蛇 ~教唆するモノ~ 作:トル
『やあ、はじめまして、英雄の息子どの』
『もちろん知っているさ。そう聞いたからこそ来たのだろう?
……その通り。私は君の父親と共に戦場を駆けたこともある、
英雄譚の脇役の一人といったところかな。まぁ、イレギュラーなのだがね』
『うん? ああ、気にしなくていいさ。
それで、彼の話を聞きに来たのだろう?』
『そうだね、もちろん聞かせてあげるとも。
……とはいっても、少し気になることがあってね。
それを先に質問させてもらっても良いかね?』
『たいしたことでもないさ。
君は。「正義」を目指しているのかい?』
『……そうだろうね。ああ、当然のこと、だね。
ふむ、君にはわかりきったことだろうけど、少しつまらない話をしようか』
『
──────────あるところに、下卑た男がいた。
男は女性の下着を愛好し、当然のごとく盗みを働いた。
あるときは女性の部屋に忍び込み、
あるときは洗濯され干されているものに手を出し、
それどころか路上で強引に剥ぎ取り掠め取ることすらもした。
多くの女性が羞恥に泣き、多くの女性が羞恥に怒り、
勿論他人の所有物の窃盗であるがゆえ、警察も動き出す。
しかし男は逃げること、隠れることを得意とし
泣きうずくまる女性を見ては満足して
怒り叫ぶ女性や治安を守る警察から逃げながら
挑発と嘲笑を繰り返しつづけた。
男は他者の物を盗み奪うことにためらいがなく、
女性や子供の心を傷つけることにためらいがなく、
それどころか辱め嘲笑うことに悦びすら抱いた。
男の犯した罪は十を越え、すぐに五十を過ぎ、
百に至っても止まることなく、二百、三百、五百……
窃盗犯などと軽く見られなくなるほどの悪行を重ねた。
当然男の犯行の被害を受けた者もそれだけいた。
男はそれを一切省みることなく、
それどころか自身の為した汚れた「成果」を誇った 』
『男の罪が千を超えてしばらくして、
正義や制裁のもと男を追っていた者達により男は捕まった。
男には罪に相応しき、長期の懲役という罰が決められた。
男は泣いて詫びた。
俺はとんでもないことをした、
ようやく罪の深さを理解した、
女性たちには悪いことをした、
もう二度とこんなことはしないから許してくれと。
しかし罰は
男が積み重ねてきた罪はあまりにも大きく、
男の言葉を信じるには男は悪行を重ねすぎた。
そして男は投獄された。
獄に落ちてなお男は詫び続けた。
涙ながらに詫び続けた。
それこそ心の底から詫びているように。
当然ほとんどの者は信じなかった。
そもそも罪に対する順当な罰である。
詫びも反省も関係ないことだと。
だがとある若き看守はわずかに男に惹かれた。
その涙ながらの謝罪に心を感じ取った。
看守は男の話に少し耳を傾けるようになり、
男も看守に信頼と友情を寄せた 』
『とはいえ看守が男にかすかな信用を寄せたとしても
罪人である男に看守がしてやれることはたいしてなかった。
せいぜい男のこまごまとした要望に応えてやるくらいだった。
日頃にあれば少し助かるような小道具を融通し、
看守の生活や愚痴をときたま話し、
外での作業のときにわずかに自由を与えるくらいに。
……男は頭が回った。
当然のこと。
多くの恨みを買い、
それでも逮捕捕縛の専門家に捕まることなく、
それどころかさらに犯行を重ねることができる男だったのだから。
男にとって、看守にできる程度の融通で十分だった。
そして男は脱獄を果たした 』
『男は他者から盗み奪うことをためらわない。
男は女性の心を傷つけることをためらわない。
そして、他者を騙し自分の為に利用することをためらわなかった 』
『男は罪に反省などなく、
罪悪感など欠片もなく、
当然のごとく罰から逃げた。
……さて、これは実在した、
そして今なお逃走を続けている犯罪者の話だったわけだけれど。
君はこの男をどう思う?』
『その通りだろう。この男は紛れもなく「悪」であり、
野放しにすることは許されまい』
『うんうん、ところでだね。
その男というのは』
『オコジョ妖精でね』
『そう、そこでさっきから器用に冷や汗を流しているね』
『さて、さて。
どうするのかね?
友人だから悪を見逃すかい?
定められた罰を避けて君の独断で説教で済ますかい?
──────存分に考えるといい、ネギ・スプリングフィールド』