血湧き肉躍ってこその戦い......だったのだがな   作:シズネ

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3話:呪いの王と写輪眼

 

 

山奥にひっそりと佇む、宗教施設のような壮大な建築群。東京都立呪術高等専門学校。

重厚な寺院の門をくぐりながら、虎杖悠仁は首を巡らせた。

 

「スゲー山ん中だな。ここ本当に東京?」

 

「東京も郊外はこんなもんよ?」

 

隣を歩く五条悟は、相変わらずの軽薄な調子だ。

だが、虎杖の内心は穏やかではない。つい先刻、自身の内側から響いた「五条悟、真っ先に殺してやる」という不穏な宣言。それを「光栄だね」と笑い飛ばした最強の教師の背中を追い、虎杖は学長室の扉を叩く。

 

「遅いぞ、悟」

 

「責めるほどでもない遅刻はとがめない方針でしょー? たかが8分だよ」

 

 薄暗い広間。 その中央で、強面の男、夜蛾正道学長が待ち構えていた。 周囲には、河童や熊など、不気味さと愛嬌が同居する「かわいい」ぬいぐるみたちが散乱している。 そして、夜蛾の手元には、羊毛フェルトの針。

 

——オッサンがカワイイを作っている!!

 

虎杖はあまりのギャップに言葉を失い、驚愕の表情で固まる。

 

だが、次の瞬間。虎杖の肌が粟立った。

部屋の隅。影に溶け込むように、壁に背を預けて腕を組む、もう一人の男の存在に気づいたからだ。

 

豊かな黒髪に、時代錯誤な黒い装束。 ただそこに立っているだけで、周囲の空気が冷たく沈殿していくような、異質なプレッシャー。

 

——なんだ……?この人、ヤバい。

 

本能が警鐘を鳴らしている。猛獣の檻に放り込まれたような、ヒリつくような圧迫感。

 

「あ、あの……そっちの人は?」

 

虎杖が指差すと、五条はポンと手を打った。

 

「紹介するよ悠仁! 彼は今回の特別ゲスト! ……という名の、僕が拾ってきた居候、マダラさんだ」

 

「……フン」

 

マダラと呼ばれた男は、不愉快そうに鼻を鳴らした。

 

「言葉を慎め若造。誰が居候だ。オレはただの観客だと言ったはずだ」

 

「へへっ、細かいことはいいじゃん」

 

五条は笑って流したが、虎杖は直感する。

 

——この人……死ぬほど喧嘩強い!

 

「虎杖悠仁」

 

夜蛾の低い声が、場の空気を引き締めた。面談の開始だ。

 

「何しに来た……この呪術高専に」

 

問答が進む。虎杖は「宿儺の指を回収する」「じいちゃんの遺言だ」と、己の動機を語る。

 

その言葉が落ちた瞬間、部屋の隅でマダラの瞳が冷たく細められた。

 

——他人の言葉で動く人形か。

 

マダラは内心で吐き捨てる。

 

死に際の老人の言葉。それは生者への「呪い」だ。他人の言葉を己の指針とし、借り物の意思で戦場に立つ。

マダラは、そんな「利用されるだけの弱者」を嫌というほど見てきた。かつて己が操ったオビト、そして……黒幕の手のひらで踊らされていた、かつての己自身。それらと同類の匂いがする。

期待外れという感情すら湧かない。ただ、事実として興味を失った。

 

夜蛾が呪骸『キャシィ』をけしかける。コミカルな見た目に反して、その一撃は重い。

虎杖は必死に応戦するが、夜蛾の追及は止まない。

「不合格だ」という宣告と共に、虎杖が殴り飛ばされる。

 

マダラは冷めた目のまま、部屋を出ようと身体の向きを変えかけた。

チャクラを持たぬ身でこれだけの体術をこなす身体能力には感心したが、精神が未熟すぎる。見る価値はない。

 

しかし——。窮地に追い込まれた虎杖が、痛みに顔を歪めながら叫んだ。

 

「宿儺を喰う。それは俺にしかできないんだ」

 

虎杖が呪骸の関節を極め、顔を上げる。その瞳には、確かな熱が宿っていた。

 

「自分が死ぬ時のことは分からん!でも、生き様で後悔はしたくない!」

 

その言葉に、マダラは足を止めた。

他人の遺言ではない。誰かのためという美辞麗句でもない。死刑と分かっていてなお、後悔しないために猛毒(特級呪物)を飲み込む。

 

——後悔を避けるために、化け物と共生する道を選ぶか。柱間のごとき「陽」でもなく、かつてのオレのような「陰」でもない。奇妙な小僧だ。

 

マダラは、その常軌を逸した「度胸」と「覚悟」に、わずかな興味を抱いた。

 

「……合格だ。悟、寮へ案内してやれ」

 

夜蛾の許しが出た。マダラは腕を解く。

 

 

 


 

 

 

「いぇーい! これからよろしく悠仁!」

 

「うっす! よろしくお願いします五条先生!」

 

面談を終え、学生寮へと向かう回廊。五条と虎杖の後ろを、マダラが無言でついて歩く。

先ほどまでの圧迫感は多少薄れたものの、虎杖は背後の気配が気になって仕方がない。ついに耐えきれず、虎杖は振り返った。

 

「あの……なんでマダラさんもついて来るんすか?」

 

マダラは表情一つ変えずに答える。

 

「オレは、後ろに立たれるのが嫌いでな」

 

「は、はあ……」

 

 虎杖が困惑していると、五条が笑いながら補足する。

 

「マダラさんにもついでに報告があってさ。ま、着いてからのお楽しみってことで」

 

マダラは二人のやり取りを聞き流しながら、虎杖の背中を見つめていた。

 

——人柱力のようなもの、か。

 

「おい、小僧」

 

「え?」

 

虎杖が振り返る。

 

「虎杖、と言ったか。……中身の面構えくらいは、拝んでおいてやる」

 

「は? 中身って……」

 

マダラの瞳が、鮮血のような赤に染まり、幾何学模様を描いて回転した。

 

「!?」

 

世界が、反転する。

 

 

 

 

気がつくと、マダラは血の池の上に立っていた。

見上げれば、無数の牛の頭蓋骨が積み上げられた、巨大な祭壇。

 

その頂点に、着流し姿の男が退屈そうに頬杖をついている。

 

(……ほう。随分と悪趣味な心象風景だ。ここが『内側』か)

 

マダラは動じない。眼前の化け物を見ても、眉一つ動かさない。その威容を見上げながら、マダラはここに来る直前の会話を反芻していた。

 

 

 


 

 

 

——数十分前、面談室にて。

 

マダラは部屋に置かれた呪骸を手に取り、夜蛾に問うていた。

 

「チャクラの糸も見えんが……自律して動くか」

 

——砂隠れの傀儡とは違う理屈だな

 

「呪骸だ。私の術式で、呪いを込めて自立させている」

 

「魂を吹き込んだ人形、か」

 

「ああ。……これから来る少年も、後から魂を入れられたという意味では似たようなものだ」

 

夜蛾はサングラス越しに鋭い目を向けた。

 

「宿儺の器。千年生まなかった奇跡の器だが、中身は呪いの王だ」

 

「呪いの王?」

 

「腕が4本、顔が2つある仮想の鬼神……だが、千年以上前に実在した人間だ」

 

夜蛾は語った。

呪術全盛の時代、術師が総力を挙げて挑んだが敵わなかったこと。死してなお、その死蝋(しろう)さえ消し去ることができず、封印することしか叶わなかったこと。

 

「巨大な力を身の内に飼うか……」

 

 

 


 

 

 

回想が霧散する。

目の前の男——両面宿儺。異形の姿ではないが、その内包する禍々しさは夜蛾の話と合致する。

 

——こいつが両面宿儺か

 

玉座の王が、ギロリと眼下を見下ろした。

 

「……不愉快だ。許可なく見上げるな」

 

宿儺が指を振るう。

不可視の斬撃。認識する間もなく首を跳ねるはずの一撃。

 

だが、マダラは首をわずかに傾けただけで、それをやり過ごした。頬を裂く風圧にも、髪一本揺らさない。

 

「……ほう」

 

宿儺の目が細められる。避けたことへの驚きではない。ここが己の生得領域であるにも関わらず、呪力とは異なる質の力で干渉し、あまつさえ己の斬撃を見切った男への興味。

 

「貴様、何者だ? 呪術師にしては、呪力の質が異質だな」

 

「…千年もの眠りから目覚めて、お前は何がしたい?」

 

マダラは冷淡に返す。

 

「あ?」

 

「これだけの力を持ちながら、何を目指す。……平和か、変革か」

 

マダラの問いに、宿儺は一瞬きょとんとし――次の瞬間、腹の底から嗤った。

 

「ケヒヒッ! くだらんことを聞く」

 

宿儺は嗜虐的な笑みを浮かべる。

 

「喰いたい時に喰い、殺したい時に殺す。……それ以外に何が必要だ?」

 

「……」

 

マダラは、呆れたように息を吐いた。

かつて自分が目指した「無限月読」のような壮大な目的も、柱間が目指した「平和」のような理想もない。ただの、欲望の権化。

 

「……つまらん答えだ」

 

マダラは興味を失い、踵を返そうとする。

 

「ただの害獣だな。興味は失せた」

 

その態度に、宿儺の空気が凍りつく。

無視されること。害獣扱いされること。天上天下唯我独尊の王にとって、それは最大の屈辱。

 

「…五条悟の次に殺してやる。小僧の肉体を乗っ取ったら、すぐに貴様を解体してやる」

 

その殺害予告に対し、マダラは呆れたように息を吐き、冷笑を浮かべた。

 

「ククッ……騒がしいことだ」

 

マダラは肩越しに、哀れむような視線を王へ向ける。

 

「吠えるな。……自分の檻の中でな」

 

「――ッ」

 

宿儺が何かを言いかけるより速く、マダラは写輪眼を閉じた。

 

拒絶。

王の許可など待たず、マダラは一方的に視界(せかい)を断ち切った。

 

 

 


 

 

 

「うわっ!?」

 

虎杖が突然、驚いたように声を上げた。

 

「な、なんだ急に……」

 

虎杖の左頬に、目と口が浮かび上がっている。

 

『オイ小僧! 今すぐ代われ! あの長髪の男を殺す! 細切れにしてやる!』

 

「ええ!? なんでマダラさんまで!? お前誰でもいいのかよ!」

 

『黙れ! 次に代わったら、あいつの四肢をもいでやる……!』

 

ギャーギャーと騒ぐ虎杖(と宿儺)を見て、五条が腹を抱えて笑った。

 

「わーお。僕だけじゃなくてマダラさんも殺したいって? 求愛が多いね~宿儺君は」

 

「……喧しい。くだらん」

 

マダラは写輪眼を解き、黒い瞳に戻っていた。五条の軽口には答えず、騒ぐ虎杖を一瞥もしないまま、背を向けて歩き出す。

その時、隣の部屋の扉が開いた。

 

「……うるさいですよ」

 

不機嫌そうに顔を出したのは、伏黒恵だった。

伏黒は虎杖と五条を見て溜息をつき、その背後にいる男に気づく。

 

「……あ、マダラさん」

 

「ん、伏黒か」

 

マダラは短く返す。その自然なやり取りに、虎杖が目を丸くした。

 

「おお、伏黒!てか…マダラさんと知り合い?」

 

「ああ……少し前に、任務で一緒だった」

 

伏黒は少しバツが悪そうに視線を逸らす。その任務でマダラの出鱈目な強さを目の当たりにし、自分が何もできなかったことを思い出していた。

 

「そうそう!」

 

五条が手を叩く。

 

「マダラさん、これからは正式に高専の協力者として動いてもらうことになったから。等級判定も出たよ」

 

「等級?」

 

「うん。とりあえず『2級』術師相当ってことで。恵と同じだね!」

 

「2級……?」

 

伏黒が怪訝そうに眉をひそめた。

1級呪霊を一瞬で消し炭にしたあの力が、2級相当なわけがない。

 

——五条先生……また上層部に適当な報告をして誤魔化したな。

 

伏黒は瞬時に事情を察したが、口には出さなかった。

 

「……フン」

 

かつて忍界の頂点に立った男は、その低い格付けにも興味なさげに鼻を鳴らすだけだった。

 

「肩書きなどどうでもいい…用は済んだな。俺は行くぞ」

 

こうして、異世界から来た「2級術師」うちはマダラの、呪術高専での生活が幕を開ける。

 

 

 

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