黒磁のマエストロ~ガッシュ・アナザーワールド~ 作:クォーターシェル
蓮とマエストロが戦いを終え自宅に戻ると、既に夜が更けていた。
「ただいまー……」
玄関を開けると、母・香織が心配そうな顔で待っていた。
「遅かったじゃない!心配したわよ」
「ごめん、ちょっと寄り道してた」
蓮は曖昧に答えつつ、背後にそびえるマエストロに視線を移した。香織は一瞬硬直したが、深呼吸して冷静さを取り戻した。
「……マエストロさん、蓮はまだ高校に上がったばかりの子供なんです。あまり遅い時間まで連れまわすのは……」
「心配無用だ蓮の母上。私が常に付き添っている故、蓮の安全は確保されている」
マエストロの返答に香織は安堵の表情を見せた。実は初対面の時こそ抵抗があったものの、この二週間で彼の誠実さと責任感を理解し始めている。
「まぁいいわ。でも無理はしないでね」
「ああ」
◇ ◇ ◇
翌朝
窓から差し込む朝日で目を覚ました蓮は、重い瞼を擦りながら寝室を出た。リビングに向かう途中、庭の方から規則正しい寝息が聞こえてくる。
「そうか……アイツ昨日も庭で寝てたんだな」
マエストロは身長3メートル級の巨体ゆえ、室内での生活は困難だった。そのため相川家の庭に特設したテントで寝泊まりすることになったのだ。
「マエストロ―、朝だぞー!」
声をかけると、テントの中から大きなあくびが漏れた。
「ぬぅ……もう朝か……」
巨大な腕がテントを押しのけるように動き、マエストロがのっそりと起き上がる。みずら髪が寝癖で乱れている。
「昨日の戦いで疲れていないか?」
「問題ない。むしろ新たな力を感じるぞ」
「そっか。飯食うか?」
「助かる。人間の料理は珍味が多いからな」
マエストロの食欲旺盛さは家族全員が認めるところだ。二週間で相川家の食材消費量は倍増していた。
「よし、準備するよ」
蓮はキッチンへ向かいながら思った。普通なら非日常的な光景のはずが、いつの間にか日常の一部になりつつあると。
朝食後、ニュースを見ていた父・健太郎がコーヒーを啜りながら尋ねた。
「そういえば蓮、最近帰りが遅いことがあるらしいな」
「え?ああ……勉強してて」
蓮は咄嗟に嘘をついた。王を決める戦いのことは家族にも伏せてある。
「ふむ」
健太郎はそれ以上追求せず新聞に目を落とした。職業柄、息子の些細な変化に敏感なのだが。
「父さん」
蓮は緊張しながら声をかけた。
「なんだ?」
「もし僕が……すごく変なことに夢中になってたら、どう思う?」
健太郎は眉を上げた。「例えば?」
「例えば……冒険とか」
「冒険か」健太郎は微笑んだ。「若いうちなら良いんじゃないか?ただし責任は自分で取れよ」
「……ありがとう」
蓮はほっと胸を撫で下ろした。この言葉だけで勇気が湧いてくる。
◇ ◇ ◇
学校
授業中、蓮はノートの端にマエストロの姿をスケッチしていた。巨体ゆえの重心バランスの良さや筋肉の付き方など、観察対象としては面白い。
「相川君?」
教師の声で我に返った。
「すみません!」
クラスメイト達の視線を集めるのは久しぶりだ。以前は目立たないように過ごしていたのに。
昼休み
屋上で弁当を広げていると、隣の席に突然の影が落ちた。
「よぉ」
長身の男子生徒・鈴木だった。サッカー部の副キャプテンで、普段接点がない相手だ。
「何か用か?」
「いや」鈴木は意外にも真剣な表情で。「最近のお前見てると……なんか違うんだよな」
「違う?」
「変にカッコつけ始めたってわけじゃなくてさ」鈴木は弁当箱を開けながら続ける。「なんていうか……目が変わった」
蓮は箸を持ったまま固まった。
「まるで何か大切なものを守ろうとしてる目をしてるんだ。だから気になっただけ」
「……そうだな。最近、守るものが出来たからかも」
「ふーん」鈴木は納得したように頷いた。「ま、深くは聞かないよ。でも困ったことがあったら相談しろよ」
「ああ」
予想外の友情に感謝しつつ、蓮は考えた。確かに自分は変わっているのだと。
◇ ◇ ◇
放課後
帰り道、蓮は昨日の戦闘現場となった自然公園に立ち寄った。マエストロとの待ち合わせ場所だ。
「来たか」
既に到着していたマエストロが岩に腰掛けている。
「他の魔物の情報は何か掴めたか?」
「いや、今のところ近い場所に魔物が居る気配は無い。だから今は修練の時期だと思うぞ。蓮も学業の都合等はあるが、私はこの近所にある山で戦闘訓練をしたいのだが」
「そうだな……、電車を使えば4駅くらいで山まで行けるけど、休日まで待ってくれないか?そりゃ訓練も大事だけどさ」
「ふむ……、仕方ないな。王を決める戦いの期間は制限は設けられていないし、焦らずいこうじゃないか」
「わかった。そうだな、明日から土曜日だし練習しようぜ」
「うむ」
「そういえばさ」
蓮が突然切り出したのは、家に向かう帰り道でのことだった。
「魔界ってどんな場所だったんだ?マエストロの故郷とか気になる」
マエストロは少し間を置いてから答えた。
「東方の辺境に位置する小さな村だ」
「辺境?ってことは都会じゃなかったんだ」
「左様。我らの一族は古くからの伝統を重んじる者たちでな」
マエストロは遠くを見る目つきになった。
「周りは深い森に囲まれておった。空はいつもどんよりと曇っていてな」
「暗いイメージか……」
「否」
マエストロは大きく首を振った。
「空は灰色だが、その代わり星が美しい。森からは獣の声が聞こえ、季節によって色とりどりの花が咲く。我らにとってはかけがえのない故郷なのだ」
蓮は興味深そうに聞いている。
「それでマエストロが選ばれたのは?」
「実はな……」
マエストロは少し照れたように言った。
「我が村には年に一度、大祭がある。その時の儀式で占いによって、都会へ行くことを許される子供が決まる。占いの前にも素質ある者を選別する競い合いはあるが、最終的な決定はその占いになるな」
「へえ、皆が皆都会に行ける訳じゃ無いんだ?」
「もっと正確に言えば、都会の学校へ通える者を選別している訳だ。そして幸運にも私は数少ない村から都会の学校へ通える事を許された子供になった」
「王を決める戦いの候補にはどうやってなったんだ?」
マエストロは肩をすくめて、
「そこは分からぬ。魔王を含む魔界の重鎮たちが決めているという話を聞いたこともあったし、蓮達人間が持っている魔本達が候補の魔物を選ぶという眉唾物の噂を聞いたこともある。本当はどうだったのか……それを知っているのはそれこそ前回の戦いの勝利者である魔王くらいであろう」
「おいおい……」
蓮は呆れながら笑った。
「まあ、とにかくだ」
マエストロは急に真面目な表情になった。
「我が一族からは私ひとりしか候補に選ばれなかった。これは名誉であると同時に重責でもある」
「プレッシャーか」
「そうとも言える。だが同時に誇りでもある。幼き頃より我らが王に忠誠を誓うように育てられた者たちの期待を背負っておるからな」
「そっか」
蓮は歩きながら考え込んだ。自分とは違い、マエストロには責任があるのだ。故郷の人々への義理も含めて。
「なあマエストロ」
「うん?」
「もしも……この戦いに負けたらどうするつもりだ?」
「負けたとしても構わない」
マエストロは即答した。
「少なくとも故郷に帰ることは出来る。再び村人として生きていける。それだけでも十分だ」
「へえ」
意外な答えだった。
「だが……」
マエストロは声を潜めた。
「無様に負けて帰るのは恥ずべき行為だ。出来得れば王の座を得て凱旋するのが望みだ」
「なるほどな」
蓮は頷いた。
「そういえばマエストロはどんな王様になりたいとかの展望はある?」
「どんな王か?……そうだな。私は、成れるなら民と目的を上手いこと結びつけ、魔界に栄光をもたらせる様な王になりたい」
「そうなんだ?」
「村長が出来るリーダーは個人を理解し、集団を成功に導ける人物と言っていたのでな……」
「その考え方は間違ってないと思う。少なくとも村長は優秀な人間もとい魔物だろうな」
「だが俺は、村長よりもっと優秀な人物にならないといけない」
マエストロは一呼吸置き、
「それが我が一族と魔界全体の繁栄へと繋がるからな」
「すごい志だなマエストロ。俺もマエストロの為に頑張らないとな……!」
家の前に到着したところでマエストロが尋ねた。
「時に蓮よ。お主の家族についてもっと教えてくれないか?」
「おう!まずは母さんがな……」
玄関を開けると温かい灯りが迎えてくれた。蓮は靴を脱ぎながら振り返った。
「ただいまー!」
◇ ◇ ◇
~翌日~
蓮とマエストロが訓練先として選んだ山に向かっている途中、蓮は考える。
「王になる」というのはマエストロにとって単なる目標ではなく、命懸けの使命なのだ。そんな大きな責任を背負っている相棒がいることが不思議であり、同時に誇らしくもあった。
(俺もマエストロの期待に応えないと)
蓮は決意を新たにした。
「マエストロ」
「うん?」
「俺もさ……負けられない理由ができたかも」
「ほう?」
「お前が王になるのを見届けたいからな」
マエストロは嬉しそうに目を細めた。
「ならば共に励むぞ」
蓮は頷き、拳を握りしめた。
(これからどんな戦いが待っているんだろう)
不安と期待が入り混じる中、二人は目的地へと歩を進めていった。
山中を進む蓮とマエストロ。そんな中マエストロが立ち止まる。
「この先に魔物が居るな……」
「えっ?」
マエストロが魔物を探知する力は近い範囲で余り細かい位置も特定できない。しかしマエストロが冗談や嘘を言ったわけではないであろうことは蓮にもすぐにわかった。
「感じるのか?」
「ああ。かなり近くだ」
蓮は緊張して辺りを見回した。ここは山の中腹あたりで木々が密集し始めている場所だ。視界は悪い。
「どっちの方角だ?」
「前方四、五十メートル程先……」
マエストロが慎重に告げる。
「待て」
蓮が小声で指示した。
「迂回するか?」
「いや、探知されている可能性もある。ならばこちらから出向く方が有利だ」
蓮は頷いた。
「わかった。どんな奴かもわからないし油断は出来ないな」
二人は息を殺して進み始めるのだった。
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