちがぼくたちとどうしたいか、だと思う」

「人類初めての地球外生命体との接触から……ひどいことになったよね」

「ぼくら当事者なんだけども、なんでそんな他人事みたいに言えるわけ!?」

「ゲームや漫画やアニメなんかで散々こういうの、見たから?」

「現代っ子!まさしく現代っ子だな君は!?

 ぼくだってそう思うけど、もうちょっと深刻に捉えてるからね」

 

(深刻、深刻か)

 

言葉を受けてゴーグルとマスクを外した顔で外を見る奏。

ちらりと車のミラーを見れば遠ざかる219番地区が見える。

かつては街のランドマークとしてその高さを誇っていた高層ビルは、

見事に途中から折れているのが視界に映った。

 

まるで冗談みたいな光景にしか見えず、現実味がない。

 

「ドク……10ヶ月経ったけど、やっぱまだ受け止めれない気がする」

「それは……そうさ。ぼくらが住んでた街が、あんな廃墟になってるなんて、

 頭で理解してても心、そう心で受け止めるのは……難しい」

 

そこで会話は止まり、車内にはエンジン音だけが響き渡る。

視界には誰もいない街だけがずっと映っていた。

 

 

  ●  ●  ●

 

 

219番地区から数キロ離れた、いわば郊外とされる場所。

かつてはベッドタウンとして都市へと通う人々の住んでいた土地、

そこも今や無人となっており人の気配はどこにもない。

 

道路を走っていたジープはやがて、住宅地から外れた地域へと進み、

大きな工場らしき建物へと近づいていき、開いたガレージへとその身を止めた。

それぞれがドアを開いて降りてくる。

 

「えーと、今回は……冷凍食品と飲料が3ケースほどか。

 軍からの支援があるとはいえ、それだけでは、ね」

「とは言ってもドク、街やここら辺にあるのはそろそろ無くなるよ。

 俺たち以外にも漁ってる連中がいるんだから」

 

アサルトライフルを担ぎながら、食料品が入ったザックをつかみ、

ジープから降ろしていく奏たち。

 

「……本気で畑とか作ったほうがいいのかな〜〜でも素人が何を作れって?

 豆とか簡単だって聞くけど、プランターでどれだけの量ができるんだろ」

「野菜はそれでいいとしてさ、肉とかどうするの。

 鳥なら……まだなんとかなるとして豚とか牛は無理でしょ」

「そこは軍の支援に頼るしかないかなって……

 ああ、自分から望んだとはいえ、やっぱりぼくも避難先の食事がしたいッ」

「それは言わないでよドク、

 俺だってたまにはごはん、卵焼き、味噌汁が食べたくなる」

「矢車くんは現代っ子なのに、わりと渋いというか地味な食事を好むんだね」

「幼馴染に餌付けされてたんで」

「あーそっか、そりゃそうなるかージャンクフード食べたいぼくとは、

 好みが合わないわけだそりゃ、はっはっは」

 

三叉ことドクの笑い声が響いたところで、

ガレージの奥にある扉が開き、そこから新たな人物の声が響く。

 

『二人とも帰還したのね、

 その様子だと無事みたいだけど……成果はあって?』

 

おしとやかな女性の声をした、電子音声。

その声の持ち主は、機械の体をもった大型犬であった。

正確に言い表すならば、

大型犬のようなデザインをした四足歩行の機械生命体だ。

 

「やあ!今帰ったよ、エレクトラ!

 今日はね、手に入ったんだよ、奴のコアが!」

 

嬉しそうに言い出すドクの横で、

奏は「手に入れたのは俺だけど」とぼやく。

それを見て、小さく笑う電子音声。

 

『それはまさしく吉報ね、ドクトルT。

 ならば今度は私が成果を見せる番になるかしら。

 そのコアでやつらの生態を深く探ってみせるわ」

 

頭部らしき部分で頷いてみせる彼女ことエレクトラ。

二人に近づいてくる彼女へ、奏はしまっておいたコアを取り出し、

そっと差し出しせば彼女のボディ、

その背中から出てきたサブアームが掴む。

 

(ほんとSFの存在だなぁ……今こうしても見ててもすごいや)

 

思わずぼんやりとその姿を眺めてしまうが、

小さく顔を振って口を開く。

 

「ドク、エレクトラさん、俺は先に休むから……

 あとで夕飯食べるときに明日の確認でいい?」

「ああ、ああいいとも。今日はイレギュラーなハントだったからね、

 シャワー浴びてさっぱりしてきなよ」

「そうする、インナーの下が気持ち悪くてしょうがないんだ」

『……ソーはまたゲイターをハントしたのね。

 いくら銃火器があるとはいえ、生身で対峙するのは戦士の仕事よ』

「その戦士がいないから、さ。俺は俺のできることをするだけですよ」

『強い子ね……ソーは』

 

その答えには片手を挙げてみせたあと、

奏はそのままガレージから退出していった。

 

ガレージに残った二人、三叉とエレクトラはそれぞれの作業をしだす。

やがて三叉が胸元に取り付けていた通信機が短く音を立てた。

 

「ああ、定期通信の時間だったか……

 っと、お疲れ様です、矢車さん」

『お疲れ様、ティー先生、送ってくれたレポートは読んだよ。

 またも息子が無茶をやらかしたようで申し訳ない』

「いやいや、結果としてぼくも彼も無事なので謝らないでください。

 それに……彼がああやって発散してる限りは、正気だと思うので」

『……ティー先生の言葉に従ってるうちは、の間違いでは?』

 

通信機から聞こえる声は、どこか硬い。

まるで何かを恐れているかのように。

 

「今のところは、予兆はなにもないので安心してください。

 ちゃんと息子さんは帰らせますから、生きて」

『先生だけが頼りですよ。私も、妻を亡くしたときは気が狂いそうだったし、

 あいつの気持ちもわかってはやれるんだがな……』

「……彼の場合は、目の前だったのが大きいでしょうね。

 ともかく暗い話はやめましょ!せっかく成果があったのですから!」

『お、おお、そうだったそうだった。

 ゲイターのコアを無傷で手に入れたそうじゃないか。

 それで解析のほうは?』

「そちらについては現在、彼女が取り掛かっています。

 ただ……早くても明日、と言ってますね」

 

通信機を片手に三叉が、複数のサブアームを展開しながら、

ゲイターのコアを分析してる彼女を見れば、

彼女の頭部が頷いてみせた。

 

『早くて助かる、助かるが……上には報告しづらいのが難点だな』

「ははは、まあそこは上手いこと言ってもらうしかないですね。

 軍人さんからしたら、機生体の彼らは扱いに困ってるでしょうし」

『人間と同じくタカ派とハト派がいるのはわかるが、

 綺麗に半分半分ってのは頭が痛い問題だ……』

 

人類とコンタクトをとった機生体たちは、

現状は人類と共存を唱えるものたちと、人類とは相入れないとして、

敵対をしているものたちがいる。

 

そのうち敵対しているものたちは、地球上空の宇宙戦艦にて、

人類から距離をとっているというわけだ。

 

「……誰もが隣人に心を開けるわけではない、

 人間だって同じですから彼らだって、そういうもんですよ」

『ティー先生は……心が広いのだな。私とは大違いだ』

「ははははは……今日、別の人から心が狭いって言われたばかりですけどね」

『あー……その息子がすまない』

 

互いに苦笑が漏れたところで、

そのほかの事項について情報交換したのち定期通信を終える。

 

「ふぅ……軍のほうも特に進展はなし、かぁ」

『ドクトルT、お疲れ様。

 よければ紅茶を入れましょうか』

「ありがとう、エレクトラ!

 君が入れてくれる珈琲は紅茶しいからもちろんだとも!」

『ふふ、お世辞のうまいこと。

 いいわ、すぐ入れてきましょう』

 

そう言って展開していたサブアームを格納し、

ガレージ内部に備え付けられたキッチンへと向かうエレクトラ。

 

飲料水タンクから必要な分の水を薬缶に注ぎ、

カセットコンロに掛けて沸くのを待つ間に、

折りたたみコップを開いて二つ用意。

 

サブアームを一本伸ばしてコップそれぞれにインスタント紅茶の素を入れ、

砂糖のパックから角砂糖をどちらにも三つ放った。

ここでは贅沢が限られる、そのなかで糖分を多く得ることは小さな贅沢だ。

 

そのことにエレクトラは内心でだけ微笑み、

沸いたお湯をコップに注いで、それぞれをサブアームで掴む。

そのままジープの点検をしている三叉へと近づく。

 

『どうぞ、召し上がれ』

「ありがとう……なんだか出会ったときを思い出すね」

『……あのときも、紅茶を飲んでいたわね、私たちは』

 

ガレージのなかで、静かだが温かな時間が過ぎる。

互いにコップへと口をつけ、中身を啜りながらも、何も言わない。

しかし、機械の口が動く。

 

『……ソーは、まだ現実を受け入れられないのね』

「……あの年頃なら、当然だよ。

 ぼくなら、うんぼくなら狂ってる、自信がある」

『そのような後ろ向きな自信はゴミ箱へとどうぞ。

 でも……いっそ狂ったほうが、楽だったのかしら』

 

聞こえた言葉に、三叉は、ドクは何も言えなかった。

そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

 

突然、いつもの日常が崩壊して、大事な人を失って、

理性を保っていられるだろうかと。

自分だってギリギリだというのに。

 

その日、コップの温かさがやけに強く感じられた。

 

 

  ●  ●  ●

 

 

雨水を貯水しているタンクからのシャワーを浴びて、

粘ついた汗を落とした奏はタオル片手に、

自分へ割り当てられた部屋へと向かう。

 

鍵を取り出して開錠したのち、室内の灯りを点ける。

窓は一切ない、完全に外とは隔離されている部屋。

灯りとともに室内の換気扇が回りだし清浄な空気が流れる。

 

思わず深呼吸をして空気を吸い込んでしまうのはもう癖だ。

苦笑しつつ銃火器を置いてある場所を確認しつつ、

廃墟から失敬してきたパイプ椅子に座って、

これまた廃墟から運んできたオフィスデスクに向かう。

 

デスクの上でノートパソコンを開いて電源を入れる。

ついでにすぐそばへ置いてあった無線の長距離通信機にも電源を入れれば、

ネットワークへと繋げて閲覧できる状態となる。

 

こうなるまえは当たり前にスマートフォンでやりとりできたが、

今となっては軍用の機器を使わないことには、通信もできない。

219番地区の監視任務を受けているからこそできることだ。

 

「……父さんが軍人でなかったら、

 きっと避難するしか選択肢、なかったよな」

 

ここへ残りたいと言ったのはわがままであり、

決して許されることではなかった。

ネットに繋がった画面のブラウザには、今日も多くのニュースが流れる。

それらを視線だけ左右に揺らして確認していくだけ。

 

特にめぼしいものがなければ、

チャットアプリを起動してとあるサーバーへと繋げる。

繋がったサーバーは昔から所属しているサバゲーコミュニティ。

 

その名は『白夜に集いしもの改め、理不尽なんてくそくらえだ!チーム』だ。

そこへ今日の戦果を報告するのだ。

 

ソー :本日の戦果 ゲイター1 SSSSSRコア1

ユキチ:はあ?はあ?はああああああああああ????

ユッコ:え、ちょ、うそコアってあのコア?コアのコア?

ソー :しかも無傷の八面体

ビガロ:うおーマジか。リーダーたちに続いてソーが手に入れたのかよ。

 

報告チャンネルで発言を出せば、即座に反応が返ってくる。

そのことに小さく笑いながらタイピングしていきながら、

持ち歩いていたスマホとノーパソをケーブルでつなぎ画像を転送。

 

ソー :ソースはこちら [画像] 

    リーダーたちの情報をもとに倒せたけど、やっぱ怖いね

ガラン:あれはね、実物見るとやばいから。本気で漏れる、いや漏れた。

ユッコ:きったねえなあ!!!!!

ローニ:漏れながら倒してるんだよなあ……(呆れ

ミズル:さすが副リーダーだぜ、尊敬したくねえけど

 

いつも通りのやりとりに帰ってきたなと安心感が湧く。

こんな状況でもなければ、きっと大笑いしてたかもしれないが、

どうしてだろう、いつのまにか笑えなくなっていた。

 

理由はわかっている。

自分がどこか静かに壊れていることも。

チャットでバカなことを言い出すメンバーたちと会話しつつ、

奏は天井を見上げる。

 

そこに隙間なく貼られている、

幼馴染である飾 夕華(カザリ セツカ)の胸元だけを写した写真の数々。

 

あの日、黄金は失われてしまった。

だから、俺は見つけなくっちゃいけない。

失った黄金を、もう一度。

 

そのために、静かに壊れた少年は、明日も廃墟へと向かう。

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