アイリスさんもレスバが弱いわけではないのだ
朝の繁華街は、驚くほどに静かだった。
ネットカフェやコンビニ、牛丼屋などの、二十四時間やってるような店以外は、ほぼ閉まっている。
空辰街のとある場所。敵の寝床などの『何か』があるかもしれない場所に、キリエたちはやってきていた。
「……キリエさん。やばいっすよ。早朝にまた人が殺されたみたいっす。スケスケ女を捜査してた刑事さんたちが、現場で」
風真は、ネットニュースの表示されたスマホの画面をキリエに見せた。
「……キリエ。現場に向かうか?」
「いえ、やめておきましょう。……もう何時間も前のことでしょう」
キリエの目から光がスーッと消え、代わりにどす黒い何かが渦巻いている。
それは怒りなのか、悲しみなのか、それとももっと静かで歪んだ何かなのか。
「お仕事をしていただけの刑事さんが、どうして殺されなくてはいけないのかしら?」
「さあな。影女は、貴様を見習ったのかもしれん」
冷たく言い放つアイリスを、キリエは強い目で睨みつけた。
「いくらあなたでも、今の言葉は……!」
「あいつは掟を蔑ろにして人間を殺した。貴様と同じようにな。アイツもお前の『正義』ではなく、『力』と『自由』に憧れたのかも知れんぞ?」
アイリスの返しに、キリエは言葉を詰まらせる。珍しく、彼女が言い負かされていた。
アイリスの言うことは正しい。
自衛以外で人間を傷つけてはならないというルールを蔑ろにして、キリエは悪人を殺し続けてきた。
力があればルールは無視できると、証明し続けてきた。
キリエはまさに『究極の自由』を持つものだ。強いから好き勝手に生きられる。
キリエの正義ではなく、自由さに憧れた妖怪が、魂喰いで得た『力』で悪の道に走る。
そんなことも、決してあり得ない話ではない。
「……そうね。だからこそ、わたしは影女を殺さなくてはいけない。思い知らせるのよ。わたしを見習っていいのは、『良い人』だけなんだと」
「そうやって独裁者のように振る舞い、力ですべてを支配するつもりか? ……それもいいだろう。私も、お前の歪んだ正義ではなく、お前の自由さに憧れた一人だ」
アイリスとキリエは決して相容れない。
アイリスはキリエの強さと自由に憧れた。たった一人でも信念を貫く生き方を尊敬している。
けれど、その信念とは、子供のワガママのようなモノだ。
「アイリス……あなた、なにが言いたいの?」
「お前と私は相容れないという話だ。お前に憧れたからこそ分かる。生かしておいてはならんとな」
「……そんなこと、前から分かってたわよ」
キリエはバツが悪そうに、アイリスから目を逸らした。
「でもまあ、アイリスさんだって、力があればキリエさんにルール守らせれたっすよね?」
風真が、横から口を挟んできた。彼の言う通り、キリエにルールを守らせる力がない、アイリスの言うことではない。
「ああ、分かってるよ。今の言葉、私には言う資格がない」
アイリスはふーっと、ため息を吐く。それでも、言いたかったのだ。
キリエに憧れたからこそ分かる。彼女を『正義の味方』と見て憧れている者たちは、危険だがまだマシだ。
でも、キリエの『自由』に憧れる者が増えれば、どれだけ恐ろしいことになるか。想像もつかない悲劇を生むだろう。
「……じゃ、みんなでこの辺を調べましょうか?」
「ああ、そうだな。半径5キロを調べるとして……真ん中あたりにある、一番大きな建物を調べよう」
こうして、3人は1階と2階がネットカフェになっている、大きなビルへとやってきた。
「……どうやって話を聞くんすか?」
ネットカフェの店員が、話を聞かせてくれるかどうか。
その問題に、風真は少し頭を抱えていた。
「雑誌の記者か、刑事にでもなりすますか?」
アイリスはそう呟くが、キリエは前者にしたらしく、財布から偽装の名刺を取り出して、レジにいる店長にわたした。
「すみません。わたし、雑誌の記者をしておりまして……。すこし、お話を聞いてもよろしいですか?」
「なんですか。取材ならあらかじめアポを取ってくださいよ」
ごもっともな話だった。しかし、キリエは諦めない。
「いえ、最近変わったことはないかとか、そういうのを聞きたいだけですから。……わたくし、スケスケ女の件を調べておりまして」
「ん? ああ、アンタも例の噂を聞きつけてきたワケ? どうせオカルト雑誌の人でしょ。困るんだよね、変な噂を流されちゃ」
「……変な噂、ですか?」
変な噂。そのワードにキリエは反応した。
スケスケ女というワードから連想したということは、少なくとも霊体の何かがここにいる?
「あんたに話すことじゃないよ。ほら、帰って!」
「……店長さん、わたくしはオカルトに興味はないのです。スケスケ女は、きっと自らを幽霊に見せかけるトリックを使っている」
キリエの言葉に、店長は目を見開いた。
「今朝、刑事さんたちが殺されたニュースは見ましたか? あの中に、わたしの父もいました。オカルトなどあり得ない。父はきっと人間に殺された。……1つでも手がかりが欲しいのです」
スラスラと嘘を吐くキリエに、風真は感心したような表情を浮かべる。
しかし、すぐにニタニタと、意地悪そうに笑いはじめた。
「ねぇ、聞きました? オカルト信じてないって言いましたよキリエさん。自分も妖怪で、犯人が妖怪って知ってるのに」
「黙れ。顔を近づけるな」
耳元で囁いてくる風真を、アイリスは軽く手で押しのけた。
「はあ……分かったよ。5分だけ、裏で話してあげる。レジはその間、別の子に任せよう」
こうして、3人は店長から話を聞くことに成功した――
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「まるでスケスケ女のような姿をした幽霊が現れる。っていうのが、店長さんの教えてくれた話ね」
3人は風真の提案で、カフェで情報をまとめることにした。
まずはキリエが、話を切り出す。
半透明の女が現れる。カップ麺やお菓子が盗まれる。シャワー室から忽然と女が消える。
そうした怪現象が、あの店で起きているらしかった。
「そうだな。そしてスケスケ女の正体は影女。魂喰いで自らを強化した妖怪だ」
アイリスが実際に戦った結果、夜の闇、いや影に体を溶け込ませる力を持っていそうだと判断した。
夜の闇を媒介とした、高度な瞬間移動……。
それが、影女の能力の1つだ。
「夜の闇を媒介にした移動かぁ。まあ、闇つっーか、恐らく『影のある面』かもしれないっすね。夜は街全体が、影でコーティングされてるようなもん、というか」
風真はそう考察する。
「なんにせよ、夜の環境ではアイリスの天敵ね。霊体というだけなら、アイリスの武器は強い霊力を帯びてるし、平気だけども」
これが3人の共通する結論。つまり、夜に遭遇したら、キリエやフーマがフォローするしかない。
「……あれ。つーか、まってくださいよ。じゃあ暗い地下とかトンネルってどういう扱いになるんです?」
「夜と同じ扱いになるんじゃないかしら?」
「あー、じゃあやばいかもしんないっすね。影女は恐らく、この街の全体に、いつでも瞬間移動できちまう。昼であってもね」
風真の言葉に、キリエとアイリスは首を傾げた。
「だって、地下にはあるでしょ? 真っ暗な人工の洞窟が、迷路のように」
風真の言葉に、アイリスは青ざめる。恐ろしいことに気づいてしまったのだ。
「……下水道、か」
「そういうことっす。まあ、すり抜けて地下に移動する必要はあるっすけどね。霊体なのを活用して」
風真はいつもと違う。真剣な表情をしていた。
「……ネットカフェに張り込むことも考えたけど、あそこで戦えば人を巻き込みすぎる。ひとまず、影女をおびき出す方法を考えるのがよさそうね」
キリエは、穏やかな口調とは裏腹に、すこぶる不機嫌そうだった。
「……そうだな。人間を巻き込まず、なおかつ相手を逃さん方法がない。だが、私の方はひとまず、評議会の派出所に行く」
アイリスも、キリエの言葉に同意した。
「派出所? 通報でもするんすか?」
「違うぞ、風真。……私は評議会の執行官。職務として、掟を破った妖と戦う者だ」
「なるほどね。となると、追加の人員の派遣とか頼むんすか?」
「ああ。とは言え、簡単ではないだろう。半可な結界術では、逃げられると聞いているからな」
アイリスはスマホを見ながら言う。夜刀神区で活動する、執行官たちのL◯NEグループ。
そこでは、影女の調査を最優先とし、他の案件をひとまず横に置くべきかという議論すら行われていた。
最も能力的に優れるアイリスでダメとなれば、もはや敵を逃さないことに特化したスペシャリストを呼ぶ他ない。
しかし、一芸に特化した種族や人材は希少だ。そう簡単には、ほかの支部から呼べない。
今すぐ解決するなら、おびき寄せる方法をこちらで探すのが一番だ。
アイリスは、ほかの執行官たちにそうメッセージを送る。
自分たちが手を貸そうかという提案については、大丈夫だと返信する。
『九条橋キリエは味方なら頼もしい。だが、信頼はしすぎるな』
同僚たちの忠告を、アイリスは胸に刻んだ。
風真くんいい空気吸ってるよね