デブリーフィングを終えた翌日、
それぞれが割り当てられた個室にて休息を取っていた。
ガレージからすぐ近くの部屋を個室としている言語道断 三叉こと、
ドクターTは備え付けられた無骨なデスクに向かっていた。
スタンドライトの光が照らすのは、ノートパソコンの画面と、いくつかの診断書。
診断書に書かれている名前は、矢車奏とある。
腕組みをしつつ難しい顔をドクはしていた。
『今日は休息日、そう言ったのは貴方よドクトル』
流暢な電子音声が紡がれるとともに、
ドクの向かうデスクへとカップが置かれる。
「エレクトラ……ノックぐらいはしてほしかったかな」
『あら、貴方と私にそんなものが必要?』
「そう言われたら、いらないさとしか返せないな」
苦笑しながらも湯気の立つカップを手に取り口に含む。
甘い紅茶の味だ。
『根を詰めすぎ、なんて言わなくてもわかっていて?』
「君は地球の言い回しに詳しくなってきたね。
色々と本を貸し出した甲斐があるよ」
『どうかしら、本よりも映画やフィクション作品のほうが、
興味深い表現の仕方が多かった記憶があるわ』
「創作作品は……わざとらしく凝った言い回しとか、
そういうのを敢えてやっているものだからね。
あんまり真似してほしくはないかなって」
もう一口、カップの中身を啜れば、
冷え込んでいた体に熱が広がっていく。
エレクトラも同じようにサブアームを傾けて、
カップの紅茶を飲みながら視線をデスクの上へと向けている。
『……悩んでいるのは、ソーのことかしら』
「この画面と書類を出しといて、
見当違いのことを言われたら、椅子からずり落ちてたよ」
『あら、私だって冗談を言うことぐらいあるわ。
けれど今のソーは……危うい、私の戦士としての思考が、言っている』
その言葉にドクは表情を厳しくしながらデスクの書類を手に取り、
エレクトラへと渡せばサブアームで受け取られる。
「君の懸念はもっともだ。
ここ数ヶ月、彼を見ていて気づいたことをまとめてある」
『…………歌声が聞こえるという幻聴。
憎んでいたはずの機生体を前にしての笑顔。
痛みに対する鈍化反応、敵性存在への無謀な敢行、
自室へ誰も立ち入らせないなど、
情緒不安定の傾向、あり……』
「特に幻聴の頻度が上がっている。
前々から任務より帰還した際のデブリーフィングで言うことがあったけど、
僕らには聞こえない歌声を何度も聴いているようだ」
顔をしかめながら紅茶を飲むものの、
考え事のせいで味をちゃんと味わえていない。
『……もうひとつ、ここに付け加えることがあるわ』
「……それは、なんだい?」
『ソーの記憶と、ヴィニシスたちの言うことに齟齬がある』
ドクは目を瞑り、頷く。
「偵察部隊のこと、だね。
僕もあそこには引っ掛かりを覚えていた」
偵察部隊がなぜ街中にいたのか。
どうしてヴィニシスの妹は、
奏の幼馴染であるセツカを連れて行こうとしたのか。
ヴィニシスに優しいと言わせる性格の機生体は、
果たしてどういう意図をもっていたのか。
「不可解なところはいくつもあった。
齟齬があるのは、おそらく情報が欠けているせいだろう」
『まず前提として偵察部隊は全滅していた……
街に着く前?それとも着いたあとかしら』
「あのときは街、219番地区でおかしなニュースはなかった。
警察にも動きがあったようにも思えないとすると……
街に来るまでの間に、全滅するような出来事があった?」
ドクの言葉にエレクトラが頷く。
『考えられるのはゲイターたちの襲撃。
人の住む街にこそなぜか近づかないけれど、
人があまりいない野山などならばありえるわ。
山のなかにも廃墟などはあるから』
偵察部隊は偵察してこそ、
ゆえに隠密行動をするために人のいないコースを選ぶ。
結果としてゲイターたちの生息範囲と重なった可能性がある。
ふむ、と両腕を組んで考え出すドク。
「となると……ゲイターの襲撃を受けた偵察部隊は、
全滅しかけながら街へと逃げ込んだ、というのは考えすぎかな」
『逃げ込んだ、あるいは全滅しかけながらも使命を全うした、
とも言えるわ。戦士ならばそうするものでしょう』
「では、偵察部隊は移動中にゲイターに襲われて全滅しかけた。
残った数人が219番地区の偵察を試みた、そう考えてみよう」
証拠はどこにもない、ゆえに仮説の話し合いだ。
『襲われた偵察部隊は何人残ったかしら。
ヴィニシスの話とソーの目撃から考えるのならば』
「ヴィニシスくんの妹だけが生き残っていた、と言えるね。
もしくは、彼女だけが逃がされた、その可能性もある」
『巨大ワームによって街が破壊され、
逃げ出す人々から機生体を見たという声は少なくとも私は知らない』
「現場で治療班として活動していたけど、僕も同意だ。
皆、口々に巨大ワームのことを言うだけで、機生体のことは誰も見ていなかった」
『大型犬のふりをして避難所の片隅にいたけれども、同意見ね』
突然の破壊に混乱する人々だったが、
それでも機生体を見たと言う人気は一人もいなかった。
「となれば、街にいた機生体、偵察部隊は彼女だけだった。
そういうことになるね」
『たった一人で街へとたどり着いた。
そんな状況下でわざわざソーたちの前に姿を現した。
特に不可解なのはここね』
ドクは頷いて、カップの紅茶を啜れば中身はからだった。
話し込んでしまったなと苦笑しつつカップをデスクに置く。
「矢車くんは、幼馴染を連れ去ろうとしたと言う」
『彼女が与えられたのは偵察任務であり、
人類を拉致することではない。つながらない』
「矢車くんは、巨大ワームに二人が飲み込まれたと言う」
『……前後の状況、その情報が足りていない。
連れさろうとした瞬間、飲み込まれたと考えたとしても、
巨大ワームの接近に気づかないことがあり得るのかしら』
「目撃者は矢車くんだけだ、しかし……」
視線が床へと落ちる。
「彼が、いや彼の記憶が、正確であるとは言い切れない」
『ドクは疑っているのね、ソーの記憶を』
「エレクトラははっきり言ってくれるから有難いよ。
……僕個人としては信じてあげたいけれども、
医者としての僕は、人間の脆さを知っているから、ね」
かつて軍医であった経験が、ドクにそう言わせた。
脳裏にいくつもの戦場での光景が過ぎ去る。
「人は、強い衝撃を受けると、その衝撃を回避するために、
自分の記憶を都合のいいように改ざんしてしまうんだ」
『……自らの心を守るため、というのは理解できる。
けれど、そのことが返って周囲を苦しめている、わけね』
「うん……矢車くんだけじゃない、
ヴィニシスくんたちも苦しむ。誰も、救われない」
ゆえにドクは胸中のなかで決意する。
損をする役回りも、嫌なことを言わなければいけない立ち回りも、
今までの人生で何度もあったことだ。
なによりも、
「このままでは、矢車くんが……壊れてしまう」
それが一番、怖かった。
● ● ●
二日目の早朝、ガレージの上を激しい音が叩いていた。
その音に慌てた様子で緑と黄色の機生体が外へと駆けてくる。
『なんだなんだ!?何かの襲撃か!?』
『キート!武器も持たずに行かないで!』
『うっ、すまんカーラ……寝ぼけていたな自分』
『全く…………あっ、ヴィス忘れた』
『……ほっといていい。どのみち自分たちの勘違いだ』
キートことキートゥリノが指差した先、
上空を飛ぶヘリコプターへと奏は両手を上にあげて丸のポーズ。
やがてヘリが吊り下げていた木造の箱がパージされて落下し、
ガレージから離れた場所へと着地した。
『支援物資、だったか?』
「……あれ、なんであんたたちいるの」
『どっかの誰かさんが、慌てて走り出したから』
二体に気づいた奏が振り返りながら言えば、
じとりとした視線でカーラはキートを見て答える。
『い、いや、その、うん寝ぼけてだな!
そうだ、運ぶのを手伝う、そうしようか!』
「そうしてくれるなら、助かるけど……
あいつ、ほっといていいの」
『いいのいいの、ソーくんの手伝いしてるほうが、
あのバカに関わらなくて済むし』
「あのバカって」
『バカは、バカだよ』
いやに力を込めた声で言うキートであったが、
ちいさく嘆息してから落ちた荷物のもとへと歩き出す。
『いや、バカバカ言いすぎたな……あいつに付き合ってる自分たちも、
十分バカなのだから』
「捕まってたあいつを解放して、逃げるように出てきたんだっけ。
それはうん、バカのやることだなって思うよ」
『んぐ……自分でわかっていても、他人から言われると凹むな……』
『はあ、凹んでないで動く動く。ソーくん、これガレージに運んだらいい?』
「あーうん、銃器や弾薬とかは俺が運ぶから、
生活物資とかそのあたりが入ってる箱、運んでほしい」
そう言ったあと、手分けして運び出す一人と二体。
しばし、互いに無言の時間が流れる。
「あんたら、これからどうするの」
重い銃器が詰まった箱を運び終えたところで、
奏はふと思い出したように問う。
問いかけを受けて、二体は顔を見合わせてしまう。
『どうって……そうだな。
少なくともセニアの状態を確認して、船に戻って独房行きか』
『独房行きだけで済んだらいいわね……下手すると一生船のなかよ、あたしたち』
『導師の命令無視、捕まってたヴィニシスを解放、空戦ボディの無断借用。
ああ、罪が、罪が多すぎる……』
『はいはい、やったことを今更後悔しない。で、キート。
実際問題、あたしたちはこれからどうするわけ』
全員が荷物を運び終えて、ガレージにカーラの声が響く。
『……ヴィニシスのバカが、バカをやらないよう付き合うつもりだ。
カーラ、お前は船に戻ってもいいんだぞ』
『それこそバカ言わないで。ここまで付き合って、
セニアが生きてる可能性も見えてきて戻るわけないでしょ』
それに、
『あの船に戻って、自由のない生活をするぐらいなら……
あたしはこんなもの捨てて、エレクトラ様についていくわ』
荒い口調で言い切って、カーラは自身の腕に貼られていたエンブレムを剥がす。
その行動に奏は思わず目が点となってしまう。
「え、それ剥がしていいの?というか……カーラ、さんは、
人類憎い組じゃなかったんだ」
『カーラ呼びでいいわ、ソーくん。
どうせこれから付き合いも長くなるだろうから。
それと、船にいるあたしたちに選ぶ道はなかっただけ』
「なら、俺のこともソーでいいよ。
……選ぶ道がなかったってのは、どういうこと」
奏がガレージ内に置いてあるストーブに火を灯せば、
二体が礼とともに近づいて暖を取る。
『自分たち……氏族のなかで若い世代は、
導師たちに従うことでしか生きることを許されていない』
『あの船は導師たちによる徹底した管理と運営がされていてね。
従わないものや使えないと判断された機生体は、
その全てが思考凍結されて動力代わりにされているの』
「なにそれ……横暴じゃん」
『そうだな、今ではそう思えるが……終わりのない旅、
限られた資源、閉塞した環境において生存するには……』
『それは仕方のない判断だったと言えるのよね』
はあ、と息をこぼしてカーラはストーブを見る。
『こうやって熱を得ることすら厳しかったのを思い出すわ……』
『ああ……今にして思うと、よくあのバカは耐えたな。あんな生活に』
『セニアちゃんがいたからでしょ、あの子がいなかったら、
あいつだけじゃなくあたしたちだって耐えれてなかった』
『……誰にでも優しく、明るかったもんなセニア』
ストーブのなかで薪が燃えながら爆ける。
その様子に視線を向けながら、奏は口を開いた。
「セニアって子が、死んでたらどうするの」
言いながら奏は、あまりにもバカなことを言った気分になった。
どうして今、そんなことを言うのか。
生きてる可能性があるとわかったのに、なぜ悪い方へと考えさせるのかと。
理由はわかっている。
己は失ったのに、あいつは取り戻せてしまうことが、
腹立たしかったのだ。
理不尽に失ったうち、片方だけが取り戻せる。
それこそ理不尽すぎると、行き場のない怒りがあった。
自分勝手な怒りだという理解はあるが、
それでも抑えきれないのが若さだった。
しかし、二体はその言葉に怒り出すようなことはせず、
静かにストーブを見つめながら言葉を返す。
『……そのことは、いや偵察部隊が全滅したと聞いた瞬間から、
ずっと自分は考えていた。
君が許してくれるなら、セニアをこの地上に埋めたいと思う。
あの子は、この星が発見されたときとても喜んでいたから』
『導師たちの目を盗んで、星の情報をあれこれ調べてたのよね。
あたしたちが呆れるほどに……ふふ、懐かしい』
『そうだったな……もしくは、セニアの”心岩”を形見として生きていく。
それぐらいは許してほしい』
「……許すとか許さないとかはいいよ、勝手にしたらいい。
俺には、関係のない話だから」
ひどい質問をしたというのに、
キートの真剣な思いを込めた返答を受けて、
奏は二体から視線を逸らしてしまう。
大切な人を失ったというのに、
どうしてこんなにも前を向けるのだろうかと。
ひどく居た堪れない気持ちに襲われた結果、
奏は二体の顔を見ないで言う。
「……物資の運び込みも終わったし、
俺はもう一回寝るから。じゃあ」
そのまま逃げるように自室へと向かった。
● ● ●
三日目、エレクトラは自室へと現れた二体の機生体を、
案内するかのように部屋の奥へと誘導した。
『これがヴィニシスの下半身となるボディよ』
そう言って彼女の視線が向かう先にあったのは、
前後左右に脚を二本ずつ伸ばすボディユニットだった。
緑色の機生体であるカーラは見慣れないボディユニットに、
首を傾げながら問う。
『エレクトラ様……このボディは、
どういう目的で作られたんですか』
『これは多脚戦車ボディと私が呼んでいるもので、
悪路などにおける走破性と安定性を目的としたものよ』
『あー確かに廃墟や野外など調べるのなら、
こういう多脚のほうが便利な気がします』
知的好奇心を刺激された様子でカーラがボディを覗き込めば、
彼に担がれる形となっていた紅い機生体のヴィニシスが言う。
『エレクトラ様、その、
この本数の脚を制御するのは、オレには難しいかと』
『戦士ならば慣れなさい。言い訳は聞きません』
『は、はい……』
(エレクトラ様、ヴィスには当たり強いなあ。
最初にやらかしたせいで印象が悪いのだろうけど)
などと思いながら、カーラはエレクトラの指示に従い、
ヴィスを多脚戦車ボディへと接続する作業を開始する。
『ヴィス、一旦ボディとの接続を切って自閉モードになって。
2時間後に起きる設定で』
『ああ、すまん。頼んだ』
そう言うと、紅い機生体の上半身から紅いラインが消え、
意識を失ったかのように体が沈む。
カーラは落としてしまわないよう抱き抱えたあと、
空いている寝台へとヴィスの上半身を横たわらせる。
そこへ背中から四本のサブアームを展開しつつ、
それぞれに工具やケーブルなどを持ってエレクトラが近づく。
『まずヴィスのちぎれたボディから余計な部分を切除し、
それから多脚戦車ボディに接続できるよう、中継パーツをつなぐ。
そういう段取りで間違いなかったですよね』
『物覚えと理解が良い子は好きよ。
ふふ、この子みたいな子も嫌いではないけれど』
『そうおっしゃるわりには、ヴィスに対して厳しくないですか?』
『好悪の感情と、戦士としての練度は別。
若い世代には戦士としての自覚が足りないものが多いわ。
そして、この子もまさしくそう』
『戦士としての自覚、ですか……そうおっしゃられると、
あたしもキートも足りてるとは思えないのですが』
『……貴方達は戦場をあまり知らない世代、
戦士というものへの理解が遠くても仕方はないわ』
会話をしつつもエレクトラは手を止めない。
カーラもまた、同じように手を動かしつつ、
時折指示を受けて工具などを使ってヴィスのボディを、
中継パーツと接続していく。
『あたしは、父親が導師付きの戦士として、
戦っていたのは聞いています。キートの父親とともに、
幾多の戦場を戦っていたとも』
『そうだったのね。ならば父親から、
私のような導師がいたことも聞いていたのかしら』
『はい。ただ、その言いにくいことなんですけども……』
思わず手を止めて逡巡してしまうカーラ。
『導師たちのなかにはずいぶんな変わり者がいる、
そう父親は言ってました』
『ふふ、はっきり言ってもいいのよ。
秩序を乱しかねないことばかりする愚か者だと』
『い、いえ、そんなことないですから!
むしろエレクトラ様ってあたしの憧れで!』
『そ、そうだったの?それは、光栄ね。
若い世代にはあまり知られてないと思っていたけれど』
『逆です、逆!あたしたちのなかでは、
スパークの硬い導師のなかで唯一話がわかるお方だって、
みんなが慕っていたんですからっ』
カーラの勢いに思わず怯んだ様子を見せるエレクトラ。
『な、なんていうか、そこまで言ってくれると、
気恥ずかしいわね……』
『あ、いえ、すみません……あたしのほうこそ、
でも、だからこそこうしてエレクトラ様と一緒にいられるのは、
とても、そうとても嬉しいんです』
ヴィスの作業を続けながらも、
二体の会話は続いていく。
『……カーラ。いま、船はどうなっているのかしら』
『正直言って、誰も彼もが導師たちを疑っています。
人類は敵である、なんて言ってますが誰も信じてないし、
ついでに物資も底を尽きかけてもいます』
『船が何機か、巨大ワームに落とされてしまったのが大きいわね』
『そのせいで、早く地上に降りようとする声が増えてて、
なかには無断で船から出ていくものたちがいます。
あたしたちみたいに』
だからだろう、あの日、
ヴィスが叩き込まれていた独房の警戒がゆるかったのは。
二体のように直接行動には出なかったものの、
陰ながら支援してくれた仲間がいたのかもしれない。
『ねえ、エレクトラ様……あたしやキート、このバカはいいとして、
船に残っている仲間たちは、どうしたらいいんでしょうか』
『……残念だけど、私から答えを出すことは、できない。
それは、彼ら自身が決めることだから』
『そう、ですよね……みんなも地上に来れたらいいのに』
敵対姿勢を見せる機生体一派はいるものの、
以前として人類側は機生体との共生を受け入れようとする声がある。
『希望はあるわ、それを諦めない限り。
ここにいる私たちにもできることはある』
『……はい』
『ふふ、いい子ね。ほらさっさと作業を終わらせて、
昼食にしましょう。今度はパスタというのを教えてあげるわ』
『そういって美味しそうに食べるのを見せつけるの、
やめてくださいよぉ〜〜〜』
『そのうち味わえるようにしてあげるから、ふふふ』
● ● ●
四日目、ドクは自室へと奏を呼び出す。
三日経過したところで肉体の負傷具合を確認するためだ。
ノックが二回、金属質の扉を叩く。
「どうぞ」
建て付けが悪いのか、金属の擦れる音ともに扉が開き。
そして閉じられる。
「おはよう、ドク」
「おはよう、矢車くん。それじゃ検査していこうか」
「はーい」
いつも通りの挨拶をしてから、
ドクは自分が座る椅子の前へと置いてある丸椅子へ、奏を促す。
奏が丸椅子に座れば、聴診器などをデスクの上に揃えて、
ドクは検査を淡々と始める。
「心音、肺どちらも異常なし。
目や喉、耳にも異常はない、と。
それじゃ背中向いてくれるかな」
「うん」
ぐるりと体を回転させて、ドクへと背中を見せる奏。
めくるねと言ってからシャツをまくれば、
17歳の少年には似つかわしくない傷跡の数々。
思わず眉をひそめてしまうと同時に、
また傷が増えていると気づく。
この間の巨大ワーム調査時についたものだろうと。
本来ならば学校へと通い、勉学に励む日々をおくるはずが、
それらを自らの意思で拒み、ただただ廃墟と怪物を相手にしている。
これを異常だと思うのは、それだけ平和な日々に浸かりすぎたせいだろうか。
背中から機器を当てて検査を進めていきながら、
ドクはそんなことを考えてしまう。
戦時下にある国々では子供だろうと大人だろうと、戦う必要があった。
生物はいつだって戦って生きている。
どうしてもそれを忘れてしまいそうになるなと、
ドクは苦笑を浮かべてしまう。
そして。
「はい、こっちも異常なしと。
傷も開いてるところもないし、完治、とまではいかなくても、
体を動かすぐらいは大丈夫だね」
「……はい、ありがとうございます」
「なんか、考え事でもしてた?」
やや俯き加減になっている奏へと問いかけるドク。
丸椅子に座る少年、髪は自分たちで切ってるせいで、
お洒落にはほど遠いボサボサとした状態だ。
うっすらとヒゲも生えてきているが、剃っている様子はない。
髭剃りの仕方を知らないのかもしれないと気づきつつ、
力なく気落ちした様子を見せる少年の答えを待った。
「俺、どうしたらいいんだろうって思ってさ。
ほら……あいつの妹、生きてるかもって聞いて、
なんだかずっとムカついて気持ち悪いんだ」
「気持ち悪い、か……」
思わず頭をかこうとして、自分の頭もボサボサだなとドクは気づく。
ヒゲも定期的に剃っているがお互いにひどいものだなと。
発電機のおかげで電熱による温水シャワーは浴びてるものの、
お風呂なんてものは縁遠い生活となってしまっている。
「それは、何に対してなのか、説明できるかい」
「それが……よくわからないんだ。ただ、ムカついてて」
視線が定まらず、ふらふらとしているのがドクには見えた。
感情が不安定になっているなと。
「何に対してかわからずか。
……矢車くん、機生体については今はどう思ってる?」
今、確かめる機会かもしれないと思い、
ドクはあえて踏み込んだことを聞いた。
聞かれた奏は、視線を床へと落とす。
「どうって、嫌いだよ。
……けど、嫌ってばかりでいいのかなって、思うことはある」
「それはどうして」
「それ、は……」
彼らが人間と同じように考えて、思って、
生きているのを直接目にしたかだろう。
そうドクは答えを聞くまでもなく察していた。
「……矢車くん、質問する内容を変えようか。
どうして君は、機生体を嫌うようになったんだい」
「それはドクだって知ってるじゃないか。
セツカを攫っていこうとしたからで──」
「矢車くん、本当にそう思ってる?」
わざと言葉を被せた。
奏はいまメンタルが不安定になっている、
揺れているところを押せば、誘導できるかもしれないと。
「…………だって、ドク。俺は、見たんだよ?
目の前でセツカを攫うところを!」
「矢車くん、息を吸って、そして吐くんだ」
「っ!」
丸椅子から上がりかけた奏の体を、ドクが両手で肩を押してとどめる。
「君は、あのとき、あの現場にいて、
正気ではなかった可能性がある」
奏が言う通りに呼吸を繰り返すのを見ながら、
努めて淡々と言葉をドクは口にする。
「いや、目の前の事実を誤認している可能性もある。
よく思い出すんだ、10ヶ月前、巨大ワームが街を襲ったとき、
君は何を見た?君は何をしていた?
目を閉じて、ゆっくりと思い出してみてくれないかい」
「…………わかったよ、先生」
昔の呼び方をされて、奏を追い詰めてしまっていることを知る。
しかし、こうでもしなければ、彼は向き合えないと思い、
ドクは敢えて呼び方を否定しなかった。
「じゃあ……僕が問いかけていくから、
矢車くんは思い出しながら答えていってほしい」
「わかった」
内心で大きく息を吐いて、ドクは自らを落ち着ける。
落ち着け、ここからが大事だと言い聞かせながら。
「では10ヶ月前、巨大ワームが街を襲った日。
その日の朝、君はどこで、何をしていた」
奏の行動を順番に追いかけていこうと考え、そう問いかける。
眉根を詰まらせながら目を閉じて考え込む奏は、重々しく口を開く。
「その日の朝は……セツカに起こされて、
顔洗ってから、朝食を食べて……」
幼馴染に起こされる現実があることを知って、
ドクは内心で驚きを隠せなかったがひとまず話を聞く。
「それから学校に行った……大体寝てること多いけど」
「あはは、矢車くんは結構不真面目なんだね。
学校の成績は悪くないと聞いてたけど」
「勉強はセツカに教えてもらってたから。
それから……昼はセツカが作った弁当食べてたな」
幼馴染が作ったお弁当を食べる現実を見聞きして、
ドクは思わずショック死を起こしかけるが医者の矜持を発動して耐えた。
「そ、そうなんだ。学食とかは使わないんだね」
「たまに使うよ、友達と食べることもあるし。
でもセツカの弁当食べることのほうが多いかな」
「矢車くん、君同級生から恨みを買ってたりしないかい?」
「……?いやそんなことないと思うけど、なんで?」
「あ、ああ、うん、いや今のは忘れていいから、次行こうか次」
余計なことを言ってしまったと思いつつ、ドクは話を促す。
「それで、お昼を済ませたあとはどうしたんだい」
「そのあとは、午後の授業を受けて……
放課後は部活も入ってなかったし、約束もなかったから、
セツカと一緒に帰った、かな」
「リア充すぎないか矢車くん」
「なんか言った先生?」
「いや続けて、うん続けて続けて」
鎮まれ、鎮まれ僕のぼっちマインドよ、
とドクは一人内心で悶えながら質問を重ねる。
「一緒に帰って、君たちはどこへ向かった?」
「その日は……その日は、
街のはずれにある、小高い丘に行った」
「ああ、北にあるあの丘か。
それはまたどうして」
「……そこは、セツカと一緒によく行く場所だったんだ。
人があまりいなくて、セツカが歌を歌いやすいところだったから」
ドクは思考のなかで街の地図を思い出す。
219番地区の北にある小高い丘、
矢車たちが通っていた学校からはバスで行ける場所。
住宅地から離れた山近くの郊外にあり、
イベントなどがなければ普段は人がすくない場所だと。
「そこへ二人で行ったと」
「うん……俺もセツカも用事はなかったから、
丘に行ってのんびりしようって」
「……それで丘に着いてから君たちは何をしていた?」
「丘の原っぱに寝そべってたかな俺は。
セツカはその横で歌ってた、はず」
奏の表情が歪む。
まるで痛みに耐えるかのごとく。
ここからだ、ここから先が鬼門だとドクは気合いを入れ直す。
「ふぅ……矢車くん、よーく思い出して答えてほしい。
君とセツカくん、君たちはその後、どうなった」
「その、あと、は……セツカが、歌を歌ってる、ときに」
「ゆっくり、ゆっくりでいいからね、ひとつひとつを思い出すんだ」
いつのまにか両手で顔を覆う姿勢になる奏。
まるでナイフを突きつけてるような気持ちになりながら、
ドクは慎重に言葉を掛けていく。
「…………地響き、そうだ。鳥が木々から飛び出していって、
地面が揺れて、身動きが取れなくなって」
「地震……?」
その日、同じ街にいたドクからすれば覚えのない話だった。
だが、新しい事実であることには変わりなかった。
「地震が起きて、それから?」
「俺、は……揺れに耐えようとして、セツカに、そうだセツカ。
セツカのほうへ、手を、手を伸ばそうとして……う、ぐぅ」
「矢車くん!」
頭を抱えて痛みに悶えるような様子を見せる奏に、
ドクはデスクに用意していた鎮静剤を手に取る。
だが、奏は荒い息をしながら「大丈夫、大丈夫だから」と返す。
「……矢車くん、僕はいまかなり君に無理を強いている。
君が壊れてしまう可能性もある、無理だと思うなら……
ここで止めていい」
「先生……いやドク、続けるよ。
俺は、俺も思い出さないといけない気がしてる。
でないと…………なにもわからない」
「……わかった。じゃあ、聞こうか。
手を伸ばそうとした君は、何を見た?」
椅子から浮かび上げた腰をゆっくり降ろしてドクは問いかける。
もはや何度目となったかわからない問いかけを。
奏は問いかけを受けて、自ら深呼吸を繰り返す。
予感だけがあった、この先の記憶になにかあると。
「…………闇、真っ暗闇だ」
「やみ?」
「うん……どこまでも暗くて、底も見えない闇。
これは、なんだ……俺は何を、見たんだ?」
「もう一度だ、もう一度やり直そう。
君は揺れている最中、隣にいたはずのセツカくんへ、
手を伸ばそうとした。そして、何を見た」
「俺は……手を伸ばして、でもそこに、セツカはいなかった」
「セツカくんは、どこへ行った?」
不可解な状況にドクも思わず首を傾げる。
「伸ばした手は、届かなくて、セツカは」
「ひとつずつ、ひとつずつ思い出すんだ」
「うん、わかってる……そうだ、セツカは、落ちた。
割れた地面に、落ちたんだ……!」
まさかとドクが考えたときに、奏は口にする。
「巨大ワームが地面を割ったんだ、
割れた地面の奥に、あいつの、あいつの口が見えた……!
それで、それで、ああ、俺はどうして!」
「落ち着くんだ矢車くん!」
「せんせぇ!先生、俺、俺、手が届かなかったんだ!
セツカが、セツカが助けてって叫んでるのに、
俺は手を伸ばしたけど、伸ばしたけど……!」
思わず立ち上がって、ドクの肩を掴んで、
奏は悲痛に歪んだ表情で言う。
「……矢車くん、座って。
そして息を吸いなさい。君はまだ、全てを思い出しいない」
「えっ……全てって……」
「まだ続きがあるはずだ、嘆くのはそれからでも遅くはない」
悲痛に歪む奏とは対照的に、
ドクはどこまでも冷静な表情で告げる。
なぜならばまだ機生体、セニアの情報がないからだ。
奏は確実に彼女を見ているはず、ならばまだ全てじゃないと。
「続きなんて、そんなの、俺が……あれ?
俺、なんで助かったんだ?俺も落ちたはず……すぐ近くにいたんだから」
「もう一度、ゆっくり思い出してみるんだ。
君は落ちたセツカくんへと手を伸ばした、
だが届かなかった……そして君も地割れに落ちた。
そのとき、何があった?」
「………………誰かに、腕を掴まれて、引っ張り上げられた。
もしかして……いや、そんな、そうなのか。
先生、俺……機生体に、たすけられ、てる」
「そうか、そうだったのか……
彼女は君を助けていたんだね、じゃあその後は……」
「俺を、無事な場所へと置いたあと、
機生体は、もう一度、地割れに飛び込んだんだ」
「……セツカくんも助けようとしてくれていたんだな彼女は。
どうしてそこにいたのかはわからないが」
不可解な点はあったが、そこは置いとくとした。
「それで、そうだ、機生体はセツカを、抱いて浮かび上がってきて」
「! もういい、矢車くん、それ以上は!」
「呑まれた……巨大ワームに、呑み込まれたんだ……
俺の、目の前で……ぐぅぅ、くそう!くそうくそう、ちくしょう!!!」
「もういい、それ以上はいいんだ!
矢車くん、落ち着くんだ!」
「先生、俺は、俺は悔しいんだ!
何もできないまま、セツカを助けれずに機生体ともども呑まれて、
何もできなかった俺が、俺だけが生きてるのが!」
機生体への怒りは、自分への怒りだった。
だが、大事な人を失ったショックが記憶を混濁させ、
奏の認識を歪ませていた。
「こんな俺なんか、死んだほうがいい……!
生きてる意味も理由もなにもない!」
『ソー、ごめんなさいね』
「えっ?」
それ以上を見ていられず、
ドクは死角に隠れていたエレクトラに合図を送る。
そしてエレクトラがサブアームで奏を拘束すれば、
すかさずドクが鎮静剤の入った注射を刺す。
「矢車くん、すまない。
君をこんなにも苦しめてしまったことを。
だから今は、今だけはゆっくり休んでほしい」
「せ、んせい……お、れは……」
「おやすみ、起きたらまた話をしよう」
睡眠薬も入れておいたため、やがて奏の意識は闇へと落ちる。
眠った奏を寝台へと寝かしたあと、ドクは椅子へと疲れたように座り込む。
『お疲れ様、ドクトル。
今は……貴方も休むべきよ』
「ありがとう、エレクトラ……
使わないで済めばと思っていたけど、やっぱり使ってしまったな……」
睡眠薬入りの鎮静剤が入っていた注射器を見つめながら、
ドクは暗い表情を隠しもしないで呟く。
かつて、軍医として戦場を駆け巡った際、
負傷し錯乱する兵たちに何度も使ったものだ。
人は大事なものを失えば、容易く心の均衡が崩れる。
嫌というほど知っているのに、防げなかった、
いや分かっていて再発させたとも言える。
『……ドクトル、紅茶を入れてくるわ』
「うん、頼むよ……とびっきり甘くしてほしい」
『ええ、頼まれて』
彼女の気遣いをありがたく思いながら、
扉をサブアームで開いて出ていくのを見守る。
そうして椅子に深くもたれかけながら、寝台で苦悶の表情で眠る奏を見る。
「ほんと、この世はいつだってクソッタレだ」
偽りのない本音が、口からこぼれた。