NOBIHAZARD:SURVIVOR’S AWAKENING 作:まだら模様
続くか分からない
四月の朝は乾いた風が吹いていた。
引っ越したばかりの静かな住宅街を、白峰ユウトは中学校の校舎へ向かって歩いていた。
昨日まで住んでいた街と違うのは、空気が妙に軽いことだ。
風がサラサラと肌を撫でるのに、胸の奥では重いものが沈むような感覚が抜けない。
(……また、見える)
目を細めると、視界の端に黒い靄のようなものが揺れた。
一瞬だけ。すぐ霧散する。
疲れと思いたい。だが、この街に来てから頻度が明らかに増えている。
「はぁ……。初日からこれって、ないよな」
愚痴が漏れる。
不安を紛らわせるように歩いていると、道の先にランドセルの集団が見えた。
小学生だ。元気に走りながら登校している。
ひとり、明らかに落ち着かない足取りの少年がいた。
丸いメガネ、青いランドセル、歩くたびに柔らかい表情が揺れる。
(あれ……のび太、じゃないよな?)
見覚えのあるシルエット。
けれど、ドラえもんの世界そのものがあるなんて、普通はありえない。
ただの“似てる子”だと思い込もうとしたその時――。
「うわっ!? 遅刻、遅刻ぅ~~!!」
大声とともに、その少年――どう見ても“のび太そのもの”――が前のめりに転ぶ。
ランドセルの中身が散らばり、周りの小学生が苦笑する。
「あーあ、またやってるよのび太くん……」
「しずかちゃん、手伝ってあげなよ」
柔らかい声がして、今度はしずかにそっくりな少女が駆け寄っていった。
(……いや、いやいや。待てって)
本当にそっくりすぎる。
声、仕草、雰囲気。
ここは“ドラえもんの世界”なのか?
しかしそんな馬鹿な話――。
ユウトは混乱しながらも、散らばったノートを拾うのを手伝った。
「あ、ありがと……お兄さん、中学生?」
「まぁ……転校生だけど。怪我、してないか?」
「……う、うん。ありがと……!」
のび太――いや、“のび太のような少年”は頭を下げ、しずかに手を引かれて走っていった。
その背中を見送ったとき、
視界の端で、また黒い靄が揺れた。
(なんなんだよ……本当に)
不安は、まだ形を持たず胸にへばりついていた。
中学校に着くと、教師に案内されて教室へ通された。
教室のざわつきが一瞬で静まる。
「今日からこのクラスに加わる白峰ユウトくんだ。仲良くしてくれ」
「……白峰ユウトです。よろしくお願いします」
無難な挨拶。
数人が興味深そうにこちらを見る。
「白峰くんって、引っ越してきたんだよね?」
「この辺、迷いやすいから気をつけなよー」
笑顔で話しかけてくる同級生。
普通の日常。安全で平和な、はずの世界。
しかしユウトには、その“普通”が逆に怖かった。
(のび太みたいな子がいたのは……偶然、だよな)
そう言い聞かせ、授業に集中しようとした瞬間だった。
キィ……と妙に軋む音がして、窓ガラスに“手跡”のようなものが浮かんで見えた。
「――っ!」
心臓が跳ねる。
瞬きしたら消えた。
気のせいと言えばそれまでだが、脳の奥がじん、と痛む。
(黒い影……さっきの手跡。
これ、俺にだけ見えてる……?)
教室では誰一人、異変に気づいていない。
昼休みになって、ユウトは気被を晴らすために校庭へ向かおうとした。
そのとき、廊下の端、人気のない窓際で“ガサッ”と音がした。
「……?」
窓の外に目を向けた瞬間、
さっきの黒い靄が形を変え、人の形に近づいているように見えた。
皮膚のない顔面。
ぐにゃりと曲がる腕。
音もなくこちらを向いた瞬間――。
「――白峰くーん! 昼飯一緒にどう?」
同級生の声に振り返った。
再び窓を見たが、もう何もいなかった。
だが、確信した。
(……この街、絶対に“普通じゃない”)
のび太を見た時にわずかに感じた嫌な予感は、
胸の奥で確かな輪郭を持ち始めていた。
その日、ユウトはまだ知らなかった。
数日後、この街が“静かに崩壊”していくことを――。