今のバージョンの完成度は横に置いといて、俺はアラサーのおっさんだぞ。
神出鬼没のマガツカサネ 第1話
町外れの廃工場。誰の目も届かず、ただ遠くから車の音だけがする場所。
とある中年男性が縛り上げられて、拷問を受けていた。
目隠しをされ、椅子に固定された彼に、逃げるすべはない。
「さっさとクレカの番号を言ってくれねぇかなぁ。さもなきゃ、次は母親に聞くぞ」
男性には初老の母親がいる。彼女もまた、別の場所で縛られていた。
「や、やめろ……母さんには何も――」
「聞かれたことだけ答えろやぁ!」
強盗の一人が、鉄パイプで男性の頭を殴りつける。
男性は頭から血を流し、ぐったりとしていた。
「ちっ、死んでねぇよな。まだ聞き出したいことたくさんあんのによ」
「……いや、意識はあります。どうします? 死ぬギリギリ、狙ってみますか?」
強盗たちは、まるで人を傷つけることなんてなんとも思ってないかのように会話している。
「なあ、おっさん。俺な、久々に焼肉が食いてぇんだよ。ソシャゲの人権も完凸してぇ。そんな、ささやかな夢のために、借金しなきゃいけねぇ世の中なんておかしいよな?」
髪をピンクに染めた強盗が、今度は男性の腹を殴る。
「……結局、働いてもコスパ最悪な今の世の中が全部悪いからなぁ。たかが博打で、なんでこれから生まれてくるガキまで破滅しなきゃならない? 俺が何かしたか?」
別の強盗が、また男性を殴る。こんな言い分に、とうぜんながら、相手は納得しない。
「ふ、ふざけるな。そんな理由で、なんで俺と母さんが……」
「余計なことはしゃべんなって言ってるだろぉ!!」
またしても、鉄パイプが振り下ろされようとした、その時だった。
鉄パイプが、それを振るう腕ごと切り落とされたのだ。
「……ねぇ、あなたたち。その人に、何をしてほしいの?」
女が話しかけてきた。
囁くようなか細い声なのに、どんな大声よりもハッキリと聞き取れた。
強盗たちが振り返ると、そこには大きな角の生えた美女が立っていた。
服で自分を飾るのではなく、美貌で服を飾るようなファッション。
シンプルな、白いワンピースを着た女だ。
彼女の名前は九条橋キリエ。長い黒髪をした、鬼の女だ。
「な、なんだてめぇ……! コスプレか!?」
「いや、それより、どうやって……! こいつ、刃物なんか持ってねぇぞ!」
強盗たちはキリエを取り囲む。だが、女は平然としていて、しまいにはクスクスと笑いはじめた。
「……悪い子たちね。ダメじゃない。女の子を取り囲んで、怖がらせるなんて」
まったく怖がっても無さそうなセリフを言う女に、男たちは明らかに苛立つ。
「どうする、こいつ殺っちまうか?」
「その前に、俺の家に運ぶぞ。顔はいいし、色々と使えそうだ」
強盗たちは女に鉄パイプを向ける。しかし、その瞬間だった。
瞬きをした、ほんのわずかな時間で、一人の強盗が殺された。
果実をもぐように、片手で首をねじ切られる。
「……ふふふ、どうしたの、そんなに怯えて?」
女は手に持った生首に、ゆっくりと力を入れる。
――グシャリ
指が頭蓋を食い破り、潰された脳漿が溢れ出す。
まるで、トマトに同じことをした時のように、あっさりと。
「ば、化け物だっ……!」
「逃げろっ!」
強盗たちは悟った。この女は本物の鬼であると。
だから角が生えている。だからこんなにも強いのだと。
しかし、一人の若者だけは、キリエに挑みかかった。
「あぁあぁあああーッ!!」
雄叫びを上げながら、彼は鉄パイプを振り下ろす。
その鬼気迫る表情からは、正気というモノを感じなかった。
「……かわいいわね」
しかし、逆に鉄パイプの方が折れてしまった。
だがキリエも無傷ではない。頭から、一筋の血が流れている。
「あー、なるほどな。じゃ、次はこいつだ」
男は急に無表情になると、懐から銃を取り出した。さすがのキリエも、驚いて目を見開いた。
「せこい強盗風情が、こんなもん持ってると思わなかったか? 甘いなぁ、俺らをバカな闇バイトと一緒にしてもらっちゃ困るぜ」
乾いた銃声が辺りに響く。銃弾は、キリエの耳を突き破った。
さすがのキリエでも、銃を完全に避けることはできない。
しかし、致命傷を避けるくらいなら余裕だ。
複数人に囲まれても、被弾を覚悟すれば包囲網を抜けられる。
銃を持った男は、腹を拳で貫かれて死んだ。
「……勘弁して欲しいわね。治癒術は苦手なのよ」
キリエの耳が緑の光に包まれて、少しずつ再生する。
白いワンピースを血に染めながら、キリエは強盗団を殺し尽くした。
「……終わったわよ」
逃げようとした者たちも、最後には殺された。
キリエの声に応えるように、人間の男女が、この廃工場に入ってくる。
「彼を病院に連れて行ってあげて」
キリエが命令すれば、虚ろな目の男女は、被害者を運び出そうとする。
その時だった。彼女のスマートフォンが鳴り、誰かから連絡が来た。
「……もしもし、風真くんかしら?」
「はーい、そうっすよーっ! おばあさんの方はこっちで助けときましたから!」
「……ありがとう」
風真という少年から、男性の母親を助けたという連絡が来た。
これで一安心と、女は電話を切ろうとする。
「しっかし、さすがはキリエさん! 〝酒呑童子の再来〟っすね!」
「……その呼び方、やめてちょうだい」
「えー! かっこいいじゃないすか! やっぱり、キリエさんにとって、人間ごときは敵じゃないっすよね! よかったら、今度俺とデート――」
「二度と連絡してこないで。デリカシーのない男は嫌いよ……」
最後まで言わせずに、キリエは電話を切った。
「……善悪など関係ない。人間を殺すならお前を殺す。前に、そう言ったハズだぞ」
背後から、別の女の声がする。振り返れば、そこには金髪碧眼の、スーツ姿の美女、アイリスがいた。
外見的に仕方ないとは言え、生粋の日本妖怪でありながら、西洋人を名乗っている変わり者だ。
「あら、久しぶりねアイリス。わざわざ追いかけてきたの?」
「あぁ。引っ越し代がかなりかさんだぞ」
「……お互い大変ね。人間のフリをして暮らすのは」
「まあな。お前も当分は、この街を離れたくないだろう?」
これから殺し合いになるとは思えないような、呑気な会話を二人はしていた。
「人間の問題は、同じ人間が解決することだ。私たち妖怪が手伝うなら、人間の法と流儀に従わなければならない。……それがなぜ分からん?」
「あら、人間の流儀になら従ってるわよ。悪は滅びるべきという流儀に。……相手が妖怪でもね」
2人は静かに睨み合っていた。遠くから、車の音がする。
それだけではない、最後にはパトカーのサイレンまで聞こえ始めた。
「場所を変えましょう。……もうすぐお巡りさんがくるわ。巻き込みたくないでしょ?」
「そうだな。……私の車に乗るか?」
「あら、いいのアイリス? 私が暴れたら壊れるわよ」
「先に貴様の息の根を止めればいいだけだろ」
剣呑な言葉とは裏腹に、アイリスの口調は、まるで天気の話でもしてるかのようだった。
まるで、お互いの命を奪い合うことが、日常と言わんばかりに。
「あまり怖いことを言わないで欲しいわね。殺すだの息の根を止めるだの。あなたが言うとシャレにならないわ」
「ほう、お前がそこまで言うか。私も捨てたものではないな」
光栄だと言わんばかりに、アイリスはドヤ顔をしていた。
妙なことに、アイリスはキリエに敬意を持っている節がある。
キリエの方はその理由がわからないし、聞くのも変な話なので、困惑するしかない。
「……それに、貴様とて〝善良な〟人間を巻き込むのは本意ではないのだろう? 車のなかでは、大人しくしているハズだ。私が変なことをせん限りはな」
話し合いはまとまった。2人は黒いワンボックスカーに向かって、人の少ない場所へと走り出した。
───
────
─────
「ねぇ、喉が渇いたわ。コンビニに行きましょう?」
ここから反対側にある採石所に向かう最中、キリエはこんな事を言いだした。
「貴様……これから殺し合いをするんだぞ? 何を考えている」
「いいじゃない。いつものことだし、私は悪い人しか殺す気はないわよ」
「……ちっ。それは、貴様を何度も殺し損ねた、私への嫌味か?」
「いいえ。ライバルへのちょっとした意趣返しよ。あなたに、なんど殺されかけたことか」
戦いはいつも、キリエの勝ちで終わったわけではない。
ただ、彼女は悪運が強かった。そしてアイリスは、基本的に運が悪い。
男性との関係でもそうだ。自分より遥かに弱い、人間の男からDVやモラハラをされても、きちんと法の手続きを踏んで解決する。
キリエはそんな彼女の真面目さに、好感を持っていた。
「それにしても、車を汚しちゃってごめんなさいね?」
「構わん。どうせあとから、私の血で汚れる」
「あら、ケガじゃ済まないと思われてるのね。うれしいわ」
「……そんなことより、服に付いてる血は、ちゃんと幻術でごまかせよ」
返り血で汚れたキリエを車に乗せれば、とうぜんながらそうなる。
コンビニに入れば、ピアスをした男の店員が、こちらに挨拶をしてくる。
キリエたちの目には、彼の本当の姿が重なって見える。
狼の頭をした人狼だ。
しかし、隣にいる人間の女性は、何も気にしていない。
当然だ。妖怪の本当の姿は、妖怪にしか分からない。
「……あーりがとざいやしたー」
人狼の店員は、2人をジロジロと見ながらも、いつもどおりの挨拶をした。
「……人間のルールに従い、真面目に労働し、生活の糧を得る。良いことだ。郷に入っては郷に従えとも言うからな」
人狼の店員のことが、よほど気に入ったのだろう。
アイリスは上機嫌で、タバコを吹かし始めた。
ここが禁煙ではなく、灰皿もあるとは言え、キリエはタバコが嫌いだ
「やめてちょうだい。たばこは嫌いなのよ」
「そうか? ……あぁ、前に言ってたな。忘れてたよ」
しかし、アイリスはタバコを吸うのをやめない。
「……ねぇ、あなた自身の本音はどうなのよ?」
「本音とは?」
「人間のルールがどうとか、紋切り型の説教ばかりして……。あなた自身の考えも、あるんでしょう」
アイリスは、タバコの火を消し、夜空の満月を見上げた。
「ルールはルールだ。意義があって決められている。私の感情など特にない」
「あら、そう。つまらない返事ね」
「……だが、人間の行く末をめぐって、妖怪の貴様と殺し合うのは、虚しいものだな」
同じ妖怪同士が、人間の未来をめぐって殺し合う。
アイリスにとっては虚しいだけでなく、もはや滑稽にすら思えた。
妖怪は神ではない。人の生き死にについて、定めを決める権利など、本来はありはしない。
「……そうね。殺したら、きっともっと虚しいわよ?」
「まったくだ。貴様がもう少しうまく立ち回っていれば、こんな面倒なことにはならなかった」
アイリスは、キリエに車に戻るように促した。
しばらく車を走らせると、戦いの舞台である、廃墟の採石所へと、2人はたどり着いた。
こいつら殺し合いがそもそも日常だから、殺されそうになったことがあんまり恨みに直結しないのよね。
会話のノリがこうなのはそれもある。
なお、殺された対象が当人の守りたい人なら話は変わる模様。