蛇 ~教唆するモノ~   作:トル

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吸血鬼(前)

『やあ、こんばんは』

 

『まだ迷っているようだね。

 いや、自分の決断を胸を張っては誇れないといったところか。

 ああ、それでいいとも。

 迷いながら道を決めることは悪いことではない。

 自分が、ある面では正しくないことをしている自覚を持ち

 自分が絶対に正しい存在というわけではないということさえ

 理解していれば、それでなんの問題もないさ。

 ……まだ君には、自身の「悪」を認める余裕はないようだけれど』

 

 

『落ち着きたまえ。君の父親とて通った道だ。

 そうだとも、父親の考え方というものも知りたくはないかい?

 そう、まずは聞くことだ。

 小言を言わせてもらえば、近くにいる相手に大声で反論するのは

 いささか格好悪いことだよ?』

 

『まあ、実はあの馬鹿の場合は悩んだり迷ったりはほぼなかったがね。

 やつは難しいことを考えるくらいなら

 敵を殴りとばして事態を解決しようとする男だったから。

 まあ男として最も大事な場面では随分悩んでいたけれど。

 ああ、なんでもないさ。結局そのときも考えることを放棄してたしね。

 ただ君はつい考えてしまうだろう?

 やつが気分で生きて気付いたら突破していたような壁でも、

 君は考え抜いた果てに突破するべきだと私は思うよ』

 

『そうだね、もともとやつの話をするという話でもあったし、

 やつがそれなりに大きく関わった、とある賞金首の話をしよう。

 そして君の考えを聞かせてくれ。

 ……そんなに嫌そうな顔をするな。

 たしかに前回の話と主題は似たようなものだが、最終的にはやつの話になる。

 それに今の君に役立つ話さ』

 

 

 

 

 ──────────それは夜闇の物語。

 

 その名を聞けば民は怯え、

 その名を聞けば兵は震え、

 母は泣く子を黙らせよう。

 

 それは人に害為す者。

 それは人に仇為す者。

 

 何処からとも無くやってきて、

 罪無き人を喰らってく。

 何処へとも無く去ってゆき、

 追う人々も喰らってく。

 

 その牙(わら)いの下に見え、

 か弱き娘の首を穿つ。

 その爪(わら)いと共に舞い、

 強き勇者の首を裂く。

 

 闇が空の灯火を覆い、

 氷が大地の息吹を奪う。

 

 それは人に害為す者。

 それは人に仇為す者。

 

 それは娘を喰らう鬼。

 それは父をも殺す闇。

 

 悪しき音信(おとずれ)さあ来たる。

 禍音(かいん)の使徒がさあ哂う。

 

 出遭うことなかれ、

 触れることなかれ、

 争うことなかれ、

 知ることなかれ、

 されども許すことなかれ。

 

 それは人に害為す者。

 それは人に仇為す者。

 

 どうか天よ。

 どうか光よ。

 どうか炎よ。

 どうか世界よ。

 

 彼の者に滅びを与え、我らを守り給え──────── 』

 

 

『───────恐怖をもって謳われるほどに、その化物は殺し抜いた。

 数え切れぬほどの兵を殺し、長く永く生き抜いた

 いや、その化物の恐れられた理由はそんなものではない。

 鍛え抜かれた兵の集団を相手にしても

 一方的な殺戮を可能とするほどの強さではあったが、

 それが恐怖の中心ではなかった。

 

 その化物は、人を食う。

 

 人を殺し。

 人を喰らい。

 殺そうとする人をも食う。

 

 幾度も幾度も、化物を討伐しようと人は動いた。

 だが化物はその人々をも殺し、喰らった。

 殺すたびに化物の首には賞金がかけられ、

 それを狙った者達もまた化物の餌となった』

 

『知っているだろう?

 そう、吸血鬼、さ。

 君はこの化物についてどう思う?

 ……深く考えることはない、素直に思ったことを言ってくれたまえ』

 

 

 

 

『それが自然な感情だね。自分を食う存在は怖い。当たり前だとも。

 人を殺すこと、そして食うことは悪いこと。「悪」だね。それもそうだ。

 だからこそその吸血鬼は世界規模で最高額の賞金首となった』

 

『──────さて。ではもうひとつの、夜闇の物語だ』

 

 

 

 

 ────あるところに少女がいた。

 

 少女はそれなりに恵まれ、それなりに苦難もある、

 ごく普通のありふれた生を送っていた。

 そこにはかけがえのない平穏があり、

 ささやかなれども幸福が満ちていた。

 父を慕い、母と笑い、少女は素直に生きていた。

 

 だが、とある狂気が理不尽にもその平穏を奪った。

 それは少女の(とお)の誕生日のことだった。

 

 狂った男がいた。

 自身の知を盲信し、追求し、果てに狂った男だった。

 男は強大な力を自らの手で作り出すことを求めていた。

 男が少女を選んだ理由は知れない。ただ少女は選ばれた。

 男はその狂気のもと、罪無き少女に呪いをかけた。

 

 その呪いは強大なもの。

 狂いながらも才に溢れた男が全霊をもって刻んだ呪禍。

 男の目指した全ての通りに狂いきった祝福。

 少女に抗う術などありはしなかった。

 

 何が起きたのか、正しく知るものは既にいない。

 その呪われ狂った夜のことなど、知りたがる者は居はしない。

 

 少女が目覚めたときには、少女は血に濡れていた。

 少女の血ではない。

 少女が足蹴(あしげ)にし、

 少女が掌に持ち、

 少女の腹を満たしている者達の血。

 その者達は、かつて父母(ふぼ)と呼ばれていた。

 

 少女は元来から(さと)かった。

 少女にとっては聡すぎた。

 自身が何に、一体何をしたのかを理解してしまえたのだから。

 少女の絶望と悲嘆が、世界を震わせた。

 

 男はそれを見下ろしながら大声で哂った。

 成功だと。流石は己だと。

 狂いきった哂いが、少女の世界に響き。

 少女の憎悪と狂気が、男を殺した 』

 

『理不尽に全てを奪われ、元凶を殺してしまった少女。

 千々に乱れた心のまま、少女はただ人の居る場所を目指した。

 それはわずかに少女に残されたかつての繋がりでもあった。

 

 しかし人に出会ったときこそ、少女が全てを失ったのだと知る時だった。

 

 それは呪いだった。

 それは祝福だった。

 それは狂気だった。

 それは絶望だった。

 

 男が少女に刻んだモノは、男が死してなお少女から理不尽に奪い続けた。

 

 少女は食べてはならぬものを食べた。

 食べることしかできなかった。

 男の呪いは、少女にそれを食べさせた。

 

 少女は人を見たとき、血を(すす)らざるを得ない化物になっていた 』

 

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